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ルフルキ短編

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『嘘』は吐いてはいけないと、それは「悪い事」であるのだと。……昔からそう繰り返し教えられてきた。
 それは自分に限らず、多くの人々の心に刻まれている、『共通理解』なのではないだろうか。

 しかしそうと知りながらも、人は『嘘』を吐く生き物だ。
 そもそも、『事実と異なる事を述べる』事全てが『嘘』であるならば、本人がそれを意図した訳ではなくとも『嘘』になってしまう事など幾らでもあるのだろう。
 人の記憶など何処までも曖昧なものであるが故に。
それを意識するしないに関わらず、幾らでも自分の中で事実から乖離し書き換わっていってしまうものなのだ。
 形あるものを証として残していてすらもその齟齬は容易に発生し、この世を『嘘』だらけにしていく。
 そうでなくても、人と言う生き物はこの世界を誰もがそう感じる『絶対の正しさ』で捉える事は出来なくて。
 同じモノを見ている筈でも、何れ程互いを理解していると思い込んでいても、その捉え方が重なる事は決してない。
 誰もが皆、自分だけの「世界」を見ながら生きている。
 だからこそ。自分が見ているその「世界」では『それ』が真実であったとしても、他者にとって『それ』は『嘘』にしかならない事など、この世には幾らでもあるのだ。

 しかしその事実を誰もが薄々察しながらも人は、『嘘』をいけない事だと言い、『嘘』は人を傷付けるのだと言う。
 だが、それも「間違い」ではないのだ。
 一時の場を凌ぐ為に、壊れそうな程に傷付いた心を慰める為に、時には必要な『嘘』と言うものはあるけれども。
 それが『嘘』でしかないのなら、『嘘』が剥がされ『真実』が目の前に現れた時に、より傷付く人は居るだろう。

 それでも人は『嘘』を吐く。
 自分を守る為、誰かを守る為、何かを守る為に。
 世界は、『嘘偽り』に満ちているのだ。

 ある意味で、今この世で最も『嘘』を吐き続けているのは他ならぬ自分なのだろうと、ルキナは常々思っている。
 ルキナ自身は、『嘘』は嫌いだし、それを意図して吐く時にはどうしても後ろめたさは拭えない。
 だが、ルキナは。時を超えて辿り着いたこの世界で。
 必要であったとは言え、『嘘』を重ね続けてきた。
 名を偽り、姿を偽り、身分を偽り、心中すらも偽り……。
 勿論、『父』へと語った目的はそしてその身の上は、間違いなく全て事実であり『真実』ではあるのだけれども。
 そんな父にすら、未だルキナは『嘘』を吐き続けている。

 未来で父を殺した人物の事は分からない、とルキナは父に伝えた。だがそれは少し違う。
 「誰が殺したのか」と言う確証は、未だ得られてはいないけれども。状況証拠やその他の事実を積み重ねて浮かび上がる人物は一人だけ居るのだ。
 だが、その名を『父』に告げる事は叶わなかった。
 ……告げる事は出来なくはないが、『父』がそれを信じるとは思えず。……それを『父』に告げる事自体が、予想も出来ない「悪い」未来を招く恐れもあったからだ。
 だからこそ、ルキナは何も告げず誰にも言わず。
 ただただその人物を監視し続けていたのだ。
 何時か、『彼』が父を殺した「その人」である証拠を掴む為に、その凶行を……その命を奪ってでも止める為に。

 だが、その監視は意外な形で失敗に終わった。
 その対象である彼が、何と彼自らルキナの方へと積極的に関わる様になってきたからだ。
 監視している事を彼に悟らせる訳にはいかなかったルキナは、そうやって近付いてくる彼を拒絶出来なかった。
 やんわりと避ける様にしたつもりでも、妙なところで押しの強さを見せる彼によって距離を詰められてしまって。
 気が付けば、共に過ごす時間ばかりが増えてしまった。
 ある意味ではより監視しやすくなったとも言えるが、監視対象に近付き過ぎる事は決して良い事ではない。
 感情で動いてしまう人間は、相手を知れば知る程「冷静な」判断と言うものは出来なくなっていくものだからだ。

