桜舞う頃〜その先〜
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深月と降谷は警視庁術科センターから降谷のアパートへと移動しそこではハロが尻尾を振って待っていた。
『ハロくん!久しぶり〜』
深月が名前を呼んで抱き上げるとハロは嬉しそうにアンッ!と鳴いて返事をした。
降谷に促されて深月がリビングの椅子に座って待っているとスーツから普段着へと着替えた降谷が和室から戻ってきた。
ー私服かぁ…安室さんのファンだって子達は零さんのスーツ姿は知らないんだよなぁ…もったいないなぁ…けど、なんかそれは嬉しいかもしれない…
深月は自分がぼんやりと抱いた優越感にも似たその感情に恥ずかしくなって降谷から視線を逸らして頬を赤らめた。降谷はそんな深月の反応が理解出来ずに首を傾げた。
「どうした?」
『い、いえ…それよりポアロに行くんですよね?』
深月がテーブルに手をついて立ち上がると降谷はその手に手を重ねた。その手から話題を変えさせる気などないという降谷の意思を感じ深月はどう上手く誤魔化そうかと考えて視線を彷徨わせた。降谷はまだ少し赤みの残る深月の頬を撫でるとそのまま顎に手を滑らせてクイッと持ち上げ深月と視線を合わせた。
「頬を赤らめた理由を聞くまでは行けないな。」
『た、大した事じゃないです!』
「じゃあ話したらいいじゃないか。」
『…その…安室さんのファンの子は零さんのスーツ姿とか知らないんだよなぁと思っただけです。』
「そうだろうな…だから?」
降谷は深月の言いたい事がよくわからずさらなる説明を促した。深月はその先を言うのは恥ずかしく口ごもるが黙ってジッと見つめられると言うしか選択肢がなかった。
『だから…その、ちょっとばかり優越感と言いますか…嬉しいなぁなんて…』
深月がとても降谷の顔なんて見れなくて視線を逸らしながら言えば降谷に抱き寄せられキスをされた。角度を変えて何度か重なれば深月は甘い声を漏らした。
『んぅ…れ、零さん?』
「随分とまた可愛い事を思ってたな。」
『っ…可愛くなんて…』
「君は僕のスーツ姿好きなのか?」
『え…んー…』
深月は降谷に問われると悩んでしまった。降谷のスーツ姿が好きかと聞かれると好きではあるが特別降谷だから好きかと聞かれると違う様な気がしたからだ。
『好き、ですけど……他の人でも好きですね。スーツ姿ってピシッとしててカッコいいじゃないですか。えと…ダメでした?』
複雑な顔をする降谷に気付いて深月が不安げに伺うと降谷は、ダメだ。とは言えなかった。
「そうじゃないが…少し残念な様な気がするな。僕でなくても好きなんだろ?」
『あ、えと、その、でもドキドキするのは零さんだけですよ?』
降谷が寂しそうに言うものだから深月は慌てて弁解した。けれどそれを伝えてからよく考えてみるとそんな弁解をする必要があったのだろうかと気付き、ただただ恥ずかしくなった。
『と、とにかくそんなわけで理由は話したんだからポアロに…』
「やっぱり君は可愛いな。」
『え…んっ!』
降谷の腕の中から深月は抜け出そうとしたがそんな事は叶わず、ギュッと引き寄せられると再びキスをされた。
『ふぁっ…零さっ…んんっ…ポアロ遅れません⁉︎』
「まだ時間があるから。」
『ちょっ…んっ!』
降谷が再び深月の口を塞げば、深月はその唇の熱と甘さに翻弄された。暫くして降谷が唇を離すと深月は潤む瞳でぼんやりと降谷を見つめた。
「そんなに熱っぽい目で見られるとベッドに連れ込みたくなるな。」
『ふぇっ⁉︎ダ、ダメですよ⁉︎』
「わかってるよ。」
降谷は慌てる深月を見てクスリと笑うと尋ねた。
「ところで君の明日の予定は?」
『別に特には…』
「じゃあ約束していた海に行こうか。」
『え…いいんですか?』
トロピカルランドで約束したそれに誘われ深月の瞳がキラリと光った。降谷は嬉しそうな深月を見ると自然と笑みが零れ深月の頭を撫でた。
「うん。だから、今夜はうちに泊まってくれるか?」
『はい。朝早いですもんね。』
「ちゃんと起きろよ。」
『ちゃんと寝かせてくださいね。』
「…まぁ寝てたらそのまま連れて行くか。」
『ちょっと!ちゃんと約束してください!』
不満そうに睨んでくる深月に降谷はチュッとキスをするとその瞳を近くで見つめた。
「それはちょっと約束出来そうにないな。結構君が予想外に煽ってくるから。」
『貴方は私と寝る時普通に寝れないんですか。』
「普通だろ?恋人を抱いて寝るのは。」
『…貴方の普通はちょっと考えを改めた方がいいですよ。』
