桜舞う頃〜その先〜
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
降谷は警察官の拳銃で身勝手に発砲したとして後悔し肩を震わせて抱きついてくる深月に優しく声をかけた。
「君が死にたくないと思って拳銃を手に取った事が僕には君が思うほどひどく悪い事のようには思えないよ。むしろ僕は君が拳銃を手にしてまで生きたいと思ってくれた事を良かったと思う。こうしてあたたかい君を抱きしめられるのは君が生きていてくれるからだ。」
『でも…私…』
「誰かを守るってのは自分を守るって事でもあるんだよ。自己犠牲は素晴らしいかもしれないが案外遺された者には辛い事もある。」
降谷の脳裏に親友の姿がチラつきその瞳に影が落ちるが降谷の胸に顔をうずめる様に抱きしめられる深月にはそれはわからなかった。
『…普段無茶をしてそうな零さんの言葉とは思えないのですが…』
「僕だってさすがに犠牲になろうとは思ってない。自分の身だって可愛いさ。」
『それでも今回の事、私はやっぱり別のやり方があったんじゃないかって思うんです…母も現場を見てそう思ったみたいだから、きっと他のやり方があったはずで…』
「僕はそうは思わなかった。現場を見たが自分よりも大柄な男を相手に女性が鉄パイプや他の鈍器で制圧するというのはあまり現実的じゃない。それに近くに殺傷能力の高い拳銃なんてあれば扱った事のない人だって手にするさ。拳銃なら確実に距離も取れるし構えるだけで相手を怯ませる事も出来る。一番効果的かつ合理的だ。君の判断が誤っていたようには思わないな。」
降谷の声音が今までの優しいものではなく風見と仕事の電話をしている時のそれと似ていて深月はそっと顔を上げた。真剣さを帯びて光る青い瞳がまっすぐに深月を捉え離さなかった。
「本当は恭子さんもわかっていたんじゃないかな。それでも他の方法があったはずだと思いたかったんだ。きっと恭子さんも感情的になってたんだよ。」
『母が感情的に…そんな風には…』
「ポーカーフェイスは職業柄得意だろう。恭子さんは随分と優秀な人だったみたいだから。」
深月が考えて黙ると降谷は苦笑した。
「深月、難しく考えるのはやめよう。君は死に瀕して素直に生きたいと強く思った。それで手にしたのが拳銃だったとして本来それは誰にも責められない事だ。僕は君が生きていただけで良かったと思ってる。たとえば君がその犯人を殺してしまったとしても、だ。」
降谷の言葉に深月は目を見開いた。"殺してしまったとしても"という言葉が深月の胸に重くのしかかった。
ーそうだ…私は拳銃を手に取った…つまりそれは相手を殺す道具を手にしたって事…たとえ殺す気がなかったとしても…
「けど、君は犯人の肩を撃ち抜き、最終的には止血までしたんだろ。そこまで対応出来てるなら僕は褒めたいくらいだよ。」
『…零さん、それは甘すぎると思います。』
「そうかな?確かに僕だって本当ならその手に拳銃なんて握ってほしくはないさ。」
降谷はそう言いながら抱きしめる腕を緩めると深月の両手を包み込む様に握って見つめた。
「でも君の命がそれで助かるなら僕はそれでもいいと思う。理想を言えばそうならない様に僕が守ってあげたいけどな。」
降谷が苦しそうに言葉を吐き出す様に言うと深月は胸の奥がギュッと締めつけられた。
理想を現実にするのは難しい。実際すでに深月の手は拳銃を握ってしまった。深月は降谷に握られる手を見つめて呟いた。
『確かに死にたくないって思って拳銃を手に取ったけど…今思えば随分とくだらない事を考えていたなぁって思うんです。』
「どういう事だ?」
『零さん、あの日ポアロで言ったでしょ?"僕の誘いにはのってくれます?"って。私は内容も聞かずにそれを断ったから…なんか無性に気になっちゃって。それを聞かなきゃ死ぬに死ねないような…そんな理由で発砲したかと思うと余計に自分が怖いと言いますか…』
「ふーん、君は死ぬかもしれないって瞬間に僕を思い出したんだな。」
降谷が口角を上げると深月はなんだか恥ずかしくてそれを誤魔化した。
『っ…たまたま心残りだっただけですよ。その前には千紗のカラオケ付き合ってあげれば良かったなぁとかも考えてましたし……死の直前にこんな事しか考えられない自分がなんか情けないです。』
目に見えて落ち込む深月を見て降谷は包み込んでいた深月の手をギュッと握った。
「案外そんなもんさ。些細な日常を思い出して後悔するんだ。そうして思うんだよ。あぁなんて事ない日常ってのがとても大切なんだって。」
