桜舞う頃〜その先〜
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深月は大学の図書館で沖矢に食事の誘いを受けた時のことを思い出し首を傾げた。
『でもだから余計に違法捜査をしているFBI捜査官が私に声をかける理由がわからないんですよね。』
「…なぜ違法捜査だと?」
『え?違うんですか?』
降谷の問いに深月は不思議そうに背後から抱きしめてくる降谷を仰いだ。そんな様なヒントを出したのは他でもない降谷だと言うのに。
『滞在理由を知らないと…だから捜査協力依頼が出てなくて零さん、昴さんに怒っているのかと…?』
「あぁ…まぁそんなところだな。」
降谷の含みのある言い方に深月は半眼で降谷を睨んだ。
『なんか違う理由がありますね?』
「いや君が言ってる事も間違ってない。この日本で正式な手続きも踏まずに好き勝手をするヤツが気に食わないのは確かだよ。」
『ふーん…』
ーやっぱり深くは聞かれたくないって事か。あまり考えない様にしなきゃな…
深月は青い瞳から目を逸らすと手元の本を見つめた。しかしそこに並ぶ文字がただの羅列にしか見えず脳裏にはこれを渡してきた沖矢昴の姿がチラついた。
ーこの本、参考資料に使えないな…全然頭に入らない…
深月はだんだんと腹が立ってきた。確かに違法捜査をするFBI捜査官と関わり合いになるのは面倒だしそれを避けた方がいいのはわかる。けれど潜入捜査中の公安と関わり合いになる事を避けたかったのにそうさせなかった人に言われるのはどこか癪だった。危険に巻き込まれる可能性はどちらもある。それに進んで一般人を巻き込みたいとはFBIだって思っていないだろう。深月はただレポートの資料集めがしたくて本を読みたいだけなのに、こうも関係ない事で思案させられ邪魔される事に降谷にも沖矢にも腹が立った。バンッと乱暴に本を閉じると深月はそれをいまだに回した腕を解いていない降谷の胸に押し付けて少し距離をとった。
『…貴方達、鬱陶しいです。おかげで本に集中出来なくてイライラします。ちょっと要点まとめてもらえませんか。』
「一括りにしないでくれ。」
『問題なのはそこですか?』
まとめて呼ばれた事に対して心底嫌そうな顔をする降谷に深月は少し呆れてしまった。
「当たり前だろ。あんなヤツと一緒にするな。」
『…零さんって昴さんの事怒ってるんじゃなくて嫌いですよね?』
「……」
降谷が黙ると深月は、あぁ図星だ。これ。と理解し小さくため息をついた。
『よくわかりませんけど、私怨で私の交友関係をどうこう言うのはやめてくださいね。』
「関わらない方がいいのが君のためなのは本当だ。」
『えぇ、まぁ確かにFBIとなんて関わりたくありませんよ。でも同じく関わらない方がいい潜入調査中の公安に言われるのはなんかなぁ。』
深月が嫌味たっぷりにそう告げれば降谷はピクリと眉を動かし黙った。深月は、さぁなんとでも言ってこい。とジッと降谷の青い瞳を見つめた。
「つまり、君は僕とは関わりたくないと?」
『そこまでは言ってません。貴方にどうこう言われる筋合いはないって言ってるんです。』
「沖矢昴と親密になりたいのか?」
『悪い人ではないのでお友達くらいには。』
「それで向こうがお友達以上に仲良くなりたいって言ったらどうするんだ。」
『そんなのあるわけ…』
深月が呆れた様に言えば降谷に腕を引かれて深月はベッドに押し倒された。突然の事で深月は驚き見下ろしてくる青い瞳をまじまじと見つめた。
「君は友達くらいだと思っていた男3人からここ最近異性としての好意を告げられているってわかってるか?」
『あー…そういえばそうですね。』
降谷に言われて深月は同級生の遠藤と幼馴染の一条、それから小学生ではあるがギターを教えた晴翔を頭に思い浮かべた。確かに深月はその好意に言われるまでほぼ気付いていなかった。
「君は自分がそういう事に疎いって自覚を持て。散々人を落としておいてそんな気はなかったじゃ困るんだよ。」
『なっ…別に私はそんな軽薄じゃ…』
「とにかく、沖矢昴がそうならないとも限らないだろ。わかったらもう関わるな。」
降谷が語尾を強めて鋭く睨むと深月はグッと言葉につまった。
ー確かに3人の気持ちには気付きませんでしたよ。だけども!そんなホイホイ誰も彼もが私を好きになるわけないでしょ!それにこの人結局私の事軽薄だって思ってるな!そんなに私の態度は軽いですか。あぁそうですか!
