ルフルキ短編
◆◆◆◆◆
怖い夢を見てどうしても眠れなくなってしまった夜は。
まだ幼かった私は決まってそっと部屋を抜け出して夜の城内を歩いては、その人の部屋を訪ねていた。
その人の部屋は随分と遅くまで灯りが点されていて。
扉の隙間から漏れ出てくる柔らかな光が、悪夢に縮こまっていた幼い私を、何時も優しく照らしてくれていた。
そっと扉を開けると、その人は何時も直ぐに気が付いて振り返ってくれて。
「おや、こんな時間にどうしたんだい、小さなお姫様。
もしかして、眠れないのかい……?
……そうか、また悪い夢を見てしまったんだね。
だから、眠るのが怖い、と。
うん、だったら今夜も僕が君の手を握っててあげる。
もし君が魘されていたら、起こしてあげるよ。
ほら、じゃあ部屋に帰ろうか」
と、そう言って優しく微笑みかけてくれながら私を抱き抱えて部屋まで連れ帰ってくれた。
そして、布団を被りながらも怖い夢への不安に震える手を優しくそっと握ってくれて。
お父様の大きな手よりは華奢だけれど、それでも大きなその手は、何時も私を安心させてくれたのだ。
「ほら、ルキナ。
大丈夫、怖い夢は僕が追い払ってあげるからね。
目を閉じれば、きっと楽しい夢が待っているよ……」
柔らかな声でそう言ったその人は、優しく落ち着いた静かな歌声で、何時も歌を歌ってくれた。
お母様が歌ってくれる歌とはまた少し違ったその歌は、少し不思議な感じがしたけれど、それでもその不思議な響きの歌が、私はとても大好きだったのだ。
彼の歌声に耳を傾けている内に、私は何時しか眠りの淵に誘われていて……。
どんな夢を見ていたのかまでは覚えていないけれど、とても楽しくて幸せな夢を、沢山見ていたのだと思う。
今となっては、それは遠い遠い過去の事で、その「思い出」は少し色褪せ薄くボヤけてしまっているけれど。
それでも、「幸せ」だった日々の大切な「思い出」だ。
もうあの人の……『ルフレおじさん』の顔や声を、私は上手く思い出せないけれど。
あの人から大切にされていた記憶は、優しかったあの人との思い出は、今でも大切に胸の奥に刻まれている。
だからこそ──
『絶望の未来』を夢に見て、そしてそれと同じ結末を辿ってしまった「今」を、悪夢の幻影の中に見て。
その恐ろしさの剰りに飛び起きてしまった私は、一緒に眠っていた愛しい人の胸に優しく抱き抱えられていた。
眠っていた彼──ルフレさんまで起こしてしまった事が申し訳ないけれど、でも悪夢の恐怖に震える私を慰める様に……そして安心させる様にそっと抱き締めて手を繋いでくれる優しさが……何よりも嬉しかった。
そうやってルフレさんに手を握っていて貰うと、今は遠い「未来」での日々を思い出す。
優しく温かな……幼い頃のあの日々が、心に浮かぶ、
「昔、悪い夢を見て眠れなくなった時は。
何時も決まって、私が眠れるまでこうしてずっと手を握っていてくれた人が居たんです……」
夢現に、私はルフレさんの手を握り直す。
『ルフレおじさん』とルフレさんは、同じではないけれど、でもやはり同じ人で。
だからこそ、ふとこうした瞬間に私は、あの優しかった『ルフレおじさん』の事を思い出してしまうのだ。
「……それは、「未来」の僕の事かい?」
私がルフレさんの問い掛けに頷くと、ルフレさんは「そっか……」と何処か寂しそうに微笑んで、私の背中に回していた手でそのまま頭を撫でてきた。
「僕では、その『僕』の代わりにはなれないけど。
でも、「未来」の『僕』の分も……いやそれ以上に。
僕はルキナの傍にいる。
どんなに怖い夢を見た時だって、絶対に僕が傍にいる。
だから、もう大丈夫だよ。
ルキナはもう今夜は、怖い夢なんて見ないよ」
そう言って、ルフレさんは私の耳を自分の胸元に押し付ける様に、強く抱き締めてきて。
トクン、トクン……とルフレさんの胸から伝わるその鼓動の音に耳を傾けている内に、私は優しい眠りへと緩やかに誘われていく。
「おやすみ、ルキナ。
どうか、幸せな夢を──」
沈み行く意識の片隅で優しい囁き声を聞いた気がする。
そして、泣きたくなる程に懐かしく温かな……そんな『誰か』の手の温もりの面影がそこに揺れた。
それは記憶から零れ落ちた幻影かもしれなくても。
きっとルフレさんの温もりが、その『誰か』の幻影を連れて来たのだろう。
あの優しい人は、今も「思い出」の中から私を見守っていてくれているのだ。
二人の優しさに包まれて、恐ろしい悪夢の名残は拭い去る様に消えて行く。
ルフレさんが、優しく耳元で囁く様に歌ってくれる。
記憶の中にうっすらと残るあの歌とは違う歌だけれど……懐かしいあの歌声と同じその歌声は、ルフレさんとあの人は「違う」けれども「同じ」なのだと思わせた。
ぐずる幼子をあやす様に、ルフレさんは囁く様に歌いながら優しく私の背中を擦ってくれる。
その優しさに胸の奥が温かくなるのと同時に、甘やかな優しい眠りの帳が降りていった。
今度見る夢は、きっと温かい幸せな夢なのだろうと、……そう何処かで感じながら。
私はゆっくりと優しい眠りに落ちていったのであった。
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怖い夢を見てどうしても眠れなくなってしまった夜は。
まだ幼かった私は決まってそっと部屋を抜け出して夜の城内を歩いては、その人の部屋を訪ねていた。
その人の部屋は随分と遅くまで灯りが点されていて。
扉の隙間から漏れ出てくる柔らかな光が、悪夢に縮こまっていた幼い私を、何時も優しく照らしてくれていた。
そっと扉を開けると、その人は何時も直ぐに気が付いて振り返ってくれて。
「おや、こんな時間にどうしたんだい、小さなお姫様。
もしかして、眠れないのかい……?
