桜舞う頃〜その先〜
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「うそウソ嘘!えー!ナナちゃん!」
『千紗!うるさい!』
いくら客が少ないとはいえあまり大きな声を出せば騒ぎになるので深月はそれを嗜めた。千紗は慌てて口を手で押さえるが瞳はキラキラと輝きその興奮が深月には手にとる様にわかった。
「え!やだ!いつも聴いてるよ!」
「ありがとうございます。」
Honey×Honey のメンバーのひとりであるナナはアイドル特有の可愛らしい笑顔で千紗に礼を伝えながらキャスケットも外した。
「あさひさんってばここ行きつけですか?」
『うん。まぁそうだね。』
「そうなんですねぇ!じゃあ私もちょくちょく来ちゃおうかなぁ。」
『え…なんで?』
深月が首を傾げるとナナは深月にニコリと笑った。
「そりゃもちろん、あさひさんと会える機会が増えるからですよー!」
『あーはいはい。』
深月はナナのそれをリップサービス程度に受け取り適当に流し、ナナはそんな様子に不満そうに唇を尖らせた。
「本気で言ってるんですよ?あさひさんったら冗談だと思ってるでしょー?」
『それよりナナちゃん。次の仕事は?』
「えーと、1時間後くらいに日売テレビで収録ですよ。あ、良かったら一緒に来ます?お友達も連れて。」
『行かない。』
「えー!なんで⁉︎テレビ局とか私行きたい!」
『行きたきゃひとりで行ってくれば?一般人もロビーまでなら入れるよ。』
「せっかくナナちゃんが誘ってくれてるのにぃ!」
千紗が不満そうにするのを無視して深月はカフェオレを飲むとちょうどナナの分のカフェオレも安室によって運ばれてきた。
「お待たせしました、カフェオレです。」
「ありがとうございます。じゃあ私も。」
ナナはさっそくそれを飲むが、んーと顔をしかめた。
「にがぁい。」
『コーヒー飲めないの?』
「飲めないわけじゃないですけど苦いのはあんまり。」
『なんで同じの頼むのよ。他にもいろいろあるのに。』
「だってあさひさんと同じ物飲みたかったんだもん。」
『砂糖入れたら?』
「あさひさんが入れてないなら入れない!」
涙目でそう訴えるナナに深月は呆れながらため息をついた。ナナが頑張ってそれを飲んでいれば安室がケーキを持ってきた。
「良かったら一緒にどうぞ。」
「ふぇ?ケーキ?」
「ナナちゃん!安室さんの特製ケーキはそこらのケーキ屋より美味しいよ!コーヒーにも合うから食べてみて!」
千紗が自信満々に力説すればナナはそれをひと口食べてみた。するとパァッと瞳を輝かせた。
「んっ!美味しい!これ、店員さんの手作りなんですか⁉︎すごーい!」
「いえ、大した事ありませんよ。一緒に食べれば苦味も少し和らぐと思いますよ。」
「店員さんってばイケメンな上に気が利いて料理も上手とか…完璧じゃないですか!え?本当にどこかのアイドルとかじゃないんですか?」
「まさか。」
ハハッと安室が苦笑するのを深月は横目で一瞥した。
ー公安がアイドルするわけにはいかないよねぇ。そもそも公務員は副業禁止だし。
「えー惚れちゃいそう!」
「わー!ダメだよ、ナナちゃん!安室さんは深月の彼氏なんだから!」
「え!あさひさん彼氏いたんですね⁉︎」
『言わなくてもいい事を…』
「なんでよ、いいじゃん!バンバン周りに伝えてこうよ!牽制はしっかりしとかないと!」
『あーはいはい。千紗さんにお任せします。』
「へーあさひさんってばこういう人がタイプなんですかぁ…」
ナナはジッと安室を見つめると半眼になった。少し不服そうなナナの様子に深月は首を傾げた。
『どうしたの?』
「意外と面食いですか?ちょっとイメージじゃないなぁって。」
『別に容姿を気にした事はないんだけど…』
「あ、やっぱり?そうですよね?だってあのそこそこイケメンのディレクターからの誘いに動じないんですから。」
『…ごめん。誰の事?』
「えー?やだ、あさひさん気付いてなかったんですか?杯戸スタジオのあの人明らかにあさひさん狙いですよ?ほら、前回の収録の時ちょっとした確認で呼ばれてたじゃないですか?あんなの電話確認でいいのに…その後ご飯にも誘われてたじゃないですか?」
『あー…いや、あれはみんな誘われてたでしょ?』
深月はナナに言われてその人物を思い出し、確かにそう言った類の好意をなんとなくは感じたなぁと思い出しながらも、食事の誘いは自分にだけではなかったはずだとナナに伝えた。ナナはそれを半眼で見るとハァとため息をつきながらカフェオレを飲んだ。
「わかってませんねぇあさひさん。みんなに声をかければ、あさひさんだって警戒しないでしょー?あれはなんだかんだで他の人にはやっぱり中止になったとか言ってあさひさんと2人きりになろうって魂胆ですよ。ベタですよ。ベッタベタ。気持ち悪ーい。」
