何時かきっと、星空の下で
◇◇◇◇◇
「すまない、あなたが何を言っているのか……」
聞き間違いか、或いは何かの気紛れなのだろうか、と。
ロビンの問い掛けに、ルキナは動揺を隠せないままだった。
何故、一体どうして。と言う疑問符ばかりが頭を過る。
そんなルキナにロビンは静かに言葉を連ねてゆく。
「……さっきあなたが歌ったあの歌はね。私がルフレの為に作った歌なのよ。私とルフレだけしか知らない筈の歌。
ねえ、マルス。あなたは一体『何時何処で』知ったのかしら?」
「それ、は…………。そう、あの、前にルフレが歌って……!」
「あら、あの子はまだそんなに上手には歌えないわよ。
それでどうやって、ルフレの歌声を手本にして、あの歌を歌えるようになるのかしら?」
ロビンの追求に、ルキナは言葉に窮してしまう。
元々、こう言う類の言い訳をするのは苦手なのだ。
そんなルキナに、ロビンは重く溜息を吐いた。
そして、幸せそうに眠るルフレの顔を見遣る。
「……別に、あなたを取って食おうだなんて欠片も思っていないから、そんなに思い詰めた顔はしないで。
……私はあなたと、「これから」の話をしたいの。
あなたにとっても、きっとそれは悪い事ではないと思うわ」
「…………僕が話せる事なんて、何も無いよ」
ここでルキナが知る「未来」を聞き出す事で、ロビンは自分の思う様に「未来」を変えようとしているのではないか、と。
そう一瞬考えたルキナは、決して口を割らない事を明言した。
そもそも、ルキナが知る「未来」は酷く限定的なモノであるのだけれども……。
そんなルキナに、ロビンはゆるゆるとその首を横に振る。
「別に、多分あなたが危惧しているのだろう事なんて、私は全く考えていないわよ。いえ、正確には。
一つだけ、どうしても変えたい「未来」はある。
でもそれは恐らく、あなたにとっても悪い事ではないわ」
そんな事を言われても、「はいそうですか」と頷ける訳なんてなくて。ルキナはロビンを警戒する。
そんなルキナに、ロビンは小さく溜息を吐いた。
「そう……訊き方が悪くて警戒させちゃったのかしら……。
なら、今から私が勝手に独り言を喋るから、気にしないでね」
そう言って、ロビンは思考を整理する様に一度少し目を閉じて、そしてゆるりと再びその目を開く。
「そうね……マルス。あなたは……きっと、恐らくだけど。
『邪竜ギムレー』が蘇った「未来」を知っているのよね?
……そしてギムレーの復活を、何らかの方法で止めるか……或いはギムレーを倒す為にここに居る。
……違うかしら?」
「それは……!」
ロビンは、ルキナの素性や過去など何も知らない筈なのに。
それは予想だなんて言葉では到底考えられない程の精度でルキナの過去を言い当てていく。
それに思わず戦慄したルキナは、ロビンのその言葉を遮ろうとするが、だがそれは上手くはいかない。
「それとそうね……あなたの本当の名前が何なのかまでは分からないけれど。あなたの本当の素性……それは、イーリスの聖王家の一員ね。
あなたが手にしているその剣。
……それはイーリスに伝わる神剣、ファルシオンよね?
それを手にしている……そしてそれを振るう事が出来る。
その時点であなたが聖王の血筋の人間である事は分かっていたの。……あなたと出会った時点でね。
でも、ファルシオンはその使い手を剣自身が選ぶ剣。
今代の聖王も、……その前の代もそのまた前の代も。
記録にある限りは、ここ数代以上はその使い手に選ばれた者は居ないの。
……今代聖王の長男はもしかしたらその資格があるんじゃないかって言われているけれど……まだ剣を握るには幼過ぎるもの。少なくとも、あなたじゃないわね。
じゃあ、あなたは誰? って考えて、合理的に導き出されたのは、『マルスは未来の聖王家の人間』って結論よ。
どう言う経緯で未来の聖王家とルフレが関わる様になるのかは分からないけれどね……。
さて、何か言いたい事はあるかしら?」
信じ難い言葉の羅列に、何か否定しなくてはとルキナは言葉を探すが、良い「何か」などこの状況では何も考え付かない。
何を言っても、あっさりと論破されそうですらある。
「あなたは……一体何を目的に……」
「私の目的? ……それはね、きっとあなたと同じよ、マルス。
私もね、『邪竜ギムレー』の復活だけは何としてでも阻止したいの。……本当に、ただそれだけなのよ……」
そう言ってロビンは微笑むけど。
その底の見えない得体の知れなさに、ルキナは反応に困る。
「あなたの居た「未来」……。
これは完全に想像になるのだけれど、ギムレーによって壊滅させられたのでしょう?
