桜舞う頃 【完結】
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2人は深月の親への挨拶を済ませて深月のマンションへと向かった。深月は降谷を部屋に通すと降谷の上着を預かってハンガーに掛けた。自分のコートも同じ様にハンガーに掛け並ぶそれを見ると名前#はなんだかくすぐったい気持ちになった。
『じゃ、コーヒーでも淹れましょうか?』
「あぁお願いするよ。」
ヤカンを火にかける深月を降谷はリビングの椅子に座ってジッと眺めた。深月はインスタントコーヒーの粉をカップに入れてミルクや砂糖を棚から出したところで降谷が自分をずっと見ていた事に気がついた。
『れ、零さん?なんです?』
「いや、いいなと思って。恋人の家で恋人が僕のためにコーヒーを淹れてくれる姿って。」
『そんな見ないでください。それにこれインスタントですからね!すぐに出来ますよ!』
深月は頬を赤くしながら沸いたお湯をカップに注ぎスプーンでクルクルと回して降谷へ持ってきた。降谷は礼を言ってそれを受け取りひと口飲んだ。
「うん。美味しいよ。」
『だからインスタントですって。』
「深月が淹れたからそう感じるんだよ。」
『あーはいはい。』
深月が適当に受け流して椅子に座ろうとすると降谷に腕を引かれその膝の上に腰を落とした。
『え、あ、あの⁉︎』
「深月、別に僕は大げさに言ってるわけじゃない。なんの変哲もないコーヒーだけど恋人の君が僕のために淹れたと思ったら不思議と本当に美味しいんだよ。」
同じ目線の高さでまっすぐに見つめられ深月は普段と違う状況に戸惑い視線を泳がせた。
『わ、わかりましたから!下ろしてください!』
「どうして?」
『だって…重いだろうし…』
「僕がそう思うと思ってるのか?」
『…思いませんけど…』
「正直に恥ずかしいと言ったらどうだ?」
ん?と顔を覗き込んでくる降谷はニヤニヤとしていて深月の反応を面白がっているのは深月にもわかった。
『言ったら下ろしてくれるんですか?』
「下ろす気はないけど、そんなに下りたいのか?せっかく2人きりの部屋にいるなら外では出来ない事をしたくないか?あぁそれとも外でも膝の上に乗せていいのか?」
『ダメに決まってるでしょ!わかっててなんで聞くんです⁉︎』
深月が真っ赤になって睨めば降谷はクスリと笑ってその頬を撫でた。
「君が慌ててるところが可愛いから。」
『…私を虐めて楽しいですか?』
正直に言えば楽しいのだがそんな事を言えば深月に本気で怒られそうで降谷はその言葉は飲み込んだ。
「ごめん。君の親公認の恋人になったと思ったら嬉しくて…君とイチャイチャしたくなったんだよ。」
『イチャ……確かにそれは私も嬉しいんですけど…』
「じゃあキスしても?」
深月の頬を撫でていた手を滑らせて降谷がその唇を親指で撫でると深月はピクッと小さく肩を震わせ目を見開いた。視線を逸らし深月は呟く様に言った。
『聞かないでください。』
「じゃあ深月からしてくれるか?」
『へ?』
「公園では君からしてくれただろ?」
『あ、あれはおまじないだし…』
ーお返しとはいえペンダントが嬉しかったからちょっとテンションが高かっただけ…衝動的にするもんじゃないな…あとあと考えてみたら人気がないとはいえ屋外であんな事…
深月は思い出してきたら恥ずかしくなって顔を逸らした。降谷は深月をどう振り向かせようと考えると、やっぱり少し意地の悪い事をしたくなった。髪の間から覗く赤くなった深月の耳を降谷はカプッと甘く噛んだ。深月は予想だにしない事にビクッと肩を揺らして耳を押さえながら慌てて降谷を見た。
『な、な、何するんですか⁉︎』
「赤くなった耳が美味しそうで。」
『美味しいわけないでしょ!』
「どうだろうな。君はどこも甘くて美味しそうだ。柔らかいし。」
『…本当に食べる気ですか?』
降谷の言葉が冗談に聞こえなくて深月が恐々と聞くと降谷はクスリと笑った。
「食べるの意味が違うけど、食べていいなら食べたいな。」
『え…ひゃっ!』
降谷の回答に深月が首を傾げると、降谷は深月が押さえていない方の耳をぺろりと舐めた。深月はそれにびっくりして声を上げた。
『もう!なんなんですか!私は美味しくないですって!』
「じゃあ味見。」
そう言われたかと思えば深月は降谷にキスをされていた。唇が何度も離れては触れ合う内に深月の体は熱を持ち始めた。深いキスへと変われば甘い痺れが全身を巡って深月はギュッと降谷の服を掴んだ。唇が離れると深月はハァッと息をはいて、ぼやける視界の先の降谷を見つめた。降谷はそんな深月の唇をペロッと舐めて微笑んだ。
「ほら、やっぱり甘くて美味しい。」
『…これは、美味しいの?』
「じゃあ気持ちいいに訂正しようか?」
