桜舞う頃 【完結】
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『ちょっと千紗。』
「何?」
『たまにはオシャレしてご飯でも食べようって言ったよね?』
「言ったよ?」
『2人でじゃなかったの?』
深月は千紗から夕飯に誘われそれを承諾した。その時にたまにはオシャレをしようと言われ、深月は千紗に指定されたフレアスカートにニットを合わせその上からコートを羽織ってヘアメイクもそれなりにして待ち合わせの店まで来ていた。当然最初はオシャレなんてする意味がわからず断ったが、千紗にあまりやってないと下手になるし化粧品もダメになると言われて深月は渋々了承した。これからは降谷の前で化粧をする機会も増えるかなと深月は思うと練習と考えればいいかとその時は思ったのだ。しかし店まで来てみるとそこには千紗だけでなく数人の男子と女子がいた。男女比を見るとそれが合コンだと深月も気付いた。
「やだぁ、2人とは言ってないじゃん!」
『帰る。』
「ダメダメダメ。お願いだから!今日だけ!本当に突然来れなくなっちゃった子がいてさ。人数合わせだからお金は私が出すから座ってご飯食べてるだけでいいからお願いします!」
踵を返す深月を捕まえて千紗は他の男女から少し離れた所で深月に懇願した。深月は煩わしさもあるがオシャレしてわざわざ出てきたのにここで帰るのはもったいないかという気持ちと夕飯もただで済むならいいかと軽い気持ちで了承する事にした。
『適当に聞き流してご飯食べるからね。』
「うん。それでいい!」
千紗に連れられ深月はグループに合流すると店に入った。席に着き注文を終えて飲み物が届くと乾杯と共に自己紹介が始まり、みんなが趣味やニックネームを紹介する中、深月は名前と大学2年生である事だけ告げた。話しかけられても話を広げる気のない深月は適当に相槌を打つ程度にして少し酒を飲みながらご飯を食べていた。そうしていると隣や前に座っていた男は深月に話しかけても仕方ないと判断したのか他の女と会話していた。深月はその状況に満足してなかなか美味しいご飯を1人黙々と食べ進めた。
深月は一通り食べ終えるとトイレに席を立った。千紗に声をかけようかとも思ったが、彼女はそれなりに楽しんでいるようだったので邪魔しちゃ悪いなと思い何も告げなかった。トイレで身だしなみを一応確認して化粧を少し直して深月がトイレを出るとそこでグループの中にいた1人の男に待ち伏せされていたのか声をかけられた。
「深月ちゃん。ご飯ばっか食べてたけど席の周りの奴に興味ない?」
『あ…いえ、別に。』
「俺さ、深月ちゃんみたいな子がタイプなんだよね。良かったら俺の横来て一緒に話さない?」
『いや私は…』
そう言って深月は視線を逸らした先でよく知っている青い瞳と目が合ってビクッと肩を揺らした。
ーれ、零さん⁉︎
少し先にいる彼は目が合ったかと思えば、顔を逸らし何事もなかったかの様に行ってしまい深月は目をしばたかせた。
ーあ、あれ?目、合ったよね?でもなんか零さんいつもと雰囲気が…
シャツに黒のベスト、青いループタイをした降谷が深月には会ったことのない人のように感じられた。
深月のそんな様子に気付いた男は深月に尋ねた。
「どうかした?」
『し、知り合いがいた気がして…』
深月の言葉に男が振り返るとちょうどグループのひとりがこれから別の店に移動しようという事を伝えに来た。深月は千紗と合流して店内を見渡すが降谷の姿は見当たらず千紗に尋ねた。
『ねぇ…安室さん見かけなかった?』
「え?いたの?」
千紗も店内を見回すがその姿はなく首を傾げた。
『ごめん、気のせいかも。』
「え?何、もう酔った?」
『お酒はほとんど飲んでないからそれはないと思うけど…』
ー確かに零さんだと思ったけど…まぁ気のせいなら気のせいのがいいよね。合コンに参加してたなんて知られたら……
『どうしよう…めちゃくちゃ怒られるかも…』
「なんか言った?」
『なんでもない!早く行こう。』
よくよく考えてみると降谷にこの状況がバレてしまうのは深月にとって都合が悪いので深月は慌てて千紗の背中を押して店を出た。慌てていたせいで流れで深月はそのまま千紗達と共に二次会の会場のバーへと入ってしまい帰るタイミングを見失った。
「深月が二次会来ると思わなかったよー!え?もしかして気になる人でも出来た?」
『そんなわけ…』
「深月ちゃんは俺と話すために来てくれたんだよね?こっちで飲もう。」
『え、ちょ…』
深月は千紗と話していると先ほどトイレの前で話をしていた男に声をかけられ、そのまま腕を掴まれて強引に千紗から引き離された。千紗はそんな姿を手を振って見送っていた。
ーいや、何見送ってるの⁉︎止めてよ!
