恋物語も今は遠く
◇◇◇◇◇
“ルキナお姉さま”が話してくれたのは、『めでたしめでたし』では終わらなかった何とも不思議なお話だった。
ルキナはまだ幼い頭をうんうんと悩ませながら、一生懸命に考える。
それでも、どうしても王子様の行動には納得がいかなかった。
だって、それではあまりにもお姫様が可哀想ではないか。
「おひめさまはおうじさまにあえたんですか?」
「……さあ、どうなのでしょう。
お姫様がその後どうなるのかは、私にも分からないので……」
「じゃあ、じゃあ……おひめさまはおうじさまをずっとまっているんですか?」
ルキナには、まだ“死”と言うものはよく分からない。
だが、それがとても遠くに行ってしまい会えなくなる事だと言うのは、何と無く分かる。
お姫様は、死んでしまった王子様の事をずっと待っているのだろうか?
何時か会えると信じて、ずっと探し続けるのだろうか。
それは……それはあまりにも哀しい事なのではないだろうか。
未来に帰る事も出来ず、ずっと……。
それは、ずっとずっと頑張り続けてきたお姫様に対する仕打ちとしては、剰りにも残酷なモノである様にルキナには思えた。
「……きっと、そうなんでしょうね。
お姫様は、王子様の事を忘れる事なんて出来ませんから。
きっと、ずっと……ずっと探し続けるのでしょう」
囁く様にそう答えた“ルキナお姉さま”のその横顔は、何処か哀し気であった。
“ルキナお姉さま”がどうしてそんな顔をするのか、ルキナにはまだよく分からなかった。
可哀想なお姫様に心を痛めているかもしれないし、それとはもっと違う理由なのかもしれない。
「どうしておひめさまはおうじさまをわすれられないんですか?
どうして、おうじさまはおひめさまをかなしませるとわかっていて、そんなことをしたんですか?」
どうしても我慢出来ずに、ルキナはそう訊ねる。
すると、“ルキナお姉さま”は「そうですね……」と何処か遠くを見詰めながら答えた。
「それは、“愛”しているからですよ。
お姫様は王子様を愛しているから、忘れられない。
王子様はお姫様を愛していたから、悲しませると分かっていてもそうしてしまった……」
「……わたしには、わかりません。
おひめさまにもおうじさまにも、“あい”があったのに、どうしてふたりはしあわせになれなかったんでしょう……」
愛しあう二人が幸せになり『めでたしめでたし』で終わるお話は沢山ある。
ルキナにはまだ“愛”はよく分からないものであるけれど、それでも“愛”と言うものが素晴らしいものである事は幼心にも理解は出来ていた。
だからこそ、ルキナは納得出来ないのだ。
愛し合っていたのなら、どうしてこんな哀しい結末になってしまったのか、と。
どうして『めでたしめでたし』で終われなかったのか、と。
王子様が『悪い竜』を倒すのを諦めていれば、『めでたしめでたし』で終われたのではないのかと、ルキナはそう思ってしまう。
「……“愛”だけでは、どうしようもない事もあったんですよ。
ただ、王子様もお姫様も……どちらもお互いの事を心から想っていたのは確かなんだと思います」
“ルキナお姉さま”はそう言うけれど、ルキナにはやっぱり納得は出来なかった。
例え相手を想いやっていたのだとしても、それで“幸せ”になれなければ、王子様もお姫様も可哀想であった。
「でも、……でも……。
それでも、おひめさまがかわいそうです……。
だって、それじゃおひめさまが“しあわせ”になれないです……」
「……そう、ですね。
でも、お姫様にとっては、王子様に出逢えた事、王子様に恋をした事、王子様を愛した事、王子様に愛されていた事……。
それだけでも、とても“幸せ”な事だったんですよ。