『し、知りません!』
深月が恥ずかしくなって顔を逸らせば降谷に顎を掴まれ向かい合う形に戻された。青い瞳と視線がぶつかると深月の鼓動が速くなった。
「深月は気持ち良かった?」
『え…あ、う…』
降谷が問えば深月は赤い顔をさらに赤くして視線を泳がせ、とても素直に気持ち良かったなどと言えず吃った。降谷は深月の耳元に唇を寄せると囁いた。
「僕は深月とのキス、甘くて気持ち良かったけど?」
降谷の甘い声音に深月は体を小さく震わせた。これ以上は速くならないんじゃないかと思えるくらいに自分の鼓動を感じながら深月は呟く様に言った。
『き、気持ち良かったです…』
深月のその言葉を聞くと降谷は深月と視線を合わせてふわりと笑った。深月がついそれに見惚れていると再び降谷に唇を奪われた。絡む舌が熱く、その熱と快感に深月は何も考えられなくなった。やっぱりキュンとする下腹部の感覚には慣れなくて深月は降谷の胸を押し、降谷は一度唇を離すが深月の上気し惚けた顔を見ると堪らずすぐに唇を重ねた。
『んっ…零さんっ…んぅ….』
深月は終わったと思ったのに再び与えられる快感に驚き降谷の名前を呼んで離れようとするがしっかりと腕を回されてとても逃れる事は出来なかった。どうにも出来ない体の熱に深月の瞳から涙が零れた。降谷の手がワンピースの上から太ももを撫でると深月はビクンッと体を震わせ口の端から甘い声を漏らした。そんな深月の反応が可愛くて、手を太ももから腰へ腹へと滑らせ胸に触れると深月はビクッと肩を震わせその袖を握った。
『んぅ…零さ…ぁっ!』
降谷が胸に触れる手に少し力を入れると深月の口から甘い声が漏れた。その声も全部飲み込む様に降谷はキスを続けながら胸の柔らかさを確かめる様にふにゅふにゅと軽く揉んだ。深月はそれから逃れたくて握った降谷の袖を引っ張った。降谷が唇を離すと深月の口から甘い吐息が出た。
『ハァッ…やっ…ダメ…』
「ん。可愛い。」
『あっ…も、零さん!』
降谷がチュッと深月の首筋にキスをすると深月はビクンッと体を震わせ甘い声を出すが、それ以上はどうにかやめて欲しくて降谷の名前を叫ぶ様に呼んだ。深月の頬を涙がポロッと零れると降谷はそれを指で拭った。
「ごめん。早急だったな。」
『…零さんのエッチ…』
「キスも本当は途中でやめるつもりだったんだ…でも君のエロい顔見たら堪らなくて…」
『っ…そ、そんな顔してないっ!』
「反応もいちいち可愛いし…」
そう降谷が熱っぽく言うとちょうど胸元に入った降谷のスマートフォンが鳴った。降谷はため息交じりにスマートフォンの着信相手を確認すると深月を膝の上から下ろして電話に出た。受け答えから相手が風見であると判断出来たので深月は降谷の側から離れて窓の外を眺めた。外はもうすっかり暗くなって道を走る車のライトをぼんやりと深月は見つめながら冷静に受け答えする降谷の声を聞いていた。
ーなんであの人あんな切り替え早いのかな…
深月はジンと熱くなった体がなんだか疼いてハーッと息を吐き出すが体にこもった熱は出ていってくれなかった。
ーあんな事しておいて…何事もなかったかのように電話出て…あの人ちょいちょい私の事我慢してる的に言うけど本当に自分の事抑えられないのかな?いや、たぶん仕事になればそんな事ないって事なんだろうな…それになんだかんだで最終的にはいつも自分を律してるしな。
深月は自分の体に疼く熱をどうしていいかわからず持て余していたが、降谷はそうでもないんだと思うと少し癪な様な寂しい様な気持ちになった。
ーこれも歳の差かなぁ?…零さんが帰ったらお風呂にでも入って気分転換しよ。体が熱いのにお風呂でいいのかな…それとも水風呂のがいい?どっちにしても下着も濡れちゃってるしお風呂には入りたいかな…
深月がこの後の予定を立てていると、降谷は電話を終えて深月に声をかけた。
「深月、悪い。」
『いいえ。じゃあ私はお風呂の支度でも…』
「どうして?」
『零さん帰るなら入ろうかなって…え?』
「電話が来たら絶対に行くわけじゃないぞ。今回は電話で確認するだけで済んだから。」
『そ…それは珍しいですね。』
目を丸くする深月に降谷は苦笑した。
「君のご両親も忙しかったみたいだな。」
『まぁそれなりに…』
深月は降谷に相槌を打って冷静を装ったが正直今は帰って欲しいと思っていた。自分だけが体にこもる熱を持て余しているんだと思うと深月はひどく恥ずかしく降谷に気付かれたくなかった。
ーど、どうしよう。零さんいるのにお風呂は入れないし…かといってこの状態の体をどうしていいのかわからないし…
深月の思案顔を見て降谷は眉をひそめた。
「嬉しくないようだな。」
『え?』
「僕が仕事へ行った方が良かったのか?」
『そ、そんなわけないじゃないですか!あ、私コーヒー淹れ直しますね!待っててください!』
