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幸いなれと願う心を

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 雪の降り頻る夜、子供たちが寝静まった頃に、彼等の枕元にその一年を「良い子」に過ごしていたご褒美に冬祭りの使者たる冬の精霊たちが贈り物を置いて回る……。それがイーリスなどに伝わる冬祭りの夜の伝説であるのだと言う。
 尤も、その前には家族や親しい間柄の人々で集まってご馳走を取り囲んだり、神竜教の教会で何時もよりも豪勢な祭事を執り行ったりするらしいが。
 子供たちにとって一番重要な事が夜に枕元に置かれている贈り物である事には間違い無いだろう。
 街を行く子供たちはその目を輝かせながら冬祭りの装飾に彩られた街並みを眺め、冬祭りまでの日を指折り数えている。そうやって子供たちが何の憂いも無く冬祭りを祝える事自体が、「平和」を勝ち取る事が出来たと言う証であり、それを得る為に戦い続けた者たちにとっては何よりの勲章である。

 イーリスを……それどころか世界そのものを救った英雄ですらあるルフレと、そして滅びへと至る運命をその献身を以てして新たな未来へと繋げた語られる事無き英雄であるルキナは、冬祭りの賑わいにその眼差しと表情を和らげながら祭りの色に染まった街中を寄り添う様に歩いていた。
 世界を滅ぼす厄災の如き強大な邪竜を討ち滅ぼす為にその身を捧げたルフレが、人として紡ぎあげた絆を縁にこの世に生還を果たして初めて迎える冬祭り。
 故に、この冬祭りは何にも代え難い意味が二人の間には在った。

「マークには何をあげたら喜ぶかな?
 戦術書……は前もあげたからなぁ……」

 以前に贈ったものとは別の本を贈るのだとしても、毎度毎度戦術書というのも中々味気ないものだ。
 ルフレの様な軍師を目指している彼女にとっては、人生の目標たる偉大なる軍師が自らの為に手ずから選んだ戦術書には文字通り値千金の価値があるのだとしても。
 それはそれ、これはこれと言うものである。ある意味では親の欲目の様なものかもしれない。

「戦術書以外となると……意外と難しいですね。
 あの子ももう少ししたら年頃を迎えますし、装飾品の類なども良いのではないでしょうか?」

 そう言いながらルキナが覗くのは、冬祭りに合わせて現れている出店の一つで。
 何とも独創的……と言うのか奇抜なデザインのアクセサリーの類が並べられていた。
「これなど如何でしょう?」とルキナが目を付けたのは……妙に現実的なクマの頭部を模した頭飾りだ。
 流石にそれはどうなのだろう……と。ルキナの独創的な感性の事は重々理解しているルフレでも返答に困ってしまう。
 良いものを見出す目は確かなのだが……それ以上に変なものを目敏く見付けて来る変わった癖があるのだ。
 それもまたルキナの魅力ではあるが、その感性のまま娘への贈り物にすると言うのは……。
 まあ、マークならばルキナから何を贈られたとしても喜ぶだろうし、何ならそれを臆する事無く身に着けはするだろうけれど……。
 暫し考え、ルフレは「無い」と判断して。マークの今後の為にもその頭飾りはまた別の機会にと言うルキナの意識をそれから逸らせる事に成功する。

「うーん……やっぱり中々難しいね。
 でも、確かに装飾品と言う線は良いかも知れない。
 とは言え、僕も同じものを贈ると被ってしまうかな」

 それに、ルフレは装飾品の類の目利きにはそんなに自信が無い。
 娘とは言え、年頃の異性なのだ。自分がその辺りの感性を上手く掴めているとはあまり思えなかった。
 張り切って選んで贈ったものを、「父さんのセンス……ちょっと古臭いですね」なんて言われたら一生再起不能になれる自信がある。
 まあ、そう言ったモノに関しては古来から同性で選ぶのが吉なのである。
 多少感性が独特であるとは言えルキナのそれは決して悪い訳では無いのだから、任せてしまった方が良いだろう。
 しかし、なら自分は一体何を贈れば良いのかと言う話に戻ってしまう。
 自分の様な軍師になりたい、と言う非常に愛らしい夢を持つ我が子に何を贈ってやれば喜ぶのか……。
 ルフレは自分の持ち物をふと思い返して、一つ良い案を思い付いた。そしてそれは、検討すればする程に名案に思えて来る。直前まで頭を悩ましていたそれが綺麗さっぱりと消え去ったかのようだった。

