桜舞う頃〜その先〜
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《連続殺人事件がもう4件目ですか…怖いですね。》
《さすがにこれだけ続いているのですから警察も何かしら掴んでいるでしょう。世界でも日本の警察は優秀だと言われていますし。》
《しかし早く捕まえて安心させて欲しいものですね。我々国民を護るのが使命なのですから。血税で働いている自覚を持って頑張っていただかないと。》
深月はシャコシャコと歯磨きをしながらニュース番組が流れるテレビを半眼で見つめた。
ー言うだけなら簡単だよね。まぁこの人は言うのが仕事だからとやかく言うのも可哀想か。警察は連続する犯行を阻止出来て当然。ならば批判も当然。優秀だからこそ批判されるのよね。
そもそも出来が悪ければ出来ない事が当たり前になる。優秀だからこそ出来ない事を責められるのだ。
『でもなぁ…ちょっとやっぱムカッとするんだよなぁ。』
「警察嫌いでも警察への批判は腹立たしいか?」
ダイニングテーブルにフレンチトーストの乗った皿を置いて降谷が意地悪そうに尋ねると深月はそれを半眼で見つめた。
『えぇまぁ心情的に言えばそうですね。出来て当然…そう批判されている内は問題ないけど、失望されれば批判もされなくなる…そうすればそれはまさに警察組織の権威の失墜…頭では十分に理解してますよ。それでも父の事を批判されている様で少々腹立たしい思いもあるわけです。』
「だろうな。まぁ大丈夫さ。刑事部は優秀だからもう少ししたらきっと犯人を捕らえるさ。」
『上から圧力かかって誤認逮捕とかしないといいですけど。』
深月は冗談半分に言うと洗面所へ向かい口をゆすぎリビングに戻って来た。テレビではすでに話題が変わり新しく出来たドッグラン付きのカフェの紹介をしていた。
『へー…いいですね。ハロくん今度連れてってあげたらどうです?』
「そうだな、今度一緒に行こう。ほら、冷める前に食べた方がいい。」
そう言って降谷が椅子を引いてくれるので深月は椅子に座り、いただきます。と手を合わせてフレンチトーストをナイフで切って食べた。幸せそうにする深月を見て降谷はふと尋ねた。
「前から少し気になってたんだが、どうしてケーキは食べないんだ?君は甘い物は嫌いじゃないだろ。むしろカスタードとか生クリームとか好きじゃないか?」
『…ケーキは食べると気持ち悪くなるので。』
「気持ち悪く?」
『それはまた今度話しますね。』
そう言ってフレンチトーストを食べて笑う深月を見ると降谷は気になるもののその顔を陰らせたくなくてそれ以上尋ねるのは諦めた。
「深月!この後カラオケ行っかない?」
『行っかない。』
深月はカフェオレをひと口飲むと千紗の提案を跳ね除けた。
「なんでー?せっかく殺人犯捕まったんだからさぁ!朝まで遊ぼーよ!明日は休みじゃん!」
『なんでそんな理由で夜遊びしなきゃいけないのよ。』
深月は千紗のとってつけたような理由にハァとため息をついた。4件連続で起こった婦女殺人事件はつい先日犯人が捕まったとの報道がありそれまで一応夜遅くまで遊ぶ事を自粛していた千紗はブーッと文句を垂れた。
「えーじゃあどんな理由だったらいいわけ?」
『…誕生日とか?』
「言質取ったぞ!私の誕生日には朝まで遊んでもらうからね!」
『千紗の誕生日にそれは無理だよ。テスト期間真っ只中じゃん。朝まで勉強に付き合う事になりそう。』
「ふー…嫌な事を思い出させる。」
千紗が遠い目をすると深月はそれを半眼で見つめた。
『とにかくカラオケには行かないよ。』
「意地悪ぅ…あ!さては安室さんと約束があるな!」
『ないよ。』
「なんでないのよ!」
『いや意味わかんないんだけど…』
バンッとテーブルに突っ伏して叫ぶ様に言う千紗に深月は眉をひそめた。
「私との予定を断るなら理由は安室さんじゃなきゃ許せない!」
『ひどい理由…』
「それだと僕と予定を作るか千紗さんとカラオケに行くかの2択ですね?」
隣の席を片付ける安室がそう声をかけると千紗はガバッとテーブルから顔を上げた。
「さぁ!深月、どうするの⁉︎」
『そんな2択は選びません。今日はひとりで家でゆっくりします。』
「えー!」
ーだいたいここ数日、ポアロに行かなくたって何かと送ってもらったり零さんの家泊まったりで一緒に過ごしてるからなぁ…
恭子にポアロに来たらと頼まれていた警護をなんだかんだと都合をつけて降谷は深月がポアロに来てない時でも家に送ってくれた。その後降谷は仕事に向かう事もあったが深月のマンションに泊まる事や逆に降谷の家に深月が泊まる事もあり、殺人事件の犯人が捕まるまで一緒に夜を過ごす事が何度かあった。そうなると黙って寝かせてくれる恋人ではなく深月も求められればそれに流された。
ーこの人、疲れとかないのかな?私と一緒の夜は大抵してる気が…
深月はここ最近の疲れを今日は解消したい気持ちが強かった。
「それならおうちデートは?私と安室さんどっちがいい?」
『どっちも疲れるから嫌。今日は静かに過ごさせて。』