降谷に握られた手のぬくもりとその強さに深月は安心し、それと同時に怖くなった。今回、握ってしまったそれは人を殺せるもので、それは深月にとっては特別な事だが、降谷にとってそれは特別でもなんでもない。そんな世界にいる人だとわかっていたはずなのに深月はいまさら握ってくれるこの手が明日には消えてしまうかもしれないという事にとても怖くなった。気付けば深月の瞳からポロポロと涙が零れ降谷は目を見開いた。元気付けようと思ったはずが深月の瞳が不安で揺れてしまう事が降谷には理解出来なかった。
「深月?」
『っ…零さん!』
深月は降谷の手から手を抜くとギュッと降谷に抱きついた。自分の胸の中に飛び込んできた深月に戸惑いつつも降谷はその小さな肩を抱きしめ優しく声をかけた。
「どうした?」
『わかってたつもりだったのに…拳銃を握るって事が私には特別な事でも零さんにはそうでないって……あれは人を殺せる道具だって…そんなものを持たなきゃいけない仕事をしてるって…わかってたつもりだったのに怖くて怖くて堪らないの!零さん!お願いだからそばにいて!』
叫びにも似た深月の訴えに降谷は締めつけられる様な痛みを胸に感じた。不安にさせて苦しめているのは警察官という立場の自分だと言うのにそれを辞めるという選択肢が降谷の中にはなかった。
「深月、ごめん。君を不安にさせて。それでも僕は警察官を辞める気はないよ。僕はこの仕事が好きだし誇りに思ってるから……それに僕が君のために警察官を辞めるって言ったら君は嫌だろ?」
降谷の言葉に驚き深月は勢いよく降谷を見上げた。青い瞳が少し困った様にけれど誇らしげに笑っていて深月は見惚れてしまった。深月が何も言わずに見つめてくるので降谷も見つめ返して尋ねた。
「それとも辞めてほしい?」
降谷がそう尋ねれば深月はハッとしてすぐに首を横に強く振った。
『そうじゃないです!ただ…零さんが明日突然消えてしまうかもって思ったら怖くて…でもこの仕事が貴方の誇りなのはわかるから警察官を辞めてなんてほしくなくて……だけど…』
深月は言い淀むと視線を降谷から逸らし口を噤んだ。
ーあぁ…どうしよう…なんて矛盾してるんだろう…零さんが、この国…国民のためにある警察官である事を私だって支えたいって思ってるのに…なのに……
深月はさらに自分の目頭が熱くなるのがわかった。言いたいけれど言ってしまうのが怖くもあって深月の唇が震えた。深月がそれを止めたくて下唇を噛むと降谷の指がその唇に触れた。驚いて深月の歯が唇を離れると降谷の指がそこをなぞって気付けば深月はチュッとキスをされていた。
「あまり強く噛むと切れるぞ。」
フッと笑う降谷と視線が合うと深月は発せなかったその言葉が口をついた。
『そんな貴方のために何か出来ればいいのにって思うのに…矛盾して…私のために生きてくれればいいのにって思ってしまう事があるんです。』
言葉と共に深月の瞳から涙が溢れた。深月が溢れる涙を拭おうとする手を降谷は捉えると深月にキスをした。角度を変えて何度も優しく重なる唇に深月が甘い吐息を漏らすと降谷は唇を離した。
「僕は君を心配させて不安にさせて寂しい思いもさせて…そればかりだけど、必ず君の元に帰ってくるって約束するよ。」
"約束"という単語に深月の心臓がドキンと波打った。
ー約束…違えるかもしれないって零さんわかってるのに……それでもそう言うって事はこの人は逆に私を信じてくれてるんだ。私が約束を信じるって。
『その言葉、信じますからね。』
「あぁ、君を泣かせないように頑張るよ。」
『じゃあ…零さんが約束を違えない様に私はひとつ保険をかけますね。』
深月は降谷の頬に触れるとその唇にチュッとキスをして不思議そうにする青い瞳を見つめた。
『約束を違えた時にはその責任を追及するために貴方を追います。それが天国だろうと地獄だろうと。』
深月のまっすぐな瞳は揺れる事なく降谷を貫いた。彼女の本気が伝わり降谷は深月の頬を撫でながらため息交じりに言った。
「それは保険じゃなくて脅迫だ。」
『何を言いますか。私の命をかけた最大限の保険ですよ。』
深月がニコリと笑うと降谷は深月をギュッと強く抱きしめた。
「君は僕にその命まで預けていいのか?」
『零さん、守るって言ったから。零さんが私を甘やかすから私もうダメダメのダメ人間なんですから…その時はちゃんと一生守ってくれるって言ったでしょ?』
深月の声音は自信に満ちていて降谷は腕を緩めると深月を見つめた。その瞳は疑うなんて知らない様な純粋な色で満ちていて降谷の心をあたたかくさせた。
「うん…守るよ。一生君を守るよ。」
『はい。よろしくお願いします。』
フフッと深月が嬉しそうに笑うと降谷はキスをした。また触れるだけのキスを数回すると降谷は唇を離してしまい深月は何度目かになるそんなキスが物足りなくてギュッと降谷の服を握りしめた。
『零さん…もっと…』