そう言うと深月はリビングから逃げるようにキッチンへ行った。ヤカンに水を入れて火にかけると深月は小さくため息をついた。
「それで、本当のところはどうなんだ?」
『っ!れ、零さ…きゃっ!』
「っと!」
深月はリビングで待ってるものだと思っていた降谷に背後から声をかけられ慌てて振り返ると脚がもつれ転びそうになった。それを降谷は腕を伸ばし深月を自分の胸に引き寄せた。火にかかるヤカンに当たらなくて降谷は安堵の息をつくと腕の中の深月を見た。
「そんなに驚く事ないだろ。」
『…だって…』
「深月?」
頬を上気させ瞳が潤む深月に降谷は目を見開いた。深月は降谷と視線が合うと恥ずかしそうに身を捩った。
『とりあえず、離してください…』
「深月?どうし…」
『もう!離してったら!』
深月が本気で抜け出そうとしているのがわかると降谷は逆に強く深月を抱きしめた。強く抱きしめられ深月はハァッと熱い息を出した。嫌でも感じる降谷の匂いやしっかりとした胸板に深月の鼓動は速くなり下腹部がキュンッと締めつけられるような感覚を深月は感じた。
『や…なんで抱きしめるんですかっ!』
「君が僕から逃げようとするから。」
『そ、それは…零さんが悪いんじゃないですか!あんな事しといて1人で勝手に仕事モードになってなんて事ない顔して…こっちはこの熱どうしていいのかわかんないのに!』
深月が涙目で訴えると降谷は目を丸くした。深月は自分の言った事があまりにも恥ずかしくて降谷の胸に顔をうずめた。
『も、やだ…こんな…どうにかしてください!』
「…それは、確かに僕が責任をとらなきゃいけないな。」
ーしかし、これ以上手を出すのはこっちがまずいし…
降谷は、ふむ。と考えると深月に提案した。
「じゃあ歌を歌うのはどうかな?」
『は?』
深月は突然の提案に意味がわからず降谷を見上げた。降谷はニコリと笑って言った。
「性欲は何か他の事に集中したり体力を使うと落ち着くし、機会があればぜひ聴かせてもらう約束だっただろ。」
『え…あれは社交辞令でしょ⁉︎さすが噂のイケメンって感動したのに!』
「いいじゃないか。人前で歌うのは苦手でも僕の前くらい大丈夫だろ?」
『…逆に歌いづらいんですけど。』
深月が不満そうにしていると降谷は深月の耳元で囁いた。
「他には…もっとエッチな事をしていいならその熱、発散させてやれるけど?」
『っ!…う、歌わせていただきます!』
「だろうな。」
深月が慌てて歌う事を了承すると内心降谷もホッとした。深月が後者を選ぶとは思えなかったが時たま予想外の事をしてくる事があるので降谷には少し不安があった。
降谷にヤカンの火を任せて深月は寝室にギターを取りにいき、ついでに汚れたショーツも変えてリビングに戻ってきた。降谷がコーヒーを新しく淹れ直すと深月はソファーに座ってギターの弦をポロンと弾いた。
『えっと…じゃあ、あの時園子ちゃんが聴かせろってうるさかったあの曲を。』
「女子高生狙いにポアロに通って出来たあの詞か。」
『それだと人聞き悪いんですけど。』
降谷の冗談に深月は小さく笑うと、ギターのボディーをタンタンタンと叩いて歌い始めた。降谷は高校生アイドルHoney×Honey が歌うそれを街中やテレビで聴いた事があった。アイドルらしく可愛らしい元気のあるその歌声は確かに歌詞に合っていた。深月の歌声はそれよりも落ち着きがあって可愛らしさの中に大人びた雰囲気があった。作詞者本人だからなのか言葉ひとつひとつを大切にしているように感じられ、何度か聴いた事があるはずなのに降谷はその歌詞が漸く頭にしっかりと入ってきたような気がした。
深月は歌い終え演奏も終えるとフゥと息をついた。
『やっぱ、ハニハニが歌う方がいいでしょ?』
「どうかな?僕は深月が歌う方が詞は頭に入ってきたけど。でも深月、普通に上手いんじゃないか?あんなに人前で歌うのを嫌がる事ないだろ。」
『嫌ですよ。プロが歌うのわかっててなんで私が歌わなきゃいけないんです。』
「まぁ言わんとする事はわかるな。」
半眼で睨んでくる深月に降谷は苦笑しながらも相槌を打った。
「でも僕は深月の歌声、好きだよ。」
『…ありがとうございます。』
深月は素直に礼を言うがやっぱり恥ずかしくて視線をギターに落とした。深月はポロンポロンと奏でるとふと考えた。
ーそういえばハニハニから作詞依頼きてたなぁ…今度は嫉妬する女の子だったっけ。嫉妬ねぇ…思えば付き合う前のがお客さんとか梓さんが気になったかも。女子部員へのテニスの指導とか…あれは距離が近かったし、人によっては手も少し握ってたし…あれは若干下心あったのでは?女子大生も可愛いもんね。わかるわかる。んー…でも今はそんなに気にならないんだよなぁ…なんでだろ?
