何時かの未来から、明日の君へ
◆◆◆◆◆
ルキナの誕生日のその日。
両親だけでなく城中の皆が、ルキナの誕生日を盛大にお祝いしてくれていた。
ルキナお姉さまは少し体調が良くないのか来れなかったけれど、その分のお祝いの贈り物をルフレさんが持ってきてくれて、ルキナはとても幸せな気持ちだった。
何時もは忙しい両親も、この日ばかりは公務を手早く切り上げてルキナの為にずっと一緒に過ごしてくれて。
寂しさなんて、ちっとも感じられない位の、そんな素敵な時間を過ごしていた。
そして、もう眠る時間だからと、自分の部屋に帰った時。
今日一日、一度も『幽霊さん』の姿を見かけていなかった事に気付いたルキナは、大慌てで彼の事を探した。
もし、もうルキナが彼を見る力を喪ってしまったのなら、もう二度と逢えないのだろうか、お別れすら言えないままもう二度と彼の事を見付けられないのか、と。
そう哀しく思い、直前までの皆に祝って貰えてとても幸せだった気持ちも萎んでしまい、泣き出しそうになったその時。
ふわりと、ルキナの目の前に小さな花束が差し出された。
驚いてルキナが見上げると、そこには『幽霊さん』が微笑む様な優しい顔で、小さな花束を差し出してきていた。
『お誕生日おめでとう、ルキナ』
そう言って微笑む『幽霊さん』は何時も通りなのに。
その姿は、ルキナの眼には何処か透ける様に不明瞭に見えてしまっていた。
……恐らくは、これがこうして彼の姿を目に映せる最後の時間なのだろうと、ルキナは誰に言われずともそう悟った。
ルキナは、彼から花束を受け取って、それを抱き締める。
これが、ルキナにとってはお別れになってしまう事が哀しくて、素敵な花束は何も心の慰めにならなかった。
そんなルキナに、『幽霊さん』は少し苦笑して、優しくその指先でルキナの涙を拭った。
ひんやりとした温もりの無いそれは生きている存在のモノでは無いけれども、確かにそれはルキナに触れた。
それに驚いたルキナが彼を見上げると。
彼は安心した様に微笑む。
そして、優しくそっと包む様にルキナを抱き締めた。
彼の腕は、手は、ルキナの身体をすり抜けず其処に在る。
『前に言っただろう? 物凄く頑張れば触れられるって。
あまり長い間は触れていられないけどね』
ルキナがあんまりにも驚くものだから、彼は少し楽しそうにそう説明した。
生者のそれとは異なる……だけれども、確かに其処に感じるその感覚をどう言い表せば良いのかルキナには分からない。
そして……その指先に、ルキナは確かに覚えが在った。
それは……あの風邪を引いたあの日の……。
「あの……もしかしてゆうれいさんは、前にもこうしてルキナにふれてくれたことがありませんか?」
『前……? それは、ああ……そうか、あの君が風邪を引いていた日に……。
そうだね、前にもこうして君に触れた事があるよ。
熱が出ていて、とても苦しそうだったからね……。
少しでも、熱を下げてあげようとそう思って。
ああ……もしかして。あの時の影響で、君に僕の姿が見える様になったのかもしれないね……』
「とてもさみしくてこわかったあのとき、ゆうれいさんのゆびがまるでルキナをはげましてくれているようで……。
とてもうれしかったんです。ありがとうございます」
やっとお礼を言えた事を嬉しく思っていると、『幽霊さん』は少し泣きそうな顔をした。
でもそれは、哀しい時の涙ではなくて、嬉しい時の涙の顔なのだろうと、ルキナには分かる。
『そうか……少しでも、そうやって君の助けになれたなら。
僕にとってはそれ以上に嬉しい事は無いよ……。
有難う、ルキナ……』
お礼を言っているのはルキナの方なのに、何故か『幽霊さん』はそうルキナに感謝する。
『……僕はね、本当に本当に……沢山の酷い事をしてしまったんだ。……僕の望みじゃなかったとしても。
僕を信じてくれた人たちを、誰も助けられなかった。
僕はとても無力で、……無価値で……。
こうして解放されても、「幽霊」である僕に出来る事なんて殆どなくて、精々があの子達を見守る程度だった……。
それでも良いと思っていたし、こんな僕なんかが誰かの助けになれるだなんて傲慢な事は欠片も考えられなかった。
……でも、少しでも。
僕は君に何かをあげられていたと……そう思っていても、良いのだろうか……。僕は、ほんの少しでも。
……君に、「幸せ」をあげられていたのかな?』
そんな事を言ってくる『幽霊さん』に、ルキナは少しムッとなって、胸を張って答える。
「そんなの、あたり前じゃないですか!