深月はそんな事を思いつつ千紗から少し離れた所でその男と飲む事になった。
「強引にごめんね。でも深月ちゃん可愛いから他の男にとられたくなくて。」
『はぁ…』
ーとられるも何も貴方の物になった覚えはないんだけど…
深月が半眼で男を見つめていると、そんな事は気にしないのか男から、何を飲む?と聞かれた。深月はバーで飲んだ経験がないため何を頼んでいいのかわからず素直にそれを話した。
『バーって来た事なくて…何を頼んだらいいのか…』
「そうなんだ。じゃあロングアイランド・アイスティーなんてどう?甘めだし飲みやすいんだよ。」
『それがオススメだっていうなら…とりあえずそれを。』
男の勧めたカクテルを頼むと見た目は本当にアイスティーのようでそこにレモンとチェリーが飾られていた。ストローでひと口飲んでみると確かに甘くアイスティーの様な味わいだった。
『確かに飲みやすいかも…』
「ほとんどアイスティーだよな。」
『うん。そうかも。』
アルコールは感じるが確かにアイスティーの様なそれは酒を普段飲まない深月にも飲みやすかった。
「深月ちゃん、大学2年生だっけ?」
『はい。』
「うちの大学にも君くらい可愛い子がいたらなぁ。モテるんじゃない?」
『そんな事ないですよ。千紗はモテますけど。』
「あぁ千紗ちゃんも可愛いよね。でも俺は深月ちゃんみたいな清楚な女の子が好きだなぁ。」
そう言いながら男が手を撫でてきたので深月はその手をすり抜けて自分のグラスに添えてカクテルを飲んだ。
『私は清楚な女の子じゃないですから貴方の期待には添えないですよ。』
「またまたぁ清楚じゃない子はそういう断り方出来ないって。」
ーじゃあ何か、叫んで断ればいいっての?
深月はため息をつきたくなったがそれを誤魔化すためにストローに口を付けた。暫く男と面白味のない話を繰り返していたせいで思ったよりも酒が進んでいた深月のグラスはいつの間にかほとんどなくなっており、頭がぼんやりとしてきたのに深月は気付いた。
ーまずい…これ、思ったよりも度数高いかも…飲みやすいから油断してた…
「深月ちゃん?大丈夫?」
『大丈夫です。ちょっとトイレに…』
深月はそう言って席を立ち上がるが足元がふらつき倒れそうになるのを男に支えられた。
「ひとりじゃ立てそうにない?俺が支えてあげようか?」
ハァと熱を帯びた吐息交じりに耳元で囁かれ深月はゾワッとした感覚が背筋を走った。
『いえ、大丈夫です。ちょっと立ち上がった時にふらついただけなので…』
「遠慮しなくていいよ。」
深月は男から離れようと身をよじるが、男に腰を掴まれてしまい離れる事が出来なかった。
「ねぇこれから2人で抜け出していい事しない?優しくしてあげるから。」
腰を男の手が撫でると深月はその気持ち悪さに男の胸をドンッと押した。男と距離が出来たが勢いがついたせいで深月は後ろによろけ尻もちをつく事を覚悟した。しかし覚悟した衝撃は訪れず代わりに両肩を掴まれ背中にトンッと軽い衝撃を感じた。
「大丈夫ですか、深月さん。」
『あ…』
「さぁ帰りましょうか。」
ニコリと笑って見下ろしてくるその青い瞳が恐怖と安堵感の両方を深月に与えた。男は突然現れた第三者に深月を連れて行かれる事が納得行かずに声を荒げた。
「お前、急になんなんだ!深月ちゃんはこれから俺と…」
しかしそんな男の勢いは青い瞳に鋭く睨まれるとなくなり、男は黙った。
男の声に気付いた千紗がこちらの様子を見ると、あ!と目を見開いた。
「安室さん!こんなとこで会うなんて…」
「こんばんは、千紗さん。」
千紗が安室に声をかけるとそれに他の女達も気付き声をかけてきた。
「え、千紗、この人誰?」
「わぁかっこいい!」
「私がよく行く喫茶店のウェイターさんなんだけど…」
「千紗さん」
千紗が安室の事を説明しようとするとそれを遮る様に安室は千紗の名前を呼んだ。千紗は普段からは感じられない安室の様子にきょとんとした。安室はニコリと笑うと深月をひょいと抱き上げた。
「あんまり僕の可愛い恋人を連れ回さないでください。」
『ちょ…』
「え、えぇ⁉︎安室さん、それって…え⁉︎」
「すみませんが、彼女結構酔いが来てるようなので今日はもう帰りますね。」
