桜舞う頃〜その先〜
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夕方までトロピカルランドで2人は過ごすと新しく出来たと言うトロピカルランドの公式ホテルへと向かった。ホテルの部屋へ上がると千紗が騒いでいただけあって広く豪華な部屋でそこから一望できるトロピカルランドの景色も綺麗だった。
『わぁ千紗喜びそう。』
「君は喜ばないのか?」
『んー…まぁ何かとホテル待機は多かったので。』
深月は両親の件で警護される時に自宅ではなくホテルに移動した事も多かった。その際、警護上の観点でいえば当然狭い部屋のが護り易かったが深月を標的である両親から離す事の方が目的だったためいわゆるVIP対応を受けていた。そのせいかホテルという空間が深月にとってはそんなに珍しくもなければ気分の上がるものでもなかった。
深月は窓の外を眺めながら自分の可愛げのなさに苦笑した。
『…すみません。ここはテンション上げるところですね。』
「無理に上げても意味ないだろ。ほら、こっちにおいで。」
降谷に手招きされて深月は不思議そうに降谷のいる方へ移動するとテーブルに置かれたトロッピーのグッズと目が合った。
「千紗さんが言ってた限定グッズだな。」
『これが…可愛い。』
深月はトロッピーのマスコットをひとつ手に取ると嬉しそうに笑った。降谷はそんな深月の頭をポンポンと叩いた。
「気分は上がった?」
降谷が優しい眼差しで尋ねてくるので深月はドキンッと心臓が跳ね上がり、視線を手元のトロッピーのマスコットに逸らしながら頷いた。
『まぁそれなりに。』
「それなら良かった。」
『あ…私、あっちで着替えてきます。』
「わかった。僕も着替えるよ。」
優しく笑う降谷に恥ずかしくなって深月は着替えの入った荷物を持つとそそくさとベッドルームへ入って扉を閉めた。遊園地という事で昼間は動きやすいパンツスタイルだったのだが夕食はホテルのディナーだと聞いていたので深月は華美ではないドレスを用意してきた。降谷もスーツに着替えると言っていたので吊り合いは取れるだろうと深月はドレスに着替えた。化粧も少し直そうとドレッサーの鏡を覗き込むと、胸元で降谷からホワイトデーにもらったペンダントが光り深月は自然と笑みが零れた。
ーこれに合うドレスを選んだんだもの。大丈夫。
深月は化粧直しをしてヒールに履き替えそっと扉を開けてベッドルームを出ると降谷が何かを話していてそれが電話だという事にはすぐに気が付いた。少し近付いてその内容を聞くと深月は小さくため息をついてペシペシと頬を軽く叩いた。
ー表情、気を付けて。ちゃんと送らなきゃ。
深月は降谷が電話を終えるのを確認すると降谷の視線の前に出て降谷と視線が合うと笑った。
『仕事ですね。』
「深月」
降谷は深月の腕を引いて抱き寄せるとギュッとその腕に力をこめた。
「ごめん。」
『いいですから。早く行ってあげてください。風見さん待ってますよ?』
「あぁ。深月。」
『はい?』
腕を緩めて見つめてくる降谷に深月は首を傾げるとチュッとキスをされた。
「綺麗だ。ドレスよく似合ってる。」
『あ…ありがとうございます。』
深月はカァッと頬が赤くなると視線を下げた。降谷が部屋の出口に向かうと深月はその後を追い、降谷は扉の前で深月を振り返ると言った。
「出来るだけ早く戻ってくる。」
『無茶はしなくていいですから。ケガしないでくださいね。』
「わかったよ。」
『零さん』
深月が腕に触れると降谷は少し屈んだ。深月は近くなった唇に唇を重ねて離すと笑った。
『いってらっしゃい。』
「いってきます。」
降谷は深月の頬にキスをすると部屋を出て行った。深月は暫く閉じた扉を見つめていたがいつまでもそうしていても仕方ないので部屋の中に戻ってソファーに腰掛けた。暗くなった窓には自分の姿が鏡の様に映っていて深月はあまり気乗りはしないもののレストランへ行く事にした。
ー千紗に感想伝えなきゃいけないし…写真撮ってあげなきゃ。
本当ならひとりで食事になど深月は行きたくなかったが、来れなかった友人の事を思うといろいろと教えてあげなくてはいけないという使命感だけで深月はレストランの席についた。美味しいはずの料理はどこか味気なくて深月は最後までイマイチ味がわからなかった。食事を終えて部屋へ戻ってくると深月はヒールを脱ぎ捨てスリッパを履いてベッドに仰向けに倒れた。このベッドルームには広いベッドがたったひとつだけだった。
ー今夜はここにひとりで寝るのかな?
暫くぼんやりとしていたが降谷が早く戻ってくる事だってあると自分に言い聞かせて深月は風呂に入ってしまう事にした。風呂にゆっくりと入って深月は上がると、今日のためと買ったベビードールを見つめた。
ー千紗に普段の寝巻きにもなるからって言われて買ってしまったけど…これだけで過ごすのは恥ずかしくない?
