何時かきっと、星空の下で
◇◇◇◇◇
国土の大半が一年の大半を雪と氷が支配するフェリアにおいて北部や北端は融けぬ氷の支配する領域であり、幾ら逞しいフェリアの人々でもそこに住むことは出来なかった。
その為、人の手が全く入らない森や山などが多数存在し、またそこには遥かなる古の時代に栄えていたという『竜』たちの文明の名残が、遺跡の形で今も残されているのだと言う。
そんなフェリア北部への旅は過酷なモノであったが、幼いルフレは何も言わずに母とルキナに付いて来てくれている。
最近は、何かを感じ取っているのか、前よりも益々ルキナの傍に居る時間が増えていた。まるで、ルキナを「今」に繋ぎ止めようとしているかの様に……。
だが、ルキナはその手を振り払って行かねばならない。
そして、進み続けていれば何時か旅にも必ず終わりは訪れる様に……ルキナ達は、雪原を掻き分け、樹氷の森を幾つも抜けて……漸く。
『時の遺跡』へと、辿り着いた。
雪と氷に閉ざされていたその遺跡は。
人の出入りなど殆ど無かったのか、何処も綺麗なモノで。
何千年と昔の古の時代から存在していた筈のそれは、経年劣化を何一つとして感じさせない美しさがあった。
『竜』たちが使っていた時代から何一つ変わっていないと言われても、全く違和感がない程だ。
険しい環境の中にあったからこそ盗掘などの被害に遭う事も無かったのが大きいのだろう。
そんな遺跡の最奥に、かつての祭祀場……『竜』達が「時の扉」を開いていたと言う場所は在った。
「さて、準備はいいかしら、マルス」
「はい、覚悟は出来ています」
ロビンが早速『時の扉』を開こうとしたその時だった。
「やだ!! いっちゃやだよ……。
マルス、いかないで……。
ぼく、いいこにするから。
わがままももういわないし、マルスをこまらせるようなことはもうしないから……!
でも、だからいかないで…………。
マルスがいなくなるのさみしいよ、……やだよう……」
それまで黙って二人のやり取りを見守っていたルフレが、突然泣き叫びながらルキナにしがみついてきた。
「やだ、いかないで」と繰り返しながら涙を流すルフレに、ルキナも……そしてロビンも。どうしていいのか分からず、狼狽えた。
ルフレはそもそも普段から我儘など言わないし、ロビンやルキナを困らせる様な事も言わない。
そんなルフレが、ルキナを困らせる事を分かった上で、初めてと言ってもいい程の我儘を言っているのだ。
それを無碍にする事なんてルキナには出来そうに無かった。
だが、それでもルキナはこの扉の先に行かねばならないのだ。
再び『時の扉』を潜って未来を目指したとしても、辿り着いたそこが目指していた場所や時間であるとは限らない。
それは、分かってる。
しかし、十五年の歳月を待ち続けるのならば、少しでも時を跳び越えて、目指していたあの「過去」に辿り着く事を優先するべきだとルキナは思った。だが……。
「ルフレ……僕は、行かなければならないんだ」
「やだ! マルス、いっちゃったらもうあえないんでしょ?
せっかくともだちになったのに……やだ……」
泣き続けるルフレの姿に、ふとルキナは懐かしさを感じた。
あれは……確か、父と『彼』が共に戦場に出ていこうとしていた時の事だったか。
お城での「おるすばん」を余儀なくされる事になっていたルキナは、城を発とうとする二人にしがみついて泣き喚いたのだ。……丁度、今のルフレの様に。
あの時の二人も、こんな気持ちだったのだろうか……。
「ルフレ……大丈夫。
君には、これから本当に色々な事が起こると思うけれど……君は全部それを乗り越えられる。
君は色々なモノを見て、沢山学んで経験して……そしてとても凄い事を幾つも成し遂げる人になるんだ。
……そして、そんな君には、特別に大切な仲間が……君の『半身』とも呼べる人が、必ず君の前に現れるよ。
僕はそれをよく知っているんだ…………」
父クロムとルフレは、少しだけ「未来」が変わったこの世界でもきっと出逢い、互いを『半身』と認め合うのだろう。
「はんしん……?」
「そう、『半身』。君にとって本当に特別で大切な人だ」
「それはマルスじゃないの……?」
「僕、ではないね。……でも、もしかしたら、何時か何処かで、僕ともまた出逢う事はあるかもしれない」
「過去」を変える為に父やその周りの身に降りかかる事などへと干渉してゆくその何処かで、きっとルキナはルフレに出逢うのだろう。
その可能性はとても高い。
それに、きっとこの未来でも父の娘として生まれてくる「ルキナ」が居る筈だ。
「ほんとう……? じゃあ、『やくそく』して」
「『約束』? 何をかな」
ルフレが何を求めるのか見当が付かず、ルキナは首を傾げた。
すると、幼いながらにルフレは酷く真剣な面持ちでルキナを見上げて、その小さな右手の小指の先をルキナへと差し出す。
そうそれは、かつてのあの日の幼いルキナを鏡に映した様に。
「またあったときには、マルスのうたをまたきかせて!