戸惑う千紗を他所に安室は深月を抱えたまま店を出た。深月は回転の鈍くなっている頭でこの状況を整理しようと一生懸命だった。わけのわからないまま降谷の車に乗せられると深月は運転席に乗って車を走らせた降谷を見つめた。
『えと…?』
「で、なんで君は合コンに出てるんだ。」
まっすぐに前を見たまま尋ねてくる降谷は明らかに不機嫌で深月の背中を冷や汗が流れた。
『あれは…出たかったわけではなく千紗に騙されたのと懇願されたのと…まぁ流れ的なやつです。』
「流れ的に合コンに参加する恋人を僕はどうしたらいいと思う?」
『……浅はかでした。すみません。』
静かに怒りを伝えてくる降谷に深月が素直に謝ると降谷はハァと大きくため息をついた。
「だいたいなんでそんなふらついてるんだ。」
『思ってたよりカクテルの度数が高かったみたいで…』
「何を飲んだんだ?」
『えーと……アイスティー。』
「ロングアイランド・アイスティーか。またベタな物に引っかかって。」
降谷はチラッと深月を横目で見るともう一度盛大にため息をついた。
「あれは甘いし飲みやすいが19度近くあるカクテルだ。」
『アイスティーって名前だから薄めなのかと…』
「アイスティーなんて一切入ってない。常識的なことだぞ。それにレディキラーとしてもよく使われる。バーに行くならそれくらいの予備知識は入れてからにしろ。」
完全に相手の思う壺じゃないか。だいたい君はそもそも警戒心が…とブツブツと小言の続く降谷に深月は自分が悪かった事はよくわかっているしあの男から救ってくれたのも降谷だとわかっていたがなんだかすごく悲しくなって涙が出た。
『わかってますよ。私が悪いですよ。どうせ何にも知らないお子ちゃまですよ。そうですよ、零さんから見たら私なんてガキんちょですよ。』
「ちょっと待て。話が飛躍してないか?」
『いいえ、結局そういう事なんですよ!でも仕方ないじゃないですか、私が頑張ったって早くなんて生まれないし…どうしろって言うんですか!』
「おい。ちょっと落ち着け。」
ポロポロと涙を流しながら脈絡のない事を話す深月に戸惑い降谷は路肩に車を停めた。
深月は変わらずポロポロと涙を流しながら続けた。
『千紗とご飯に行くだけだったんだもん。バーになんて行く予定なかったもん。なんでそんなに言うの?』
「わかった、わかった。僕も言い過ぎた。だからそんなに泣かないでくれ。」
降谷は一向に泣き止みそうにない深月の背中をポンポンと叩いて深月を落ち着かせようとした。普段の泣き方と違う深月に酔いが相当回ってる事を降谷は理解した。そしてまた彼女の発言が彼女の深層心理なんだと思うともう少し深月を年相応に扱わなくてはいけないのだと降谷は思い直した。まだ酒を飲めるようになって間もない彼女に対して酒の知識があって当然の様に自分は扱った。そして彼女は自分に足りない知識や経験を感じ苦しかったのだろう。足掻いても埋まらないこの年齢差を。まだまだいろんな事を失敗したりして学んでいく年齢なのにその失敗を頭ごなしに責めた自分に降谷は憤り呆れた。
「君との年齢差を僕の方がちゃんと認識するべきだな。ごめん。いいんだよ、深月。君の失敗は当然だから。僕がその分をちゃんと支えるから。」
『子供扱いは嫌。』
「そうじゃない。君は君のままでいいんだ。無理にいろいろと我慢したり急に大人になろうとする事はない。僕はそのままの君が好きだよ。」
降谷が優しくそう言うと深月の涙が止まった。深月はスンと鼻をすすると自分のシートベルトを外して降谷に両腕を広げて見せた。
『ギュッてして。』
降谷は一瞬目を見開くがクスリと笑うとシートベルトを外して深月を抱きしめた。深月は降谷の背中に腕を回すと降谷の胸に頭を預けて嬉しそうに言った。
『零さん、だぁいすき。』
深月の突然の告白に降谷の心臓はドクンッと強く波打った。ギューッと抱きついてくる深月は変わらず嬉しそうにフフッと笑っていた。降谷はそんな深月の肩に手を置いて優しく引き離すと、酒のせいで少しとろんとしている瞳と上気した頬を見つめ、ゆっくりとキスをした。軽いキスを何度かしてそれから深いものへと変わると深月の口から声が漏れた。
『ん…んぅ…』
深月のそんな声に煽られて降谷がキスを続けると深月の手が降谷の胸元を握った。ギュッと引っ張られる感覚に降谷が唇を話すと深月はハァと短く息をついてふにゃっと笑った。
