桜舞う頃 【完結】
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深月と子供達4人は沖矢に連れられて工藤邸に入った。ダイニングに通されると沖矢はカレーの支度をするためにキッチンに入った。
ー広いお宅…でも表札には工藤ってあったような…?
深月は首を傾げるがあまり人様の事情に突っ込むのも良くないなと思い何も聞かない事にした。
暫くすると沖矢が温めたカレーを持ってダイニングに運んできた。みんなで皿にご飯をよそったりしながら楽しく準備をすると席に着いて、いただきます。と一緒に挨拶をした。
「うん。今回のカレーはすげーうめーな!」
「そうかい?」
「うーん、美味しい!」
「本当ですね。」
ニコニコと笑って食べる子供達を見て深月もカレーをひと口食べた。そんなに辛くはないのに口から鼻に抜けるスパイスの香りが豊かで深月は驚いた。
『本当に美味しいですね。』
「お口に合ったのなら良かった。」
ーお料理上手な男性って意外と多いのかな?…ってこんな時まで降谷さんを思い出す私って…
深月は熱くなった頬をカレーのスパイスのせいだと思う事にしてパタパタと手うちわで熱を逃した。
みんなあっという間に食べ終えてしまうと食後にお茶の支度をする沖矢を深月は手伝いにキッチンへと入った。
『ごちそうさまです。私も手伝います。』
「ありがとうございます…ところでポアロにはよく行かれるんですか?」
『え?えぇまぁ週に1、2回でしょうか?何か?』
沖矢の質問の意図がわからず深月が首を傾げると沖矢はニコリと笑った。
「いえ、あそこには美味しいサンドイッチがあると聞いたので、ご存じかなと思いまして。」
『あぁ有名ですね。私も美味しいと思いますよ。昴さんも一度食べてみたら…ってすみません。名前で呼んで…』
「いえ、では私も深月さんとお呼びしても?」
『はい。構いません。』
深月が頷くと沖矢は準備の出来たティーカップを乗せたお盆を持ち上げ、ダイニングテーブルへ並べた。
小学校での話を楽しそうにする子供達の話を微笑ましく深月は聞いているといつの間にかそれなりの時間が経っていていい加減帰る事にした。ブーブーと文句を垂れる子供達をなんとか車に乗せて沖矢は家に鍵をかけた。
「すみません。軽自動車なので人数オーバーで送れなくて。」
『大丈夫です。気にしないでください。今日は私までご馳走になってしまって…ありがとうございました。』
「いえいえ、良かったらまたどうぞ。その時にはお酒も出しますよ。ウィスキーはそれなりに揃ってますので。」
『ウィスキーがお好きなんですか?』
首を傾げて尋ねる深月に沖矢はただ笑って返した。
「深月さん!」
『っ!』
深月は背後から声をかけられ、振り返らなくてもわかるその声の主に驚いた。慌てて振り返るとそこには鋭い顔つきの降谷がいた。
『あ……安室さん?』
「こんな所で奇遇ですね。」
深月が名前を呼ぶと安室はニコリと笑顔を見せた。
「こちらでは何を?」
『え?あ…』
「私が誘ったんですよ。子供達に改良したカレーを食べてもらおうと思いましてね。せっかくなら深月さんもと。」
深月が言おうとするとそれに被せて沖矢が説明をした。
「へぇそれなら今度は僕も誘っていただけますか?料理には僕もいろいろと興味がありますから。」
「えぇぜひ。」
2人の間に漂う空気がなぜかピリピリとしていて深月は目をしばたかせた。
「深月さん、良かったら車で送りますよ?」
『え、でも…』
「電車で帰るよりも早いしいいと思いますけど。」
"電車"という単語に深月はピクリと肩を動かした。先日痴漢にあったばかりの深月にとってその単語を使われると断れなくなった。
『じゃあ…お願いします。』
「えぇではこちらへ。」
安室が手を差し出すと深月はそちらへ歩き出そうとするが沖矢に腕を掴まれそちらを振り返った。
「深月さん、また大学で。」
『あ、はい。それでは。』
深月が頷くと沖矢は掴んでいた手を離した。深月は安室を振り返るとその形相にビクッと肩を揺らした。
ーな、なんでそんな怒ってるの?