「確かに……良いものを贈ろうと思うと、中々悩ましいですね。
 何を贈ったとしても、心の籠ったものであればマークは喜ぶだろう事は分かっているのですが……。
 もっとより素敵なモノを、と考えてしまうのは親の我儘なのでしょうか。
 ……でも、こうして大切な相手への贈り物を考えている時の、胸が弾む様な……期待と喜びに満ちた時間はとても幸せですね」

 それをルフレさんと過ごせるのなら尚の事、と。そうルフレの横顔をそっと見上げつつルキナは柔らかな微笑みを浮かべる。
 言葉通り「幸せ」である事を隠す事も無くそこに浮かべたその表情に、ルフレは堪らずに柔らかく触れるだけの口付けを落とした。
 街中での突然のそれに、ルキナは驚いた様に目を丸くして、その頬を仄かに染めたが。しかし恥ずかしがって拒絶したりはせず、「もっと」と可愛らしく強請る様にそっとその目を閉じて催促する。
 それに逆らう事無く、二度三度と降る様に口付けを贈った。
 ルフレがこの世界に還り付いてから、ルキナはこうして積極的にその愛情表現を強請る事が増えた。以前は恥ずかしがっていたり何処か遠慮がちであったけれど、しかしその心理的な抑えも「一度は喪った相手がまたその手の中に戻って来た」と言うその事実を前にすれば解ける様に消え去ったのだろう。
 ルフレは己がその身を捧げた事に関して、間違いなく「最も冴えた選択」であった事は間違いないと強く信じているし、それはこうして消滅の定めを覆した後も何も変わらない。時が巻き戻って再び選択を迫られるのだとしても、迷わず同じ事を選ぶだろう。
 ……だけれども。そうして選択した事が、愛する人にどれ程の苦しみを与えたのか、愛しい娘に不安と絶望を与えたのか……。その事を想わない時は無い。それはきっとこの先ずっとルフレが背負い続けなければならない咎である。ルキナとマークから赦されたとしても、しかし決してルフレはその罪を忘れてはならない。
 こうして再びその手を取って生きる事が赦されたからこそ、己の出来る全てを尽くして、愛する者たちを幸せにしなくてはならないのだ。
 そしてルフレは、そうやって愛する人の為に何かが出来る事こそが何よりもの「幸せ」であると感じていた。

「ねえ、ルキナ。冬祭りの使者は良い子に贈り物を用意する訳だけど、それなら僕はマークだけじゃなくてもう一人にも贈り物を用意しなきゃいけないと思うんだよね」

「あらあら、私はもう冬祭りの贈り物を贈られる様な子供ではありませんよ?
 でも……それなら私ももう一つ用意しなきゃいけませんね」

 その言葉に二人して笑い合って。そうしてマークへの贈り物の他にもう一つ、お互いに贈る為のものを揃える。
 何気ないそんな時間こそが、何よりの贈り物であるとそう互いに思っているけれど。それを一々口に出したりはしない。その代わりに、形の有る「何か」を以てその心を伝え合う。それもまた幸せな事だ。

 ルフレからの贈り物であるとても上質な筆記具と、ルキナからの贈り物である髪飾りと。
 それとは別に、お揃いのデザインで作られた装身具を手に。
 二人は寄り添い手を繋ぎながら、愛する娘の待つ我が家への道を歩くのであった。




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