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譲れないもの、一つ

◇◇◇◇




「すみません、ルフレさん……」


 騒ぎに何とか収拾が着いた後、ルフレとルキナは何と無く気まずい状態で家に帰った。
 ルフレとしてもどう切り出して良いものなのか分からず、つい沈黙に沈んでしまう。
 そんな中で、ルキナが述べたのは謝罪であった。


「ルキナ、別に謝る事でも無いよ」

「でも……。
 本当ならば、あそこは微笑ましく小さな私を見守るべきだったんです。
 だって、あの小さな私にとっての『ルフレさん』は、貴方だけなんですから……。
 なのに、私は……小さな私の細やかな初恋一つ、冷静に受け止められなかったんです」


 ルキナは自分の薬指に輝く指輪を見詰める。
 ルフレが愛を誓ったその証は、ただ一人、ルキナの為だけにそこに存在している。


「ルフレさんの気持ちは、分かっています。
 あの私に向ける想いは、慈しみとか……そんな感じのものである事も、分かってるんです。
 でも……、ほんの少しだけでも、あの私にルフレさんが盗られてしまうと思うと、とても冷静ではいられなくて……」


 ギュッと固く握り締めたルキナのその手を、ルフレはそっと包んだ。
 女性的な柔らかさの少ない、剣士の手だ。
 あの小さなルキナのものとは、とても遠い場所にある手だ。
 だけれども。
 絶望の未来で、そして未来を変える為にやって来たこの過去でも、ずっと戦い続けてきた事を雄弁に語るこの手が、ルフレは何よりも好きだ。


「良いんだよ、ルキナ。
 確かにちょっと驚いたけど、それでも、君にそこまで想われるのは悪い気はしない」


 ルフレだって、もしも……。
 そう、例えば。
 ルキナが居た未来の己がここに現れて、そしてルキナに求愛したら。
 きっと冷静では居られない。
 何がなんでもルキナを離さないだろう。
 例え、ルキナの心が揺るぎなく己に向いているのだと確信していたとしても。

 時間を隔てた同一人物であろうと何だろうと、譲れないものはあるのだ。


「……私は……、あの私からルフレさんを奪ってしまったんです。
 ……本当ならば、ルフレさんがあの私に使うべきだった時間を、向けるべき笑顔を、私は独り占めにしてしまった」


 その美しい瞳に深い苦悩が映る。
 ……ルキナは、何時もそうだ。
 両親が大好きで甘えたくて、それなのに。
 最早自分と同じ道を歩かないであろう過去の自分を想って、踏み込めない。
 今ここに生きている両親は、小さなルキナのものなのだから、と。
 その愛を僅かでも自分が奪ってはいけないのだ、と。
 そう言って、身を引いてしまう。

 ギムレーとの戦いが終わった後だって、そうだった。
 最早自分が両親の傍に居られる『理由』は無いと、何処かに身を潜める様に旅立とうとしてしまっていた。
 だからルフレは。
 ルキナが……いや、ずっと戦い続けてきたルキナ達が。
 その心の底に押し込めた望みを殺さないで済む様に、全力を尽くした。
 それが正しいとか間違ってるとかは、どうでも良い。
 ただただ、愛しい人の笑顔が曇る事だけは防ぎたかったのだ。


「僕が選んだのは君だ、君だけだ。
 奪うとか以前に、僕のこの想いは最初から最後まで君だけのものだよ」

「ルフレさん……」


 潤んだ瞳で見上げてくる最愛の人の唇に、ルフレは一つ口付けを落とした。





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