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幸せの食卓

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 目の前にはホカホカと湯気を立てる鍋。
 その中身は、トロトロ……はちょっとほんの少し僅かに通り過ぎてドロッとしたシチュー。
 若干不揃いで切り口もガタガタしている数々の食材は、煮込み過ぎてしまったのか幾つかは溶けてしまっている様であった。
 焦げない様に定期的に鍋を掻き混ぜていたからか、前とは違って焦げ付く様な匂いは今のところ漂ってはいない。


(見た目は……ちょっと微妙だけど、材料的にはあってる筈だし、多分大丈夫……!)


 そう決意したルフレは、えいっとばかりに一思いに味見の為に椀にシチューを取る。
 息を吹きかけながら冷ましたそれを逸る思いで口にしたルフレは、一口目で『よしっ!』とその場で思わずガッツポーズをしたが、続く二口目で微妙な顔になり、三口目で項垂れた。


(何だろう……この……食べられない訳じゃないけど、絶妙に美味しくない……!)


 口にした者悉くに『鋼の味』と表されていた当初に比べればその出来栄えは雲泥の差なのかもしれないが、如何せんそれは幾らなんでも比べる対象が悪過ぎる。
 ルフレ程度の腕前とて、流石にプライドと言うモノはあるのだ。
 美味しいか美味しくないで問えば、百人中百人が微妙そうな顔をして『美味しくない』と答えるであろう何とも言えない不味さとも言えない“何か”がそのシチューにはあった。……いや、逆に“何か”が無いからそんな味なのかもしれないが。
 食えなくはないし、飲み込めないなんて事もない。
 食べたからと言って腹を壊したりする事もないのだろう。
 が、しかし。
 単純に、ただただ明確に、簡潔に言って、『美味しくない』のだ。
 どんな修辞句を使ったとしても、ルフレの頭の中の辞書を引っくり返してみても、『美味しくない』以外の言葉が出てこない。
 いっそ感動するレベルで『美味しくない』。
『不味い』のよりはまだマシなのかもしれないが、この味を好き好んで食べる人は居やしないだろう。


(何でだ……一体何が悪かったんだ……)


『鋼の味』料理人として散々自警団内で名を馳せてきたルフレは、こう言っては何だが自分の料理の腕前が人に褒められる様な代物では無い事位は理解していた。
 まあ、その自己認識と周囲からの認識との間にズレがあったのかどうかに関しては、そう頻繁では無いとは言えルフレが全くの善意で手料理を振る舞おうとした事があった事を鑑みて察して頂きたい。
 一体何れ程の罪の無い食材達が、『鋼の味』なんて言うそもそも料理に対して用いられるべきでは無い冒涜的な烙印を捺されてきたのかは最早数える事すら出来ないだろう。
 いや別にルフレとて、態々『鋼の味』の料理を錬成しようとしてきた訳では断じて無いのだ。
 ルフレなりに味付けはちゃんと気を付けてきたつもりだったし、美味しくなる様に色々工夫したりもした。
 が、悉く失敗し『鋼の味』になってしまっていただけなのだ。
 それはそれで残酷な話である。
 無論、犠牲になった食材にとってだ。

 何処かで質の悪い呪術か何かでも掛けられていたのではないかと疑ってサーリャやヘンリーに相談した事もあるが、呪術的な“異常”は別段見当たらないと二人ともに太鼓判を押されてしまった。
 味覚・嗅覚に異常があるでもなく、その他に何らかの異常がある訳でもない。
 ただただ、ルフレは料理を作るのが致命的に下手くそなのだった。

 しかしルフレはそこでへこたれて諦める様な性格ではなく。
 身体的に異常があるから料理が出来ないのではないのなら、練習すれば必ず上手くなる筈だろうと、逆に前向きに考えられる程度には負けず嫌いであり、だからこそ、料理の手習い本などを読み漁っては、こうして空いた時間には料理の修行に勤しんでいた。
 その成果は0では無い様で、当初は悉く『鋼の味』だった料理も、何とかその域は脱する事が出来てきた。
 が、しかし。
『普通』の味ですらまだ遠い目標であり、更にその先の『美味しい』ともなれば、一体何れ程遥かなる高みになるのか見当も付かない。
 それでも──


(出来るなら、心から『美味しい』と思って貰える料理を、食べさせてあげたいからね)


 彼女を想い、優しい微笑みを浮かべたルフレは……。
 直後、この『美味しくない』料理を自分で片付けなければならない事を思い返し。
 ややその笑みを引攣らせるのであった。





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