貴方の心に一番近い場所
◆◆◆◆◆
今日は、大切な人に感謝や愛情を伝える『愛の祭り』。
国中が色とりどりの花に飾られ、道行く人々は花束を手に大切な誰かの下へと急ぐ。
誰もが、今日と言う日が明日も続いていく事を……愛しい人が今日も明日も傍に居てくれる事を疑わない。
そんな希望と言うには少し普遍的で、しかしそれが「絶対」では無い事をよく知る者からすれば何よりも愛しいと思う感情に彩られた表情をしている。
こんな平和で愛しい時間を過ごす事が出来る日が訪れるなんて、かつては想像も出来なかった。
……かつて、と言うべきか。或いは此処とは別の『未来』で、と言うべきか。
時を越えて辿り着いたこの世界をどう扱うべきか、この世界で数年は過ごした今でもまだ答えは見付からない。
本当に自分が生きたあの終末の世界の『過去』なのか、それとも限り無く良く似た『異界』でしかないのか。
そして、自分達の影響やそれによって人々が新たに選択した事が積み重なって『過去』が変わり、この世界が辿るべき未来も変わり……。自分達が生きていたあの『未来』の様な終末が未来永劫に訪れなくなったこの世界は、果たして『未来』からやって来た自分達をどう扱うのかもまだ分からないままだ。
答えの出ないまま、そして果たしてこの世界に自分達が存在していても良いのかすら分からないまま。
それでも、こうしてこの世界の時の流れの中に生きている。
もうこの世界の未来は自分達のそれには繋がる事は無いのに。自分達とこの世界を真に繋げるものも無いのに。
それでもこうして此処に留まってしまうのは、他に行く場所など無いし、そして自分達が見捨ててしまったあの終末の『未来』に還る方法もまたこの世の何処にも存在しないからなのだろう。
……ただ、その方法が何処にも存在しない事を、何処か安堵するかの様に感じている自分も居る事に、ルキナは既に気付いていた。
……もし、あの『未来』に還る方法があるのならば。自分は何をしてでも還らなければならない。
あの世界が終末を迎え、例えギムレーが消え去っても最早何の希望も無い荒野でしかないのだとしても。
しかし、あの世界の「未来」を託されたのは間違いなく自分であり、そしてそんな終末の世に、例え一握程度でも生き延びている人々が居るのであれば、その命に対して責任を負わなければならない。
……例え、その様な義務など無いのだとしても、確かに邪竜を討ち果たしその使命を全うした自分が「自由」であるのだとしても。それでも、一度背負ったものを半ばで放棄してしまった事には変わらず、それを果たす事が出来るのなら、自分はあの世界に戻らなければならない。
だが、それは叶わない。
あの『未来』が今も何処か遠い時の彼方や世界の壁を隔てた何処かに存在するのだとしても、神ならぬこの身には其処に辿り着く事は叶わず、そして神竜の力を借りたとしてもそれは叶わない。
……それは、何処までも都合の良い「言い訳」、自己弁護でしかないのかもしれない。
「帰ろうと思っても還る事は叶わないのだから」、と。「自分は精一杯その方法を探したから」、と。
まるで、何かに対して言い訳を連ねているかの様だ。
言い訳をしている相手は、置き去りにして見捨てて行ったあの『未来』その物なのか、あの『未来』を託して志半ばに斃れて行った父たちなのか、或いは過去の自分自身なのかは分からないけれど。
……そんな言い訳を連ねてしまう程に、自分は「この世界に留まる理由」を……「この世界で生きていても良い理由」を探していた。
何故ならば、この世界には……。
ふとテラスの下を見ると、何時もの見慣れた衣装を祭りの為の少し華やかなそれに変えた姿が目に映る。
文字通りの救国の……それどころか「世界」すら救った英雄である二人のその装いに、人々は喜びと共に敬愛や感謝の声を上げる。
当代の聖王であり邪竜ギムレーの討伐を果たしたクロムと、そしてその傍らに在って常にクロムを支え続け幾多の戦乱の中でイーリスに勝利を齎し続け邪竜ギムレーを討ち果たす為にその身すら擲った神軍師ルフレ。
