桜舞う頃 【完結】
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深月は電車を降りて改札を出ると千紗に今、米花駅。と短いメールを送り待ち合わせ場所のポアロへと歩き出した。この道も気づけば週に1、2回のペースで歩いているなと考えながら歩けば目的地へ着いていた。カランと音を立ててドアを開いて店に入ると千紗は女子高生2人と仲良くお茶をしていた。
「あ、深月、こっちこっち!」
『なんで蘭ちゃんと園子ちゃんと一緒?』
「深月と待ち合わせなんだって安室さんに話してたのを聞かれてね、それで一緒にお茶する事にしたの!」
『あ、そう。』
人見知りなど存在しないコミュニケーション能力を持つ千紗に深月は半ば呆れたように笑った。
深月が空いていた千紗の隣に座ると蘭と園子が声をかけてきた。
「曲聴きました!すっごく良かったです!」
「ハニハニにめっちゃ合ってた!」
『そう?なら良かった。』
深月はメニューを取ってそれを眺めながら軽く応えた。
この喫茶店で深月が作詞したものが最近曲になったのだ。アイドル達の可愛いダンスと共にミュージックビデオとなったそれはお昼の情報番組などで取り上げられ、それなりに曲の認知度が上がっていた。
「カフェオレ以外の物にしますか?」
お冷を持ってきた安室は普段カフェオレと決まっているのに珍しくメニューを開く深月に声をかけるが深月は首を横に振った。
『いえ…飲み物はそれで。ただお昼抜いちゃったので何か食べようかと。』
「それならちょっと試作品を食べてもらえませんか?今度新しいサンドイッチを出す事になったんですよ。」
『まぁ別に私でいいのであれば。』
「それって安室さん考案のサンドイッチですか?」
「えぇ。オーナーがメニューを少し新しくしようと。良かったら皆さんで試食してみてもらえますか?」
「やった!」
安室の作るハムサンドが美味しい事は有名な話なので他の3人は嬉しそうに声を上げた。安室が少々お待ちください。と言ってカウンターへと戻っていくと千紗はそれを目で追いながら女子高生2人にヒソヒソと小声で尋ねた。
「そういえば女子高生のおふたりはもしや安室さん目当てなの?」
「違いますよ!」
「そうそう。蘭なんて特にありえない。旦那がいるもんね。」
「だ、誰があんな推理オタク!」
「別に私は新一君の事なんて言ってないけどぉ」
慌てて蘭が否定すると園子はニヤニヤしながら蘭をからかった。
「シンイチ君?」
「蘭の幼馴染でね、東の高校生探偵とか言われてる工藤新一。蘭の旦那なのよ。」
「もう、違うったら!」
「えー!なになに、イケメン?」
「まぁまぁね。アイツに蘭はちょっと勿体ないけど。」
「園子っ!」
「いーねー!いーねー!イケメンの幼馴染!私にも欲しいなぁ。深月にはいないの、幼馴染?」
黄色い声で騒ぐ乙女達を眺めながら深月はお冷に口を付け、顔を真っ赤にして慌てる蘭を可愛いなぁと考えていたので千紗の急な質問に驚いてしまった。
『え、まぁいなくはないけど。』
「え!いたの⁉︎初耳なんだけど!」
『そりゃ今まで話す機会なかったし。』
「イケメン?」
『その類だね。』
「初耳なんだけど!」
『それ2回目。』
「深月さんはその人の事好きなの?」
千紗に続いて園子までこの話題に食いついてくると深月から乾いた笑いが出た。
『ないね。もう何年もまともに会話してないよ。』
「えーそうなのー?」
「じゃあ初恋はその人だったりする?」
『それもないね。いいヤツだけど。』
「いいヤツ止まりかぁ!」
そういえば蘭ちゃんはその新一君が初恋?なんて千紗が今度は蘭を標的にし、その話題に園子も共に茶々を入れつつ楽しんでいた。
深月はお冷の中の氷を眺めながら話題に出た幼馴染を久しぶりに思い出していた。親の関係の都合で出席せざるを得ないパーティー等でたまに見かける程度。愛想のいい彼はどこで見かけてもいつも誰かしらと会話を楽しんでいた。そんな彼とまともに会話したのはそれこそ中学生の頃が最後だ。
─まぁ中学までは一緒の学校だったし…最後に話したのはパーティーでだったっけ。あの時は確かテロ予告があってお父さんに公安の警護がさらについて…
