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現の狭間、悪夢の終わり

◇◇◇◇




 思えばそこには贖罪の気持ちが多分に含まれていたのだろう。

 僕は赦されざる大罪を犯し、ルキナの未来全てを奪ってしまった。
 だからこそ、と言う想いがあった。
 大切な彼女を、今度こそ守るのだと。

 あの日交わした『必ず帰ってくる』と言う約束は果たせなかったが。
『何処に居てもルキナを守る』のだと。
 交わしたもう一つの約束を、今こそ果たすべきなのだと強く信じた。
 そして僕は自らの魂を燃やして灯したランプを掲げて、闇の中の何処かに囚われたルキナを探し始めたのだった。

 だが、呪術の闇はあまりにも深く。
 術の綻びである出口の方向は分かっても、反対にルキナの位置は分からないままだった。
 そしてルキナを探し彷徨う内に、ふと何か呼ばれているのを感じた。
 それは懐かしさすら感じる幼児の声で……。
 気付いて、と全身で訴えている様なその声に慌ててその声の元へと近付くと、其処には。
 幼い……5歳にも満たない様な幼子の姿をしたルキナが、膝を抱えて心細さに泣いていたのだった。

 この闇の中では次第に記憶が削り取られ、それに応じて魂が自分の姿を失っていく。
 そして終には、自らが何であったのかも見失い、完全に闇に喰われて消えるのだ。
 今のルキナには、多くてもこの姿と同じくらいの記憶しか残されていない。
 だが、事態は僕が思っていたよりも遥かに深刻であった。
 ルキナは最早、自分の名前すらも喪いかけていたのだ。
 名前を奪われるのは、想定していた事態の中でも最悪に近い。

 だが、幸いにもまだ手遅れではなかった。
 僕が名前を告げると、直ぐにルキナは自身の名を取り戻してくれた。
 どうやら、名前は奪われて直ぐの頃だった様だ。
 だが、名を取り返したのだとしても事態が深刻である事は変わらない。

 だから僕はルキナを一刻も早くこの術から解放する為にも。
 その手を取って歩き出したのだった。

 そして記憶の欠損を何とかする為に、僕は様々な事をルキナに語ってきかせる。
 それはルキナとの思い出話であったり、かつてルキナに語って聞かせたお伽噺や英雄譚であったりと。
 とにかく、ルキナの記憶の欠損を埋められそうなモノを、片端から語ったのだ。
 その甲斐あってか、少しずつだがルキナの記憶は埋まり始め、それに伴ってルキナの姿は成長し始める。

 ……だが、何れ程ルキナに僕との思い出話を聞かせようとも、僕に関する記憶だけはルキナは一向に思い出せないままであったのだった。
 恐らくは、僕がルキナを救出しに来た事を察知した呪術の核が、僕に関する記憶だけは取り戻させまいと抵抗しているのであろう。

 …………それに対して思う所が無い訳でも無いが。
 僕が自分の意思ではなかったとは言えルキナにしてしまった仕打ちを思うと、僕との思い出など無い方がルキナには幸せなのかもしれない。
 それに……僕がルキナに語ってあげられる彼女との思い出は、あの日……最悪の結末に終わった戦いに赴く前に、ルキナと約束を交わした時までの分しか無い。
 ルキナの記憶の中で僕が占める部分などそう多くはないだろうから、僕との思い出はあっても無くても良いのかもしれない。

 一度思い出話を呼び水として記憶が戻り始めると、まるで本のページを高速で繰っているかの様にルキナは本来の年齢へと近付いてゆく。
 五つにも満たなかった幼子から、七歳頃のやんちゃな盛りだった頃の姿へと成長し、そしていずれは、僕がルフレとして見届ける事が出来ていた限界の十歳頃の姿へと……。
 それに安堵しながら、僕は絶対にルキナを離さない様にしっかりと手を繋いで、遥か彼方の出口を目指して歩き続けていた。


 ずっと歩き通しだったからか、ルキナはふと何かを言いたげに「あの……」と声を掛けてきた。
 そう言えば、ルキナがまだ幼かった頃は、歩き疲れたルキナを負ぶって歩いた事が幾度もあったな……と思い出し、歩き疲れたのかとルキナに訊ねた。
 だが、ルキナはそうじゃないと小さな首をふるふると振る。

 そして、何と呼べば良いのか、と……。
 そう僕に訊ねてきたのだ。

 僕は思わず返答に詰まってしまった。
 ルキナにとっての“ルフレ”は、もう僕じゃないし、今更そう名乗る資格なんて僕にはない。
 だから。

「“おじさん”で、どうかな?」と。
 そう提案してみた。

 昔、ルキナがうんと小さかった頃に。
 僕はルキナから『ルフレおじさん』と呼ばれていた。
 少し大きくなってからは、『ルフレさん』になっていたけど。
 おじさんと呼ばれる度に、「まだそんな歳じゃないんだけどなぁ……」なんて言いながらも、それでも悪い気なんてしなくて。
『おじさん、おじさん』と呼びながら僕にじゃれついてくるルキナを、僕は目一杯可愛がっていた。

 僕に関する記憶は思い出せなくとも“おじさん”と言う呼び名はルキナにとってしっくりとくるモノであった様で。
 何度も確かめる様に“おじさん”と呼ぶルキナに、幸せだったあの頃の思い出の中のルキナの姿が重なって、チクりと僕の胸を刺す。

 だけど、もうどうしたって戻れない過去に足を取られる訳にはいかない。
 だから僕は、その痛みを押し殺して、ルキナの手を引いて歩き続けるのであった。




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