『も、とけちゃうの…』
「とけちゃえばいいんじゃないか?」
『や、これ以上気持ちいいのはダメ、なの…』
深月はそう言いながら降谷の胸にもたれかかった。降谷はドキドキと速くなった鼓動を深月に聞かれるんじゃないかと珍しく気になった。気付けば深月はスースーと気持ち良さそうに寝息を立てていて降谷は深月を優しく助手席に移すとシートを少し倒してシートベルトをつけてやった。
ーまったく…本当に振り回されてるな。
降谷はフーッと息を吐くと自分もシートベルトをつけてハンドルを握った。
「しかしこんなに可愛いんじゃ暫くアルコールは禁止だな。」
降谷は呟くと車のアクセルを踏んだ。
『…?』
深月はふと目を覚ますと見覚えのない天井が目の前にあり、不思議に思いそっと身体を起こすとそこが一度来た事のある降谷の家だとわかった。しかしなぜ自分がそこにいるのかが理解出来なかった。家主である降谷はベッドを背もたれにするようにして座って布団を掛けて寝ていたので深月は余計に状況が把握出来なかった。
ーえと…零さんの車に乗っていろいろ小言を言われてたのは覚えてるんだけど…
深月はその先の事が思い出せず眠る降谷を見つめた。
ーこんな機会めったにないよね。普段こんなに見つめるなんて絶対ムリ。しっかし綺麗な顔…ウィッグとかつけたら女装もいけるかも…やばい絶対美女だ。
閉じられた目蓋の先のまつ毛が長くその端正な顔立ちを深月はまじまじと見つめた。薄く開いている口から寝息が聞こえ深月は好奇心にかられた。深月はベッドの近くに自分のバックを見つけそこから口紅を取り出しその蓋をゆっくり開けた。
ーちょっと、ちょっと口紅だけ…
そっと近付きその唇に口紅が触れる寸前で深月の手はそれ以上動かなくなった。がっちりと降谷に手首を握られ深月は、あ、と小さく声を漏らした。降谷は半眼で深月の事を睨んでいた。
「何してるんだ。」
『いや…起きてたなら言ってください。』
「君が僕の事をじっと見つめてくるから何を企んでるのか知りたかったんだよ。しかしそれがこれだとはな。」
降谷は深月の手元にある口紅に視線を向けるとハァとため息をついた。
『だって…綺麗な顔だから女装も綺麗かなぁって。』
「やらないからな。」
『絶対似合うと思うんだけどなぁ。』
残念そうにする深月の手首を解放してやると降谷はグッと腕を上げて伸びをしてスマートフォンで時刻を確認した。朝の3時を過ぎた頃で降谷はキッチンへと行くとコップに水を入れて深月に差し出した。深月はそれをお礼を言って受け取り口を付けた。
「体調は?」
『特に問題ないです…あの…私って…?』
「記憶がないのか?」
『零さんの車に乗った辺りの事は覚えているんですけど…その先がどうにも…』
「なるほど。とりあえず君は暫くアルコール禁止だ。」
『…わかりました。自分が悪いので文句はないです。』
しゅんと項垂れる深月を見ると降谷はその頭をポンポンと叩いた。あれだけ小言を言っていた降谷には当然叱られるんだと思っていた深月は不思議そうに降谷を見上げた。
「誰にでも失敗はある。大事なのは次にその経験をどう活かすかだ…」
『え、なんか気持ち悪い…』
「は?」
『だってあんだけ小言言ってた人がなんで急に仏みたいになってるんですか?え?怖い…何か企んでます?』
深月が眉をひそめて冗談抜きで言っているのがわかったので降谷は余計に腹が立った。
「…つまり叱られたいと?」
『いや!そういう意味じゃないです!』
「君の言いたい事はよくわかった。」
降谷は深月の手からコップを取るとそれをローテーブルに置き深月をベッドに押し倒した。深月は腕を押さえられてどうにも出来ない状況に焦った。
『れ、零さん?』
「恋人に内緒で合コンに参加して男を惑わす悪い子にはどんなお仕置きがいいと思う?」
ニコリと笑う降谷に深月はその場から逃げ出したくなった。
つづく
「何?」
『たまにはオシャレしてご飯でも食べようって言ったよね?』
「言ったよ?」
『2人でじゃなかったの?』