『ナナちゃん、あんまりそういう事人前で言わない様にね。』
「はーい。気をつけまーす♪」
深月がアイドルであるナナのイメージを気にして注意すればナナはニコッと笑ってそれを受け入れた。
「あさひさんってばやっぱ詞の通り可愛い人ですよねぇ。変なのに騙されない様に私が見ててあげますね。」
『可愛いアイドルにそんな事を言われたくないんだけど…』
「えー?私達って結構したたかですよ。本気で純情じゃいろんな意味で食べられちゃいますから。」
『…まぁ、そうか。』
いろいろと駆け引きの多い芸能界の様子を深月はぼんやりと思い出して、自分は作詞家程度でちょうどいいなと考えていた。
「でも、あさひさんは歌手デビューとかしないんですか?」
『は?なんで?』
「だって弾き語りめっちゃ上手いじゃないですか?」
『ちょっと待って。なんで知って…』
「んー…結構前に高橋ディレクターに言われてやってたのを実は見ちゃったんですよ。私、前々からあさひさんの詞って好きでしたけど、あの時からめっちゃファンになっちゃったんです。詞からは想像出来ないギターを弾くかっこいい感じのギャップが最高です。私もちょっとギター弾けるんであさひさんみたく弾きたいなぁって憧れちゃいます!」
『ナナちゃん妙に懐いてくれてるなって思ってたけどそういう事…』
「はい!もう私、大好きですよ、あさひさん。歌手デビューするなら全力で応援します!宣伝は任せてください。私の尊敬する作詞家さんが今度歌手デビューします。みんなぜひ聴いてね!ってツーショかハニハニメンバーと写真でも撮ってSNS使って大々的にいきましょう!メンバーもあさひさんの事結構好きですから問題ないと思いますよ?あ、でももちろんファン1号の称号は私にくださいね?」
「えぇ⁉︎すごっ!ハニハニに推されるとかやばい!どうすんの⁉︎深月⁉︎」
『んーそうねぇ…考えとくね。』
「ぜひ前向きに!心が決まったらいつでも声かけてください!」
ナナにギュッと手を握られると深月は、ありがとう。と礼を言った。
ーそっか…こっちの道はあまり考えてなかったけど、先生とか警察官以外にも作詞家を本業にしちゃうってのもあるんだなぁ。
深月は自分の将来の選択肢がまた見えてきてカップの中で揺れるカフェオレを見つめた。
3人で暫くお茶を楽しめばナナは仕事のために席を立った。
「もうこんな時間かぁ。残念。千紗さん、また機会があったら一緒してくださいね?」
「もちろん!大歓迎!」
「あさひさんはまた仕事で会いましょ!あ、歌手の件、本気で考えてくださいよ。私、この前のあさひさんが入れてくれた仮歌、そのままCDに収録しちゃえばいいのにって思っちゃうくらいには本気ですからね?」
『わかった。ちゃんと考えるから。』
キャスケットを被ってサングラスをかけたナナが手を振ってポアロを出て行くと千紗はうっとりと満足そうにため息をついた。
「ハァ…ナナちゃん可愛かったぁ…」
『まぁ可愛いよね。』
「深月はナナちゃんにすっごい好かれてたね。え?本当にカップルじゃないの?」
『うん。そっちの趣味はないよ。というか私は浮気をしそうって思われてるのね。』
「んー…というか深月はさ、わりと流されやすいから。押しに弱いって言うか。気付いたらそんな関係になってた!とかありそう。」
『は?』
千紗の言葉に深月はひどく冷たい声音を出した。千紗はそれを聞くとやばいと感じたのか慌てて訂正した。
「いや、まぁでもさすがにないかぁ!ごめんごめん。」
『ふーん…なるほどね。そういうね。』
ー零さんに軽薄に思われてんのもこういう事か。他人に流されてりゃ確かに軽いか…そんなに私は自分がないかな…
深月が黙ってしまうと千紗は珍しく慌てた。なんだかんだといつも深月がため息交じりに笑って許してくれる流れなのにぼんやりと思案中の深月の気を引こうと千紗は手を叩いた。
「そ、そうだ!深月!映画観たいって言ってたよね?行こう!」
『は?いやちょっと気になるだけで別に観たいとは…』
「私バイト先で臨時報酬もらったから奢るよ!ほら行こう、行こう!」
『え、あ、うん?』
深月はなぜそんなに千紗が慌てているのかわからず首を傾げた。深月自身はもうすでに千紗に対して怒りはなかったので当然機嫌を取る様な千紗の態度の意味がわからなかった。
千紗はレジへと先に行き深月がトイレから戻ってくれば深月の分の会計まで済ませていた。
「じゃあ安室さんまた!」
『ちょっと千紗?何?どうしたの?』
「さぁ善は急げだ!」
深月は千紗に手を握られ引きずられる様にしてポアロを出ていきその様子を安室はおかしそうに笑って見送った。