『そんなに私の行動を制限したいならもっと明確に理由を述べていただけませんか?私が我慢をさせられるのであればそれに見合うだけの理由を述べて然るべきでしょう?』
「深月のためだ。君を想う恋人の言葉を君は聞けないのか?」
『っ…私は貴方の庇護下にあるわけでもなんでもないんです。結局は赤の他人なんですよ⁉︎』
"深月のためだ"という免罪符は両親から散々聞かされた言葉だったために深月はとても素直に頷けなかった。結果、憎まれ口となったそれを深月が叫ぶ様に言うと降谷はその口を塞ぐ様にキスをした。突然のキスに深月は目を見開き、荒々しくされるキスに戸惑い降谷の胸を押した。
『零さ…んっ!』
なんとか降谷の名前を呼ぶがすぐに再び口を塞がれて深月は不安と戸惑いの混じる甘い痺れに体が反応して熱くなった。
『ハァッ…やっ…んっ!』
降谷の手がキスをしながら深月の体のラインを確かめる様に撫でると深月はビクッと体を揺らした。
ーあ、ダメ…これは本当にダメ…
深月は降谷のキスと触れてくるその手に確実に体が熱くなるのに、それとは逆に心は冷えていく様だった。生理的なそれとは違う涙が溢れ、深月は降谷の胸を必死に叩いた。降谷が唇を離せば深月は荒い息が整うのも待たずに言った。
『や、だ…そんな…こんなの…違うっ…なんで…誤魔化すなら他の方法があるでしょ?そんな事のためにしないでっ!』
「深月…」
『いやっ!』
深月は頬に触れようとした降谷の手を払うと悲しくて溢れる涙を見られたくなくて顔を両手で覆った。
『そんな風にされるくらいなら、知らなくていいってはっきり言われた方がましです!私は……零さんの事、好きです。だからこんな風にしないで…キスとかを私をただ黙らせるための手段にしないで…』
深月が絞り出す様に肩を震わせてそう伝えれば、降谷はギュッと深月を抱きしめた。
「ごめん。ごめん、深月。君に言われた事につい頭がカッとなってその口を塞ぎたくなった。それでそのまま誤魔化そうとした。本当に僕が悪かった。ごめん。」
降谷は自分の行動にひどく後悔していた。深月を初めて抱いたあの日、大切な人から知らなくていいと言われる事について深月が傷ついてきた事を降谷は知った。だからそれ以来深月にその言葉を使わない様にと気を付けていた。なのに今日、降谷は深月に知らなくていいと言われる方がましだとそんな事を言わせてしまった。その言葉以上に行動で彼女を傷つけてしまった。そんな自分に降谷はひどく憤り後悔し情けなくなり、どんなに謝っても足りない気がした。
「ごめん。深月、ごめん。本当にごめん。」
『…もういいですよ。』
「いや、でも僕は君をひどく傷つけた…本当に最低な事をした。ごめん。」
『零さん』
深月が名を呼べば降谷は黙った。今の抱きしめられた状態では互いの顔が見えず深月は顔が見たいと降谷に告げた。降谷がゆっくりと腕の力を抜いて顔を合わせれば深月は後悔と不安で揺れる青い瞳を見つめながら降谷の頬を撫でた。
『零さん、そんな不安そうな顔しないでください。』
「情けないな…僕は君を傷つけておきながら君にどうしたら許してもらえるのかと…どうしたら君に嫌われないだろうかと自分の事ばかりだよ。」
『こんな事で嫌いになりませんよ。逆に好きだからあんな風にしてほしくなかっただけです。私だっていつも自分本位ですよ。今回だって私のためって言ってくれてるのに気になるからって理由を探ったのは完全に自分のためです。考えない様にしなきゃとは思ってても考えてしまうから…煩わしくなってしまって…ごめんなさい。ごねたら教えてもらえるかなって…貴方に甘えてしまったんです。でも、もうこの件は聞きません。私のためだと言う貴方をちゃんと信じます。昴さんとも出来るだけ距離をとりますね。』
深月がそう言って微笑むと降谷は少し考え深月をベッドから起こすと伝えた。
「今はまだ言えない。けど…全部終わって片付いたら、言うよ。絶対に。」
先ほどまで不安で揺れていたはずの青い瞳に迷いが消えまっすぐに見つめられると深月はドキンッと心臓が高鳴った。
『わかりました。』
「ただ…正直君には酷な話になるぞ。」
『はい。大丈夫です。』
深月が迷いなく頷くので降谷は苦笑した。どんな内容なのか何もわからないのに二つ返事で深月は答えているのだから。
「きっと君が想像しているより酷だと思うよ?」
『でも零さんがそばにいてくれるでしょ?どんなに辛い話でも貴方がそばにいてくれるなら私は大丈夫です。』
深月がそんな事を言って笑うので降谷は深月が愛おしくて堪らなくなった。ギュッと深月を強く抱きしめ、それから深月と見つめ合い頬に触れてキスをしようと顔を近付けようとしたところで降谷は動きを止めた。
『零さん?』
「……」
ー僕はこのまま彼女にキスしていいのか?本当に先ほどの事を許してもらえたんだろうか…?
