桜舞う頃〜その先〜
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「だぁ!課題が終わらない!」
テーブルに突っ伏して叫ぶ千紗に深月はため息をついた。昼も過ぎ夕食にも早い中途半端な時間のポアロは深月達以外に客もなく迷惑になる心配はなかった。
『なんでいつもギリギリまで残しておくの?』
「ギリギリじゃないと僕ダメなんだよ〜♪お願い寒い目で見つめないで♪」
『私は寒い目で見つめるからね。』
「ひどっ!」
千紗が歌うと深月は本当に寒い目で彼女を見つめた。何かと課題を後回しにする彼女に付き合うのはもう何度目かわからない。
「わかるんだけどさぁ…楽しい事が目の前にあるとついね。今を生きたいのよ、私は!」
『あまり無計画だと単位落とすよ。まぁ別に私は千紗が後輩になったって構わないけど。』
「いやん!一緒に卒業するの!一緒に角帽をポーンって放り投げるの!」
『やらないんだけど。』
深月は呆れた様に半眼で千紗を見つめるとカフェオレを飲んだ。
カランカランとドアベルが鳴ると深月はそちらに視線を向けた。入って来たのは蘭と園子とコナンで、千紗はそれに気付くと声をかけた。
「蘭ちゃん!園子ちゃん!それと……なんだっけ?」
『コナンくんね。』
「そうだった!コナン君!みんなもこっち来なよ!」
千紗の誘いに乗り3人は隣のテーブル席に座った。3人の注文が終わると蘭は深月達のテーブルに広がるレポート用紙を見て尋ねた。
「大学の勉強ですか?」
「うん。課題。明日提出なんだけど案外難しくってさぁ。」
「大変ですね。」
『千紗は遊びに大変なだけだから気を遣う事ないからね、蘭ちゃん。』
「深月、ひどっ!」
『事実でしょうが。』
千紗が、くぅ!と嘘泣きしながら顔を手で覆うのを深月は冷めた目で見つめた。しかしふとコナンからの視線を感じて深月はそちらに視線を向けた。そうすればコナンはスッと視線を逸らしてしまって深月は首を傾げた。
ー私コナンくんになんかしたっけ?なーんか最近は最初会った時みたいな探る様な目で見られるんだよなぁ
深月は悩むが特別コナンに何かした覚えもなく考えても答えなど出なかった。
「あ!そういえば、深月さん!トロピカルランド行ったんだって?」
『え……千紗、また勝手にいろいろ話したな。』
「えへへ。だってぇ恋バナはみんなで共有したいじゃーん!」
悪いとは1ミリも感じていない千紗の笑顔に深月はハァとため息をついた。園子だけでなく蘭も気になるのか目を輝かせて話に交じった。
「どうでした?」
『どうって…別に特別な事は…』
「いやーん、もうデートくらい当たり前って事?」
『千紗、お願いだから会話を掻き回さないで。』
「でも聞いても詳しく教えてくれないじゃん。」
『遊園地の中とかいろいろ写真付きでわりと逐一メールしてあげたでしょ。』
「あんな業務報告を希望した覚えはないんですけどぉ。」
千紗はジトーッと深月を睨んでバンッとテーブルを叩いた。
「私はもっと安室さんと楽しんでる深月の写真が見たかった!ツーショくらい撮って!もしくは深月の笑顔だけでも!」
『それ本気で私が送ってくると思ってる?』
「ちょっぴりだけ期待した。テンション上がって1枚くらいそういうの撮るかなって。」
『そんなもん1枚も撮ってない。』
「え、撮ってないの?」
「1枚も?」
深月の返答に園子と蘭のが反応して憐れんだような目線を向けてくるので深月は口元を引くつかせた。
『え…何?ダメ?』
「いや、普通カップルで遊園地行ったら1枚くらいは…蘭と工藤君だって付き合ってもないのにツーショ撮ってたわよ。」
「そ、園子!あれは記念だから!」
「でもカップルなんだし1枚くらい撮ってもいいよねー今までにも1枚もないの?」
千紗に尋ねられて深月は、あー…と言い淀んだ。公安の、しかも潜入調査中の彼を写真に納めるのはあまり得策ではないのでこれまでに撮ろうという気にはならなかった。
「ダメだよ!何かのたびに写真くらい撮らなきゃ!後で見返すと面白いしいいもんだよ!」
「恋人じゃなくても写真っていいですよね?その時の思い出が鮮明になるっていうか。」
「確かにねぇ。じゃあさ、とりあえず今日1枚撮ったら?」
『は?』
園子の提案に深月は目を見開いた。
「そこにいるんだしツーショくらいすぐに撮れるじゃん。」
「そーじゃん!そうだよ!園子ちゃんナイス!」
『いや、私は…』
「善は急げだ!安室さーん!」
千紗が呼ぶとちょうど蘭達の注文の品を届けに来た安室がテーブル席に近付いた。
「どうしました?」
「実はお願いがありましてぇ…」
『千紗!』
深月がガタンッと音を立てて立ち上がったので千紗は続く言葉を飲み込んだ。深月は千紗を鋭く睨むと静かに言った。
『やめて。』
深月の声のトーンの低さに本気なのを感じたのか千紗は素直に、ごめんなさい。と謝った。安室は蘭達のテーブルにグラスを並べながらその場の気まずい空気を変える様に明るく声をかけた。
「あ、そうだ。ケーキの試作があるんですが、良かったらみなさん食べてみてもらえませんか?」