千紗と共に杯戸ショッピングモールに行って映画と買い物をした帰り道、深月は想像していたよりも映画が面白かった事と気に入ったシャツが買えた事に気分が良かった。
この気分の良さで電車ですぐに家まで帰ってしまうのが惜しい気がして深月は堤無津川沿いの土手を歩いて家に向かっていた。
ー今日はなかなか充実した1日だったんじゃない?朝の3時に起きてるからさすがに少し眠くなってきたけど…
深月は眠気を誤魔化す様にグッと両腕を伸ばすと背後からアンッ!と吠えられて後ろを振り返るとリードのついたハロに飛びつかれた。
『ハロくん!』
深月がしゃがんで頭を撫でてあげればハロは嬉しそうに目を細めた。リードの先を持つ人物と目が合うと深月は立ち上がった。人通りが少ないとはいえ念のため深月はその人を安室と呼ぶ事にした。
『こんばんは、安室さん。』
「こんばんは、深月さん。こんなところでどうしたんです?」
『普通に帰り道ですけど?』
「…駅とは方向が違うと思いますけど、まさか歩いて帰る気なんですか?」
安室の声音が下がると深月はビクッと肩を揺らした。降谷であれば"もう暗いのに明かりの少ない土手沿いを歩いて帰るなんて何を考えてるんだ"とでも言われていただろうと深月は考えてからハロに視線を下げた。
『ハロくんはお散歩かなぁ?いいねぇ。じゃあ私は邪魔にならない内に帰ります。』
「まぁそう言わずに、ハロも深月さんがいた方が喜びますから付き合ってもらえませんか?」
ニコリと笑って誘われているはずなのに断る事は許されない雰囲気を感じて深月は大人しくそれを承諾した。
「映画はどうでした?」
『あ…思ってたより面白かったですよ。千紗が妙に気を遣うからちょっと気持ち悪かったですけど。』
「それは君が千紗さんを許してあげなかったからでは?」
『へ?』
「流されやすいって言われて君は怒ってそれきりだったように思いますが?」
『え…』
深月はその時の事を思い出し、あぁと納得した。
ーあの時はあのまま考え込んじゃったから…千紗に勘違いさせたのか。
「それに焦った千紗さんが君の機嫌を取ろうと映画に誘って勢いのまま君は映画を観に行った…といった感じでしたよ。」
深月は安室からそう聞くとはたと気付いた。結局自分はまた他人に流されて行動したという事だと。せっかく気分が良かったのにそう気付いてしまうと深月は気分が下がりため息をついた。それに気付いたハロが心配そうに見上げてくるので深月はハロを抱き上げギュッと抱きしめた。
『ハロくん、慰めてくれるんだね、ありがとう!』
「何か慰めてほしい事がありました?」
『いいです。とりあえずハロくんがいれば癒されるので。』
そう言って深月がハロの首元に顔をうずめると安室はハロを取り上げ地面に下ろした。
「ハロは散歩中ですから。慰めてほしいなら僕が慰めてあげますよ?」
『あー結構です。』
安室にニコリと笑いかけられると深月は半眼になってそれを断った。
ー私を軽薄だと思った人に慰められる事じゃないしな。ちゃんと自分の意思で行動しなきゃなぁ…
ぼんやりと街の明かりを眺めていればふいに手を握られて深月は安室を見上げた。
「また流されたって思って落ち込みました?」
『…えぇまぁ…でも私を軽薄だと思ってる人に慰めてもらう事は何もありませんから。』
「僕がいつ深月さんを軽薄だと?」
『違うんですか?散々人を落としておいてとか言ってませんでした?私としてはそんな軽薄な態度をとった覚えはなかったんですけど…まぁ他人に流されてばかりじゃ行動が軽いと思われても仕方ないですけど。』
深月はため息交じりに言うと握られた手を安室にグイッと引かれて土手を下り高架下に連れられるとギュッと抱きしめられた。
『あ、安室さん⁉︎』
「流されるってのは相手に合わせるって事だ。それは君の優しさで長所だよ。落ち込むところじゃないだろ?それに僕は君が軽薄だとは思ってないよ。むしろ君は考えて行動してる様に思う。確かに色恋に関しては鈍いなと思っているから軽い行動している様に思える時もあるけどね。勘違いさせたなら悪かったよ。」
『…そうやってすぐ甘やかす。』
「君に拗ねられると僕は弱いんだよ。」
そう言って降谷に戻ったその人は腕を緩めて深月にチュッとキスをした。深月は恥ずかしくなって視線を逸らせば律儀にお座りして待つハロと目が合って、もう一度キスをしようとしてくる降谷の口を手で押さえた。
「どうした?」
『ハロくん見てるから。』
「今さら…家じゃもっと…」
『ハロくんの散歩でしょ!待たせたら可哀想ですよ!』
「わかったよ。じゃあこの後うちに来てくれるか?」
降谷にコツンと額を合わせて見つめられると深月の心臓がドキンッと素直に高鳴った。
深月は赤らむ頬を自覚しながら半眼で降谷を見つめた。
『どうせその気だったくせに。』
「嫌か?」