深月が熱っぽい瞳で降谷の名を呼んで先を望めば降谷はもう一度唇を重ねた。舌が絡むと普段よりゆっくりと優しいそれに深月はなんだか焦ったくて降谷の首に腕を回した。
『零さん…いつもと違う…』
「口の中もケガしてるんだから優しくしないと痛いだろ?」
『…零さん、そんな事気にするんですね。』
深月が目を見開いて驚いた表情をするので降谷は口元を引くつかせた。
「あのなぁ…痛いのは可哀想かなと思ったんだけど…僕はそんな気遣いも出来ない男だと思われていたのか。」
『え…あ…そうでなくて…ごめんなさい。』
深月が素直に謝ると降谷はそんな風に思われるほど自分は普段深月に強引な態度をとっているのだろうかと内心反省していた。黙ってしまった降谷に深月は慌てて説明を足した。
『あの、別に零さんが私に気を遣ってないとかそんな風には全然思ってないですよ!ただ私はそんなの気にしないというか、いつも通りしてくれたらいいのにって思っちゃったから…』
発言してから深月はカァッと頬を赤く染めた。そんな様子の深月を見ると降谷は見当違いの事を考えていたなと思って安心しクスリと笑みを零した。
「なるほど。物足りなかったのか。」
『ちがっ…わなくはないですけど…』
深月が視線を逸らして恥ずかしそうにする姿が可愛くて降谷は堪らず深月の唇を奪った。深月の要望通りキスをすれば深月は少し痛むのかピクッと反応して眉を軽く寄せた。そんな様子に降谷は唇を離して潤む深月の瞳を見つめた。
「ほら、痛いんだろ?」
『ちょっとだけ…』
「無理はしない方がいい。ここまでにして僕は料理をするよ。」
降谷がそう言ってソファーを立ち上がろうとするので深月は慌ててその腕を掴んだ。
『待って!別に料理は自分で出来ますし…』
「ダメだ。ケガが治ったらいくらでもしてあげるよ。」
『…でも…私、今、零さんを感じたい。貴方のそばにいるんだって実感したい。』
ギュッと降谷の腕を握る深月の手には力がこもり、降谷を見上げる瞳は煽情的に揺れていて降谷の鼓動が速くなった。
「でもな…」
『痛くたっていいの…零さんが与えてくれるものなら痛くても苦しくても…みんな欲しいの。』
「っ…このバカ。」
『え…んっ!』
降谷は悪態をつくと深月に噛み付く様にキスをしてそのままソファーに押し倒した。少しの痛みと甘い痺れが混じって深月の瞳から涙が零れた。降谷は唇を離すとハァッと甘い息を吐き不思議そうにこちらを見上げてくる深月を見下ろした。
「君の体を考えてこっちは我慢してるのに…なんでそう煽るんだ。」
『ごめんなさい…だって……安心したいんだもん。零さんにもっと触れて、もっと、感じたい。ダメ?』
不安げに小首を傾げてくる深月には酷かもしれないが正しい答えをするならその要求を断らなければいけないと降谷はわかっていた。けれど普段なら絶対に言わない様な事を素直に言って求めてくる恋人に正直降谷の理性なんてわずかにしか機能していなかった。降谷はフーッと息を吐き出すと深月の髪を撫でた。
「痛みを我慢はするなよ。ちゃんと言うんだぞ。」
深月がコクンと頷き降谷の首に腕を回して抱きつけば降谷は深月の首筋にチュッとキスをした。深月が漏らす小さな甘い声に誘われて降谷は深月の体にゆっくりと優しく触れていった。
『…やらかした。』
深月はベッドの上で毛布にくるまりながら少し後悔していた。降谷は深月の体を気遣ってくれたと言うのに我儘を言って抱いてもらった。感情が昂っていたとはいえあまりにも大胆な発言をした自分に深月はいまさらながら顔を真っ赤に染めた。
ーこんな我儘言っても零さんどうして怒らないんだろ…本当に甘い人…
そんな深月に甘い恋人は深月の体を気遣っていつも以上に優しく愛して暫く一緒にベッドで過ごした後、眠そうにする深月の頭を撫でて、ご飯作っておくよ。と言って寝室を出て行った。深月はその後少し眠ってしまったのか目が覚めた時にはかなり頭は冷静になり恥ずかしさと若干の後悔の念が押し寄せてきていた。
ー零さんのせっかくの気遣いを蔑ろにしちゃったかなぁ…あぁもう最低だなぁ私。
深月はハァとため息をつくがそれでもそれ以上に降谷をそばに近くで感じられた事の幸福感のが強かった。
ーこんなに幸せでいいのかな?私ばっかりたくさんもらってないかな?何か返せたらいいのに…
深月はゆっくりと体を起こして毛布から出て服を着ると寝室を出た。キッチンからの水音を聞くとまだそこに降谷がいるんだと確信しそんなに寝てしまってはいなかったんだなと深月は少しホッとしてその扉を開けた。それに気付いた降谷は優しくふわりと笑って出迎えた。
「ちょうど良かった。ひと通り料理が終わったから声をかけようと思ってたんだ。」
『わぁ…こんなに作ったんですか…え?私結構寝てました?』
「いや、小1時間じゃないか?」
『小1時間…』