頬を真っ赤にして視線を逸らし拗ねた様に言う深月が可愛くて降谷はもう一度キスをした。深月はもぞもぞと身を捩ると降谷を戸惑い気味に見つめた。
『零さん…そんなにキスしないで…』
「ん?もっと欲しくなる?」
『っ…わかってるならやめてください。』
「深月」
『んぅっ!』
素直に認めて恥ずかしがる深月の姿に我慢が利かなくなって降谷は深く口付けた。深月は驚いて目を見開くと降谷の胸をトントンと叩いて抗議した。
『ハァッ…ちょっ…人の話聞いてます⁉︎』
「聞いたよ。いいだろ、今夜には抱くんだから。」
『…零さんのバカっ!』
深月はダンッと降谷の足を思い切り踏むと、さすがに降谷も動きが止まった。ジンと足が痛み降谷は顔をしかめながら深月に伝えた。
「それ、わりと痛いんだぞ。」
『でしょうね。遠慮してませんから。本当ならヒールで踏みたいですよ。』
冷たくニコリと笑った深月の顔を見て降谷は自分が予想していたより深月の機嫌を損ねた事を悟り、ごめん。やり過ぎたよ。とすぐに謝った。
『やめてって言ってるのに…零さん私の反応見て面白がってるんでしょ?』
「違うよ。君が可愛いから我慢が利かないだけだ。」
『そういう時は仕事の事でも考えてください。ほら、ポアロ行きましょう。安室さん。』
深月がその名前をあえて強めて呼べば降谷は苦笑した。
「あ!深月!」
『千紗』
深月は安室と一緒に訪れたポアロで千紗と出会うと片手を軽く上げて挨拶し千紗の座るカウンター席の隣に座った。
「え、なになに⁉︎なんで安室さんと一緒⁉︎デート⁉︎」
『たまたま会っただけ。』
"警視庁術科センターで"という場所を省いて説明すれば違和感はなく千紗は、えーなんだーと残念そうだった。
「そういえば親戚の用事は終わったの?」
『うん。来週からは行くから。なんか特別な事あった?』
「んーと、特には……あ!ごめーん、社会学のレポートが来週の月曜までだったのが教授が出張入ったから今週の金曜までにするって言ってた。」
千紗が笑いながら、必修科目じゃないからすっかり連絡するの忘れてたわ。と言うので深月は口元を引きつらせた。
『いや金曜って…今日じゃん。』
「いいじゃん。選択教科だし落としたところで痛くない。痛くない。」
深月はハァとため息をつくと席を立った。
「えぇ⁉︎帰るの⁉︎」
『だって今日なんでしょ?レポート自体はあと少しまとめるだけだし間に合いそうだから。』
「そんなぁ!久しぶりなんだから一緒にお茶しよーよ!いいじゃん、必修じゃないんだから!」
『単位落としたって履修科目に残るからいや。』
「真面目かよ!」
『どちらかといえばね、真面目なの。』
深月が今入ってきたばかりなのに出口に向かおうとするので千紗は慌ててその腕を掴んだ。
「やだやだ!一緒にいてー!」
『ちょっと…』
「単位と私、どっちが大事なの⁉︎」
『単位。』
「即答⁉︎」
『じゃあ今千紗とお茶をする必要性を明確に述べてよ。』
「んー…私が1週間分の深月を補給したいから!」
『却下。』
「えーこういうのはさぁ論理的に考えちゃダメなんだってば、大事なのは心だよ!恋人と理由もなく一緒にいたい時ってあるでしょ⁉︎あれだよ!」
『いや…恋人じゃないし。』
「ふーん。」
急に千紗が口角を上げてニマニマと気味の悪い笑みを浮かべたので深月は眉間にシワを寄せた。
『え、何?』
「いやぁ…否定はしないんだなぁって。理由もなく安室さんと一緒にいたい時…あった?」
『はぁ⁉︎』
深月は千紗にそう指摘されるとカァッと頬を赤らめ千紗の手を振り払った。
『とにかく私はレポート出してくるから!』
「あ、深月さん!」
『な、なんです?私急いでるんですが⁉︎』
出口に向かおうとした所を安室に呼び止められ深月は早くこの場から去りたい気持ちで八つ当たり気味に安室を振り返って尋ねればテイクアウト用のコーヒーカップを差し出された。
「どうぞ。」
『え、あ…』
「僕から差し入れです。レポート頑張ってください。」
安室がそう言って微笑むので深月は八つ当たりした事を申し訳なく思いながらそれを受け取って礼を言ってポアロを出て行った。
深月は一度自宅マンションに戻ってレポートと降谷の家に泊まるための着替えを持つと大学へ向かった。移動中の電車内でレポートを読み直してまとめを頭の中で作ると深月は空き教室でレポートを書き上げてそれを無事教授に提出してきた。このままポアロへとんぼ返りも出来たが、せっかく大学まで来たので深月は他のレポートで使えそうな本でも探しておこうと図書館に寄った。参考になりそうな本を探し深月は見つけるとその本はちょうど深月が爪先立ちをして届くか届かないかくらいの高さにあり深月は台や梯子を探すが近くにはなかった。遠くまでそれらを探しに行くのが面倒で深月はグッと力を込めて手を伸ばした。あとほんの数ミリが届かずハァと諦めた時、ふいに影が落ち目の前に本を差し出され深月は顔を上げた。