『…行ってあげてもいいです。』
「うん。ぜひ。」
素直になれずに憎まれ口を叩く深月が可愛くて降谷はフッと笑うと深月の髪にキスをした。深月はそれがなんだかくすぐったくて降谷から顔を逸らすとハロを呼んだ。
『ハロくん!一緒にお散歩しよ!』
嬉しそうにハロが元気よく鳴くと降谷は深月に回していた腕を解き深月と共に土手を登り散歩の続きに戻った。
散歩を終えて降谷の家に帰るとハロは腹が空いたと鳴いてクルクルと降谷の足の周りを走った。
「わかった、わかった。今用意するから。」
『ハロくん、いい子に待ってないと。』
深月がおいでおいでと手招きすればハロは素直に深月に駆け寄った。深月はハロを抱き上げるとよしよしとその頭を撫でた。
『フフッいい子だね。』
「ハロ、おいで。」
降谷がハロのエサを用意して呼ぶとハロは深月の腕の中から飛び出した。降谷が待てをしてよしと言えばハロは勢いよく食べ始めた。深月はその前にしゃがむとその様子を見つめた。
『食べてる姿も可愛いなぁ。』
「君は本当にハロが好きだな。」
『フフッ大好きですよ。可愛いですもん。』
デレッという表現が適切だろうと言えるほどに深月の顔が緩んでいるのを見ると降谷はフーッとため息をついてそんな深月の頭を撫でた。深月はそんな降谷を不思議そうに見上げた。
「僕は君が大好きだよ、可愛いから…ではないけどな。」
『えと…つまり可愛くないと?』
「いいや、すごく可愛いよ。でもそれはたぶん僕が君を好きだからだ。」
降谷が微笑むと深月はカァッと頬を真っ赤に染め憎まれ口を叩いた。
『そ、それはつまり主観を抜くと可愛くはないって事ですね。』
「なんだ、他の男からも可愛いって思われたいのか?」
『なっ…そんなつもりじゃ…』
「大丈夫。君は他の男から見ても十分可愛いさ。だから僕は困ってるんだろ?どっかのディレクターもそのひとりの様だし?」
『っ!そ、それはなんとなく気付いてましたよ!誘いだってちゃんと断りましたからねっ!』
降谷の声のトーンがあっという間に下がると深月は降谷にあれこれ聞かれる前にと弁解した。
「ふーん。でもやっぱり君はその魅力を無自覚に振り撒いてるんだな。」
『そんな事言われても…』
深月が困った様に苦笑すると降谷は膝をついてギュッと深月を抱きしめた。
「本当…君を閉じ込めておきたいよ。ずっとこうして僕のものなんだって主張したい。」
『っ…何言ってるんですか、もう…』
深月はドキドキと速くなった鼓動の音が伝わってしまいそうで恥ずかしくて少し距離を取ろうと身を捩るがさらに強く抱きしめられてしまった。
「逃げるのか?」
『そうじゃ…』
「いけない子だな。僕をこれだけ夢中にさせておいて…」
『れ、零さ…んっ!』
降谷の腕が緩むとすぐに深月はキスをされた。何度か軽いキスをし、それが深くなると絡む舌の甘さと熱に体が震えて深月は降谷の袖を掴んだ。
『ハァ…んぅっ…』
「本当…可愛い。」
『あっ…ダメ…んっ…』
降谷の手が体を撫でると深月はその手を掴むがむしろ掴んだ手の指に指を絡まれそのまま押さえられた。反対の手で胸を優しく揉まれると深月の口の端から甘い声が漏れた。
『やっ…ぁんっ…零さん、待って!』
「ん?君もお腹が空いた?」
『それもそうですけど…私、今日は眠いです。』
「どうして?」
『同じ様に3時に起きたのになんで貴方は眠くないんですか?おかしいですよ!』
「まぁ君とは体力が違うし…君はあの後寝なかったのか?」
降谷が疑問を口にすると深月は少し言いづらそうに話した。
『えぇまぁ…あの後、埠頭に向かったので。』
「は?どうやって?」
『歩いて。』
「あるっ…君なぁ…日も昇ってないあんな時間にひとりで…しかもかなり距離あっただろ?何かあったらどうするんだ⁉︎」
『やめてください。父にもちゃんと叱られましたから。』
「…埠頭で会ったのか。」
『えぇたまたまなんですけどね。仕事帰りに寄ったらしいのであんな時間に付き合わされたSPがちょっと不憫でした。』
「まぁそれは仕方ないな。要人警護ってのはそういうもんだ。何を話したんだ?」
降谷に問われ深月は、んーと少し悩むと人差し指を口先に当てて微笑んだ。
『秘密です。』
「そう言われると気になるな。」
『では父に聞いてみては?』
「どれだけハードルを高くするんだ。」
『フフッそうですねぇ…大事な話をしましたよ。父と思いがけず朝焼け見ながらゆっくり話が出来て良かったです。』
深月の眼差しがあまりにも優しくなるので降谷はそれ以上追求する気にもなれずその髪を撫でた。
「良かったな。」
『えぇ。あ、でも零さんと朝焼けは見に行きたいですからね?』
「うん。暫く天気があまりよくないみたいだからまた今度になるけどな。」
