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望月に仰ぐ白虹

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 ルフレとルキナは恋人同士だった。
 だが、正式な婚約はまだ交わしていないし、二年前ルフレはルキナの目の前で消滅して、つい先日クロムに発見されて目覚めるまでの間は死んでいたも同然であったのだ。

 目覚めた時、あの日から二年もの月日が経っているのだとクロムに告げられて、目の前が真っ暗になりそうになったのをルフレはよく覚えている。
 二年もの時が流れていれば、ルキナが自分に見切りを付けて他に愛する人を見付けている可能性は十分にあるのだから。
 例え二年前は確かに想いが通じあっていたのだとしても、時の流れとは残酷なものである。
 二年前のあの日から何も変わらぬ自分と、あの日から二年の月日を重ねたルキナ。
 双方の想いが今も重なると言う保証など、何処にも無かった。

 二年前のあの日。
 ギムレーを自ら討った事で自分の身体も崩壊していく中で、ルフレはただただルキナの幸せを願っていた。
 自分の事など忘れ、ルフレ以外に人生を共に歩める人を見付けて幸せになって欲しいと。
 逃れ得ぬ己の死を前にして願ったそれは、紛れもなくルフレの本心ではあったのだが。
 時間のズレは生じたとは言ってもこうやって奇跡的に戻って来れた時、『今度こそルキナを自分の手で幸せにしたい』という欲が生まれてしまったのだ。
 独占欲にも繋がるその身勝手で傲慢な欲をルフレは否定はしない。
 だけれどもルキナの幸せを願う気持ちは確かなのだから、もし彼女が自分の他に伴侶を見付けているのだとすればその幸せを自分が壊してはいけないのだと、ルフレは己に固く命じていた。
 それが何れ程、己の胸を深く切り裂く様な痛みを伴う選択なのだとしても。

 そんな悲壮な決意に心を苛まれていたルフレに、クロムは思わずルフレが己が耳を疑う様な事を告げた。

『ルキナも、お前をずっと探して待っている』、と。

 この二年間、跡形も無くこの世から消滅したルフレを探し続けてルキナは各地を旅していた。
 何時見付かるとも……そもそも生きて帰ってくるのかすらも不確かな恋人の事を、決して諦める事無く、ルフレは必ず帰ってくるのだと信じて、探し続けていたのだ。
 ルキナは父親であるクロムの居るイーリスを拠点としていたらしいが、少しでもそれらしい人物の噂を聞き付けると直ぐ様そこへ飛んで行き、そして淡い期待を裏切られた哀しみで憔悴した様に帰ってくるのを、この二年で幾度と無く繰り返していたのだと言う。
 そうルフレに語ったクロムの目には、その時の事を思い返したのか、遣りきれない想いが浮かんでいた。

 愛しいルキナにその様な行動を取らせていた事に、彼女をそこまで自身に縛り付けてしまった事への後悔と、そうやって彼女を悲しませ続けてしまった事への自己嫌悪と。
 そしてそれらと同等かそれ以上に強く、隠しきれない程の歓喜の念をルフレは感じた。

 狂おしい程に愛している相手が、二年の時の流れの中でも変わらずに己を想ってくれていたのだ。
 それがルキナを苦しめていたとは分かっていながらも、それを喜ばずにはいられなかった。
 殆と身勝手な事ではあるが。


 その後クロム達に連れられて王城に戻ったルフレを出迎えたのは、不安と期待とを綯い交ぜにした表情でクロム達の帰りを待っていたルキナであった。
 後から聞いた話では、どうやら王城に戻る際に立ち寄った街で、クロムはルキナ宛に緊急の知らせを飛ばしていたそうだ。
 それも、国家レベルでの緊急時にしか使わない様な超高速便で。
 ルキナがその知らせを受け取った時はイーリス王都からは少しばかり離れた場所に居たそうだが、直ぐ様王都へと取って返したのだとか。

 ルフレの姿をその目に映した瞬間、ルキナはルフレの胸に飛び込む様な勢いで、ルフレに抱き付いてきた。
 ルフレの存在を確かめる様に、縋り付くかの如く強く抱き締めてくるルキナの身体を、ルフレもまた抱き締め返した。
 俯きながら身を震わせて涙声でただただルフレの名を呼び続けるルキナに、溢れんばかりの愛しさが込み上げてきて、その頬へと手を添えた。
 その手に頬を擦り寄せる様にして顔を上げてルフレを見詰めてくるその目は、吸い込まれそうな深い青藍に薄く涙を浮かべていた。


「ルフレさん、……ですよね?
 本当に、本物のルフレさんなんですよね?」


 確かめる様に問い掛けるその声は、溢れ出そうな感情に震えていた。
 ルフレもまた、抑えきれぬ想いに声を震わせながら答えた。


「そうだよ、ルキナ……。
 ……ただいま」


 二年越しの奇跡で漸く叶ったその言葉に、双方ともに人目を憚らずに涙を溢しながら抱き合ったのだった。




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