「こちらですか?」
『あ、昴さん!』
深月が礼を言って本を受け取ると沖矢は尋ねた。
「レポートですか?」
『えぇ。参考資料が欲しくて…昴さんも研究資料ですか?』
「まぁそんなところです。」
沖矢が頷くと、深月は思えば彼とは体調不良の時に半ば強引だったとはいえ看病してもらってそれ以来だったと思い出した。
『あの、先日はありがとうございました。ちゃんとお礼も出来ないままですみませんでした。』
「いえ。その後は問題なさそうですね。」
『はい。おかげさまで。』
深月の現在の顔色を見て沖矢が言うと深月は笑ってそれに返した。
『でも、大学で会うとは思いませんでした。うちの大学ただでさえ広いのに…学部も違いますから。』
「確かに。そうだ、もしこの後お時間あるならどうです?うちで夕飯など。」
『あー……この後は予定があるので、ごめんなさい。』
「それは残念ですね。ではまた改めますよ。」
沖矢が食い下がる事もせずに頷いてくれた事に深月は内心安堵した。彼の素性がFBIだと降谷から聞かされ、それ以上の事が深月にはわからなかったが、関わらないようにと言われている以上何かしら知ってはいけない何かがあるのだろうと考えた。
ーFBIだし悪い人ではないんだろうけど…というかFBIって事は日本警察と協力体制とってるんだよね?あれ?でも零さん、"FBI捜査官だと思われる"って言ったっけ?しかもなぜ日本にいるのかは知らないって……え、それじゃ違法捜査って事?あぁ、なるほど。
深月はそこまで考えて降谷が怒っている理由が分かった様な気がした。他国の警察組織が勝手に日本で捜査を行なっている。そもそもそれは違法だし、それ以上に連携が取れないという事は日本警察の捜査の邪魔になる可能性が十分にあるという事だ。
ーどんなにしている事が正義でもそれはまずいんじゃ…でもそもそもなんで連携をとらないんだろう。勝手の違う国なのだから、とった方が何かと都合がいいだろうに…日本警察には知られたくない?つまりそれは…
「深月さん?」
『あ…ごめんなさい。なんでしょう?』
深月は沖矢に話しかけられていた事に気付くと、何を話しかけられたのかが分からず首を傾げた。沖矢はそんな深月を心配そうに眉をひそめて見つめた。
「何かとても難しい顔をされていたので。」
『レポートの事を少し……じゃあ私はこれで。本、ありがとうございました。』
深月は沖矢に頭を下げると足早にそこから離れ、沖矢は深月の後ろ姿を見つめるとその細い目が片方だけ見開き緑の瞳がキラリと光った。
「降谷零君の恋人、か…」
深月は大学から直接降谷のアパートへと向かった。鍵を開けて中に入ればハロが嬉しそうに尻尾を振り、普段なら深月はそれを抱き上げるが図書館で会った沖矢昴の事で頭がいっぱいでスッと横を通り過ぎた。家主はまだ帰ってきていないようで深月は部屋の電気をつけると和室に入ってベッドに腰を下ろした。
ーFBI…日本での違法捜査……手続きを踏んでいる時間がもったいないと思ったのか、それとも日本の警察組織自体に何かあるとして捜査してるのか…もしくは政府関係者とか…お父さんの組織だから警察組織に何かあるとは思いたくないな…けど、お母さんは光が強いところに出来る闇は濃いって言ってたし…
深月は大学からの道中ずっと堂々巡りする考えにそろそろうんざりしてきた。どんなに考えたって答えが出ない事はわかっているのに気付けば考えていて深月は気晴らしにと降谷のギターを借りる事にした。ポロンポロンと最近作詞した曲や昔から好きな曲、テレビCMで聴いた事があるだけの曲など適当に弾き流していれば頭から沖矢の姿が薄れていった。気付けばハロも近くにきてアンッ!と曲に合わせて吠えた。
ーそういえば、作詞の仕事もらってたんだった。
深月はふと思い出してギターを置くと、先日スタッフと打ち合わせをした内容を確認するため手帳を取り出そうとベッドの近くに置いた鞄を開けてから後悔した。図書館で借りてきた本が最初に目に入り薄くなっていたはずの沖矢昴が明確に脳裏に浮かんだ。せっかく気分が変わったというのに一瞬で"ふりだしに戻る"状態になって深月はため息をついた。仕方なしに深月は鞄の中からその本を取り出すとベッドに腰掛けぱらりとめくるが内容は頭に入ってこなかった。
ーFBIかぁ…昴さんがねぇ…
深月は本を抱えてバフッとベッドに上体を倒すと天井をぼんやりと眺めた。
ーというか、昴さんはなんで私を食事に誘ったんだろ?