降谷は深月の髪にチュッとキスをすると寝不足気味の可愛い恋人のために夕飯を支度して早めに寝かせてあげようと考えた。
つづく
『千紗!うるさい!』
いくら客が少ないとはいえあまり大きな声を出せば騒ぎになるので深月はそれを嗜めた。千紗は慌てて口を手で押さえるが瞳はキラキラと輝きその興奮が深月には手にとる様にわかった。
「え!やだ!いつも聴いてるよ!」
「ありがとうございます。」
「あさひさんってばここ行きつけですか?」
『うん。まぁそうだね。』
「そうなんですねぇ!じゃあ私もちょくちょく来ちゃおうかなぁ。」
『え…なんで?』
深月が首を傾げるとナナは深月にニコリと笑った。
「そりゃもちろん、あさひさんと会える機会が増えるからですよー!」
『あーはいはい。』
深月はナナのそれをリップサービス程度に受け取り適当に流し、ナナはそんな様子に不満そうに唇を尖らせた。
「本気で言ってるんですよ?あさひさんったら冗談だと思ってるでしょー?」
『それよりナナちゃん。次の仕事は?』
「えーと、1時間後くらいに日売テレビで収録ですよ。あ、良かったら一緒に来ます?お友達も連れて。」
『行かない。』
「えー!なんで⁉︎テレビ局とか私行きたい!」
『行きたきゃひとりで行ってくれば?一般人もロビーまでなら入れるよ。』
「せっかくナナちゃんが誘ってくれてるのにぃ!」
千紗が不満そうにするのを無視して深月はカフェオレを飲むとちょうどナナの分のカフェオレも安室によって運ばれてきた。
「お待たせしました、カフェオレです。」
「ありがとうございます。じゃあ私も。」
ナナはさっそくそれを飲むが、んーと顔をしかめた。
「にがぁい。」
『コーヒー飲めないの?』
「飲めないわけじゃないですけど苦いのはあんまり。」
『なんで同じの頼むのよ。他にもいろいろあるのに。』
「だってあさひさんと同じ物飲みたかったんだもん。」
『砂糖入れたら?』
「あさひさんが入れてないなら入れない!」
涙目でそう訴えるナナに深月は呆れながらため息をついた。ナナが頑張ってそれを飲んでいれば安室がケーキを持ってきた。
「良かったら一緒にどうぞ。」
「ふぇ?ケーキ?」
「ナナちゃん!安室さんの特製ケーキはそこらのケーキ屋より美味しいよ!コーヒーにも合うから食べてみて!」
千紗が自信満々に力説すればナナはそれをひと口食べてみた。するとパァッと瞳を輝かせた。
「んっ!美味しい!これ、店員さんの手作りなんですか⁉︎すごーい!」
「いえ、大した事ありませんよ。一緒に食べれば苦味も少し和らぐと思いますよ。」
「店員さんってばイケメンな上に気が利いて料理も上手とか…完璧じゃないですか!え?本当にどこかのアイドルとかじゃないんですか?」
「まさか。」
ハハッと安室が苦笑するのを深月は横目で一瞥した。
ー公安がアイドルするわけにはいかないよねぇ。そもそも公務員は副業禁止だし。
「えー惚れちゃいそう!」
「わー!ダメだよ、ナナちゃん!安室さんは深月の彼氏なんだから!」
「え!あさひさん彼氏いたんですね⁉︎」
『言わなくてもいい事を…』
「なんでよ、いいじゃん!バンバン周りに伝えてこうよ!牽制はしっかりしとかないと!」
『あーはいはい。千紗さんにお任せします。』
「へーあさひさんってばこういう人がタイプなんですかぁ…」
ナナはジッと安室を見つめると半眼になった。少し不服そうなナナの様子に深月は首を傾げた。
『どうしたの?』
「意外と面食いですか?ちょっとイメージじゃないなぁって。」
『別に容姿を気にした事はないんだけど…』
「あ、やっぱり?そうですよね?だってあのそこそこイケメンのディレクターからの誘いに動じないんですから。」
『…ごめん。誰の事?』
「えー?やだ、あさひさん気付いてなかったんですか?杯戸スタジオのあの人明らかにあさひさん狙いですよ?ほら、前回の収録の時ちょっとした確認で呼ばれてたじゃないですか?あんなの電話確認でいいのに…その後ご飯にも誘われてたじゃないですか?」
『あー…いや、あれはみんな誘われてたでしょ?』
深月はナナに言われてその人物を思い出し、確かにそう言った類の好意をなんとなくは感じたなぁと思い出しながらも、食事の誘いは自分にだけではなかったはずだとナナに伝えた。ナナはそれを半眼で見るとハァとため息をつきながらカフェオレを飲んだ。
「わかってませんねぇあさひさん。みんなに声をかければ、あさひさんだって警戒しないでしょー?あれはなんだかんだで他の人にはやっぱり中止になったとか言ってあさひさんと2人きりになろうって魂胆ですよ。ベタですよ。ベッタベタ。気持ち悪ーい。」
『ナナちゃん、あんまりそういう事人前で言わない様にね。』
「はーい。気をつけまーす♪」
