桜舞う頃〜その先〜
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巣篭もり生活6日目に母親の恭子が尋ねてくると深月はリビングで紅茶を出した。恭子がそれを飲むのを見て深月は約束を破ってしまった事をいつ謝ろうかとタイミングをみていると恭子から声をかけられた。
「どう、この生活は?」
『あ…うん。いろいろ考えてる。あの…お母さん…約束、破ってごめんなさい。自分本位に警察官の拳銃を握った事…すごく後悔した。あれが人を殺してしまえる道具なんだって事も私はわかってたはずでよくわかってなかった。後から怖くなった、とても。』
「そう。やっぱり他の方法を取るべきだと思った?」
深月は恭子に尋ねられ視線を一度下げるが再び恭子をまっすぐに見つめた。
『それは…思ってない。後悔はしてる…でもそれは私の心のあり方であって行動に対してじゃない。あの場であの判断が間違いだったとは思ってない。』
恭子は目を見開いた。今までこういった事で深月が恭子の判断を否定した事はなかったからだ。ギュッと手を握りしめてまっすぐにこちらを緊張気味に見つめてくる深月を恭子は見つめた。
ー肩が震えてる…初めてのタイプの反抗だものね……でも瞳に揺らぎはない。
恭子はカップに視線を落とし口をつけるとそれをテーブルに戻し再び深月を見つめた。
「ふーん…一般人の貴女がそれを判断出来ると?」
『…現役の公安がそう言ったから…そう判断していいって思った。』
「あぁなるほど。」
恭子は頷くとハァとため息をついた。
「恋人に甘い事を言われたわね。」
『現場の状況判断をした時のあの人はちゃんと公安の顔をしてた。だからその判断を信じるって決めたの。あの人が私に甘いのは事実だけど…甘やかされて言われているのか本気でそう判断したのかくらいは私にもわかる。』
深月は変わらずまっすぐに恭子を見つめた。そんな瞳から先に視線を逸らしたのは恭子の方だった。
「そう…そうね。降谷くんの判断は間違ってないわ。」
『…お母さんが感情的になってたんじゃないかって零さん言ってたよ。』
「私が感情的に?」
『他の方法があったはずだと思いたかったんじゃないかって…』
深月が半信半疑と言った様子でその言葉を伝えると恭子はクスリと笑みを零した。
「そう…降谷くんにはそこまでバレてたか…私もまだまだね。」
『え…本当にそうなの⁉︎でも感情的には全然…』
「私みたいなひねくれ者はパッと見でわかるほど単純じゃないのよ。深月もまだまだねぇ。」
恭子がニヤリとすると深月はムッとし眉をひそめたが母がもう怒っていないところを見るとホッとした。
「さて、深月はきちんと反省しているようだし…ちょっと一緒に来てほしいところがあるのよ。付き合って。」
『拒否権はないんだね。』
「ないわよ。だって暇でしょ。」
『まぁ…本来なら大学に行ってますので。』
父親の祐太朗からは大学に行く事も禁止されているためひとまず千紗には親戚の用事で暫く大学に行けないと連絡しておいた。
恭子はニコリと笑うと深月の手を握ってマンションを出た。恭子の運転する車に乗って深月は気付けば警視庁術科センターへと来ていた。有無も言わしてもらえないまま建物の中に入り深月は眉をひそめた。
『ねぇ何?なんでこんなとこ来たの?』
「まぁまぁいいじゃない。」
そう言いながら恭子が開けたのは射撃訓練室で中ではちょうど降谷が練習をしていた。入ってきた人物を見て降谷は驚き目を見開いた。
「あら、ちょうど練習してたのね。直接会うのは久しぶりね、降谷くん。」
「お久しぶりです。」
恭子がニコリと笑えば降谷も挨拶を返した。深月は本来恭子も深月も入っていい場所ではないと十分にわかっていたので居心地悪そうに恭子の腕を引いた。
『お母さん、ちょっと、本当に何しに来たの?』
「何ってここに来といて射撃以外に目的があるとでも?」
『は?お母さんが?』
「何言ってるの。」
恭子はニコリと笑うと懐から拳銃を取り出して深月に差し出した。