それが『やくそく』!
『やくそく』してくれるなら、しんじるから。
『ばいばい』じゃなくて、『またね』なんだって、ぼく、ずっとしんじてまっているから……だから……」
「僕の歌を……? そうかい、分かったよ。
また逢った時は、君の為に歌ってあげるよ」
そう言いながら、ルキナはルフレの小指の指先へと自身の小指の先を絡めて『約束』を交わしたのであった。
すると、ルキナの服を握り閉める事を止め、ルフレはルキナから手を離した。
まだその目は潤んでいるけれども……。
それでも、しっかりとルキナを見送る事に決めたようで、ギュッと唇を噛みながらもルフレは前を向いていた。
そしてルキナは、黙って見守ってくれたロビンに礼を言う。
「もう大丈夫かしら?」
「はい、お願いします……!」
「…………未来の『あの子』の事、どうか……赦してあげてね……」
『時の扉』を潜りきる直前に、最後にロビンが何かを言っていた気がするが、それは上手く聞き取れなくて。
そして、ルキナは再び自分の目の前に開かれた『時の扉』を潜って。……今度は、未来へと飛び立つのであった。
◇◇◇◇◇
国土の大半が一年の大半を雪と氷が支配するフェリアにおいて北部や北端は融けぬ氷の支配する領域であり、幾ら逞しいフェリアの人々でもそこに住むことは出来なかった。
その為、人の手が全く入らない森や山などが多数存在し、またそこには遥かなる古の時代に栄えていたという『竜』たちの文明の名残が、遺跡の形で今も残されているのだと言う。
そんなフェリア北部への旅は過酷なモノであったが、幼いルフレは何も言わずに母とルキナに付いて来てくれている。
最近は、何かを感じ取っているのか、前よりも益々ルキナの傍に居る時間が増えていた。まるで、ルキナを「今」に繋ぎ止めようとしているかの様に……。
だが、ルキナはその手を振り払って行かねばならない。
そして、進み続けていれば何時か旅にも必ず終わりは訪れる様に……ルキナ達は、雪原を掻き分け、樹氷の森を幾つも抜けて……漸く。
『時の遺跡』へと、辿り着いた。
雪と氷に閉ざされていたその遺跡は。
人の出入りなど殆ど無かったのか、何処も綺麗なモノで。
何千年と昔の古の時代から存在していた筈のそれは、経年劣化を何一つとして感じさせない美しさがあった。
『竜』たちが使っていた時代から何一つ変わっていないと言われても、全く違和感がない程だ。
険しい環境の中にあったからこそ盗掘などの被害に遭う事も無かったのが大きいのだろう。
そんな遺跡の最奥に、かつての祭祀場……『竜』達が「時の扉」を開いていたと言う場所は在った。
「さて、準備はいいかしら、マルス」
「はい、覚悟は出来ています」
ロビンが早速『時の扉』を開こうとしたその時だった。
「やだ!! いっちゃやだよ……。
マルス、いかないで……。
ぼく、いいこにするから。
わがままももういわないし、マルスをこまらせるようなことはもうしないから……!