そして、あなたはそこでギムレーに勝てなかった……。
そのファルシオンに宿る不完全な力を見るに、『炎の紋章』を完成させられなかったのかしら?
まあ原因が何であれ、あなたは勝てなかった。
だから過去に来た。……きっと神竜の力でね。
さて、ここまでに何か矛盾したものはあったかしら?」
……ここまで見透かされてしまっていては、誤魔化す事も出来なくて。ルキナは項垂れるように頷いた。
ファルシオンに宿った不完全な神竜の力すら見透かすなんて……一体ロビンは何者なのか。
「……はい、ロビンさんの言う通り、僕……私は、凡そ三十年後の「未来」からやって来た人間です。
ギムレーの復活を阻止してあの『絶望の未来』を変える為に。
…………ルフレさんは、私が幼い時にとても良くしてくれた人で……あの歌も、その時に。大好きな子守唄だ、と」
ここまでロビンに見破られていてはもう「マルス」を装い続ける意味も無いので、ルキナは本来の自分の話し方に戻した。
それに、ロビンは驚く事も無く耳を傾ける。
「そう……ルフレは、あの歌の事をそんな風に……。
……それとね、マルス。
これはあまり根拠に乏しい勘の様なものなのだけれど……。
「今」は、あなたが「過去」を変える為に本来目指していた時間とは異なるものではないかしら。
目指していたそこよりも「未来」……いいえ違いそうね。
あなたの場合は、「過去」かしら?
そうやってここに辿り着いたのではない?」
どうしてそこまで、とルキナはもう驚く事すら儘ならない。
もしかしてロビンは人の心を文字通り「読める」のではないかとも思ってしまう。何もかもを丸裸にされて見透かされている気分になってしまった。
「どうして、それを……」
「殆ど勘のようなものだけれど……。
あなた、全然『聖戦』の事、知らなかったんでしょう?
もし、「過去」を変えて未来をどうにかしようとしているなら、それに関わる「過去」の事も調べる筈だもの。
だから、『聖戦』の惨状にあんなにも動揺しきっていたのは、全くの想定外の状況だったからじゃないかと思ったの。
それで? 本当は「どの位」の過去に行くつもりだったの?」
「それは……今から凡そ、十五年後の「未来」の時間でした。
ですが、もうそこには……」
ただ十五年間待ち続けるしかそこに辿り着く術はないのだと。そう言ったルキナに、ロビンは「待って」と制止した。
「待ってマルス。
諦めるのにはまだ早いかもしれない。
……もしかしたら、辿り着けるかもしれないわ。
……あなたが辿り着くべきだった、十五年後の「未来」に」
ルキナを制止したロビンが示したのは、フェリア東部と西部の境界からさらに北に行った、周囲の山々も含めてそこに人里など存在しない、秘境のような場所にあると言う、人の口の端に上る事すら稀な、『時の遺跡』なる場所であった。
「『時の遺跡』はかつて……英雄王マルスたちの時代よりも更に遥かな昔。
この地に人々が殆ど居なかった時代に、強大な力を持つ竜たちが時に関わる祭儀などを行い、「時の扉」を開いたとされている場所なの。
そこならばもしかしたら、あなたを辿り着くべき時間にまで飛ばせるのではないかしら?」
「そんな遺跡がフェリアに……。
ですが、ナーガ様のお力無しに再び『時の扉』を開く事は難しいのではないでしょうか」
今この手には、あの時の様な、宝玉の欠けた不完全な『炎の紋章』すら存在しないのだ。
それでは、神竜に助力を乞う事は難しい。
ルキナがそう諦めそうになった時。
「いいえ、そうとは限らないわ」
と、ロビンがそれを否定した。
「過去へと時の流れを遡らせる事はとても難しいものよ。
でも、未来へと送る事に関してはそこまで難しくないわ。
その為の扉ならほんの数十秒だけなら私でも開けるはず」
「ロビンさん……、どうしてそこまでして私に……」
「どうして……。
それは、『邪竜ギムレー』の復活を阻止する事が、ルフレの幸せを守る事に繋がるからよ。
私は、ルフレを守ってあげたいの……。ただそれだけ……」
そう言って微笑んだロビンに「母」の深い愛情を見たルキナは、かつて喪った両親の姿が重なって思わず胸が痛くなる。
その心を抑えながら。
ルキナは、ロビンの提案に乗るのであった。
そして、ルキナ達はフェリアの北へと向かった。
◇◇◇◇◇
「すまない、あなたが何を言っているのか……」
聞き間違いか、或いは何かの気紛れなのだろうか、と。