小1時間で10品程もあるんじゃないかというその料理に深月は目が点になった。タッパーに入るそれらを眺めて深月は降谷の女子力の高さに感服した。
『いい奥さんになりそうですね。』
「僕がなるのは君の旦那様のはずだ。」
『今のうちに言っときますけど、私はここまで出来た奥さんにはなれませんからね。』
深月が半眼でそう伝えると降谷はクスリと笑った。
「別にそんな事望んでないよ。君は僕にいってらっしゃいとおかえりをしてくれればそれで十分だよ。」
『それだと本当にダメ人間まっしぐらなのでもう少し要求していただけます?人生何かしら張り合いがないとダメになります。』
「そうだなぁ…じゃあベッドでは僕の腕の中で可愛く啼いてもらおうかな?」
『そ、そういう事ではなくてっ!』
降谷がニヤリと笑ってそう言えば深月は頬を真っ赤にして降谷を睨んだ。
『もう、すぐそうやってからかうんですから…』
「案外本気なんだけどな。」
『何か言いました?』
降谷がぼそりと呟いたそれが上手く聞き取れなくて深月が尋ねれば降谷は首を横に振った。
「いいや……それより体の方は問題ないか?」
『あ…はい。なんともないです。あの…ごめんなさい。零さんは気を遣ってくれたのに…我儘を言ってその気持ちを蔑ろにしちゃいました。』
降谷に問われ深月は視線を逸らして言いづらそうに言葉を紡いだ。降谷はそれを聞くと苦笑した。
「別にそれは構わないけど…後悔してるのか?」
『えと……あの、怒らないでくれます?』
降谷の問いに戸惑って深月は視線を彷徨わせ、そっと降谷を見上げて尋ねた。
「怒るって何を?」
『その…私の答えを聞いて。』
「怒らないとは思うが…回答によっては思うところはあるだろうな。」
『あぅ…まぁそうですよね…』
深月が口ごもってしまうと降谷はハァとため息をついた。
「なんにしても素直に話してくれるか?下手な嘘は聞きたくない。」
『それは上手けりゃ嘘でもいいんですか?』
「あとあとバレた時の事を考えた方がいいと思うぞ。」
降谷の瞳が冷たく光ると深月は背筋が寒くなりギュッと手を握りしめた。
『その…零さんの気持ちを蔑ろにしたようで申し訳ない気持ちはもちろんあって少し後悔はしてるんですけど……それよりも幸せだなぁと思ってしまったと言いますか…ごめんなさい。反省はしてるんですよ?』
深月が不安げに降谷を見上げると降谷は優しく深月に笑いかけた。
「なんだ。なら良かったよ。君が幸せだと感じてくれたなら僕は嬉しい。」
『そ、そうですか?』
「怒られると思ったのか?」
『だって…我儘言ったし…なのに幸せだったなんて反省の色が見えないじゃないですか…』
「なるほど。でも、君が誘ってきたんだぞ?後悔したなんて言われたくないな。君の誘いに応じて僕が抱いたんだ。良かったって思ってもらわないと。」
『あ…は、はい。』
深月は降谷の口から出た"抱いた"という言葉に頬が赤く染まった。そんな染まる頬を降谷はゆっくりと撫でると深月に笑いかけた。
「幸せだったって事は気持ち良かったのかな?」
『そ、それはっ…』
「どこかに触れるたびに甘くて艶のある声を可愛くその口からあげてたんだから当然かな?」
ツーッと下唇を親指で撫でながら降谷が言うと深月はピクッと体を揺らして反応した。
『っ…れ、零さん!意地悪言わないでっ!』
「ハハッごめん。深月の反応が可愛いからつい。」
深月は声を出して笑う降谷を見ると意地悪をされて不服に思ったもののその笑顔につられてクスリと笑みを零した。
『ね、零さん。』
「ん?」
『ありがとうございます。話を聞いて下さって…それと、私を…抱いてくれて。怖かったなんて私ひとりじゃ気付かなかったし零さんのおかげで安心しました。』
深月が頬を赤らめはにかみながら笑うと降谷は深月を抱きしめ耳元に唇を寄せた。
「可愛いな、君は。うっかりもう一度抱きたくなるよ。」
『え、あ、それは…』
「大丈夫。今日はもうしないよ。さすがに君のケガに響くと思うから。」
降谷が腕を緩めてポンポンと頭を叩けば深月は真っ赤な顔で降谷を見上げ胸元を掴むと引き寄せチュッとキスをした。
『じゃあこれで我慢してください。』
「…それは煽ってるっていうんだ。」
『え…んっ!』
降谷に腰をすくわれて深月は深く口付けられた。ハァッと甘い息が深月の口から漏れると降谷は濡れて揺れる瞳を見つめた。
「それに我慢させるならこれくらいはしてもらわないと、物足りないな。」
『っ…そこまでして逆に大丈夫なんですか?』
「君が物足りない?抱いてほしい?」
『別に私は…さっきいっぱいしてもらったから…』
視線を逸らしながら恥ずかしそうにする深月が可愛くて降谷はギュッと強く深月を抱きしめてその首元に顔をうずめた。
「本当に押し倒しそうでまずいな。」
『もぅ…またそんな事言って…』