ルキナは、ゆうれいさんとすごすじかんが、とてもとてもたのしかったんです!
ゆうれいさんがずっといっしょにいてくれたから、ルキナはぜんぜんさみしくなかったんです!
ゆうれいさんは、ルキナにいっぱい「しあわせ」をくれていました! それが分かってないゆうれいさんは、ちょっとおばかさんだとルキナはおもいます!」
楽しくない筈など無かった、幸せで無かった筈など無い。
幽霊さんは、そんな事も分からないのだろうか。
すると、『幽霊さん』は嬉しそうに、救われた様に。
ルキナには触れない涙を零した。
『そうか…………そうか……。
有難う、ルキナ。本当に……。
…………ねえルキナ、一つ、「約束」をしないかい?』
そう言って『幽霊さん』はその右手の小指を伸ばす。
「約束」? とルキナが首を傾げていると。
『……これから、ルフレさんとルキナお姉さまのところに子供が生まれるんだけれど……出来れば、ルキナにはその子と仲良くしてあげて欲しい。
そして、僕からはそんなルキナに、こうして花束を贈り続ける事を「約束」するよ……。
姿が見えなくても、声が聴こえなくても。
そこに、僕はきっと居るから。その証に。
……「約束」しても、良いかな……?』
「とうぜんです! ルキナお姉さまとルフレさんの赤ちゃんはルキナにとってきっと妹や弟のようなものですから!
だから、花たばの「やくそく」、わすれないでくださいね」
ルキナは、彼の指先に自身の指先を絡めた。
前は出来なかった指切りは、確かに結ばれて。
それに、『幽霊さん』は心から嬉しそうに微笑んで。
そして、ルキナの見ている世界から、まるで空気の中に溶けていくかの様に、彼の姿は消えていく。
もう彼の姿は見えない、そして声も聞こえない。
だけれども、ルキナの指先には、確かに彼との「約束」が残されているのであった。
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ルキナの誕生日のその日。
両親だけでなく城中の皆が、ルキナの誕生日を盛大にお祝いしてくれていた。
ルキナお姉さまは少し体調が良くないのか来れなかったけれど、その分のお祝いの贈り物をルフレさんが持ってきてくれて、ルキナはとても幸せな気持ちだった。
何時もは忙しい両親も、この日ばかりは公務を手早く切り上げてルキナの為にずっと一緒に過ごしてくれて。
寂しさなんて、ちっとも感じられない位の、そんな素敵な時間を過ごしていた。
そして、もう眠る時間だからと、自分の部屋に帰った時。
今日一日、一度も『幽霊さん』の姿を見かけていなかった事に気付いたルキナは、大慌てで彼の事を探した。
もし、もうルキナが彼を見る力を喪ってしまったのなら、もう二度と逢えないのだろうか、お別れすら言えないままもう二度と彼の事を見付けられないのか、と。
そう哀しく思い、直前までの皆に祝って貰えてとても幸せだった気持ちも萎んでしまい、泣き出しそうになったその時。
ふわりと、ルキナの目の前に小さな花束が差し出された。
驚いてルキナが見上げると、そこには『幽霊さん』が微笑む様な優しい顔で、小さな花束を差し出してきていた。
『お誕生日おめでとう、ルキナ』
そう言って微笑む『幽霊さん』は何時も通りなのに。
その姿は、ルキナの眼には何処か透ける様に不明瞭に見えてしまっていた。
……恐らくは、これがこうして彼の姿を目に映せる最後の時間なのだろうと、ルキナは誰に言われずともそう悟った。
ルキナは、彼から花束を受け取って、それを抱き締める。
これが、ルキナにとってはお別れになってしまう事が哀しくて、素敵な花束は何も心の慰めにならなかった。
そんなルキナに、『幽霊さん』は少し苦笑して、優しくその指先でルキナの涙を拭った。
ひんやりとした温もりの無いそれは生きている存在のモノでは無いけれども、確かにそれはルキナに触れた。
それに驚いたルキナが彼を見上げると。
彼は安心した様に微笑む。
そして、優しくそっと包む様にルキナを抱き締めた。
彼の腕は、手は、ルキナの身体をすり抜けず其処に在る。
『前に言っただろう? 物凄く頑張れば触れられるって。
あまり長い間は触れていられないけどね』
