桜舞う頃 【完結】
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「おじょーさん!ちょっとお茶してかない?」
大学の講義を終え、帰り支度をしているところにナンパじみた台詞で深月をお茶へ誘ったのは、同じ大学に通う親友の久米山千紗だ。口角を上げてニマニマと少々気味の悪いくらいの笑顔で寄ってくる親友に深月は小さくため息をついて承諾した。こういう顔をしている時の千紗は何度断った所で食い下がってくる。つまり承諾しか選択肢はない。
深月は教科書等を入れたリュックを背負うと千紗と教室を後にした。
『どこのチャラ男に誘われたかと思った。』
「こんな可憐な乙女なのに!」
『まぁ黙ってればね。』
「ひどっ!」
口を尖らせる千紗は、はっきりとした顔立ちで明るすぎない品の良い茶髪をハーフアップにし、フェミニンなシースルーロングワンピースを着こなしていた。ただ駅へと歩いているだけなのに街を歩く何人かが彼女に目を留める。確かに見た目だけでいえば十分に可憐な乙女だ。
千紗はなんて事ないTシャツにジーンズ姿でファンデーションくらいしか化粧をしていない深月の頭から爪先までをさらっと見て大げさに肩を落としてみせた。
「深月だってワンピの1枚でも着て、もうちょっと化粧すれば可憐な乙女に早替わりなのに。」
『いや、別に可憐さも乙女さも求めてないから。』
「もう!いい素質持ってるのに〜スタイルだっていいしさぁ…」
千紗は深月の胸から尻にかけて視線を向けてにやけてみせた。深月はあからさまに顔をしかめて吐き捨てた。
『変態オヤジと同じ視線でこっち見ないで。』
「誰が変態オヤジよ!変態乙女と呼んで!」
『…自覚してる変態ってのがタチ悪い。』
くだらない会話を繰り返しながら、2人は電車に乗ると米花駅で降車した。
『お茶したいって事だったけど…米花にインスタ映えでもする新しい店でも出来たの?』
「んー…ある意味インスタ映え?」
『ある意味?』
千紗の言っている事がわからず深月は首を傾げた。しかし千紗は詳しく説明する気はないらしく、足取り軽く鼻歌でも歌いそうな様子で先を歩いて行くので、深月は仕方なくそれ以上追求はせずその後について行った。
「ここ、ここ!」
そう言って千紗は喫茶店のドアを開いた。
深月は連れて来られた店の外観を見つめた。ドアの前にはCOFFEEポアロと書かれた電飾スタンド、赤く可愛らしい店舗用テント、大きな窓ガラスにもスタンドと同じようにポアロと大きく書かれていた。
「深月、何してるの?早く!」
『あ、ごめん。』
千紗に呼びかけられ深月は店内へと入った。カウンター席とテーブル席が3つと小さめの店とはいえ席はほぼ埋まっているようだった。カウンターの中で忙しそうに飲み物を淹れている女性店員に促され2人はカウンター席に着いた。千紗は斜め後ろのテーブル席を見るとメニューを開く深月に耳打ちした。
「あのウェイター!イケメンじゃない?」
『ウェイター?』
千紗が相手に気づかれないよう胸元で小さく指差す方へ深月は視線を上げた。
そこには客の女子高生と楽しげに会話しながら注文を取る男性店員。褐色の肌に明るい金髪、そこから覗くタレ目は青い瞳で誰が見ても容姿端麗な青年に深月は頷き、千紗に視線を向けた。
『それで?』
「えーそれだけ?もっとさ、頬を赤らめるとかジッと見つめるとかー」
『誰に何を期待してるの?』
「まぁそうだよねー」
ハァとため息をつかれ深月は納得がいかない。しかしここで深月ははたと気づいた。
『肖像権って知ってる?』
「ヤダなぁさすがに本人の了承なしにインスタにアップしないってば。」
ある意味インスタ映えのする店。つまりイケメン店員がいると話題の店なんだと深月は理解した。でもそれと同時に疑問も浮かんだ。
『イケメン見るためだけにここに来たかったの?そりゃ確かに千紗はイケメン好きだけど…そこまで?』
「彼ね、"女子高生"に人気のイケメンなんだって!」
女子高生という単語を強めに伝えてくる千紗に深月は目を見開き、メニューに視線を戻すと千紗に手渡した。
『好きな物頼んで。今日は私が奢る。』
「やった!」
深月は先にカウンター内にいる女性店員に注文を終えると、後ろのテーブル席に座る女子高生たちの会話に耳を傾けた。
女子特有の恋バナは勿論、学校の先生の事やファッションの事など微笑ましいその内容に深月は自然と笑みを浮かべた。
お待たせしました。と頼んだカフェオレがテーブルに置かれて深月はハッとし緩んだ頬に手を当て隠そうとするが視線に気づいて横に顔を向けると、ニマニマと気味の悪い笑顔の千紗と目が合った。
「いやぁいいのが出来そうだねぇ。」
『…千紗の顔みたら全部吹っ飛んだ。』
「えぇー!」
じゃあ見えないようにしておくから!と言いながら顔を手で隠す千紗に深月はプッと吹き出した。それから会話に花を咲かす女子高生たちの様子を見て口の端を小さく上げた。
─うん。ここならいい詞書けるかも!