そこまで思い出した時、ちょうど試作のサンドイッチを持ってきた安室と深月の目があった。しかしその視線はすぐに外れ安室は皿をテーブルに置きながら、どうぞ、召し上がれ。とみんなに声をかけた。そこで3人の会話は中断し目の前のサンドイッチへと話題が移った。
─いや、他人の空似でしょ。公安がこんな所でバイトしてるなんてありえないし…
「深月さん、どうしました?」
他の3人がサンドイッチに手を出す中、じっと動かない深月の前にカフェオレを置きながら不思議そうに安室は尋ねた。目の前で首を傾げる安室を見つめ深月は思い直す。
─褐色肌の金髪碧眼のイケメンがそういるかな…でもかなり前の話だしなぁ…記憶違いって事も
『いえ、ちょっと考え事を。』
「あ、もしかして初恋の人の事?」
キラッと目を輝かせて聞いてくる千紗に深月はため息混じりに首を横に振った。
『そっちじゃないよ。幼馴染の方。懐かしいなって思ってただけ。』
「え、そういうのって実は好きだったってやつじゃない?」
同じように目を輝かせる園子を見て深月は苦笑した。
『ないよ。』
「そんなはっきりわかるんですか?」
『蘭ちゃんまで…彼とは小中学校が同じだったしそれなりに気の合う友達だったけどそれだけ。』
何で?と疑いの目で見つめてくる3人に耐えきれなくなって深月は大きくため息をついてから言葉を足した。
『彼とまだ交流のあった頃に他の人を好きになったの。だから彼にそういう感情を持ってなかったと証明出来る。これでいい?』
「あ、それが初恋の人⁉︎」
「同級生?先輩?まさか先生⁉︎」
『……』
そう話が発展するとわかっていたから言いたくなかったがもう口から出てしまった言葉は戻せないため深月はカフェオレをひと口飲んでから口を開いた。
『友達。』
「友達?」
『そ、友達。』
そう言って深月はサンドイッチを口にした。深月は話を切り上げたかったのもあるが、いつまでも安室を待たせているのも申し訳なかった。
『美味しいですね。黒胡椒のアクセントが私は好きですけど辛いの苦手な人には向かないかも。まぁ他のサンドイッチがあるから万人受けする必要はないと思いますけど。』
「なるほど。参考にしますね。」
深月が感想を述べれば安室はニコッと笑って答えた。参考になる事を言えた気はしないが優しいイケメンがそう言っているならいいかと深月はもうひと口サンドイッチを食べた。
「ちょっとちょっと、話そらさないでよ!」
『試作品食べたんだから感想言わないと。』
「それも大事だけど、深月の初恋の相手のが大事!そういう話、ぜっんぜんしないじゃん、深月!」
『別に話すような事は何もないもの。』
目をこれでもかと見開いて迫ってくる千紗に深月の返答はあくまで淡白だ。そんな彼女をよそに千紗は話を続けた。
「でも同級生でも先輩でもないのに友達って事は年下⁉︎深月ってショタコンだったの?」
『…なんか面倒だからそれでいいよ。』
「やだ!ちゃんと取り合ってよ〜」
ブーと文句をたれる友人を無視して深月はカフェオレを口にした。
自分が恋した相手はむしろずっと年上…彼は仕事だったとはいえ中学生 の戯言に付き合ってくれるような優しい人だった。
「じゃあ逆にもっと年上の人だったり?」
蘭の言葉に深月はドキリとして一瞬動きが止まるが3人はその様子に気づかず、深月はニコリと蘭に笑いかけた。
『そんな事より蘭ちゃんの旦那さんの話のが聞きたいな。カッコイイ幼馴染の旦那様、工藤新一君?』
「だ、だから違いますって!」
『今後の作詞活動の為にも詳しくね。』
「焦ったい感じの詞ができそー」
「でも聴いてみたいかも!」
うまく話がそれて、蘭には申し訳ない事をしたが深月はホッと胸を撫で下ろした。
それから暫く4人は恋愛話、その後にはファッションや話題のスイーツなどいわゆるガールズトークに花を咲かせた。気付けばテーブルの上のグラスも皿も空になり4人は帰り支度を始める事にした。千紗は会計の為に財布を出そうと鞄を開けると2通の封筒が目にとまり、あ!と声を上げた。
「深月、これ渡すの忘れてた。」
『何?』
「ゆうちゃんの誕生日パーティーの招待状。」
『あぁ、篠崎さん。今年もやるんだ。』
深月は千紗から招待状を受け取るも興味なさげにそれをリュックにしまってしまった。