「深月よ。」
『はぁ⁉︎』
恭子の発言に驚いたのは深月だけではなかった。降谷も何を言っているのかと恭子をまじまじと見つめた。
「ねぇ深月、貴女今回と同じ事があった時、今後はどうする?」
『…たぶん発砲します。』
「でしょ。何も私が個人的に貴女のはっきりした能力を知りたいってわけじゃないのよ。今後のリスク回避のためにも貴女がどの程度射撃が出来るのかってのは大事なファクターなの。」
『それ、お父さんは知ってるの?私、資格もない一般人ですけど?』
「こういう事はね、知ってても知らないと言うものよ。"誠に遺憾であります。報告には上がっておりませんでした。部下が勝手に判断したようです。"何かあった時はこれでいいのよ。」
『監督責任は?』
「そんなもん陳謝してればその内収まるわ。人の噂も75日ってね。それより早く収めたいってなら、もっと大きなネタを出せばマスコミも世間もあっという間にそっちに流れるわよ。どっちにしても辞めさせられるのはここの責任者くらいよ。」
『警察組織の闇を感じるんですけど。』
「あらぁ光が強いところに出来る闇は濃いのよ。知らなかった?教えてあげましょうか?」
『三次元的な深さまで感じるからそれ以上はいいです。それより現役警察官に見られて撃つのはいかがなものかと。』
深月がげんなりしながら指摘すれば恭子は、チッチッチッと人差し指を立てて左右に振った。
「深月、車のスピード違反ってみんながみんな捕まらないのはなぜかわかる?」
『そりゃゲンタイ(現行犯逮捕)だからじゃ…』
「つまり警察官に"見られてた"から捕まるんでしょ?大丈夫よね。」
恭子がニッコリと笑いかければ降谷は頷いた。何より先ほどの会話でこの事自体が警察庁長官の預かるところだという事は暗に提示されていたのでそれしか選択肢はなかった。
恭子はその反応に満足するとニコニコ笑いながら再度深月に拳銃を差し出した。深月はそれをジッと見つめ母親の顔を見上げてため息をつくと差し出されるそれを受け取った。ズシリとした重さは佐藤の持つ拳銃と同じはずなのに今のがずっと重く感じた。
「撃つのは2発。連射はしない事。それから拳銃だから本来は片手だけど両手でいいわ。警察官は今じゃ両手撃ちが基本だしね。それに深月の握力じゃ片手はちょっと心配だから。」
『はぁ。』
「じゃあどうぞ。」
『え、それだけ⁉︎』
「何か必要?」
『一応、私、10年ぶりなんですけど…狙撃対象だって遠いし…』
「やだぁ狙撃対象近くてもつい1週間前に撃ったでしょ?それに一度私から習った事だもの。覚えてるでしょ?」
ニコリと笑う恭子の目が冷たくて深月は背中に冷や汗が流れた。
ーこれはもう一度指導してくださいって言ったら殺されそう…
深月は少し離れたところでこちらの様子を伺う降谷を一瞥してから手元の拳銃を見つめた。
ー零さんが試し撃ちでもしてくれてれば少しは見本になるのに…それもなしか。
深月はフゥと息をつくと耳当てをして拳銃を構えた。10年前と違って大きいと感じなくなってしまった拳銃は手にしっかりと馴染むようで、脳裏に浮かぶのは母の指導ではなく母が撃つその姿だった。凛として綺麗でカッコいいと憧れたその姿を自分にも出来るだろうか…そんな事を思いながら深月は的を見つめた。ダァン!と言う銃声が響き銃弾はど真ん中より少し右下にズレて当たり深月は眉をしかめた。
ーなんだろ…なんかこれ違和感ある…
先日撃った佐藤の拳銃と比べるとその撃ち心地に違和感を覚えて深月が拳銃を見つめていると恭子が声をかけた。深月は耳当てをずらすと恭子を振り返った。
「2発目は?」
『ねぇ、これ…もしかしてちょっと照準ズレて…』
「えぇ、よく気付いたわね。偉いわぁ。」
『いや普通合わせてから撃たせない?』
「だから2発撃たせるんでしょ?」
『へ?』
恭子の言いたい事がわからずに深月が首を傾げると恭子はただニコニコと笑いながら2発目を促した。
ーえぇと…つまり照準が狂ってるのを理解して撃てって事?…なんでそんな鬼畜かな、うちの母親は!