だから、決して“幸せ”な結末ではないのだとしても、“不幸せ”な終わりじゃないんです……。
だって、お姫様は王子様の事を想いながら、ずっと探し続ける事が出来るのですから……」
“ルキナお姉さま”の言葉は、ルキナにはまだまだ難しかった。
お姫様の気持ちも、そしてそうお姫様の事を語る“ルキナお姉さま”の気持ちも、ルキナには理解出来ない。
「おひめさまは、おうじさまをずっとさがしつづけるのがつらくないんですか?」
「……辛くない、苦しくないと、そう言えば嘘になるのでしょう。
それでも、王子様を忘れてしまう事の方が、王子様を諦めてしまう事の方が、ずっとずっと……お姫様には辛い事なんです」
それが、“愛”と言うモノなのだろうか。
ならばやっぱりルキナには“愛”と言うモノを理解する事はまだまだ難しい。
でも、ルキナにも分かる事はある。
「おひめさまがどうなったのかはルキナおねーさまにもわからないんですよね?」
「ええ、私もそこまでしか知らないのです」
「なら、きっとおひめさまはおうじさまにあえます。
わたしは、そうしんじます。
だって、お父さまがいってました。
『けつまつがわからないなら、それがかなしいおわりであるとはかぎらない』って。
ルキナおねーさまもしらない“そのあと”のおはなしで、ぜったいにおひめさまはおうじさまにあえます。
わたしは、そうしんじます」
ルキナはそう言って胸を張った。
お姫様と王子様のお話に続きを誰も知らないなら、ルキナたちで勝手に二人が『めでたしめでたし』で終われる様な続きを信じても良いのだ。
誰も続きを知らないのなら、哀しい終わりの後に幸せが待っている可能性だってちゃんとある筈だ。
可哀想な終わり方をするお話を読んでくれる度に、お父様はそうルキナに教えてくれた。
だから、ルキナは自分が考えた『めでたしめでたし』になる続きをルキナに語る。
「おうじさまをさがしつづけたおひめさまは、ようやくおうじさまをみつけます。
そうしたら、おひめさまはおうじさまをひっぱたいてあげるのです!」
「……ひっぱたく、のですか?」
シュッと空を切る様に手を振ったルキナに、“ルキナお姉さま”は目を丸くした。
「ええ、お母さまがいってました。
『かってなことをしておんなのこをかなしませるようなおとこのひとは、いっぱつひっぱたいてあげなさい』、と。
だって、おうじさまはおひめさまをかなしませるとわかっててそんなことをしたんですから、おひめさまはいっぱつひっぱたいてあげればいいんです!」
「な、成る程……。
一発、ひっぱたく……。
ふふ、考えた事も無かったですね……。
でも、それも良いのかもしれません」
何処か穏やかな顔で微笑んだ“ルキナお姉さま”に、「そうでしょ?」とルキナは胸を張って頷く。
「それから、おひめさまはおうじさまをギューッとだきしめて、いっぱいキスをします!
そして、ふたりはしあわせにくらしました。
ほら、『めでたしめでたし』でおわったでしょう?」
ルキナがそう語り終えると、“ルキナお姉さま”は柔らかく微笑んでルキナの頭をうんと優しく撫でてくれた。
「ええ、そうですね。
きっと、……きっとそうなるのでしょう。
私も、そう信じます」
そう言いながら、“ルキナお姉さま”は少し泣きそうな顔で微笑んだ。
その後、何時もの様に数日程王城に留まっていた“ルキナお姉さま”は、またフラりと何処かに旅へ出掛けた。
“ルキナお姉さま”がどうして旅に出ているのかはルキナにはまだよくは分からない。
前にお父様に訊ねた時は、人を探しているのだと教えて貰った。
……何時かは、“ルキナお姉さま”の旅も終わるのだろうか?