「今年は一緒に行こうよ!深月、去年は行かなかったじゃん。」
『やだよ。ドレスとか用意するの面倒だし。』
「すぐそういう事を言うんだからー!」
「ドレスコードがある誕生日パーティーなんてすごいですね。」
2人の話を聞いて内輪の簡単なパーティーなのかと思っていたがどうやらそうではないらしく蘭が感心したように会話に入った。
「そうなの。篠崎さんってお父さんが資産家らしくてさ、去年も学科の同級生を誘って東都ホテルの会場で盛大にパーティーしたんだよね。ご飯美味しいし参加費無料だし、大して親しくないんだけど私はまた行こうかなって。」
「学科ってうちらでいうクラスみたいなもんでしょ?そんなにお祝いされたいんだ、その人…」
千紗の話に財閥のお嬢様である園子でさえ半ば呆れていた。
『周りにちやほやされたいタイプの人で、それを実現するだけの金を親が出してくれるお嬢様だからね。』
「まぁ確かにちょっと人を見下してくる子だから普段から付き合いたいとは思わないんだけど、このパーティーに関しては人を集めたい彼女と美味しいタダ飯にありつける私はWin-Winの関係だと思うのよ!」
『私は今年もパス。』
「そんな事言わないで一緒に行こうよ!ちょっと着飾ってホテルの美味しいご飯をタダで食べられると思えばいいじゃーん。面倒ならドレスも化粧も私がやってあげるからさぁ!」
『……私を誘うように誰かに言われた?』
「えっ⁉︎」
しつこく誘ってくるので深月がジト目で睨むと千紗はビクッと肩を揺らして視線を逸らした。
「いやいやそんな事は…ただ私は深月と一緒に美味しいご飯が食べたいなぁって。」
『へぇ…じゃあ今度私が出してあげるから東都ホテルのディナー行こうか。それで話は終わりだよね。』
「いや!ごめんなさい!お願いなのでパーティー来て下さい!」
バンッと勢いよく両手を合わせて千紗は深月を拝むようにして懇願した。深月は小さくため息をついてから千紗に尋ねた。
『何があったの?』
「実はこれが原因でして…」
千紗がスッとスマホを差し出すと蘭と園子も気になったのか深月と共にそれを覗いた。そこには先日の渋谷での合コンの時の深月の姿が映し出されていた。
「わぁ!深月さん素敵!」
「やればできんじゃん!」
「でっしょー!深月ちょー可愛いでしょ!普段からちょっと化粧すればちょー可愛くなるのにさぁ…」
『千紗…』
「あ、や、と、盗撮したのは謝ります!」
蘭と園子が写真を見て黄色い声を上げると嬉しそうに千紗は語り出すが、明らかに視線の外れたその盗撮写真に深月は怒りから低い声を出した。千紗は萎縮し頭を下げるが、次にはバッと勢いよく顔を上げガッと深月の手を掴んだ。
「でもね、わかる⁉︎めっちゃ可愛いんだよ!つい盗撮して、つい人に自慢したら、今度のパーティーの衣装とかも見たいねって話になったわけよ!じゃあ私が絶対連れてくるねって。私としては可愛い深月をみんなに見て欲しい訳!わかる⁉︎」
『……私は千紗の娘になった覚えはないけど?』
「いやもう思い切り自慢したい。」
『あのねぇ…』
深月はハァと盛大にため息をついて額を押さえた。悪気がないのはよくわかるが悪気がないからこそタチが悪い。
「そんなわけだからさー…来てくれない?」
小首を傾げほんのり赤い顔と少し濡れた瞳で上目遣いにお願いしてくる千紗に深月は今度は長めのため息をついた。
ー男なら確実に落ちてるやつ…これが計算じゃないんだから恐ろしい。
『そうね…食堂のランチ2週間分ってとこかな。』
「ほんとっ⁉︎それでいいならもう喜んで捧げる!ありがとー!やっぱ深月優しいっ!」
『はいはい。今回だけだからね。』
ぎゅーっと抱きついてくる千紗をベリッと引き離して深月は自分の千紗に対する甘さに苦笑した。
ー来なければ良かった。
深月はバルコニーの手摺りに組んだ腕を乗せそこに顔を伏せると盛大なため息をひとつした。
深月は今、同級生の篠崎ゆうの誕生日パーティーに1人で出席している。何故なら共にこのパーティーへ赴く予定だった千紗が熱を出して寝込んでしまったからだ。深月だけでも行ってきて、みんなにその姿を!と熱で浮かされる友人の言葉を無視するのは構わなかったが、セットした髪も衣装も化粧もすべて無駄になるかと思うとそれは少し癪に感じて出席することを選んだ。しかし深月はそんな決断をした小1時間前の自分を恨んだ。