深月は舌打ちでもしたくなったがそれを堪えてもう一度耳当てをし拳銃を構えた。わずかな感覚のズレを深月は意識して2発目を撃てばそれは見事にど真ん中を撃ち抜いた。深月は緊張を解いてハーッと長めのため息をつくと耳当てを外して母親を振り返った。
『これで満足?』
「ふーん…そうね。どう思う、降谷くん。」
恭子が声をかければ降谷は会話するには少し距離があるためこちらに近付いてきた。深月はそんな様子に半眼で呆れた様に母親に声をかけた。
『いや、さっき見るなって暗に言っときながらそれを聞くの?』
「バカねぇ。本当に見ないでいるなんて事あっていいわけないでしょ?違法な事してるんだから。見て見ぬふりしてくれるわよね?が正解よ。」
『そっちのが問題ある気がする。』
「いいのよ。違法行為は公安じゃ日常だもの。」
『…警察ってなんでしたっけ?』
「日本国民のみなさまの安全を守るのが役目でございます。そのためには法だって犯せるってだけ。知ってるでしょ?」
『知らないと言いたい。』
深月はため息をつくと母親に拳銃を返した。恭子はそれを受け取ると椅子の上でバラして組み立て直しながら近くに来た降谷を見た。
「それでどうかしら?うちの娘の腕は。」
「申し分ないかと。銃のクセを理解してそれを即座に修正出来る…見事だと思います。」
降谷の評価を聞くと恭子は、そうよねぇ。と頷いた。
「私もそう思うわ。」
カシャンと音を立てて恭子は照準の戻った拳銃を組み立て終えるとそれを見つめた。
「数回手にした事があるだけのはずなんだけど…困った子ね。」
『私にはどうにも出来ない事なんですけど。』
眉をひそめて恭子が言えば深月は理不尽に責められている様で腹が立った。恭子はそんな事はお構いなしに尋ねた。
「ねぇ深月は警察官になる気はもうない?」
『…お母さんはどう思うの?』
「そうねぇ…警察庁長官の妻としては貴女みたいな逸材は警察組織に欲しいかしら。東都大学に入れるくらいの頭はあるし。体力や筋力は後でもつけられるから置いといて、もともとの運動神経はいいし。器量もいいし。拳銃の腕も確かだし。仕事となると案外頭の切り替えも早いし。警察官としての倫理観はお父さんが幼い内に貴女に学ばせてるし。ね!」
『こんなところで親バカを発揮しないでくれる?』
深月は自分だけならまだしも降谷もいる中でそんな風に言われる事が恥ずかしく頬を染めるが、恭子は首を横に振った。
「別に自分の子だからって贔屓してないわよ。むしろ自分の子でなきゃ積極的に警察に勧めたいわね。」
『どういう事?』
「正直、母親としてはあまり勧めないわ。やっぱり警察官ってのは他の職業より危ない職業ではあるし。さすがに警察官の職務ってなったら私が守ってあげられるわけではないから。」
恭子はそう言うと立ち上がって深月の頭を撫でた。深月は不思議と降谷の手を思い出してそれと比べて母親の手は思ったよりも小さかったんだなと感じた。
『そうやっていつまでも子供扱いする。』
「親からしたら子供はいつまでと子供なのよ。それに二十歳 やそこらの小娘なんてまだまだ子供よ。」
こ・ど・も!と1文字ずつ額を指で突かれると深月は半眼で恭子を睨んだ。
『やる事はお母さんのが子供っぽいと思うんだけど。』
「これは私の性格だもの。それはそれ。これはこれ。でも、本当によく考えなさいね。前までは事件に巻き込まれたって私との約束を守って拳銃なんて手に取らなかったでしょ?今回それを取ったのには確実な理由が貴女の中にあるんだから。それはわかってる?」
『境界が曖昧になってる自覚はある…』
「まぁ…もう今後も手に取るなとは言わないわ。」
『え?』
深月が驚いて目を見開くと恭子は不思議そうに首を傾げた。
「なぁに?もう一度同じ約束をさせられると思った?」
『まぁそりゃ…私、警察官じゃないし。』
「そうね、でも貴女、拳銃を使った事を後から怖くなったって言ったでしょ?それが大事な事なのよ。」
恭子は持っていた拳銃を片手で構えるとダァン!と発砲した。その弾は深月が開けた的の穴を綺麗に通り、見た目だけには的の穴は先ほどと変わらず深月が撃ち抜いた2発分だけだった。
「こんなとこでどんなに練習したってその恐怖はわからない。銃ってのはね、本来、向けられるより向ける方が怖くなきゃいけないのよ。相手の命を自分のさじ加減ひとつで救う事も潰す事も出来るっていう恐ろしさ…それを心に持って構えるものよ。そういう感情…警察官でない貴女は当然知らなくていい事だわ。だから触るなって言ったのよ。最初に触らせたのは確かに私だけど…いえ、そうした私だからこそ、警察官にならないのならその先は知らなくてもいいと考えたの。結構…怖かったでしょ?」
恭子が眉を下げて悲しそうに微笑むのを見ると深月は胸の奥がキュッと締めつけられた。
ーお母さんはその恐怖を私に味あわせたくなかったんだ…そのための約束だったんだ…
深月の瞳が涙で滲むと恭子は拳銃を台に置いて深月を抱きしめた。