難事件をまるで眠っているかのように解いてしまうという探偵、眠りの小五郎こと毛利小五郎の事務所の1階にある喫茶ポアロ。最近そこに新しく入ったウェイターはその甘いマスクに加え気のきく性格も相まって客受けが良く、特に女子高生には人気が高い。
カランカランとドアベルを鳴らし喫茶店に入ってきたのは女子高生たちと小学生だった。とはいえ彼らの目的は噂のウェイターではない。ひとりは毛利小五郎の娘の蘭、もうひとりはその親友の鈴木園子、連れの小学生は江戸川コナンだ。
3人はテーブル席を片付けていたウェイトレス榎本梓に促されて、たった今綺麗になったそこへと腰を下ろした。
客がひいてきたところなのか、他のテーブル席も片付けを待つだけの状態で客は座っておらず、カウンターにも客の姿はない。噂のウェイター安室透は空の食器類をカウンター内のシンクで洗っていた。
梓はテーブル席の食器を全て片付け安室のところへ持っていくと蘭たちの元へ注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあアイスコーヒーを2つとオレンジジュース1つ。」
「かしこまりました。」
梓は伝票に記載するとカウンター内で手早くアイスコーヒーとオレンジジュースを準備し蘭たちのところへ戻った。
「お待たせしました。」
「そういえば梓さん。あのお客さん今日も来てないんですか?」
ふと蘭がそう口にすると梓は、そうなの。と頷いた。
「本当にどうしちゃったんだろう。」
「"あのお客さん"って?」
蘭たちの言う人物が分からず、コナンが質問すると梓は説明し始めた。
「ひと月前くらいから毎日のようにポアロに来てくれてた若い女性のお客さんがいたの。いつも夕方にカウンター席でカフェオレを飲んで1、2時間すると帰るんだけど、そのお客さんがここ2週間来てなくて…気になるでしょ?だからちょっと前に蘭ちゃんに話したの。」
「えーそれって単純に安室さん目的で通っててライバルの多さに諦めたか、もしくは振られちゃったんじゃないの?」
呆れた様に半眼で言い捨てる園子に、うーん、そんな感じはしなかったんだけどなぁと梓は呟いた。
「それなら安室さんに訊いてみたらいいんじゃない?安室さーん。」
「あ、コナン君…」
コナンが安室を呼ぶと梓は戸惑ってしまった。もし万が一本当に例の客が安室に告白して振られていたのであれば、わざわざそれを訊くのも野暮な話だと考えていたのだ。
安室はちょうど洗い物が済んだのか、テーブル席の近くまで来て首を傾げた。
「なんだい、コナン君。」
「2週間くらい前までよくポアロに通ってたカウンター席でカフェオレを頼む若い女性客って覚えてる?」
「あぁ覚えているよ。」
「え、安室さんも覚えてたんですか?」
梓は驚いてつい声を上げた。安室目当ての客は何人もいるし、その中には確かに毎日のように通ってくる客が数人はいるからだ。
「えぇ彼女は僕なんて全く眼中になかったので、むしろそれが印象的で。」
「毎日通うくらいなのに?」
「いやいやあり得ないでしょ、それ。」
蘭と園子が訝しげに言うと安室は、いや、本当に。と前置きして話した。
「僕が接客しても名前を訊かれたりもなかったし注文以外に話したりもしてないよ。特別視線を感じる事もなかったしね。」
「そうなるとその人の目的は別にあったって事だよね。2週間前まであって、今はやってない事とか何かないの?」
コナンに問われ梓と安室は思案するが特に思い当たる事はないようだった。
「うーん、本当になんで突然来なくなったのかしら。はっ!もしかして私何かしちゃって怒らせちゃったのかしら?」
「でも梓さんが覚えてないような事で、それだけで来なくなるってのもおかしくないですか?」
「ねぇ、その人の事、何か他には思い出せない?」
とにかく情報が欲しいとコナンが質問すると安室が口を開いた。
「そうだなぁいつも音楽を聴いていて、ノートに何か書いてはそのノートを閉じていたから少し不思議だったよ。」
「書いては閉じてたの?」
「うん。何か人に見られたくない事でも書いていたのかもね。」
コナンは思案するがさすがにこれだけでは何も絞れず、結局その女性客が何者であるかの答えは出てこなかった。
「あぁもう!そんな話聞いたら気になってきちゃったじゃない!」
園子がモヤモヤした気持ちをバンッと叩いてテーブルに八つ当たりしていると、カランカランとドアベルが鳴って客が1人入ってきた。
「いら…あ!」
いらっしゃいませ、と言おうとした梓はその客を見ると目を見開いた。
そう話題にあがっていた例の客、深月がそこに居たのだ。
店内にいる5人の視線を一気に受け、深月は数回瞬きをし思わず後ずさった。
『あの…何か?え?貸切ですか?』
「あ、違います!ちょうどあなたの話をしていたんです。」
『私?』
「ここ2週間ほど全くいらして下さらなかったので、どうされたのかなと。」