深月はとりあえずシルクとレースで出来たそれを着てみるがやっぱり恥ずかしくて上からガウンを羽織った。バスルームから出てきてもやはり降谷の姿はなく深月はボフッとソファーに少し乱暴に座った。
ーお酒付き合ってくれるって言ったのにな…
『ちょっと遠回しだったかな…』
深月は手持ち無沙汰になり設置されているテレビをつけてぼんやりとそれを眺めた。内容なんてほとんど頭に入ってこないまま暫くそうしていれば、もう日付も変わってしまいそうな時間で深月はテレビを消すとベッドルームに移った。柔らかくてあたたかいはずのベッドに潜り込んでみるが今の深月には居心地が悪かった。広い分だけ寂しさが増える様で深月は何度も寝返りを打った。
『うーん…眠れない…』
深月は仕方なしに起き上がるとベッドルームを出て棚に並ぶ酒を見つめた。
ーどうせ飲む予定ではあったし。
深月は酒の瓶をひとつ手に取るとグラスと一緒にソファーの前のローテーブルに置いた。それを開けてグラスに注げば琥珀色のそれが綺麗だった。
『ウィスキーなんて開けてたら零さんに怒られるかな?』
ラベルに書かれた酒の度数は40度で深月はそれを確認すると苦笑した。
『スコッチウィスキー…そういえば5大ウィスキーのひとつで有名だってお母さん言ってたな。』
以前家で珍しく晩酌をしていた母親がいろんな酒を飲みながら、あれはなんだこれはなんだと説明していたのを深月はぼんやりと思い出した。酒を飲む時にはおつまみも大事なのよ!と恭子が言っていたのを思い出して深月はおつまみとして用意されているナッツやチョコレートをローテーブルの方へ持ってきた。
『少し飲めば眠くなるでしょ。バーに行った時だって零さんの車で寝ちゃったんだから。』
深月はよしっと気合いを入れるとソファーに座ってグラスに口を付けた。
「遅くなったな。」
降谷は深夜2時を回ったのを腕時計で確認するとハァとため息をついた。さすがに寝ているであろう恋人の事を思いながらホテルの部屋の扉を開けると電気がついていて降谷は不思議に思いながら中に入って目を見開いた。
ソファーには深月が座っていてそんな彼女はこちらに気付くととろんとした目をニコリと笑みに変えて降谷に駆け寄って抱きついた。
『零さーん!おかえりなさーい!』
「ただいま……って深月、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
ふわりと香るウィスキーの香りに降谷は顔をしかめて抱きつく深月を引き離しその顔をよく確認した。上気した頬にとろんとした瞳は焦点をうまく掴めていない様に見えた。深月はそんな降谷などお構いなしにニコリと笑い、降谷はハァとため息をついた。
「ホテルの朝食が気になるって言ってなかったか?起きられないぞ。」
『フフッ朝ご飯?まだお腹空いてないですよぉ。』
「そんな事は聞いてない。ほら、水持ってくるから。」
降谷は深月をソファーに座らせ冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取って戻ってくると深月の姿に手に持っていたボトルをうっかり落としそうになった。
「……なんて格好してるんだ。」
『?』
暑いのかガウンを脱いでパタパタと手うちわをする深月はベビードール姿で降谷は視線を深月から少しずらしながらペットボトルを深月に差し出した。
「まずは水を飲んで少し酔いを覚ませ。」
『そんな事より零さんも飲みましょ!』
「僕はいいから。」
『ほらほら座って!』
「っ……深月!」
深月がギュッと降谷の腕に抱きついてソファーへの着席を促せば、降谷は腕に深月の体の柔らかさを感じつい怒鳴る様に深月の名前を呼んだ。さすがに酔っている相手に手を出すのは抵抗があった。何より深月はその間の記憶がない可能性が十分にあり余計に降谷は手を出すべきじゃないと考えた。深月はビクッと肩を揺らすと降谷の腕を離した。降谷はハーッと長くため息をつくと深月にペットボトルを握らせた。
「もうさっさと寝よう。僕はシャワー浴びてくるから。君は先にベッドで寝てくれ。」
『やだ。零さんお酒付き合ってくれるって言ったもん。』
「我儘言うな。だいたい君はもう十分飲んだろ?ウィスキーなんて開けて…ちゃんとチェイサーも挟んでないだろ?たく…」
ローテーブルに広がるそれを見て降谷がため息交じりにウィスキーの瓶の蓋を閉めると深月は渡されたペットボトルをポイッと床に捨てて降谷の持つウィスキーの瓶を掴んだ。
「あ、こら!何して…」
『嘘つき!やだ!飲んでったら飲んで!』