「ごめんね。ちゃんと説明してあげてれば良かったわ。貴女、基本的に聞き分けがいいから…一方的な約束になってたわね。」
『ううん。私の事を考えてくれての約束だって事はわかってたから…破った私が悪いの、本当にごめんなさい。』
深月が心からの謝罪をすれば恭子は抱きしめる腕を解き深月の頭をポンポンと叩いてその潤む瞳を見つめた。
「いいのよ。もう過ぎた事だし……貴女はちゃんとその恐怖を理解したから。そして自分のためだけに拳銃を握った事を後悔した貴女なら、もう大丈夫よ。だから今度からは自分できちんと考え判断しなさい。そうして手に取ったら責任を持つ事。いいわね。」
『はい。』
深月が頷くと恭子はニコリと笑って降谷を振り返った。
「降谷くん、この後仕事は?」
「一度自宅アパートに寄ってポアロへ向かいます。」
「そう、じゃあ深月をお願い出来る?マンションに送ってくれてもいいし…そこは2人に任せるわ。」
「わかりました。」
『え?でも私外出禁止じゃ…』
「今回はこれでおしまい。私はお父さんとこ行って話しておくから。」
恭子はそう言うと拳銃を懐にしまって訓練室から出て行ってしまった。残された深月は自分がいていい場所ではないからかなんとなく気まずくて視線を下げた。そんな深月を見て降谷は名前を呼んだ。
「深月」
『あ、はい。』
「少しだけ撃っていいか?」
『それはもちろん。』
降谷の問いに深月は大きく頷くと降谷は深月と恭子が撃った的に向けて拳銃を片手で構えた。1発撃てばそれは深月が開けて恭子が弾を通した穴の少しズレたところに穴を開けた。降谷はフーッと息を吐いてもう一度構えて撃つと1発目よりは近付き、狙ったその穴を大きくするように的に穴を開けた。
「さすがに片手じゃ難しいな。君のお母さんはこれを片手でやるなんてすごいな。」
『あの人、たぶんサイボーグなんで。』
「君はサイボーグの娘だったのか。」
『冗談はさておき…経験の問題では?若く見えますけど結構年ですし…たぶん警察官辞めてからも私の知らないところで撃ってますよ、絶対。』
深月が呆れた様に言えば降谷は、確かにそうかもな。と相槌を打った。
2人が訓練室を出て駐車場に停まる降谷の車に乗り込むと、降谷はシートベルトをつける深月に尋ねた。
「どうする?」
『え?』
「マンションに帰るか、僕と一緒に僕の家に行ってそのままポアロに行くか?」
『そうですね……せっかく外出禁止も解けたので零さんと一緒に行きます。』
深月の答えを聞くと降谷は自宅アパートへ向けて車を走らせた。車が走り出して暫くすると降谷は深月に声をかけた。
「10年前に恭子さんに指導されたきりにしてはフォームが綺麗だったな。」
『え…あぁ…あれは…正直指導された内容なんて大して覚えてません。ただ母の撃つ姿ははっきりと覚えているので…あんな風に撃てればいいのにって思いながら撃っただけなんです。』
「そうか…じゃあ本当に才能なのかもな。照準のズレだって違和感を感じ取ったんだろ。」
『佐藤さんの拳銃がきちんと照準が合っていたから…それに比べて変だなって感じただけですよ。』
「困った子だと恭子さんは言ってたけど…確かに困った才能かもな。」
『私に言われても困ります。』
深月がムゥと頬を膨らませるのを見て降谷は苦笑した。
「以前、警察官になりたいと思った事はないのかと聞いたが…思えば君ははっきりとないとは言わなかったな。」
『えぇ…まぁ…ちょっと誤魔化しました。』
「あんな嫌そうな顔をするから本当にないのかと思ったよ。君に騙される事があるとは思わなかった。」
『なんかトゲがある言い方しますねぇ…』
「いや…悪い。君にそういう隠し事をされるとは思わなかったから…八つ当たりだな。ごめん。」
降谷がそう言って謝るので深月は前を見て運転するその横顔を見つめた。寂しそうなその表情に深月は胸が苦しくなった。
『ごめんなさい…恥ずかしくて言えなかったんですよ。』
深月は降谷から視線を外して同じ様に前を見つめながら続けた。
『両親の現場の姿ってのはほとんど知らないんですけど、部下の方が来たりして仕事の対応をしてる姿は何度も近くで見てきたので…寂しいって思う反面毅然とした態度はカッコよくて仕事をする両親の姿に憧れたんです。』
降谷はチラリと深月を盗み見ると深月はそんな両親の姿を思い出しているのか穏やかな顔をしていたが瞳にはわずかに影が落ちていた。
『でも両親はとても出来る人で…見ている内に私なんかには務まらないなって思う様になって中学生に上がる頃には警察官になりたいなんて言わなくなってました。零さんは優秀だから…私が警察官になりたいなんて子供の夢物語だなぁと思われたくなくて恥ずかしかっただけなんです。』
「君は自分を過小評価してないか。君の能力なら十分になれるだろ。恭子さんだってそう言ってた。」
『そう…あんな事母が思ってるなんて知らなかったんです。何かと指導されてきた時にはまったく褒められた事がなかったので…』
「は?」
ー会って早々に娘の自慢話をしてきたあの人が?