ルキナがあんまりにも驚くものだから、彼は少し楽しそうにそう説明した。
生者のそれとは異なる……だけれども、確かに其処に感じるその感覚をどう言い表せば良いのかルキナには分からない。
そして……その指先に、ルキナは確かに覚えが在った。
それは……あの風邪を引いたあの日の……。
「あの……もしかしてゆうれいさんは、前にもこうしてルキナにふれてくれたことがありませんか?」
『前……? それは、ああ……そうか、あの君が風邪を引いていた日に……。
そうだね、前にもこうして君に触れた事があるよ。
熱が出ていて、とても苦しそうだったからね……。
少しでも、熱を下げてあげようとそう思って。
ああ……もしかして。あの時の影響で、君に僕の姿が見える様になったのかもしれないね……』
「とてもさみしくてこわかったあのとき、ゆうれいさんのゆびがまるでルキナをはげましてくれているようで……。
とてもうれしかったんです。ありがとうございます」
やっとお礼を言えた事を嬉しく思っていると、『幽霊さん』は少し泣きそうな顔をした。
でもそれは、哀しい時の涙ではなくて、嬉しい時の涙の顔なのだろうと、ルキナには分かる。
『そうか……少しでも、そうやって君の助けになれたなら。
僕にとってはそれ以上に嬉しい事は無いよ……。
有難う、ルキナ……』
お礼を言っているのはルキナの方なのに、何故か『幽霊さん』はそうルキナに感謝する。
『……僕はね、本当に本当に……沢山の酷い事をしてしまったんだ。……僕の望みじゃなかったとしても。
僕を信じてくれた人たちを、誰も助けられなかった。
僕はとても無力で、……無価値で……。
こうして解放されても、「幽霊」である僕に出来る事なんて殆どなくて、精々があの子達を見守る程度だった……。
それでも良いと思っていたし、こんな僕なんかが誰かの助けになれるだなんて傲慢な事は欠片も考えられなかった。
……でも、少しでも。
僕は君に何かをあげられていたと……そう思っていても、良いのだろうか……。僕は、ほんの少しでも。
……君に、「幸せ」をあげられていたのかな?』
そんな事を言ってくる『幽霊さん』に、ルキナは少しムッとなって、胸を張って答える。
「そんなの、あたり前じゃないですか!
ルキナは、ゆうれいさんとすごすじかんが、とてもとてもたのしかったんです!
ゆうれいさんがずっといっしょにいてくれたから、ルキナはぜんぜんさみしくなかったんです!
ゆうれいさんは、ルキナにいっぱい「しあわせ」をくれていました! それが分かってないゆうれいさんは、ちょっとおばかさんだとルキナはおもいます!」
楽しくない筈など無かった、幸せで無かった筈など無い。
幽霊さんは、そんな事も分からないのだろうか。
すると、『幽霊さん』は嬉しそうに、救われた様に。
ルキナには触れない涙を零した。
『そうか…………そうか……。
有難う、ルキナ。本当に……。
…………ねえルキナ、一つ、「約束」をしないかい?』
そう言って『幽霊さん』はその右手の小指を伸ばす。
「約束」? とルキナが首を傾げていると。
『……これから、ルフレさんとルキナお姉さまのところに子供が生まれるんだけれど……出来れば、ルキナにはその子と仲良くしてあげて欲しい。
そして、僕からはそんなルキナに、こうして花束を贈り続ける事を「約束」するよ……。
姿が見えなくても、声が聴こえなくても。
そこに、僕はきっと居るから。その証に。
……「約束」しても、良いかな……?』
「とうぜんです! ルキナお姉さまとルフレさんの赤ちゃんはルキナにとってきっと妹や弟のようなものですから!
だから、花たばの「やくそく」、わすれないでくださいね」
ルキナは、彼の指先に自身の指先を絡めた。
前は出来なかった指切りは、確かに結ばれて。
それに、『幽霊さん』は心から嬉しそうに微笑んで。
そして、ルキナの見ている世界から、まるで空気の中に溶けていくかの様に、彼の姿は消えていく。
もう彼の姿は見えない、そして声も聞こえない。
だけれども、ルキナの指先には、確かに彼との「約束」が残されているのであった。
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