二人の英雄は、イーリスにとっての誇りそのものであった。
まあ……ルフレとクロムが邪竜ギムレーを討ち滅ぼしたのは確かな事実ではあるがその裏に在った様々な事情などを知る者は極僅かであり、そしてギムレーとの決戦の後に暫しの間ルフレが行方不明になっていたその本当の理由を知る者もまた少ない。
人々が知るのは、華々しくそして勇壮な伝記の様な英雄譚だ。……世の英雄譚や伝説など総じてそんなものであるのかもしれないが。
まあ、その裏にあった事情を知った所で幸せになれる者は居ないので、何時かは時の流れの中に永遠に葬り去られるべき事なのであろうけれども。
この世界に於ける自分の立場は極めて微妙で、戦時中は一種の客将の様な扱いではあったのだが、しかし戦時の混乱も治まった今となってはそう言った扱いも難しく。と、思いきや戦乱のどさくさに紛れて何やら身分らしきものが時を越えてこの世界にやって来た自分達全員に用意されていたのは、用意周到と言うべきか或いは強かと言うべきか。
そんな所に気を回す位ならば、自分が生きて帰る為の策を優先して練れば良かったのに、なんて思ってしまう程だ。
一応の身分は存在し、そしてそれはこの世界で生きていく為には十分過ぎるものであるのだけれど。
しかし、やはり本来の……『未来』での人間関係そのままで生きる事は出来なかった。
それは、仕方の無い事だ。
この世界の「父」には、「父」にとっての『本当の娘』である「小さなルキナ」が既に居るのだし、そして彼女と自分は「同じ」であっても重なる事は無い。きっと、この先も永遠に。それが何よりも「小さなルキナ」にとっての福音である事は分かってはいても、中々どうして感情の全てを納得させ切るには難しい部分はあった。
とは言え、自分としても、本当の父はやはりもう既にこの世の何処にも存在しない。あの終末の世界で志半ばに斃れたその人だけが、本当の意味での『父』であった。何処までも似通っていて、「同じ」と言っても良いのだとしても。それでも辿った道は完全には重ならず、そしてその未来が大きく変わったのであれば、やはり「違う」のであろう。
大切に想う人である事には変わらなくても、「親子」としての親愛や情はあっても。
しかしどうしても完全には重なり切れないそれは、「時を越える」と言う禁忌を冒してしまった者達への一種の罰であるのかもしれない。
……この世界で生きていく事が、全く苦しくないと言えば「噓」になる。
自分達のあの『未来』ではどうしても掴み事の出来なかった平和や幸せを、何の疑問も懐かず受け取り続ける事が出来るこの世界とあの世界の差を思って、考えても仕方が無いのだし寧ろその為に戦ってきたのは分かっていても、本当に時々であっても無性に苦しくなる。……同時に、本当に自分はこの世界に生きているのかとすら思ってしまう。
今こうして平和な祭りを眺めている自分は、使命を果たして世界を救う事が出来た自分は。
あの『絶望の未来』の自分の願望が見せた、泡沫の夢の様な儚い幻想なのではないかとも思う。
あの『絶望の未来』での経験は余りにも過酷であると同時に鮮烈過ぎて、ふとした拍子に自分が今も何処かあの世界に居る様な気すらしてしまうのだ。
……それはとても贅沢な悩みなのだろう。
本当にあの世界に居るのなら、そもそも何かを夢に見るような心の余裕すら存在する筈ないのだから。
実際に、戦う事しか出来なかったあの日々の中、夢らしきものを見た事は一度も無い。
何時来るとも分からぬ屍兵やギムレーの襲撃に脅えた様に神経を尖らせて、眠るよりは一時的に気を失う様な睡眠を取る事が精一杯だったのだから。
要は、今が満ち足りて『幸せ』であるからこそ過ぎる不安……「自分がこんなにも『幸せ』になって良いのか」と自分を咎めてしまう自罰的な感傷でしかない。
そう、今はとても『幸せ』だ。
「明日」が来る事を何の不安に思う必要も無く。
花々を愛で誰かを愛する心を持つ余裕があって。
そして、大切な人たちに感謝や愛を伝えられる。
……それ以上の『幸せ』が、人々の心を本質的な部分で満たしうるものがあるだろうか?