深月は千紗から夕飯に誘われそれを承諾した。その時にたまにはオシャレをしようと言われ、深月は千紗に指定されたフレアスカートにニットを合わせその上からコートを羽織ってヘアメイクもそれなりにして待ち合わせの店まで来ていた。当然最初はオシャレなんてする意味がわからず断ったが、千紗にあまりやってないと下手になるし化粧品もダメになると言われて深月は渋々了承した。これからは降谷の前で化粧をする機会も増えるかなと深月は思うと練習と考えればいいかとその時は思ったのだ。しかし店まで来てみるとそこには千紗だけでなく数人の男子と女子がいた。男女比を見るとそれが合コンだと深月も気付いた。
「やだぁ、2人とは言ってないじゃん!」
『帰る。』
「ダメダメダメ。お願いだから!今日だけ!本当に突然来れなくなっちゃった子がいてさ。人数合わせだからお金は私が出すから座ってご飯食べてるだけでいいからお願いします!」
踵を返す深月を捕まえて千紗は他の男女から少し離れた所で深月に懇願した。深月は煩わしさもあるがオシャレしてわざわざ出てきたのにここで帰るのはもったいないかという気持ちと夕飯もただで済むならいいかと軽い気持ちで了承する事にした。
『適当に聞き流してご飯食べるからね。』
「うん。それでいい!」
千紗に連れられ深月はグループに合流すると店に入った。席に着き注文を終えて飲み物が届くと乾杯と共に自己紹介が始まり、みんなが趣味やニックネームを紹介する中、深月は名前と大学2年生である事だけ告げた。話しかけられても話を広げる気のない深月は適当に相槌を打つ程度にして少し酒を飲みながらご飯を食べていた。そうしていると隣や前に座っていた男は深月に話しかけても仕方ないと判断したのか他の女と会話していた。深月はその状況に満足してなかなか美味しいご飯を1人黙々と食べ進めた。
深月は一通り食べ終えるとトイレに席を立った。千紗に声をかけようかとも思ったが、彼女はそれなりに楽しんでいるようだったので邪魔しちゃ悪いなと思い何も告げなかった。トイレで身だしなみを一応確認して化粧を少し直して深月がトイレを出るとそこでグループの中にいた1人の男に待ち伏せされていたのか声をかけられた。
「深月ちゃん。ご飯ばっか食べてたけど席の周りの奴に興味ない?」
『あ…いえ、別に。』
「俺さ、深月ちゃんみたいな子がタイプなんだよね。良かったら俺の横来て一緒に話さない?」
『いや私は…』
そう言って深月は視線を逸らした先でよく知っている青い瞳と目が合ってビクッと肩を揺らした。
ーれ、零さん⁉︎
少し先にいる彼は目が合ったかと思えば、顔を逸らし何事もなかったかの様に行ってしまい深月は目をしばたかせた。
ーあ、あれ?目、合ったよね?でもなんか零さんいつもと雰囲気が…
シャツに黒のベスト、青いループタイをした降谷が深月には会ったことのない人のように感じられた。
深月のそんな様子に気付いた男は深月に尋ねた。
「どうかした?」
『し、知り合いがいた気がして…』
深月の言葉に男が振り返るとちょうどグループのひとりがこれから別の店に移動しようという事を伝えに来た。深月は千紗と合流して店内を見渡すが降谷の姿は見当たらず千紗に尋ねた。
『ねぇ…安室さん見かけなかった?』
「え?いたの?」
千紗も店内を見回すがその姿はなく首を傾げた。
『ごめん、気のせいかも。』
「え?何、もう酔った?」
『お酒はほとんど飲んでないからそれはないと思うけど…』
ー確かに零さんだと思ったけど…まぁ気のせいなら気のせいのがいいよね。合コンに参加してたなんて知られたら……
『どうしよう…めちゃくちゃ怒られるかも…』
「なんか言った?」
『なんでもない!早く行こう。』
よくよく考えてみると降谷にこの状況がバレてしまうのは深月にとって都合が悪いので深月は慌てて千紗の背中を押して店を出た。慌てていたせいで流れで深月はそのまま千紗達と共に二次会の会場のバーへと入ってしまい帰るタイミングを見失った。
「深月が二次会来ると思わなかったよー!え?もしかして気になる人でも出来た?」
『そんなわけ…』
「深月ちゃんは俺と話すために来てくれたんだよね?こっちで飲もう。」
『え、ちょ…』
深月は千紗と話していると先ほどトイレの前で話をしていた男に声をかけられ、そのまま腕を掴まれて強引に千紗から引き離された。千紗はそんな姿を手を振って見送っていた。
ーいや、何見送ってるの⁉︎止めてよ!