深月は安室に近くなるとその腕を引かれて車の助手席に押し込まれた。安室はもう一度沖矢を睨んでから運転席に着くと車を発進させた。
安室の隠そうともしない苛立ちが車内に広がり深月は安室が激怒している理由がわからず助手席で小さくなって俯いていた。
「あの男とはいつから知り合いなんだ?」
『え?』
「沖矢昴だ。」
『あ、昴さん?』
深月が沖矢の名前を口にするとキキィッと音を立てて車が急に停まり深月は身構えた。
『ちょ…降谷さん⁉︎危ないですよ?車通りが少ない道ですから良かったですけど…』
「なんで名前で呼んでるんだ?」
『あー…今日知り合ったばかりなのに少し失礼だと思ったんですけど子供達がみんなそう呼ぶのでつられてしまって…』
「は?そんな理由で?」
降谷は不機嫌さを思い切り言葉に乗せて言った。今日知り合ったのにすでに名前呼びというワードが降谷の怒りの炎にさらに油を注ぐかたちになった。しかし深月はそもそもなぜ降谷がそんなにも怒っているのか理解出来ず、なぜ自分がその怒りをぶつけられているのかとだんだんと腹が立ってきた。
『…えぇそんな理由ですみませんね。降谷さんには関係ありませんよ。』
「あの男とは大学であったんだな。」
『そうですよ。学部も違うしD2だと言っていたので今までは会いませんでしたけど。だからなんだっていうんですか?』
「もうあの男には近付くな。」
『は?』
一方的にそんな事を言われても深月は納得出来なかった。
『なんなんですか、降谷さん。昴さんと何かあったんですか?』
「…君は知らなくていい。」
脳裏に諸伏が自決した時の光景が浮かぶと降谷は低い声で深月にそう告げた。
『もう意味わかりません。降谷さんが昴さんと何があったか知りませんけど、それは私には関係ありません。私の交友関係に口出ししないでもらえますか?』
「とにかく、君のためにもあの男とは関わらない方がいい。絶対に近付くな。」
『……』
降谷に鋭く睨まれるが深月はプイッと視線を逸らして返事をしなかった。
ー隠し事しておいて一方的にそんな事言ってくるってなんなの!絶対に頷いてやんない!
黙る深月に降谷はもう一度低い声で忠告した。
「とにかく近付くな。わかったな?」
それでも深月が黙っていると降谷はシートベルトを外し助手席に左手をつくと右手で深月の顎を捉えて自分の方へ向かせた。
「返事は?」
青い瞳に灯る怒りが深月にもよく伝わった。けれどだからといって素直に頷く事は出来なかった。
「深月」
それでも黙ったままでいると、不意に降谷から呼び捨てにされ深月の心臓がドキリと跳ね上がり、瞳が揺れた。
ーずるい…
深月は降谷とのこの近さと呼び捨てにされた事が相まって鼓動がどんどん早くなり恥ずかしさから涙が瞳に溜まった。それを見ると今度は降谷の方が動揺し深月に触れていた手がピクリと揺れた。
降谷は深月から離れ運転席に戻るとハンドルにもたれかかる様にして俯いてフーッと息を吐き出した。
「悪い…確かに僕とあの男との確執は君には関係ない。でも本当に君のためにも関わらない方がいい。」