ー冗談じゃないんだけどな…
降谷は本気で取り合ってないであろう深月にそっとため息をついた。
つづく
「君が死にたくないと思って拳銃を手に取った事が僕には君が思うほどひどく悪い事のようには思えないよ。むしろ僕は君が拳銃を手にしてまで生きたいと思ってくれた事を良かったと思う。こうしてあたたかい君を抱きしめられるのは君が生きていてくれるからだ。」
『でも…私…』
「誰かを守るってのは自分を守るって事でもあるんだよ。自己犠牲は素晴らしいかもしれないが案外遺された者には辛い事もある。」
降谷の脳裏に親友の姿がチラつきその瞳に影が落ちるが降谷の胸に顔をうずめる様に抱きしめられる深月にはそれはわからなかった。
『…普段無茶をしてそうな零さんの言葉とは思えないのですが…』
「僕だってさすがに犠牲になろうとは思ってない。自分の身だって可愛いさ。」
『それでも今回の事、私はやっぱり別のやり方があったんじゃないかって思うんです…母も現場を見てそう思ったみたいだから、きっと他のやり方があったはずで…』
「僕はそうは思わなかった。現場を見たが自分よりも大柄な男を相手に女性が鉄パイプや他の鈍器で制圧するというのはあまり現実的じゃない。それに近くに殺傷能力の高い拳銃なんてあれば扱った事のない人だって手にするさ。拳銃なら確実に距離も取れるし構えるだけで相手を怯ませる事も出来る。一番効果的かつ合理的だ。君の判断が誤っていたようには思わないな。」
降谷の声音が今までの優しいものではなく風見と仕事の電話をしている時のそれと似ていて深月はそっと顔を上げた。真剣さを帯びて光る青い瞳がまっすぐに深月を捉え離さなかった。
「本当は恭子さんもわかっていたんじゃないかな。それでも他の方法があったはずだと思いたかったんだ。きっと恭子さんも感情的になってたんだよ。」
『母が感情的に…そんな風には…』
「ポーカーフェイスは職業柄得意だろう。恭子さんは随分と優秀な人だったみたいだから。」
深月が考えて黙ると降谷は苦笑した。
「深月、難しく考えるのはやめよう。君は死に瀕して素直に生きたいと強く思った。それで手にしたのが拳銃だったとして本来それは誰にも責められない事だ。僕は君が生きていただけで良かったと思ってる。たとえば君がその犯人を殺してしまったとしても、だ。」
降谷の言葉に深月は目を見開いた。"殺してしまったとしても"という言葉が深月の胸に重くのしかかった。
ーそうだ…私は拳銃を手に取った…つまりそれは相手を殺す道具を手にしたって事…たとえ殺す気がなかったとしても…
「けど、君は犯人の肩を撃ち抜き、最終的には止血までしたんだろ。そこまで対応出来てるなら僕は褒めたいくらいだよ。」
『…零さん、それは甘すぎると思います。』
「そうかな?確かに僕だって本当ならその手に拳銃なんて握ってほしくはないさ。」
降谷はそう言いながら抱きしめる腕を緩めると深月の両手を包み込む様に握って見つめた。
「でも君の命がそれで助かるなら僕はそれでもいいと思う。理想を言えばそうならない様に僕が守ってあげたいけどな。」
降谷が苦しそうに言葉を吐き出す様に言うと深月は胸の奥がギュッと締めつけられた。
理想を現実にするのは難しい。実際すでに深月の手は拳銃を握ってしまった。深月は降谷に握られる手を見つめて呟いた。
『確かに死にたくないって思って拳銃を手に取ったけど…今思えば随分とくだらない事を考えていたなぁって思うんです。』
「どういう事だ?」
『零さん、あの日ポアロで言ったでしょ?"僕の誘いにはのってくれます?"って。私は内容も聞かずにそれを断ったから…なんか無性に気になっちゃって。それを聞かなきゃ死ぬに死ねないような…そんな理由で発砲したかと思うと余計に自分が怖いと言いますか…』
「ふーん、君は死ぬかもしれないって瞬間に僕を思い出したんだな。」
降谷が口角を上げると深月はなんだか恥ずかしくてそれを誤魔化した。
『っ…たまたま心残りだっただけですよ。その前には千紗のカラオケ付き合ってあげれば良かったなぁとかも考えてましたし……死の直前にこんな事しか考えられない自分がなんか情けないです。』
目に見えて落ち込む深月を見て降谷は包み込んでいた深月の手をギュッと握った。
「案外そんなもんさ。些細な日常を思い出して後悔するんだ。そうして思うんだよ。あぁなんて事ない日常ってのがとても大切なんだって。」
降谷に握られた手のぬくもりとその強さに深月は安心し、それと同時に怖くなった。今回、握ってしまったそれは人を殺せるもので、それは深月にとっては特別な事だが、降谷にとってそれは特別でもなんでもない。そんな世界にいる人だとわかっていたはずなのに深月はいまさら握ってくれるこの手が明日には消えてしまうかもしれないという事にとても怖くなった。気付けば深月の瞳からポロポロと涙が零れ降谷は目を見開いた。元気付けようと思ったはずが深月の瞳が不安で揺れてしまう事が降谷には理解出来なかった。