降谷が止まって黙ってしまったので深月は首を傾げた。降谷は深月の頬から手を離すと深月を見つめて尋ねた。
「僕は今、君にキスをする資格があるか?」
まっすぐに真剣なその瞳で見つめられると深月は目を見開いた。深月はその瞳から視線を下げて少し考えるともう一度その瞳を見つめた。
『私の事を好きだと思ってしてくれるなら…いくらでもどうぞ。』
「それは当然そうだが…」
『なら迷わないでください。私は零さんの事、好きですから。』
深月が少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言うと降谷はそっと深月にキスをした。チュッと触れるだけのキスをして離れると潤む深月の瞳を降谷は見つめた。
「深月、好きだよ。」
『はい。』
「大好きだ…愛してる。」
深月は一瞬目を見開くがすぐにはにかみながら笑って降谷の頬に触れるとチュッとキスをした。
『はい。私も…その…愛してます。』
最後には消え入りそうだったが深月が確かにそう言うと降谷の心臓は高鳴り、ドキドキと速くなった鼓動が降谷はどこか心地良かった。初めて降谷に伝えたその言葉に緊張しているのか、降谷の頬に触れる深月の指がわずかに震えていた。降谷は安心させる様にその手に手を重ねると深月にもう一度キスをした。ゆっくりと何度も触れたり離れたりを繰り返せば深月の瞳に熱が宿り深月はギュッと降谷の胸元を掴んだ。
『零さん…』
「深月、可愛い。」
降谷がそう言って髪を撫でながら深く口付ければ深月の口から甘い声が漏れた。ゆっくりじっくりと愛を確認する様に舌が絡むと深月の体の奥がジンと熱くなった。先ほどベッドに押し倒されてしたキスでは感じられなかった甘さと熱に深月は体が震え瞳からは涙が溢れ、その気持ち良さに溶けてしまいそうな感覚になった。
『ハァッ…零さん…』
「…そんなに可愛い顔されると止まらないぞ。」
頬を赤く染めて惚けた顔で見つめてくる深月の誘惑に負けそうで降谷は少しでも誤魔化そうと深月の頬をムニっと軽くつねった。
『止めるつもりがあったんですね。』
「ちゃんと寝かせてほしいって言ったのは誰だ?」
『だって零さんそんな気なさそうだったから。』
「さすがに今さっき傷付けた恋人の要望を無視して自分の欲に忠実にはなれないよ。」
降谷がそう言って苦笑すると深月は、んーと考えた。
『つまりお詫びって事ですか?』
「こんな事がお詫びになるのか?」
『なりませんね。』
「だろ?だからお詫びはまた別にするよ。何かあるか?」
『そうですね…お詫びだって言うならちゃんと最後まで抱いてくれませんか。』
「え…」
降谷が心底驚いた様な顔をするので深月は拗ねた様にふいっと顔を降谷から逸らした。
『だって…さっきのすごく嫌だったんです。体は熱くなるのに心の中は冷めていって…私の心だけ置いていかれている様で寂しくて…そんな記憶のままでいたくはないから出来ればちゃんと愛されたい……とか思いましたけど、やっぱりなし!明日朝早いし!忘れてください!お詫びは別の事考えます!』
自分の思っていた事を口にしてみると急に恥ずかしくなって深月は顔を真っ赤にすると慌ててそれを取り消した。けれど口から出てしまった言葉は当然降谷の耳に届いているため取り消す事など出来なかった。
「そうか…わかった。お詫びは別の事を考えてくれていい。でも…」
降谷はそう言うと深月をゆっくりとベッドに押し倒した。
「今夜は君をめいっぱい愛した方がいいみたいだな。」
『え…』
深月は降谷の言葉に目を見開いた。降谷が深月の首元に顔をうずめてそこを舐めると深月はビクッと肩を揺らし慌てた。
『待って…零さ…あっ…』
「大丈夫。そんな記憶、ちゃんと塗り替えるくらい愛してあげるから。」
『んっ…あっ…待って!』
降谷の手が胸をふにゅっと揉むと深月は口から甘い声が出るが慌ててその手を掴んだ。深月の必死な制止の声を聞くと降谷は一度動きを止めて尋ねた。
「ん、どうした?」
『あの…ご飯まだですし、お風呂も入ってませんし…そもそもめいっぱいは困ります。明日海は行きたいです。』
「わかった。ご飯は後で僕が君の好きな物を作るよ。お風呂はどうせ汗をかくんだから後でいい。明日海に行ける程度には加減するよ。」
降谷がニコリと笑ってそう言うと深月は口ごもった。降谷は深月の耳元に唇を寄せると甘く囁いた。
「本当は、めいっぱい…それこそ日が昇るまで愛したいけどな。」
『っ…バカ言わないでください!』
深月はカァッと頬を赤く染めると恥ずかしそうに顔を逸らした。降谷はその頬に優しく触れると自分の方へ向かせてチュッとキスをした。
「深月、好きだよ。」
そう言った降谷の瞳があまりにも優しくて深月は鼓動が速くなり瞳に涙が滲んだ。触れただけのその唇の熱と甘さが深月には心地良くてもっと触れて欲しいという欲が出た。
『零さん…もっと、して…』
「…やっぱり君は予想外に煽ってくるな。」
恍惚として熱く揺れるその瞳で見つめられると降谷は欲望に任せて乱暴にしてしまいそうになる気持ちを抑えて深月の体に優しく触れて、ゆっくりと唇を重ねた。
約束通り降谷が深月の要望した肉じゃがを作りそれを2人で食べていると降谷のスマートフォンが鳴った。相手は閻魔大王ラーメンが看板メニューのラーメン屋の店主小倉からのようだった。
ー小倉さんって花見の時のおじさんだよね。特別上手いわけでも下手なわけでもない歌声だったな…
深月がそんな事をうっすらと思い出しているとどうやら電話内容は草野球の誘いの様で降谷は、じゃあまた飛田も誘いますよ。えぇそれでは。と言って電話を切った。
『小倉さん草野球やってるんですね。』
「あぁ一度助っ人として参加してから何かと呼ばれるようになってね。今回は人数が足りないらしいからまた風見にも声をかけないとな。」
『…仕事なんだか私事なんだか曖昧なラインですね。』
「これも仕事の一環さ。潜入先になじむためにはいろいろと必要なんだよ。」
『円滑な情報取得のためってやつですね……それ、私も観に行っていいですか?』
「問題ないが…どうして?」
草野球に興味があるようにはとても思えず降谷が眉をひそめれば深月はニコッと笑った。
『私も仕事です。』
「作詞活動か。」
『"円滑な情報取得"を私もしようかと。ついでに応援しますね。』
「ついでなのか。」
『そりゃ仕事優先ですよ。』
当然だと言いたげな深月に降谷は苦笑した。
「…なるほど。仕事を優先されるってのはこういう気分か。」
『え?別に大した事じゃないでしょ?』
「君のメンタルはかなり鍛えられてるな。」
『いや、なんで?応援するって言ってるのに…どこに不満が?』
深月は不機嫌そうにする降谷が理解出来なくて首を傾げた。
「ついでと言われるのは嫌だ。」
『……』
ー出たな、子供っぽい降谷。
拗ねた様な表情でこちらをジッと見つめてくる降谷に深月はなんだか胸がむず痒くなる様でギュッと手を握りしめた。
『わかりましたよ。ちゃんと応援しに行きますから。』
「それなら良かった。」
そう言って降谷がホッとした様に笑うと深月は胸がキュンと締め付けられた。
ーなんだ、この可愛い人!わざとか!
