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幸せの食卓

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 動かぬ証拠を掴もうと、ルフレを尾行しようとして失敗してはや十数回。
 ルキナが思っていた以上に、ルフレは強敵であった。
 一軍を預かる軍師としては頼もしくもあり、しかしその頼もしさが今は逆に仇となっている。

 一体ルフレは何をしていると言うのだろうか……?
 まさかと思うが、浮気とか……?

 それは無いとは思いつつも、抱いた不安が完全に消え去る事は無い。
 悶々としつつルフレを観察する日々が続いたとある日。
 ルキナは、ルフレから呼び出しを受けた。

 何だろう、と少し不安を抱きながらもルフレに言われた通りに食堂に行くと、そこには。
 テーブルにこれでもかと並べられた沢山の料理が待ち構えていた。


「ルキナ! そこに座ってね。
 あ……ちょっと待ってて、この皿で最後だから」


 ルキナの姿を見付けてパアッと顔を輝かせたルフレはルキナに着席する様に促しつつ、肉料理が盛ってある皿を持ってテーブルの方へとやって来る。


「あの……ルフレさん、これは一体……」

「まあまあそれは気にせずに、取り敢えず食べてみてくれると嬉しいな」


 ルキナの前に手に持っていた皿を置いたルフレは、そのままルキナの目の前の椅子に座り、何処か期待する様な目でルキナを見詰めてくる。
 困惑しつつも促されるままに、一口食べてみる。


「……! 美味しいです……!」


 たった一口食べただけでも、その料理がとても美味しい事は分かった。
 しかもただ美味しいだけではない。
 作った人が、食べてくれる人の事を心から想って作ったのだろう……そんな“想い”としか表現しようがない何かをしっかりと感じられる味だった。


「『美味しい』?本当に?」


 ルキナの言葉に目を輝かせて身を乗り出してきたルフレに頷くと。
 ルフレは喜びを露にして拳を握りそれを胸の前に掲げる。


「良かったー!
 上手くなった自信はあったけど、ルキナの好みに合うのか不安だったんだ……!
 ああ、長かった……!!」


 思わず、と言った風に涙ぐんで喜ぶルフレに呆気に取られたルキナは、もしかして……?とふと気付く。


「あの、このお料理って、ルフレさんが……?」


『鋼の味』で有名なルフレがまさか……と若干思いつつもルキナが訊ねると。
 ルフレは少し照れた様に頬を赤くして頷いた。


「その……。
 “絶望の未来”でずっと頑張ってきたルキナに、『美味しい』料理を食べて貰いたくってね……。
 結構頑張って練習したんだ。
 フレデリクにしごかれた甲斐があって良かったよ」


 フレデリクの名前に、ここ暫くのルフレの謎の行動の理由に漸く合点がいったルキナは、次の瞬間顔を仄かに朱に染める。
 何度フレデリクに尋ねてもはぐらかされたり歯切れが悪かったりしたのは、ルフレがルキナの為に必死に料理の腕前を磨いていた事を知っていたからなのだろう。
 ルキナに喜んで貰おうと頑張っているルフレのその気持ちに水をさすまいとしていたに違いない。

 そこまで理解したルキナは、思わず嬉しいやら恥ずかしいやらで頬が熱くなってしまう。

『鋼の味』料理人だったルフレがここまで美味しい料理を作れる様になるまでの苦労はかなりのものであっただろうし、時にそれで悩んでいた筈だ。
 それを穿って見てしまった上に“浮気”すら疑った事が恥ずかしく。
 そしてそれ以上に、ただでさえ忙しい筈なのに、それでも少なくない時間を割いてまでルキナの為に料理の腕を磨いてくれたのが堪らなく嬉しくて。