……そうか、また悪い夢を見てしまったんだね。
だから、眠るのが怖い、と。
うん、だったら今夜も僕が君の手を握っててあげる。
もし君が魘されていたら、起こしてあげるよ。
ほら、じゃあ部屋に帰ろうか」
と、そう言って優しく微笑みかけてくれながら私を抱き抱えて部屋まで連れ帰ってくれた。
そして、布団を被りながらも怖い夢への不安に震える手を優しくそっと握ってくれて。
お父様の大きな手よりは華奢だけれど、それでも大きなその手は、何時も私を安心させてくれたのだ。
「ほら、ルキナ。
大丈夫、怖い夢は僕が追い払ってあげるからね。
目を閉じれば、きっと楽しい夢が待っているよ……」
柔らかな声でそう言ったその人は、優しく落ち着いた静かな歌声で、何時も歌を歌ってくれた。
お母様が歌ってくれる歌とはまた少し違ったその歌は、少し不思議な感じがしたけれど、それでもその不思議な響きの歌が、私はとても大好きだったのだ。
彼の歌声に耳を傾けている内に、私は何時しか眠りの淵に誘われていて……。
どんな夢を見ていたのかまでは覚えていないけれど、とても楽しくて幸せな夢を、沢山見ていたのだと思う。
今となっては、それは遠い遠い過去の事で、その「思い出」は少し色褪せ薄くボヤけてしまっているけれど。
それでも、「幸せ」だった日々の大切な「思い出」だ。
もうあの人の……『ルフレおじさん』の顔や声を、私は上手く思い出せないけれど。
あの人から大切にされていた記憶は、優しかったあの人との思い出は、今でも大切に胸の奥に刻まれている。
だからこそ──
『絶望の未来』を夢に見て、そしてそれと同じ結末を辿ってしまった「今」を、悪夢の幻影の中に見て。
その恐ろしさの剰りに飛び起きてしまった私は、一緒に眠っていた愛しい人の胸に優しく抱き抱えられていた。
眠っていた彼──ルフレさんまで起こしてしまった事が申し訳ないけれど、でも悪夢の恐怖に震える私を慰める様に……そして安心させる様にそっと抱き締めて手を繋いでくれる優しさが……何よりも嬉しかった。
そうやってルフレさんに手を握っていて貰うと、今は遠い「未来」での日々を思い出す。
優しく温かな……幼い頃のあの日々が、心に浮かぶ、
「昔、悪い夢を見て眠れなくなった時は。
何時も決まって、私が眠れるまでこうしてずっと手を握っていてくれた人が居たんです……」
夢現に、私はルフレさんの手を握り直す。
『ルフレおじさん』とルフレさんは、同じではないけれど、でもやはり同じ人で。
だからこそ、ふとこうした瞬間に私は、あの優しかった『ルフレおじさん』の事を思い出してしまうのだ。
「……それは、「未来」の僕の事かい?」
私がルフレさんの問い掛けに頷くと、ルフレさんは「そっか……」と何処か寂しそうに微笑んで、私の背中に回していた手でそのまま頭を撫でてきた。
「僕では、その『僕』の代わりにはなれないけど。
でも、「未来」の『僕』の分も……いやそれ以上に。
僕はルキナの傍にいる。
どんなに怖い夢を見た時だって、絶対に僕が傍にいる。
だから、もう大丈夫だよ。
ルキナはもう今夜は、怖い夢なんて見ないよ」
そう言って、ルフレさんは私の耳を自分の胸元に押し付ける様に、強く抱き締めてきて。
トクン、トクン……とルフレさんの胸から伝わるその鼓動の音に耳を傾けている内に、私は優しい眠りへと緩やかに誘われていく。
「おやすみ、ルキナ。
どうか、幸せな夢を──」
沈み行く意識の片隅で優しい囁き声を聞いた気がする。
そして、泣きたくなる程に懐かしく温かな……そんな『誰か』の手の温もりの面影がそこに揺れた。
それは記憶から零れ落ちた幻影かもしれなくても。
きっとルフレさんの温もりが、その『誰か』の幻影を連れて来たのだろう。
あの優しい人は、今も「思い出」の中から私を見守っていてくれているのだ。
二人の優しさに包まれて、恐ろしい悪夢の名残は拭い去る様に消えて行く。
ルフレさんが、優しく耳元で囁く様に歌ってくれる。
記憶の中にうっすらと残るあの歌とは違う歌だけれど……懐かしいあの歌声と同じその歌声は、ルフレさんとあの人は「違う」けれども「同じ」なのだと思わせた。
ぐずる幼子をあやす様に、ルフレさんは囁く様に歌いながら優しく私の背中を擦ってくれる。
その優しさに胸の奥が温かくなるのと同時に、甘やかな優しい眠りの帳が降りていった。
今度見る夢は、きっと温かい幸せな夢なのだろうと、……そう何処かで感じながら。
私はゆっくりと優しい眠りに落ちていったのであった。
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