「えー?なにそれ?安室さん、この子こんな事言ってますけど?」
「まぁたまにはひとりになりたい時もありますよ。」
「やだぁ優しい恋人!」
ニコリと笑って言う安室の顔を深月はぶん殴りたい衝動にかられた。なんてったってそうしたいと思わせる原因は爽やかに笑うその男 なのだから。なのに理解あるいい恋人としてそこにしれっと存在している事が深月は無性に腹が立った。とは言え千紗曰く天使の安室透を悪く言うわけにもいかず深月はぐぐっと押し黙って別の言葉を出した。
『…王様の耳はロバの耳って叫びたい床屋の気持ちが今の私の気持ち。』
「何それ?どういう意味?」
『千紗は理解出来なくていい。』
本当の事を叫びたい思いを深月がその言葉にのせて安室を睨むが安室はクスッと笑ってカウンター内へとグラスなどの洗い物を持って下がってしまった。
千紗はレジで会計をするその時まで食い下がったが深月が絶対に首を縦に振らなかったので最後には、もういいやい!家で弟とゲームする!仲間に入れてって言ったって入れてやんないからね!と謎の捨て台詞を吐いて走って帰ってしまった。深月はそれをしらけた目で追ったが特に声はかけなかった。明日になれば千紗はめげずに誘ってくる事を深月はわかっていた。
ー明日言ってきたら付き合ってあげよう。
深月が小さくため息をつけばレジを打った安室に声をかけられた。
「良かったんですか?」
『いいんです。千紗の誘いになんでものっていると大変ですから。』
「では僕の誘いにはのってくれます?」
『今日はのりません。わかっているでしょう?今日は誰も特別扱いしませんからね。』
「それは残念ですね。」
安室が眉を下げて笑うとそれを見ていた周りの女性客は頬を赤くしていたが深月はただ半眼で睨んだ。
ーこれがあざといってやつか。
深月は少し感心しているとポケットに入ったスマートフォンが鳴り着信相手が仕事関係だと確認すると安室に短く挨拶をしてポアロを出た。電話に出れば作詞の依頼をしたいとの連絡で米花町にあるスタジオで依頼主の歌手が収録中という事もあり、もう辺りは暗くなっていたが深月はその足でスタジオに向かい打ち合わせをする事になった。深月が打ち合わせを終え流されるままに仕事関係者と食事を共にすれば帰路に着いたのは22時を回っていた。
ーなぁんか最近忙しくなってきたな。ハニハニに気に入られてからか…そろそろ調整しないと学生とどっちが本業かわからなくなっちゃうな。
深月はフゥと息をつくと道の先で見知った後ろ姿を見つけて深月はその人物に駆け寄った。
『コナンくん!』
「あ…深月姉ちゃん。こんばんは。」
『あ、こんばんは…じゃなくて!こんな時間にひとりなの?』
「あーうん。ちょっと帰りが遅くなっちゃって。」
『小学生がこんな時間まで…ダメでしょ!家まで送っていくから。』
深月はそう言うとコナンの手を握った。コナンは逃げられないその状況に苦笑した。
ー本当は高校生なんだとは言えないよなぁ…
心の中でコナンがぼやいていると少し先の路地からドサッと何か重い物が地面に落ちたような音がした。なんの音だろうかと深月が思っていれば繋いだはずの手を振り払ってコナンがそちらに駆け出していた。
『ちょっ…コナンくん⁉︎』
深月もコナンを追って慌てて路地に入るとそこには倒れるスーツ姿の女性とその傍に座る髪の長い女性がいた。そのスーツ姿の女性はよく見るとポアロで出会った女性刑事の佐藤だった。
「佐藤刑事っ!」
コナンが叫ぶと佐藤の傍にいた女性はおもむろに立ち上がりコナンと深月を見つめてクスリと笑った。
「この刑事さんと知り合い?」
その声は確かに目の前の女性から発せられたのにそれは女性のものにしては低くむしろ声だけ聞けば男性だった。これはまずいところに居合わせたとはすでにわかっていた。けれど女装する男の目があまりにも猟奇的に光っていて深月はそれから目を逸らせなかった。コナンが、逃げて!と叫んだ声を聞いても深月は体がすぐには動かず、ダッと走り寄ってきた男にコナンは腹を蹴り上げられその場にうずくまった。深月はドクンドクンと自分の心臓の音がひどく大きく聞こえて耳障りだった。深月は変わらず男の目から視線を逸らせないままゆっくりと後退りした。男がコナンにした様に深月の腹目掛けて足を蹴り上げてきたのを深月は咄嗟に避けた。男は避けられた事で体勢を崩しよろめき深月はその隙をついて路地を抜けようと踵を返すが後少しというところで男に髪を掴まれ思い切り後ろに引かれた。その勢いのまま深月は地面に背中を強く打ち付け起き上がれなかった。見下ろしてくる男のギラリと光る瞳を睨めば頬を殴られた。
「女が男に恥かかせてんじゃねぇよ。」
男にグッと首を絞められ深月はその手を強く掴むがだんだんと苦しくなり意識が遠のいた。
ーあぁこのまま殺されるのかな?こんな事なら誘いに乗ってあげるべきだったかな?
ポアロで会話した千紗の事を思い出し深月は少し後悔し、次にはレジを打つ安室の姿が脳裏に浮かんだ。
ー零さんの誘いはなんだったのかな?