人が本当に『幸せ』を感じる為に必要なものは、贅を尽くした奢侈な生活などではなくて。
大切な人が手を繋ぐ事の出来る距離に居てくれる事と、そしてその人と互いに想いを伝えあえる事なのだから。
自分はそう言った『幸せ』を、一度はあの『未来』の中で喪った。
そして、この世界にやって来て……また喪った。
各々、「喪ったもの」に違いはあれども。
心の中の一番大切な場所に居た存在を二度も喪った事は確かであった。
『奇跡』としか呼べない可能性の果てに、彼は……ルフレは再びこの世界に帰って来て、そしてもう一度共に生きる事が出来る様になったのだけれど。
一度失ってしまったからこそ、どうしても不安になる。また失うのではないかと、ほんの少し手を離しただけで、もう二度とその手を掴む事は叶わなくなるのでは無いか、と。
それは些か偏執的とも言える程のもので。自分はここまで過剰に執着する質であっただろうかと、自分でも驚く程だ。
……自分らしくなくても、それでも。
もう二度とこの手を離せないと、そう思う。
「ルキナ、こんな所に居たんだね。
折角の『愛の祭り』なんだし、僕と一緒に見て回らないかい?」
そっと、自然な足取りで挨拶回りが終わったのだろうルフレが近付いてくる。
様々な人達に花束を渡してきたのだろうか?
その服の袖には花弁が幾つか付いていた。
「あら、お父様とは一緒じゃなくて良いんですか?
……じゃあ、ルフレさんと一緒に色々と見て回りたいです」
服の裾に付いていたその花弁を摘んで除けながらそう言うと。
そこに花弁が付いていたには気付いていなかった様で、少し恥ずかしそうにルフレははにかむ。
「取ってくれてありがとう、ルキナ。
クロムはリズたちと過ごしているからね。僕はちょっとお先に抜けてきたんだ。
だって、少しでも君と一緒に過ごしたかったから」
そんな事を言うルフレに、「素敵な口説き文句ですね」と微笑むと。ルフレは照れる事無く、「だって僕にとって一番大切な人は君だからね」と答える。
そして、ルフレはその胸に飾っていた白い薔薇の花を、優しくその手に掬った髪に飾ってくる。
白いガーベラで出来た花飾りの中に紛れたその白い薔薇の花は、何だか最初からそこに居たかの様な顔をしていた。
「うん、ルキナにとても似合うね。
とても素敵だ。何時も綺麗だけど、やはりこうして花で飾った姿もとても美しいよ」
そう言って微笑んだルフレに、今度はこちらからお返しに、と花籠の中に沢山入っている白いガーベラの花をその左胸に飾る。
「ルフレさんもとてもお似合いですよ」
自分が贈った花が、その心臓に一番近い場所を飾っている事に、どうしようもなく安心感の様なものを感じてしまう。
そして、二人で手を重ねる様に繋ぎあって。
勝ち取った平和な時間を確かめに行くのであった。
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今日は、大切な人に感謝や愛情を伝える『愛の祭り』。
国中が色とりどりの花に飾られ、道行く人々は花束を手に大切な誰かの下へと急ぐ。
誰もが、今日と言う日が明日も続いていく事を……愛しい人が今日も明日も傍に居てくれる事を疑わない。
そんな希望と言うには少し普遍的で、しかしそれが「絶対」では無い事をよく知る者からすれば何よりも愛しいと思う感情に彩られた表情をしている。
こんな平和で愛しい時間を過ごす事が出来る日が訪れるなんて、かつては想像も出来なかった。
……かつて、と言うべきか。或いは此処とは別の『未来』で、と言うべきか。
時を越えて辿り着いたこの世界をどう扱うべきか、この世界で数年は過ごした今でもまだ答えは見付からない。
本当に自分が生きたあの終末の世界の『過去』なのか、それとも限り無く良く似た『異界』でしかないのか。
そして、自分達の影響やそれによって人々が新たに選択した事が積み重なって『過去』が変わり、この世界が辿るべき未来も変わり……。自分達が生きていたあの『未来』の様な終末が未来永劫に訪れなくなったこの世界は、果たして『未来』からやって来た自分達をどう扱うのかもまだ分からないままだ。
答えの出ないまま、そして果たしてこの世界に自分達が存在していても良いのかすら分からないまま。
それでも、こうしてこの世界の時の流れの中に生きている。
もうこの世界の未来は自分達のそれには繋がる事は無いのに。自分達とこの世界を真に繋げるものも無いのに。
それでもこうして此処に留まってしまうのは、他に行く場所など無いし、そして自分達が見捨ててしまったあの終末の『未来』に還る方法もまたこの世の何処にも存在しないからなのだろう。