深月がアイドルであるナナのイメージを気にして注意すればナナはニコッと笑ってそれを受け入れた。
「あさひさんってばやっぱ詞の通り可愛い人ですよねぇ。変なのに騙されない様に私が見ててあげますね。」
『可愛いアイドルにそんな事を言われたくないんだけど…』
「えー?私達って結構したたかですよ。本気で純情じゃいろんな意味で食べられちゃいますから。」
『…まぁ、そうか。』
いろいろと駆け引きの多い芸能界の様子を深月はぼんやりと思い出して、自分は作詞家程度でちょうどいいなと考えていた。
「でも、あさひさんは歌手デビューとかしないんですか?」
『は?なんで?』
「だって弾き語りめっちゃ上手いじゃないですか?」
『ちょっと待って。なんで知って…』
「んー…結構前に高橋ディレクターに言われてやってたのを実は見ちゃったんですよ。私、前々からあさひさんの詞って好きでしたけど、あの時からめっちゃファンになっちゃったんです。詞からは想像出来ないギターを弾くかっこいい感じのギャップが最高です。私もちょっとギター弾けるんであさひさんみたく弾きたいなぁって憧れちゃいます!」
『ナナちゃん妙に懐いてくれてるなって思ってたけどそういう事…』
「はい!もう私、大好きですよ、あさひさん。歌手デビューするなら全力で応援します!宣伝は任せてください。私の尊敬する作詞家さんが今度歌手デビューします。みんなぜひ聴いてね!ってツーショかハニハニメンバーと写真でも撮ってSNS使って大々的にいきましょう!メンバーもあさひさんの事結構好きですから問題ないと思いますよ?あ、でももちろんファン1号の称号は私にくださいね?」
「えぇ⁉︎すごっ!ハニハニに推されるとかやばい!どうすんの⁉︎深月⁉︎」
『んーそうねぇ…考えとくね。』
「ぜひ前向きに!心が決まったらいつでも声かけてください!」
ナナにギュッと手を握られると深月は、ありがとう。と礼を言った。
ーそっか…こっちの道はあまり考えてなかったけど、先生とか警察官以外にも作詞家を本業にしちゃうってのもあるんだなぁ。
深月は自分の将来の選択肢がまた見えてきてカップの中で揺れるカフェオレを見つめた。
3人で暫くお茶を楽しめばナナは仕事のために席を立った。
「もうこんな時間かぁ。残念。千紗さん、また機会があったら一緒してくださいね?」
「もちろん!大歓迎!」
「あさひさんはまた仕事で会いましょ!あ、歌手の件、本気で考えてくださいよ。私、この前のあさひさんが入れてくれた仮歌、そのままCDに収録しちゃえばいいのにって思っちゃうくらいには本気ですからね?」
『わかった。ちゃんと考えるから。』
キャスケットを被ってサングラスをかけたナナが手を振ってポアロを出て行くと千紗はうっとりと満足そうにため息をついた。
「ハァ…ナナちゃん可愛かったぁ…」
『まぁ可愛いよね。』
「深月はナナちゃんにすっごい好かれてたね。え?本当にカップルじゃないの?」
『うん。そっちの趣味はないよ。というか私は浮気をしそうって思われてるのね。』
「んー…というか深月はさ、わりと流されやすいから。押しに弱いって言うか。気付いたらそんな関係になってた!とかありそう。」
『は?』
千紗の言葉に深月はひどく冷たい声音を出した。千紗はそれを聞くとやばいと感じたのか慌てて訂正した。
「いや、まぁでもさすがにないかぁ!ごめんごめん。」
『ふーん…なるほどね。そういうね。』
ー零さんに軽薄に思われてんのもこういう事か。他人に流されてりゃ確かに軽いか…そんなに私は自分がないかな…
深月が黙ってしまうと千紗は珍しく慌てた。なんだかんだといつも深月がため息交じりに笑って許してくれる流れなのにぼんやりと思案中の深月の気を引こうと千紗は手を叩いた。
「そ、そうだ!深月!映画観たいって言ってたよね?行こう!」
『は?いやちょっと気になるだけで別に観たいとは…』
「私バイト先で臨時報酬もらったから奢るよ!ほら行こう、行こう!」
『え、あ、うん?』
深月はなぜそんなに千紗が慌てているのかわからず首を傾げた。深月自身はもうすでに千紗に対して怒りはなかったので当然機嫌を取る様な千紗の態度の意味がわからなかった。
千紗はレジへと先に行き深月がトイレから戻ってくれば深月の分の会計まで済ませていた。
「じゃあ安室さんまた!」
『ちょっと千紗?何?どうしたの?』
「さぁ善は急げだ!」
深月は千紗に手を握られ引きずられる様にしてポアロを出ていきその様子を安室はおかしそうに笑って見送った。
千紗と共に杯戸ショッピングモールに行って映画と買い物をした帰り道、深月は想像していたよりも映画が面白かった事と気に入ったシャツが買えた事に気分が良かった。
この気分の良さで電車ですぐに家まで帰ってしまうのが惜しい気がして深月は堤無津川沿いの土手を歩いて家に向かっていた。