「深月?」
『っ…零さん!』
深月は降谷の手から手を抜くとギュッと降谷に抱きついた。自分の胸の中に飛び込んできた深月に戸惑いつつも降谷はその小さな肩を抱きしめ優しく声をかけた。
「どうした?」
『わかってたつもりだったのに…拳銃を握るって事が私には特別な事でも零さんにはそうでないって……あれは人を殺せる道具だって…そんなものを持たなきゃいけない仕事をしてるって…わかってたつもりだったのに怖くて怖くて堪らないの!零さん!お願いだからそばにいて!』
叫びにも似た深月の訴えに降谷は締めつけられる様な痛みを胸に感じた。不安にさせて苦しめているのは警察官という立場の自分だと言うのにそれを辞めるという選択肢が降谷の中にはなかった。
「深月、ごめん。君を不安にさせて。それでも僕は警察官を辞める気はないよ。僕はこの仕事が好きだし誇りに思ってるから……それに僕が君のために警察官を辞めるって言ったら君は嫌だろ?」
降谷の言葉に驚き深月は勢いよく降谷を見上げた。青い瞳が少し困った様にけれど誇らしげに笑っていて深月は見惚れてしまった。深月が何も言わずに見つめてくるので降谷も見つめ返して尋ねた。
「それとも辞めてほしい?」
降谷がそう尋ねれば深月はハッとしてすぐに首を横に強く振った。
『そうじゃないです!ただ…零さんが明日突然消えてしまうかもって思ったら怖くて…でもこの仕事が貴方の誇りなのはわかるから警察官を辞めてなんてほしくなくて……だけど…』
深月は言い淀むと視線を降谷から逸らし口を噤んだ。
ーあぁ…どうしよう…なんて矛盾してるんだろう…零さんが、この国…国民のためにある警察官である事を私だって支えたいって思ってるのに…なのに……
深月はさらに自分の目頭が熱くなるのがわかった。言いたいけれど言ってしまうのが怖くもあって深月の唇が震えた。深月がそれを止めたくて下唇を噛むと降谷の指がその唇に触れた。驚いて深月の歯が唇を離れると降谷の指がそこをなぞって気付けば深月はチュッとキスをされていた。
「あまり強く噛むと切れるぞ。」
フッと笑う降谷と視線が合うと深月は発せなかったその言葉が口をついた。
『そんな貴方のために何か出来ればいいのにって思うのに…矛盾して…私のために生きてくれればいいのにって思ってしまう事があるんです。』
言葉と共に深月の瞳から涙が溢れた。深月が溢れる涙を拭おうとする手を降谷は捉えると深月にキスをした。角度を変えて何度も優しく重なる唇に深月が甘い吐息を漏らすと降谷は唇を離した。
「僕は君を心配させて不安にさせて寂しい思いもさせて…そればかりだけど、必ず君の元に帰ってくるって約束するよ。」
"約束"という単語に深月の心臓がドキンと波打った。
ー約束…違えるかもしれないって零さんわかってるのに……それでもそう言うって事はこの人は逆に私を信じてくれてるんだ。私が約束を信じるって。
『その言葉、信じますからね。』
「あぁ、君を泣かせないように頑張るよ。」
『じゃあ…零さんが約束を違えない様に私はひとつ保険をかけますね。』
深月は降谷の頬に触れるとその唇にチュッとキスをして不思議そうにする青い瞳を見つめた。
『約束を違えた時にはその責任を追及するために貴方を追います。それが天国だろうと地獄だろうと。』
深月のまっすぐな瞳は揺れる事なく降谷を貫いた。彼女の本気が伝わり降谷は深月の頬を撫でながらため息交じりに言った。
「それは保険じゃなくて脅迫だ。」
『何を言いますか。私の命をかけた最大限の保険ですよ。』
深月がニコリと笑うと降谷は深月をギュッと強く抱きしめた。
「君は僕にその命まで預けていいのか?」
『零さん、守るって言ったから。零さんが私を甘やかすから私もうダメダメのダメ人間なんですから…その時はちゃんと一生守ってくれるって言ったでしょ?』
深月の声音は自信に満ちていて降谷は腕を緩めると深月を見つめた。その瞳は疑うなんて知らない様な純粋な色で満ちていて降谷の心をあたたかくさせた。
「うん…守るよ。一生君を守るよ。」
『はい。よろしくお願いします。』
フフッと深月が嬉しそうに笑うと降谷はキスをした。また触れるだけのキスを数回すると降谷は唇を離してしまい深月は何度目かになるそんなキスが物足りなくてギュッと降谷の服を握りしめた。
『零さん…もっと…』
深月が熱っぽい瞳で降谷の名を呼んで先を望めば降谷はもう一度唇を重ねた。舌が絡むと普段よりゆっくりと優しいそれに深月はなんだか焦ったくて降谷の首に腕を回した。
『零さん…いつもと違う…』