深月はゴロンと壁の方を向いて寝転がるとハァとため息をついた。
『昴さん、何考えてんだろ…』
「恋人のベッドの上で他の男の事を考えるのはいかがなものかな?」
『ひゃあっ⁉︎』
深月は当然ハロと2人きりと思っていたから降谷の声がかかった事にひどく驚きベッドから跳ね起きた。降谷は深月が想像していたよりもずっと近くにいて、隣に座る降谷の青い瞳が鋭く深月を射抜いた。
『お、おかえりなさい…』
「ただいま。」
『音…しました?』
「ハロはちゃんと気付いたぞ。君は考え込むと周りが見えなくなるからな。」
『あ、はい。ごめんなさい。』
特に謝る必要はないのに、降谷の圧に負けて深月はなんとなくいらない謝罪をした。
「それで?」
『え?』
「僕のベッドの上で他の男の何を考えていたんだ?」
『あ…えと…』
もはや笑顔で取り繕う気もない降谷に鋭く冷たく見つめられ深月はたじろいだ。何から話すべきなのか…むしろ話す事はそんなにない気もしてきて深月は今日の出来事を話す事にした。
『今日、大学の図書館で昴さんと会ってその時…食事に誘われまして…どうしてかなぁと。』
「それで?」
『え?終わりですけど?』
「そうじゃないだろ。誘いを受けたのか、断ったのか?」
『あぁ…断りましたよ。だって零さんがFBIかもとか言うから。』
「そうじゃなかったら行ったのか。」
『んー…行ったかも。別に昴さん子供達に優しくていい人ですし。』
「それはつまり、君は他の男からデートに誘われたら行くって事だな。」
『は?いやデートじゃ…』
「男から食事に誘われてそれが2人きりならデートだろ。」
『あー……なるほど。そうですね。でも昴さんそうは見えなかったですけど…』
"デートに誘ってもらった"という印象を深月は受けなかった。ただそう言っても自分への好意に疎い深月の発言を降谷は間に受けなかった。
「ちょっと信用出来ないな。」
『恋人を信用しないなんてひどい。』
「君は宝石の鑑定をそこらの小学生にさせるか?」
『…つまり私のレベルはその程度だと?』
さすがにそこまで言われると癪なのか深月は降谷を睨んだ。
「で、君は沖矢昴の考えがわからないと。」
『…えぇ、私は昴さんがデートとかそういう目的で誘ったようには感じませんでしたので。まぁ私の見解ですから信用されませんけど。でもそんな風にはかけらも思いませんでしたよ、私的には。何度も言いますけど私はそう感じませんでしたね。』
「わかったよ。謝るから。言い過ぎたよ、ごめん。」
"私"をやたら強調してくる深月に降谷が呆れた様に謝るが、仕方なしに謝罪してくる降谷に納得などいかず深月は壁の方に体の向きを逸らし降谷に背を向けると手元の本を開いた。
『とにかくこの話はそれで終わりです。以上です。じゃあ私はレポートの資料集めします。』
「深月」
降谷はそんな深月を後ろから抱きしめると優しく名前を呼んだ。
「ごめん。拗ねないでくれ。」
『拗ねてません。信用されてないようなので癪なだけです。』
「君の言葉を信用してないわけじゃない…ただ相手はFBIだ。心理戦はあちらのが上手と考えて然るべきだろ?」
『……まぁ、そうですね。』
深月は納得したくはなかったが降谷の言う事を理解し頷くしかなかった。
つづく
『ハロくん!久しぶり〜』
深月が名前を呼んで抱き上げるとハロは嬉しそうにアンッ!と鳴いて返事をした。
降谷に促されて深月がリビングの椅子に座って待っているとスーツから普段着へと着替えた降谷が和室から戻ってきた。
ー私服かぁ…安室さんのファンだって子達は零さんのスーツ姿は知らないんだよなぁ…もったいないなぁ…けど、なんかそれは嬉しいかもしれない…
深月は自分がぼんやりと抱いた優越感にも似たその感情に恥ずかしくなって降谷から視線を逸らして頬を赤らめた。降谷はそんな深月の反応が理解出来ずに首を傾げた。
「どうした?」
『い、いえ…それよりポアロに行くんですよね?』
深月がテーブルに手をついて立ち上がると降谷はその手に手を重ねた。その手から話題を変えさせる気などないという降谷の意思を感じ深月はどう上手く誤魔化そうかと考えて視線を彷徨わせた。降谷はまだ少し赤みの残る深月の頬を撫でるとそのまま顎に手を滑らせてクイッと持ち上げ深月と視線を合わせた。