降谷は恭子に呼び出されて家に招かれお茶をした時の事を思い出して眉をひそめた。そんな降谷の顔があまりにも怪訝そうだったので深月は首を傾げた。
『え?なんです?嘘じゃありませんよ。指導の時はこの人本当に実の親なのかなって思うレベルですよ。今日もですけど、射撃の時だけですね、何も言われなかったのは。』
「君のお母さんはたぶん君に期待をしているんだろ。初めて恭子さんに会った時、僕は娘の自慢話を聞かされたんだぞ。」
『……バカな親ですみません。』
深月が恥ずかしそうに謝ると車は駐車場に停まり、話を一度中断すると深月は降谷と共にアパートへと入った。
つづく
「どう、この生活は?」
『あ…うん。いろいろ考えてる。あの…お母さん…約束、破ってごめんなさい。自分本位に警察官の拳銃を握った事…すごく後悔した。あれが人を殺してしまえる道具なんだって事も私はわかってたはずでよくわかってなかった。後から怖くなった、とても。』
「そう。やっぱり他の方法を取るべきだと思った?」
深月は恭子に尋ねられ視線を一度下げるが再び恭子をまっすぐに見つめた。
『それは…思ってない。後悔はしてる…でもそれは私の心のあり方であって行動に対してじゃない。あの場であの判断が間違いだったとは思ってない。』
恭子は目を見開いた。今までこういった事で深月が恭子の判断を否定した事はなかったからだ。ギュッと手を握りしめてまっすぐにこちらを緊張気味に見つめてくる深月を恭子は見つめた。
ー肩が震えてる…初めてのタイプの反抗だものね……でも瞳に揺らぎはない。
恭子はカップに視線を落とし口をつけるとそれをテーブルに戻し再び深月を見つめた。
「ふーん…一般人の貴女がそれを判断出来ると?」
『…現役の公安がそう言ったから…そう判断していいって思った。』
「あぁなるほど。」
恭子は頷くとハァとため息をついた。
「恋人に甘い事を言われたわね。」
『現場の状況判断をした時のあの人はちゃんと公安の顔をしてた。だからその判断を信じるって決めたの。あの人が私に甘いのは事実だけど…甘やかされて言われているのか本気でそう判断したのかくらいは私にもわかる。』
深月は変わらずまっすぐに恭子を見つめた。そんな瞳から先に視線を逸らしたのは恭子の方だった。
「そう…そうね。降谷くんの判断は間違ってないわ。」
『…お母さんが感情的になってたんじゃないかって零さん言ってたよ。』
「私が感情的に?」
『他の方法があったはずだと思いたかったんじゃないかって…』
深月が半信半疑と言った様子でその言葉を伝えると恭子はクスリと笑みを零した。
「そう…降谷くんにはそこまでバレてたか…私もまだまだね。」
『え…本当にそうなの⁉︎でも感情的には全然…』
「私みたいなひねくれ者はパッと見でわかるほど単純じゃないのよ。深月もまだまだねぇ。」
恭子がニヤリとすると深月はムッとし眉をひそめたが母がもう怒っていないところを見るとホッとした。
「さて、深月はきちんと反省しているようだし…ちょっと一緒に来てほしいところがあるのよ。付き合って。」
『拒否権はないんだね。』
「ないわよ。だって暇でしょ。」
『まぁ…本来なら大学に行ってますので。』
父親の祐太朗からは大学に行く事も禁止されているためひとまず千紗には親戚の用事で暫く大学に行けないと連絡しておいた。
恭子はニコリと笑うと深月の手を握ってマンションを出た。恭子の運転する車に乗って深月は気付けば警視庁術科センターへと来ていた。有無も言わしてもらえないまま建物の中に入り深月は眉をひそめた。
『ねぇ何?なんでこんなとこ来たの?』
「まぁまぁいいじゃない。」
そう言いながら恭子が開けたのは射撃訓練室で中ではちょうど降谷が練習をしていた。入ってきた人物を見て降谷は驚き目を見開いた。
「あら、ちょうど練習してたのね。直接会うのは久しぶりね、降谷くん。」
「お久しぶりです。」
恭子がニコリと笑えば降谷も挨拶を返した。深月は本来恭子も深月も入っていい場所ではないと十分にわかっていたので居心地悪そうに恭子の腕を引いた。
『お母さん、ちょっと、本当に何しに来たの?』
「何ってここに来といて射撃以外に目的があるとでも?」