「深月、いい加減にしろ!」
深月に瓶を渡すつもりは当然なく降谷は瓶を奪おうとする深月に怒鳴ると深月はピタッと動きが止まった。
『…だって約束したもん。』
「それはまた今度機会があれば付き合うから今日はもう…」
寝よう。と言おうとして降谷は言葉が出なかった。ポロポロと涙を流す深月はイヤイヤと首を横に振った。
『やだ…飲んでよ…そしたら車なんて乗れないでしょ?ここにいてくれるでしょ?約束…したのに…』
ポロポロと涙を流し続ける深月に降谷は漸く深月のあの言葉の意図を理解した。
ーそうか。深月は僕と酒を飲みたかったわけじゃない。ただ今夜はそばにいてって言いたかったんだな。
降谷は深月を抱きしめると優しく声をかけた。
「深月、ごめん。」
『やだ…も、行かないで…』
「うん。行かないよ。」
『嘘つき。』
「うん。ごめん。」
『嫌い…』
「…うん。」
深月の"嫌い"という言葉に降谷は胸が苦しくなるが寂しさを隠して笑顔で仕事に見送ってくれた深月を思うとそれは甘んじて受けるべきだと思った。けれどそんな胸の苦しさは深月が次に言った言葉であっという間に消えていった。
『嫌い…警察なんて嫌い…私から零さんを奪うからやだ…嫌い…』
「…嫌いなのは僕じゃないのか。」
『どうして?』
深月は降谷の言う事が理解出来ず降谷を見上げると困った様に笑う青い瞳と視線がぶつかった。
「君に寂しい思いをさせて苦しめて泣かせるのは僕だろ?」
『ううん、好き。零さんが大好きなの。』
ふわりと嬉しそうに笑う深月に降谷は我慢出来なくなってその唇に唇を重ねた。舌が絡めばウィスキーの独特な香りと味が深月から降谷に移った。口の端から甘ったるいくらいの声を漏らす深月が可愛くて降谷はゆっくりと舌を絡ませた。
『んぅ…ふぁ…んっ…』
「深月」
『あっ…んっ…』
大胆に開く胸元にチュッとキスをすれば深月は甘い声を出してギュッと降谷のシャツを掴んだ。降谷はベビードールのレース部分をなぞりながら深月に尋ねた。
「可愛いな。これ、どうしたんだ?」
『んっ…千紗が…』
「あぁなるほど。」
このデート自体が千紗が用意したようなものだ。当然ホテルに泊まる事はわかっていたしそれならと深月を上手く唆したのだろうと降谷は納得した。
「君が正気なら良かったんだけどな。」
『?』
深月が首を傾げると降谷は深月が捨てたペットボトルを拾ってそれを開けて水を口に含み深月に口付けた。深月は急に入ってきた水に驚くが降谷が離してくれないのでコクンと喉を鳴らして水を飲んだ。
『ハァッ…冷たい…』
「ほら、後は自分で…」
『や、飲ませて。』
「ダメ。僕はシャワーに行くからこれ飲んでベッドに…」
『いやっ!』
降谷が離れようとすると深月はギュッと降谷にしがみついた。
『やだ…どこにも行かないで。』
「…そんなに寂しかったのか?」
『ん…ホテルでひとりなの…いや。ホテルはいつも広い部屋にひとりで寂しいの。』
「そうか。」
昔の事を思い出すのか深月は肩を震わせてポロポロと涙を流しギュッと降谷のスーツの上着を掴んで離さなかった。降谷は深月の背中をポンポンと叩いて落ち着かせ、深月の肩の震えが治まると深月の顔を覗き込んだ。
「落ち着いたか?」
『零さん…』
「ん?」
『そばにいて。』
「……わかったよ。一緒に寝よう。」
降谷は潤む瞳で深月に懇願されると悩むもそれを承諾した。深月を抱き上げベッドルームに入るとベッドへ寝かせてもう一度水を飲ませてからシーツをかけた。スーツの上着を脱いで深月の隣に横になって降谷はポンポンとシーツの上から深月を優しく叩いた。
「君が食べたい朝食はなんだったっけ?」
『えと…フレンチトースト…有名なシェフが監修してるって…』
「そう。じゃあ何を添えたい?フルーツ?それとも塩味のある物のがいい?」
『ハムとかサラダとか…』
「じゃあ何かスープも欲しいかな?」
『欲しいけど……』
「ん?」
黙ってしまった深月に降谷が首を傾げると深月は不機嫌そうに眉を寄せて降谷を睨んだ。
『子供の寝かしつけじゃないんですけど。』
「…でも寂しいなら楽しい事を考える方がいいだろ?」
『……も、いいです。』
深月はシーツを引っ張り頭からかぶるとそのままギュッと自分の脚を抱えるようにして丸くなった。少し酔いが覚めてきたのか深月はなんとなく記憶に残る自分の発言が恥ずかしかったのと子供扱いしてくる降谷に拗ねていた。
ーせっかくこんな恥ずかしい物着てるのに…可愛いって言ってくれたけどそれだけだし…千紗に唆されて着るんじゃなかった!