深月は会場入りしてすぐに千紗の友人達に声をかけられ、え?本当に綾野さん⁉︎すごい可愛い!なんて騒がれてしまい、そんな騒ぎに他の人も集まってしまったのだ。このパーティーの主役である篠崎にとってそれは面白くなかったのか絡まれては嫌味を言われ続けるのでさすがに面倒になり、こうして人気のないバルコニーに避難している。
東都ホテルには何度かパーティーで来た事があり深月は退屈なパーティーの時には挨拶だけ済ませて会場を抜け出してはホテル内を散策していた。このバルコニーはそんな時に見つけた穴場だった。
ーあぁもうよく考えたら帰ってもいいな。誰かのメンツが潰れるわけでもないし。
深月は顔を上げ前を見た。そこには明るいビル群と無数の車の光でキラキラと輝く夜景があった。
ーここに最後に来たのは…確かあの時だ…
深月は昔見た景色と相違ない目の前の景色に過去の記憶が蘇ってきた。それは幼馴染と最後に会話したパーティー、珍しく自分にまで公安の警護がついたパーティー…深月は中学2年生だった。やはり退屈なパーティーで深月は警護をうまく撒いてその時もこのバルコニーで夜景を見ながら時間を潰しているところを別の公安の人に見つかり勝手に行動した事を叱られた。
ーそう…あの人は私の事を思って叱ってくれたのに…私ってば思い切り足を踏んで嫌味を言ったんだ…あぁはっきり思い出してきた…やっぱり、あの人は…
深月が眉間に皺を寄せて過去の事を悔やんでいるとガチャッと背後のガラス製の扉が開きバルコニーに人が出てきた。その人物を見て深月は目を見開いた。どうやらそれは相手も同じだったらしくこちらを凝視した。
「深月さん…?」
『……あ、むろさん…』
深月は何度も瞬きをして目の前の人物を確認した。まさに今思い出していた公安のその人と面影が重なる。もう6年前の事なのに目の前のその人はあまり違いを感じさせない。なぜ今まで思い出せなかったのか…深月は疑いから確信に変わったこの人物の正体に戸惑い言葉が出てこなくなった。
「奇遇ですね…確かご友人の誕生日パーティーに出席しているんでしたよね?千紗さんが嬉しそうに話してくれました。」
『……』
「深月さん?」
ー公安のこの人が喫茶店 でバイトしてるなんてあり得ない…という事は潜入捜査の一環かな…
そこまで考えて深月は自分の肩にかかったスーツの上着の重みにハッとした。深月が安室を見上げると苦笑気味に見つめ返された。
「もう冬も近いのにドレスだけでは風邪をひきますよ…そんなに驚かせてしまいましたか?」
『いえ……すみません。こんなところで人に…知り合いに会うとは思わなかったので…』
深月は安室から視線を逸らすと足元へ視線を落とした。
「僕も驚きました。ここはあまり人が来ないので。」
『…本業のお仕事ですか?』
「えぇ。」
安室が短く答えると深月は視線を再び安室に戻した。青い瞳が不思議そうにけれど優しくこちらを見つめてきて深月の心は複雑に揺れ動いた。
ー公安なら私みたいな立場の人間は本当に面倒だろうな…
『そうなんですね。私はもう帰りますので…』
そう言って深月が安室に返そうと肩にかかる上着に手を伸ばすと同時にドォンッという爆破音が上の階から起こった。深月は気付けば安室に抱きしめられるようにして壁へ押しやられていた。暫くの間そうして深月は抱きしめられていたが、安室は爆発が落ち着いたのを確認すると腕を緩めた。
「大丈夫ですか?」
『はい…問題ないです。』
深月が冷静に伝えると安室は戸惑ったり怯えたりしない彼女に少し面食らったような顔をするがすぐに笑顔に変わった。
「なら良かった。じゃあすぐに避難を。」
『安室さんは大丈夫なんですか?』
安室に促され深月はバルコニーから室内に移動しながらバルコニーの床に散らばる爆破で飛んできたであろうガラス片を目にし安室を仰いだ。
「大丈夫ですよ。僕は確認しなきゃいけない事があるので一緒にいけませんが…大丈夫ですね?」
『…それも問題ないです。』
深月は安室の大丈夫が本当なのか嘘なのか判断がつかないため本人の言う事を信じるしかなかった。
