現の狭間、悪夢の終わり
◆◆◆◆
ふと、目が覚めた。
まだぼんやりとした視界に映るのは、見慣れた天幕で。
背中に感じるのは行軍中に使用する少し質素なベッドの硬さだ。
(私は、一体……)
どうして、ここに居るのだろう?
状況が呑み込めず、直前の記憶を手繰ろうとする。
確か、私は敵と戦っていて、そして──。
……そこから先の記憶は無かった。
何があったのかは思い出せないが、目覚める直前まで見ていた夢はハッキリと覚えていた。
それは、とても長い……長い長い悪夢の様な夢であった。
闇の中で独りぼっちの夢、そしてそこに助けに来てくれた誰かの夢。
あの夢の中で手を繋いでくれていたのは、一体誰だったのだろうか……。
ぼんやりとしたまま、ベッドから起き上がろうとして。
そしてそこで、自分の左手を祈る様に握る手がある事に気が付いた。
ふと横を向くと、ルキナと手を繋いだまま、ルキナのベッドに倒れかかる様にして眠る恋人の姿があって。
見慣れた軍師としての格好のまま、目元に深い隈を浮かばせて、絶対に離さないとでも言外に主張するかの様にルキナの手を抱え込むようにして眠るそのルフレの姿に、訳が分からないまま一瞬混乱する。
眠りに落ちたルフレの様子からは恋人同士の甘い雰囲気は欠片も無くて。
戸惑いながらも軽く揺すっても、何かに苦悩する様な表情を浮かべたままルフレは目を覚まさない。
余程疲労が溜まっていたのだろうか?
そしてふと、ルキナは。
自身の左手を握るルフレのその手が、あの夢の中で繋いでいた手と殆ど同じであると気が付いた。
……いや、違う。
あの夢の中の手は、ルフレではあるけれど、今、ルキナと手を繋ぎ眠っているルフレのものではなくて──
そして、目覚める間際に耳に届いた“小さなお姫様”と言うその呼び方に。
ルキナの記憶が急速に溢れかえった。
昔、そう……お父様がまだ生きていてルキナもまだ幼かった頃に。
時々ルキナの事をそう呼ぶ人がいた。
そして、ルキナは、当時はその人の事を、こう呼んでいたのだ。
『ルフレ“おじさん”』と。
「あっ──」
ルキナの中で、急速に全てが繋がる。
『ルフレ“おじさん”』との思い出が、色鮮やかに甦る。
歩き疲れた時に負ぶったくれたその背中も、よく一緒に繋いでくれた大きなその手も、大好きだった優しい歌声も、ルキナの名前を呼ぶその声も、ルキナに微笑むその優しい眼差しも、全部──
「あっ……あぁっっ……」
あの終わりがない闇に閉ざされた夢の中、助けに来てくれたのは、その手を繋いで導いてくれていたのは……。
「ルフレ……“おじさん”……」
あんなにも大好きだった、でも……疑って憎んでいた、遠い“未来”に喪ってしまった人だった。
どうして、彼が助けに来てくれたのだろう
そもそも、あの“おじさん”さんは本当に本物だったのだろうか。
ルキナが無意識の内に作り出した幻だったのじゃないだろうか。
そんな事も頭の片隅には浮かぶが。
そんな事はもうルキナにはどうでも良かった。
繋いだ手も、優しい声も。
全て、記憶の中のあの人のままで。
だからこそ、大切だった記憶が溢れだす。
あんなにも大好きだったと言う気持ちが、蘇ってゆく。
もう居ない人だ。
もう逢えない人だ。
何時かの遠い“未来”で、お父様を裏切った人だ。
それでも。
確かにあの人に、愛されていたのだと、幸せを願って貰っていたのだと。
そう想うと、溢れ落ちる涙は止まらなかった。
幸せだった思い出は確かにあって。
愛されていた瞬間は確かにそこにあって。
大好きだった思いは、確かに思い出の中にあった。
もうあの人は何処にも居ない。
ルキナの愛する恋人もルフレではあるけれど、ルフレ“おじさん”では無いのだ。
それが、無性に哀しくて。
ルキナは涙を溢し続けるのだった。
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ふと、目が覚めた。
まだぼんやりとした視界に映るのは、見慣れた天幕で。
背中に感じるのは行軍中に使用する少し質素なベッドの硬さだ。
(私は、一体……)
どうして、ここに居るのだろう?