心配げに言う梓に深月は少し申し訳なくなってしまった。思えば毎日通い詰めてた客が急に来なくなれば確かに気になるだろうし心配もするかもしれない。
『あぁそうですね。すみません。』
「いえ、謝られる事ではないので。むしろ何かこちらが失礼な事でもしましたか?」
『そんな事は全く。』
「ねぇ、お姉さんはどうしてそんなにポアロに通ってたの?コーヒーが気に入ったにしては毎日じゃちょっと頻度が多いように思うけど?」
コナンはズバリ本題を口にすると深月をジッと真っ直ぐに見つめた。深月は他の4人にも同じ様に見つめられている事に気付いた。
『もしかして私の事で悩ませちゃってます?』
「すっごい悩ませてるんだから!安室さん目当てじゃないならなんで毎日ポアロに通ってんのよ!」
もう気になって仕方ないのか身を乗り出すように園子が言うと深月は少し考えてから周りに他の客がいない事を確認し、そちらのテーブル席に近付いた。
『まぁそれはあながち間違いではないけど。』
「え⁉︎じゃあやっぱり安室さんに好意を…」
『あ、それはないです。』
梓の言葉を深月は遮る様に否定し、別に告白した訳でもないのに振られたかのような雰囲気に安室は苦笑した。
「じゃあそれってどういう意味なの?」
警戒心を隠そうともせず探る様に見つめてくるコナンを深月は見つめ返した。
『私、作詞の仕事を少ししているの。今回は"恋する女子高生"をテーマに依頼が来てイメージの湧きそうなとこを探してたら友人にここを紹介されて。』
「つまりお姉さんの目的は安室さんを見に来てる女子高生だったって事?」
『うーん、女子高生目当てって言うと人聞きが悪いけど、そういうこと。』
組織からの探りか何かかと警戒していたコナンは理由がはっきりすると肩の力が抜け急に興味が失せた。警戒心の消えたコナンに深月もどこかほっとしたのか小さく笑みを零した。
「なるほど。それで2週間前にその詞が晴れて完成したという事ですね。」
「あぁ、そっか。だから急に来なくなったんですね。」
安室が言うと梓も納得した様だった。
しかし作詞をしていたと聞いて女子高生2人は彼女の正体よりそちらの内容の方に興味が湧いたようで色めきたった。
「その詞ってどんな内容なんですか?」
「他にお客さんもいないんだし歌って聴かせてよ!」
『え…』
蘭と園子の要求に深月はあからさまに顔を引き攣らせた。
『いや私は作詞家であって歌手じゃないから。曲だってデモ音源だし、これからプロが歌うんだからそれを待った方がいいと思う。』
「そういえばその詞は誰が歌うんですか?」
『…Honey×Honey です。』
「「ハニハニ⁉︎」」
梓の何気ない質問に深月が躊躇い気味に答えると蘭たちは目の色を変えた。
「ハニハニって言ったら今話題の女子高生アイドルグループじゃないですか!」
「本当にその新曲なの⁉︎こうなったら益々聴かない訳にいかなくない⁉︎」
『でも高校生が歌うのと私が歌うのでは本当に印象が…』
「そう言うけどさ、お姉さんっていくつなの?」
あまり興味はないようだが、蘭たちがこれだけ興奮しているので少し気になってきたのかコナンも口を開いた。
『ボク、女性に直接年齢を訊くのはちょっと失礼だよ。』
「大学生ですよね?」
座るコナンの視線に合う様に腰を少し曲げて深月は答えたが、思いがけず斜め後ろから安室に声を掛けられ勢いよく振り返った。
「すみません、覗こうと思った訳ではないんですが、以前リュックから東都大学の名の入ったレポート用紙が見えていたので。」
『…よく見てますね。』
「女子大生も女子高生も似た様なもんでしょ!それにその詞は安室さんが居たからできた訳でしょ、お礼も兼ねて歌った方がいいって!」
人気アイドルの新曲をなんとしても聴きたいのかもはや園子の言い分は訳が分からなくなってきていた。
『いやいや…別に聴きたくないですよね?』
深月は顔の前で手を振り否定しながら安室を恐る恐る見上げた。深月の瞳にはお願いだから聴きたくないと言って、という願望がありありと滲んでいた。安室は顎に手を当てて、うーんと小首を傾げた。
「そうですね…僕もぜひ聴きたいところですが、そろそろお客様の増える時間ですからまた今度お願いできますか?」
安室がニコリと笑ってそう言うとカランカランとドアベルを鳴らして新しい客が入ってきた。深月はホッと胸を撫で下ろし、女性3人は残念そうに肩を落とした。
「じゃあ良かったら詞を見せてもらえませんか?」
『まぁそれくらいなら。でもどっかにアップとかはやめてね。』
「大丈夫、大丈夫。わかってるって!」
はい、ここ座って。と園子が隣の席から鞄をどけると深月は素直にそこに座る事にした。
深月はリュックからノートを取り出し今回書いた詞のページを開いて見せた。蘭と園子は仲良くそれを読み始め、暇そうにジュースを飲むコナンに深月は声をかけた。
『ボクはもう私に興味ないんだね?でもあんなに警戒してたのはなんで?』
「え…と、それは…」