安室は深月の言葉を聞くと非常階段の方へと走り去って行った。深月はそんな安室の姿が見えなくなるまで見つめ、避難をしなければと踵を返してから安室の上着を返していない事に気がついた。
『…きっと返せるよね。』
深月は肩にかかる安室の上着を肩から外すとそれを汚してしまわないように胸元に抱えてホテルの出口へと歩き出した。
つづく
「あ、深月、こっちこっち!」
『なんで蘭ちゃんと園子ちゃんと一緒?』
「深月と待ち合わせなんだって安室さんに話してたのを聞かれてね、それで一緒にお茶する事にしたの!」
『あ、そう。』
人見知りなど存在しないコミュニケーション能力を持つ千紗に深月は半ば呆れたように笑った。
深月が空いていた千紗の隣に座ると蘭と園子が声をかけてきた。
「曲聴きました!すっごく良かったです!」
「ハニハニにめっちゃ合ってた!」
『そう?なら良かった。』
深月はメニューを取ってそれを眺めながら軽く応えた。
この喫茶店で深月が作詞したものが最近曲になったのだ。アイドル達の可愛いダンスと共にミュージックビデオとなったそれはお昼の情報番組などで取り上げられ、それなりに曲の認知度が上がっていた。
「カフェオレ以外の物にしますか?」
お冷を持ってきた安室は普段カフェオレと決まっているのに珍しくメニューを開く深月に声をかけるが深月は首を横に振った。
『いえ…飲み物はそれで。ただお昼抜いちゃったので何か食べようかと。』
「それならちょっと試作品を食べてもらえませんか?今度新しいサンドイッチを出す事になったんですよ。」
『まぁ別に私でいいのであれば。』
「それって安室さん考案のサンドイッチですか?」
「えぇ。オーナーがメニューを少し新しくしようと。良かったら皆さんで試食してみてもらえますか?」
「やった!」
安室の作るハムサンドが美味しい事は有名な話なので他の3人は嬉しそうに声を上げた。安室が少々お待ちください。と言ってカウンターへと戻っていくと千紗はそれを目で追いながら女子高生2人にヒソヒソと小声で尋ねた。
「そういえば女子高生のおふたりはもしや安室さん目当てなの?」
「違いますよ!」
「そうそう。蘭なんて特にありえない。旦那がいるもんね。」
「だ、誰があんな推理オタク!」
「別に私は新一君の事なんて言ってないけどぉ」
慌てて蘭が否定すると園子はニヤニヤしながら蘭をからかった。
「シンイチ君?」
「蘭の幼馴染でね、東の高校生探偵とか言われてる工藤新一。蘭の旦那なのよ。」
「もう、違うったら!」
「えー!なになに、イケメン?」
「まぁまぁね。アイツに蘭はちょっと勿体ないけど。」
「園子っ!」
「いーねー!いーねー!イケメンの幼馴染!私にも欲しいなぁ。深月にはいないの、幼馴染?」
黄色い声で騒ぐ乙女達を眺めながら深月はお冷に口を付け、顔を真っ赤にして慌てる蘭を可愛いなぁと考えていたので千紗の急な質問に驚いてしまった。
『え、まぁいなくはないけど。』
「え!いたの⁉︎初耳なんだけど!」
『そりゃ今まで話す機会なかったし。』
「イケメン?」
『その類だね。』
「初耳なんだけど!」
『それ2回目。』
「深月さんはその人の事好きなの?」
千紗に続いて園子までこの話題に食いついてくると深月から乾いた笑いが出た。
『ないね。もう何年もまともに会話してないよ。』
「えーそうなのー?」
「じゃあ初恋はその人だったりする?」
『それもないね。いいヤツだけど。』
「いいヤツ止まりかぁ!」
そういえば蘭ちゃんはその新一君が初恋?なんて千紗が今度は蘭を標的にし、その話題に園子も共に茶々を入れつつ楽しんでいた。
深月はお冷の中の氷を眺めながら話題に出た幼馴染を久しぶりに思い出していた。親の関係の都合で出席せざるを得ないパーティー等でたまに見かける程度。愛想のいい彼はどこで見かけてもいつも誰かしらと会話を楽しんでいた。そんな彼とまともに会話したのはそれこそ中学生の頃が最後だ。
─まぁ中学までは一緒の学校だったし…最後に話したのはパーティーでだったっけ。あの時は確かテロ予告があってお父さんに公安の警護がさらについて…
そこまで思い出した時、ちょうど試作のサンドイッチを持ってきた安室と深月の目があった。しかしその視線はすぐに外れ安室は皿をテーブルに置きながら、どうぞ、召し上がれ。とみんなに声をかけた。そこで3人の会話は中断し目の前のサンドイッチへと話題が移った。