……ただ、その方法が何処にも存在しない事を、何処か安堵するかの様に感じている自分も居る事に、ルキナは既に気付いていた。
……もし、あの『未来』に還る方法があるのならば。自分は何をしてでも還らなければならない。
あの世界が終末を迎え、例えギムレーが消え去っても最早何の希望も無い荒野でしかないのだとしても。
しかし、あの世界の「未来」を託されたのは間違いなく自分であり、そしてそんな終末の世に、例え一握程度でも生き延びている人々が居るのであれば、その命に対して責任を負わなければならない。
……例え、その様な義務など無いのだとしても、確かに邪竜を討ち果たしその使命を全うした自分が「自由」であるのだとしても。それでも、一度背負ったものを半ばで放棄してしまった事には変わらず、それを果たす事が出来るのなら、自分はあの世界に戻らなければならない。
だが、それは叶わない。
あの『未来』が今も何処か遠い時の彼方や世界の壁を隔てた何処かに存在するのだとしても、神ならぬこの身には其処に辿り着く事は叶わず、そして神竜の力を借りたとしてもそれは叶わない。
……それは、何処までも都合の良い「言い訳」、自己弁護でしかないのかもしれない。
「帰ろうと思っても還る事は叶わないのだから」、と。「自分は精一杯その方法を探したから」、と。
まるで、何かに対して言い訳を連ねているかの様だ。
言い訳をしている相手は、置き去りにして見捨てて行ったあの『未来』その物なのか、あの『未来』を託して志半ばに斃れて行った父たちなのか、或いは過去の自分自身なのかは分からないけれど。
……そんな言い訳を連ねてしまう程に、自分は「この世界に留まる理由」を……「この世界で生きていても良い理由」を探していた。
何故ならば、この世界には……。
ふとテラスの下を見ると、何時もの見慣れた衣装を祭りの為の少し華やかなそれに変えた姿が目に映る。
文字通りの救国の……それどころか「世界」すら救った英雄である二人のその装いに、人々は喜びと共に敬愛や感謝の声を上げる。
当代の聖王であり邪竜ギムレーの討伐を果たしたクロムと、そしてその傍らに在って常にクロムを支え続け幾多の戦乱の中でイーリスに勝利を齎し続け邪竜ギムレーを討ち果たす為にその身すら擲った神軍師ルフレ。
二人の英雄は、イーリスにとっての誇りそのものであった。
まあ……ルフレとクロムが邪竜ギムレーを討ち滅ぼしたのは確かな事実ではあるがその裏に在った様々な事情などを知る者は極僅かであり、そしてギムレーとの決戦の後に暫しの間ルフレが行方不明になっていたその本当の理由を知る者もまた少ない。
人々が知るのは、華々しくそして勇壮な伝記の様な英雄譚だ。……世の英雄譚や伝説など総じてそんなものであるのかもしれないが。
まあ、その裏にあった事情を知った所で幸せになれる者は居ないので、何時かは時の流れの中に永遠に葬り去られるべき事なのであろうけれども。
この世界に於ける自分の立場は極めて微妙で、戦時中は一種の客将の様な扱いではあったのだが、しかし戦時の混乱も治まった今となってはそう言った扱いも難しく。と、思いきや戦乱のどさくさに紛れて何やら身分らしきものが時を越えてこの世界にやって来た自分達全員に用意されていたのは、用意周到と言うべきか或いは強かと言うべきか。
そんな所に気を回す位ならば、自分が生きて帰る為の策を優先して練れば良かったのに、なんて思ってしまう程だ。
一応の身分は存在し、そしてそれはこの世界で生きていく為には十分過ぎるものであるのだけれど。
しかし、やはり本来の……『未来』での人間関係そのままで生きる事は出来なかった。
それは、仕方の無い事だ。
この世界の「父」には、「父」にとっての『本当の娘』である「小さなルキナ」が既に居るのだし、そして彼女と自分は「同じ」であっても重なる事は無い。きっと、この先も永遠に。それが何よりも「小さなルキナ」にとっての福音である事は分かってはいても、中々どうして感情の全てを納得させ切るには難しい部分はあった。
とは言え、自分としても、本当の父はやはりもう既にこの世の何処にも存在しない。あの終末の世界で志半ばに斃れたその人だけが、本当の意味での『父』であった。何処までも似通っていて、「同じ」と言っても良いのだとしても。それでも辿った道は完全には重ならず、そしてその未来が大きく変わったのであれば、やはり「違う」のであろう。
大切に想う人である事には変わらなくても、「親子」としての親愛や情はあっても。
しかしどうしても完全には重なり切れないそれは、「時を越える」と言う禁忌を冒してしまった者達への一種の罰であるのかもしれない。