「ケーキ⁉︎」
「安室さんのケーキの試作ならいつでも大歓迎!」
「お願いします!コナン君も食べるでしょ?」
「う、うん!もちろん!」
少し待っててくださいね。と言って安室がカウンターからケーキを取って戻ってくるとみな嬉しそうにそれに手をつけた。深月は上手く流れた場の空気にホッと息をつくと同時に上手く対応出来なかった自分を恥じた。
ー零さんに気を遣わせたなぁ…うぅ…写真かぁそりゃ私だって1枚くらい欲しいけど……そんな簡単に撮れないよ…
ハァとため息をつけばコトッと目の前に皿を置かれ深月は目を見開いた。その上にはケーキではなくフレンチトーストが乗っていて深月はそれを置いた安室を見上げた。
「深月さんはフレンチトーストは食べるんですよね?良かったら少しですけどどうぞ。」
『あ…ありがとうございます。』
少なめに盛られたフレンチトーストの横にはサラダとハムが付け合わせに付いていて深月はほんのりと頬を赤くした。
ートロピカルランドのホテルで食べられなかったから…作ってくれたのかな?あの時私が言った付け合わせまで付けて…もう。
深月はひと口食べると優しい甘さが広がって自然と顔が綻んだ。蘭達と話をしていた千紗は深月が別の物を食べている事に気付くと、あ!と声をあげた。
「深月のも美味しそう!ひと口ちょうだい!」
『え…』
千紗がそう言ってフォークを深月の皿まで伸ばして来たので深月は咄嗟に皿を自分の方へ引き寄せそれを避けた。千紗は最初きょとんとしていたが段々と顔がにやけていった。
「やだぁ深月ったら、いつもはなんでも好きなだけつまんでいいって言うくせにぃ。安室さんが自分に作ってくれた物はひと口もあげたくないの?」
『ちがっ…お腹が空いてるだけ!ケーキと交換出来ないし!』
「はいはい。そういう事でいいよぉ。」
深月は咄嗟の自分の行動と千紗の指摘に恥ずかしくなって顔を真っ赤にして否定するが千紗はそれをニマニマとした笑みで見つめた。深月は乱暴にフォークでサラダを刺して口にしていると安室にそっと耳打ちされた。
「そんなに気に入ったならまたいつでも作ってあげるよ、君のためだけに。」
『っ!』
離れてニコリと笑う安室に深月は何か言い返したかったが人目がある今は真っ赤な顔のまま睨む事しか出来なかった。そんな2人の様子に千紗だけでなく蘭や園子までニヤケ顔になっていて深月は穴があったら入りたい程に恥ずかしかった。そんな中でもコナンだけは思案顔で深月は恥ずかしいながらもそれが気になった。
ーコナンくん…なんでそんな顔で私の事見てくるんだろ?
深月が考えているとカランカランとドアベルが鳴ってスーツ姿の男女が入って来た。ショートヘアの女性は凛とした立ち姿で深月は目を奪われた。
ーわぁ美人…でも、なんだろ…なんか親近感が…
深月の違和感は安室の言葉ですべて説明がついた。
「佐藤刑事、高木刑事。お疲れ様です。」
「こんにちは。」
2人が刑事だとわかると深月は半眼になった。自分の警察官察知能力に深月は少し嫌な気分になった。
「今日はどうされたんです?」
「最近、この辺りで連続婦女殺人事件があったのはご存知ですか?」
「えぇニュースにも大々的に取り上げられてますね。」
「それで聴き込みをしているんですけど…この男、ご存知ありませんか?」
佐藤が1枚の写真を安室に見せるが安室は首を横に振った。
「お店で見かけた事はありませんね。」
佐藤の後ろにいた高木は深月達にも、君達も見た事ない?と言って男の写真を見せてきた。みなそれをまじまじと見つめるが首を横に振って否定した。
「そうですか…ありがとうござます。」
高木が眉を下げて礼を言って懐に写真をしまっている姿を瞳を輝かせて見つめる千紗に深月は気付くと顔を近付けて小さく声をかけた。
『どうしたの?』
「いい。あの刑事さんいい!ザ・イケメンではないけどあの優男って感じに薄幸そうな雰囲気…私結構好きなタイプ。」
小声とはいえ興奮気味に話す千紗に深月は知られざる親友の好みを知り少し戸惑いつつ高木を目で追った。
ーまぁ確かに。優しそうな人ではあるな。刑事さんのわりに厳つい雰囲気はないし。
深月と千紗の視線を受ける高木に気付いたのは佐藤の方で、佐藤はコホンッと咳払いすると蘭達を含め深月と千紗に話しかけた。
「最近この辺り物騒だから貴女達みたいな女の子は気を付けてよ。」
「さっきの写真の人が犯人なんですか?」
「まだ容疑者よ。もし見かけたら警察に連絡くれる?」
「何か狙われる人に特徴とかあるの?」
さっきまで大して会話に参加していなかったコナンが鋭い目付きで佐藤に尋ねると佐藤はフゥとため息をついた。深月は、あぁ美人はため息ついても美人だなぁ。とくだらない事を考えていた。
「それがわからないから出来る限り自己防衛して欲しいのよ。」
「ふーん。でも連続してるってわかる証拠はあるんでしょ?」
コナンがしれっと尋ねると佐藤と高木は困った様に顔を見合わせた。
「それはまだ話せないんだよ、コナン君。」