「深月」
『っ!』
降谷に肩をポンッと叩かれて深月は思考が停止した。ビクッと肩を揺らして降谷を見上げると苦笑する青い瞳と目が合った。
「君のそれは癖だな。」
『え?』
「考え事する時に自然と何かしら弾くんだな。うちでもそうだったろ?」
『あ…そうなんですよ。ギター抱えてる時は癖で指が弾いちゃうんですよね。』
「何を考えてたんだ?」
降谷に聞かれると深月はドキッと心臓が跳ねたが嘘にならない内容を口にした。
『仕事の事です。ハニハニから作詞依頼来てたなぁって。』
「良かったじゃないか。人気アイドルだろ。」
『うん。ハニハニのメンバーが結構気に入ってくれたみたいで…先日会ったんですけど、みんな超絶可愛いんですよ。あれはうっかりハマるのもわかるなぁと納得しました。』
「ハマったのか?」
『んー…そうですね、きっといちファンになったから彼女達のために作詞したいなって思うんでしょうね。』
深月はHoney×Honey のメンバーである3人を思い浮かべ笑みを零した。
『青春って言葉が似合いそうな可愛い子達です。アイドルだから恋のテーマの曲が多いですけど、部活動とか友情とかいろいろ別の角度でも彼女達は上手く歌うんじゃないかなって思いますよ。』
「次はそういうのを書くのか?」
『いえ、次は……また恋する女の子です。そういう依頼だったので。』
「…何か隠したな。」
『隠してませんよ。本当に恋する女の子という依頼なんです。』
ー嫉妬する女の子も恋する女の子なんだから嘘じゃないし。
深月は降谷から視線をギターに落とすとポロロンと弦を指で撫でた。降谷は小さくため息をつくとそれ以上追求する事はやめて深月の隣に座った。
「まぁ次の曲を聴けばわかるな。」
『そうですよ。それまで待っててください。』
「じゃあ他の歌を聴かせてくれるかい。」
『え⁉︎まだ歌うんですか?』
「ダメなのか?僕は君の歌声好きだからぜひ聞きたいな。」
『…わかりましたよ。もう少し歌ってもいいです。』
深月が頬を赤らめてギターに視線を落とすと降谷はクスリと笑った。
「あぁじゃあお願いしようかな。」
深月はいくつか歌うといつの間にか降谷に歌って聴かせる事が恥ずかしくなくなってむしろ楽しいと思えるようになっていた。最後にきらきら星を弾くと深月は降谷に話した。
『きらきら星は初めて弾いた曲で、教えてくれた祖母が好きだったんです。きらきら星の原曲は18世紀に出来たシャンソンだそうでその原詞が特に好きだって言ってました。』
「思い出の曲なんだな。」
『えぇ。よく祖母に聴かせた曲です。今もなんとなくたまに弾きたくなるんです。』
深月の眼差しが優しくなると降谷も小さく笑みを零した。
降谷は壁に掛かる時計を見ると深月に尋ねた。
「夕飯はどうする?何か作るか?」
『じゃあ今度こそ私も何か手伝います。』
「それでBGMを流してくれてもいいけど?」
『そんな事言ってると3分クッキング弾きますよ。』
「3分か…何か簡単な1品くらいなら…」
『冗談ですよ。』
本気のトーンで返してくる降谷に深月は苦笑した。
先に降谷に冷蔵庫の中の材料を見てもらっている間に深月は寝室にギターを置きに行った。キッチンに戻ると電話をしている降谷がいて深月はその受け答えを聞いて今度こそ降谷が行くのだと理解した。理解したと同時に寂しさで胸の奥がツキンッと痛む自分に深月は苦笑した。
ーさっきは帰って欲しいって思ったのに…身勝手だなぁ私。さて、寂しい顔なんてしないようにしなきゃね。
深月はペチンと両頬を軽く叩くとフゥと息を吐いた。降谷が電話を終えると深月は声をかけた。
『行かなきゃ、ですね?』
「そうだな。悪い。」
『いいですよ。ご飯くらい1人で作れます。』
深月は笑うと降谷に上着を渡して玄関まで見送った。降谷はそこで靴を履くと深月を振り返り抱きしめてその耳元で囁いた。
「今日もいってらっしゃいのキスはくれるのかな?」
『欲しいならしてあげてもいいですけど?』
深月が可愛げなく言うと降谷は腕を緩めて深月の瞳を見つめた。
「じゃあお願いしても?」
降谷がそう言って笑うので深月は頬を赤らめながらもその唇に唇を重ねた。降谷は満足そうに笑って深月の頬にキスをすると家を出ていった。深月はフゥと息をつくと自分の頬をむにむにと触れた。
ー今日は大丈夫だったかな?仕事に行くのを見送るのなんて慣れてるつもりだったのになぁ…零さんを見送るのはいつも寂しく感じちゃう…しっかりしなきゃ!