深月はそんな事を思いつつ千紗から少し離れた所でその男と飲む事になった。
「強引にごめんね。でも深月ちゃん可愛いから他の男にとられたくなくて。」
『はぁ…』
ーとられるも何も貴方の物になった覚えはないんだけど…
深月が半眼で男を見つめていると、そんな事は気にしないのか男から、何を飲む?と聞かれた。深月はバーで飲んだ経験がないため何を頼んでいいのかわからず素直にそれを話した。
『バーって来た事なくて…何を頼んだらいいのか…』
「そうなんだ。じゃあロングアイランド・アイスティーなんてどう?甘めだし飲みやすいんだよ。」
『それがオススメだっていうなら…とりあえずそれを。』
男の勧めたカクテルを頼むと見た目は本当にアイスティーのようでそこにレモンとチェリーが飾られていた。ストローでひと口飲んでみると確かに甘くアイスティーの様な味わいだった。
『確かに飲みやすいかも…』
「ほとんどアイスティーだよな。」
『うん。そうかも。』
アルコールは感じるが確かにアイスティーの様なそれは酒を普段飲まない深月にも飲みやすかった。
「深月ちゃん、大学2年生だっけ?」
『はい。』
「うちの大学にも君くらい可愛い子がいたらなぁ。モテるんじゃない?」
『そんな事ないですよ。千紗はモテますけど。』
「あぁ千紗ちゃんも可愛いよね。でも俺は深月ちゃんみたいな清楚な女の子が好きだなぁ。」
そう言いながら男が手を撫でてきたので深月はその手をすり抜けて自分のグラスに添えてカクテルを飲んだ。
『私は清楚な女の子じゃないですから貴方の期待には添えないですよ。』
「またまたぁ清楚じゃない子はそういう断り方出来ないって。」
ーじゃあ何か、叫んで断ればいいっての?
深月はため息をつきたくなったがそれを誤魔化すためにストローに口を付けた。暫く男と面白味のない話を繰り返していたせいで思ったよりも酒が進んでいた深月のグラスはいつの間にかほとんどなくなっており、頭がぼんやりとしてきたのに深月は気付いた。
ーまずい…これ、思ったよりも度数高いかも…飲みやすいから油断してた…
「深月ちゃん?大丈夫?」
『大丈夫です。ちょっとトイレに…』
深月はそう言って席を立ち上がるが足元がふらつき倒れそうになるのを男に支えられた。
「ひとりじゃ立てそうにない?俺が支えてあげようか?」
ハァと熱を帯びた吐息交じりに耳元で囁かれ深月はゾワッとした感覚が背筋を走った。
『いえ、大丈夫です。ちょっと立ち上がった時にふらついただけなので…』
「遠慮しなくていいよ。」
深月は男から離れようと身をよじるが、男に腰を掴まれてしまい離れる事が出来なかった。
「ねぇこれから2人で抜け出していい事しない?優しくしてあげるから。」
腰を男の手が撫でると深月はその気持ち悪さに男の胸をドンッと押した。男と距離が出来たが勢いがついたせいで深月は後ろによろけ尻もちをつく事を覚悟した。しかし覚悟した衝撃は訪れず代わりに両肩を掴まれ背中にトンッと軽い衝撃を感じた。
「大丈夫ですか、深月さん。」
『あ…』
「さぁ帰りましょうか。」
ニコリと笑って見下ろしてくるその青い瞳が恐怖と安堵感の両方を深月に与えた。男は突然現れた第三者に深月を連れて行かれる事が納得行かずに声を荒げた。
「お前、急になんなんだ!深月ちゃんはこれから俺と…」
しかしそんな男の勢いは青い瞳に鋭く睨まれるとなくなり、男は黙った。
男の声に気付いた千紗がこちらの様子を見ると、あ!と目を見開いた。
「安室さん!こんなとこで会うなんて…」
「こんばんは、千紗さん。」
千紗が安室に声をかけるとそれに他の女達も気付き声をかけてきた。
「え、千紗、この人誰?」
「わぁかっこいい!」
「私がよく行く喫茶店のウェイターさんなんだけど…」
「千紗さん」
千紗が安室の事を説明しようとするとそれを遮る様に安室は千紗の名前を呼んだ。千紗は普段からは感じられない安室の様子にきょとんとした。安室はニコリと笑うと深月をひょいと抱き上げた。
「あんまり僕の可愛い恋人を連れ回さないでください。」
『ちょ…』
「え、えぇ⁉︎安室さん、それって…え⁉︎」