「確か、被害者って、1件目が28歳の女性会社員。2件目は18歳の女子高校生。3件目は24歳の女性大学院生…だったよね?」
「やだ、年ちっか。こっわ。」
コナンの言った被害者達の情報を聞いて千紗が怖がるのを見て深月は、んーと悩んだ。
ー私はむしろそれを淡々と話すこの小学1年生のが怖いよ。
「特にこれといった共通点はない様に思うけど…」
「推理クイーンの園子様でもそれだけじゃわかんないわね。」
『園子ちゃん推理クイーンなの?』
「そうなのよ!難事件をいくつも解いてきたんだから!」
ふふんと自慢げな園子を見ると深月は可愛いなと思う反面、心配もあった。
『でも殺人事件にあまり首は突っ込まない方が…』
「確かにみんな女性だけど…見た目とかは?」
「テレビで見た写真じゃ共通点はないように見えたけどな。」
『……』
深月の話など聞いていないのか推理が始まるテーブルに深月は呆れて黙ってしまった。
「じゃあじゃあ同じサロンに通ってた!とかは?」
「そういう共通点だったら警察ならとっくに調べついてると思うよ。たぶん女性達自身じゃなくて犯行方法に共通があるんでしょ?ね?」
無邪気に核心をついてくるコナンに刑事2人は苦笑いで応えるしかなかった。コナンの発言に千紗は、おお!と感動すると目を輝かせた。
「すごいね!さすが少年探偵団!」
「この坊主、妙に核心ついてくるのよねぇ。」
園子が半眼で睨むとコナンは誤魔化す様に、ハハッと笑った。
「お父さんのそばでいろいろな推理聞いてるからか詳しくなっちゃってるみたいで。」
「あ、そっか。一緒に住んでるんだっけ?蘭ちゃんのお父さんあの有名な眠りの小五郎だもんね!お父さんはこの件についてなんか言ってた?」
「いえ、ただあまり帰りは遅くなるなよって。」
「そっかぁ。なんか意見聞きたいなぁ…この上だよね?行ってもいい?」
千紗が蘭にそう尋ねると深月はため息をついてテーブルの上のレポート用紙を指先で叩いた。
『千紗、そんな関わるかもわかんない事件より明日締切の課題のが怖いと思うんですけど?』
「あ…忘れてた。」
『もうそれこそ帰るの遅くなって危ないからさっさと終わらせて。』
「えーだってみんなと推理する方が絶対楽しいじゃん。」
ブーッと千紗が文句を垂れるので深月は今度はレポート用紙をバンッと手のひらで少し強めに叩いた。
『あのね、ミステリー小説じゃないんだから面白半分でそういう事しないの。被害者遺族に失礼でしょ。餅は餅屋に任せて貴女は大学生の本分を果たしなさい。』
「あ、う…はい。ごめんなさい。」
深月がたしなめれば、千紗は反省したようでシュンと体を小さくした。深月はその姿を見ると少し言い過ぎた様な気もしてハァとため息をついた。
『課題終わったらうち来る?一緒に観たい映画のDVDあるとか言ってなかった?』
「ある!でも終電が…」
『泊まっていいから。』
「やったー!頑張る!深月大好き!」
もう殺人事件の推理なんてどうでも良くなったのかコロッと切り替わった千紗に深月も周りも苦笑した。
もう一度刑事2人は注意を促すとポアロを出て行き、蘭達もあまり長居しない事にして暫くすると帰って行った。
「蘭ちゃん達帰っちゃったなぁ…ちょっと寂しい。」
『はいはい。ほら、あと少しでしょ。頑張って。』
夕食の時間になり客も増えて来たポアロに申し訳なくて深月は千紗を急かすと同時に千紗のスマートフォンに着信があり千紗は一度外に出て電話に出た。暫くして戻ってくると千紗は深月にバンッと手を合わせて謝った。
「ごめん!バイト代わってくる!」
『いや、課題どうするの?』
「あとちょっとだしバイトの後に家でやるよ。」
『まぁ…課題が問題ないならいいけど。』
千紗へのご褒美のつもりがいつの間にか自分も楽しみにしていたところがあった深月は複雑な気分で千紗を見つめた。それが瞳に出ていたのか千紗は詳細を話し始めた。
「代わって欲しいって電話して来た子、これから彼氏と突然のデートらしくて。遠距離恋愛の子だから応援してあげたいんだよね。私も本当は課題終わらせて深月のお家でDVD鑑賞してお泊まりっていうデートしたいよ!したいけど…また今度埋め合わせさせて!」
『いや…私達は別にデートではないからいいんだけど。まぁまた今度ね。』
深月がフッと笑うと千紗は机の上を片付けて急いでポアロを出て行った。深月は自分も帰ろうと席を立つと安室に話しかけられた。
「深月さん、この後用事はありますか?」
『いいえ、家に帰るだけですけど…何か?』
安室の質問の意図がわからず深月が首を傾げると安室は深月をカウンターの端の席に座らせた。
「じゃあ夕飯もここで食べてもらえますか?ちょっと試作品があるので。」
『はぁ…えぇ別にいいですけど。』
なんだか今日は試作品が多いな、なんて考えながら深月はぼんやりと食事が出るのを待った。出て来たグラタンは春野菜の入った物で深月は美味しくそれを食べ終えると再び安室に話しかけられた。
「カフェオレお持ちしましょうか?」
『えーと…でもそろそろ…』
「送りますから閉店までここでお待ち頂けますか?」