そんな事を考えたところで深月の意識はプツリと途切れた。
「ちょっと!ねぇ!起きて!」
『っ…?』
深月は怒鳴る様に呼びかけられ意識を戻し目を開けるとそこには心配そうに眉を寄せる佐藤がいた。
「気が付いたのね、良かった。」
『ここ、は?』
深月は声を出すとズキンと殴られた頬と締められた首に痛みが走り顔をしかめた。手足を縛られて身動きが取りづらい中、なんとか体を起こして見回せばそこは貸し倉庫のような場所で棚やテーブルが置かれていた。しかし壁にはウェディングドレスを身に纏った骸骨が十字架を抱く姿が描かれていて不気味だった。同じ様に手足を縛られた佐藤は深月の問いに首を横に振った。
「私にもわからないわ。」
『…あの!コナンくんは⁉︎』
周りにコナンの姿が見えず慌てて深月が尋ねると佐藤は目を見開いた。
「コナン君も一緒だったの?」
『はい…あの女装した男に蹴られて…』
「そうなのね…でもここにはいないみたい。無事だといいんだけど…」
佐藤は眉を寄せると悔しそうに言った。
「油断したわ。女性のろうあ者のフリをされて落とした補聴器を一緒に探しているところを後ろから殴られたみたい…」
『いったい何が目的なんでしょう?』
「それはたぶん…殺しよ。」
佐藤の目付きが鋭くなると深月は目を見開いた。佐藤の確信する根拠がわからず深月は素直に尋ねた。
『え?どうしてそんな事がわかるんです?』
「彼が連続婦女殺人事件の犯人だからよ。」
『え?でもそれは逮捕されたって…』
「単独犯じゃないって可能性があったの…でも上からの圧力で確実なひとりを逮捕してひとまず犯人逮捕って事になったのよ。」
『容疑者としてあの男が上がってたんですか?』
「いいえ……でも確かに連続婦女殺人事件の犯人よ。なぜなら…」
「この壁の十字架だろ?」
ガチャリと音がして扉が開いて入ってきた男がそう言うと深月はその声音に女装して襲ってきた男と同一人物だと分かった。すっかりと女装は解いて線は細いが今はどこから見てもそれは男だった。
男は扉を閉めるとテーブルの前の壁に描かれたそれに近付きうっとりと見上げた。
「いつも撮影場所はここだから。」
『撮影場所…?』
深月が疑問を口にすれば男はその異様な輝きを放つ瞳を深月に向けた。
「そう…お前達みたいな自分は能力が高いと傲慢になり男を見下す様な女が裁きを受ける場だ。ほら見てごらんよ。こんな風に記念に撮影してあげるんだ。」
そう言って男はポケットから4枚の写真を取り出すと深月と佐藤の方へ投げた。足元に散らばるそれを深月は見ると目を見開いた。そこにはテーブルの上で手足を四方に縛られ大の字に寝かされる女性が写っていた。服は無惨にも引き裂かれあらわになった肌にも無数の切り傷や殴られて青くなった跡がいくつもあった。けれど最も印象的なのはその胸に十字架の様に深く突き刺さった短刀だった。どの写真も同じ様に撮影されていて深月はこんな状況にもかかわらず、あぁなるほど。だから連続してるってわかったんだ…と納得した。
「僕の大事な友達が捕まっちゃったからさぁ。今回は警察官にしようって思ってたんだ。そしたら警視庁には女性の刑事さんがいるって聞いてさ…見てたんだ。男の刑事にも指図しちゃって…能力の高い女はさ傲慢で良くないよ。本当に。」
男はそう言うと佐藤に近付きポケットから出したアーミーナイフで佐藤の頬を切った。佐藤の血が頬を伝いポタポタとその白いシャツを赤く染めた。佐藤はキッと男を睨むと強く言った。
「私の事はいいわっ!でも彼女は関係ないじゃない!」
「いいや…君、東都大学の学生なんだね?」
男はポケットから深月の学生証を取り出すとそれを指先でつまんでプラプラと揺らす様に深月に見せた。
「いやぁ賢いんだなぁ!俺なんて高卒だよ!将来はさぞ素晴らしい仕事に就くんだろうなぁ。お前も俺みたいな男を笑うんだろ?」
ニタァと笑ってくる男に深月の背筋を冷や汗が流れた。
「それにしても大人しいな…刑事さんはいいとして君みたいな女子大生がこんな状況で涙ひとつ見せないでここがどこかと気にしたり…」
男はそう言うとガッと深月の頭頂部の髪を掴みその顔に顔を寄せた。
「俺の蹴りもかわしたりして女のくせして生意気なんだよ。」
『男尊女卑が激しい人…』
「お前らが自分の立場をわきまえないのが悪いんだ。女はか弱く男に守られる存在だ。そうでないならそれは裁かれるべきだ!」
ー歪んだ考え…何か彼をそうさせる要因があったんだろうな…
筋も何もあったもんじゃない自論を振りかざす男に深月は恐怖の中に哀れみを感じた。
それが瞳に出てしまったのか男は深月を殴った。殴られた勢いで深月は隣にあった棚に背中を打ち付けるようにして倒れ、男はさらに深月の腹を蹴った。
「本当にムカつく女だ。」
「ちょっと!やめて!」
佐藤が叫ぶと男は深月から佐藤に視線を移して佐藤に近付くとその腕を掴んで立たせ撮影場所と男が称していたテーブルまで歩かせた。