「すみませんが、彼女結構酔いが来てるようなので今日はもう帰りますね。」
戸惑う千紗を他所に安室は深月を抱えたまま店を出た。深月は回転の鈍くなっている頭でこの状況を整理しようと一生懸命だった。わけのわからないまま降谷の車に乗せられると深月は運転席に乗って車を走らせた降谷を見つめた。
『えと…?』
「で、なんで君は合コンに出てるんだ。」
まっすぐに前を見たまま尋ねてくる降谷は明らかに不機嫌で深月の背中を冷や汗が流れた。
『あれは…出たかったわけではなく千紗に騙されたのと懇願されたのと…まぁ流れ的なやつです。』
「流れ的に合コンに参加する恋人を僕はどうしたらいいと思う?」
『……浅はかでした。すみません。』
静かに怒りを伝えてくる降谷に深月が素直に謝ると降谷はハァと大きくため息をついた。
「だいたいなんでそんなふらついてるんだ。」
『思ってたよりカクテルの度数が高かったみたいで…』
「何を飲んだんだ?」
『えーと……アイスティー。』
「ロングアイランド・アイスティーか。またベタな物に引っかかって。」
降谷はチラッと深月を横目で見るともう一度盛大にため息をついた。
「あれは甘いし飲みやすいが19度近くあるカクテルだ。」
『アイスティーって名前だから薄めなのかと…』
「アイスティーなんて一切入ってない。常識的なことだぞ。それにレディキラーとしてもよく使われる。バーに行くならそれくらいの予備知識は入れてからにしろ。」
完全に相手の思う壺じゃないか。だいたい君はそもそも警戒心が…とブツブツと小言の続く降谷に深月は自分が悪かった事はよくわかっているしあの男から救ってくれたのも降谷だとわかっていたがなんだかすごく悲しくなって涙が出た。
『わかってますよ。私が悪いですよ。どうせ何にも知らないお子ちゃまですよ。そうですよ、零さんから見たら私なんてガキんちょですよ。』
「ちょっと待て。話が飛躍してないか?」
『いいえ、結局そういう事なんですよ!でも仕方ないじゃないですか、私が頑張ったって早くなんて生まれないし…どうしろって言うんですか!』
「おい。ちょっと落ち着け。」
ポロポロと涙を流しながら脈絡のない事を話す深月に戸惑い降谷は路肩に車を停めた。
深月は変わらずポロポロと涙を流しながら続けた。
『千紗とご飯に行くだけだったんだもん。バーになんて行く予定なかったもん。なんでそんなに言うの?』
「わかった、わかった。僕も言い過ぎた。だからそんなに泣かないでくれ。」
降谷は一向に泣き止みそうにない深月の背中をポンポンと叩いて深月を落ち着かせようとした。普段の泣き方と違う深月に酔いが相当回ってる事を降谷は理解した。そしてまた彼女の発言が彼女の深層心理なんだと思うともう少し深月を年相応に扱わなくてはいけないのだと降谷は思い直した。まだ酒を飲めるようになって間もない彼女に対して酒の知識があって当然の様に自分は扱った。そして彼女は自分に足りない知識や経験を感じ苦しかったのだろう。足掻いても埋まらないこの年齢差を。まだまだいろんな事を失敗したりして学んでいく年齢なのにその失敗を頭ごなしに責めた自分に降谷は憤り呆れた。
「君との年齢差を僕の方がちゃんと認識するべきだな。ごめん。いいんだよ、深月。君の失敗は当然だから。僕がその分をちゃんと支えるから。」
『子供扱いは嫌。』
「そうじゃない。君は君のままでいいんだ。無理にいろいろと我慢したり急に大人になろうとする事はない。僕はそのままの君が好きだよ。」
降谷が優しくそう言うと深月の涙が止まった。深月はスンと鼻をすすると自分のシートベルトを外して降谷に両腕を広げて見せた。
『ギュッてして。』
降谷は一瞬目を見開くがクスリと笑うとシートベルトを外して深月を抱きしめた。深月は降谷の背中に腕を回すと降谷の胸に頭を預けて嬉しそうに言った。
『零さん、だぁいすき。』
深月の突然の告白に降谷の心臓はドクンッと強く波打った。ギューッと抱きついてくる深月は変わらず嬉しそうにフフッと笑っていた。降谷はそんな深月の肩に手を置いて優しく引き離すと、酒のせいで少しとろんとしている瞳と上気した頬を見つめ、ゆっくりとキスをした。軽いキスを何度かしてそれから深いものへと変わると深月の口から声が漏れた。