帰らないと、と言おうとしたが安室に遮られ深月は半眼になった。
ーこの人最初からそうするつもりで引き留めたな。
『…じゃあカフェオレください。』
「かしこまりました。」
安室が安心した様にニコリと笑うので深月はフーッと息をついた。安室の淹れてくれたカフェオレをゆっくり飲んで深月は閉店を待ち閉店作業を手伝っているとカランカランとドアベルが鳴りそちらを見るとそこにはコナンがいた。
『コナンくん、こんな時間にどうしたの?』
「うん。深月姉ちゃんもこんな時間までポアロにいたんだね?」
「僕が引き留めたんだ。恋人とは長く一緒にいたいだろ?」
ニコニコとするコナンの質問に答えたのは安室だった。コナンは、ふーん。と半眼で安室を見つめてからもう一度深月を見上げた。コナンの瞳はやっぱり何かを探る様な色をしていて深月は居た堪れなくなって声をかけた。
『えと、どうしたのかな、コナンくん?』
「僕、深月姉ちゃんにもう直接聞いちゃおうかなって思って。」
『え?何を?』
「深月姉ちゃんって何者なの?」
コナンの瞳が小学生の出せるような鋭さじゃないほどに鋭利に光ると深月はビクッと肩を震わせた。
『え?えと…?』
「だって、潜入中の公安の恋人なんて絶対普通じゃないでしょ。」
『は、はい⁉︎』
コナンの発言に深月は目を丸くしてコナンを凝視した。コナンは驚く深月など気にも止めずに続けた。
「おまけに女子大生がタワマンに一人暮らしなのに両親は公務員…嘘つくなら資産家とか言った方がいいのにそうしないのは嘘はついてないからでしょ?安室さんと同じ公安で身分を偽装してるのかとも思ったけど…それなら余計に不思議に思われない様に上手く嘘をつくだろうからそれはない。となると…親が警察官僚で安室さんが警護してるってとこ?」
『わぁ……当たらずとも遠からず…』
深月はコナンの見立てに驚くしかなかった。そもそも安室が潜入中の公安である事をなぜこの小学生が知っているのかそこから深月の理解は追いついていなかった。
『まぁ…確かに警察官僚の娘ではあるけど安室さんに警護してもらってるわけじゃないよ。』
「今は警護頼まれてるけどな。」
『え⁉︎そうなんですか⁉︎』
深月はコナンの言った事を一部否定すると安室に補足をされてその事に驚いた。
「君のお母さんからね。ポアロに来た時だけでいいから仕事に支障がない範囲で帰りは送る様にと。」
『過保護の言う事を聞かないでください。』
「別に言われてなくたって連続殺人事件の犯人が捕まるまでは送るつもりだったよ。大事な恋人にそんな危ない夜道をひとりで歩かせるわけにはいかないだろ?」
深月は安室の発言に頬を赤くし何も言えなくなった。コナンはそんな2人の様子を見て不思議そうに尋ねた。
「え?じゃあ本当に2人は付き合ってるの?」
「そうだよ。きちんと交際してるよ。」
「あ、そうなんだ。」
安室の答えに今度はコナンが目を丸くする番だった。それは便宜上のものだろうと考えていたので本当に交際しているとはコナンは思っていなかった。
ーこの人…この国が恋人とか言ってなかったか?
以前聞いた恋人の件を思い出しコナンが半眼になっていると安室はコナンの思う所を理解したのか肩をすくめてみせた。
「仕方ないだろ。他には譲れないと思ったんだから。君にもわかるだろ?」
「まぁ…」
安室の言葉に本来であれば幼馴染である蘭を思い浮かべてコナンは頬を赤らめながら同意した。
『ところで、コナンくんが安室さんの身分を知ってる事が私は1番驚きなんですが…』
「あぁそういえば言ってなかったな。」
『サラッと言う事ではありませんよ、安室さん。』
「彼は詮索好きだから。」
『そんな言葉で片付けないでください。』
深月はハァとため息をつくとコナンと視線が合う様にしゃがんでその瞳を見つめた。
『コナンくん、私の身分、秘密にしてもらえる?』
「うん。僕も深月姉ちゃんがなんなのかはっきりさせたかっただけだから。これでスッキリして眠れるよ。」
ニコッと無邪気に笑うコナンを見ると深月は先程までの彼が嘘なのではないかと疑ってしまいそうだった。
閉店作業を終えて3人はポアロを出て、2階に上がる階段の前でコナンが振り返って手を振るので安室は、あぁそうだ。と言ってコナンの手に発信機のシールを握らせ耳打ちした。
「もうこういうのは深月にしない様に。これで彼女がまだポアロにいるってわかったんだろ?」
「さすがだね。恋人だからよく見てるの?恋人の位置情報は簡単には教えたくない?」
コナンがからかう様にニヤリとして言うと安室はフッと笑った。
「それもそうだけど…それがそのまま彼女の服に付いてると君に彼女の甘い声を聴かせてしまう事になりそうだしね。」
安室の言葉を理解するとコナンは顔を真っ赤にした。そんなコナンの反応に満足すると安室は深月の手を握った。
「じゃあおやすみ、コナン君。」
『コナンくん、もう遅いから早めに寝るんだよ?』
「…おやすみなさい。深月姉ちゃんも早く寝れるといいね。」
『うん?』