つづく
『じゃ、コーヒーでも淹れましょうか?』
「あぁお願いするよ。」
ヤカンを火にかける深月を降谷はリビングの椅子に座ってジッと眺めた。深月はインスタントコーヒーの粉をカップに入れてミルクや砂糖を棚から出したところで降谷が自分をずっと見ていた事に気がついた。
『れ、零さん?なんです?』
「いや、いいなと思って。恋人の家で恋人が僕のためにコーヒーを淹れてくれる姿って。」
『そんな見ないでください。それにこれインスタントですからね!すぐに出来ますよ!』
深月は頬を赤くしながら沸いたお湯をカップに注ぎスプーンでクルクルと回して降谷へ持ってきた。降谷は礼を言ってそれを受け取りひと口飲んだ。
「うん。美味しいよ。」
『だからインスタントですって。』
「深月が淹れたからそう感じるんだよ。」
『あーはいはい。』
深月が適当に受け流して椅子に座ろうとすると降谷に腕を引かれその膝の上に腰を落とした。
『え、あ、あの⁉︎』
「深月、別に僕は大げさに言ってるわけじゃない。なんの変哲もないコーヒーだけど恋人の君が僕のために淹れたと思ったら不思議と本当に美味しいんだよ。」
同じ目線の高さでまっすぐに見つめられ深月は普段と違う状況に戸惑い視線を泳がせた。
『わ、わかりましたから!下ろしてください!』
「どうして?」
『だって…重いだろうし…』
「僕がそう思うと思ってるのか?」
『…思いませんけど…』
「正直に恥ずかしいと言ったらどうだ?」
ん?と顔を覗き込んでくる降谷はニヤニヤとしていて深月の反応を面白がっているのは深月にもわかった。
『言ったら下ろしてくれるんですか?』
「下ろす気はないけど、そんなに下りたいのか?せっかく2人きりの部屋にいるなら外では出来ない事をしたくないか?あぁそれとも外でも膝の上に乗せていいのか?」
『ダメに決まってるでしょ!わかっててなんで聞くんです⁉︎』
深月が真っ赤になって睨めば降谷はクスリと笑ってその頬を撫でた。
「君が慌ててるところが可愛いから。」
『…私を虐めて楽しいですか?』
正直に言えば楽しいのだがそんな事を言えば深月に本気で怒られそうで降谷はその言葉は飲み込んだ。
「ごめん。君の親公認の恋人になったと思ったら嬉しくて…君とイチャイチャしたくなったんだよ。」
『イチャ……確かにそれは私も嬉しいんですけど…』
「じゃあキスしても?」
深月の頬を撫でていた手を滑らせて降谷がその唇を親指で撫でると深月はピクッと小さく肩を震わせ目を見開いた。視線を逸らし深月は呟く様に言った。
『聞かないでください。』
「じゃあ深月からしてくれるか?」
『へ?』
「公園では君からしてくれただろ?」
『あ、あれはおまじないだし…』
ーお返しとはいえペンダントが嬉しかったからちょっとテンションが高かっただけ…衝動的にするもんじゃないな…あとあと考えてみたら人気がないとはいえ屋外であんな事…
深月は思い出してきたら恥ずかしくなって顔を逸らした。降谷は深月をどう振り向かせようと考えると、やっぱり少し意地の悪い事をしたくなった。髪の間から覗く赤くなった深月の耳を降谷はカプッと甘く噛んだ。深月は予想だにしない事にビクッと肩を揺らして耳を押さえながら慌てて降谷を見た。
『な、な、何するんですか⁉︎』
「赤くなった耳が美味しそうで。」
『美味しいわけないでしょ!』
「どうだろうな。君はどこも甘くて美味しそうだ。柔らかいし。」
『…本当に食べる気ですか?』
降谷の言葉が冗談に聞こえなくて深月が恐々と聞くと降谷はクスリと笑った。
「食べるの意味が違うけど、食べていいなら食べたいな。」
『え…ひゃっ!』
降谷の回答に深月が首を傾げると、降谷は深月が押さえていない方の耳をぺろりと舐めた。深月はそれにびっくりして声を上げた。
『もう!なんなんですか!私は美味しくないですって!』
「じゃあ味見。」
そう言われたかと思えば深月は降谷にキスをされていた。唇が何度も離れては触れ合う内に深月の体は熱を持ち始めた。深いキスへと変われば甘い痺れが全身を巡って深月はギュッと降谷の服を掴んだ。唇が離れると深月はハァッと息をはいて、ぼやける視界の先の降谷を見つめた。降谷はそんな深月の唇をペロッと舐めて微笑んだ。
「ほら、やっぱり甘くて美味しい。」
『…これは、美味しいの?』
「じゃあ気持ちいいに訂正しようか?」
『し、知りません!』
深月が恥ずかしくなって顔を逸らせば降谷に顎を掴まれ向かい合う形に戻された。青い瞳と視線がぶつかると深月の鼓動が速くなった。