─いや、他人の空似でしょ。公安がこんな所でバイトしてるなんてありえないし…
「深月さん、どうしました?」
他の3人がサンドイッチに手を出す中、じっと動かない深月の前にカフェオレを置きながら不思議そうに安室は尋ねた。目の前で首を傾げる安室を見つめ深月は思い直す。
─褐色肌の金髪碧眼のイケメンがそういるかな…でもかなり前の話だしなぁ…記憶違いって事も
『いえ、ちょっと考え事を。』
「あ、もしかして初恋の人の事?」
キラッと目を輝かせて聞いてくる千紗に深月はため息混じりに首を横に振った。
『そっちじゃないよ。幼馴染の方。懐かしいなって思ってただけ。』
「え、そういうのって実は好きだったってやつじゃない?」
同じように目を輝かせる園子を見て深月は苦笑した。
『ないよ。』
「そんなはっきりわかるんですか?」
『蘭ちゃんまで…彼とは小中学校が同じだったしそれなりに気の合う友達だったけどそれだけ。』
何で?と疑いの目で見つめてくる3人に耐えきれなくなって深月は大きくため息をついてから言葉を足した。
『彼とまだ交流のあった頃に他の人を好きになったの。だから彼にそういう感情を持ってなかったと証明出来る。これでいい?』
「あ、それが初恋の人⁉︎」
「同級生?先輩?まさか先生⁉︎」
『……』
そう話が発展するとわかっていたから言いたくなかったがもう口から出てしまった言葉は戻せないため深月はカフェオレをひと口飲んでから口を開いた。
『友達。』
「友達?」
『そ、友達。』
そう言って深月はサンドイッチを口にした。深月は話を切り上げたかったのもあるが、いつまでも安室を待たせているのも申し訳なかった。
『美味しいですね。黒胡椒のアクセントが私は好きですけど辛いの苦手な人には向かないかも。まぁ他のサンドイッチがあるから万人受けする必要はないと思いますけど。』
「なるほど。参考にしますね。」
深月が感想を述べれば安室はニコッと笑って答えた。参考になる事を言えた気はしないが優しいイケメンがそう言っているならいいかと深月はもうひと口サンドイッチを食べた。
「ちょっとちょっと、話そらさないでよ!」
『試作品食べたんだから感想言わないと。』
「それも大事だけど、深月の初恋の相手のが大事!そういう話、ぜっんぜんしないじゃん、深月!」
『別に話すような事は何もないもの。』
目をこれでもかと見開いて迫ってくる千紗に深月の返答はあくまで淡白だ。そんな彼女をよそに千紗は話を続けた。
「でも同級生でも先輩でもないのに友達って事は年下⁉︎深月ってショタコンだったの?」
『…なんか面倒だからそれでいいよ。』
「やだ!ちゃんと取り合ってよ〜」
ブーと文句をたれる友人を無視して深月はカフェオレを口にした。
自分が恋した相手はむしろずっと年上…彼は仕事だったとはいえ
「じゃあ逆にもっと年上の人だったり?」
蘭の言葉に深月はドキリとして一瞬動きが止まるが3人はその様子に気づかず、深月はニコリと蘭に笑いかけた。
『そんな事より蘭ちゃんの旦那さんの話のが聞きたいな。カッコイイ幼馴染の旦那様、工藤新一君?』
「だ、だから違いますって!」
『今後の作詞活動の為にも詳しくね。』
「焦ったい感じの詞ができそー」
「でも聴いてみたいかも!」
うまく話がそれて、蘭には申し訳ない事をしたが深月はホッと胸を撫で下ろした。
それから暫く4人は恋愛話、その後にはファッションや話題のスイーツなどいわゆるガールズトークに花を咲かせた。気付けばテーブルの上のグラスも皿も空になり4人は帰り支度を始める事にした。千紗は会計の為に財布を出そうと鞄を開けると2通の封筒が目にとまり、あ!と声を上げた。
「深月、これ渡すの忘れてた。」
『何?』
「ゆうちゃんの誕生日パーティーの招待状。」
『あぁ、篠崎さん。今年もやるんだ。』
深月は千紗から招待状を受け取るも興味なさげにそれをリュックにしまってしまった。
「今年は一緒に行こうよ!深月、去年は行かなかったじゃん。」
『やだよ。ドレスとか用意するの面倒だし。』
「すぐそういう事を言うんだからー!」
「ドレスコードがある誕生日パーティーなんてすごいですね。」