可愛いなんて言ったら怒られるのはわかっているので深月は口には出さなかった。普段からは想像もつかない様な降谷を見れた事に深月は嬉しくなってフッと笑みが零れた。
ー零さんが喜んでくれるならちゃんと応援してあげようかな。こんな可愛い姿も見れた事だし。
「なんだか嬉しそうだな?」
『そうですか?楽しみだなって思ってますよ?』
少し不思議そうにしていたがあまり変には思わなかったのか降谷はそれ以上は追求してこなかった。
食事を終えて料理をしてもらった変わりにと深月は食器類を洗った。それを終えて和室を覗けば降谷はベッドを背もたれに書類を読んでいて深月はリビングに戻ろうとするが降谷に名前を呼ばれて止まった。
「おいで。」
降谷がそう言って手招きするので深月はなんだろうと不思議に思いながらも降谷に近付けば腕を掴まれそのまま降谷の胸元に飛び込む様なかたちで引き寄せられた。
『れ、零さん?あの…仕事中では?』
「うん。でも書類を読んでるだけだから。」
そう言って背中に腕を回されギュッと抱きしめられると深月はドキンと胸が高鳴った。
深月は速くなった自分の鼓動を感じながら暫くそうやって抱きしめられていたが降谷の読む書類がなんとなく気になり、そっと視線をそちらに向けたが少し頭が動いたのがわかったようで降谷の手に目隠しされた。
「こら。」
『少しくらいいいじゃないですか。』
「ダメ。君には見せられないよ。」
降谷に耳元で甘く囁かれると深月は突然の甘いそれに驚きビクッと肩を揺らした。目隠ししていた降谷の手が目元から離れ深月の髪を撫でると深月は心地良くなるが視界に書類が入らない様に頭を固定されているのだと気付きムゥと頬を膨らませた。
ーちょっと見えたからって別に何もわからないのに…というか零さんはこんな状態で書類の内容頭に入るんだ…こっちはドキドキしてるのに…
深月はその腕に閉じ込められているだけでドキドキと鼓動が速くなっているのに降谷は平然と仕事に集中しているのかと思うとなんだか癪で邪魔をしてみたくなった。深月は少し視線を上げれば見えるその首筋にグッと顔を近付けてキスをした。突然の事に降谷の体は強張り降谷は深月を半眼になって見下ろした。
「深月…誘ってるのか?」
『違います…けど、なんか癪なので邪魔してるだけです。』
「書類を見せてもらえないのがそんなに癪か?」
降谷が眉をひそめて聞いてくるので深月は頬を赤らめながら視線を逸らした。
『だって…私は抱きしめられて零さんの事考えてドキドキしてるのに、零さんは仕事の事考えてるんだもん。』
言い終わる頃にはすっかり拗ねてふいっと顔まで逸らしてしまった深月を見ると降谷は堪らなくなって読んでいた書類を畳に放って深月をギュッと両腕で抱きしめた。
「本当に君は可愛いな。」
『可愛くありませんよ。仕事の邪魔されたんですから怒るとこでしょ?』
「別にいいよ。君が寝てる間に頭に入れるから。それよりもう君が可愛すぎて仕事の事なんて頭に入らないよ。」
『な、何言って…』
「でもそうして欲しかったんだろ?君の作戦勝ちだな。」
降谷はそう言うと腕を緩めてチュッと深月にキスをした。
「君の事でもっと頭をいっぱいにするよ。」
『え…んっ!』
深月が目を丸くしていれば降谷にその口を塞がれた。何度も甘く重なる唇に深月は体がジンと熱くなった。降谷の舌が口内に入ると深月は慌てて降谷の胸を押した。
『んっ…ダメ…』
「どうして?」
『…欲しくなっちゃうから。』
「……」
恥ずかしそうに素直にそう告げれば深月はグッと降谷に抱き上げられてベッドに押し倒された。目を丸くして見つめれば降谷がハァとため息をついた。
「そんな事言われると抱きたくなる。」
『ダ、ダメですったら!』
「1回くらいいいんじゃないか?」
『さっきしたじゃないですかっ!』
「でも欲しくなるって言ったのは君だろ?」
『っ…とにかくダメ…んっ!』
深月は降谷の胸を押すが降谷に体重をかけられてそのままキスをされた。甘く熱く舌が絡めば深月の瞳に熱が帯びた。それを見て降谷は唇を離すとニヤリと笑った。
「欲しくなった?」
『意地悪っ!』
「ごめん。可愛くて…もうやめとこうか。本当に我慢出来なくなるから。」
『もう!なんでそう千紗も貴方もギリギリを攻めるんですか!』
「そりゃ…性分だろうな。」