『ん…んぅ…』
深月のそんな声に煽られて降谷がキスを続けると深月の手が降谷の胸元を握った。ギュッと引っ張られる感覚に降谷が唇を話すと深月はハァと短く息をついてふにゃっと笑った。
『も、とけちゃうの…』
「とけちゃえばいいんじゃないか?」
『や、これ以上気持ちいいのはダメ、なの…』
深月はそう言いながら降谷の胸にもたれかかった。降谷はドキドキと速くなった鼓動を深月に聞かれるんじゃないかと珍しく気になった。気付けば深月はスースーと気持ち良さそうに寝息を立てていて降谷は深月を優しく助手席に移すとシートを少し倒してシートベルトをつけてやった。
ーまったく…本当に振り回されてるな。
降谷はフーッと息を吐くと自分もシートベルトをつけてハンドルを握った。
「しかしこんなに可愛いんじゃ暫くアルコールは禁止だな。」
降谷は呟くと車のアクセルを踏んだ。
『…?』
深月はふと目を覚ますと見覚えのない天井が目の前にあり、不思議に思いそっと身体を起こすとそこが一度来た事のある降谷の家だとわかった。しかしなぜ自分がそこにいるのかが理解出来なかった。家主である降谷はベッドを背もたれにするようにして座って布団を掛けて寝ていたので深月は余計に状況が把握出来なかった。
ーえと…零さんの車に乗っていろいろ小言を言われてたのは覚えてるんだけど…
深月はその先の事が思い出せず眠る降谷を見つめた。
ーこんな機会めったにないよね。普段こんなに見つめるなんて絶対ムリ。しっかし綺麗な顔…ウィッグとかつけたら女装もいけるかも…やばい絶対美女だ。
閉じられた目蓋の先のまつ毛が長くその端正な顔立ちを深月はまじまじと見つめた。薄く開いている口から寝息が聞こえ深月は好奇心にかられた。深月はベッドの近くに自分のバックを見つけそこから口紅を取り出しその蓋をゆっくり開けた。
ーちょっと、ちょっと口紅だけ…
そっと近付きその唇に口紅が触れる寸前で深月の手はそれ以上動かなくなった。がっちりと降谷に手首を握られ深月は、あ、と小さく声を漏らした。降谷は半眼で深月の事を睨んでいた。
「何してるんだ。」
『いや…起きてたなら言ってください。』
「君が僕の事をじっと見つめてくるから何を企んでるのか知りたかったんだよ。しかしそれがこれだとはな。」
降谷は深月の手元にある口紅に視線を向けるとハァとため息をついた。
『だって…綺麗な顔だから女装も綺麗かなぁって。』
「やらないからな。」
『絶対似合うと思うんだけどなぁ。』
残念そうにする深月の手首を解放してやると降谷はグッと腕を上げて伸びをしてスマートフォンで時刻を確認した。朝の3時を過ぎた頃で降谷はキッチンへと行くとコップに水を入れて深月に差し出した。深月はそれをお礼を言って受け取り口を付けた。
「体調は?」
『特に問題ないです…あの…私って…?』
「記憶がないのか?」
『零さんの車に乗った辺りの事は覚えているんですけど…その先がどうにも…』
「なるほど。とりあえず君は暫くアルコール禁止だ。」
『…わかりました。自分が悪いので文句はないです。』
しゅんと項垂れる深月を見ると降谷はその頭をポンポンと叩いた。あれだけ小言を言っていた降谷には当然叱られるんだと思っていた深月は不思議そうに降谷を見上げた。
「誰にでも失敗はある。大事なのは次にその経験をどう活かすかだ…」
『え、なんか気持ち悪い…』
「は?」
『だってあんだけ小言言ってた人がなんで急に仏みたいになってるんですか?え?怖い…何か企んでます?』
深月が眉をひそめて冗談抜きで言っているのがわかったので降谷は余計に腹が立った。
「…つまり叱られたいと?」
『いや!そういう意味じゃないです!』
「君の言いたい事はよくわかった。」
降谷は深月の手からコップを取るとそれをローテーブルに置き深月をベッドに押し倒した。深月は腕を押さえられてどうにも出来ない状況に焦った。
『れ、零さん?』
「恋人に内緒で合コンに参加して男を惑わす悪い子にはどんなお仕置きがいいと思う?」
ニコリと笑う降谷に深月はその場から逃げ出したくなった。
つづく