組織の回し者だと疑っていた、とはとても言えずコナンが言い淀むとタイミングよく安室が深月の前にカフェオレを置いた。
「カフェオレでよかったですよね?」
『あ、ありがとうございます。』
注文もしていないのに置かれたそれに自分がどれだけ印象的な行動をとってしまったんだろうと深月は少し反省した。
─お店で作詞する時はいくら締め切りが近かったからって毎日通うのは今後やめよう。
深月はカフェオレをひと口飲むとフゥと息を吐いた。ブラックが苦手な深月はコーヒーの苦味と香りをミルクが優しくまろやかにするこの味が好きだった。
「そういえばなぜまたポアロに?」
『ここのカフェオレ美味しいので。』
深月の答えに安室は笑って答えその場を離れようとするが、あ、と深月の呼び止める声で足の動きを止めた。
深月は安室を手招きし彼が近付くと耳打ちした。
『さっきはありがとうございました。私、人前で歌うのは苦手で。』
「いえ、断りたいようでしたので。でももし本当に機会があればぜひ聴かせて下さいね。」
去り際にウィンクをしてカウンターへと戻っていく安室を深月は目で追いながら冷静に考えていた。
─なるほど。さすが噂のイケメン。世間の女子が騒ぐのも無理ない。
うんうん。とひとり納得している深月の様子を見ていたコナンは呆れているのか半眼になっていた。
─女子なら惚けてもおかしくない状況っぽいのに何を納得してんだ、コイツ。この人が書く詞って大丈夫なのか。
しかしそんなコナンの心配は杞憂となった。詞を読み終えた2人は興奮気味に深月に話しかけた。
「これすごくいいですね!」
「ハニハニのイメージに合っててすっごく可愛い!え?天才?」
『そう言ってもらえると自信つくな。』
「あ、そう言えばまだ名乗ってませんでしたよね?私、毛利蘭と言います。」
「私は鈴木園子。」
『私は綾野深月。ボクは?』
「江戸川コナンだよ。」
『…どっちかの弟かと思ってたけど違うんだ?』
それぞれが自己紹介すると深月は女子高生と血縁関係のない小学生という謎の組み合わせに首を傾げた。
「コナン君はうちで預かってる子なんです。」
『そう、じゃあ親元を離れてるんだ。小さいのに偉いね。』
「べ、別にそんな事ないよ!」
そんな風に深月から言われるとは思っていなかった為、コナンは少し吃って答えた。小さいと言っても見た目だけで実年齢は17歳なので偉いと言われても複雑な心境だった。
「ねぇ深月さん、他のページも見ていい?」
『いいよ。そのノートには出来上がってる詞しか書いてないから。』
承諾を得て2人が他の詞を見ている間、深月はカフェオレを飲みながらスマートフォンに届いていた親友からのメールを読んだ。合コンに誘われたから一緒にどうだという内容に手短に行かないとだけ打ったところで、深月は蘭と園子の視線に気付いて顔を上げた。
『どうしたの?』
「いや、なんか意外だなぁって。」
「こういう詞を書く人がなんというかこう…」
『あぁ…』
蘭たちの言いたい事を深月は理解して頷いた。深月の書く詞は可愛らしい乙女を連想させるような物が多いが、それに反して書いている本人はガーリーという言葉があまり当てはまらない。ボーイッシュといえば聞こえはいいが、結局のところ外見に無頓着で楽なジーンズに無難なTシャツを着ている。
『見た目とのギャップならわりとこの業界じゃ普通だと思うよ。当然オッサンがアイドルの歌詞書いたりするんだからさ。』
「そうなんだ…でも深月さん元々綺麗な顔してるんだしさ、もうちょっと着飾ったらいいんじゃない?」
『勘弁して。友達に散々言われてるから。』
「でも私は深月さん今のままでも清潔感あっていいと思いますよ。確かに詞とギャップはありますけど。」
『…いい子だね、蘭ちゃん。お姉さんがお茶代出してあげる。』
蘭の性格からフォローのつもりではなく本心であろうが、深月はそれを世辞と受け取り伝票を持つと席から立ち上がった。
『とはいえ、園子ちゃんも悪気はないだろうから今日のところは私が出すよ。ついでにコナン君のもね。』
─ついでかよ。
コナンは呆れたように半眼で深月を見るが、蘭は慌てた様子で声を掛けた。
「そんな悪いですよ…」
『まぁ詞の口止め料って事でよろしく。』
深月はそう言って詞の書いてあるノートをリュックにしまいレジへと向かった。ちょうどレジで別の客の会計をしていた安室が深月の伝票も受け取り会計を済ませた。
「ありがとうございました。」
『むしろこちらこそありがとうございました。お陰様で詞も依頼者側に好評でしたし…』
そこで深月は言い淀み、視線を安室から逸らして少し考えてから再度彼を見上げて小さく尋ねた。
『また来てもいいでしょうか?』
今回の件で要らぬ心配と迷惑を掛けたと思った深月が不安げに尋ねてくるので安室はニコリと笑って答えた。
「勿論。ぜひまたいらして下さい。カフェオレを作ってお待ちしていますよ。」
『ありがとうございます。』
安室の笑顔につられて深月も笑ってお礼を伝えると店を後にした。