コナンの言った事の意図がわからず深月は首を傾げるが安室に歩き出されてしまい深月も手を引っ張られる様にして歩み出した。
つづく
テーブルに突っ伏して叫ぶ千紗に深月はため息をついた。昼も過ぎ夕食にも早い中途半端な時間のポアロは深月達以外に客もなく迷惑になる心配はなかった。
『なんでいつもギリギリまで残しておくの?』
「ギリギリじゃないと僕ダメなんだよ〜♪お願い寒い目で見つめないで♪」
『私は寒い目で見つめるからね。』
「ひどっ!」
千紗が歌うと深月は本当に寒い目で彼女を見つめた。何かと課題を後回しにする彼女に付き合うのはもう何度目かわからない。
「わかるんだけどさぁ…楽しい事が目の前にあるとついね。今を生きたいのよ、私は!」
『あまり無計画だと単位落とすよ。まぁ別に私は千紗が後輩になったって構わないけど。』
「いやん!一緒に卒業するの!一緒に角帽をポーンって放り投げるの!」
『やらないんだけど。』
深月は呆れた様に半眼で千紗を見つめるとカフェオレを飲んだ。
カランカランとドアベルが鳴ると深月はそちらに視線を向けた。入って来たのは蘭と園子とコナンで、千紗はそれに気付くと声をかけた。
「蘭ちゃん!園子ちゃん!それと……なんだっけ?」
『コナンくんね。』
「そうだった!コナン君!みんなもこっち来なよ!」
千紗の誘いに乗り3人は隣のテーブル席に座った。3人の注文が終わると蘭は深月達のテーブルに広がるレポート用紙を見て尋ねた。
「大学の勉強ですか?」
「うん。課題。明日提出なんだけど案外難しくってさぁ。」
「大変ですね。」
『千紗は遊びに大変なだけだから気を遣う事ないからね、蘭ちゃん。』
「深月、ひどっ!」
『事実でしょうが。』
千紗が、くぅ!と嘘泣きしながら顔を手で覆うのを深月は冷めた目で見つめた。しかしふとコナンからの視線を感じて深月はそちらに視線を向けた。そうすればコナンはスッと視線を逸らしてしまって深月は首を傾げた。
ー私コナンくんになんかしたっけ?なーんか最近は最初会った時みたいな探る様な目で見られるんだよなぁ
深月は悩むが特別コナンに何かした覚えもなく考えても答えなど出なかった。
「あ!そういえば、深月さん!トロピカルランド行ったんだって?」
『え……千紗、また勝手にいろいろ話したな。』
「えへへ。だってぇ恋バナはみんなで共有したいじゃーん!」
悪いとは1ミリも感じていない千紗の笑顔に深月はハァとため息をついた。園子だけでなく蘭も気になるのか目を輝かせて話に交じった。
「どうでした?」
『どうって…別に特別な事は…』
「いやーん、もうデートくらい当たり前って事?」
『千紗、お願いだから会話を掻き回さないで。』
「でも聞いても詳しく教えてくれないじゃん。」
『遊園地の中とかいろいろ写真付きでわりと逐一メールしてあげたでしょ。』
「あんな業務報告を希望した覚えはないんですけどぉ。」
千紗はジトーッと深月を睨んでバンッとテーブルを叩いた。
「私はもっと安室さんと楽しんでる深月の写真が見たかった!ツーショくらい撮って!もしくは深月の笑顔だけでも!」
『それ本気で私が送ってくると思ってる?』
「ちょっぴりだけ期待した。テンション上がって1枚くらいそういうの撮るかなって。」
『そんなもん1枚も撮ってない。』
「え、撮ってないの?」
「1枚も?」
深月の返答に園子と蘭のが反応して憐れんだような目線を向けてくるので深月は口元を引くつかせた。
『え…何?ダメ?』
「いや、普通カップルで遊園地行ったら1枚くらいは…蘭と工藤君だって付き合ってもないのにツーショ撮ってたわよ。」
「そ、園子!あれは記念だから!」
「でもカップルなんだし1枚くらい撮ってもいいよねー今までにも1枚もないの?」
千紗に尋ねられて深月は、あー…と言い淀んだ。公安の、しかも潜入調査中の彼を写真に納めるのはあまり得策ではないのでこれまでに撮ろうという気にはならなかった。
「ダメだよ!何かのたびに写真くらい撮らなきゃ!後で見返すと面白いしいいもんだよ!」
「恋人じゃなくても写真っていいですよね?その時の思い出が鮮明になるっていうか。」
「確かにねぇ。じゃあさ、とりあえず今日1枚撮ったら?」
『は?』
園子の提案に深月は目を見開いた。
「そこにいるんだしツーショくらいすぐに撮れるじゃん。」
「そーじゃん!そうだよ!園子ちゃんナイス!」
『いや、私は…』
「善は急げだ!安室さーん!」
千紗が呼ぶとちょうど蘭達の注文の品を届けに来た安室がテーブル席に近付いた。
「どうしました?」
「実はお願いがありましてぇ…」
『千紗!』
深月がガタンッと音を立てて立ち上がったので千紗は続く言葉を飲み込んだ。深月は千紗を鋭く睨むと静かに言った。
『やめて。』
深月の声のトーンの低さに本気なのを感じたのか千紗は素直に、ごめんなさい。と謝った。安室は蘭達のテーブルにグラスを並べながらその場の気まずい空気を変える様に明るく声をかけた。
「あ、そうだ。ケーキの試作があるんですが、良かったらみなさん食べてみてもらえませんか?」
「ケーキ⁉︎」
「安室さんのケーキの試作ならいつでも大歓迎!」