降谷がクスリと笑うと深月は呆れ気味にため息をついた。
つづく
『でもだから余計に違法捜査をしているFBI捜査官が私に声をかける理由がわからないんですよね。』
「…なぜ違法捜査だと?」
『え?違うんですか?』
降谷の問いに深月は不思議そうに背後から抱きしめてくる降谷を仰いだ。そんな様なヒントを出したのは他でもない降谷だと言うのに。
『滞在理由を知らないと…だから捜査協力依頼が出てなくて零さん、昴さんに怒っているのかと…?』
「あぁ…まぁそんなところだな。」
降谷の含みのある言い方に深月は半眼で降谷を睨んだ。
『なんか違う理由がありますね?』
「いや君が言ってる事も間違ってない。この日本で正式な手続きも踏まずに好き勝手をするヤツが気に食わないのは確かだよ。」
『ふーん…』
ーやっぱり深くは聞かれたくないって事か。あまり考えない様にしなきゃな…
深月は青い瞳から目を逸らすと手元の本を見つめた。しかしそこに並ぶ文字がただの羅列にしか見えず脳裏にはこれを渡してきた沖矢昴の姿がチラついた。
ーこの本、参考資料に使えないな…全然頭に入らない…
深月はだんだんと腹が立ってきた。確かに違法捜査をするFBI捜査官と関わり合いになるのは面倒だしそれを避けた方がいいのはわかる。けれど潜入捜査中の公安と関わり合いになる事を避けたかったのにそうさせなかった人に言われるのはどこか癪だった。危険に巻き込まれる可能性はどちらもある。それに進んで一般人を巻き込みたいとはFBIだって思っていないだろう。深月はただレポートの資料集めがしたくて本を読みたいだけなのに、こうも関係ない事で思案させられ邪魔される事に降谷にも沖矢にも腹が立った。バンッと乱暴に本を閉じると深月はそれをいまだに回した腕を解いていない降谷の胸に押し付けて少し距離をとった。
『…貴方達、鬱陶しいです。おかげで本に集中出来なくてイライラします。ちょっと要点まとめてもらえませんか。』
「一括りにしないでくれ。」
『問題なのはそこですか?』
まとめて呼ばれた事に対して心底嫌そうな顔をする降谷に深月は少し呆れてしまった。
「当たり前だろ。あんなヤツと一緒にするな。」
『…零さんって昴さんの事怒ってるんじゃなくて嫌いですよね?』
「……」
降谷が黙ると深月は、あぁ図星だ。これ。と理解し小さくため息をついた。
『よくわかりませんけど、私怨で私の交友関係をどうこう言うのはやめてくださいね。』
「関わらない方がいいのが君のためなのは本当だ。」
『えぇ、まぁ確かにFBIとなんて関わりたくありませんよ。でも同じく関わらない方がいい潜入調査中の公安に言われるのはなんかなぁ。』
深月が嫌味たっぷりにそう告げれば降谷はピクリと眉を動かし黙った。深月は、さぁなんとでも言ってこい。とジッと降谷の青い瞳を見つめた。
「つまり、君は僕とは関わりたくないと?」
『そこまでは言ってません。貴方にどうこう言われる筋合いはないって言ってるんです。』
「沖矢昴と親密になりたいのか?」
『悪い人ではないのでお友達くらいには。』
「それで向こうがお友達以上に仲良くなりたいって言ったらどうするんだ。」
『そんなのあるわけ…』
深月が呆れた様に言えば降谷に腕を引かれて深月はベッドに押し倒された。突然の事で深月は驚き見下ろしてくる青い瞳をまじまじと見つめた。
「君は友達くらいだと思っていた男3人からここ最近異性としての好意を告げられているってわかってるか?」
『あー…そういえばそうですね。』
降谷に言われて深月は同級生の遠藤と幼馴染の一条、それから小学生ではあるがギターを教えた晴翔を頭に思い浮かべた。確かに深月はその好意に言われるまでほぼ気付いていなかった。
「君は自分がそういう事に疎いって自覚を持て。散々人を落としておいてそんな気はなかったじゃ困るんだよ。」
『なっ…別に私はそんな軽薄じゃ…』
「とにかく、沖矢昴がそうならないとも限らないだろ。わかったらもう関わるな。」
降谷が語尾を強めて鋭く睨むと深月はグッと言葉につまった。
ー確かに3人の気持ちには気付きませんでしたよ。だけども!そんなホイホイ誰も彼もが私を好きになるわけないでしょ!それにこの人結局私の事軽薄だって思ってるな!そんなに私の態度は軽いですか。あぁそうですか!