『…警察の方なんですか?』
「ハッ…僕らの仲間ではないさ。」
含みのある言い方に深月は気になるもそれ以上聞く事はやめた。降谷は体を起こしまだ瞳に涙が残る深月を見つめた。
「怖がらせて悪かった。」
『…別に怖くはなかったです。』
「またそうやって君は強がるのか。ゲームの話の時は素直に怖かったと言っただろ。」
『あれは…怖かったんです。』
「だから今回も怖かったんだろ。あまり素直じゃないと可愛くないぞ。」
降谷が苦笑してそう言うと深月は素直に話しているのに全然信じてもらえない事に腹が立った。
『本当に今回は怖かったんじゃありません!別に降谷さんが怒ったからって怖くありません!』
ーあの時は…
『あの時怖かったのは降谷さんに嫌われたんじゃないかって…おも…ったから…』
深月は苛立ちの勢いのままそう言ってしまうが途中ではたと気付いた。自分の言っている事はほぼ告白なんではないかと。深月はカァと頬を赤く染めると慌てて車から降りようとドアの取っ手に手をかけるがその手の上から降谷の手が重なり止められた。降谷のドアを止める手とは反対の腕が深月の体を捉えてギュッと抱きしめると深月の心臓は跳ね上がった。
「深月」
降谷が耳元で随分と甘い声で名前を呼ぶものだから深月の心臓は素直にドクンと跳ねて反応した。ドキドキと早くなる鼓動に深月はどうする事も出来ずにただ黙った。
「耳まで真っ赤だぞ。」
そう囁かれ深月はビクッと肩を揺らした。恥ずかしさから瞳はもう涙を堪えきれずに頬を濡らした。
『っ…も、許して…』
深月がそう言って降谷を振り返ると、真っ赤な顔で泣きながらそんな事を言われた降谷の心臓がドクンと跳ねた。降谷は堪えきれなくなり深月に口付けた。深月は目を見開き、降谷は一度離れると再び深月の口に口を重ねた。
『ん…降谷さ…んんっ…』
何度も離れては重なる唇に深月は降谷の名前を呼ぶがちっともやめてはくれなかった。
『…も、や…』
深月が弱々しく降谷の胸元を押すと降谷は一度唇を離して言った。
「嫌ならもっと強く抵抗しろ。」
そう言って次には深月は口を塞がれてしまった。さっきまでの触れるだけのキスとは違って降谷の舌が口内に入ってくると深月はビクッと肩を揺らして腰が引けた。なのにその腰はしっかりと降谷の腕に掴まれてしまって深月に逃げ場などなかった。
『んん…ふぁ…ん…』
深月は感じた事もない快感に戸惑いギュッと降谷の胸元を掴んだ。別に甘くなどないはずなのに触れ合う舌が甘く、体が疼くような感覚が深月は怖かった。深月の瞳からポロポロと涙がこぼれ、少し離れた口からしゃっくりが出ると降谷はさすがにキスをやめた。
『…ひっく…』
「ごめん。急すぎたな。」
『ふ、降谷さんのバカ…ひっく…』
降谷は深月が落ち着くまでその背中をポンポンと優しく叩いた。深月はしゃっくりが止まるとぼんやりとしていた頭がはっきりとして動き出した。
ー本当になんでこの人はこんなにグイグイくるの…私まだ好きとも言ってないのに…そりゃ告白も同然だったけど…こんなキスするのはダメじゃない⁉︎ダメだよね!