「頬を赤らめた理由を聞くまでは行けないな。」
『た、大した事じゃないです!』
「じゃあ話したらいいじゃないか。」
『…その…安室さんのファンの子は零さんのスーツ姿とか知らないんだよなぁと思っただけです。』
「そうだろうな…だから?」
降谷は深月の言いたい事がよくわからずさらなる説明を促した。深月はその先を言うのは恥ずかしく口ごもるが黙ってジッと見つめられると言うしか選択肢がなかった。
『だから…その、ちょっとばかり優越感と言いますか…嬉しいなぁなんて…』
深月がとても降谷の顔なんて見れなくて視線を逸らしながら言えば降谷に抱き寄せられキスをされた。角度を変えて何度か重なれば深月は甘い声を漏らした。
『んぅ…れ、零さん?』
「随分とまた可愛い事を思ってたな。」
『っ…可愛くなんて…』
「君は僕のスーツ姿好きなのか?」
『え…んー…』
深月は降谷に問われると悩んでしまった。降谷のスーツ姿が好きかと聞かれると好きではあるが特別降谷だから好きかと聞かれると違う様な気がしたからだ。
『好き、ですけど……他の人でも好きですね。スーツ姿ってピシッとしててカッコいいじゃないですか。えと…ダメでした?』
複雑な顔をする降谷に気付いて深月が不安げに伺うと降谷は、ダメだ。とは言えなかった。
「そうじゃないが…少し残念な様な気がするな。僕でなくても好きなんだろ?」
『あ、えと、その、でもドキドキするのは零さんだけですよ?』
降谷が寂しそうに言うものだから深月は慌てて弁解した。けれどそれを伝えてからよく考えてみるとそんな弁解をする必要があったのだろうかと気付き、ただただ恥ずかしくなった。
『と、とにかくそんなわけで理由は話したんだからポアロに…』
「やっぱり君は可愛いな。」
『え…んっ!』
降谷の腕の中から深月は抜け出そうとしたがそんな事は叶わず、ギュッと引き寄せられると再びキスをされた。
『ふぁっ…零さっ…んんっ…ポアロ遅れません⁉︎』
「まだ時間があるから。」
『ちょっ…んっ!』
降谷が再び深月の口を塞げば、深月はその唇の熱と甘さに翻弄された。暫くして降谷が唇を離すと深月は潤む瞳でぼんやりと降谷を見つめた。
「そんなに熱っぽい目で見られるとベッドに連れ込みたくなるな。」
『ふぇっ⁉︎ダ、ダメですよ⁉︎』
「わかってるよ。」
降谷は慌てる深月を見てクスリと笑うと尋ねた。
「ところで君の明日の予定は?」
『別に特には…』
「じゃあ約束していた海に行こうか。」
『え…いいんですか?』
トロピカルランドで約束したそれに誘われ深月の瞳がキラリと光った。降谷は嬉しそうな深月を見ると自然と笑みが零れ深月の頭を撫でた。
「うん。だから、今夜はうちに泊まってくれるか?」
『はい。朝早いですもんね。』
「ちゃんと起きろよ。」
『ちゃんと寝かせてくださいね。』
「…まぁ寝てたらそのまま連れて行くか。」
『ちょっと!ちゃんと約束してください!』
不満そうに睨んでくる深月に降谷はチュッとキスをするとその瞳を近くで見つめた。
「それはちょっと約束出来そうにないな。結構君が予想外に煽ってくるから。」
『貴方は私と寝る時普通に寝れないんですか。』
「普通だろ?恋人を抱いて寝るのは。」
『…貴方の普通はちょっと考えを改めた方がいいですよ。』
頬を真っ赤にして視線を逸らし拗ねた様に言う深月が可愛くて降谷はもう一度キスをした。深月はもぞもぞと身を捩ると降谷を戸惑い気味に見つめた。
『零さん…そんなにキスしないで…』
「ん?もっと欲しくなる?」
『っ…わかってるならやめてください。』
「深月」
『んぅっ!』
素直に認めて恥ずかしがる深月の姿に我慢が利かなくなって降谷は深く口付けた。深月は驚いて目を見開くと降谷の胸をトントンと叩いて抗議した。
『ハァッ…ちょっ…人の話聞いてます⁉︎』
「聞いたよ。いいだろ、今夜には抱くんだから。」
『…零さんのバカっ!』
深月はダンッと降谷の足を思い切り踏むと、さすがに降谷も動きが止まった。ジンと足が痛み降谷は顔をしかめながら深月に伝えた。
「それ、わりと痛いんだぞ。」
『でしょうね。遠慮してませんから。本当ならヒールで踏みたいですよ。』