「口の中もケガしてるんだから優しくしないと痛いだろ?」
『…零さん、そんな事気にするんですね。』
深月が目を見開いて驚いた表情をするので降谷は口元を引くつかせた。
「あのなぁ…痛いのは可哀想かなと思ったんだけど…僕はそんな気遣いも出来ない男だと思われていたのか。」
『え…あ…そうでなくて…ごめんなさい。』
深月が素直に謝ると降谷はそんな風に思われるほど自分は普段深月に強引な態度をとっているのだろうかと内心反省していた。黙ってしまった降谷に深月は慌てて説明を足した。
『あの、別に零さんが私に気を遣ってないとかそんな風には全然思ってないですよ!ただ私はそんなの気にしないというか、いつも通りしてくれたらいいのにって思っちゃったから…』
発言してから深月はカァッと頬を赤く染めた。そんな様子の深月を見ると降谷は見当違いの事を考えていたなと思って安心しクスリと笑みを零した。
「なるほど。物足りなかったのか。」
『ちがっ…わなくはないですけど…』
深月が視線を逸らして恥ずかしそうにする姿が可愛くて降谷は堪らず深月の唇を奪った。深月の要望通りキスをすれば深月は少し痛むのかピクッと反応して眉を軽く寄せた。そんな様子に降谷は唇を離して潤む深月の瞳を見つめた。
「ほら、痛いんだろ?」
『ちょっとだけ…』
「無理はしない方がいい。ここまでにして僕は料理をするよ。」
降谷がそう言ってソファーを立ち上がろうとするので深月は慌ててその腕を掴んだ。
『待って!別に料理は自分で出来ますし…』
「ダメだ。ケガが治ったらいくらでもしてあげるよ。」
『…でも…私、今、零さんを感じたい。貴方のそばにいるんだって実感したい。』
ギュッと降谷の腕を握る深月の手には力がこもり、降谷を見上げる瞳は煽情的に揺れていて降谷の鼓動が速くなった。
「でもな…」
『痛くたっていいの…零さんが与えてくれるものなら痛くても苦しくても…みんな欲しいの。』
「っ…このバカ。」
『え…んっ!』
降谷は悪態をつくと深月に噛み付く様にキスをしてそのままソファーに押し倒した。少しの痛みと甘い痺れが混じって深月の瞳から涙が零れた。降谷は唇を離すとハァッと甘い息を吐き不思議そうにこちらを見上げてくる深月を見下ろした。
「君の体を考えてこっちは我慢してるのに…なんでそう煽るんだ。」
『ごめんなさい…だって……安心したいんだもん。零さんにもっと触れて、もっと、感じたい。ダメ?』
不安げに小首を傾げてくる深月には酷かもしれないが正しい答えをするならその要求を断らなければいけないと降谷はわかっていた。けれど普段なら絶対に言わない様な事を素直に言って求めてくる恋人に正直降谷の理性なんてわずかにしか機能していなかった。降谷はフーッと息を吐き出すと深月の髪を撫でた。
「痛みを我慢はするなよ。ちゃんと言うんだぞ。」
深月がコクンと頷き降谷の首に腕を回して抱きつけば降谷は深月の首筋にチュッとキスをした。深月が漏らす小さな甘い声に誘われて降谷は深月の体にゆっくりと優しく触れていった。
『…やらかした。』
深月はベッドの上で毛布にくるまりながら少し後悔していた。降谷は深月の体を気遣ってくれたと言うのに我儘を言って抱いてもらった。感情が昂っていたとはいえあまりにも大胆な発言をした自分に深月はいまさらながら顔を真っ赤に染めた。
ーこんな我儘言っても零さんどうして怒らないんだろ…本当に甘い人…
そんな深月に甘い恋人は深月の体を気遣っていつも以上に優しく愛して暫く一緒にベッドで過ごした後、眠そうにする深月の頭を撫でて、ご飯作っておくよ。と言って寝室を出て行った。深月はその後少し眠ってしまったのか目が覚めた時にはかなり頭は冷静になり恥ずかしさと若干の後悔の念が押し寄せてきていた。
ー零さんのせっかくの気遣いを蔑ろにしちゃったかなぁ…あぁもう最低だなぁ私。
深月はハァとため息をつくがそれでもそれ以上に降谷をそばに近くで感じられた事の幸福感のが強かった。
ーこんなに幸せでいいのかな?私ばっかりたくさんもらってないかな?何か返せたらいいのに…
深月はゆっくりと体を起こして毛布から出て服を着ると寝室を出た。キッチンからの水音を聞くとまだそこに降谷がいるんだと確信しそんなに寝てしまってはいなかったんだなと深月は少しホッとしてその扉を開けた。それに気付いた降谷は優しくふわりと笑って出迎えた。
「ちょうど良かった。ひと通り料理が終わったから声をかけようと思ってたんだ。」
『わぁ…こんなに作ったんですか…え?私結構寝てました?』
「いや、小1時間じゃないか?」
『小1時間…』
小1時間で10品程もあるんじゃないかというその料理に深月は目が点になった。タッパーに入るそれらを眺めて深月は降谷の女子力の高さに感服した。
