幸せの食卓
◆◆◆◆◆
ルキナの目の前にあるのは、コトコトと音を立てて煮込まれたナスとベーコンのトマトスープ煮込みの鍋。
蓋を取ると、ふんわりと辺りにトマトの良い匂いが漂ってくる。
スープと具材をほんの少し小皿に二つ取り分けたルキナは、その一つを横に立っているフレデリクへと手渡した。
「えっ……と、味付けはこんな感じで大丈夫でしょうか?」
「ふむ……。ええ、とても上手に出来上がっていますね。
流石はルキナ様、元々料理の基礎は出来ておられる様でしたが、感動してしまう程に上達が早いです。
この調子でいくと、私から教えられる様な事はもうそろそろ無くなってしまいそうですね」
スープの味見をしたフレデリクにそう評価されたルキナは、嬉しさのあまりに思わずと言った様に笑みを綻ばせる。
「本当ですか……!? 良かった……。
お料理の基礎は、“未来”でフレデリクさんから教わっていたんです」
「おや、そうでしたか。
こうしてまだルキナ様に教えられる事が出来て、私も師匠として冥利に尽きますね」
そう言って穏やかに微笑んだフレデリクのその表情は、ルキナの覚えている彼よりも年若いがそれでも記憶の中の微笑みと寸分違わず同じであった。
記憶の中の彼と重なるその姿に、どうしても少しばかり感傷的な気分になるのをルキナは止められない。
……今は遠い“未来”で、ルキナは今よりも少し年老いたフレデリクから料理を学んだ事があった。
と言っても彼から学んだのは一般的な意味での“料理”とは違って、所謂野戦料理とかサバイバル料理とかだったけれど。
例え王族であっても十分な食料を得られるとも限らないあの未来では、いざと言う時に食べられるものを食べられる様に自力で調理する術を身に付けておく必要があったのだ。
だからルキナは、蛇やネズミと言った、凡そこの時代では食料とされる事がまず無いであろうモノの調理方法などに熟達している。
ただどうしても腹を少しでも満たす事や少しでも栄養を摂る事を第一にしてしまう為に味は二の次三の次になってしまって。
普通に食べられるものが溢れているこの時代では、ルキナが培ってきたあのサバイバル料理はとてもじゃないが食べられたモノではないだろう。
食材を切ったりちょっと煮込んだり炒めたりと言った基礎の部分は全く問題は無いけれど、所謂味付けの部分に於いてはルキナは全く自信が無かった。
自分一人が食べるだけなら別に雑な味のサバイバル料理モドキでもルキナ自身は気にしないし、軍で料理当番が回ってきた時には大抵料理上手な誰かも一緒なのでその人に味付けは任せてしまえば良い。
だが、そんなルキナの料理の腕前が許容されるのは、独り身の時か行軍中の様な共同生活を送っている時だけである。
将来的に生涯を共にしたいと思える様な相手と想い結ばれた今、料理の問題は早急に何とかしなくてはならない問題であった。
極限サバイバル料理を愛する人に食べさせようとは、流石に幾ら何でもルキナにはこれっぽっちも思えないからだ。
ルフレは好き嫌いせず殆ど何でもペロリと食べてしまうが、それでもソワレやデジェルが作った料理には顔を引き攣らせる辺り、何でも食べられると言う訳ではない。
勿論、ルキナが作る極限サバイバル料理も無理だろう。
デジェルの料理に比べれば食べられるだけマシかもしれないが、味に関しては全く以てアウトである。
作る料理が尽く『鋼の味』になるルフレの料理とどっちがマシか……と言うレベルなのだから。
そんな訳で、ルキナは急遽料理修行を始める事にしたのだ。
指南役としてフレデリクを選んだのは、“未来”でそうであったからと言うのも大いに関係しているが、そもそも彼は料理を作るのが極めて上手い。
更には、物事を教えると言う事にも馴れている。
先生として仰ぐには、実に理想的なのだ。
そんなフレデリクの指導を受けていたにも関わらずルキナの手料理が極限サバイバル料理になってしまったのは単純に未来の食料事情の問題があったからであり、食料問題がなければ順当に普通に料理上手になれていたのではないだろうか?