千紗には"これで絶対あま〜いあつ〜い夜になるから!絶対に着る事っ!着るだけで大丈夫!めっちゃエロ可愛いから!"なんて言われた事もあって深月は少なからずショックを受けていた。
ー私なんかの色気じゃ足りないって事か…まぁ確かにもっと刺激的な物とか見慣れてそうだもんな…あぁもうどう考えても経験豊富そうな相手に何やってんだろ…バカらしくて情けなくなってきた
深月の瞳にはうっすらと涙が滲んだ。ギュッと脚を抱える腕に力を込めるとシーツの上から降谷に撫でられた。
「"もういい"ってのはそばにいなくてもって事か?」
降谷の質問に深月はピクッと肩を揺らした。正直に言うならそばにはいて欲しかった。けれどここで素直に顔を出してそれを伝える事は酔いの覚めてきた深月には恥ずかしくて出来なかった。
降谷は小さく体を揺らして反応した深月がその後何も言わない状況に、ふむ。と考えた。
ーこの感じの反応だと…酔いが覚めて来てるな。普通に尋ねたところで深月が顔を出す事はまずない。なら…
「寝たか。あれだけ飲んでたんだしそりゃそうか。」
降谷は呟くとギシッと音を立ててベッドを下りた。深月はその音を聞いて慌てたがやはり顔を出すには勇気が足りなかった。耳を澄ませていれば部屋の扉が開いて閉まる音がし深月はゆっくりとシーツをどけて、さっきまで降谷がいた場所と扉を確認した。そこには降谷はいなくて深月はフッと自嘲した。
ー素直になったらもっとそばにいてくれたかな?…なんていまさら…
『本当バカみたい。』
「本当にな。」
『ひゃあっ⁉︎』
深月はベッドの脇からひょこりと現れた降谷に驚きビクッと体を揺らした。降谷はベッドに上がって深月の隣に座るとハァとため息をついて深月の潤む瞳を見つめた。
「泣くくらいなら素直に顔を出せばいいのに。」
『こ、これは別にそういう事では…』
「じゃあなんだ?」
『それは……』
ーこんな格好までしたのに貴方を誘惑出来なかった事に情けない気持ちになってましたとは言えない…
深月はとても正直には話せないので話題を変えた。
『そんな事より出て行ったんじゃなかったんですか?』
「誰も出て行くとは言ってないだろ。」
『そりゃそうですけど…隠れてるってなんですか。』
「君が最初にかくれんぼを始めたんだろ。鬼としてはそちらを油断させないとな。」
『…はいはい。じゃあ鬼を交代しましょう。無制限でも見つけられる自信がないのでタイムアタックで。時間になったら自分で出て来て勝利宣言をお願いします。』
「そこは見つけて欲しいところだな。」
『テレビゲームを手加減出来ない人がこの手のゲームを手加減するわけないのはわかってるので無理です。』
「まぁ確かに。」
深月が半眼で睨めば降谷は納得した様に頷き深月のまだ赤みの残る頬を撫でた。
「だいぶ酔いが覚めたみたいだな。」
『……ご迷惑おかけしました。』
「僕も悪かったよ。君の言いたい事をちゃんと理解してなかった。」
『いや、あれは遠回しなのはわかってましたし…あわよくば程度の気持ちで…』
「僕が承諾した時に君があんなに喜んだのを少し不思議に思ったんだ。その時ちゃんと考えれば良かったよ。」
『いえ…気にしないでください。ほら、約束は破るためにあるって言いますし。』
「それは破った側が言う言葉だろ。君が言うな。」
降谷はハァとため息をついて額を押さえて項垂れた。
ーおそらく約束なんて深月は何度も両親から破られて来たんだろう。それは仕方ないと飲み込んできっと諦めてきた。だからこそ出る言葉だ。なのに"約束したのに"と彼女は泣いた…
「僕を信じてくれたんだよな。ごめん。」
『あ…そんな…本当にあまり気にしないでください。この程度の約束でそんな…』
「君の言う"この程度の約束"で君は泣いただろ。」
『っ…それは……ごめんなさい。なんとなく零さんは守ってくれるって思ってしまって…勝手に私がそう思っただけですし、両親だったら本当に約束なんてこれっぽっちも期待しないんですから!次回からは大丈夫です!』
「…それは大丈夫じゃないだろ。」
力いっぱいに説明してくる深月に降谷は呆れてしまった。降谷は深月を引き寄せると優しく包み込む様に抱きしめた。
「本当はそもそも約束なんてするべきじゃないよな。その約束が守れないたびに君を傷付けてしまうから。でも…ごめん。僕は悪い男みたいだ。君が僕を信じて泣いてくれる姿が愛おしくて仕方ないよ。」
『っ…だって信じたいって思っちゃうの…零さんだから…』
深月が恥ずかしそうに呟くと降谷は深月にキスをした。絡まる舌が熱く深月は溶けそうな感覚が気持ち良くて緩く降谷のシャツを握った。
「深月、もう酔いは覚めたな?」
『はい…それなりにたぶん?』
深月は降谷の質問の意図がわからず首を傾げると降谷にベッドに押し倒された。ニヤリと笑って見下ろしてくる降谷に深月は目をしばたかせた。
「じゃあもう我慢しなくていいな?」
『は?我慢?』
「恋人だからって酔って記憶のない状態で手を出すのは抵抗あるさ。なのに君ときたらそんなエロい姿でやたらと抱きついてきて…僕がどれだけ我慢したと思ってるんだ?」
『んっ…や、れ、零さん、シャワー浴びたいって言ってませんでした⁉︎』
降谷が胸を指先で撫でてきたので深月は慌てて降谷の手を掴んだ。確かに降谷を誘惑しようとしていたのだが、それは失敗に終わったからもう普通に寝ようと考えていた深月にそれは唐突な出来事だった。降谷はそんな深月の制止など気にせず深月の胸をふにゅっと掴んだ。
