ルフルキ短編
◇◇◇◇◇
「ルフレさん、これ……この地の特産品なんだそうですよ?」
そう言って柔らかな微笑みと共にルキナが差し出してきたのは……野菜と共に何かを包んだパンの様なモノだった。
それを受け取ったルフレは、示し合わせた訳ではなかったのだけれどルキナとほぼ同時にそれを一口食べる。
途端に広がるのは香ばしい肉の風味と、少し独特な……だがより肉の旨味を引き立てる香味野菜の味、そしてパンの様なものの少し不思議な食感だった。
「うん、美味しい」
所謂『アタリ』な味だった事にルフレは喜びの声を上げ、「ですね」と幸せそうな顔でルキナもそれに頷いた。
イーリスを離れて遠くの異国の地。
二人が旅しているその地は、何もかもが二人にとっては新鮮なものであった。
文化も、風習も、料理も。
自分達が知っているモノとは全く違ったもので。
そして、イーリスから遠く離れているが故に、救世の英雄の一人であるルフレの事も、そして……ルキナの事も誰も殆ど知らないこの地を旅するのは、ある意味でとても気楽なモノでもあった。
かつて全ての記憶を喪ってしまったルフレにとっては、イーリスや戦争の最中に行軍で立ち寄った国々で経験した事が『世界』の全てで。
それは何もかもが滅び去った様なあの“未来”か、或いは過去を変える為にイーリスを中心としてその動向をずっと見守っていた経験しかないルキナにとってもそれは大差ない事であった。
イーリスも、ペレジアも、そしてフェリアすらも関係無しに。
大陸すらも異なる国に、戦い以外の目的で訪れるのはどちらも記憶にある限りでは初めてであったのだ。
自分達の『世界』が広がっていくのを肌で感じられるこの旅を、二人は掛替えの無い物のように感じていた。
こうして二人が旅を始めたのには、実は深い理由とか切っ掛けがあった訳ではない。
ギムレーと心中する様にこの世界から消滅してしまったルフレが想いの奇跡によって帰って来た時には、まさかこうして旅をする事になろうとは思ってもみなかったのだから。
しかし、ある日の事。
『平和』になった世界を、自分達が全てを賭けてでも“救った”世界を、ちゃんとこの目で確かめたいと……ルフレはそう思ったのだ。
それにはもしかすると、『平和』になったイーリスでの“軍師”としての自分の存在意義を少し見詰め直したかったからなのかもしれないし。
或いは、本来生きるべき時間ではないこの世界に生きる事を何処か躊躇っている節があったルキナを思いやっての事だったのかもしれない。
何にせよルフレは旅に出る事を考え付き、ルキナもそれに賛成してくれたので、二人はイーリスを離れて旅に出たのだ。
クロムには少しばかり引き留められたものの、「必ず帰る」と約束をすると、苦笑しつつも笑って送り出してくれた。
クロムが心配するまでもなく、ルフレにとって帰るべき場所は“イーリス”なのであるし、それはこの世界での居場所に迷っているルキナとてそうだろう。
それをクロムも分かってくれたからこそ送り出してくれたのだろうと、ルフレは思っている。
イーリスを離れ、ペレジアを旅して、そして海を渡って大陸を越えて。
ギムレーに滅ぼされる事は無かった世界を、ルフレとルキナ達が守り抜けた世界の未来を、二人は一つ一つ確める様に旅をしていた。
どの国でも、そこにどんな文化があろうとも。
人々は笑って、泣いて、一生懸命に生きて、そうやって日々の営みの糸を絶やす事なく繋げていた。
世界中の何処にだってあるそんな人々の命の輝きを見ていると、それを守る為の力になれた幸せと、守り抜けた事への安堵を感じられるのだ。
“未来”ではギムレーと成り果てて全てを破壊してしまったルフレだが、この未来ではそうはならずに済んだばかりか、こうやって世界を守る事が出来た。
“未来”ではギムレーに抗うも力及ばずその世界を見捨てる様にしてここにやって来たルキナだったが、漸くその宿願を果たして世界を救う事が出来た。
その事実を、そこに生きる人々を守れた事を、一つ一つその胸に刻みながら、二人は旅をしていた。