『いい奥さんになりそうですね。』
「僕がなるのは君の旦那様のはずだ。」
『今のうちに言っときますけど、私はここまで出来た奥さんにはなれませんからね。』
深月が半眼でそう伝えると降谷はクスリと笑った。
「別にそんな事望んでないよ。君は僕にいってらっしゃいとおかえりをしてくれればそれで十分だよ。」
『それだと本当にダメ人間まっしぐらなのでもう少し要求していただけます?人生何かしら張り合いがないとダメになります。』
「そうだなぁ…じゃあベッドでは僕の腕の中で可愛く啼いてもらおうかな?」
『そ、そういう事ではなくてっ!』
降谷がニヤリと笑ってそう言えば深月は頬を真っ赤にして降谷を睨んだ。
『もう、すぐそうやってからかうんですから…』
「案外本気なんだけどな。」
『何か言いました?』
降谷がぼそりと呟いたそれが上手く聞き取れなくて深月が尋ねれば降谷は首を横に振った。
「いいや……それより体の方は問題ないか?」
『あ…はい。なんともないです。あの…ごめんなさい。零さんは気を遣ってくれたのに…我儘を言ってその気持ちを蔑ろにしちゃいました。』
降谷に問われ深月は視線を逸らして言いづらそうに言葉を紡いだ。降谷はそれを聞くと苦笑した。
「別にそれは構わないけど…後悔してるのか?」
『えと……あの、怒らないでくれます?』
降谷の問いに戸惑って深月は視線を彷徨わせ、そっと降谷を見上げて尋ねた。
「怒るって何を?」
『その…私の答えを聞いて。』
「怒らないとは思うが…回答によっては思うところはあるだろうな。」
『あぅ…まぁそうですよね…』
深月が口ごもってしまうと降谷はハァとため息をついた。
「なんにしても素直に話してくれるか?下手な嘘は聞きたくない。」
『それは上手けりゃ嘘でもいいんですか?』
「あとあとバレた時の事を考えた方がいいと思うぞ。」
降谷の瞳が冷たく光ると深月は背筋が寒くなりギュッと手を握りしめた。
『その…零さんの気持ちを蔑ろにしたようで申し訳ない気持ちはもちろんあって少し後悔はしてるんですけど……それよりも幸せだなぁと思ってしまったと言いますか…ごめんなさい。反省はしてるんですよ?』
深月が不安げに降谷を見上げると降谷は優しく深月に笑いかけた。
「なんだ。なら良かったよ。君が幸せだと感じてくれたなら僕は嬉しい。」
『そ、そうですか?』
「怒られると思ったのか?」
『だって…我儘言ったし…なのに幸せだったなんて反省の色が見えないじゃないですか…』
「なるほど。でも、君が誘ってきたんだぞ?後悔したなんて言われたくないな。君の誘いに応じて僕が抱いたんだ。良かったって思ってもらわないと。」
『あ…は、はい。』
深月は降谷の口から出た"抱いた"という言葉に頬が赤く染まった。そんな染まる頬を降谷はゆっくりと撫でると深月に笑いかけた。
「幸せだったって事は気持ち良かったのかな?」
『そ、それはっ…』
「どこかに触れるたびに甘くて艶のある声を可愛くその口からあげてたんだから当然かな?」
ツーッと下唇を親指で撫でながら降谷が言うと深月はピクッと体を揺らして反応した。
『っ…れ、零さん!意地悪言わないでっ!』
「ハハッごめん。深月の反応が可愛いからつい。」
深月は声を出して笑う降谷を見ると意地悪をされて不服に思ったもののその笑顔につられてクスリと笑みを零した。
『ね、零さん。』
「ん?」
『ありがとうございます。話を聞いて下さって…それと、私を…抱いてくれて。怖かったなんて私ひとりじゃ気付かなかったし零さんのおかげで安心しました。』
深月が頬を赤らめはにかみながら笑うと降谷は深月を抱きしめ耳元に唇を寄せた。
「可愛いな、君は。うっかりもう一度抱きたくなるよ。」
『え、あ、それは…』
「大丈夫。今日はもうしないよ。さすがに君のケガに響くと思うから。」
降谷が腕を緩めてポンポンと頭を叩けば深月は真っ赤な顔で降谷を見上げ胸元を掴むと引き寄せチュッとキスをした。
『じゃあこれで我慢してください。』
「…それは煽ってるっていうんだ。」
『え…んっ!』
降谷に腰をすくわれて深月は深く口付けられた。ハァッと甘い息が深月の口から漏れると降谷は濡れて揺れる瞳を見つめた。
「それに我慢させるならこれくらいはしてもらわないと、物足りないな。」
『っ…そこまでして逆に大丈夫なんですか?』
「君が物足りない?抱いてほしい?」
『別に私は…さっきいっぱいしてもらったから…』
視線を逸らしながら恥ずかしそうにする深月が可愛くて降谷はギュッと強く深月を抱きしめてその首元に顔をうずめた。
「本当に押し倒しそうでまずいな。」
『もぅ…またそんな事言って…』
ー冗談じゃないんだけどな…
降谷は本気で取り合ってないであろう深月にそっとため息をついた。
つづく