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幸せの食卓

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 そもそもどうしてイーリスの軍師たるルフレが不得手な料理の腕前をこうも熱心に磨いているのかと言えば、それには甘酸っぱい動機があるからだ。

 ルフレにとって“半身”の様な存在であるクロムの娘であり、時空を跳び越えてこの時間へとやって来た『未来』からの異邦人たるルキナ。
 仲間として共に闘い共に時を過ごす内に何時しかルフレとルキナは互いに惹かれ合い、そして恋人として結ばれた。
 戦時中であり互いに複雑な事情を抱えている事もあって将来を誓いあった訳ではまだないけれど。
 それでも……何時か何の憂いもなくその隣に居られる様になった時には、改めてそれを誓いたいと何時も想っている程には、大切で特別な相手だ。

 そんなルフレの愛しい恋人であるルキナだが、彼女が本来在るべきだった時間……ルフレから見た場合の『未来』は、そこからやって来た者達全員から“絶望の未来”と呼び表される程に悲惨な状況であったらしい。
 その有り様を直接目にした訳ではないルフレにはルキナ達から断片的に伝わってきた情報を元に想像するしか無いのだが、それでも人々の生活どころか文明自体が最早壊滅的な程に打撃を受けていたであろう事は想像に難くなかった。

 日々の糧にすら困窮し、次の年の為の種籾すらをも食べざるを得ない人々。
 餓えに苦しむあまり、土を掘り返して木の根までしゃぶって餓えを誤魔化す事が常態化する日々。
 野ネズミや昆虫に至るまで、動くもの食べられるものならば何でも口にしなくては命を繋ぐ事すら難しい食事情。
 そんな未来では、王族や貴族ですらも決して余裕のある食事が出来る筈もなく。
 この時代で民達が粗食と呼ぶそれよりも遥かに粗末な食料を口にするだけで精一杯であったと言う。
 ……それでも、食料にありつけるだけ恵まれていたそうなのだが。

 そんな『未来』からやって来た子供達は、この時代に辿り着いた当初は誰もが栄養失調ギリギリの状態であったらしい。
 ……イーリス軍に合流するまでの期間に多少その状態は改善されたそうなのだが、それでもほぼ放浪生活に等しい生活を送っていた者達が大半である彼等が、この時代で言う所の“普通”の食事にありつけた事は殆ど無かった様だ。
 それでも“絶望の未来”で食べていたモノに比べればずっと贅沢な食事だったと、誰もが口を揃えて言っていたのが、ルフレとしては何とも居た堪れなくなる話である。

 ルフレは別段食に贅を凝らす事に執念を燃やす様な質ではなく、聖王直属の軍師と言う立場を考えれば、日々の食事は寧ろ質素な位だ。
 好き嫌い等は基本的には存在せず、一般的には嫌煙される熊肉だってペロリと平らげてしまえる。
 粗食と呼ばれる様な食事だって別段苦でも何でもない。
 ……が、そもそも『食料がない』と言う飢餓状態に陥った事が、ルフレの記憶にある限り……クロムに拾われてからは一度も無いのだ。
 それは、とてもとても恵まれた事なのだろうと……ルキナ達が置かれていた状況の話を聞く度にルフレは思っている。
 餓えに苦しんだ事の無いルフレには、ルキナ達が経験してきたその過酷さを本当の意味で理解する事は出来ないだろうけれど。
 それでも、そんな過酷な現実に苦しんできたルキナの為に出来る事は、力になれる事はある筈だと、そうルフレは信じていた。

 それはやはり第一には、この世界をそんな“絶望の未来”にはさせないと言うのが一番だろう。
 その為にルキナ達は“過去”へとやって来たのだし、ルフレ達も戦っているのだから。
 未来に於いて甦ってしまったと言う“邪竜ギムレー”の復活の阻止や、クロムの死の阻止、世界各地に散らばっていると思われる“宝玉”を集めて“炎の紋章”を完成させる事。
 その為にやらなくてはならない事は山積みであるし、それらに関してルフレが力になれる事は沢山あると自負している。

 が、それはそれこれはこれとして。
 折角、日々の食事に事欠かなくても済む時代へとやって来たのだ。
 ならば、ルキナに食事に関しての細やかな楽しみを味わって貰ったって罰は当たらないだろう、とルフレは思う。

 街の食堂とかで奢ったりするのもルフレとしては吝かではないのだが、行軍続きの日々だとやはりどうしたって外食するよりも野営地で自炊する事の方が多くなる訳で。
 野営地での料理が不味い訳ではないのだが、大人数相手に作るが故にどうしても大味な味付けになってしまうのだ。
 個々の味の好みに合わせていられない、と言うのが実情である。
 だからこそ、ルキナに『美味しい』料理を味わって貰おうとするのなら、恋人としてルフレ自らルキナの為に手料理を振る舞うのが一番手っ取り早いのである。……ルフレの料理の腕前が壊滅的な一点だけを除けば……の話にはなるが。

 料理や絵画などの一部の事を除けば案外何でもそれなり以上に卒なくこなせる上に、ルフレはかなりの負けず嫌いであり、ちょっぴり自信家であった。
 だから苦手な料理にしたって、特訓すれば必ずや上達する筈であると思い込んでいたし、自分ならやれる筈だとかなり強気に思っていた。
 今はちょっぴり()残念な料理の腕前でも、遠からずの内に必ずやルキナの舌を満足させてやれる料理が作れる様になる筈だ、と。
 それが何れだけ無謀な事なのか考えもせずに、“ルキナに、『美味しい』と思って貰える手料理を振る舞う”と言う目標を立ててしまったのだ。
 更には、折角なのだから内密に事を進めてルキナへのサプライズにしようと、誰かに教えを乞おうとせずに独学でやろうと決めてしまったのだった。

 流石に、失敗作をせっせと自分で消費している内にその目標が何れだけ遠くにあるモノなのかは、嫌と言う程想い知ったのだけれど。
 それでも、ルキナに『美味しい』と言って貰える料理を作る、と言う目標だけは変える訳にはいかなかった。
 だからこそ、こうして暇を見付けてはルキナ達から隠れるようにしてこそこそと料理の修行を怠らない様にしているのだ。


 ──全ては、ルキナの笑顔の為に。


 ルフレの想像の中のその笑顔が現実のモノになる日が一日も早く来る事を願って。
 ルフレは今日もまた一人、反省会代わりに失敗した手料理を平らげるのであった。





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