「ルフレさん、私……こうしてあなたと旅をする事が出来て、幸せです。
やっと守れた世界を、世界はこんなにも美しいと、人々の営みが尊いものだと言うことを、肌で感じられて……。
本当に…………」
世界は、救う価値が確かにあったのだと。
ルキナが何もかもを賭けて、本来生きるべきだった時間をねじ曲げてまで世界を救おうと足掻き続けた事は、何一つとして無駄なんかではなかったのだと。
そう……心から思う事が出来て……。
何時だって、ルキナの胸には何処かに後ろめたさが残り続けていた。
本来自分が救うべきだった“世界”を見棄ててしまったのだと、それの代替の様に……そうしてしまった贖罪の様に、この世界を救おうとしていたのではないかと。
“この世界”を心から“守りたい”と思っていた訳ではなかったのじゃないかと……。
それは、ルキナの心が抱えていた悩みと傷が作り出した気の迷いにも近い妄想の様なものだったけれども。
そんな澱の様な想いは、少しずつルキナの心を蝕もうとしていたのだ。
それは、イーリスに居る間、この世界の本来の小さなルキナを見ている内に、少しずつ降り積もっていって……。
でも、旅を続けた今ならば、そんな事は無かったと、そう胸を張ってルキナは思う事が出来る様になった。
「そうだね、ルキナ。
僕も、そう思うよ。
この世界を……ルキナと僕が生きていけるこの掛替えの無い世界を守れて、本当に良かったと……」
時の歪みの結果であるのかも知れなくとも。
それでも、こうしてルフレとルキナが生きるのは、共に生きられるのは、この世界でしか為し得ない奇跡なのだ。
だからこそ、それを守れた事を、そして共に生きる未来を選び取れた事を、ルフレは何よりも幸せに思えるのだ。
旅はまだまだ続くだろう。
だが、行く先にあるであろう新たなる『世界』は、何時だって命の輝きに満ちているのだ。
何時かイーリスに帰ったその時は。
クロム達に沢山の土産話をしてやろうと、ルフレはそう楽しみにしている。
◇◇◇◇◇
「ルフレさん、これ……この地の特産品なんだそうですよ?」
そう言って柔らかな微笑みと共にルキナが差し出してきたのは……野菜と共に何かを包んだパンの様なモノだった。
それを受け取ったルフレは、示し合わせた訳ではなかったのだけれどルキナとほぼ同時にそれを一口食べる。
途端に広がるのは香ばしい肉の風味と、少し独特な……だがより肉の旨味を引き立てる香味野菜の味、そしてパンの様なものの少し不思議な食感だった。
「うん、美味しい」
所謂『アタリ』な味だった事にルフレは喜びの声を上げ、「ですね」と幸せそうな顔でルキナもそれに頷いた。
イーリスを離れて遠くの異国の地。
二人が旅しているその地は、何もかもが二人にとっては新鮮なものであった。
文化も、風習も、料理も。
自分達が知っているモノとは全く違ったもので。
そして、イーリスから遠く離れているが故に、救世の英雄の一人であるルフレの事も、そして……ルキナの事も誰も殆ど知らないこの地を旅するのは、ある意味でとても気楽なモノでもあった。
かつて全ての記憶を喪ってしまったルフレにとっては、イーリスや戦争の最中に行軍で立ち寄った国々で経験した事が『世界』の全てで。
それは何もかもが滅び去った様なあの“未来”か、或いは過去を変える為にイーリスを中心としてその動向をずっと見守っていた経験しかないルキナにとってもそれは大差ない事であった。
イーリスも、ペレジアも、そしてフェリアすらも関係無しに。
大陸すらも異なる国に、戦い以外の目的で訪れるのはどちらも記憶にある限りでは初めてであったのだ。
自分達の『世界』が広がっていくのを肌で感じられるこの旅を、二人は掛替えの無い物のように感じていた。
こうして二人が旅を始めたのには、実は深い理由とか切っ掛けがあった訳ではない。
ギムレーと心中する様にこの世界から消滅してしまったルフレが想いの奇跡によって帰って来た時には、まさかこうして旅をする事になろうとは思ってもみなかったのだから。
しかし、ある日の事。