冷たくニコリと笑った深月の顔を見て降谷は自分が予想していたより深月の機嫌を損ねた事を悟り、ごめん。やり過ぎたよ。とすぐに謝った。
『やめてって言ってるのに…零さん私の反応見て面白がってるんでしょ?』
「違うよ。君が可愛いから我慢が利かないだけだ。」
『そういう時は仕事の事でも考えてください。ほら、ポアロ行きましょう。安室さん。』
深月がその名前をあえて強めて呼べば降谷は苦笑した。
「あ!深月!」
『千紗』
深月は安室と一緒に訪れたポアロで千紗と出会うと片手を軽く上げて挨拶し千紗の座るカウンター席の隣に座った。
「え、なになに⁉︎なんで安室さんと一緒⁉︎デート⁉︎」
『たまたま会っただけ。』
"警視庁術科センターで"という場所を省いて説明すれば違和感はなく千紗は、えーなんだーと残念そうだった。
「そういえば親戚の用事は終わったの?」
『うん。来週からは行くから。なんか特別な事あった?』
「んーと、特には……あ!ごめーん、社会学のレポートが来週の月曜までだったのが教授が出張入ったから今週の金曜までにするって言ってた。」
千紗が笑いながら、必修科目じゃないからすっかり連絡するの忘れてたわ。と言うので深月は口元を引きつらせた。
『いや金曜って…今日じゃん。』
「いいじゃん。選択教科だし落としたところで痛くない。痛くない。」
深月はハァとため息をつくと席を立った。
「えぇ⁉︎帰るの⁉︎」
『だって今日なんでしょ?レポート自体はあと少しまとめるだけだし間に合いそうだから。』
「そんなぁ!久しぶりなんだから一緒にお茶しよーよ!いいじゃん、必修じゃないんだから!」
『単位落としたって履修科目に残るからいや。』
「真面目かよ!」
『どちらかといえばね、真面目なの。』
深月が今入ってきたばかりなのに出口に向かおうとするので千紗は慌ててその腕を掴んだ。
「やだやだ!一緒にいてー!」
『ちょっと…』
「単位と私、どっちが大事なの⁉︎」
『単位。』
「即答⁉︎」
『じゃあ今千紗とお茶をする必要性を明確に述べてよ。』
「んー…私が1週間分の深月を補給したいから!」
『却下。』
「えーこういうのはさぁ論理的に考えちゃダメなんだってば、大事なのは心だよ!恋人と理由もなく一緒にいたい時ってあるでしょ⁉︎あれだよ!」
『いや…恋人じゃないし。』
「ふーん。」
急に千紗が口角を上げてニマニマと気味の悪い笑みを浮かべたので深月は眉間にシワを寄せた。
『え、何?』
「いやぁ…否定はしないんだなぁって。理由もなく安室さんと一緒にいたい時…あった?」
『はぁ⁉︎』
深月は千紗にそう指摘されるとカァッと頬を赤らめ千紗の手を振り払った。
『とにかく私はレポート出してくるから!』
「あ、深月さん!」
『な、なんです?私急いでるんですが⁉︎』
出口に向かおうとした所を安室に呼び止められ深月は早くこの場から去りたい気持ちで八つ当たり気味に安室を振り返って尋ねればテイクアウト用のコーヒーカップを差し出された。
「どうぞ。」
『え、あ…』
「僕から差し入れです。レポート頑張ってください。」
安室がそう言って微笑むので深月は八つ当たりした事を申し訳なく思いながらそれを受け取って礼を言ってポアロを出て行った。
深月は一度自宅マンションに戻ってレポートと降谷の家に泊まるための着替えを持つと大学へ向かった。移動中の電車内でレポートを読み直してまとめを頭の中で作ると深月は空き教室でレポートを書き上げてそれを無事教授に提出してきた。このままポアロへとんぼ返りも出来たが、せっかく大学まで来たので深月は他のレポートで使えそうな本でも探しておこうと図書館に寄った。参考になりそうな本を探し深月は見つけるとその本はちょうど深月が爪先立ちをして届くか届かないかくらいの高さにあり深月は台や梯子を探すが近くにはなかった。遠くまでそれらを探しに行くのが面倒で深月はグッと力を込めて手を伸ばした。あとほんの数ミリが届かずハァと諦めた時、ふいに影が落ち目の前に本を差し出され深月は顔を上げた。
「こちらですか?」
『あ、昴さん!』
深月が礼を言って本を受け取ると沖矢は尋ねた。
「レポートですか?」
『えぇ。参考資料が欲しくて…昴さんも研究資料ですか?』
「まぁそんなところです。」