深月は涙を拭うとシートベルトを外した。
『帰ります。』
「ちょ、ちょっと待て。」
そう言って出て行こうとする深月の腕を降谷は慌てて掴んだ。深月はそんな降谷を冷たく見つめた。
『いいえ。待ちません。よくわかりました。ここが一番危険です。』
「っ…悪かった!本当に悪かったから…頼む。」
苦しそうに切なそうに降谷が言うものだから深月は自分がとても悪い事をしている様な気になってしまった。深月はひとまず体を助手席に戻すと降谷を睨んだ。
『私は悪くないのになんか私が悪者みたいです。』
「そんなつもりはないが…」
『降谷さん。これって立派な刑事事件だと思いませんか?今の事、自信持って無罪を主張できます?』
「だが君も明確に抵抗はしてこなかったと思うが…」
ーしっかり腰押さえてたくせに…
深月はグッと強く腰に回された降谷の腕の感覚を思い出すとカァと頬が染まった。
『抵抗させてくれなかったくせに…』
「なら、嫌だった?」
『……嫌、じゃなかった、ですけど…』
「そうか。じゃあ無罪を主張しても?」
フッと降谷が優しい目をして微笑むので深月の心臓がドキンッと高鳴った。
ーずるい…そんな目で見ないでよ…
深月は降谷から顔を逸らして不満そうに呟く様に言った。
『…いいですよ。』
「ありがとう。」
降谷は顔を逸らしてしまった深月の髪を愛おしそうに撫でた。降谷の表情なんて見えないのにその優しい手つきに深月の鼓動が早くなった。
「深月」
甘く囁く様に名前を呼ばれ深月は体の奥がジンと熱くなって震える様な感覚に戸惑った。感じた事もない感覚に深月はギュッと手を握りしめた。そんな深月の気持ちを見透かす様に降谷がその手に手を重ね、深月はビクッと肩を揺らして降谷を振り返った。優しい青い瞳と目が合うと深月は早かった鼓動がさらに早くなって降谷の触れる手から伝わるんじゃないかと不安になった。
『あ、ふる…』
降谷さん。と深月が名前を呼ぼうとするがそれは降谷のスマートフォンの着信音にかき消された。降谷は小さくため息をついてから深月から手を離して電話に出た。その電話の受け答えを聞いて相手が風見だとわかると深月は車のドアを開けるがそれに気付いた降谷が深月の手首を掴んだ。
「とりあえずそのように進めておいてくれ…深月、どこに行くんだ。」
電話を切って降谷が深月に尋ねると深月は降谷のスマートフォンを指差した。
『仕事でしょう?私は自分で帰れますから。』
「だが…」
『降谷さん。』
深月が手首を掴む降谷の手にそっと触れてまるで駄々をこねる子供を諭す様な声音で名前を呼ぶので降谷は黙った。
『私は降谷さんの大事な仕事の邪魔はしたくないです。私の我儘だと思って車から降ろしてもらえませんか?』
「……わかった。だが大通りまでは送るから。」
妥協点を見つけ深月もそれに頷いた。深月が車のドアを閉めると降谷はシートベルトをして車を出し、約束通り大通りまで来ると路肩に停めた。
『急いでる所すみません。ありがとうございました。』
深月は降谷にお礼を伝えるとすぐにドアを開けようとするが降谷に腕を掴まれ降谷を振り返った。振り返り越しに降谷にチュッとキスをされると深月はカァと頬を赤く染めた。
『ふ、降谷さん⁉︎』
「送るって言ったのに悪い。暗い道はないと思うが気をつけて。」
『…はい。降谷さんも。』
深月は急にキスをされ怒ろうと思ったのに、降谷の真剣な顔付きを見るとそれも出来ず返事だけにして車を降りた。
降りるとすぐに離れていく降谷の車を深月は眺めて小さくため息をついた。
ーやっぱり忙しそう。まぁお父さんやお母さんもそうだったもんな…結局いろんな事が中途半端になっちゃった…
沖矢昴の件もそうだし、降谷にきちんと好きだとも告げていない状況に深月は苦笑した。
ー昴さんと何があったのかな?気になるけど教えてくれる気なさそうだったし…でもそれで関わるなと言われるのはやっぱちょっと癪だよね。
深月はフーッともう一度ため息をつくと駅に向けて歩き出した。
「あ、深月さん!」
『蘭ちゃんに園子ちゃん。久しぶり。』
ポアロに向かう道すがら深月は蘭に声をかけられそちらを振り返った。蘭と園子も学校帰りにポアロに向かう途中だった様で3人は一緒にポアロへと向かい、店に入ると梓に出迎えられた。