「お願いします!コナン君も食べるでしょ?」
「う、うん!もちろん!」
少し待っててくださいね。と言って安室がカウンターからケーキを取って戻ってくるとみな嬉しそうにそれに手をつけた。深月は上手く流れた場の空気にホッと息をつくと同時に上手く対応出来なかった自分を恥じた。
ー零さんに気を遣わせたなぁ…うぅ…写真かぁそりゃ私だって1枚くらい欲しいけど……そんな簡単に撮れないよ…
ハァとため息をつけばコトッと目の前に皿を置かれ深月は目を見開いた。その上にはケーキではなくフレンチトーストが乗っていて深月はそれを置いた安室を見上げた。
「深月さんはフレンチトーストは食べるんですよね?良かったら少しですけどどうぞ。」
『あ…ありがとうございます。』
少なめに盛られたフレンチトーストの横にはサラダとハムが付け合わせに付いていて深月はほんのりと頬を赤くした。
ートロピカルランドのホテルで食べられなかったから…作ってくれたのかな?あの時私が言った付け合わせまで付けて…もう。
深月はひと口食べると優しい甘さが広がって自然と顔が綻んだ。蘭達と話をしていた千紗は深月が別の物を食べている事に気付くと、あ!と声をあげた。
「深月のも美味しそう!ひと口ちょうだい!」
『え…』
千紗がそう言ってフォークを深月の皿まで伸ばして来たので深月は咄嗟に皿を自分の方へ引き寄せそれを避けた。千紗は最初きょとんとしていたが段々と顔がにやけていった。
「やだぁ深月ったら、いつもはなんでも好きなだけつまんでいいって言うくせにぃ。安室さんが自分に作ってくれた物はひと口もあげたくないの?」
『ちがっ…お腹が空いてるだけ!ケーキと交換出来ないし!』
「はいはい。そういう事でいいよぉ。」
深月は咄嗟の自分の行動と千紗の指摘に恥ずかしくなって顔を真っ赤にして否定するが千紗はそれをニマニマとした笑みで見つめた。深月は乱暴にフォークでサラダを刺して口にしていると安室にそっと耳打ちされた。
「そんなに気に入ったならまたいつでも作ってあげるよ、君のためだけに。」
『っ!』
離れてニコリと笑う安室に深月は何か言い返したかったが人目がある今は真っ赤な顔のまま睨む事しか出来なかった。そんな2人の様子に千紗だけでなく蘭や園子までニヤケ顔になっていて深月は穴があったら入りたい程に恥ずかしかった。そんな中でもコナンだけは思案顔で深月は恥ずかしいながらもそれが気になった。
ーコナンくん…なんでそんな顔で私の事見てくるんだろ?
深月が考えているとカランカランとドアベルが鳴ってスーツ姿の男女が入って来た。ショートヘアの女性は凛とした立ち姿で深月は目を奪われた。
ーわぁ美人…でも、なんだろ…なんか親近感が…
深月の違和感は安室の言葉ですべて説明がついた。
「佐藤刑事、高木刑事。お疲れ様です。」
「こんにちは。」
2人が刑事だとわかると深月は半眼になった。自分の警察官察知能力に深月は少し嫌な気分になった。
「今日はどうされたんです?」
「最近、この辺りで連続婦女殺人事件があったのはご存知ですか?」
「えぇニュースにも大々的に取り上げられてますね。」
「それで聴き込みをしているんですけど…この男、ご存知ありませんか?」
佐藤が1枚の写真を安室に見せるが安室は首を横に振った。
「お店で見かけた事はありませんね。」
佐藤の後ろにいた高木は深月達にも、君達も見た事ない?と言って男の写真を見せてきた。みなそれをまじまじと見つめるが首を横に振って否定した。
「そうですか…ありがとうござます。」
高木が眉を下げて礼を言って懐に写真をしまっている姿を瞳を輝かせて見つめる千紗に深月は気付くと顔を近付けて小さく声をかけた。
『どうしたの?』
「いい。あの刑事さんいい!ザ・イケメンではないけどあの優男って感じに薄幸そうな雰囲気…私結構好きなタイプ。」
小声とはいえ興奮気味に話す千紗に深月は知られざる親友の好みを知り少し戸惑いつつ高木を目で追った。
ーまぁ確かに。優しそうな人ではあるな。刑事さんのわりに厳つい雰囲気はないし。
深月と千紗の視線を受ける高木に気付いたのは佐藤の方で、佐藤はコホンッと咳払いすると蘭達を含め深月と千紗に話しかけた。
「最近この辺り物騒だから貴女達みたいな女の子は気を付けてよ。」
「さっきの写真の人が犯人なんですか?」
「まだ容疑者よ。もし見かけたら警察に連絡くれる?」
「何か狙われる人に特徴とかあるの?」
さっきまで大して会話に参加していなかったコナンが鋭い目付きで佐藤に尋ねると佐藤はフゥとため息をついた。深月は、あぁ美人はため息ついても美人だなぁ。とくだらない事を考えていた。
「それがわからないから出来る限り自己防衛して欲しいのよ。」
「ふーん。でも連続してるってわかる証拠はあるんでしょ?」
コナンがしれっと尋ねると佐藤と高木は困った様に顔を見合わせた。
「それはまだ話せないんだよ、コナン君。」
「確か、被害者って、1件目が28歳の女性会社員。2件目は18歳の女子高校生。3件目は24歳の女性大学院生…だったよね?」