深月の姿がポアロの大きな窓から見えなくなるところまで安室は視線で追い、梓に声を掛けられると踵を返した。
つづく
大学の講義を終え、帰り支度をしているところにナンパじみた台詞で深月をお茶へ誘ったのは、同じ大学に通う親友の久米山千紗だ。口角を上げてニマニマと少々気味の悪いくらいの笑顔で寄ってくる親友に深月は小さくため息をついて承諾した。こういう顔をしている時の千紗は何度断った所で食い下がってくる。つまり承諾しか選択肢はない。
深月は教科書等を入れたリュックを背負うと千紗と教室を後にした。
『どこのチャラ男に誘われたかと思った。』
「こんな可憐な乙女なのに!」
『まぁ黙ってればね。』
「ひどっ!」
口を尖らせる千紗は、はっきりとした顔立ちで明るすぎない品の良い茶髪をハーフアップにし、フェミニンなシースルーロングワンピースを着こなしていた。ただ駅へと歩いているだけなのに街を歩く何人かが彼女に目を留める。確かに見た目だけでいえば十分に可憐な乙女だ。
千紗はなんて事ないTシャツにジーンズ姿でファンデーションくらいしか化粧をしていない深月の頭から爪先までをさらっと見て大げさに肩を落としてみせた。
「深月だってワンピの1枚でも着て、もうちょっと化粧すれば可憐な乙女に早替わりなのに。」
『いや、別に可憐さも乙女さも求めてないから。』
「もう!いい素質持ってるのに〜スタイルだっていいしさぁ…」
千紗は深月の胸から尻にかけて視線を向けてにやけてみせた。深月はあからさまに顔をしかめて吐き捨てた。
『変態オヤジと同じ視線でこっち見ないで。』
「誰が変態オヤジよ!変態乙女と呼んで!」
『…自覚してる変態ってのがタチ悪い。』
くだらない会話を繰り返しながら、2人は電車に乗ると米花駅で降車した。
『お茶したいって事だったけど…米花にインスタ映えでもする新しい店でも出来たの?』
「んー…ある意味インスタ映え?」
『ある意味?』
千紗の言っている事がわからず深月は首を傾げた。しかし千紗は詳しく説明する気はないらしく、足取り軽く鼻歌でも歌いそうな様子で先を歩いて行くので、深月は仕方なくそれ以上追求はせずその後について行った。
「ここ、ここ!」
そう言って千紗は喫茶店のドアを開いた。
深月は連れて来られた店の外観を見つめた。ドアの前にはCOFFEEポアロと書かれた電飾スタンド、赤く可愛らしい店舗用テント、大きな窓ガラスにもスタンドと同じようにポアロと大きく書かれていた。
「深月、何してるの?早く!」
『あ、ごめん。』
千紗に呼びかけられ深月は店内へと入った。カウンター席とテーブル席が3つと小さめの店とはいえ席はほぼ埋まっているようだった。カウンターの中で忙しそうに飲み物を淹れている女性店員に促され2人はカウンター席に着いた。千紗は斜め後ろのテーブル席を見るとメニューを開く深月に耳打ちした。
「あのウェイター!イケメンじゃない?」
『ウェイター?』
千紗が相手に気づかれないよう胸元で小さく指差す方へ深月は視線を上げた。
そこには客の女子高生と楽しげに会話しながら注文を取る男性店員。褐色の肌に明るい金髪、そこから覗くタレ目は青い瞳で誰が見ても容姿端麗な青年に深月は頷き、千紗に視線を向けた。
『それで?』
「えーそれだけ?もっとさ、頬を赤らめるとかジッと見つめるとかー」
『誰に何を期待してるの?』
「まぁそうだよねー」
ハァとため息をつかれ深月は納得がいかない。しかしここで深月ははたと気づいた。
『肖像権って知ってる?』
「ヤダなぁさすがに本人の了承なしにインスタにアップしないってば。」
ある意味インスタ映えのする店。つまりイケメン店員がいると話題の店なんだと深月は理解した。でもそれと同時に疑問も浮かんだ。
『イケメン見るためだけにここに来たかったの?そりゃ確かに千紗はイケメン好きだけど…そこまで?』
「彼ね、"女子高生"に人気のイケメンなんだって!」
女子高生という単語を強めに伝えてくる千紗に深月は目を見開き、メニューに視線を戻すと千紗に手渡した。
『好きな物頼んで。今日は私が奢る。』
「やった!」
深月は先にカウンター内にいる女性店員に注文を終えると、後ろのテーブル席に座る女子高生たちの会話に耳を傾けた。
女子特有の恋バナは勿論、学校の先生の事やファッションの事など微笑ましいその内容に深月は自然と笑みを浮かべた。
お待たせしました。と頼んだカフェオレがテーブルに置かれて深月はハッとし緩んだ頬に手を当て隠そうとするが視線に気づいて横に顔を向けると、ニマニマと気味の悪い笑顔の千紗と目が合った。
「いやぁいいのが出来そうだねぇ。」
『…千紗の顔みたら全部吹っ飛んだ。』
「えぇー!」
じゃあ見えないようにしておくから!と言いながら顔を手で隠す千紗に深月はプッと吹き出した。それから会話に花を咲かす女子高生たちの様子を見て口の端を小さく上げた。
─うん。ここならいい詞書けるかも!