「安心しろよ。まずは予定通り刑事さんから裁いてやるから。最初は強気に出る女もいたけど…ちょっと殴って切りつけてやればすぐに泣いて赦しを乞うんだ。アンタもそうなのかな?」
男はそう言うと今度は佐藤を殴った。殴られた勢いで佐藤はテーブルに押し倒され縛られていた腕の縄をナイフで切られた。佐藤はこの時を待っていた。撮影された女性達は全員手足をテーブルの四方の脚に縛られていた。ならば当然犯人は縛り直す事になる。佐藤は素早く脇下のホルスターから拳銃を取り出すと見下ろしてくる男の脳天に突き付けた。
「残念だけど私は刑事よ。貴方が今まで殺してきた可憐な女性達とは違うの。撃たれたくなければ退きなさい。」
男がゆっくりと佐藤の上から退くと佐藤は縛られたままの両足で男の腹を追い切り蹴った。倒れ込んだ男に佐藤はのしかかると拳銃のグリップ部分で男の頭を思い切り殴った。男が気絶したのを確認すると佐藤はフゥと息をついて男の持っていたナイフで自分の足を拘束していた縄を切って深月に駆け寄った。
「大丈夫?」
『はい…』
「今、縄を切るわ。」
そう言って佐藤が手の縄を切ってくれるのを見ながら深月はぼんやりと違和感を感じていた。
ー私がここをどこなのかと気にしたのは目が覚めてすぐ…あの男はなんでそんな事を知っていたの?ここは盗聴されてたって事?なんで?そんな必要…まさか、仲間がまだ…
深月は佐藤が足の縄を切ってくれた瞬間に違和感が確信に変わった。しかしそれは遅くその時にはすでに佐藤の後ろにもうひとり別の男が静かに現れて佐藤のナイフを持つ手を捻り上げた。
『佐藤さんっ!』
「だから拳銃は取り上げとけっていったのによぉ。」
「っ!」
「おっと動くなよ。今すぐ喉を切り裂かれたくなかったらな。」
男は動こうとする佐藤の喉元にナイフを突きつけると佐藤は動きを止めた。男はそれを確認すると面倒くさそうにため息をついた。
「どうすっかなぁ。あいつはあんたのせいで伸びちまってるし…とはいえ殺せば起きた時にあいつ怒るだろうしなぁそれは面倒だ…」
「すぐに登降しなさい。明日になっても私が戻らなければ私についてるGPSの履歴でここの場所は特定されるし捕まるのも時間の問題よ。」
男は睨んでくる佐藤を見下ろすとニヤリと笑った。
「ってことは明日までは時間があるんだなぁ。」
男はそう言うと佐藤を床に押し倒した。
「俺は気の強い女って結構好きなんだ。最後までそのクズを見る様な目でいてくれよな!」
「きゃあっ!」
男が佐藤の胸元を掴み引きちぎると佐藤から悲鳴が上がった。男は佐藤の喉元にナイフを突きつけながらその胸を揉みしだいた。下品に笑いながら男が佐藤の体を弄るのを深月は見つめ考えた。佐藤に解いてもらって手足は自由に動く、とはいえここから逃げ出して助けを呼ぶには出口は遠すぎる。手元には縄をナイフで切る時に佐藤が置いて行った拳銃がひとつだけ。拳銃…それを見て深月が思い出すのは母の"二度と拳銃には触れない事"という言葉だった。
ーお母さん…私は……
佐藤のやめなさいっ!という悲鳴じみた声を聞いて深月はハッとした。男は佐藤の目元から零れ落ちる涙を見るとそれを舐め上げた。
「おいおい、楽しもうぜ。あんたの最期の夜だぜ!」
男が高らかに笑うと倉庫中に響いた。深月はその言葉に自分がこうして迷っていても最後に自分を待つのは"死"なのだと理解すると一気に頭が冷え、そっと佐藤の拳銃を手に取った。佐藤を犯す男は深月が何か出来るとは露とも思っていないのかなんの警戒もしていなかった。深月は激鉄を起こすと男に向けた。
『佐藤さんを離して。』
「ハハハッ!おいおい冗談はやめとけって。映画じゃないんだぜ。お前なんかに拳銃が扱えるわけ…」
男は深月の拳銃を構える姿がおかしくて笑ったが深月が男の近くの床をダァンッ!と音を立てて撃てば顔色を変えた。深月は冷めた目で男を見つめた。その目が気に入らなかったのか男が深月に向かってくると深月にはもう迷いなんてなかった。
ダァンッ!ともう一発銃声が響くと肩を撃ち抜かれた男は仰向けに倒れ込んだ。深月は男に拳銃を向けたままゆっくりと近付き言った。
『ムダ撃ちはしたくないの。大人しくしてください。』
「っ…わ、わかった…」
『佐藤さん…すみませんがこの人を縛るのを手伝ってもらえますか?』
状況を脳が整理しきれていないのかぼんやりとする佐藤に深月は静かに声をかけた。佐藤は言われるがまま男の手足を縛り深月は男の肩を近くにあった布で止血した。
『…本当に映画なら良かったのに…』
「貴女いったい…」
佐藤が戸惑い気味に尋ねると同時に倉庫の扉が開きそこから数人の警察官が駆け込んで来た。
「警察だ!無駄の抵抗はせず大人しくしなさいっ!」
「高木君!」
「佐藤さん!」
その警察官の中には高木の姿もあり高木は佐藤に駆け寄るとギュッと抱きしめた。抱きしめられた佐藤が頬を赤く染めているのを深月は横目で見ていると警察官達と共に入ってきたコナンに声をかけられた。
「深月姉ちゃん、大丈夫⁉︎」
『コナンくん!良かった!無事だったんだね!』
「うん。なんとか抜け出して警察に通報したんだ。」
