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現の狭間、悪夢の終わり

◇◇◇◇




 とてもとても長い間歩いてきた気がします。
 おじさんに手を差し伸べられたあの場所から、随分と遠くまで歩き続けました。
 そして歩き続けた先に、無限に広がっている様に思えた暗闇の終わりが見えたのです。
 淡く……でも消えない程度の確かさで、深い闇の中でもその一画に光が射し込んでいるのが見えます。


「やっと見えてきたね、あれが出口だよ」


 おじさんもホッとした様に、ランプを持つ手でその光を指差しました。
 そしてそのまま光へと向かって歩き続けます。


「あそこに行けば、ここから出られるのですか?」

「ああ、そうだよ。
 彼処に辿り着けば、この闇は終わりを向かえる。
 君は帰れるんだ」


 君は、と言う言葉に私は思わず改めておじさんを見詰めました。
 おじさんは、どうするのでしょう。
 このまま一緒にここから抜け出すのでは無いのでしょうか。


「……僕は、もうそろそろお別れだ。
 あの出口は、君だけの為のものだからね……。
 そもそも僕は彼処には近付けないんだ」


 私が首を傾げていたからか、おじさんは優しくそう言いました。
 最初は遠目に一筋の光にしか見えなかった其処は、今は篝火に照らされた様に明るく私を待っています。
 でも、おじさんは、彼処から抜け出せるのは私だけと言いました。
 ……おじさんは、どうなるのでしょう。
 別の何処からか抜け出すのでしょうか。

 そう思っていると、おじさんはふと足を止め、私もそれに釣られて立ち止まりました。
 出口の光までは、まだほんの少しだけ距離があります。


「……さて、僕とはここでお別れだ。
 大丈夫、後はあの光に向かって、真っ直ぐに走れば良いだけだよ」


 そう言って、ずっと一時も離さず繋いでいた手をそっと解いて。
 おじさんは優しく私の頭を撫でました。


「おじさんは……」


 そう言いかけると、僕の事は心配しないで大丈夫だとおじさんは微笑みます。


「……ここから抜け出しても、君にはきっと色々な事が起きるだろう。
 この中には、悲しい事も、きっと……。
 でも、それでも。
 君ならきっと、どんな事だって乗り越えられるよ」


 そう語るおじさんの目はとても優しくて。
 そして、お別れを少し惜しみながらも、それ以上に私を祝福する様に、大丈夫だよ、と私の頬に手を当てました。


「あの先には、君を待っている人達がいる。
 君を誰よりも大切に思ってくれている人がいる。
 君達なら、きっと……。
 僕じゃ辿り着けなかった未来にだって、行ける筈だよ。
 少なくとも、僕はそう信じている」


 そして、おじさんはそっと私を抱き締めて、ポンポンと背中を優しく撫でました。
 背を撫でるその手の温もりははとても懐かしくて、でもどうしてだか泣きそうな程に胸を締め付けて。
 私はおじさんの身体を強く抱き締めます。


「僕は、何時だって……どんなに時が過ぎ去ろうとも、どんなに遠くに居ても。
 君の幸せを、願っている。
 さあ、だからもう、行くんだ。
 何があっても、何が君を引き留めても。
 絶対に立ち止まらずに振り向かずに、ここから抜け出しなさい」


 そう言って、おじさんは優しく私の背中を光の方へと押し出しました。

 押し出された勢いで、私は一歩光へと向かって踏み出します。
 思わずおじさんへと振り返ってしまいたくなる衝動に駆られましたが、そこは必死に耐えました。
 そして、光へと向かって真っ直ぐに走り出します。

 あと少しで光に届きそうになった時でした。
「おーい」と、背後からおじさんの声が聞こえます。


「待って、ルキナ。
 伝えておきたい事がまだあったんだ。
 だから少しだけ戻ってきてくれないかな?」


 その声に、一瞬だけ立ち止まり戻るべきかと考えました。
 でも、おじさんは確かに言ったのです。

『何があっても、何が引き留めても。
 絶対に立ち止まらずに振り向かずに行きなさい』、と。
 そう言ったおじさん本人が私を引き留める筈は無いのです。
 そう、それはきっと私を逃がすまいとしたナニカの罠だったのでしょう。
 そう判断した私は、その声を無視して進みます。


 するとその声はおじさんを装うのをかなぐり捨てて、私を引き留めようとしました。


「イクナイクナイクナイクナイクナイクナイクナイクナイクナイクナ」


 背後から必死に追い掛けてくるその言葉は呪詛そのモノでしたが、最早そんなモノには私は臆しません。

 おじさんは大丈夫だと、私に言いました。
 あの光の先に、帰るべき場所が、待っている人が居るのだと、言ってくれました。
 おじさんが私の未来を祈ってくれているのだから、信じてくれているのだから。
 私は、あの光の先に行かないといけないのです。

 そして一歩、光へと足を踏み入れた途端に。

 断末魔の絶叫を上げて追い縋る声は消滅しました。
 そして、視界一杯に拡がった光の眩しさに目を閉じていると。

 次第に薄れゆく意識の中で。
 優しい優しい声が、最後に聞こえた気がしました。



「さようなら、僕の“小さなお姫様”……。
 どうか君の未来が、幸せに満ち溢れていますように──」








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