……まあ、その場合は「王家の方に料理など……」とか言ってそもそも教えてくれなかったのかもしれないが。
そんなこんなで料理指導を快く引き受けてくれたフレデリクによって、ルキナの料理の腕前は日に日に上達していった。
最大の懸念材料であった味付けも、時々失敗するものの段々コツが掴めてきた様だ。
この調子でいけば、そう遠くない内に一人でもちゃんと作れる様になるだろう。
そうしたら、何時か。
(ルフレさんに、私の料理を食べて貰いたいですね……)
その時を想って、ルキナは柔らかな微笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇◇◇
ルキナの目の前にあるのは、コトコトと音を立てて煮込まれたナスとベーコンのトマトスープ煮込みの鍋。
蓋を取ると、ふんわりと辺りにトマトの良い匂いが漂ってくる。
スープと具材をほんの少し小皿に二つ取り分けたルキナは、その一つを横に立っているフレデリクへと手渡した。
「えっ……と、味付けはこんな感じで大丈夫でしょうか?」
「ふむ……。ええ、とても上手に出来上がっていますね。
流石はルキナ様、元々料理の基礎は出来ておられる様でしたが、感動してしまう程に上達が早いです。
この調子でいくと、私から教えられる様な事はもうそろそろ無くなってしまいそうですね」
スープの味見をしたフレデリクにそう評価されたルキナは、嬉しさのあまりに思わずと言った様に笑みを綻ばせる。
「本当ですか……!? 良かった……。
お料理の基礎は、“未来”でフレデリクさんから教わっていたんです」
「おや、そうでしたか。
こうしてまだルキナ様に教えられる事が出来て、私も師匠として冥利に尽きますね」
そう言って穏やかに微笑んだフレデリクのその表情は、ルキナの覚えている彼よりも年若いがそれでも記憶の中の微笑みと寸分違わず同じであった。
記憶の中の彼と重なるその姿に、どうしても少しばかり感傷的な気分になるのをルキナは止められない。
……今は遠い“未来”で、ルキナは今よりも少し年老いたフレデリクから料理を学んだ事があった。
と言っても彼から学んだのは一般的な意味での“料理”とは違って、所謂野戦料理とかサバイバル料理とかだったけれど。
例え王族であっても十分な食料を得られるとも限らないあの未来では、いざと言う時に食べられるものを食べられる様に自力で調理する術を身に付けておく必要があったのだ。
だからルキナは、蛇やネズミと言った、凡そこの時代では食料とされる事がまず無いであろうモノの調理方法などに熟達している。
ただどうしても腹を少しでも満たす事や少しでも栄養を摂る事を第一にしてしまう為に味は二の次三の次になってしまって。
普通に食べられるものが溢れているこの時代では、ルキナが培ってきたあのサバイバル料理はとてもじゃないが食べられたモノではないだろう。
食材を切ったりちょっと煮込んだり炒めたりと言った基礎の部分は全く問題は無いけれど、所謂味付けの部分に於いてはルキナは全く自信が無かった。
自分一人が食べるだけなら別に雑な味のサバイバル料理モドキでもルキナ自身は気にしないし、軍で料理当番が回ってきた時には大抵料理上手な誰かも一緒なのでその人に味付けは任せてしまえば良い。
だが、そんなルキナの料理の腕前が許容されるのは、独り身の時か行軍中の様な共同生活を送っている時だけである。
将来的に生涯を共にしたいと思える様な相手と想い結ばれた今、料理の問題は早急に何とかしなくてはならない問題であった。
極限サバイバル料理を愛する人に食べさせようとは、流石に幾ら何でもルキナにはこれっぽっちも思えないからだ。
ルフレは好き嫌いせず殆ど何でもペロリと食べてしまうが、それでもソワレやデジェルが作った料理には顔を引き攣らせる辺り、何でも食べられると言う訳ではない。
勿論、ルキナが作る極限サバイバル料理も無理だろう。
デジェルの料理に比べれば食べられるだけマシかもしれないが、味に関しては全く以てアウトである。
作る料理が尽く『鋼の味』になるルフレの料理とどっちがマシか……と言うレベルなのだから。
そんな訳で、ルキナは急遽料理修行を始める事にしたのだ。
指南役としてフレデリクを選んだのは、“未来”でそうであったからと言うのも大いに関係しているが、そもそも彼は料理を作るのが極めて上手い。
更には、物事を教えると言う事にも馴れている。
先生として仰ぐには、実に理想的なのだ。
そんなフレデリクの指導を受けていたにも関わらずルキナの手料理が極限サバイバル料理になってしまったのは単純に未来の食料事情の問題があったからであり、食料問題がなければ順当に普通に料理上手になれていたのではないだろうか?
……まあ、その場合は「王家の方に料理など……」とか言ってそもそも教えてくれなかったのかもしれないが。
そんなこんなで料理指導を快く引き受けてくれたフレデリクによって、ルキナの料理の腕前は日に日に上達していった。
最大の懸念材料であった味付けも、時々失敗するものの段々コツが掴めてきた様だ。
この調子でいけば、そう遠くない内に一人でもちゃんと作れる様になるだろう。
そうしたら、何時か。
(ルフレさんに、私の料理を食べて貰いたいですね……)
その時を想って、ルキナは柔らかな微笑みを浮かべるのであった。
◇◇◇◇◇