『そんなに私の行動を制限したいならもっと明確に理由を述べていただけませんか?私が我慢をさせられるのであればそれに見合うだけの理由を述べて然るべきでしょう?』
「深月のためだ。君を想う恋人の言葉を君は聞けないのか?」
『っ…私は貴方の庇護下にあるわけでもなんでもないんです。結局は赤の他人なんですよ⁉︎』
"深月のためだ"という免罪符は両親から散々聞かされた言葉だったために深月はとても素直に頷けなかった。結果、憎まれ口となったそれを深月が叫ぶ様に言うと降谷はその口を塞ぐ様にキスをした。突然のキスに深月は目を見開き、荒々しくされるキスに戸惑い降谷の胸を押した。
『零さ…んっ!』
なんとか降谷の名前を呼ぶがすぐに再び口を塞がれて深月は不安と戸惑いの混じる甘い痺れに体が反応して熱くなった。
『ハァッ…やっ…んっ!』
降谷の手がキスをしながら深月の体のラインを確かめる様に撫でると深月はビクッと体を揺らした。
ーあ、ダメ…これは本当にダメ…
深月は降谷のキスと触れてくるその手に確実に体が熱くなるのに、それとは逆に心は冷えていく様だった。生理的なそれとは違う涙が溢れ、深月は降谷の胸を必死に叩いた。降谷が唇を離せば深月は荒い息が整うのも待たずに言った。
『や、だ…そんな…こんなの…違うっ…なんで…誤魔化すなら他の方法があるでしょ?そんな事のためにしないでっ!』
「深月…」
『いやっ!』
深月は頬に触れようとした降谷の手を払うと悲しくて溢れる涙を見られたくなくて顔を両手で覆った。
『そんな風にされるくらいなら、知らなくていいってはっきり言われた方がましです!私は……零さんの事、好きです。だからこんな風にしないで…キスとかを私をただ黙らせるための手段にしないで…』
深月が絞り出す様に肩を震わせてそう伝えれば、降谷はギュッと深月を抱きしめた。
「ごめん。ごめん、深月。君に言われた事につい頭がカッとなってその口を塞ぎたくなった。それでそのまま誤魔化そうとした。本当に僕が悪かった。ごめん。」
降谷は自分の行動にひどく後悔していた。深月を初めて抱いたあの日、大切な人から知らなくていいと言われる事について深月が傷ついてきた事を降谷は知った。だからそれ以来深月にその言葉を使わない様にと気を付けていた。なのに今日、降谷は深月に知らなくていいと言われる方がましだとそんな事を言わせてしまった。その言葉以上に行動で彼女を傷つけてしまった。そんな自分に降谷はひどく憤り後悔し情けなくなり、どんなに謝っても足りない気がした。
「ごめん。深月、ごめん。本当にごめん。」
『…もういいですよ。』
「いや、でも僕は君をひどく傷つけた…本当に最低な事をした。ごめん。」
『零さん』
深月が名を呼べば降谷は黙った。今の抱きしめられた状態では互いの顔が見えず深月は顔が見たいと降谷に告げた。降谷がゆっくりと腕の力を抜いて顔を合わせれば深月は後悔と不安で揺れる青い瞳を見つめながら降谷の頬を撫でた。
『零さん、そんな不安そうな顔しないでください。』
「情けないな…僕は君を傷つけておきながら君にどうしたら許してもらえるのかと…どうしたら君に嫌われないだろうかと自分の事ばかりだよ。」
『こんな事で嫌いになりませんよ。逆に好きだからあんな風にしてほしくなかっただけです。私だっていつも自分本位ですよ。今回だって私のためって言ってくれてるのに気になるからって理由を探ったのは完全に自分のためです。考えない様にしなきゃとは思ってても考えてしまうから…煩わしくなってしまって…ごめんなさい。ごねたら教えてもらえるかなって…貴方に甘えてしまったんです。でも、もうこの件は聞きません。私のためだと言う貴方をちゃんと信じます。昴さんとも出来るだけ距離をとりますね。』
深月がそう言って微笑むと降谷は少し考え深月をベッドから起こすと伝えた。
「今はまだ言えない。けど…全部終わって片付いたら、言うよ。絶対に。」
先ほどまで不安で揺れていたはずの青い瞳に迷いが消えまっすぐに見つめられると深月はドキンッと心臓が高鳴った。
『わかりました。』
「ただ…正直君には酷な話になるぞ。」
『はい。大丈夫です。』
深月が迷いなく頷くので降谷は苦笑した。どんな内容なのか何もわからないのに二つ返事で深月は答えているのだから。
「きっと君が想像しているより酷だと思うよ?」
『でも零さんがそばにいてくれるでしょ?どんなに辛い話でも貴方がそばにいてくれるなら私は大丈夫です。』
深月がそんな事を言って笑うので降谷は深月が愛おしくて堪らなくなった。ギュッと深月を強く抱きしめ、それから深月と見つめ合い頬に触れてキスをしようと顔を近付けようとしたところで降谷は動きを止めた。
『零さん?』
「……」
ー僕はこのまま彼女にキスしていいのか?本当に先ほどの事を許してもらえたんだろうか…?