沖矢が頷くと、深月は思えば彼とは体調不良の時に半ば強引だったとはいえ看病してもらってそれ以来だったと思い出した。
『あの、先日はありがとうございました。ちゃんとお礼も出来ないままですみませんでした。』
「いえ。その後は問題なさそうですね。」
『はい。おかげさまで。』
深月の現在の顔色を見て沖矢が言うと深月は笑ってそれに返した。
『でも、大学で会うとは思いませんでした。うちの大学ただでさえ広いのに…学部も違いますから。』
「確かに。そうだ、もしこの後お時間あるならどうです?うちで夕飯など。」
『あー……この後は予定があるので、ごめんなさい。』
「それは残念ですね。ではまた改めますよ。」
沖矢が食い下がる事もせずに頷いてくれた事に深月は内心安堵した。彼の素性がFBIだと降谷から聞かされ、それ以上の事が深月にはわからなかったが、関わらないようにと言われている以上何かしら知ってはいけない何かがあるのだろうと考えた。
ーFBIだし悪い人ではないんだろうけど…というかFBIって事は日本警察と協力体制とってるんだよね?あれ?でも零さん、"FBI捜査官だと思われる"って言ったっけ?しかもなぜ日本にいるのかは知らないって……え、それじゃ違法捜査って事?あぁ、なるほど。
深月はそこまで考えて降谷が怒っている理由が分かった様な気がした。他国の警察組織が勝手に日本で捜査を行なっている。そもそもそれは違法だし、それ以上に連携が取れないという事は日本警察の捜査の邪魔になる可能性が十分にあるという事だ。
ーどんなにしている事が正義でもそれはまずいんじゃ…でもそもそもなんで連携をとらないんだろう。勝手の違う国なのだから、とった方が何かと都合がいいだろうに…日本警察には知られたくない?つまりそれは…
「深月さん?」
『あ…ごめんなさい。なんでしょう?』
深月は沖矢に話しかけられていた事に気付くと、何を話しかけられたのかが分からず首を傾げた。沖矢はそんな深月を心配そうに眉をひそめて見つめた。
「何かとても難しい顔をされていたので。」
『レポートの事を少し……じゃあ私はこれで。本、ありがとうございました。』
深月は沖矢に頭を下げると足早にそこから離れ、沖矢は深月の後ろ姿を見つめるとその細い目が片方だけ見開き緑の瞳がキラリと光った。
「降谷零君の恋人、か…」
深月は大学から直接降谷のアパートへと向かった。鍵を開けて中に入ればハロが嬉しそうに尻尾を振り、普段なら深月はそれを抱き上げるが図書館で会った沖矢昴の事で頭がいっぱいでスッと横を通り過ぎた。家主はまだ帰ってきていないようで深月は部屋の電気をつけると和室に入ってベッドに腰を下ろした。
ーFBI…日本での違法捜査……手続きを踏んでいる時間がもったいないと思ったのか、それとも日本の警察組織自体に何かあるとして捜査してるのか…もしくは政府関係者とか…お父さんの組織だから警察組織に何かあるとは思いたくないな…けど、お母さんは光が強いところに出来る闇は濃いって言ってたし…
深月は大学からの道中ずっと堂々巡りする考えにそろそろうんざりしてきた。どんなに考えたって答えが出ない事はわかっているのに気付けば考えていて深月は気晴らしにと降谷のギターを借りる事にした。ポロンポロンと最近作詞した曲や昔から好きな曲、テレビCMで聴いた事があるだけの曲など適当に弾き流していれば頭から沖矢の姿が薄れていった。気付けばハロも近くにきてアンッ!と曲に合わせて吠えた。
ーそういえば、作詞の仕事もらってたんだった。
深月はふと思い出してギターを置くと、先日スタッフと打ち合わせをした内容を確認するため手帳を取り出そうとベッドの近くに置いた鞄を開けてから後悔した。図書館で借りてきた本が最初に目に入り薄くなっていたはずの沖矢昴が明確に脳裏に浮かんだ。せっかく気分が変わったというのに一瞬で"ふりだしに戻る"状態になって深月はため息をついた。仕方なしに深月は鞄の中からその本を取り出すとベッドに腰掛けぱらりとめくるが内容は頭に入ってこなかった。
ーFBIかぁ…昴さんがねぇ…
深月は本を抱えてバフッとベッドに上体を倒すと天井をぼんやりと眺めた。
ーというか、昴さんはなんで私を食事に誘ったんだろ?