「まぁさっきまでは。冷静になるのに水でも浴びようと思ったんだが…必要ないみたいだから。」
『あっ…れ、零さん、待っ…』
「チェックアウトまでには起こしてあげるよ。」
『朝ご飯は⁉︎』
「じゃあ選んでいいよ。僕と朝食、どっちがいい?」
ニヤニヤとする降谷を見ると深月はそれがとても癪で眉間にシワを寄せながら尋ねた。
『私が朝食選んだらやめるんですか?』
「その時は…君に僕の方が魅力的だと言う事を実演だな。」
そう言って降谷が首筋にキスを落としてくるので深月からは甘い声が出た。深月はカァッと頬を真っ赤に染めると降谷を睨んだ。
『それ、結局私に選択肢ないじゃないですか!』
「悪いけど、もう我慢出来そうにない。」
『んんっ!』
深月は降谷に口を塞がれ大した抗議も出来ないまま、もう明け方に近付く時間だというのに千紗の言った通り"あま〜いあつ〜い夜"を過ごす事になった。
つづく
『わぁ千紗喜びそう。』
「君は喜ばないのか?」
『んー…まぁ何かとホテル待機は多かったので。』
深月は両親の件で警護される時に自宅ではなくホテルに移動した事も多かった。その際、警護上の観点でいえば当然狭い部屋のが護り易かったが深月を標的である両親から離す事の方が目的だったためいわゆるVIP対応を受けていた。そのせいかホテルという空間が深月にとってはそんなに珍しくもなければ気分の上がるものでもなかった。
深月は窓の外を眺めながら自分の可愛げのなさに苦笑した。
『…すみません。ここはテンション上げるところですね。』
「無理に上げても意味ないだろ。ほら、こっちにおいで。」
降谷に手招きされて深月は不思議そうに降谷のいる方へ移動するとテーブルに置かれたトロッピーのグッズと目が合った。
「千紗さんが言ってた限定グッズだな。」
『これが…可愛い。』
深月はトロッピーのマスコットをひとつ手に取ると嬉しそうに笑った。降谷はそんな深月の頭をポンポンと叩いた。
「気分は上がった?」
降谷が優しい眼差しで尋ねてくるので深月はドキンッと心臓が跳ね上がり、視線を手元のトロッピーのマスコットに逸らしながら頷いた。
『まぁそれなりに。』
「それなら良かった。」
『あ…私、あっちで着替えてきます。』
「わかった。僕も着替えるよ。」
優しく笑う降谷に恥ずかしくなって深月は着替えの入った荷物を持つとそそくさとベッドルームへ入って扉を閉めた。遊園地という事で昼間は動きやすいパンツスタイルだったのだが夕食はホテルのディナーだと聞いていたので深月は華美ではないドレスを用意してきた。降谷もスーツに着替えると言っていたので吊り合いは取れるだろうと深月はドレスに着替えた。化粧も少し直そうとドレッサーの鏡を覗き込むと、胸元で降谷からホワイトデーにもらったペンダントが光り深月は自然と笑みが零れた。
ーこれに合うドレスを選んだんだもの。大丈夫。
深月は化粧直しをしてヒールに履き替えそっと扉を開けてベッドルームを出ると降谷が何かを話していてそれが電話だという事にはすぐに気が付いた。少し近付いてその内容を聞くと深月は小さくため息をついてペシペシと頬を軽く叩いた。
ー表情、気を付けて。ちゃんと送らなきゃ。
深月は降谷が電話を終えるのを確認すると降谷の視線の前に出て降谷と視線が合うと笑った。
『仕事ですね。』
「深月」
降谷は深月の腕を引いて抱き寄せるとギュッとその腕に力をこめた。
「ごめん。」
『いいですから。早く行ってあげてください。風見さん待ってますよ?』
「あぁ。深月。」
『はい?』
腕を緩めて見つめてくる降谷に深月は首を傾げるとチュッとキスをされた。
「綺麗だ。ドレスよく似合ってる。」
『あ…ありがとうございます。』
深月はカァッと頬が赤くなると視線を下げた。降谷が部屋の出口に向かうと深月はその後を追い、降谷は扉の前で深月を振り返ると言った。
「出来るだけ早く戻ってくる。」
『無茶はしなくていいですから。ケガしないでくださいね。』
「わかったよ。」
『零さん』
深月が腕に触れると降谷は少し屈んだ。深月は近くなった唇に唇を重ねて離すと笑った。
『いってらっしゃい。』
「いってきます。」
降谷は深月の頬にキスをすると部屋を出て行った。深月は暫く閉じた扉を見つめていたがいつまでもそうしていても仕方ないので部屋の中に戻ってソファーに腰掛けた。暗くなった窓には自分の姿が鏡の様に映っていて深月はあまり気乗りはしないもののレストランへ行く事にした。
ー千紗に感想伝えなきゃいけないし…写真撮ってあげなきゃ。
本当ならひとりで食事になど深月は行きたくなかったが、来れなかった友人の事を思うといろいろと教えてあげなくてはいけないという使命感だけで深月はレストランの席についた。美味しいはずの料理はどこか味気なくて深月は最後までイマイチ味がわからなかった。食事を終えて部屋へ戻ってくると深月はヒールを脱ぎ捨てスリッパを履いてベッドに仰向けに倒れた。このベッドルームには広いベッドがたったひとつだけだった。
ー今夜はここにひとりで寝るのかな?
暫くぼんやりとしていたが降谷が早く戻ってくる事だってあると自分に言い聞かせて深月は風呂に入ってしまう事にした。風呂にゆっくりと入って深月は上がると、今日のためと買ったベビードールを見つめた。
ー千紗に普段の寝巻きにもなるからって言われて買ってしまったけど…これだけで過ごすのは恥ずかしくない?