降谷が止まって黙ってしまったので深月は首を傾げた。降谷は深月の頬から手を離すと深月を見つめて尋ねた。
「僕は今、君にキスをする資格があるか?」
まっすぐに真剣なその瞳で見つめられると深月は目を見開いた。深月はその瞳から視線を下げて少し考えるともう一度その瞳を見つめた。
『私の事を好きだと思ってしてくれるなら…いくらでもどうぞ。』
「それは当然そうだが…」
『なら迷わないでください。私は零さんの事、好きですから。』
深月が少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言うと降谷はそっと深月にキスをした。チュッと触れるだけのキスをして離れると潤む深月の瞳を降谷は見つめた。
「深月、好きだよ。」
『はい。』
「大好きだ…愛してる。」
深月は一瞬目を見開くがすぐにはにかみながら笑って降谷の頬に触れるとチュッとキスをした。
『はい。私も…その…愛してます。』
最後には消え入りそうだったが深月が確かにそう言うと降谷の心臓は高鳴り、ドキドキと速くなった鼓動が降谷はどこか心地良かった。初めて降谷に伝えたその言葉に緊張しているのか、降谷の頬に触れる深月の指がわずかに震えていた。降谷は安心させる様にその手に手を重ねると深月にもう一度キスをした。ゆっくりと何度も触れたり離れたりを繰り返せば深月の瞳に熱が宿り深月はギュッと降谷の胸元を掴んだ。
『零さん…』
「深月、可愛い。」
降谷がそう言って髪を撫でながら深く口付ければ深月の口から甘い声が漏れた。ゆっくりじっくりと愛を確認する様に舌が絡むと深月の体の奥がジンと熱くなった。先ほどベッドに押し倒されてしたキスでは感じられなかった甘さと熱に深月は体が震え瞳からは涙が溢れ、その気持ち良さに溶けてしまいそうな感覚になった。
『ハァッ…零さん…』
「…そんなに可愛い顔されると止まらないぞ。」
頬を赤く染めて惚けた顔で見つめてくる深月の誘惑に負けそうで降谷は少しでも誤魔化そうと深月の頬をムニっと軽くつねった。
『止めるつもりがあったんですね。』
「ちゃんと寝かせてほしいって言ったのは誰だ?」
『だって零さんそんな気なさそうだったから。』
「さすがに今さっき傷付けた恋人の要望を無視して自分の欲に忠実にはなれないよ。」
降谷がそう言って苦笑すると深月は、んーと考えた。
『つまりお詫びって事ですか?』
「こんな事がお詫びになるのか?」
『なりませんね。』
「だろ?だからお詫びはまた別にするよ。何かあるか?」
『そうですね…お詫びだって言うならちゃんと最後まで抱いてくれませんか。』
「え…」
降谷が心底驚いた様な顔をするので深月は拗ねた様にふいっと顔を降谷から逸らした。
『だって…さっきのすごく嫌だったんです。体は熱くなるのに心の中は冷めていって…私の心だけ置いていかれている様で寂しくて…そんな記憶のままでいたくはないから出来ればちゃんと愛されたい……とか思いましたけど、やっぱりなし!明日朝早いし!忘れてください!お詫びは別の事考えます!』
自分の思っていた事を口にしてみると急に恥ずかしくなって深月は顔を真っ赤にすると慌ててそれを取り消した。けれど口から出てしまった言葉は当然降谷の耳に届いているため取り消す事など出来なかった。
「そうか…わかった。お詫びは別の事を考えてくれていい。でも…」
降谷はそう言うと深月をゆっくりとベッドに押し倒した。
「今夜は君をめいっぱい愛した方がいいみたいだな。」
『え…』
深月は降谷の言葉に目を見開いた。降谷が深月の首元に顔をうずめてそこを舐めると深月はビクッと肩を揺らし慌てた。
『待って…零さ…あっ…』
「大丈夫。そんな記憶、ちゃんと塗り替えるくらい愛してあげるから。」
『んっ…あっ…待って!』
降谷の手が胸をふにゅっと揉むと深月は口から甘い声が出るが慌ててその手を掴んだ。深月の必死な制止の声を聞くと降谷は一度動きを止めて尋ねた。
「ん、どうした?」
『あの…ご飯まだですし、お風呂も入ってませんし…そもそもめいっぱいは困ります。明日海は行きたいです。』
「わかった。ご飯は後で僕が君の好きな物を作るよ。お風呂はどうせ汗をかくんだから後でいい。明日海に行ける程度には加減するよ。」
降谷がニコリと笑ってそう言うと深月は口ごもった。降谷は深月の耳元に唇を寄せると甘く囁いた。
「本当は、めいっぱい…それこそ日が昇るまで愛したいけどな。」
『っ…バカ言わないでください!』
深月はカァッと頬を赤く染めると恥ずかしそうに顔を逸らした。降谷はその頬に優しく触れると自分の方へ向かせてチュッとキスをした。
「深月、好きだよ。」
そう言った降谷の瞳があまりにも優しくて深月は鼓動が速くなり瞳に涙が滲んだ。触れただけのその唇の熱と甘さが深月には心地良くてもっと触れて欲しいという欲が出た。
『零さん…もっと、して…』
「…やっぱり君は予想外に煽ってくるな。」
恍惚として熱く揺れるその瞳で見つめられると降谷は欲望に任せて乱暴にしてしまいそうになる気持ちを抑えて深月の体に優しく触れて、ゆっくりと唇を重ねた。
約束通り降谷が深月の要望した肉じゃがを作りそれを2人で食べていると降谷のスマートフォンが鳴った。相手は閻魔大王ラーメンが看板メニューのラーメン屋の店主小倉からのようだった。
ー小倉さんって花見の時のおじさんだよね。特別上手いわけでも下手なわけでもない歌声だったな…
深月がそんな事をうっすらと思い出しているとどうやら電話内容は草野球の誘いの様で降谷は、じゃあまた飛田も誘いますよ。えぇそれでは。と言って電話を切った。
『小倉さん草野球やってるんですね。』
「あぁ一度助っ人として参加してから何かと呼ばれるようになってね。今回は人数が足りないらしいからまた風見にも声をかけないとな。」
『…仕事なんだか私事なんだか曖昧なラインですね。』
「これも仕事の一環さ。潜入先になじむためにはいろいろと必要なんだよ。」
『円滑な情報取得のためってやつですね……それ、私も観に行っていいですか?』
「問題ないが…どうして?」
草野球に興味があるようにはとても思えず降谷が眉をひそめれば深月はニコッと笑った。
『私も仕事です。』
「作詞活動か。」
『"円滑な情報取得"を私もしようかと。ついでに応援しますね。』
「ついでなのか。」
『そりゃ仕事優先ですよ。』
当然だと言いたげな深月に降谷は苦笑した。
「…なるほど。仕事を優先されるってのはこういう気分か。」
『え?別に大した事じゃないでしょ?』
「君のメンタルはかなり鍛えられてるな。」
『いや、なんで?応援するって言ってるのに…どこに不満が?』
深月は不機嫌そうにする降谷が理解出来なくて首を傾げた。
「ついでと言われるのは嫌だ。」
『……』
ー出たな、子供っぽい降谷。
拗ねた様な表情でこちらをジッと見つめてくる降谷に深月はなんだか胸がむず痒くなる様でギュッと手を握りしめた。
『わかりましたよ。ちゃんと応援しに行きますから。』
「それなら良かった。」
そう言って降谷がホッとした様に笑うと深月は胸がキュンと締め付けられた。
ーなんだ、この可愛い人!わざとか!