ロビンの問い掛けに、ルキナは動揺を隠せないままだった。
何故、一体どうして。と言う疑問符ばかりが頭を過る。
そんなルキナにロビンは静かに言葉を連ねてゆく。
「……さっきあなたが歌ったあの歌はね。私がルフレの為に作った歌なのよ。私とルフレだけしか知らない筈の歌。
ねえ、マルス。あなたは一体『何時何処で』知ったのかしら?」
「それ、は…………。そう、あの、前にルフレが歌って……!」
「あら、あの子はまだそんなに上手には歌えないわよ。
それでどうやって、ルフレの歌声を手本にして、あの歌を歌えるようになるのかしら?」
ロビンの追求に、ルキナは言葉に窮してしまう。
元々、こう言う類の言い訳をするのは苦手なのだ。
そんなルキナに、ロビンは重く溜息を吐いた。
そして、幸せそうに眠るルフレの顔を見遣る。
「……別に、あなたを取って食おうだなんて欠片も思っていないから、そんなに思い詰めた顔はしないで。
……私はあなたと、「これから」の話をしたいの。
あなたにとっても、きっとそれは悪い事ではないと思うわ」
「…………僕が話せる事なんて、何も無いよ」
ここでルキナが知る「未来」を聞き出す事で、ロビンは自分の思う様に「未来」を変えようとしているのではないか、と。
そう一瞬考えたルキナは、決して口を割らない事を明言した。
そもそも、ルキナが知る「未来」は酷く限定的なモノであるのだけれども……。
そんなルキナに、ロビンはゆるゆるとその首を横に振る。
「別に、多分あなたが危惧しているのだろう事なんて、私は全く考えていないわよ。いえ、正確には。
一つだけ、どうしても変えたい「未来」はある。
でもそれは恐らく、あなたにとっても悪い事ではないわ」
そんな事を言われても、「はいそうですか」と頷ける訳なんてなくて。ルキナはロビンを警戒する。
そんなルキナに、ロビンは小さく溜息を吐いた。
「そう……訊き方が悪くて警戒させちゃったのかしら……。
なら、今から私が勝手に独り言を喋るから、気にしないでね」
そう言って、ロビンは思考を整理する様に一度少し目を閉じて、そしてゆるりと再びその目を開く。
「そうね……マルス。あなたは……きっと、恐らくだけど。
『邪竜ギムレー』が蘇った「未来」を知っているのよね?
……そしてギムレーの復活を、何らかの方法で止めるか……或いはギムレーを倒す為にここに居る。
……違うかしら?」
「それは……!」
ロビンは、ルキナの素性や過去など何も知らない筈なのに。
それは予想だなんて言葉では到底考えられない程の精度でルキナの過去を言い当てていく。
それに思わず戦慄したルキナは、ロビンのその言葉を遮ろうとするが、だがそれは上手くはいかない。
「それとそうね……あなたの本当の名前が何なのかまでは分からないけれど。あなたの本当の素性……それは、イーリスの聖王家の一員ね。
あなたが手にしているその剣。
……それはイーリスに伝わる神剣、ファルシオンよね?
それを手にしている……そしてそれを振るう事が出来る。
その時点であなたが聖王の血筋の人間である事は分かっていたの。……あなたと出会った時点でね。
でも、ファルシオンはその使い手を剣自身が選ぶ剣。
今代の聖王も、……その前の代もそのまた前の代も。
記録にある限りは、ここ数代以上はその使い手に選ばれた者は居ないの。
……今代聖王の長男はもしかしたらその資格があるんじゃないかって言われているけれど……まだ剣を握るには幼過ぎるもの。少なくとも、あなたじゃないわね。
じゃあ、あなたは誰? って考えて、合理的に導き出されたのは、『マルスは未来の聖王家の人間』って結論よ。
どう言う経緯で未来の聖王家とルフレが関わる様になるのかは分からないけれどね……。
さて、何か言いたい事はあるかしら?」
信じ難い言葉の羅列に、何か否定しなくてはとルキナは言葉を探すが、良い「何か」などこの状況では何も考え付かない。
何を言っても、あっさりと論破されそうですらある。
「あなたは……一体何を目的に……」
「私の目的? ……それはね、きっとあなたと同じよ、マルス。
私もね、『邪竜ギムレー』の復活だけは何としてでも阻止したいの。……本当に、ただそれだけなのよ……」
そう言ってロビンは微笑むけど。
その底の見えない得体の知れなさに、ルキナは反応に困る。
「あなたの居た「未来」……。
これは完全に想像になるのだけれど、ギムレーによって壊滅させられたのでしょう?
