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幸せの食卓

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(ルキナ、どうしたんだろう……?)


 今日も今日とて料理の修行に打ち込みながら、ルフレは悩まし気に溜め息を吐いた。

 どうにもここ最近、ルキナの様子がおかしいのだ。
 何処と無くよそよそしかったり、折を見てはチラチラとルフレを伺い見てきたりする。
 どうかしたのかと訊ねてみても、どうにも要領を得ない返事ばかりが返ってきて。
 何かしてしまっただろうかと心当たりを探ってみるも、特にはその様なものは無い。
 ここ最近は中々料理の腕が上がらず壁に行き当たっていた為にそれで悩んでいた事も多いが、それをルキナの前で出した事など無い筈だし……。
 うーん……と思い悩むしかない。

 そんな悩みが生まれた一方で肝心の料理の腕の方はと言うと、味付けを少し変えてみた所良い感じになってきたので、『美味しくない』料理だったのが『普通』の料理、そして時々は『割と美味しい』料理まで作れる様になっていた。
 調理の手順自体もかなり手慣れたものになってきていて。
 当初の様に生煮えだったり生焼けだったり、逆に煮崩れやら焦がしてしまう事はもう無い。
『美味しい』まで後一歩何かが足りない様ではあるけれど、その一歩……何かの切っ掛けさえ掴めれば、きっと『美味しい』料理が作れる様になる筈だとルフレは確信していた。

 今は何だか様子がおかしいルキナも、『美味しい』料理をご馳走したり一緒に時間を過ごす内に、きっと元通りになるだろう。
 そう思う事で悩みを振り払おうとしたルフレは、ふと炊事場の出入り口に誰かが立っている事に気が付いた。


(ふぁっ!? あ、えーっと、あれは……!)


 料理をしている現場を隠蔽しようと焦ったルフレが誤って野菜かごをひっくり返しかけたりと、慌てふためいてしっちゃかめっちゃかになりかけているのを、炊事場にやってきたフレデリクは心なしか冷ややかな目で見やり、深い溜め息を吐いた。


「……何をなさっているんですか? ルフレさん……」

「あー、フレデリク? いや、これはね、その……。
 えーっと、何と無く小腹が空いて料理がしたくなってね!
 それだけ! ほんと、特に他に理由はないよ!」


 フレデリクに見られてしまった事に動揺を隠せないまま、ルフレは滅茶苦茶な言い訳をし始める。
 言ってる当人にも既に意味が分かってない。
 冷静に考えれば、ルキナにバレさえしなければ良いので、別にフレデリクに料理修行を見られた所で別に困る様な事では無い。
 しかし、フレデリクの不意打ちの様な登場によって絶賛混乱中のルフレには、そんな単純な事すら頭からすっぽ抜けてしまっていた。
 頭の中は(どうしようどうしよう)と焦るばかりだ。
 ルフレの混乱っぷりはフレデリクにも伝わったのだろう。
 フレデリクは片手で軽く額を抑える様にして、深い深い溜め息を吐いた。


「はぁ……。
 別に態々誤魔化そうとなんてしなくても、私は前々からルフレさんが料理の修行をしている事を知っていますよ……。
 それがルキナ様の為のものである事も、存じ上げてます」

「えっ!?」

「私は料理当番として炊事場に出入りする機会も多いですから。
 まあ……でも、殆どの方は気付いていないでしょうし、ルキナ様は何も知りません」


 フレデリクはそう言った後で、「知らないからこそ問題なんですけどね……」とボソリと呟く。
 だが混乱を極めていたルフレの耳には、その呟きは届かなかった。


「あ、えーっと、それなら良いんだけど……。
 所で、何でフレデリクは炊事場に?」


 夕食を作り始めるにはまだ早すぎるし、そもそも今日はフレデリクは料理当番では無かった筈だから料理の仕込みをしに来たと言う訳でもないだろう。

 料理当番でもなければフレデリクが炊事場にやって来る理由など皆目見当も付かないルフレは、思わず首を傾げてしまう。


「そうですね……。
 正直見ていられなくなった……とでも申し上げるべきでしょうか」

「?」


 フレデリクの発言の意図が掴めず困惑するルフレに、フレデリクは一つ咳払いをした。


「ルキナ様の為に料理の腕を磨こうと言うルフレさんの心掛けは確かに立派なものですし、その努力も認めます。
 しかしこの調子で独力で修行を続けようとしても、ルフレさんが満足のいく料理を作れるのは当分先の事になるでしょうね。
 それはルキナ様にとっても、あまり宜しくはありません……」


 何故そこでルキナの名前が出るのだろう。
 困惑のままにルフレはフレデリクに訊ねる。


「何でそれがルキナにとって良くないんだい?」

「ルキナ様はルフレさんが何をしているのかは知りませんが、“何か”をしている事には気付いておられます。
 それが結果として、ルキナ様のお心を乱しているのです」

「そ、それはどういう……」

「ルフレさんが料理について悩まれているのを目にしたルキナ様は、ルフレさんが何か困っているのではないかと、何か良くない事に巻き込まれているのではないかと、心配しておられるのです。
 何か知っているのでは?と私に尋ねられた事もあります」


 その時は誤魔化しておきましたが……と語るフレデリクも、心なしか困っている様であった。

 イーリス王家に仕える騎士である事を誰よりも誇りに思い、そう在らんとしているフレデリクにとって、例えそれがルキナを想うルフレの気持ちを汲んだ結果であるとは言え、“未来”のではあるがクロムの嫡子たるルキナに真実を告げられないのは心苦しいのだろう。


「ですので、一刻も早くルフレさんが満足のいく料理を作れるよう、私が指導したいと思います」

「え、ええー!?」


 唐突なその申し出にルフレとしては困惑するしかない。
 何故突然、と言うのもあるが、折角ここまで自分だけで頑張ってこれたのだから最後まで……と言う思いもある。
 しかし、そんなルフレの考えは、戦場に立っている時の様な真剣な顔をしたフレデリクの無言の威圧感の前に粉砕された。


「良いですか?ルフレさん。
 ルキナ様に美味しい料理を食べさせてあげたいと言うその想いはご立派ですが、その為にルキナ様を心配させては本末転倒も良い所です。
 ルフレさんにとって大事なのは『美味しい』料理を作れる様になる事であって、独力で上達すると言う事では無い筈。
 使えるモノは何でも使って、さっさと料理上手になるべきだと思いませんか?」


 そうでしょう?と有無を言わせないフレデリクに、ルフレはこくこくと頷くしかない。
 お分かり頂けて何よりです、とニッコリと微笑むフレデリクのその表情に、ルフレは背筋を冷や汗が流れ落ちるのを自覚する。
 この忠実なる騎士がこうやって微笑んだ時にはロクな事がない。
 鬼のように厳しい訓練や、お説教が待っているのだ。
 今回の場合は訓練の方であろうけれど。

 そして、ルフレの嫌な予想はこれ以上に無い程に的中し、フレデリクによる地獄の責め苦の様に恐ろしく厳しい料理指導が始まったのであった。

 唯一の救いは、フレデリクの指導を受ける様になってから、一刻も早くこの指導を終わらせたい一心によって、恐ろしい早さで料理の腕前が上達した事であろう……。
 こうして、フレデリクの助力()と、ルフレの汗と涙によって漸く、ルフレが「これならば!」と満足のいく料理が作れる様になったのであった……。





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