可愛いなんて言ったら怒られるのはわかっているので深月は口には出さなかった。普段からは想像もつかない様な降谷を見れた事に深月は嬉しくなってフッと笑みが零れた。
ー零さんが喜んでくれるならちゃんと応援してあげようかな。こんな可愛い姿も見れた事だし。
「なんだか嬉しそうだな?」
『そうですか?楽しみだなって思ってますよ?』
少し不思議そうにしていたがあまり変には思わなかったのか降谷はそれ以上は追求してこなかった。
食事を終えて料理をしてもらった変わりにと深月は食器類を洗った。それを終えて和室を覗けば降谷はベッドを背もたれに書類を読んでいて深月はリビングに戻ろうとするが降谷に名前を呼ばれて止まった。
「おいで。」
降谷がそう言って手招きするので深月はなんだろうと不思議に思いながらも降谷に近付けば腕を掴まれそのまま降谷の胸元に飛び込む様なかたちで引き寄せられた。
『れ、零さん?あの…仕事中では?』
「うん。でも書類を読んでるだけだから。」
そう言って背中に腕を回されギュッと抱きしめられると深月はドキンと胸が高鳴った。
深月は速くなった自分の鼓動を感じながら暫くそうやって抱きしめられていたが降谷の読む書類がなんとなく気になり、そっと視線をそちらに向けたが少し頭が動いたのがわかったようで降谷の手に目隠しされた。
「こら。」
『少しくらいいいじゃないですか。』
「ダメ。君には見せられないよ。」
降谷に耳元で甘く囁かれると深月は突然の甘いそれに驚きビクッと肩を揺らした。目隠ししていた降谷の手が目元から離れ深月の髪を撫でると深月は心地良くなるが視界に書類が入らない様に頭を固定されているのだと気付きムゥと頬を膨らませた。
ーちょっと見えたからって別に何もわからないのに…というか零さんはこんな状態で書類の内容頭に入るんだ…こっちはドキドキしてるのに…
深月はその腕に閉じ込められているだけでドキドキと鼓動が速くなっているのに降谷は平然と仕事に集中しているのかと思うとなんだか癪で邪魔をしてみたくなった。深月は少し視線を上げれば見えるその首筋にグッと顔を近付けてキスをした。突然の事に降谷の体は強張り降谷は深月を半眼になって見下ろした。
「深月…誘ってるのか?」
『違います…けど、なんか癪なので邪魔してるだけです。』
「書類を見せてもらえないのがそんなに癪か?」
降谷が眉をひそめて聞いてくるので深月は頬を赤らめながら視線を逸らした。
『だって…私は抱きしめられて零さんの事考えてドキドキしてるのに、零さんは仕事の事考えてるんだもん。』
言い終わる頃にはすっかり拗ねてふいっと顔まで逸らしてしまった深月を見ると降谷は堪らなくなって読んでいた書類を畳に放って深月をギュッと両腕で抱きしめた。
「本当に君は可愛いな。」
『可愛くありませんよ。仕事の邪魔されたんですから怒るとこでしょ?』
「別にいいよ。君が寝てる間に頭に入れるから。それよりもう君が可愛すぎて仕事の事なんて頭に入らないよ。」
『な、何言って…』
「でもそうして欲しかったんだろ?君の作戦勝ちだな。」
降谷はそう言うと腕を緩めてチュッと深月にキスをした。
「君の事でもっと頭をいっぱいにするよ。」
『え…んっ!』
深月が目を丸くしていれば降谷にその口を塞がれた。何度も甘く重なる唇に深月は体がジンと熱くなった。降谷の舌が口内に入ると深月は慌てて降谷の胸を押した。
『んっ…ダメ…』
「どうして?」
『…欲しくなっちゃうから。』
「……」
恥ずかしそうに素直にそう告げれば深月はグッと降谷に抱き上げられてベッドに押し倒された。目を丸くして見つめれば降谷がハァとため息をついた。
「そんな事言われると抱きたくなる。」
『ダ、ダメですったら!』
「1回くらいいいんじゃないか?」
『さっきしたじゃないですかっ!』
「でも欲しくなるって言ったのは君だろ?」
『っ…とにかくダメ…んっ!』
深月は降谷の胸を押すが降谷に体重をかけられてそのままキスをされた。甘く熱く舌が絡めば深月の瞳に熱が帯びた。それを見て降谷は唇を離すとニヤリと笑った。
「欲しくなった?」
『意地悪っ!』
「ごめん。可愛くて…もうやめとこうか。本当に我慢出来なくなるから。」
『もう!なんでそう千紗も貴方もギリギリを攻めるんですか!』
「そりゃ…性分だろうな。」
降谷がクスリと笑うと深月は呆れ気味にため息をついた。
つづく