難事件をまるで眠っているかのように解いてしまうという探偵、眠りの小五郎こと毛利小五郎の事務所の1階にある喫茶ポアロ。最近そこに新しく入ったウェイターはその甘いマスクに加え気のきく性格も相まって客受けが良く、特に女子高生には人気が高い。
カランカランとドアベルを鳴らし喫茶店に入ってきたのは女子高生たちと小学生だった。とはいえ彼らの目的は噂のウェイターではない。ひとりは毛利小五郎の娘の蘭、もうひとりはその親友の鈴木園子、連れの小学生は江戸川コナンだ。
3人はテーブル席を片付けていたウェイトレス榎本梓に促されて、たった今綺麗になったそこへと腰を下ろした。
客がひいてきたところなのか、他のテーブル席も片付けを待つだけの状態で客は座っておらず、カウンターにも客の姿はない。噂のウェイター安室透は空の食器類をカウンター内のシンクで洗っていた。
梓はテーブル席の食器を全て片付け安室のところへ持っていくと蘭たちの元へ注文を取りに来た。
「ご注文はお決まりですか?」
「じゃあアイスコーヒーを2つとオレンジジュース1つ。」
「かしこまりました。」
梓は伝票に記載するとカウンター内で手早くアイスコーヒーとオレンジジュースを準備し蘭たちのところへ戻った。
「お待たせしました。」
「そういえば梓さん。あのお客さん今日も来てないんですか?」
ふと蘭がそう口にすると梓は、そうなの。と頷いた。
「本当にどうしちゃったんだろう。」
「"あのお客さん"って?」
蘭たちの言う人物が分からず、コナンが質問すると梓は説明し始めた。
「ひと月前くらいから毎日のようにポアロに来てくれてた若い女性のお客さんがいたの。いつも夕方にカウンター席でカフェオレを飲んで1、2時間すると帰るんだけど、そのお客さんがここ2週間来てなくて…気になるでしょ?だからちょっと前に蘭ちゃんに話したの。」
「えーそれって単純に安室さん目的で通っててライバルの多さに諦めたか、もしくは振られちゃったんじゃないの?」
呆れた様に半眼で言い捨てる園子に、うーん、そんな感じはしなかったんだけどなぁと梓は呟いた。
「それなら安室さんに訊いてみたらいいんじゃない?安室さーん。」
「あ、コナン君…」
コナンが安室を呼ぶと梓は戸惑ってしまった。もし万が一本当に例の客が安室に告白して振られていたのであれば、わざわざそれを訊くのも野暮な話だと考えていたのだ。
安室はちょうど洗い物が済んだのか、テーブル席の近くまで来て首を傾げた。
「なんだい、コナン君。」
「2週間くらい前までよくポアロに通ってたカウンター席でカフェオレを頼む若い女性客って覚えてる?」
「あぁ覚えているよ。」
「え、安室さんも覚えてたんですか?」
梓は驚いてつい声を上げた。安室目当ての客は何人もいるし、その中には確かに毎日のように通ってくる客が数人はいるからだ。
「えぇ彼女は僕なんて全く眼中になかったので、むしろそれが印象的で。」
「毎日通うくらいなのに?」
「いやいやあり得ないでしょ、それ。」
蘭と園子が訝しげに言うと安室は、いや、本当に。と前置きして話した。
「僕が接客しても名前を訊かれたりもなかったし注文以外に話したりもしてないよ。特別視線を感じる事もなかったしね。」
「そうなるとその人の目的は別にあったって事だよね。2週間前まであって、今はやってない事とか何かないの?」
コナンに問われ梓と安室は思案するが特に思い当たる事はないようだった。
「うーん、本当になんで突然来なくなったのかしら。はっ!もしかして私何かしちゃって怒らせちゃったのかしら?」
「でも梓さんが覚えてないような事で、それだけで来なくなるってのもおかしくないですか?」
「ねぇ、その人の事、何か他には思い出せない?」
とにかく情報が欲しいとコナンが質問すると安室が口を開いた。
「そうだなぁいつも音楽を聴いていて、ノートに何か書いてはそのノートを閉じていたから少し不思議だったよ。」
「書いては閉じてたの?」
「うん。何か人に見られたくない事でも書いていたのかもね。」
コナンは思案するがさすがにこれだけでは何も絞れず、結局その女性客が何者であるかの答えは出てこなかった。
「あぁもう!そんな話聞いたら気になってきちゃったじゃない!」
園子がモヤモヤした気持ちをバンッと叩いてテーブルに八つ当たりしていると、カランカランとドアベルが鳴って客が1人入ってきた。
「いら…あ!」
いらっしゃいませ、と言おうとした梓はその客を見ると目を見開いた。
そう話題にあがっていた例の客、深月がそこに居たのだ。
店内にいる5人の視線を一気に受け、深月は数回瞬きをし思わず後ずさった。
『あの…何か?え?貸切ですか?』
「あ、違います!ちょうどあなたの話をしていたんです。」
『私?』
「ここ2週間ほど全くいらして下さらなかったので、どうされたのかなと。」
心配げに言う梓に深月は少し申し訳なくなってしまった。思えば毎日通い詰めてた客が急に来なくなれば確かに気になるだろうし心配もするかもしれない。