でも、だからいかないで…………。
マルスがいなくなるのさみしいよ、……やだよう……」
それまで黙って二人のやり取りを見守っていたルフレが、突然泣き叫びながらルキナにしがみついてきた。
「やだ、いかないで」と繰り返しながら涙を流すルフレに、ルキナも……そしてロビンも。どうしていいのか分からず、狼狽えた。
ルフレはそもそも普段から我儘など言わないし、ロビンやルキナを困らせる様な事も言わない。
そんなルフレが、ルキナを困らせる事を分かった上で、初めてと言ってもいい程の我儘を言っているのだ。
それを無碍にする事なんてルキナには出来そうに無かった。
だが、それでもルキナはこの扉の先に行かねばならないのだ。
再び『時の扉』を潜って未来を目指したとしても、辿り着いたそこが目指していた場所や時間であるとは限らない。
それは、分かってる。
しかし、十五年の歳月を待ち続けるのならば、少しでも時を跳び越えて、目指していたあの「過去」に辿り着く事を優先するべきだとルキナは思った。だが……。
「ルフレ……僕は、行かなければならないんだ」
「やだ! マルス、いっちゃったらもうあえないんでしょ?
せっかくともだちになったのに……やだ……」
泣き続けるルフレの姿に、ふとルキナは懐かしさを感じた。
あれは……確か、父と『彼』が共に戦場に出ていこうとしていた時の事だったか。
お城での「おるすばん」を余儀なくされる事になっていたルキナは、城を発とうとする二人にしがみついて泣き喚いたのだ。……丁度、今のルフレの様に。
あの時の二人も、こんな気持ちだったのだろうか……。
「ルフレ……大丈夫。
君には、これから本当に色々な事が起こると思うけれど……君は全部それを乗り越えられる。
君は色々なモノを見て、沢山学んで経験して……そしてとても凄い事を幾つも成し遂げる人になるんだ。
……そして、そんな君には、特別に大切な仲間が……君の『半身』とも呼べる人が、必ず君の前に現れるよ。
僕はそれをよく知っているんだ…………」
父クロムとルフレは、少しだけ「未来」が変わったこの世界でもきっと出逢い、互いを『半身』と認め合うのだろう。
「はんしん……?」
「そう、『半身』。君にとって本当に特別で大切な人だ」
「それはマルスじゃないの……?」
「僕、ではないね。……でも、もしかしたら、何時か何処かで、僕ともまた出逢う事はあるかもしれない」
「過去」を変える為に父やその周りの身に降りかかる事などへと干渉してゆくその何処かで、きっとルキナはルフレに出逢うのだろう。
その可能性はとても高い。
それに、きっとこの未来でも父の娘として生まれてくる「ルキナ」が居る筈だ。
「ほんとう……? じゃあ、『やくそく』して」
「『約束』? 何をかな」
ルフレが何を求めるのか見当が付かず、ルキナは首を傾げた。
すると、幼いながらにルフレは酷く真剣な面持ちでルキナを見上げて、その小さな右手の小指の先をルキナへと差し出す。
そうそれは、かつてのあの日の幼いルキナを鏡に映した様に。
「またあったときには、マルスのうたをまたきかせて!
それが『やくそく』!
『やくそく』してくれるなら、しんじるから。
『ばいばい』じゃなくて、『またね』なんだって、ぼく、ずっとしんじてまっているから……だから……」
「僕の歌を……? そうかい、分かったよ。
また逢った時は、君の為に歌ってあげるよ」
そう言いながら、ルキナはルフレの小指の指先へと自身の小指の先を絡めて『約束』を交わしたのであった。
すると、ルキナの服を握り閉める事を止め、ルフレはルキナから手を離した。
まだその目は潤んでいるけれども……。
それでも、しっかりとルキナを見送る事に決めたようで、ギュッと唇を噛みながらもルフレは前を向いていた。
そしてルキナは、黙って見守ってくれたロビンに礼を言う。
「もう大丈夫かしら?」
「はい、お願いします……!」
「…………未来の『あの子』の事、どうか……赦してあげてね……」
『時の扉』を潜りきる直前に、最後にロビンが何かを言っていた気がするが、それは上手く聞き取れなくて。
そして、ルキナは再び自分の目の前に開かれた『時の扉』を潜って。……今度は、未来へと飛び立つのであった。
◇◇◇◇◇