2人の話を聞いて内輪の簡単なパーティーなのかと思っていたがどうやらそうではないらしく蘭が感心したように会話に入った。
「そうなの。篠崎さんってお父さんが資産家らしくてさ、去年も学科の同級生を誘って東都ホテルの会場で盛大にパーティーしたんだよね。ご飯美味しいし参加費無料だし、大して親しくないんだけど私はまた行こうかなって。」
「学科ってうちらでいうクラスみたいなもんでしょ?そんなにお祝いされたいんだ、その人…」
千紗の話に財閥のお嬢様である園子でさえ半ば呆れていた。
『周りにちやほやされたいタイプの人で、それを実現するだけの金を親が出してくれるお嬢様だからね。』
「まぁ確かにちょっと人を見下してくる子だから普段から付き合いたいとは思わないんだけど、このパーティーに関しては人を集めたい彼女と美味しいタダ飯にありつける私はWin-Winの関係だと思うのよ!」
『私は今年もパス。』
「そんな事言わないで一緒に行こうよ!ちょっと着飾ってホテルの美味しいご飯をタダで食べられると思えばいいじゃーん。面倒ならドレスも化粧も私がやってあげるからさぁ!」
『……私を誘うように誰かに言われた?』
「えっ⁉︎」
しつこく誘ってくるので深月がジト目で睨むと千紗はビクッと肩を揺らして視線を逸らした。
「いやいやそんな事は…ただ私は深月と一緒に美味しいご飯が食べたいなぁって。」
『へぇ…じゃあ今度私が出してあげるから東都ホテルのディナー行こうか。それで話は終わりだよね。』
「いや!ごめんなさい!お願いなのでパーティー来て下さい!」
バンッと勢いよく両手を合わせて千紗は深月を拝むようにして懇願した。深月は小さくため息をついてから千紗に尋ねた。
『何があったの?』
「実はこれが原因でして…」
千紗がスッとスマホを差し出すと蘭と園子も気になったのか深月と共にそれを覗いた。そこには先日の渋谷での合コンの時の深月の姿が映し出されていた。
「わぁ!深月さん素敵!」
「やればできんじゃん!」
「でっしょー!深月ちょー可愛いでしょ!普段からちょっと化粧すればちょー可愛くなるのにさぁ…」
『千紗…』
「あ、や、と、盗撮したのは謝ります!」
蘭と園子が写真を見て黄色い声を上げると嬉しそうに千紗は語り出すが、明らかに視線の外れたその盗撮写真に深月は怒りから低い声を出した。千紗は萎縮し頭を下げるが、次にはバッと勢いよく顔を上げガッと深月の手を掴んだ。
「でもね、わかる⁉︎めっちゃ可愛いんだよ!つい盗撮して、つい人に自慢したら、今度のパーティーの衣装とかも見たいねって話になったわけよ!じゃあ私が絶対連れてくるねって。私としては可愛い深月をみんなに見て欲しい訳!わかる⁉︎」
『……私は千紗の娘になった覚えはないけど?』
「いやもう思い切り自慢したい。」
『あのねぇ…』
深月はハァと盛大にため息をついて額を押さえた。悪気がないのはよくわかるが悪気がないからこそタチが悪い。
「そんなわけだからさー…来てくれない?」
小首を傾げほんのり赤い顔と少し濡れた瞳で上目遣いにお願いしてくる千紗に深月は今度は長めのため息をついた。
ー男なら確実に落ちてるやつ…これが計算じゃないんだから恐ろしい。
『そうね…食堂のランチ2週間分ってとこかな。』
「ほんとっ⁉︎それでいいならもう喜んで捧げる!ありがとー!やっぱ深月優しいっ!」
『はいはい。今回だけだからね。』
ぎゅーっと抱きついてくる千紗をベリッと引き離して深月は自分の千紗に対する甘さに苦笑した。
ー来なければ良かった。
深月はバルコニーの手摺りに組んだ腕を乗せそこに顔を伏せると盛大なため息をひとつした。
深月は今、同級生の篠崎ゆうの誕生日パーティーに1人で出席している。何故なら共にこのパーティーへ赴く予定だった千紗が熱を出して寝込んでしまったからだ。深月だけでも行ってきて、みんなにその姿を!と熱で浮かされる友人の言葉を無視するのは構わなかったが、セットした髪も衣装も化粧もすべて無駄になるかと思うとそれは少し癪に感じて出席することを選んだ。しかし深月はそんな決断をした小1時間前の自分を恨んだ。