『そっか…さすがだね。』
深月が優しく笑うとコナンは深月の手元を見ながら尋ねた。
「ねぇ銃声がしたけど…撃ったのはまさか深月姉ちゃんなの?」
『あ…』
深月は自分の手元に残ったままの拳銃に気付き苦笑した。
『うん……ものすごく叱られるのを覚悟しなきゃな。』
遠い目をする深月をコナンは見つめた。
つづく
《さすがにこれだけ続いているのですから警察も何かしら掴んでいるでしょう。世界でも日本の警察は優秀だと言われていますし。》
《しかし早く捕まえて安心させて欲しいものですね。我々国民を護るのが使命なのですから。血税で働いている自覚を持って頑張っていただかないと。》
深月はシャコシャコと歯磨きをしながらニュース番組が流れるテレビを半眼で見つめた。
ー言うだけなら簡単だよね。まぁこの人は言うのが仕事だからとやかく言うのも可哀想か。警察は連続する犯行を阻止出来て当然。ならば批判も当然。優秀だからこそ批判されるのよね。
そもそも出来が悪ければ出来ない事が当たり前になる。優秀だからこそ出来ない事を責められるのだ。
『でもなぁ…ちょっとやっぱムカッとするんだよなぁ。』
「警察嫌いでも警察への批判は腹立たしいか?」
ダイニングテーブルにフレンチトーストの乗った皿を置いて降谷が意地悪そうに尋ねると深月はそれを半眼で見つめた。
『えぇまぁ心情的に言えばそうですね。出来て当然…そう批判されている内は問題ないけど、失望されれば批判もされなくなる…そうすればそれはまさに警察組織の権威の失墜…頭では十分に理解してますよ。それでも父の事を批判されている様で少々腹立たしい思いもあるわけです。』
「だろうな。まぁ大丈夫さ。刑事部は優秀だからもう少ししたらきっと犯人を捕らえるさ。」
『上から圧力かかって誤認逮捕とかしないといいですけど。』
深月は冗談半分に言うと洗面所へ向かい口をゆすぎリビングに戻って来た。テレビではすでに話題が変わり新しく出来たドッグラン付きのカフェの紹介をしていた。
『へー…いいですね。ハロくん今度連れてってあげたらどうです?』
「そうだな、今度一緒に行こう。ほら、冷める前に食べた方がいい。」
そう言って降谷が椅子を引いてくれるので深月は椅子に座り、いただきます。と手を合わせてフレンチトーストをナイフで切って食べた。幸せそうにする深月を見て降谷はふと尋ねた。
「前から少し気になってたんだが、どうしてケーキは食べないんだ?君は甘い物は嫌いじゃないだろ。むしろカスタードとか生クリームとか好きじゃないか?」
『…ケーキは食べると気持ち悪くなるので。』
「気持ち悪く?」
『それはまた今度話しますね。』
そう言ってフレンチトーストを食べて笑う深月を見ると降谷は気になるもののその顔を陰らせたくなくてそれ以上尋ねるのは諦めた。
「深月!この後カラオケ行っかない?」
『行っかない。』
深月はカフェオレをひと口飲むと千紗の提案を跳ね除けた。
「なんでー?せっかく殺人犯捕まったんだからさぁ!朝まで遊ぼーよ!明日は休みじゃん!」
『なんでそんな理由で夜遊びしなきゃいけないのよ。』
深月は千紗のとってつけたような理由にハァとため息をついた。4件連続で起こった婦女殺人事件はつい先日犯人が捕まったとの報道がありそれまで一応夜遅くまで遊ぶ事を自粛していた千紗はブーッと文句を垂れた。
「えーじゃあどんな理由だったらいいわけ?」
『…誕生日とか?』
「言質取ったぞ!私の誕生日には朝まで遊んでもらうからね!」
『千紗の誕生日にそれは無理だよ。テスト期間真っ只中じゃん。朝まで勉強に付き合う事になりそう。』
「ふー…嫌な事を思い出させる。」
千紗が遠い目をすると深月はそれを半眼で見つめた。
『とにかくカラオケには行かないよ。』
「意地悪ぅ…あ!さては安室さんと約束があるな!」
『ないよ。』
「なんでないのよ!」
『いや意味わかんないんだけど…』
バンッとテーブルに突っ伏して叫ぶ様に言う千紗に深月は眉をひそめた。
「私との予定を断るなら理由は安室さんじゃなきゃ許せない!」
『ひどい理由…』
「それだと僕と予定を作るか千紗さんとカラオケに行くかの2択ですね?」
隣の席を片付ける安室がそう声をかけると千紗はガバッとテーブルから顔を上げた。
「さぁ!深月、どうするの⁉︎」
『そんな2択は選びません。今日はひとりで家でゆっくりします。』
「えー!」
ーだいたいここ数日、ポアロに行かなくたって何かと送ってもらったり零さんの家泊まったりで一緒に過ごしてるからなぁ…
恭子にポアロに来たらと頼まれていた警護をなんだかんだと都合をつけて降谷は深月がポアロに来てない時でも家に送ってくれた。その後降谷は仕事に向かう事もあったが深月のマンションに泊まる事や逆に降谷の家に深月が泊まる事もあり、殺人事件の犯人が捕まるまで一緒に夜を過ごす事が何度かあった。そうなると黙って寝かせてくれる恋人ではなく深月も求められればそれに流された。
ーこの人、疲れとかないのかな?私と一緒の夜は大抵してる気が…