ー今日はなかなか充実した1日だったんじゃない?朝の3時に起きてるからさすがに少し眠くなってきたけど…
深月は眠気を誤魔化す様にグッと両腕を伸ばすと背後からアンッ!と吠えられて後ろを振り返るとリードのついたハロに飛びつかれた。
『ハロくん!』
深月がしゃがんで頭を撫でてあげればハロは嬉しそうに目を細めた。リードの先を持つ人物と目が合うと深月は立ち上がった。人通りが少ないとはいえ念のため深月はその人を安室と呼ぶ事にした。
『こんばんは、安室さん。』
「こんばんは、深月さん。こんなところでどうしたんです?」
『普通に帰り道ですけど?』
「…駅とは方向が違うと思いますけど、まさか歩いて帰る気なんですか?」
安室の声音が下がると深月はビクッと肩を揺らした。降谷であれば"もう暗いのに明かりの少ない土手沿いを歩いて帰るなんて何を考えてるんだ"とでも言われていただろうと深月は考えてからハロに視線を下げた。
『ハロくんはお散歩かなぁ?いいねぇ。じゃあ私は邪魔にならない内に帰ります。』
「まぁそう言わずに、ハロも深月さんがいた方が喜びますから付き合ってもらえませんか?」
ニコリと笑って誘われているはずなのに断る事は許されない雰囲気を感じて深月は大人しくそれを承諾した。
「映画はどうでした?」
『あ…思ってたより面白かったですよ。千紗が妙に気を遣うからちょっと気持ち悪かったですけど。』
「それは君が千紗さんを許してあげなかったからでは?」
『へ?』
「流されやすいって言われて君は怒ってそれきりだったように思いますが?」
『え…』
深月はその時の事を思い出し、あぁと納得した。
ーあの時はあのまま考え込んじゃったから…千紗に勘違いさせたのか。
「それに焦った千紗さんが君の機嫌を取ろうと映画に誘って勢いのまま君は映画を観に行った…といった感じでしたよ。」
深月は安室からそう聞くとはたと気付いた。結局自分はまた他人に流されて行動したという事だと。せっかく気分が良かったのにそう気付いてしまうと深月は気分が下がりため息をついた。それに気付いたハロが心配そうに見上げてくるので深月はハロを抱き上げギュッと抱きしめた。
『ハロくん、慰めてくれるんだね、ありがとう!』
「何か慰めてほしい事がありました?」
『いいです。とりあえずハロくんがいれば癒されるので。』
そう言って深月がハロの首元に顔をうずめると安室はハロを取り上げ地面に下ろした。
「ハロは散歩中ですから。慰めてほしいなら僕が慰めてあげますよ?」
『あー結構です。』
安室にニコリと笑いかけられると深月は半眼になってそれを断った。
ー私を軽薄だと思った人に慰められる事じゃないしな。ちゃんと自分の意思で行動しなきゃなぁ…
ぼんやりと街の明かりを眺めていればふいに手を握られて深月は安室を見上げた。
「また流されたって思って落ち込みました?」
『…えぇまぁ…でも私を軽薄だと思ってる人に慰めてもらう事は何もありませんから。』
「僕がいつ深月さんを軽薄だと?」
『違うんですか?散々人を落としておいてとか言ってませんでした?私としてはそんな軽薄な態度をとった覚えはなかったんですけど…まぁ他人に流されてばかりじゃ行動が軽いと思われても仕方ないですけど。』
深月はため息交じりに言うと握られた手を安室にグイッと引かれて土手を下り高架下に連れられるとギュッと抱きしめられた。
『あ、安室さん⁉︎』
「流されるってのは相手に合わせるって事だ。それは君の優しさで長所だよ。落ち込むところじゃないだろ?それに僕は君が軽薄だとは思ってないよ。むしろ君は考えて行動してる様に思う。確かに色恋に関しては鈍いなと思っているから軽い行動している様に思える時もあるけどね。勘違いさせたなら悪かったよ。」
『…そうやってすぐ甘やかす。』
「君に拗ねられると僕は弱いんだよ。」
そう言って降谷に戻ったその人は腕を緩めて深月にチュッとキスをした。深月は恥ずかしくなって視線を逸らせば律儀にお座りして待つハロと目が合って、もう一度キスをしようとしてくる降谷の口を手で押さえた。
「どうした?」
『ハロくん見てるから。』
「今さら…家じゃもっと…」
『ハロくんの散歩でしょ!待たせたら可哀想ですよ!』
「わかったよ。じゃあこの後うちに来てくれるか?」
降谷にコツンと額を合わせて見つめられると深月の心臓がドキンッと素直に高鳴った。
深月は赤らむ頬を自覚しながら半眼で降谷を見つめた。
『どうせその気だったくせに。』
「嫌か?」
『…行ってあげてもいいです。』
「うん。ぜひ。」
素直になれずに憎まれ口を叩く深月が可愛くて降谷はフッと笑うと深月の髪にキスをした。深月はそれがなんだかくすぐったくて降谷から顔を逸らすとハロを呼んだ。