「深月は気持ち良かった?」
『え…あ、う…』
降谷が問えば深月は赤い顔をさらに赤くして視線を泳がせ、とても素直に気持ち良かったなどと言えず吃った。降谷は深月の耳元に唇を寄せると囁いた。
「僕は深月とのキス、甘くて気持ち良かったけど?」
降谷の甘い声音に深月は体を小さく震わせた。これ以上は速くならないんじゃないかと思えるくらいに自分の鼓動を感じながら深月は呟く様に言った。
『き、気持ち良かったです…』
深月のその言葉を聞くと降谷は深月と視線を合わせてふわりと笑った。深月がついそれに見惚れていると再び降谷に唇を奪われた。絡む舌が熱く、その熱と快感に深月は何も考えられなくなった。やっぱりキュンとする下腹部の感覚には慣れなくて深月は降谷の胸を押し、降谷は一度唇を離すが深月の上気し惚けた顔を見ると堪らずすぐに唇を重ねた。
『んっ…零さんっ…んぅ….』
深月は終わったと思ったのに再び与えられる快感に驚き降谷の名前を呼んで離れようとするがしっかりと腕を回されてとても逃れる事は出来なかった。どうにも出来ない体の熱に深月の瞳から涙が零れた。降谷の手がワンピースの上から太ももを撫でると深月はビクンッと体を震わせ口の端から甘い声を漏らした。そんな深月の反応が可愛くて、手を太ももから腰へ腹へと滑らせ胸に触れると深月はビクッと肩を震わせその袖を握った。
『んぅ…零さ…ぁっ!』
降谷が胸に触れる手に少し力を入れると深月の口から甘い声が漏れた。その声も全部飲み込む様に降谷はキスを続けながら胸の柔らかさを確かめる様にふにゅふにゅと軽く揉んだ。深月はそれから逃れたくて握った降谷の袖を引っ張った。降谷が唇を離すと深月の口から甘い吐息が出た。
『ハァッ…やっ…ダメ…』
「ん。可愛い。」
『あっ…も、零さん!』
降谷がチュッと深月の首筋にキスをすると深月はビクンッと体を震わせ甘い声を出すが、それ以上はどうにかやめて欲しくて降谷の名前を叫ぶ様に呼んだ。深月の頬を涙がポロッと零れると降谷はそれを指で拭った。
「ごめん。早急だったな。」
『…零さんのエッチ…』
「キスも本当は途中でやめるつもりだったんだ…でも君のエロい顔見たら堪らなくて…」
『っ…そ、そんな顔してないっ!』
「反応もいちいち可愛いし…」
そう降谷が熱っぽく言うとちょうど胸元に入った降谷のスマートフォンが鳴った。降谷はため息交じりにスマートフォンの着信相手を確認すると深月を膝の上から下ろして電話に出た。受け答えから相手が風見であると判断出来たので深月は降谷の側から離れて窓の外を眺めた。外はもうすっかり暗くなって道を走る車のライトをぼんやりと深月は見つめながら冷静に受け答えする降谷の声を聞いていた。
ーなんであの人あんな切り替え早いのかな…
深月はジンと熱くなった体がなんだか疼いてハーッと息を吐き出すが体にこもった熱は出ていってくれなかった。
ーあんな事しておいて…何事もなかったかのように電話出て…あの人ちょいちょい私の事我慢してる的に言うけど本当に自分の事抑えられないのかな?いや、たぶん仕事になればそんな事ないって事なんだろうな…それになんだかんだで最終的にはいつも自分を律してるしな。
深月は自分の体に疼く熱をどうしていいかわからず持て余していたが、降谷はそうでもないんだと思うと少し癪な様な寂しい様な気持ちになった。
ーこれも歳の差かなぁ?…零さんが帰ったらお風呂にでも入って気分転換しよ。体が熱いのにお風呂でいいのかな…それとも水風呂のがいい?どっちにしても下着も濡れちゃってるしお風呂には入りたいかな…
深月がこの後の予定を立てていると、降谷は電話を終えて深月に声をかけた。
「深月、悪い。」
『いいえ。じゃあ私はお風呂の支度でも…』
「どうして?」
『零さん帰るなら入ろうかなって…え?』
「電話が来たら絶対に行くわけじゃないぞ。今回は電話で確認するだけで済んだから。」
『そ…それは珍しいですね。』
目を丸くする深月に降谷は苦笑した。
「君のご両親も忙しかったみたいだな。」
『まぁそれなりに…』
深月は降谷に相槌を打って冷静を装ったが正直今は帰って欲しいと思っていた。自分だけが体にこもる熱を持て余しているんだと思うと深月はひどく恥ずかしく降谷に気付かれたくなかった。
ーど、どうしよう。零さんいるのにお風呂は入れないし…かといってこの状態の体をどうしていいのかわからないし…
深月の思案顔を見て降谷は眉をひそめた。