深月はここ最近の疲れを今日は解消したい気持ちが強かった。
「それならおうちデートは?私と安室さんどっちがいい?」
『どっちも疲れるから嫌。今日は静かに過ごさせて。』
「えー?なにそれ?安室さん、この子こんな事言ってますけど?」
「まぁたまにはひとりになりたい時もありますよ。」
「やだぁ優しい恋人!」
ニコリと笑って言う安室の顔を深月はぶん殴りたい衝動にかられた。なんてったってそうしたいと思わせる原因は爽やかに笑うその
『…王様の耳はロバの耳って叫びたい床屋の気持ちが今の私の気持ち。』
「何それ?どういう意味?」
『千紗は理解出来なくていい。』
本当の事を叫びたい思いを深月がその言葉にのせて安室を睨むが安室はクスッと笑ってカウンター内へとグラスなどの洗い物を持って下がってしまった。
千紗はレジで会計をするその時まで食い下がったが深月が絶対に首を縦に振らなかったので最後には、もういいやい!家で弟とゲームする!仲間に入れてって言ったって入れてやんないからね!と謎の捨て台詞を吐いて走って帰ってしまった。深月はそれをしらけた目で追ったが特に声はかけなかった。明日になれば千紗はめげずに誘ってくる事を深月はわかっていた。
ー明日言ってきたら付き合ってあげよう。
深月が小さくため息をつけばレジを打った安室に声をかけられた。
「良かったんですか?」
『いいんです。千紗の誘いになんでものっていると大変ですから。』
「では僕の誘いにはのってくれます?」
『今日はのりません。わかっているでしょう?今日は誰も特別扱いしませんからね。』
「それは残念ですね。」
安室が眉を下げて笑うとそれを見ていた周りの女性客は頬を赤くしていたが深月はただ半眼で睨んだ。
ーこれがあざといってやつか。
深月は少し感心しているとポケットに入ったスマートフォンが鳴り着信相手が仕事関係だと確認すると安室に短く挨拶をしてポアロを出た。電話に出れば作詞の依頼をしたいとの連絡で米花町にあるスタジオで依頼主の歌手が収録中という事もあり、もう辺りは暗くなっていたが深月はその足でスタジオに向かい打ち合わせをする事になった。深月が打ち合わせを終え流されるままに仕事関係者と食事を共にすれば帰路に着いたのは22時を回っていた。
ーなぁんか最近忙しくなってきたな。ハニハニに気に入られてからか…そろそろ調整しないと学生とどっちが本業かわからなくなっちゃうな。
深月はフゥと息をつくと道の先で見知った後ろ姿を見つけて深月はその人物に駆け寄った。
『コナンくん!』
「あ…深月姉ちゃん。こんばんは。」
『あ、こんばんは…じゃなくて!こんな時間にひとりなの?』
「あーうん。ちょっと帰りが遅くなっちゃって。」
『小学生がこんな時間まで…ダメでしょ!家まで送っていくから。』
深月はそう言うとコナンの手を握った。コナンは逃げられないその状況に苦笑した。
ー本当は高校生なんだとは言えないよなぁ…
心の中でコナンがぼやいていると少し先の路地からドサッと何か重い物が地面に落ちたような音がした。なんの音だろうかと深月が思っていれば繋いだはずの手を振り払ってコナンがそちらに駆け出していた。
『ちょっ…コナンくん⁉︎』
深月もコナンを追って慌てて路地に入るとそこには倒れるスーツ姿の女性とその傍に座る髪の長い女性がいた。そのスーツ姿の女性はよく見るとポアロで出会った女性刑事の佐藤だった。
「佐藤刑事っ!」
コナンが叫ぶと佐藤の傍にいた女性はおもむろに立ち上がりコナンと深月を見つめてクスリと笑った。
「この刑事さんと知り合い?」
その声は確かに目の前の女性から発せられたのにそれは女性のものにしては低くむしろ声だけ聞けば男性だった。これはまずいところに居合わせたとはすでにわかっていた。けれど女装する男の目があまりにも猟奇的に光っていて深月はそれから目を逸らせなかった。コナンが、逃げて!と叫んだ声を聞いても深月は体がすぐには動かず、ダッと走り寄ってきた男にコナンは腹を蹴り上げられその場にうずくまった。深月はドクンドクンと自分の心臓の音がひどく大きく聞こえて耳障りだった。深月は変わらず男の目から視線を逸らせないままゆっくりと後退りした。男がコナンにした様に深月の腹目掛けて足を蹴り上げてきたのを深月は咄嗟に避けた。男は避けられた事で体勢を崩しよろめき深月はその隙をついて路地を抜けようと踵を返すが後少しというところで男に髪を掴まれ思い切り後ろに引かれた。その勢いのまま深月は地面に背中を強く打ち付け起き上がれなかった。見下ろしてくる男のギラリと光る瞳を睨めば頬を殴られた。
「女が男に恥かかせてんじゃねぇよ。」
男にグッと首を絞められ深月はその手を強く掴むがだんだんと苦しくなり意識が遠のいた。
ーあぁこのまま殺されるのかな?こんな事なら誘いに乗ってあげるべきだったかな?
ポアロで会話した千紗の事を思い出し深月は少し後悔し、次にはレジを打つ安室の姿が脳裏に浮かんだ。
ー零さんの誘いはなんだったのかな?