『ハロくん!一緒にお散歩しよ!』
嬉しそうにハロが元気よく鳴くと降谷は深月に回していた腕を解き深月と共に土手を登り散歩の続きに戻った。
散歩を終えて降谷の家に帰るとハロは腹が空いたと鳴いてクルクルと降谷の足の周りを走った。
「わかった、わかった。今用意するから。」
『ハロくん、いい子に待ってないと。』
深月がおいでおいでと手招きすればハロは素直に深月に駆け寄った。深月はハロを抱き上げるとよしよしとその頭を撫でた。
『フフッいい子だね。』
「ハロ、おいで。」
降谷がハロのエサを用意して呼ぶとハロは深月の腕の中から飛び出した。降谷が待てをしてよしと言えばハロは勢いよく食べ始めた。深月はその前にしゃがむとその様子を見つめた。
『食べてる姿も可愛いなぁ。』
「君は本当にハロが好きだな。」
『フフッ大好きですよ。可愛いですもん。』
デレッという表現が適切だろうと言えるほどに深月の顔が緩んでいるのを見ると降谷はフーッとため息をついてそんな深月の頭を撫でた。深月はそんな降谷を不思議そうに見上げた。
「僕は君が大好きだよ、可愛いから…ではないけどな。」
『えと…つまり可愛くないと?』
「いいや、すごく可愛いよ。でもそれはたぶん僕が君を好きだからだ。」
降谷が微笑むと深月はカァッと頬を真っ赤に染め憎まれ口を叩いた。
『そ、それはつまり主観を抜くと可愛くはないって事ですね。』
「なんだ、他の男からも可愛いって思われたいのか?」
『なっ…そんなつもりじゃ…』
「大丈夫。君は他の男から見ても十分可愛いさ。だから僕は困ってるんだろ?どっかのディレクターもそのひとりの様だし?」
『っ!そ、それはなんとなく気付いてましたよ!誘いだってちゃんと断りましたからねっ!』
降谷の声のトーンがあっという間に下がると深月は降谷にあれこれ聞かれる前にと弁解した。
「ふーん。でもやっぱり君はその魅力を無自覚に振り撒いてるんだな。」
『そんな事言われても…』
深月が困った様に苦笑すると降谷は膝をついてギュッと深月を抱きしめた。
「本当…君を閉じ込めておきたいよ。ずっとこうして僕のものなんだって主張したい。」
『っ…何言ってるんですか、もう…』
深月はドキドキと速くなった鼓動の音が伝わってしまいそうで恥ずかしくて少し距離を取ろうと身を捩るがさらに強く抱きしめられてしまった。
「逃げるのか?」
『そうじゃ…』
「いけない子だな。僕をこれだけ夢中にさせておいて…」
『れ、零さ…んっ!』
降谷の腕が緩むとすぐに深月はキスをされた。何度か軽いキスをし、それが深くなると絡む舌の甘さと熱に体が震えて深月は降谷の袖を掴んだ。
『ハァ…んぅっ…』
「本当…可愛い。」
『あっ…ダメ…んっ…』
降谷の手が体を撫でると深月はその手を掴むがむしろ掴んだ手の指に指を絡まれそのまま押さえられた。反対の手で胸を優しく揉まれると深月の口の端から甘い声が漏れた。
『やっ…ぁんっ…零さん、待って!』
「ん?君もお腹が空いた?」
『それもそうですけど…私、今日は眠いです。』
「どうして?」
『同じ様に3時に起きたのになんで貴方は眠くないんですか?おかしいですよ!』
「まぁ君とは体力が違うし…君はあの後寝なかったのか?」
降谷が疑問を口にすると深月は少し言いづらそうに話した。
『えぇまぁ…あの後、埠頭に向かったので。』
「は?どうやって?」
『歩いて。』
「あるっ…君なぁ…日も昇ってないあんな時間にひとりで…しかもかなり距離あっただろ?何かあったらどうするんだ⁉︎」
『やめてください。父にもちゃんと叱られましたから。』
「…埠頭で会ったのか。」
『えぇたまたまなんですけどね。仕事帰りに寄ったらしいのであんな時間に付き合わされたSPがちょっと不憫でした。』
「まぁそれは仕方ないな。要人警護ってのはそういうもんだ。何を話したんだ?」
降谷に問われ深月は、んーと少し悩むと人差し指を口先に当てて微笑んだ。
『秘密です。』
「そう言われると気になるな。」
『では父に聞いてみては?』
「どれだけハードルを高くするんだ。」
『フフッそうですねぇ…大事な話をしましたよ。父と思いがけず朝焼け見ながらゆっくり話が出来て良かったです。』
深月の眼差しがあまりにも優しくなるので降谷はそれ以上追求する気にもなれずその髪を撫でた。
「良かったな。」
『えぇ。あ、でも零さんと朝焼けは見に行きたいですからね?』
「うん。暫く天気があまりよくないみたいだからまた今度になるけどな。」
降谷は深月の髪にチュッとキスをすると寝不足気味の可愛い恋人のために夕飯を支度して早めに寝かせてあげようと考えた。
つづく
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