「嬉しくないようだな。」
『え?』
「僕が仕事へ行った方が良かったのか?」
『そ、そんなわけないじゃないですか!あ、私コーヒー淹れ直しますね!待っててください!』
そう言うと深月はリビングから逃げるようにキッチンへ行った。ヤカンに水を入れて火にかけると深月は小さくため息をついた。
「それで、本当のところはどうなんだ?」
『っ!れ、零さ…きゃっ!』
「っと!」
深月はリビングで待ってるものだと思っていた降谷に背後から声をかけられ慌てて振り返ると脚がもつれ転びそうになった。それを降谷は腕を伸ばし深月を自分の胸に引き寄せた。火にかかるヤカンに当たらなくて降谷は安堵の息をつくと腕の中の深月を見た。
「そんなに驚く事ないだろ。」
『…だって…』
「深月?」
頬を上気させ瞳が潤む深月に降谷は目を見開いた。深月は降谷と視線が合うと恥ずかしそうに身を捩った。
『とりあえず、離してください…』
「深月?どうし…」
『もう!離してったら!』
深月が本気で抜け出そうとしているのがわかると降谷は逆に強く深月を抱きしめた。強く抱きしめられ深月はハァッと熱い息を出した。嫌でも感じる降谷の匂いやしっかりとした胸板に深月の鼓動は速くなり下腹部がキュンッと締めつけられるような感覚を深月は感じた。
『や…なんで抱きしめるんですかっ!』
「君が僕から逃げようとするから。」
『そ、それは…零さんが悪いんじゃないですか!あんな事しといて1人で勝手に仕事モードになってなんて事ない顔して…こっちはこの熱どうしていいのかわかんないのに!』
深月が涙目で訴えると降谷は目を丸くした。深月は自分の言った事があまりにも恥ずかしくて降谷の胸に顔をうずめた。
『も、やだ…こんな…どうにかしてください!』
「…それは、確かに僕が責任をとらなきゃいけないな。」
ーしかし、これ以上手を出すのはこっちがまずいし…
降谷は、ふむ。と考えると深月に提案した。
「じゃあ歌を歌うのはどうかな?」
『は?』
深月は突然の提案に意味がわからず降谷を見上げた。降谷はニコリと笑って言った。
「性欲は何か他の事に集中したり体力を使うと落ち着くし、機会があればぜひ聴かせてもらう約束だっただろ。」
『え…あれは社交辞令でしょ⁉︎さすが噂のイケメンって感動したのに!』
「いいじゃないか。人前で歌うのは苦手でも僕の前くらい大丈夫だろ?」
『…逆に歌いづらいんですけど。』
深月が不満そうにしていると降谷は深月の耳元で囁いた。
「他には…もっとエッチな事をしていいならその熱、発散させてやれるけど?」
『っ!…う、歌わせていただきます!』
「だろうな。」
深月が慌てて歌う事を了承すると内心降谷もホッとした。深月が後者を選ぶとは思えなかったが時たま予想外の事をしてくる事があるので降谷には少し不安があった。
降谷にヤカンの火を任せて深月は寝室にギターを取りにいき、ついでに汚れたショーツも変えてリビングに戻ってきた。降谷がコーヒーを新しく淹れ直すと深月はソファーに座ってギターの弦をポロンと弾いた。
『えっと…じゃあ、あの時園子ちゃんが聴かせろってうるさかったあの曲を。』
「女子高生狙いにポアロに通って出来たあの詞か。」
『それだと人聞き悪いんですけど。』
降谷の冗談に深月は小さく笑うと、ギターのボディーをタンタンタンと叩いて歌い始めた。降谷は高校生アイドル
深月は歌い終え演奏も終えるとフゥと息をついた。
『やっぱ、ハニハニが歌う方がいいでしょ?』
「どうかな?僕は深月が歌う方が詞は頭に入ってきたけど。でも深月、普通に上手いんじゃないか?あんなに人前で歌うのを嫌がる事ないだろ。」
『嫌ですよ。プロが歌うのわかっててなんで私が歌わなきゃいけないんです。』
「まぁ言わんとする事はわかるな。」
半眼で睨んでくる深月に降谷は苦笑しながらも相槌を打った。
「でも僕は深月の歌声、好きだよ。」
『…ありがとうございます。』
深月は素直に礼を言うがやっぱり恥ずかしくて視線をギターに落とした。深月はポロンポロンと奏でるとふと考えた。
ーそういえばハニハニから作詞依頼きてたなぁ…今度は嫉妬する女の子だったっけ。嫉妬ねぇ…思えば付き合う前のがお客さんとか梓さんが気になったかも。女子部員へのテニスの指導とか…あれは距離が近かったし、人によっては手も少し握ってたし…あれは若干下心あったのでは?女子大生も可愛いもんね。わかるわかる。んー…でも今はそんなに気にならないんだよなぁ…なんでだろ?