『平和』になった世界を、自分達が全てを賭けてでも“救った”世界を、ちゃんとこの目で確かめたいと……ルフレはそう思ったのだ。
それにはもしかすると、『平和』になったイーリスでの“軍師”としての自分の存在意義を少し見詰め直したかったからなのかもしれないし。
或いは、本来生きるべき時間ではないこの世界に生きる事を何処か躊躇っている節があったルキナを思いやっての事だったのかもしれない。
何にせよルフレは旅に出る事を考え付き、ルキナもそれに賛成してくれたので、二人はイーリスを離れて旅に出たのだ。
クロムには少しばかり引き留められたものの、「必ず帰る」と約束をすると、苦笑しつつも笑って送り出してくれた。
クロムが心配するまでもなく、ルフレにとって帰るべき場所は“イーリス”なのであるし、それはこの世界での居場所に迷っているルキナとてそうだろう。
それをクロムも分かってくれたからこそ送り出してくれたのだろうと、ルフレは思っている。
イーリスを離れ、ペレジアを旅して、そして海を渡って大陸を越えて。
ギムレーに滅ぼされる事は無かった世界を、ルフレとルキナ達が守り抜けた世界の未来を、二人は一つ一つ確める様に旅をしていた。
どの国でも、そこにどんな文化があろうとも。
人々は笑って、泣いて、一生懸命に生きて、そうやって日々の営みの糸を絶やす事なく繋げていた。
世界中の何処にだってあるそんな人々の命の輝きを見ていると、それを守る為の力になれた幸せと、守り抜けた事への安堵を感じられるのだ。
“未来”ではギムレーと成り果てて全てを破壊してしまったルフレだが、この未来ではそうはならずに済んだばかりか、こうやって世界を守る事が出来た。
“未来”ではギムレーに抗うも力及ばずその世界を見捨てる様にしてここにやって来たルキナだったが、漸くその宿願を果たして世界を救う事が出来た。
その事実を、そこに生きる人々を守れた事を、一つ一つその胸に刻みながら、二人は旅をしていた。
「ルフレさん、私……こうしてあなたと旅をする事が出来て、幸せです。
やっと守れた世界を、世界はこんなにも美しいと、人々の営みが尊いものだと言うことを、肌で感じられて……。
本当に…………」
世界は、救う価値が確かにあったのだと。
ルキナが何もかもを賭けて、本来生きるべきだった時間をねじ曲げてまで世界を救おうと足掻き続けた事は、何一つとして無駄なんかではなかったのだと。
そう……心から思う事が出来て……。
何時だって、ルキナの胸には何処かに後ろめたさが残り続けていた。
本来自分が救うべきだった“世界”を見棄ててしまったのだと、それの代替の様に……そうしてしまった贖罪の様に、この世界を救おうとしていたのではないかと。
“この世界”を心から“守りたい”と思っていた訳ではなかったのじゃないかと……。
それは、ルキナの心が抱えていた悩みと傷が作り出した気の迷いにも近い妄想の様なものだったけれども。
そんな澱の様な想いは、少しずつルキナの心を蝕もうとしていたのだ。
それは、イーリスに居る間、この世界の本来の小さなルキナを見ている内に、少しずつ降り積もっていって……。
でも、旅を続けた今ならば、そんな事は無かったと、そう胸を張ってルキナは思う事が出来る様になった。
「そうだね、ルキナ。
僕も、そう思うよ。
この世界を……ルキナと僕が生きていけるこの掛替えの無い世界を守れて、本当に良かったと……」
時の歪みの結果であるのかも知れなくとも。
それでも、こうしてルフレとルキナが生きるのは、共に生きられるのは、この世界でしか為し得ない奇跡なのだ。
だからこそ、それを守れた事を、そして共に生きる未来を選び取れた事を、ルフレは何よりも幸せに思えるのだ。
旅はまだまだ続くだろう。
だが、行く先にあるであろう新たなる『世界』は、何時だって命の輝きに満ちているのだ。
何時かイーリスに帰ったその時は。
クロム達に沢山の土産話をしてやろうと、ルフレはそう楽しみにしている。
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