状況が呑み込めず、直前の記憶を手繰ろうとする。
確か、私は敵と戦っていて、そして──。
……そこから先の記憶は無かった。
何があったのかは思い出せないが、目覚める直前まで見ていた夢はハッキリと覚えていた。
それは、とても長い……長い長い悪夢の様な夢であった。
闇の中で独りぼっちの夢、そしてそこに助けに来てくれた誰かの夢。
あの夢の中で手を繋いでくれていたのは、一体誰だったのだろうか……。
ぼんやりとしたまま、ベッドから起き上がろうとして。
そしてそこで、自分の左手を祈る様に握る手がある事に気が付いた。
ふと横を向くと、ルキナと手を繋いだまま、ルキナのベッドに倒れかかる様にして眠る恋人の姿があって。
見慣れた軍師としての格好のまま、目元に深い隈を浮かばせて、絶対に離さないとでも言外に主張するかの様にルキナの手を抱え込むようにして眠るそのルフレの姿に、訳が分からないまま一瞬混乱する。
眠りに落ちたルフレの様子からは恋人同士の甘い雰囲気は欠片も無くて。
戸惑いながらも軽く揺すっても、何かに苦悩する様な表情を浮かべたままルフレは目を覚まさない。
余程疲労が溜まっていたのだろうか?
そしてふと、ルキナは。
自身の左手を握るルフレのその手が、あの夢の中で繋いでいた手と殆ど同じであると気が付いた。
……いや、違う。
あの夢の中の手は、ルフレではあるけれど、今、ルキナと手を繋ぎ眠っているルフレのものではなくて──
そして、目覚める間際に耳に届いた“小さなお姫様”と言うその呼び方に。
ルキナの記憶が急速に溢れかえった。
昔、そう……お父様がまだ生きていてルキナもまだ幼かった頃に。
時々ルキナの事をそう呼ぶ人がいた。
そして、ルキナは、当時はその人の事を、こう呼んでいたのだ。
『ルフレ“おじさん”』と。
「あっ──」
ルキナの中で、急速に全てが繋がる。
『ルフレ“おじさん”』との思い出が、色鮮やかに甦る。
歩き疲れた時に負ぶったくれたその背中も、よく一緒に繋いでくれた大きなその手も、大好きだった優しい歌声も、ルキナの名前を呼ぶその声も、ルキナに微笑むその優しい眼差しも、全部──
「あっ……あぁっっ……」
あの終わりがない闇に閉ざされた夢の中、助けに来てくれたのは、その手を繋いで導いてくれていたのは……。
「ルフレ……“おじさん”……」
あんなにも大好きだった、でも……疑って憎んでいた、遠い“未来”に喪ってしまった人だった。
どうして、彼が助けに来てくれたのだろう
そもそも、あの“おじさん”さんは本当に本物だったのだろうか。
ルキナが無意識の内に作り出した幻だったのじゃないだろうか。
そんな事も頭の片隅には浮かぶが。
そんな事はもうルキナにはどうでも良かった。
繋いだ手も、優しい声も。
全て、記憶の中のあの人のままで。
だからこそ、大切だった記憶が溢れだす。
あんなにも大好きだったと言う気持ちが、蘇ってゆく。
もう居ない人だ。
もう逢えない人だ。
何時かの遠い“未来”で、お父様を裏切った人だ。
それでも。
確かにあの人に、愛されていたのだと、幸せを願って貰っていたのだと。
そう想うと、溢れ落ちる涙は止まらなかった。
幸せだった思い出は確かにあって。
愛されていた瞬間は確かにそこにあって。
大好きだった思いは、確かに思い出の中にあった。
もうあの人は何処にも居ない。
ルキナの愛する恋人もルフレではあるけれど、ルフレ“おじさん”では無いのだ。
それが、無性に哀しくて。
ルキナは涙を溢し続けるのだった。
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