そして、あなたはそこでギムレーに勝てなかった……。
そのファルシオンに宿る不完全な力を見るに、『炎の紋章』を完成させられなかったのかしら?
まあ原因が何であれ、あなたは勝てなかった。
だから過去に来た。……きっと神竜の力でね。
さて、ここまでに何か矛盾したものはあったかしら?」
……ここまで見透かされてしまっていては、誤魔化す事も出来なくて。ルキナは項垂れるように頷いた。
ファルシオンに宿った不完全な神竜の力すら見透かすなんて……一体ロビンは何者なのか。
「……はい、ロビンさんの言う通り、僕……私は、凡そ三十年後の「未来」からやって来た人間です。
ギムレーの復活を阻止してあの『絶望の未来』を変える為に。
…………ルフレさんは、私が幼い時にとても良くしてくれた人で……あの歌も、その時に。大好きな子守唄だ、と」
ここまでロビンに見破られていてはもう「マルス」を装い続ける意味も無いので、ルキナは本来の自分の話し方に戻した。
それに、ロビンは驚く事も無く耳を傾ける。
「そう……ルフレは、あの歌の事をそんな風に……。
……それとね、マルス。
これはあまり根拠に乏しい勘の様なものなのだけれど……。
「今」は、あなたが「過去」を変える為に本来目指していた時間とは異なるものではないかしら。
目指していたそこよりも「未来」……いいえ違いそうね。
あなたの場合は、「過去」かしら?
そうやってここに辿り着いたのではない?」
どうしてそこまで、とルキナはもう驚く事すら儘ならない。
もしかしてロビンは人の心を文字通り「読める」のではないかとも思ってしまう。何もかもを丸裸にされて見透かされている気分になってしまった。
「どうして、それを……」
「殆ど勘のようなものだけれど……。
あなた、全然『聖戦』の事、知らなかったんでしょう?
もし、「過去」を変えて未来をどうにかしようとしているなら、それに関わる「過去」の事も調べる筈だもの。
だから、『聖戦』の惨状にあんなにも動揺しきっていたのは、全くの想定外の状況だったからじゃないかと思ったの。
それで? 本当は「どの位」の過去に行くつもりだったの?」
「それは……今から凡そ、十五年後の「未来」の時間でした。
ですが、もうそこには……」
ただ十五年間待ち続けるしかそこに辿り着く術はないのだと。そう言ったルキナに、ロビンは「待って」と制止した。
「待ってマルス。
諦めるのにはまだ早いかもしれない。
……もしかしたら、辿り着けるかもしれないわ。
……あなたが辿り着くべきだった、十五年後の「未来」に」
ルキナを制止したロビンが示したのは、フェリア東部と西部の境界からさらに北に行った、周囲の山々も含めてそこに人里など存在しない、秘境のような場所にあると言う、人の口の端に上る事すら稀な、『時の遺跡』なる場所であった。
「『時の遺跡』はかつて……英雄王マルスたちの時代よりも更に遥かな昔。
この地に人々が殆ど居なかった時代に、強大な力を持つ竜たちが時に関わる祭儀などを行い、「時の扉」を開いたとされている場所なの。
そこならばもしかしたら、あなたを辿り着くべき時間にまで飛ばせるのではないかしら?」
「そんな遺跡がフェリアに……。
ですが、ナーガ様のお力無しに再び『時の扉』を開く事は難しいのではないでしょうか」
今この手には、あの時の様な、宝玉の欠けた不完全な『炎の紋章』すら存在しないのだ。
それでは、神竜に助力を乞う事は難しい。
ルキナがそう諦めそうになった時。
「いいえ、そうとは限らないわ」
と、ロビンがそれを否定した。
「過去へと時の流れを遡らせる事はとても難しいものよ。
でも、未来へと送る事に関してはそこまで難しくないわ。
その為の扉ならほんの数十秒だけなら私でも開けるはず」
「ロビンさん……、どうしてそこまでして私に……」
「どうして……。
それは、『邪竜ギムレー』の復活を阻止する事が、ルフレの幸せを守る事に繋がるからよ。
私は、ルフレを守ってあげたいの……。ただそれだけ……」
そう言って微笑んだロビンに「母」の深い愛情を見たルキナは、かつて喪った両親の姿が重なって思わず胸が痛くなる。
その心を抑えながら。
ルキナは、ロビンの提案に乗るのであった。
そして、ルキナ達はフェリアの北へと向かった。
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