「いらっしゃいませー、3名様でよろしいですか?」
『あ、えと…』
「はい、よろしいです!」
深月が戸惑っていると園子が元気に返事をして3人は同じテーブルにつく事になった。注文を終えると蘭は深月に謝った。
「深月さん、勝手にすみません。園子、私達テスト勉強に来たのに…」
「だからよ!深月さん、東都大って言ってたよね⁉︎私達に数学教えてよ!」
『え?』
「ちょっと園子!」
突然の申し出に深月が目を丸くすると蘭は慌てて園子を止めるが園子は蘭を遮って続けた。
「月に1回数学の小テストがあるんだけど、これが結構成績に響くんだよね。東都大なら高校の数学くらいちゃちゃっと解けるでしょ?」
『ちゃちゃっと解けるかはわかんないけど…わかる範囲でよければ教えるよ。』
「やった!」
「すみません。」
蘭が申し訳なさそうに謝ると深月は首を横に振った。
『気にしないで。私も千紗と待ち合わせてるだけで特に予定ないし。』
「ありがとうございます。」
「よぉし、これで今回の小テストはばっちりね。」
『あんまり期待しないでよ。』
園子の自信満々の様子に深月は結構責任重大なのでは?と少し不安になった。
蘭と園子が小テストに出る範囲だと言うプリントを出すと深月はそれを借りて目を通した。
『…うん。これなら大丈夫。』
「良かったー!ここがわかんなくてさ。」
深月が園子に聞かれた問題を解きながら解説をしていると、注文した品を持ってきた安室が3人に声をかけた。
「皆さんお勉強ですか?」
「あ、安室さん!」
「お待たせしました。」
安室が注文品をテーブルに置くと深月はドキドキと勝手に高鳴る胸の鼓動を誤魔化す様にカフェオレに口を付けた。
「今度小テストがあるんですよ。」
「それで…偉いですね。」
安室がニコリと笑うと深月は自分に向けられたものじゃないのに恥ずかしくなって視線を逸らした。逸らした先の扉がカランカランと音を立てて開くと待ち合わせ相手の千紗が店に入ってきた。
「ごめん、お待たせ!蘭ちゃん、園子ちゃんもいるんだ!」
「こんにちは、千紗さん。」
千紗は空いていた席に座るとテーブルの上を見て首を傾げた。
「何?数学?」
「蘭さん達、今度数学の小テストがあるそうです。」
安室がそう説明すると千紗は、へぇと納得しながらその内容を詳しく見た。
「うわぁ懐かしい…」
「深月さんに教えてもらってるんです。」
「え、そうなの?深月先生ちゃんとわかる?」
千紗が冗談めかしてからかうと深月はハァとため息をついた。
『この問題解けないならうちの大学には裏口入学だと思うけど。なんなら千紗が一問くらい解く?』
「私が数学苦手なの知っててそれ言う⁉︎」
『知ってるから言ってんでしょ。まぁ千紗に解けない問題ではないと思うけど…え?大丈夫だよね?』
深月が真剣に言うと不安になってきたのか千紗は問題から目を背けた。
「いやっ!もう見ない!数学は爆ぜたらいいの!」
『はいはい。解けるよ。さすがにそこまで心配してないから。』
いつの間にか立場が逆転していた事に千紗は気付くと側にいた安室に泣きついた。
「もう酷くないですか、この子!」
「そうですね…最初にからかったのは千紗さんですから。」
「そうですけどぉ!」
安室が困った様に答えると千紗は嘆くが、安室は、でも…と続けた。
「深月さんもあまり千紗さんをからかっては可哀想ですよ。」
『…わかってます。』
深月がふいっと視線を逸らしてそう答えると千紗はじぃっとその様子を目を見開いて見つめた。そんな千紗の視線に気付いて深月は眉をひそめた。
『何?』
「いや…いつもの深月なら、"そうですね"って適当に同意する所なのに…安室さんと仲良くなった?」
千紗の鋭い指摘に深月は目を見開いたがすぐに半眼になると千紗を睨んだ。
『どっかの誰かのせいで機嫌が悪いだけ。もう勉強の邪魔するなら帰って。』
深月がしっしっと手で払うと千紗は、いやーん、追い出さないで!と泣きついた。
そんな様子を蘭と園子は可笑しそうに見ていて、深月はなんとか誤魔化せた事にホッと息をついた。
つづく
ー広いお宅…でも表札には工藤ってあったような…?