『は?お母さんが?』
「何言ってるの。」
恭子はニコリと笑うと懐から拳銃を取り出して深月に差し出した。
「深月よ。」
『はぁ⁉︎』
恭子の発言に驚いたのは深月だけではなかった。降谷も何を言っているのかと恭子をまじまじと見つめた。
「ねぇ深月、貴女今回と同じ事があった時、今後はどうする?」
『…たぶん発砲します。』
「でしょ。何も私が個人的に貴女のはっきりした能力を知りたいってわけじゃないのよ。今後のリスク回避のためにも貴女がどの程度射撃が出来るのかってのは大事なファクターなの。」
『それ、お父さんは知ってるの?私、資格もない一般人ですけど?』
「こういう事はね、知ってても知らないと言うものよ。"誠に遺憾であります。報告には上がっておりませんでした。部下が勝手に判断したようです。"何かあった時はこれでいいのよ。」
『監督責任は?』
「そんなもん陳謝してればその内収まるわ。人の噂も75日ってね。それより早く収めたいってなら、もっと大きなネタを出せばマスコミも世間もあっという間にそっちに流れるわよ。どっちにしても辞めさせられるのはここの責任者くらいよ。」
『警察組織の闇を感じるんですけど。』
「あらぁ光が強いところに出来る闇は濃いのよ。知らなかった?教えてあげましょうか?」
『三次元的な深さまで感じるからそれ以上はいいです。それより現役警察官に見られて撃つのはいかがなものかと。』
深月がげんなりしながら指摘すれば恭子は、チッチッチッと人差し指を立てて左右に振った。
「深月、車のスピード違反ってみんながみんな捕まらないのはなぜかわかる?」
『そりゃゲンタイ(現行犯逮捕)だからじゃ…』
「つまり警察官に"見られてた"から捕まるんでしょ?大丈夫よね。」
恭子がニッコリと笑いかければ降谷は頷いた。何より先ほどの会話でこの事自体が警察庁長官の預かるところだという事は暗に提示されていたのでそれしか選択肢はなかった。
恭子はその反応に満足するとニコニコ笑いながら再度深月に拳銃を差し出した。深月はそれをジッと見つめ母親の顔を見上げてため息をつくと差し出されるそれを受け取った。ズシリとした重さは佐藤の持つ拳銃と同じはずなのに今のがずっと重く感じた。
「撃つのは2発。連射はしない事。それから拳銃だから本来は片手だけど両手でいいわ。警察官は今じゃ両手撃ちが基本だしね。それに深月の握力じゃ片手はちょっと心配だから。」
『はぁ。』
「じゃあどうぞ。」
『え、それだけ⁉︎』
「何か必要?」
『一応、私、10年ぶりなんですけど…狙撃対象だって遠いし…』
「やだぁ狙撃対象近くてもつい1週間前に撃ったでしょ?それに一度私から習った事だもの。覚えてるでしょ?」
ニコリと笑う恭子の目が冷たくて深月は背中に冷や汗が流れた。
ーこれはもう一度指導してくださいって言ったら殺されそう…
深月は少し離れたところでこちらの様子を伺う降谷を一瞥してから手元の拳銃を見つめた。
ー零さんが試し撃ちでもしてくれてれば少しは見本になるのに…それもなしか。
深月はフゥと息をつくと耳当てをして拳銃を構えた。10年前と違って大きいと感じなくなってしまった拳銃は手にしっかりと馴染むようで、脳裏に浮かぶのは母の指導ではなく母が撃つその姿だった。凛として綺麗でカッコいいと憧れたその姿を自分にも出来るだろうか…そんな事を思いながら深月は的を見つめた。ダァン!と言う銃声が響き銃弾はど真ん中より少し右下にズレて当たり深月は眉をしかめた。
ーなんだろ…なんかこれ違和感ある…
先日撃った佐藤の拳銃と比べるとその撃ち心地に違和感を覚えて深月が拳銃を見つめていると恭子が声をかけた。深月は耳当てをずらすと恭子を振り返った。
「2発目は?」
『ねぇ、これ…もしかしてちょっと照準ズレて…』
「えぇ、よく気付いたわね。偉いわぁ。」
『いや普通合わせてから撃たせない?』
「だから2発撃たせるんでしょ?」
『へ?』
恭子の言いたい事がわからずに深月が首を傾げると恭子はただニコニコと笑いながら2発目を促した。
ーえぇと…つまり照準が狂ってるのを理解して撃てって事?…なんでそんな鬼畜かな、うちの母親は!