 もうどんな顔をして良いのやら分からず、ルキナは顔を覆ってしまう。
 嬉し過ぎて、ちょっと他人には見せられない顔になってしまっているかもしれない。

 ルキナの事を想いルキナを喜ばせようと一生懸命になって、そしてその目論見が成功して大喜びしているルフレが、どうして良いのか分からない位に愛しくて。
 ただでさえ好きで好きで堪らないのに、更に深みに嵌まってしまう様に、ルフレの事がもっと好きになってしまう。

 大好きな人が自分の事を想って作ってくれる料理の美味しさは、今までのルキナの人生の中で味わってきたモノなんて足元にも及ばない程だった。
 嬉し過ぎて心の器から溢れた想いは、柔らかく温かな涙となってルキナの頬を伝い落ちて行く。


「えっ!?
 どうしたんだい?!
 やっぱり美味しくなくて、さっきのはお世辞だったとか……。
 味見はちゃんとしてた筈なんだけど……!」


 ポロポロとルキナが涙を溢しているのを見たルフレは、狼狽えながら慌てて自分も一口料理を食べては、「味は……だ、大丈夫だよね……?」と呟く。
 そんなルフレに、ルキナはふるふると首を横に振った。


「いえ、違うんです。
 お料理は美味しいし、ルフレさんの気持ちが嬉しくて……。
 それで嬉しさで気持ちが一杯になったら、涙が勝手に……」


 所謂“嬉し泣き”なのだと伝えると、ホッとしたようにルフレは胸を撫で下ろした。


「よかった……てっきり味見していた僕の味覚がおかしかったのかと……」


 そうやって安堵した様に息を吐くルフレの様子が何だか面白くて。
 ルキナは思わず笑い声を溢してしまう。


「えぇー……今のは笑う所かい?
 結構本気で焦ったんだけど」

「いえ、ふふっ。
 可笑しいとか、そんな事は無いんですけど……ふふっ」


 笑いのツボに入ってしまったのか、中々笑いが収まらない。
 一頻り笑うルキナを見ていたルフレは、少し迷った様な素振りを見せながらも、少しばつが悪そうな顔をする。


「僕がこっそり料理の修行をしようとしていた所為で、何だかルキナに要らない心配させちゃっていたみたいだったから……。
 それのお詫びも兼ねて作った料理だったんだよ。
 だからこそ、失敗したのかと思って焦ったんだけど……。
 でも、ルキナにそんなに喜んで貰えて本当に良かった。
 今まで心配かけさせちゃってごめんね」


 そう言って頭を下げるルフレに、ルキナは慌ててそれを止める。


「い、いえ!
 私が早とちりしてしまっただけなんです。
 ルフレさんの所為では……」

「折角だからルキナを驚かせようって僕が詰まらない意地を張っちゃったから所為だから、間違いなく僕の所為だよ。
 フレデリクにもそれで怒られちゃったし……。
 本当にごめん」


 そう言ってまた頭を下げようとするルフレに、ルキナは「私もそうなのでおあいこです」とそれを止めた。


「私だって、その……。
 ルフレさんに美味しい料理を作ろうと思って、こっそりフレデリクさんから教わっていましたし……。
 ルフレさんの気持ちは分かります。
 だから、この件はここで終わりにしましょう。
 ほら、ルフレさんも一緒に食べましょう?」

 ルキナがそう言うと、ルフレは少し驚いた様に瞬いて、そして柔らかな微笑みを浮かべる。


「そっか。うん、そうだね。
 じゃあ、僕も食べるとするよ。
 ……今度は、ルキナが作った料理を食べさせて欲しいな。
 駄目かい?」

「いえ、喜んで」


 二人して微笑みあって、美味しい料理に舌鼓を打った。
 ゆったりと穏やかに流れたそんな幸せな時間はルキナにとって一生涯の宝物の様な幸せな思い出となり、その先の未来で幾度となく思い返す事になる。


 なお、ルフレが張り切って作りすぎた料理は、途中で乱入してきた仲間達にもお裾分けされた事によって、全て綺麗に片付けられたのであった。





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