「やだ、年ちっか。こっわ。」
コナンの言った被害者達の情報を聞いて千紗が怖がるのを見て深月は、んーと悩んだ。
ー私はむしろそれを淡々と話すこの小学1年生のが怖いよ。
「特にこれといった共通点はない様に思うけど…」
「推理クイーンの園子様でもそれだけじゃわかんないわね。」
『園子ちゃん推理クイーンなの?』
「そうなのよ!難事件をいくつも解いてきたんだから!」
ふふんと自慢げな園子を見ると深月は可愛いなと思う反面、心配もあった。
『でも殺人事件にあまり首は突っ込まない方が…』
「確かにみんな女性だけど…見た目とかは?」
「テレビで見た写真じゃ共通点はないように見えたけどな。」
『……』
深月の話など聞いていないのか推理が始まるテーブルに深月は呆れて黙ってしまった。
「じゃあじゃあ同じサロンに通ってた!とかは?」
「そういう共通点だったら警察ならとっくに調べついてると思うよ。たぶん女性達自身じゃなくて犯行方法に共通があるんでしょ?ね?」
無邪気に核心をついてくるコナンに刑事2人は苦笑いで応えるしかなかった。コナンの発言に千紗は、おお!と感動すると目を輝かせた。
「すごいね!さすが少年探偵団!」
「この坊主、妙に核心ついてくるのよねぇ。」
園子が半眼で睨むとコナンは誤魔化す様に、ハハッと笑った。
「お父さんのそばでいろいろな推理聞いてるからか詳しくなっちゃってるみたいで。」
「あ、そっか。一緒に住んでるんだっけ?蘭ちゃんのお父さんあの有名な眠りの小五郎だもんね!お父さんはこの件についてなんか言ってた?」
「いえ、ただあまり帰りは遅くなるなよって。」
「そっかぁ。なんか意見聞きたいなぁ…この上だよね?行ってもいい?」
千紗が蘭にそう尋ねると深月はため息をついてテーブルの上のレポート用紙を指先で叩いた。
『千紗、そんな関わるかもわかんない事件より明日締切の課題のが怖いと思うんですけど?』
「あ…忘れてた。」
『もうそれこそ帰るの遅くなって危ないからさっさと終わらせて。』
「えーだってみんなと推理する方が絶対楽しいじゃん。」
ブーッと千紗が文句を垂れるので深月は今度はレポート用紙をバンッと手のひらで少し強めに叩いた。
『あのね、ミステリー小説じゃないんだから面白半分でそういう事しないの。被害者遺族に失礼でしょ。餅は餅屋に任せて貴女は大学生の本分を果たしなさい。』
「あ、う…はい。ごめんなさい。」
深月がたしなめれば、千紗は反省したようでシュンと体を小さくした。深月はその姿を見ると少し言い過ぎた様な気もしてハァとため息をついた。
『課題終わったらうち来る?一緒に観たい映画のDVDあるとか言ってなかった?』
「ある!でも終電が…」
『泊まっていいから。』
「やったー!頑張る!深月大好き!」
もう殺人事件の推理なんてどうでも良くなったのかコロッと切り替わった千紗に深月も周りも苦笑した。
もう一度刑事2人は注意を促すとポアロを出て行き、蘭達もあまり長居しない事にして暫くすると帰って行った。
「蘭ちゃん達帰っちゃったなぁ…ちょっと寂しい。」
『はいはい。ほら、あと少しでしょ。頑張って。』
夕食の時間になり客も増えて来たポアロに申し訳なくて深月は千紗を急かすと同時に千紗のスマートフォンに着信があり千紗は一度外に出て電話に出た。暫くして戻ってくると千紗は深月にバンッと手を合わせて謝った。
「ごめん!バイト代わってくる!」
『いや、課題どうするの?』
「あとちょっとだしバイトの後に家でやるよ。」
『まぁ…課題が問題ないならいいけど。』
千紗へのご褒美のつもりがいつの間にか自分も楽しみにしていたところがあった深月は複雑な気分で千紗を見つめた。それが瞳に出ていたのか千紗は詳細を話し始めた。
「代わって欲しいって電話して来た子、これから彼氏と突然のデートらしくて。遠距離恋愛の子だから応援してあげたいんだよね。私も本当は課題終わらせて深月のお家でDVD鑑賞してお泊まりっていうデートしたいよ!したいけど…また今度埋め合わせさせて!」
『いや…私達は別にデートではないからいいんだけど。まぁまた今度ね。』
深月がフッと笑うと千紗は机の上を片付けて急いでポアロを出て行った。深月は自分も帰ろうと席を立つと安室に話しかけられた。
「深月さん、この後用事はありますか?」
『いいえ、家に帰るだけですけど…何か?』
安室の質問の意図がわからず深月が首を傾げると安室は深月をカウンターの端の席に座らせた。
「じゃあ夕飯もここで食べてもらえますか?ちょっと試作品があるので。」
『はぁ…えぇ別にいいですけど。』
なんだか今日は試作品が多いな、なんて考えながら深月はぼんやりと食事が出るのを待った。出て来たグラタンは春野菜の入った物で深月は美味しくそれを食べ終えると再び安室に話しかけられた。
「カフェオレお持ちしましょうか?」
『えーと…でもそろそろ…』
「送りますから閉店までここでお待ち頂けますか?」
帰らないと、と言おうとしたが安室に遮られ深月は半眼になった。