……この世界で生きていく事が、全く苦しくないと言えば「噓」になる。
自分達のあの『未来』ではどうしても掴み事の出来なかった平和や幸せを、何の疑問も懐かず受け取り続ける事が出来るこの世界とあの世界の差を思って、考えても仕方が無いのだし寧ろその為に戦ってきたのは分かっていても、本当に時々であっても無性に苦しくなる。……同時に、本当に自分はこの世界に生きているのかとすら思ってしまう。
今こうして平和な祭りを眺めている自分は、使命を果たして世界を救う事が出来た自分は。
あの『絶望の未来』の自分の願望が見せた、泡沫の夢の様な儚い幻想なのではないかとも思う。
あの『絶望の未来』での経験は余りにも過酷であると同時に鮮烈過ぎて、ふとした拍子に自分が今も何処かあの世界に居る様な気すらしてしまうのだ。
……それはとても贅沢な悩みなのだろう。
本当にあの世界に居るのなら、そもそも何かを夢に見るような心の余裕すら存在する筈ないのだから。
実際に、戦う事しか出来なかったあの日々の中、夢らしきものを見た事は一度も無い。
何時来るとも分からぬ屍兵やギムレーの襲撃に脅えた様に神経を尖らせて、眠るよりは一時的に気を失う様な睡眠を取る事が精一杯だったのだから。
要は、今が満ち足りて『幸せ』であるからこそ過ぎる不安……「自分がこんなにも『幸せ』になって良いのか」と自分を咎めてしまう自罰的な感傷でしかない。
そう、今はとても『幸せ』だ。
「明日」が来る事を何の不安に思う必要も無く。
花々を愛で誰かを愛する心を持つ余裕があって。
そして、大切な人たちに感謝や愛を伝えられる。
……それ以上の『幸せ』が、人々の心を本質的な部分で満たしうるものがあるだろうか?
人が本当に『幸せ』を感じる為に必要なものは、贅を尽くした奢侈な生活などではなくて。
大切な人が手を繋ぐ事の出来る距離に居てくれる事と、そしてその人と互いに想いを伝えあえる事なのだから。
自分はそう言った『幸せ』を、一度はあの『未来』の中で喪った。
そして、この世界にやって来て……また喪った。
各々、「喪ったもの」に違いはあれども。
心の中の一番大切な場所に居た存在を二度も喪った事は確かであった。
『奇跡』としか呼べない可能性の果てに、彼は……ルフレは再びこの世界に帰って来て、そしてもう一度共に生きる事が出来る様になったのだけれど。
一度失ってしまったからこそ、どうしても不安になる。また失うのではないかと、ほんの少し手を離しただけで、もう二度とその手を掴む事は叶わなくなるのでは無いか、と。
それは些か偏執的とも言える程のもので。自分はここまで過剰に執着する質であっただろうかと、自分でも驚く程だ。
……自分らしくなくても、それでも。
もう二度とこの手を離せないと、そう思う。
「ルキナ、こんな所に居たんだね。
折角の『愛の祭り』なんだし、僕と一緒に見て回らないかい?」
そっと、自然な足取りで挨拶回りが終わったのだろうルフレが近付いてくる。
様々な人達に花束を渡してきたのだろうか?
その服の袖には花弁が幾つか付いていた。
「あら、お父様とは一緒じゃなくて良いんですか?
……じゃあ、ルフレさんと一緒に色々と見て回りたいです」
服の裾に付いていたその花弁を摘んで除けながらそう言うと。
そこに花弁が付いていたには気付いていなかった様で、少し恥ずかしそうにルフレははにかむ。
「取ってくれてありがとう、ルキナ。
クロムはリズたちと過ごしているからね。僕はちょっとお先に抜けてきたんだ。
だって、少しでも君と一緒に過ごしたかったから」
そんな事を言うルフレに、「素敵な口説き文句ですね」と微笑むと。ルフレは照れる事無く、「だって僕にとって一番大切な人は君だからね」と答える。
そして、ルフレはその胸に飾っていた白い薔薇の花を、優しくその手に掬った髪に飾ってくる。
白いガーベラで出来た花飾りの中に紛れたその白い薔薇の花は、何だか最初からそこに居たかの様な顔をしていた。
「うん、ルキナにとても似合うね。
とても素敵だ。何時も綺麗だけど、やはりこうして花で飾った姿もとても美しいよ」
そう言って微笑んだルフレに、今度はこちらからお返しに、と花籠の中に沢山入っている白いガーベラの花をその左胸に飾る。
「ルフレさんもとてもお似合いですよ」
自分が贈った花が、その心臓に一番近い場所を飾っている事に、どうしようもなく安心感の様なものを感じてしまう。
そして、二人で手を重ねる様に繋ぎあって。
勝ち取った平和な時間を確かめに行くのであった。
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