そうだったら良いな、とルキナは心から思った。
“ルキナお姉さま”が旅立ったその日の夜、ルキナは夢を見た。
それは、お姫様と王子様の夢だった。
夢の中ではお姫様は“ルキナお姉さま”で、王子様はルキナの知らない男の人で。
そして、二人はとても幸せそうにしていた。
『めでたしめでたし』で終わったその夢が、本当になったら良いな、と。
ルキナはそう思いながら眠るのであった。
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“ルキナお姉さま”が話してくれたのは、『めでたしめでたし』では終わらなかった何とも不思議なお話だった。
ルキナはまだ幼い頭をうんうんと悩ませながら、一生懸命に考える。
それでも、どうしても王子様の行動には納得がいかなかった。
だって、それではあまりにもお姫様が可哀想ではないか。
「おひめさまはおうじさまにあえたんですか?」
「……さあ、どうなのでしょう。
お姫様がその後どうなるのかは、私にも分からないので……」
「じゃあ、じゃあ……おひめさまはおうじさまをずっとまっているんですか?」
ルキナには、まだ“死”と言うものはよく分からない。
だが、それがとても遠くに行ってしまい会えなくなる事だと言うのは、何と無く分かる。
お姫様は、死んでしまった王子様の事をずっと待っているのだろうか?
何時か会えると信じて、ずっと探し続けるのだろうか。
それは……それはあまりにも哀しい事なのではないだろうか。
未来に帰る事も出来ず、ずっと……。
それは、ずっとずっと頑張り続けてきたお姫様に対する仕打ちとしては、剰りにも残酷なモノである様にルキナには思えた。
「……きっと、そうなんでしょうね。
お姫様は、王子様の事を忘れる事なんて出来ませんから。
きっと、ずっと……ずっと探し続けるのでしょう」
囁く様にそう答えた“ルキナお姉さま”のその横顔は、何処か哀し気であった。
“ルキナお姉さま”がどうしてそんな顔をするのか、ルキナにはまだよく分からなかった。
可哀想なお姫様に心を痛めているかもしれないし、それとはもっと違う理由なのかもしれない。
「どうしておひめさまはおうじさまをわすれられないんですか?
どうして、おうじさまはおひめさまをかなしませるとわかっていて、そんなことをしたんですか?」
どうしても我慢出来ずに、ルキナはそう訊ねる。
すると、“ルキナお姉さま”は「そうですね……」と何処か遠くを見詰めながら答えた。
「それは、“愛”しているからですよ。
お姫様は王子様を愛しているから、忘れられない。
王子様はお姫様を愛していたから、悲しませると分かっていてもそうしてしまった……」
「……わたしには、わかりません。
おひめさまにもおうじさまにも、“あい”があったのに、どうしてふたりはしあわせになれなかったんでしょう……」
愛しあう二人が幸せになり『めでたしめでたし』で終わるお話は沢山ある。
ルキナにはまだ“愛”はよく分からないものであるけれど、それでも“愛”と言うものが素晴らしいものである事は幼心にも理解は出来ていた。
だからこそ、ルキナは納得出来ないのだ。
愛し合っていたのなら、どうしてこんな哀しい結末になってしまったのか、と。
どうして『めでたしめでたし』で終われなかったのか、と。
王子様が『悪い竜』を倒すのを諦めていれば、『めでたしめでたし』で終われたのではないのかと、ルキナはそう思ってしまう。
「……“愛”だけでは、どうしようもない事もあったんですよ。
ただ、王子様もお姫様も……どちらもお互いの事を心から想っていたのは確かなんだと思います」
“ルキナお姉さま”はそう言うけれど、ルキナにはやっぱり納得は出来なかった。
例え相手を想いやっていたのだとしても、それで“幸せ”になれなければ、王子様もお姫様も可哀想であった。
「でも、……でも……。
それでも、おひめさまがかわいそうです……。
だって、それじゃおひめさまが“しあわせ”になれないです……」
「……そう、ですね。
でも、お姫様にとっては、王子様に出逢えた事、王子様に恋をした事、王子様を愛した事、王子様に愛されていた事……。
それだけでも、とても“幸せ”な事だったんですよ。