そんな事を考えたところで深月の意識はプツリと途切れた。
「ちょっと!ねぇ!起きて!」
『っ…?』
深月は怒鳴る様に呼びかけられ意識を戻し目を開けるとそこには心配そうに眉を寄せる佐藤がいた。
「気が付いたのね、良かった。」
『ここ、は?』
深月は声を出すとズキンと殴られた頬と締められた首に痛みが走り顔をしかめた。手足を縛られて身動きが取りづらい中、なんとか体を起こして見回せばそこは貸し倉庫のような場所で棚やテーブルが置かれていた。しかし壁にはウェディングドレスを身に纏った骸骨が十字架を抱く姿が描かれていて不気味だった。同じ様に手足を縛られた佐藤は深月の問いに首を横に振った。
「私にもわからないわ。」
『…あの!コナンくんは⁉︎』
周りにコナンの姿が見えず慌てて深月が尋ねると佐藤は目を見開いた。
「コナン君も一緒だったの?」
『はい…あの女装した男に蹴られて…』
「そうなのね…でもここにはいないみたい。無事だといいんだけど…」
佐藤は眉を寄せると悔しそうに言った。
「油断したわ。女性のろうあ者のフリをされて落とした補聴器を一緒に探しているところを後ろから殴られたみたい…」
『いったい何が目的なんでしょう?』
「それはたぶん…殺しよ。」
佐藤の目付きが鋭くなると深月は目を見開いた。佐藤の確信する根拠がわからず深月は素直に尋ねた。
『え?どうしてそんな事がわかるんです?』
「彼が連続婦女殺人事件の犯人だからよ。」
『え?でもそれは逮捕されたって…』
「単独犯じゃないって可能性があったの…でも上からの圧力で確実なひとりを逮捕してひとまず犯人逮捕って事になったのよ。」
『容疑者としてあの男が上がってたんですか?』
「いいえ……でも確かに連続婦女殺人事件の犯人よ。なぜなら…」
「この壁の十字架だろ?」
ガチャリと音がして扉が開いて入ってきた男がそう言うと深月はその声音に女装して襲ってきた男と同一人物だと分かった。すっかりと女装は解いて線は細いが今はどこから見てもそれは男だった。
男は扉を閉めるとテーブルの前の壁に描かれたそれに近付きうっとりと見上げた。
「いつも撮影場所はここだから。」
『撮影場所…?』
深月が疑問を口にすれば男はその異様な輝きを放つ瞳を深月に向けた。
「そう…お前達みたいな自分は能力が高いと傲慢になり男を見下す様な女が裁きを受ける場だ。ほら見てごらんよ。こんな風に記念に撮影してあげるんだ。」
そう言って男はポケットから4枚の写真を取り出すと深月と佐藤の方へ投げた。足元に散らばるそれを深月は見ると目を見開いた。そこにはテーブルの上で手足を四方に縛られ大の字に寝かされる女性が写っていた。服は無惨にも引き裂かれあらわになった肌にも無数の切り傷や殴られて青くなった跡がいくつもあった。けれど最も印象的なのはその胸に十字架の様に深く突き刺さった短刀だった。どの写真も同じ様に撮影されていて深月はこんな状況にもかかわらず、あぁなるほど。だから連続してるってわかったんだ…と納得した。
「僕の大事な友達が捕まっちゃったからさぁ。今回は警察官にしようって思ってたんだ。そしたら警視庁には女性の刑事さんがいるって聞いてさ…見てたんだ。男の刑事にも指図しちゃって…能力の高い女はさ傲慢で良くないよ。本当に。」
男はそう言うと佐藤に近付きポケットから出したアーミーナイフで佐藤の頬を切った。佐藤の血が頬を伝いポタポタとその白いシャツを赤く染めた。佐藤はキッと男を睨むと強く言った。
「私の事はいいわっ!でも彼女は関係ないじゃない!」
「いいや…君、東都大学の学生なんだね?」
男はポケットから深月の学生証を取り出すとそれを指先でつまんでプラプラと揺らす様に深月に見せた。
「いやぁ賢いんだなぁ!俺なんて高卒だよ!将来はさぞ素晴らしい仕事に就くんだろうなぁ。お前も俺みたいな男を笑うんだろ?」
ニタァと笑ってくる男に深月の背筋を冷や汗が流れた。
「それにしても大人しいな…刑事さんはいいとして君みたいな女子大生がこんな状況で涙ひとつ見せないでここがどこかと気にしたり…」
男はそう言うとガッと深月の頭頂部の髪を掴みその顔に顔を寄せた。
「俺の蹴りもかわしたりして女のくせして生意気なんだよ。」
『男尊女卑が激しい人…』
「お前らが自分の立場をわきまえないのが悪いんだ。女はか弱く男に守られる存在だ。そうでないならそれは裁かれるべきだ!」
ー歪んだ考え…何か彼をそうさせる要因があったんだろうな…
筋も何もあったもんじゃない自論を振りかざす男に深月は恐怖の中に哀れみを感じた。
それが瞳に出てしまったのか男は深月を殴った。殴られた勢いで深月は隣にあった棚に背中を打ち付けるようにして倒れ、男はさらに深月の腹を蹴った。
「本当にムカつく女だ。」
「ちょっと!やめて!」
佐藤が叫ぶと男は深月から佐藤に視線を移して佐藤に近付くとその腕を掴んで立たせ撮影場所と男が称していたテーブルまで歩かせた。
「安心しろよ。まずは予定通り刑事さんから裁いてやるから。最初は強気に出る女もいたけど…ちょっと殴って切りつけてやればすぐに泣いて赦しを乞うんだ。アンタもそうなのかな?」