深月はゴロンと壁の方を向いて寝転がるとハァとため息をついた。
『昴さん、何考えてんだろ…』
「恋人のベッドの上で他の男の事を考えるのはいかがなものかな?」
『ひゃあっ⁉︎』
深月は当然ハロと2人きりと思っていたから降谷の声がかかった事にひどく驚きベッドから跳ね起きた。降谷は深月が想像していたよりもずっと近くにいて、隣に座る降谷の青い瞳が鋭く深月を射抜いた。
『お、おかえりなさい…』
「ただいま。」
『音…しました?』
「ハロはちゃんと気付いたぞ。君は考え込むと周りが見えなくなるからな。」
『あ、はい。ごめんなさい。』
特に謝る必要はないのに、降谷の圧に負けて深月はなんとなくいらない謝罪をした。
「それで?」
『え?』
「僕のベッドの上で他の男の何を考えていたんだ?」
『あ…えと…』
もはや笑顔で取り繕う気もない降谷に鋭く冷たく見つめられ深月はたじろいだ。何から話すべきなのか…むしろ話す事はそんなにない気もしてきて深月は今日の出来事を話す事にした。
『今日、大学の図書館で昴さんと会ってその時…食事に誘われまして…どうしてかなぁと。』
「それで?」
『え?終わりですけど?』
「そうじゃないだろ。誘いを受けたのか、断ったのか?」
『あぁ…断りましたよ。だって零さんがFBIかもとか言うから。』
「そうじゃなかったら行ったのか。」
『んー…行ったかも。別に昴さん子供達に優しくていい人ですし。』
「それはつまり、君は他の男からデートに誘われたら行くって事だな。」
『は?いやデートじゃ…』
「男から食事に誘われてそれが2人きりならデートだろ。」
『あー……なるほど。そうですね。でも昴さんそうは見えなかったですけど…』
"デートに誘ってもらった"という印象を深月は受けなかった。ただそう言っても自分への好意に疎い深月の発言を降谷は間に受けなかった。
「ちょっと信用出来ないな。」
『恋人を信用しないなんてひどい。』
「君は宝石の鑑定をそこらの小学生にさせるか?」
『…つまり私のレベルはその程度だと?』
さすがにそこまで言われると癪なのか深月は降谷を睨んだ。
「で、君は沖矢昴の考えがわからないと。」
『…えぇ、私は昴さんがデートとかそういう目的で誘ったようには感じませんでしたので。まぁ私の見解ですから信用されませんけど。でもそんな風にはかけらも思いませんでしたよ、私的には。何度も言いますけど私はそう感じませんでしたね。』
「わかったよ。謝るから。言い過ぎたよ、ごめん。」
"私"をやたら強調してくる深月に降谷が呆れた様に謝るが、仕方なしに謝罪してくる降谷に納得などいかず深月は壁の方に体の向きを逸らし降谷に背を向けると手元の本を開いた。
『とにかくこの話はそれで終わりです。以上です。じゃあ私はレポートの資料集めします。』
「深月」
降谷はそんな深月を後ろから抱きしめると優しく名前を呼んだ。
「ごめん。拗ねないでくれ。」
『拗ねてません。信用されてないようなので癪なだけです。』
「君の言葉を信用してないわけじゃない…ただ相手はFBIだ。心理戦はあちらのが上手と考えて然るべきだろ?」
『……まぁ、そうですね。』
深月は納得したくはなかったが降谷の言う事を理解し頷くしかなかった。
つづく