だから、決して“幸せ”な結末ではないのだとしても、“不幸せ”な終わりじゃないんです……。
だって、お姫様は王子様の事を想いながら、ずっと探し続ける事が出来るのですから……」
“ルキナお姉さま”の言葉は、ルキナにはまだまだ難しかった。
お姫様の気持ちも、そしてそうお姫様の事を語る“ルキナお姉さま”の気持ちも、ルキナには理解出来ない。
「おひめさまは、おうじさまをずっとさがしつづけるのがつらくないんですか?」
「……辛くない、苦しくないと、そう言えば嘘になるのでしょう。
それでも、王子様を忘れてしまう事の方が、王子様を諦めてしまう事の方が、ずっとずっと……お姫様には辛い事なんです」
それが、“愛”と言うモノなのだろうか。
ならばやっぱりルキナには“愛”と言うモノを理解する事はまだまだ難しい。
でも、ルキナにも分かる事はある。
「おひめさまがどうなったのかはルキナおねーさまにもわからないんですよね?」
「ええ、私もそこまでしか知らないのです」
「なら、きっとおひめさまはおうじさまにあえます。
わたしは、そうしんじます。
だって、お父さまがいってました。
『けつまつがわからないなら、それがかなしいおわりであるとはかぎらない』って。
ルキナおねーさまもしらない“そのあと”のおはなしで、ぜったいにおひめさまはおうじさまにあえます。
わたしは、そうしんじます」
ルキナはそう言って胸を張った。
お姫様と王子様のお話に続きを誰も知らないなら、ルキナたちで勝手に二人が『めでたしめでたし』で終われる様な続きを信じても良いのだ。
誰も続きを知らないのなら、哀しい終わりの後に幸せが待っている可能性だってちゃんとある筈だ。
可哀想な終わり方をするお話を読んでくれる度に、お父様はそうルキナに教えてくれた。
だから、ルキナは自分が考えた『めでたしめでたし』になる続きをルキナに語る。
「おうじさまをさがしつづけたおひめさまは、ようやくおうじさまをみつけます。
そうしたら、おひめさまはおうじさまをひっぱたいてあげるのです!」
「……ひっぱたく、のですか?」
シュッと空を切る様に手を振ったルキナに、“ルキナお姉さま”は目を丸くした。
「ええ、お母さまがいってました。
『かってなことをしておんなのこをかなしませるようなおとこのひとは、いっぱつひっぱたいてあげなさい』、と。
だって、おうじさまはおひめさまをかなしませるとわかっててそんなことをしたんですから、おひめさまはいっぱつひっぱたいてあげればいいんです!」
「な、成る程……。
一発、ひっぱたく……。
ふふ、考えた事も無かったですね……。
でも、それも良いのかもしれません」
何処か穏やかな顔で微笑んだ“ルキナお姉さま”に、「そうでしょ?」とルキナは胸を張って頷く。
「それから、おひめさまはおうじさまをギューッとだきしめて、いっぱいキスをします!
そして、ふたりはしあわせにくらしました。
ほら、『めでたしめでたし』でおわったでしょう?」
ルキナがそう語り終えると、“ルキナお姉さま”は柔らかく微笑んでルキナの頭をうんと優しく撫でてくれた。
「ええ、そうですね。
きっと、……きっとそうなるのでしょう。
私も、そう信じます」
そう言いながら、“ルキナお姉さま”は少し泣きそうな顔で微笑んだ。
その後、何時もの様に数日程王城に留まっていた“ルキナお姉さま”は、またフラりと何処かに旅へ出掛けた。
“ルキナお姉さま”がどうして旅に出ているのかはルキナにはまだよくは分からない。
前にお父様に訊ねた時は、人を探しているのだと教えて貰った。
……何時かは、“ルキナお姉さま”の旅も終わるのだろうか?
そうだったら良いな、とルキナは心から思った。
“ルキナお姉さま”が旅立ったその日の夜、ルキナは夢を見た。
それは、お姫様と王子様の夢だった。
夢の中ではお姫様は“ルキナお姉さま”で、王子様はルキナの知らない男の人で。
そして、二人はとても幸せそうにしていた。
『めでたしめでたし』で終わったその夢が、本当になったら良いな、と。
ルキナはそう思いながら眠るのであった。
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