深月は舌打ちでもしたくなったがそれを堪えてもう一度耳当てをし拳銃を構えた。わずかな感覚のズレを深月は意識して2発目を撃てばそれは見事にど真ん中を撃ち抜いた。深月は緊張を解いてハーッと長めのため息をつくと耳当てを外して母親を振り返った。
『これで満足?』
「ふーん…そうね。どう思う、降谷くん。」
恭子が声をかければ降谷は会話するには少し距離があるためこちらに近付いてきた。深月はそんな様子に半眼で呆れた様に母親に声をかけた。
『いや、さっき見るなって暗に言っときながらそれを聞くの?』
「バカねぇ。本当に見ないでいるなんて事あっていいわけないでしょ?違法な事してるんだから。見て見ぬふりしてくれるわよね?が正解よ。」
『そっちのが問題ある気がする。』
「いいのよ。違法行為は公安じゃ日常だもの。」
『…警察ってなんでしたっけ?』
「日本国民のみなさまの安全を守るのが役目でございます。そのためには法だって犯せるってだけ。知ってるでしょ?」
『知らないと言いたい。』
深月はため息をつくと母親に拳銃を返した。恭子はそれを受け取ると椅子の上でバラして組み立て直しながら近くに来た降谷を見た。
「それでどうかしら?うちの娘の腕は。」
「申し分ないかと。銃のクセを理解してそれを即座に修正出来る…見事だと思います。」
降谷の評価を聞くと恭子は、そうよねぇ。と頷いた。
「私もそう思うわ。」
カシャンと音を立てて恭子は照準の戻った拳銃を組み立て終えるとそれを見つめた。
「数回手にした事があるだけのはずなんだけど…困った子ね。」
『私にはどうにも出来ない事なんですけど。』
眉をひそめて恭子が言えば深月は理不尽に責められている様で腹が立った。恭子はそんな事はお構いなしに尋ねた。
「ねぇ深月は警察官になる気はもうない?」
『…お母さんはどう思うの?』
「そうねぇ…警察庁長官の妻としては貴女みたいな逸材は警察組織に欲しいかしら。東都大学に入れるくらいの頭はあるし。体力や筋力は後でもつけられるから置いといて、もともとの運動神経はいいし。器量もいいし。拳銃の腕も確かだし。仕事となると案外頭の切り替えも早いし。警察官としての倫理観はお父さんが幼い内に貴女に学ばせてるし。ね!」
『こんなところで親バカを発揮しないでくれる?』
深月は自分だけならまだしも降谷もいる中でそんな風に言われる事が恥ずかしく頬を染めるが、恭子は首を横に振った。
「別に自分の子だからって贔屓してないわよ。むしろ自分の子でなきゃ積極的に警察に勧めたいわね。」
『どういう事?』
「正直、母親としてはあまり勧めないわ。やっぱり警察官ってのは他の職業より危ない職業ではあるし。さすがに警察官の職務ってなったら私が守ってあげられるわけではないから。」
恭子はそう言うと立ち上がって深月の頭を撫でた。深月は不思議と降谷の手を思い出してそれと比べて母親の手は思ったよりも小さかったんだなと感じた。
『そうやっていつまでも子供扱いする。』
「親からしたら子供はいつまでと子供なのよ。それに
こ・ど・も!と1文字ずつ額を指で突かれると深月は半眼で恭子を睨んだ。
『やる事はお母さんのが子供っぽいと思うんだけど。』
「これは私の性格だもの。それはそれ。これはこれ。でも、本当によく考えなさいね。前までは事件に巻き込まれたって私との約束を守って拳銃なんて手に取らなかったでしょ?今回それを取ったのには確実な理由が貴女の中にあるんだから。それはわかってる?」
『境界が曖昧になってる自覚はある…』
「まぁ…もう今後も手に取るなとは言わないわ。」
『え?』
深月が驚いて目を見開くと恭子は不思議そうに首を傾げた。
「なぁに?もう一度同じ約束をさせられると思った?」
『まぁそりゃ…私、警察官じゃないし。』
「そうね、でも貴女、拳銃を使った事を後から怖くなったって言ったでしょ?それが大事な事なのよ。」
恭子は持っていた拳銃を片手で構えるとダァン!と発砲した。その弾は深月が開けた的の穴を綺麗に通り、見た目だけには的の穴は先ほどと変わらず深月が撃ち抜いた2発分だけだった。
「こんなとこでどんなに練習したってその恐怖はわからない。銃ってのはね、本来、向けられるより向ける方が怖くなきゃいけないのよ。相手の命を自分のさじ加減ひとつで救う事も潰す事も出来るっていう恐ろしさ…それを心に持って構えるものよ。そういう感情…警察官でない貴女は当然知らなくていい事だわ。だから触るなって言ったのよ。最初に触らせたのは確かに私だけど…いえ、そうした私だからこそ、警察官にならないのならその先は知らなくてもいいと考えたの。結構…怖かったでしょ?」
恭子が眉を下げて悲しそうに微笑むのを見ると深月は胸の奥がキュッと締めつけられた。
ーお母さんはその恐怖を私に味あわせたくなかったんだ…そのための約束だったんだ…
深月の瞳が涙で滲むと恭子は拳銃を台に置いて深月を抱きしめた。
「ごめんね。ちゃんと説明してあげてれば良かったわ。貴女、基本的に聞き分けがいいから…一方的な約束になってたわね。」
『ううん。私の事を考えてくれての約束だって事はわかってたから…破った私が悪いの、本当にごめんなさい。』
深月が心からの謝罪をすれば恭子は抱きしめる腕を解き深月の頭をポンポンと叩いてその潤む瞳を見つめた。
