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第四話『小さな希望』

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 助けた『竜』が、その本当の姿は『人間』だった。
 そんな……作り話の中でしか起こり得ない様な事が現実に起こるだなんて考えた事は無かったし、実際ルキナがそれを訴える事が無ければ、ルフレは一生それに気付けなかったであろう。
 それを疑う事も無く、本来は人間である彼女を……野の獣として扱ってしまっていたであろう。
 それは……それはあまりにも残酷な、彼女の「人間性」を踏み躙る様な行為だ。
 それを知らなかったとは言え、どう詫びれば良いのか全く分からない程に残酷な事を、ルキナに対して行ってしまっていた、
 僅かにでも疑念を抱いた時に、確かめていれば良かったのだ。
 違和感……と言うよりも引っ掛かる部分を度々感じていたのにそれを気の所為だと……或いはそれらしい理屈を付けて、それ以上それを確かめようだなんて思っていなかった。
 呪術の心得もあるルフレにならば、ほんの少しの手間があれば彼女の「正体」を確かめる事なんて容易に出来ていたのに。
 実際、慌てて呪術で確かめた彼女の「魂」の形は、紛れも無く『人間』のものであった……。
 もっと早くに、どうして気付いてやれなかったのかと、そう自分を責めるばかりである。
 ……その事への申し訳無さは尽きず、慚愧の念は絶えない。
 そしてそれ以上に。
 彼女が負った惨たらしい傷の『意味』が……自分が考えていたモノとは全く違う意味を帯びた事に、そしてその余りの惨たらしさに、ルフレの胸は酷く痛むのだ。
 ……彼女が何故『竜』の姿をしているのか、その事情はルフレにはまだ分からぬけれど、こうして傷付き果てて命すら危うい状況に在っても元の『人間』の姿に戻る事も叶わず言葉すら喪った状況から察するに、その『変化』は決して彼女自身の望んだモノではなく……また、彼女自身の意志では元の姿に戻る事も叶わないモノであろう事は間違いない。
 ……ルキナがどの様な状況で『竜』と化したのかは分からないけれども……。
 突然の変貌に誰よりも驚き混乱し恐怖したのは彼女自身であろうし、そして……混乱した彼女が、身近な者……友人や家族などに助けを求めようとした可能性は十分以上に在る。
 そして……彼女が負った酷い傷が、他ならぬその者達の手で付けられた可能性だって……。
 ……そうでなくても、彼女は「同じ」『人間』に、生死の狭間を彷徨う程の傷を負わされた事だけは確かだ。
 ……人々から殺されかけたその恐怖は、何れ程その心を深く傷付けた事であろうか……。
 彼女には、身体の傷を癒す事以上に、その深く傷付いた心を癒す事の方が必要であったのかもしれない。
 ……それなのに、自分は彼女を「獣」扱いして……。

 ……もう今更過ぎてしまった事を何時までも悔いていても何も変わらないし、それで彼女の心が救われる訳でも無い。
 とにかく今は少しでも、彼女に『人間』として出来る限りの事をしてあげなくてはならないのだ。
 彼女が元の姿に戻る為の方法を探す事は当然として、最大限『人間』の様にしてあげられる事はしてあげたい。
 先ずは、こんな野晒しの場所では無くて、せめて屋根と壁がある場所で過ごさせてあげなくては。
 そう考えたルフレは、早速行動を開始した。

 かなり広い屋敷ではあるけれど、流石に『竜』の身体が入れる大きさの戸はなくて、屋敷の中に招くのは難しい。
 だけれども、今は物置小屋代わりに使っている馬小屋ならば、きっと『竜』の身体でも十分以上に寛げる筈だ。
 元々は貴族の為の屋敷であった事もあってか、備え付けられていた馬小屋も、一度に十何頭も入れそうな程に大きく立派なもので、しっかりとした頑丈な造りである。
 ルフレ達親子は馬など飼ってはいなかった事もあって今ではただの頑丈な物置としてしか使ってはいなかったが、中の物を片付けて掃除をすれば、十分以上に快適に過ごせる場所になる。
 その為、早速ルフレは馬小屋に置いていた様々な物を全部移動させて、隅から隅まで埃を掃いた後に水拭きをして、人も十分に中で過ごせる状態にした。
 そこに、藁を軽く固める様にして作ったベッドを作る。
……残念ながら『竜』の身体で眠れる様な寝台は、この屋敷の中にも無かったので、藁で代用するしか無かったのだ。
 天井付近の採光窓もしっかりと掃除した為日中の小屋の中は十分に明るく、照明の油も補充したので夜も安心だ。
 そうやって諸々の準備が整ってから、ルフレは裏手の森に居たルキナを小屋にまで案内した。
 まだ左腕の傷が治りきっていないから、そこに負担を掛けない様にとゆっくり移動したルキナは、小屋を見て目を丸くする。


「ごめんね……今の君の身体で過ごせる様な屋根がある場所はここしか無かったんだ……。
 快適に過ごせる様に、色々と工夫はしてみたんだけど……」


 やはり、幾ら屋根がある場所とは言っても馬小屋で過ごすのは抵抗があるだろうかと、そう思っていると。

 ルキナは「違う」と言いた気に、首を勢いよく横に振った。
 そして、何かを伝えようとして優しい響きで喉を鳴らす。
 彼女が懸命に伝えようとしているものは、「喜び」、「感謝」……そう言った感情だろうか。
 彼女が『人間』である事は分かっているけれども、ルフレの言葉は通じていても、彼女の言葉はルフレがそれを正確に読み解くのはまだ難しく、それを正しく解釈出来ている自信は無い。
 それでもきっと、その尾が大きく揺れているのを見るに、そこにあるのは負の感情では無いのだろう。

 少しでも彼女の為に『何か』をしてあげられた事が嬉しくて。
 ルフレは、漸く安堵から微笑みを浮かべるのであった。




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