『あぁそうですね。すみません。』
「いえ、謝られる事ではないので。むしろ何かこちらが失礼な事でもしましたか?」
『そんな事は全く。』
「ねぇ、お姉さんはどうしてそんなにポアロに通ってたの?コーヒーが気に入ったにしては毎日じゃちょっと頻度が多いように思うけど?」
コナンはズバリ本題を口にすると深月をジッと真っ直ぐに見つめた。深月は他の4人にも同じ様に見つめられている事に気付いた。
『もしかして私の事で悩ませちゃってます?』
「すっごい悩ませてるんだから!安室さん目当てじゃないならなんで毎日ポアロに通ってんのよ!」
もう気になって仕方ないのか身を乗り出すように園子が言うと深月は少し考えてから周りに他の客がいない事を確認し、そちらのテーブル席に近付いた。
『まぁそれはあながち間違いではないけど。』
「え⁉︎じゃあやっぱり安室さんに好意を…」
『あ、それはないです。』
梓の言葉を深月は遮る様に否定し、別に告白した訳でもないのに振られたかのような雰囲気に安室は苦笑した。
「じゃあそれってどういう意味なの?」
警戒心を隠そうともせず探る様に見つめてくるコナンを深月は見つめ返した。
『私、作詞の仕事を少ししているの。今回は"恋する女子高生"をテーマに依頼が来てイメージの湧きそうなとこを探してたら友人にここを紹介されて。』
「つまりお姉さんの目的は安室さんを見に来てる女子高生だったって事?」
『うーん、女子高生目当てって言うと人聞きが悪いけど、そういうこと。』
組織からの探りか何かかと警戒していたコナンは理由がはっきりすると肩の力が抜け急に興味が失せた。警戒心の消えたコナンに深月もどこかほっとしたのか小さく笑みを零した。
「なるほど。それで2週間前にその詞が晴れて完成したという事ですね。」
「あぁ、そっか。だから急に来なくなったんですね。」
安室が言うと梓も納得した様だった。
しかし作詞をしていたと聞いて女子高生2人は彼女の正体よりそちらの内容の方に興味が湧いたようで色めきたった。
「その詞ってどんな内容なんですか?」
「他にお客さんもいないんだし歌って聴かせてよ!」
『え…』
蘭と園子の要求に深月はあからさまに顔を引き攣らせた。
『いや私は作詞家であって歌手じゃないから。曲だってデモ音源だし、これからプロが歌うんだからそれを待った方がいいと思う。』
「そういえばその詞は誰が歌うんですか?」
『…
「「ハニハニ⁉︎」」
梓の何気ない質問に深月が躊躇い気味に答えると蘭たちは目の色を変えた。
「ハニハニって言ったら今話題の女子高生アイドルグループじゃないですか!」
「本当にその新曲なの⁉︎こうなったら益々聴かない訳にいかなくない⁉︎」
『でも高校生が歌うのと私が歌うのでは本当に印象が…』
「そう言うけどさ、お姉さんっていくつなの?」
あまり興味はないようだが、蘭たちがこれだけ興奮しているので少し気になってきたのかコナンも口を開いた。
『ボク、女性に直接年齢を訊くのはちょっと失礼だよ。』
「大学生ですよね?」
座るコナンの視線に合う様に腰を少し曲げて深月は答えたが、思いがけず斜め後ろから安室に声を掛けられ勢いよく振り返った。
「すみません、覗こうと思った訳ではないんですが、以前リュックから東都大学の名の入ったレポート用紙が見えていたので。」
『…よく見てますね。』
「女子大生も女子高生も似た様なもんでしょ!それにその詞は安室さんが居たからできた訳でしょ、お礼も兼ねて歌った方がいいって!」
人気アイドルの新曲をなんとしても聴きたいのかもはや園子の言い分は訳が分からなくなってきていた。
『いやいや…別に聴きたくないですよね?』
深月は顔の前で手を振り否定しながら安室を恐る恐る見上げた。深月の瞳にはお願いだから聴きたくないと言って、という願望がありありと滲んでいた。安室は顎に手を当てて、うーんと小首を傾げた。
「そうですね…僕もぜひ聴きたいところですが、そろそろお客様の増える時間ですからまた今度お願いできますか?」
安室がニコリと笑ってそう言うとカランカランとドアベルを鳴らして新しい客が入ってきた。深月はホッと胸を撫で下ろし、女性3人は残念そうに肩を落とした。
「じゃあ良かったら詞を見せてもらえませんか?」
『まぁそれくらいなら。でもどっかにアップとかはやめてね。』
「大丈夫、大丈夫。わかってるって!」
はい、ここ座って。と園子が隣の席から鞄をどけると深月は素直にそこに座る事にした。
深月はリュックからノートを取り出し今回書いた詞のページを開いて見せた。蘭と園子は仲良くそれを読み始め、暇そうにジュースを飲むコナンに深月は声をかけた。
『ボクはもう私に興味ないんだね?でもあんなに警戒してたのはなんで?』
「え…と、それは…」
組織の回し者だと疑っていた、とはとても言えずコナンが言い淀むとタイミングよく安室が深月の前にカフェオレを置いた。
「カフェオレでよかったですよね?」