「いいのよ。もう過ぎた事だし……貴女はちゃんとその恐怖を理解したから。そして自分のためだけに拳銃を握った事を後悔した貴女なら、もう大丈夫よ。だから今度からは自分できちんと考え判断しなさい。そうして手に取ったら責任を持つ事。いいわね。」
『はい。』
深月が頷くと恭子はニコリと笑って降谷を振り返った。
「降谷くん、この後仕事は?」
「一度自宅アパートに寄ってポアロへ向かいます。」
「そう、じゃあ深月をお願い出来る?マンションに送ってくれてもいいし…そこは2人に任せるわ。」
「わかりました。」
『え?でも私外出禁止じゃ…』
「今回はこれでおしまい。私はお父さんとこ行って話しておくから。」
恭子はそう言うと拳銃を懐にしまって訓練室から出て行ってしまった。残された深月は自分がいていい場所ではないからかなんとなく気まずくて視線を下げた。そんな深月を見て降谷は名前を呼んだ。
「深月」
『あ、はい。』
「少しだけ撃っていいか?」
『それはもちろん。』
降谷の問いに深月は大きく頷くと降谷は深月と恭子が撃った的に向けて拳銃を片手で構えた。1発撃てばそれは深月が開けて恭子が弾を通した穴の少しズレたところに穴を開けた。降谷はフーッと息を吐いてもう一度構えて撃つと1発目よりは近付き、狙ったその穴を大きくするように的に穴を開けた。
「さすがに片手じゃ難しいな。君のお母さんはこれを片手でやるなんてすごいな。」
『あの人、たぶんサイボーグなんで。』
「君はサイボーグの娘だったのか。」
『冗談はさておき…経験の問題では?若く見えますけど結構年ですし…たぶん警察官辞めてからも私の知らないところで撃ってますよ、絶対。』
深月が呆れた様に言えば降谷は、確かにそうかもな。と相槌を打った。
2人が訓練室を出て駐車場に停まる降谷の車に乗り込むと、降谷はシートベルトをつける深月に尋ねた。
「どうする?」
『え?』
「マンションに帰るか、僕と一緒に僕の家に行ってそのままポアロに行くか?」
『そうですね……せっかく外出禁止も解けたので零さんと一緒に行きます。』
深月の答えを聞くと降谷は自宅アパートへ向けて車を走らせた。車が走り出して暫くすると降谷は深月に声をかけた。
「10年前に恭子さんに指導されたきりにしてはフォームが綺麗だったな。」
『え…あぁ…あれは…正直指導された内容なんて大して覚えてません。ただ母の撃つ姿ははっきりと覚えているので…あんな風に撃てればいいのにって思いながら撃っただけなんです。』
「そうか…じゃあ本当に才能なのかもな。照準のズレだって違和感を感じ取ったんだろ。」
『佐藤さんの拳銃がきちんと照準が合っていたから…それに比べて変だなって感じただけですよ。』
「困った子だと恭子さんは言ってたけど…確かに困った才能かもな。」
『私に言われても困ります。』
深月がムゥと頬を膨らませるのを見て降谷は苦笑した。
「以前、警察官になりたいと思った事はないのかと聞いたが…思えば君ははっきりとないとは言わなかったな。」
『えぇ…まぁ…ちょっと誤魔化しました。』
「あんな嫌そうな顔をするから本当にないのかと思ったよ。君に騙される事があるとは思わなかった。」
『なんかトゲがある言い方しますねぇ…』
「いや…悪い。君にそういう隠し事をされるとは思わなかったから…八つ当たりだな。ごめん。」
降谷がそう言って謝るので深月は前を見て運転するその横顔を見つめた。寂しそうなその表情に深月は胸が苦しくなった。
『ごめんなさい…恥ずかしくて言えなかったんですよ。』
深月は降谷から視線を外して同じ様に前を見つめながら続けた。
『両親の現場の姿ってのはほとんど知らないんですけど、部下の方が来たりして仕事の対応をしてる姿は何度も近くで見てきたので…寂しいって思う反面毅然とした態度はカッコよくて仕事をする両親の姿に憧れたんです。』
降谷はチラリと深月を盗み見ると深月はそんな両親の姿を思い出しているのか穏やかな顔をしていたが瞳にはわずかに影が落ちていた。
『でも両親はとても出来る人で…見ている内に私なんかには務まらないなって思う様になって中学生に上がる頃には警察官になりたいなんて言わなくなってました。零さんは優秀だから…私が警察官になりたいなんて子供の夢物語だなぁと思われたくなくて恥ずかしかっただけなんです。』
「君は自分を過小評価してないか。君の能力なら十分になれるだろ。恭子さんだってそう言ってた。」
『そう…あんな事母が思ってるなんて知らなかったんです。何かと指導されてきた時にはまったく褒められた事がなかったので…』
「は?」
ー会って早々に娘の自慢話をしてきたあの人が?
降谷は恭子に呼び出されて家に招かれお茶をした時の事を思い出して眉をひそめた。そんな降谷の顔があまりにも怪訝そうだったので深月は首を傾げた。
『え?なんです?嘘じゃありませんよ。指導の時はこの人本当に実の親なのかなって思うレベルですよ。今日もですけど、射撃の時だけですね、何も言われなかったのは。』
「君のお母さんはたぶん君に期待をしているんだろ。初めて恭子さんに会った時、僕は娘の自慢話を聞かされたんだぞ。」
『……バカな親ですみません。』
深月が恥ずかしそうに謝ると車は駐車場に停まり、話を一度中断すると深月は降谷と共にアパートへと入った。
つづく