深月はとりあえずシルクとレースで出来たそれを着てみるがやっぱり恥ずかしくて上からガウンを羽織った。バスルームから出てきてもやはり降谷の姿はなく深月はボフッとソファーに少し乱暴に座った。
ーお酒付き合ってくれるって言ったのにな…
『ちょっと遠回しだったかな…』
深月は手持ち無沙汰になり設置されているテレビをつけてぼんやりとそれを眺めた。内容なんてほとんど頭に入ってこないまま暫くそうしていれば、もう日付も変わってしまいそうな時間で深月はテレビを消すとベッドルームに移った。柔らかくてあたたかいはずのベッドに潜り込んでみるが今の深月には居心地が悪かった。広い分だけ寂しさが増える様で深月は何度も寝返りを打った。
『うーん…眠れない…』
深月は仕方なしに起き上がるとベッドルームを出て棚に並ぶ酒を見つめた。
ーどうせ飲む予定ではあったし。
深月は酒の瓶をひとつ手に取るとグラスと一緒にソファーの前のローテーブルに置いた。それを開けてグラスに注げば琥珀色のそれが綺麗だった。
『ウィスキーなんて開けてたら零さんに怒られるかな?』
ラベルに書かれた酒の度数は40度で深月はそれを確認すると苦笑した。
『スコッチウィスキー…そういえば5大ウィスキーのひとつで有名だってお母さん言ってたな。』
以前家で珍しく晩酌をしていた母親がいろんな酒を飲みながら、あれはなんだこれはなんだと説明していたのを深月はぼんやりと思い出した。酒を飲む時にはおつまみも大事なのよ!と恭子が言っていたのを思い出して深月はおつまみとして用意されているナッツやチョコレートをローテーブルの方へ持ってきた。
『少し飲めば眠くなるでしょ。バーに行った時だって零さんの車で寝ちゃったんだから。』
深月はよしっと気合いを入れるとソファーに座ってグラスに口を付けた。
「遅くなったな。」
降谷は深夜2時を回ったのを腕時計で確認するとハァとため息をついた。さすがに寝ているであろう恋人の事を思いながらホテルの部屋の扉を開けると電気がついていて降谷は不思議に思いながら中に入って目を見開いた。
ソファーには深月が座っていてそんな彼女はこちらに気付くととろんとした目をニコリと笑みに変えて降谷に駆け寄って抱きついた。
『零さーん!おかえりなさーい!』
「ただいま……って深月、ちょっと飲み過ぎじゃないか?」
ふわりと香るウィスキーの香りに降谷は顔をしかめて抱きつく深月を引き離しその顔をよく確認した。上気した頬にとろんとした瞳は焦点をうまく掴めていない様に見えた。深月はそんな降谷などお構いなしにニコリと笑い、降谷はハァとため息をついた。
「ホテルの朝食が気になるって言ってなかったか?起きられないぞ。」
『フフッ朝ご飯?まだお腹空いてないですよぉ。』
「そんな事は聞いてない。ほら、水持ってくるから。」
降谷は深月をソファーに座らせ冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取って戻ってくると深月の姿に手に持っていたボトルをうっかり落としそうになった。
「……なんて格好してるんだ。」
『?』
暑いのかガウンを脱いでパタパタと手うちわをする深月はベビードール姿で降谷は視線を深月から少しずらしながらペットボトルを深月に差し出した。
「まずは水を飲んで少し酔いを覚ませ。」
『そんな事より零さんも飲みましょ!』
「僕はいいから。」
『ほらほら座って!』
「っ……深月!」
深月がギュッと降谷の腕に抱きついてソファーへの着席を促せば、降谷は腕に深月の体の柔らかさを感じつい怒鳴る様に深月の名前を呼んだ。さすがに酔っている相手に手を出すのは抵抗があった。何より深月はその間の記憶がない可能性が十分にあり余計に降谷は手を出すべきじゃないと考えた。深月はビクッと肩を揺らすと降谷の腕を離した。降谷はハーッと長くため息をつくと深月にペットボトルを握らせた。
「もうさっさと寝よう。僕はシャワー浴びてくるから。君は先にベッドで寝てくれ。」
『やだ。零さんお酒付き合ってくれるって言ったもん。』
「我儘言うな。だいたい君はもう十分飲んだろ?ウィスキーなんて開けて…ちゃんとチェイサーも挟んでないだろ?たく…」
ローテーブルに広がるそれを見て降谷がため息交じりにウィスキーの瓶の蓋を閉めると深月は渡されたペットボトルをポイッと床に捨てて降谷の持つウィスキーの瓶を掴んだ。
「あ、こら!何して…」
『嘘つき!やだ!飲んでったら飲んで!』
「深月、いい加減にしろ!」