ーこの人最初からそうするつもりで引き留めたな。
『…じゃあカフェオレください。』
「かしこまりました。」
安室が安心した様にニコリと笑うので深月はフーッと息をついた。安室の淹れてくれたカフェオレをゆっくり飲んで深月は閉店を待ち閉店作業を手伝っているとカランカランとドアベルが鳴りそちらを見るとそこにはコナンがいた。
『コナンくん、こんな時間にどうしたの?』
「うん。深月姉ちゃんもこんな時間までポアロにいたんだね?」
「僕が引き留めたんだ。恋人とは長く一緒にいたいだろ?」
ニコニコとするコナンの質問に答えたのは安室だった。コナンは、ふーん。と半眼で安室を見つめてからもう一度深月を見上げた。コナンの瞳はやっぱり何かを探る様な色をしていて深月は居た堪れなくなって声をかけた。
『えと、どうしたのかな、コナンくん?』
「僕、深月姉ちゃんにもう直接聞いちゃおうかなって思って。」
『え?何を?』
「深月姉ちゃんって何者なの?」
コナンの瞳が小学生の出せるような鋭さじゃないほどに鋭利に光ると深月はビクッと肩を震わせた。
『え?えと…?』
「だって、潜入中の公安の恋人なんて絶対普通じゃないでしょ。」
『は、はい⁉︎』
コナンの発言に深月は目を丸くしてコナンを凝視した。コナンは驚く深月など気にも止めずに続けた。
「おまけに女子大生がタワマンに一人暮らしなのに両親は公務員…嘘つくなら資産家とか言った方がいいのにそうしないのは嘘はついてないからでしょ?安室さんと同じ公安で身分を偽装してるのかとも思ったけど…それなら余計に不思議に思われない様に上手く嘘をつくだろうからそれはない。となると…親が警察官僚で安室さんが警護してるってとこ?」
『わぁ……当たらずとも遠からず…』
深月はコナンの見立てに驚くしかなかった。そもそも安室が潜入中の公安である事をなぜこの小学生が知っているのかそこから深月の理解は追いついていなかった。
『まぁ…確かに警察官僚の娘ではあるけど安室さんに警護してもらってるわけじゃないよ。』
「今は警護頼まれてるけどな。」
『え⁉︎そうなんですか⁉︎』
深月はコナンの言った事を一部否定すると安室に補足をされてその事に驚いた。
「君のお母さんからね。ポアロに来た時だけでいいから仕事に支障がない範囲で帰りは送る様にと。」
『過保護の言う事を聞かないでください。』
「別に言われてなくたって連続殺人事件の犯人が捕まるまでは送るつもりだったよ。大事な恋人にそんな危ない夜道をひとりで歩かせるわけにはいかないだろ?」
深月は安室の発言に頬を赤くし何も言えなくなった。コナンはそんな2人の様子を見て不思議そうに尋ねた。
「え?じゃあ本当に2人は付き合ってるの?」
「そうだよ。きちんと交際してるよ。」
「あ、そうなんだ。」
安室の答えに今度はコナンが目を丸くする番だった。それは便宜上のものだろうと考えていたので本当に交際しているとはコナンは思っていなかった。
ーこの人…この国が恋人とか言ってなかったか?
以前聞いた恋人の件を思い出しコナンが半眼になっていると安室はコナンの思う所を理解したのか肩をすくめてみせた。
「仕方ないだろ。他には譲れないと思ったんだから。君にもわかるだろ?」
「まぁ…」
安室の言葉に本来であれば幼馴染である蘭を思い浮かべてコナンは頬を赤らめながら同意した。
『ところで、コナンくんが安室さんの身分を知ってる事が私は1番驚きなんですが…』
「あぁそういえば言ってなかったな。」
『サラッと言う事ではありませんよ、安室さん。』
「彼は詮索好きだから。」
『そんな言葉で片付けないでください。』
深月はハァとため息をつくとコナンと視線が合う様にしゃがんでその瞳を見つめた。
『コナンくん、私の身分、秘密にしてもらえる?』
「うん。僕も深月姉ちゃんがなんなのかはっきりさせたかっただけだから。これでスッキリして眠れるよ。」
ニコッと無邪気に笑うコナンを見ると深月は先程までの彼が嘘なのではないかと疑ってしまいそうだった。
閉店作業を終えて3人はポアロを出て、2階に上がる階段の前でコナンが振り返って手を振るので安室は、あぁそうだ。と言ってコナンの手に発信機のシールを握らせ耳打ちした。
「もうこういうのは深月にしない様に。これで彼女がまだポアロにいるってわかったんだろ?」
「さすがだね。恋人だからよく見てるの?恋人の位置情報は簡単には教えたくない?」
コナンがからかう様にニヤリとして言うと安室はフッと笑った。
「それもそうだけど…それがそのまま彼女の服に付いてると君に彼女の甘い声を聴かせてしまう事になりそうだしね。」
安室の言葉を理解するとコナンは顔を真っ赤にした。そんなコナンの反応に満足すると安室は深月の手を握った。
「じゃあおやすみ、コナン君。」
『コナンくん、もう遅いから早めに寝るんだよ?』
「…おやすみなさい。深月姉ちゃんも早く寝れるといいね。」
『うん?』
コナンの言った事の意図がわからず深月は首を傾げるが安室に歩き出されてしまい深月も手を引っ張られる様にして歩み出した。
つづく