男はそう言うと今度は佐藤を殴った。殴られた勢いで佐藤はテーブルに押し倒され縛られていた腕の縄をナイフで切られた。佐藤はこの時を待っていた。撮影された女性達は全員手足をテーブルの四方の脚に縛られていた。ならば当然犯人は縛り直す事になる。佐藤は素早く脇下のホルスターから拳銃を取り出すと見下ろしてくる男の脳天に突き付けた。
「残念だけど私は刑事よ。貴方が今まで殺してきた可憐な女性達とは違うの。撃たれたくなければ退きなさい。」
男がゆっくりと佐藤の上から退くと佐藤は縛られたままの両足で男の腹を追い切り蹴った。倒れ込んだ男に佐藤はのしかかると拳銃のグリップ部分で男の頭を思い切り殴った。男が気絶したのを確認すると佐藤はフゥと息をついて男の持っていたナイフで自分の足を拘束していた縄を切って深月に駆け寄った。
「大丈夫?」
『はい…』
「今、縄を切るわ。」
そう言って佐藤が手の縄を切ってくれるのを見ながら深月はぼんやりと違和感を感じていた。
ー私がここをどこなのかと気にしたのは目が覚めてすぐ…あの男はなんでそんな事を知っていたの?ここは盗聴されてたって事?なんで?そんな必要…まさか、仲間がまだ…
深月は佐藤が足の縄を切ってくれた瞬間に違和感が確信に変わった。しかしそれは遅くその時にはすでに佐藤の後ろにもうひとり別の男が静かに現れて佐藤のナイフを持つ手を捻り上げた。
『佐藤さんっ!』
「だから拳銃は取り上げとけっていったのによぉ。」
「っ!」
「おっと動くなよ。今すぐ喉を切り裂かれたくなかったらな。」
男は動こうとする佐藤の喉元にナイフを突きつけると佐藤は動きを止めた。男はそれを確認すると面倒くさそうにため息をついた。
「どうすっかなぁ。あいつはあんたのせいで伸びちまってるし…とはいえ殺せば起きた時にあいつ怒るだろうしなぁそれは面倒だ…」
「すぐに登降しなさい。明日になっても私が戻らなければ私についてるGPSの履歴でここの場所は特定されるし捕まるのも時間の問題よ。」
男は睨んでくる佐藤を見下ろすとニヤリと笑った。
「ってことは明日までは時間があるんだなぁ。」
男はそう言うと佐藤を床に押し倒した。
「俺は気の強い女って結構好きなんだ。最後までそのクズを見る様な目でいてくれよな!」
「きゃあっ!」
男が佐藤の胸元を掴み引きちぎると佐藤から悲鳴が上がった。男は佐藤の喉元にナイフを突きつけながらその胸を揉みしだいた。下品に笑いながら男が佐藤の体を弄るのを深月は見つめ考えた。佐藤に解いてもらって手足は自由に動く、とはいえここから逃げ出して助けを呼ぶには出口は遠すぎる。手元には縄をナイフで切る時に佐藤が置いて行った拳銃がひとつだけ。拳銃…それを見て深月が思い出すのは母の"二度と拳銃には触れない事"という言葉だった。
ーお母さん…私は……
佐藤のやめなさいっ!という悲鳴じみた声を聞いて深月はハッとした。男は佐藤の目元から零れ落ちる涙を見るとそれを舐め上げた。
「おいおい、楽しもうぜ。あんたの最期の夜だぜ!」
男が高らかに笑うと倉庫中に響いた。深月はその言葉に自分がこうして迷っていても最後に自分を待つのは"死"なのだと理解すると一気に頭が冷え、そっと佐藤の拳銃を手に取った。佐藤を犯す男は深月が何か出来るとは露とも思っていないのかなんの警戒もしていなかった。深月は激鉄を起こすと男に向けた。
『佐藤さんを離して。』
「ハハハッ!おいおい冗談はやめとけって。映画じゃないんだぜ。お前なんかに拳銃が扱えるわけ…」
男は深月の拳銃を構える姿がおかしくて笑ったが深月が男の近くの床をダァンッ!と音を立てて撃てば顔色を変えた。深月は冷めた目で男を見つめた。その目が気に入らなかったのか男が深月に向かってくると深月にはもう迷いなんてなかった。
ダァンッ!ともう一発銃声が響くと肩を撃ち抜かれた男は仰向けに倒れ込んだ。深月は男に拳銃を向けたままゆっくりと近付き言った。
『ムダ撃ちはしたくないの。大人しくしてください。』
「っ…わ、わかった…」
『佐藤さん…すみませんがこの人を縛るのを手伝ってもらえますか?』
状況を脳が整理しきれていないのかぼんやりとする佐藤に深月は静かに声をかけた。佐藤は言われるがまま男の手足を縛り深月は男の肩を近くにあった布で止血した。
『…本当に映画なら良かったのに…』
「貴女いったい…」
佐藤が戸惑い気味に尋ねると同時に倉庫の扉が開きそこから数人の警察官が駆け込んで来た。
「警察だ!無駄の抵抗はせず大人しくしなさいっ!」
「高木君!」
「佐藤さん!」
その警察官の中には高木の姿もあり高木は佐藤に駆け寄るとギュッと抱きしめた。抱きしめられた佐藤が頬を赤く染めているのを深月は横目で見ていると警察官達と共に入ってきたコナンに声をかけられた。
「深月姉ちゃん、大丈夫⁉︎」
『コナンくん!良かった!無事だったんだね!』
「うん。なんとか抜け出して警察に通報したんだ。」
『そっか…さすがだね。』
深月が優しく笑うとコナンは深月の手元を見ながら尋ねた。
「ねぇ銃声がしたけど…撃ったのはまさか深月姉ちゃんなの?」
『あ…』
深月は自分の手元に残ったままの拳銃に気付き苦笑した。
『うん……ものすごく叱られるのを覚悟しなきゃな。』
遠い目をする深月をコナンは見つめた。
つづく