深月に瓶を渡すつもりは当然なく降谷は瓶を奪おうとする深月に怒鳴ると深月はピタッと動きが止まった。
『…だって約束したもん。』
「それはまた今度機会があれば付き合うから今日はもう…」
寝よう。と言おうとして降谷は言葉が出なかった。ポロポロと涙を流す深月はイヤイヤと首を横に振った。
『やだ…飲んでよ…そしたら車なんて乗れないでしょ?ここにいてくれるでしょ?約束…したのに…』
ポロポロと涙を流し続ける深月に降谷は漸く深月のあの言葉の意図を理解した。
ーそうか。深月は僕と酒を飲みたかったわけじゃない。ただ今夜はそばにいてって言いたかったんだな。
降谷は深月を抱きしめると優しく声をかけた。
「深月、ごめん。」
『やだ…も、行かないで…』
「うん。行かないよ。」
『嘘つき。』
「うん。ごめん。」
『嫌い…』
「…うん。」
深月の"嫌い"という言葉に降谷は胸が苦しくなるが寂しさを隠して笑顔で仕事に見送ってくれた深月を思うとそれは甘んじて受けるべきだと思った。けれどそんな胸の苦しさは深月が次に言った言葉であっという間に消えていった。
『嫌い…警察なんて嫌い…私から零さんを奪うからやだ…嫌い…』
「…嫌いなのは僕じゃないのか。」
『どうして?』
深月は降谷の言う事が理解出来ず降谷を見上げると困った様に笑う青い瞳と視線がぶつかった。
「君に寂しい思いをさせて苦しめて泣かせるのは僕だろ?」
『ううん、好き。零さんが大好きなの。』
ふわりと嬉しそうに笑う深月に降谷は我慢出来なくなってその唇に唇を重ねた。舌が絡めばウィスキーの独特な香りと味が深月から降谷に移った。口の端から甘ったるいくらいの声を漏らす深月が可愛くて降谷はゆっくりと舌を絡ませた。
『んぅ…ふぁ…んっ…』
「深月」
『あっ…んっ…』
大胆に開く胸元にチュッとキスをすれば深月は甘い声を出してギュッと降谷のシャツを掴んだ。降谷はベビードールのレース部分をなぞりながら深月に尋ねた。
「可愛いな。これ、どうしたんだ?」
『んっ…千紗が…』
「あぁなるほど。」
このデート自体が千紗が用意したようなものだ。当然ホテルに泊まる事はわかっていたしそれならと深月を上手く唆したのだろうと降谷は納得した。
「君が正気なら良かったんだけどな。」
『?』
深月が首を傾げると降谷は深月が捨てたペットボトルを拾ってそれを開けて水を口に含み深月に口付けた。深月は急に入ってきた水に驚くが降谷が離してくれないのでコクンと喉を鳴らして水を飲んだ。
『ハァッ…冷たい…』
「ほら、後は自分で…」
『や、飲ませて。』
「ダメ。僕はシャワーに行くからこれ飲んでベッドに…」
『いやっ!』
降谷が離れようとすると深月はギュッと降谷にしがみついた。
『やだ…どこにも行かないで。』
「…そんなに寂しかったのか?」
『ん…ホテルでひとりなの…いや。ホテルはいつも広い部屋にひとりで寂しいの。』
「そうか。」
昔の事を思い出すのか深月は肩を震わせてポロポロと涙を流しギュッと降谷のスーツの上着を掴んで離さなかった。降谷は深月の背中をポンポンと叩いて落ち着かせ、深月の肩の震えが治まると深月の顔を覗き込んだ。
「落ち着いたか?」
『零さん…』
「ん?」
『そばにいて。』
「……わかったよ。一緒に寝よう。」
降谷は潤む瞳で深月に懇願されると悩むもそれを承諾した。深月を抱き上げベッドルームに入るとベッドへ寝かせてもう一度水を飲ませてからシーツをかけた。スーツの上着を脱いで深月の隣に横になって降谷はポンポンとシーツの上から深月を優しく叩いた。
「君が食べたい朝食はなんだったっけ?」
『えと…フレンチトースト…有名なシェフが監修してるって…』
「そう。じゃあ何を添えたい?フルーツ?それとも塩味のある物のがいい?」
『ハムとかサラダとか…』
「じゃあ何かスープも欲しいかな?」
『欲しいけど……』
「ん?」
黙ってしまった深月に降谷が首を傾げると深月は不機嫌そうに眉を寄せて降谷を睨んだ。
『子供の寝かしつけじゃないんですけど。』
「…でも寂しいなら楽しい事を考える方がいいだろ?」
『……も、いいです。』
深月はシーツを引っ張り頭からかぶるとそのままギュッと自分の脚を抱えるようにして丸くなった。少し酔いが覚めてきたのか深月はなんとなく記憶に残る自分の発言が恥ずかしかったのと子供扱いしてくる降谷に拗ねていた。
ーせっかくこんな恥ずかしい物着てるのに…可愛いって言ってくれたけどそれだけだし…千紗に唆されて着るんじゃなかった!