「深月」
『っ!』
降谷に肩をポンッと叩かれて深月は思考が停止した。ビクッと肩を揺らして降谷を見上げると苦笑する青い瞳と目が合った。
「君のそれは癖だな。」
『え?』
「考え事する時に自然と何かしら弾くんだな。うちでもそうだったろ?」
『あ…そうなんですよ。ギター抱えてる時は癖で指が弾いちゃうんですよね。』
「何を考えてたんだ?」
降谷に聞かれると深月はドキッと心臓が跳ねたが嘘にならない内容を口にした。
『仕事の事です。ハニハニから作詞依頼来てたなぁって。』
「良かったじゃないか。人気アイドルだろ。」
『うん。ハニハニのメンバーが結構気に入ってくれたみたいで…先日会ったんですけど、みんな超絶可愛いんですよ。あれはうっかりハマるのもわかるなぁと納得しました。』
「ハマったのか?」
『んー…そうですね、きっといちファンになったから彼女達のために作詞したいなって思うんでしょうね。』
深月は
『青春って言葉が似合いそうな可愛い子達です。アイドルだから恋のテーマの曲が多いですけど、部活動とか友情とかいろいろ別の角度でも彼女達は上手く歌うんじゃないかなって思いますよ。』
「次はそういうのを書くのか?」
『いえ、次は……また恋する女の子です。そういう依頼だったので。』
「…何か隠したな。」
『隠してませんよ。本当に恋する女の子という依頼なんです。』
ー嫉妬する女の子も恋する女の子なんだから嘘じゃないし。
深月は降谷から視線をギターに落とすとポロロンと弦を指で撫でた。降谷は小さくため息をつくとそれ以上追求する事はやめて深月の隣に座った。
「まぁ次の曲を聴けばわかるな。」
『そうですよ。それまで待っててください。』
「じゃあ他の歌を聴かせてくれるかい。」
『え⁉︎まだ歌うんですか?』
「ダメなのか?僕は君の歌声好きだからぜひ聞きたいな。」
『…わかりましたよ。もう少し歌ってもいいです。』
深月が頬を赤らめてギターに視線を落とすと降谷はクスリと笑った。
「あぁじゃあお願いしようかな。」
深月はいくつか歌うといつの間にか降谷に歌って聴かせる事が恥ずかしくなくなってむしろ楽しいと思えるようになっていた。最後にきらきら星を弾くと深月は降谷に話した。
『きらきら星は初めて弾いた曲で、教えてくれた祖母が好きだったんです。きらきら星の原曲は18世紀に出来たシャンソンだそうでその原詞が特に好きだって言ってました。』
「思い出の曲なんだな。」
『えぇ。よく祖母に聴かせた曲です。今もなんとなくたまに弾きたくなるんです。』
深月の眼差しが優しくなると降谷も小さく笑みを零した。
降谷は壁に掛かる時計を見ると深月に尋ねた。
「夕飯はどうする?何か作るか?」
『じゃあ今度こそ私も何か手伝います。』
「それでBGMを流してくれてもいいけど?」
『そんな事言ってると3分クッキング弾きますよ。』
「3分か…何か簡単な1品くらいなら…」
『冗談ですよ。』
本気のトーンで返してくる降谷に深月は苦笑した。
先に降谷に冷蔵庫の中の材料を見てもらっている間に深月は寝室にギターを置きに行った。キッチンに戻ると電話をしている降谷がいて深月はその受け答えを聞いて今度こそ降谷が行くのだと理解した。理解したと同時に寂しさで胸の奥がツキンッと痛む自分に深月は苦笑した。
ーさっきは帰って欲しいって思ったのに…身勝手だなぁ私。さて、寂しい顔なんてしないようにしなきゃね。
深月はペチンと両頬を軽く叩くとフゥと息を吐いた。降谷が電話を終えると深月は声をかけた。
『行かなきゃ、ですね?』
「そうだな。悪い。」
『いいですよ。ご飯くらい1人で作れます。』
深月は笑うと降谷に上着を渡して玄関まで見送った。降谷はそこで靴を履くと深月を振り返り抱きしめてその耳元で囁いた。
「今日もいってらっしゃいのキスはくれるのかな?」
『欲しいならしてあげてもいいですけど?』
深月が可愛げなく言うと降谷は腕を緩めて深月の瞳を見つめた。
「じゃあお願いしても?」
降谷がそう言って笑うので深月は頬を赤らめながらもその唇に唇を重ねた。降谷は満足そうに笑って深月の頬にキスをすると家を出ていった。深月はフゥと息をつくと自分の頬をむにむにと触れた。
ー今日は大丈夫だったかな?仕事に行くのを見送るのなんて慣れてるつもりだったのになぁ…零さんを見送るのはいつも寂しく感じちゃう…しっかりしなきゃ!
つづく