 事実、ルキナはもう以前の様な冷徹さを以て彼を見る事は、出来なくなってしまっていた。
 その側に居て、共に過ごして。
 彼がどの様な人間であるのか、その内面の誠実さを直向きさを温かさを。知れば知る程に、迷いが生じる。
 『父』へ絶対の信頼を預け、また『父』から絶対の信頼を得るその姿を、『嘘』であるとは思えなくなっていく。
 『父』がここまで信頼している人物なのだから、こんなにも真っ直ぐな人なのだから、と。
 この世界が『偽り』だらけで、『嘘』と『真実』を一度も間違えずに判断し続ける事など、全ての真実を見通せる神では無い人間には、決して出来はしない事を。
 例え敬愛する『父』であっても、『間違える』事は……『嘘』に『騙される』事はあるのだと言う……そんなどうしようもない「現実」を分かっていても、尚。

 だからこそ苦しいのだ。
 ルキナが知る事実を、恐らくは『真実』である筈のそれを、『嘘』だと……そう思い込みたくなる自分の心が。
 二人に『嘘』を吐き続けているその事が。
 どうしようもなく、苦しいのだ。

 …………彼は、ルフレは。
 ルキナの事を、「大切な人だから」と、そう言うけれど。
 その「大切な人」である筈のルキナが、彼の事を疑い……そして何時か必要に迫られれば、その命を奪おうとしてすらいる事を、知っているのだろうか……? 
 ……いや、知る筈はない。
 知っていて尚その言葉を吐けるのならば、それはもう「狂人」の様なものなのだろうから。

 ……だからこそどうしようもなく、苦しいのだ。
「大切な人」だと、彼から言って貰えた時に……紛れもない「喜び」を感じてしまうこの心が。
 彼から贈られた花束に、抑える事も叶わず涙を零してしまう程の歓喜に打ち震えてしまう事が。
 彼から、想いを告げられて……そしてそれを喜びと共に受け入れてしまいそうになる自分自身の全てが。

…………どんなに愛していても惹かれていても。
この世の何よりも「特別」であっても。
世界がその天秤に載せられた時には、……必ず「世界」を……自らの「使命」を果たす事を、選び取ってしまうのだと……彼を殺してでも「世界」を守ろうとしてしまうのだと、そんな自分自身を誰よりも理解しているから。。
 そんな風に彼のその想いを裏切ってしまう未来を、否定する事なんて自分は出来ないのだから。
だからこそ。ここで彼の想いを拒絶する事が。
 百年の恋すら冷める様な罵倒を浴びせてでも、彼の気持ちにほんの僅かにも応えずにいる事こそが……。
そしてその優しい「想い」を彼自らが断ち切れる様にする事こそが、彼にとって本当の『幸せ』に繋がるのだと。
彼を選べない……『嘘』だらけのこんな酷い女にその想いを捧げてはいけないのだと、何よりも分かっているのに。

彼の気持ちを受け入れる資格なんて自分には無い事を、痛い程に自覚しながら。
 この『恋』の結末を、互いに傷付き果てるものにしかならないその「未来」を……確かにその目に映しながら。
 何時か、彼のその目が絶望に染まる瞬間を……この手が彼の命を断ち切る瞬間を、脳裏に描きながら。

 それでもルキナは。
一時のまやかしでしかない……彼にとっては『偽り』の『幸せ』にしかならないそれを、選んでしまう。
 何時か地獄に堕ちるその道を、受け入れてしまった。



「有難う……ございます、ルフレさん……。
 私も、貴方の事を大切に想っています……。
 好きです……貴方の事が、大好きです……。
 この先の未来に何が訪れるのだとしても。
 ……今だけは、どうか……このまま……」



 優しく甘いその言葉は何時か、ルフレにとっては何処までも残酷な『嘘』になってしまうのだろう。
「愛している」と言って尚、その命を奪う選択肢を消す事の出来ないルキナは、何処までも残酷な『嘘吐き』だ。

 それでも、今は……今この瞬間だけでも。
 確かに『偽り』などでは無いこの想いを、確かな『真実』を抱き締める事を、どうか赦して欲しい……。

 誰に届く訳でも無い赦しを乞う想いを抱えて。
 ルフレの腕の中でルキナはそっと目を閉じた。




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