千紗には"これで絶対あま〜いあつ〜い夜になるから!絶対に着る事っ!着るだけで大丈夫!めっちゃエロ可愛いから!"なんて言われた事もあって深月は少なからずショックを受けていた。
ー私なんかの色気じゃ足りないって事か…まぁ確かにもっと刺激的な物とか見慣れてそうだもんな…あぁもうどう考えても経験豊富そうな相手に何やってんだろ…バカらしくて情けなくなってきた
深月の瞳にはうっすらと涙が滲んだ。ギュッと脚を抱える腕に力を込めるとシーツの上から降谷に撫でられた。
「"もういい"ってのはそばにいなくてもって事か?」
降谷の質問に深月はピクッと肩を揺らした。正直に言うならそばにはいて欲しかった。けれどここで素直に顔を出してそれを伝える事は酔いの覚めてきた深月には恥ずかしくて出来なかった。
降谷は小さく体を揺らして反応した深月がその後何も言わない状況に、ふむ。と考えた。
ーこの感じの反応だと…酔いが覚めて来てるな。普通に尋ねたところで深月が顔を出す事はまずない。なら…
「寝たか。あれだけ飲んでたんだしそりゃそうか。」
降谷は呟くとギシッと音を立ててベッドを下りた。深月はその音を聞いて慌てたがやはり顔を出すには勇気が足りなかった。耳を澄ませていれば部屋の扉が開いて閉まる音がし深月はゆっくりとシーツをどけて、さっきまで降谷がいた場所と扉を確認した。そこには降谷はいなくて深月はフッと自嘲した。
ー素直になったらもっとそばにいてくれたかな?…なんていまさら…
『本当バカみたい。』
「本当にな。」
『ひゃあっ⁉︎』
深月はベッドの脇からひょこりと現れた降谷に驚きビクッと体を揺らした。降谷はベッドに上がって深月の隣に座るとハァとため息をついて深月の潤む瞳を見つめた。
「泣くくらいなら素直に顔を出せばいいのに。」
『こ、これは別にそういう事では…』
「じゃあなんだ?」
『それは……』
ーこんな格好までしたのに貴方を誘惑出来なかった事に情けない気持ちになってましたとは言えない…
深月はとても正直には話せないので話題を変えた。
『そんな事より出て行ったんじゃなかったんですか?』
「誰も出て行くとは言ってないだろ。」
『そりゃそうですけど…隠れてるってなんですか。』
「君が最初にかくれんぼを始めたんだろ。鬼としてはそちらを油断させないとな。」
『…はいはい。じゃあ鬼を交代しましょう。無制限でも見つけられる自信がないのでタイムアタックで。時間になったら自分で出て来て勝利宣言をお願いします。』
「そこは見つけて欲しいところだな。」
『テレビゲームを手加減出来ない人がこの手のゲームを手加減するわけないのはわかってるので無理です。』
「まぁ確かに。」
深月が半眼で睨めば降谷は納得した様に頷き深月のまだ赤みの残る頬を撫でた。
「だいぶ酔いが覚めたみたいだな。」
『……ご迷惑おかけしました。』
「僕も悪かったよ。君の言いたい事をちゃんと理解してなかった。」
『いや、あれは遠回しなのはわかってましたし…あわよくば程度の気持ちで…』
「僕が承諾した時に君があんなに喜んだのを少し不思議に思ったんだ。その時ちゃんと考えれば良かったよ。」
『いえ…気にしないでください。ほら、約束は破るためにあるって言いますし。』
「それは破った側が言う言葉だろ。君が言うな。」
降谷はハァとため息をついて額を押さえて項垂れた。
ーおそらく約束なんて深月は何度も両親から破られて来たんだろう。それは仕方ないと飲み込んできっと諦めてきた。だからこそ出る言葉だ。なのに"約束したのに"と彼女は泣いた…
「僕を信じてくれたんだよな。ごめん。」
『あ…そんな…本当にあまり気にしないでください。この程度の約束でそんな…』
「君の言う"この程度の約束"で君は泣いただろ。」
『っ…それは……ごめんなさい。なんとなく零さんは守ってくれるって思ってしまって…勝手に私がそう思っただけですし、両親だったら本当に約束なんてこれっぽっちも期待しないんですから!次回からは大丈夫です!』
「…それは大丈夫じゃないだろ。」
力いっぱいに説明してくる深月に降谷は呆れてしまった。降谷は深月を引き寄せると優しく包み込む様に抱きしめた。
「本当はそもそも約束なんてするべきじゃないよな。その約束が守れないたびに君を傷付けてしまうから。でも…ごめん。僕は悪い男みたいだ。君が僕を信じて泣いてくれる姿が愛おしくて仕方ないよ。」
『っ…だって信じたいって思っちゃうの…零さんだから…』
深月が恥ずかしそうに呟くと降谷は深月にキスをした。絡まる舌が熱く深月は溶けそうな感覚が気持ち良くて緩く降谷のシャツを握った。
「深月、もう酔いは覚めたな?」
『はい…それなりにたぶん?』
深月は降谷の質問の意図がわからず首を傾げると降谷にベッドに押し倒された。ニヤリと笑って見下ろしてくる降谷に深月は目をしばたかせた。
「じゃあもう我慢しなくていいな?」
『は?我慢?』
「恋人だからって酔って記憶のない状態で手を出すのは抵抗あるさ。なのに君ときたらそんなエロい姿でやたらと抱きついてきて…僕がどれだけ我慢したと思ってるんだ?」
『んっ…や、れ、零さん、シャワー浴びたいって言ってませんでした⁉︎』
降谷が胸を指先で撫でてきたので深月は慌てて降谷の手を掴んだ。確かに降谷を誘惑しようとしていたのだが、それは失敗に終わったからもう普通に寝ようと考えていた深月にそれは唐突な出来事だった。降谷はそんな深月の制止など気にせず深月の胸をふにゅっと掴んだ。
「まぁさっきまでは。冷静になるのに水でも浴びようと思ったんだが…必要ないみたいだから。」
『あっ…れ、零さん、待っ…』
「チェックアウトまでには起こしてあげるよ。」
『朝ご飯は⁉︎』
「じゃあ選んでいいよ。僕と朝食、どっちがいい?」
ニヤニヤとする降谷を見ると深月はそれがとても癪で眉間にシワを寄せながら尋ねた。
『私が朝食選んだらやめるんですか?』
「その時は…君に僕の方が魅力的だと言う事を実演だな。」
そう言って降谷が首筋にキスを落としてくるので深月からは甘い声が出た。深月はカァッと頬を真っ赤に染めると降谷を睨んだ。
『それ、結局私に選択肢ないじゃないですか!』
「悪いけど、もう我慢出来そうにない。」
『んんっ!』
深月は降谷に口を塞がれ大した抗議も出来ないまま、もう明け方に近付く時間だというのに千紗の言った通り"あま〜いあつ〜い夜"を過ごす事になった。
つづく