深月は会場入りしてすぐに千紗の友人達に声をかけられ、え?本当に綾野さん⁉︎すごい可愛い!なんて騒がれてしまい、そんな騒ぎに他の人も集まってしまったのだ。このパーティーの主役である篠崎にとってそれは面白くなかったのか絡まれては嫌味を言われ続けるのでさすがに面倒になり、こうして人気のないバルコニーに避難している。
東都ホテルには何度かパーティーで来た事があり深月は退屈なパーティーの時には挨拶だけ済ませて会場を抜け出してはホテル内を散策していた。このバルコニーはそんな時に見つけた穴場だった。
ーあぁもうよく考えたら帰ってもいいな。誰かのメンツが潰れるわけでもないし。
深月は顔を上げ前を見た。そこには明るいビル群と無数の車の光でキラキラと輝く夜景があった。
ーここに最後に来たのは…確かあの時だ…
深月は昔見た景色と相違ない目の前の景色に過去の記憶が蘇ってきた。それは幼馴染と最後に会話したパーティー、珍しく自分にまで公安の警護がついたパーティー…深月は中学2年生だった。やはり退屈なパーティーで深月は警護をうまく撒いてその時もこのバルコニーで夜景を見ながら時間を潰しているところを別の公安の人に見つかり勝手に行動した事を叱られた。
ーそう…あの人は私の事を思って叱ってくれたのに…私ってば思い切り足を踏んで嫌味を言ったんだ…あぁはっきり思い出してきた…やっぱり、あの人は…
深月が眉間に皺を寄せて過去の事を悔やんでいるとガチャッと背後のガラス製の扉が開きバルコニーに人が出てきた。その人物を見て深月は目を見開いた。どうやらそれは相手も同じだったらしくこちらを凝視した。
「深月さん…?」
『……あ、むろさん…』
深月は何度も瞬きをして目の前の人物を確認した。まさに今思い出していた公安のその人と面影が重なる。もう6年前の事なのに目の前のその人はあまり違いを感じさせない。なぜ今まで思い出せなかったのか…深月は疑いから確信に変わったこの人物の正体に戸惑い言葉が出てこなくなった。
「奇遇ですね…確かご友人の誕生日パーティーに出席しているんでしたよね?千紗さんが嬉しそうに話してくれました。」
『……』
「深月さん?」
ー公安のこの人が
そこまで考えて深月は自分の肩にかかったスーツの上着の重みにハッとした。深月が安室を見上げると苦笑気味に見つめ返された。
「もう冬も近いのにドレスだけでは風邪をひきますよ…そんなに驚かせてしまいましたか?」
『いえ……すみません。こんなところで人に…知り合いに会うとは思わなかったので…』
深月は安室から視線を逸らすと足元へ視線を落とした。
「僕も驚きました。ここはあまり人が来ないので。」
『…本業のお仕事ですか?』
「えぇ。」
安室が短く答えると深月は視線を再び安室に戻した。青い瞳が不思議そうにけれど優しくこちらを見つめてきて深月の心は複雑に揺れ動いた。
ー公安なら私みたいな立場の人間は本当に面倒だろうな…
『そうなんですね。私はもう帰りますので…』
そう言って深月が安室に返そうと肩にかかる上着に手を伸ばすと同時にドォンッという爆破音が上の階から起こった。深月は気付けば安室に抱きしめられるようにして壁へ押しやられていた。暫くの間そうして深月は抱きしめられていたが、安室は爆発が落ち着いたのを確認すると腕を緩めた。
「大丈夫ですか?」
『はい…問題ないです。』
深月が冷静に伝えると安室は戸惑ったり怯えたりしない彼女に少し面食らったような顔をするがすぐに笑顔に変わった。
「なら良かった。じゃあすぐに避難を。」
『安室さんは大丈夫なんですか?』
安室に促され深月はバルコニーから室内に移動しながらバルコニーの床に散らばる爆破で飛んできたであろうガラス片を目にし安室を仰いだ。
「大丈夫ですよ。僕は確認しなきゃいけない事があるので一緒にいけませんが…大丈夫ですね?」
『…それも問題ないです。』
深月は安室の大丈夫が本当なのか嘘なのか判断がつかないため本人の言う事を信じるしかなかった。
安室は深月の言葉を聞くと非常階段の方へと走り去って行った。深月はそんな安室の姿が見えなくなるまで見つめ、避難をしなければと踵を返してから安室の上着を返していない事に気がついた。
『…きっと返せるよね。』
深月は肩にかかる安室の上着を肩から外すとそれを汚してしまわないように胸元に抱えてホテルの出口へと歩き出した。
つづく