『あ、ありがとうございます。』
注文もしていないのに置かれたそれに自分がどれだけ印象的な行動をとってしまったんだろうと深月は少し反省した。
─お店で作詞する時はいくら締め切りが近かったからって毎日通うのは今後やめよう。
深月はカフェオレをひと口飲むとフゥと息を吐いた。ブラックが苦手な深月はコーヒーの苦味と香りをミルクが優しくまろやかにするこの味が好きだった。
「そういえばなぜまたポアロに?」
『ここのカフェオレ美味しいので。』
深月の答えに安室は笑って答えその場を離れようとするが、あ、と深月の呼び止める声で足の動きを止めた。
深月は安室を手招きし彼が近付くと耳打ちした。
『さっきはありがとうございました。私、人前で歌うのは苦手で。』
「いえ、断りたいようでしたので。でももし本当に機会があればぜひ聴かせて下さいね。」
去り際にウィンクをしてカウンターへと戻っていく安室を深月は目で追いながら冷静に考えていた。
─なるほど。さすが噂のイケメン。世間の女子が騒ぐのも無理ない。
うんうん。とひとり納得している深月の様子を見ていたコナンは呆れているのか半眼になっていた。
─女子なら惚けてもおかしくない状況っぽいのに何を納得してんだ、コイツ。この人が書く詞って大丈夫なのか。
しかしそんなコナンの心配は杞憂となった。詞を読み終えた2人は興奮気味に深月に話しかけた。
「これすごくいいですね!」
「ハニハニのイメージに合っててすっごく可愛い!え?天才?」
『そう言ってもらえると自信つくな。』
「あ、そう言えばまだ名乗ってませんでしたよね?私、毛利蘭と言います。」
「私は鈴木園子。」
『私は綾野深月。ボクは?』
「江戸川コナンだよ。」
『…どっちかの弟かと思ってたけど違うんだ?』
それぞれが自己紹介すると深月は女子高生と血縁関係のない小学生という謎の組み合わせに首を傾げた。
「コナン君はうちで預かってる子なんです。」
『そう、じゃあ親元を離れてるんだ。小さいのに偉いね。』
「べ、別にそんな事ないよ!」
そんな風に深月から言われるとは思っていなかった為、コナンは少し吃って答えた。小さいと言っても見た目だけで実年齢は17歳なので偉いと言われても複雑な心境だった。
「ねぇ深月さん、他のページも見ていい?」
『いいよ。そのノートには出来上がってる詞しか書いてないから。』
承諾を得て2人が他の詞を見ている間、深月はカフェオレを飲みながらスマートフォンに届いていた親友からのメールを読んだ。合コンに誘われたから一緒にどうだという内容に手短に行かないとだけ打ったところで、深月は蘭と園子の視線に気付いて顔を上げた。
『どうしたの?』
「いや、なんか意外だなぁって。」
「こういう詞を書く人がなんというかこう…」
『あぁ…』
蘭たちの言いたい事を深月は理解して頷いた。深月の書く詞は可愛らしい乙女を連想させるような物が多いが、それに反して書いている本人はガーリーという言葉があまり当てはまらない。ボーイッシュといえば聞こえはいいが、結局のところ外見に無頓着で楽なジーンズに無難なTシャツを着ている。
『見た目とのギャップならわりとこの業界じゃ普通だと思うよ。当然オッサンがアイドルの歌詞書いたりするんだからさ。』
「そうなんだ…でも深月さん元々綺麗な顔してるんだしさ、もうちょっと着飾ったらいいんじゃない?」
『勘弁して。友達に散々言われてるから。』
「でも私は深月さん今のままでも清潔感あっていいと思いますよ。確かに詞とギャップはありますけど。」
『…いい子だね、蘭ちゃん。お姉さんがお茶代出してあげる。』
蘭の性格からフォローのつもりではなく本心であろうが、深月はそれを世辞と受け取り伝票を持つと席から立ち上がった。
『とはいえ、園子ちゃんも悪気はないだろうから今日のところは私が出すよ。ついでにコナン君のもね。』
─ついでかよ。
コナンは呆れたように半眼で深月を見るが、蘭は慌てた様子で声を掛けた。
「そんな悪いですよ…」
『まぁ詞の口止め料って事でよろしく。』
深月はそう言って詞の書いてあるノートをリュックにしまいレジへと向かった。ちょうどレジで別の客の会計をしていた安室が深月の伝票も受け取り会計を済ませた。
「ありがとうございました。」
『むしろこちらこそありがとうございました。お陰様で詞も依頼者側に好評でしたし…』
そこで深月は言い淀み、視線を安室から逸らして少し考えてから再度彼を見上げて小さく尋ねた。
『また来てもいいでしょうか?』
今回の件で要らぬ心配と迷惑を掛けたと思った深月が不安げに尋ねてくるので安室はニコリと笑って答えた。
「勿論。ぜひまたいらして下さい。カフェオレを作ってお待ちしていますよ。」
『ありがとうございます。』
安室の笑顔につられて深月も笑ってお礼を伝えると店を後にした。
深月の姿がポアロの大きな窓から見えなくなるところまで安室は視線で追い、梓に声を掛けられると踵を返した。
つづく