深月は首を傾げるがあまり人様の事情に突っ込むのも良くないなと思い何も聞かない事にした。
暫くすると沖矢が温めたカレーを持ってダイニングに運んできた。みんなで皿にご飯をよそったりしながら楽しく準備をすると席に着いて、いただきます。と一緒に挨拶をした。
「うん。今回のカレーはすげーうめーな!」
「そうかい?」
「うーん、美味しい!」
「本当ですね。」
ニコニコと笑って食べる子供達を見て深月もカレーをひと口食べた。そんなに辛くはないのに口から鼻に抜けるスパイスの香りが豊かで深月は驚いた。
『本当に美味しいですね。』
「お口に合ったのなら良かった。」
ーお料理上手な男性って意外と多いのかな?…ってこんな時まで降谷さんを思い出す私って…
深月は熱くなった頬をカレーのスパイスのせいだと思う事にしてパタパタと手うちわで熱を逃した。
みんなあっという間に食べ終えてしまうと食後にお茶の支度をする沖矢を深月は手伝いにキッチンへと入った。
『ごちそうさまです。私も手伝います。』
「ありがとうございます…ところでポアロにはよく行かれるんですか?」
『え?えぇまぁ週に1、2回でしょうか?何か?』
沖矢の質問の意図がわからず深月が首を傾げると沖矢はニコリと笑った。
「いえ、あそこには美味しいサンドイッチがあると聞いたので、ご存じかなと思いまして。」
『あぁ有名ですね。私も美味しいと思いますよ。昴さんも一度食べてみたら…ってすみません。名前で呼んで…』
「いえ、では私も深月さんとお呼びしても?」
『はい。構いません。』
深月が頷くと沖矢は準備の出来たティーカップを乗せたお盆を持ち上げ、ダイニングテーブルへ並べた。
小学校での話を楽しそうにする子供達の話を微笑ましく深月は聞いているといつの間にかそれなりの時間が経っていていい加減帰る事にした。ブーブーと文句を垂れる子供達をなんとか車に乗せて沖矢は家に鍵をかけた。
「すみません。軽自動車なので人数オーバーで送れなくて。」
『大丈夫です。気にしないでください。今日は私までご馳走になってしまって…ありがとうございました。』
「いえいえ、良かったらまたどうぞ。その時にはお酒も出しますよ。ウィスキーはそれなりに揃ってますので。」
『ウィスキーがお好きなんですか?』
首を傾げて尋ねる深月に沖矢はただ笑って返した。
「深月さん!」
『っ!』
深月は背後から声をかけられ、振り返らなくてもわかるその声の主に驚いた。慌てて振り返るとそこには鋭い顔つきの降谷がいた。
『あ……安室さん?』
「こんな所で奇遇ですね。」
深月が名前を呼ぶと安室はニコリと笑顔を見せた。
「こちらでは何を?」
『え?あ…』
「私が誘ったんですよ。子供達に改良したカレーを食べてもらおうと思いましてね。せっかくなら深月さんもと。」
深月が言おうとするとそれに被せて沖矢が説明をした。
「へぇそれなら今度は僕も誘っていただけますか?料理には僕もいろいろと興味がありますから。」
「えぇぜひ。」
2人の間に漂う空気がなぜかピリピリとしていて深月は目をしばたかせた。
「深月さん、良かったら車で送りますよ?」
『え、でも…』
「電車で帰るよりも早いしいいと思いますけど。」
"電車"という単語に深月はピクリと肩を動かした。先日痴漢にあったばかりの深月にとってその単語を使われると断れなくなった。
『じゃあ…お願いします。』
「えぇではこちらへ。」
安室が手を差し出すと深月はそちらへ歩き出そうとするが沖矢に腕を掴まれそちらを振り返った。
「深月さん、また大学で。」
『あ、はい。それでは。』
深月が頷くと沖矢は掴んでいた手を離した。深月は安室を振り返るとその形相にビクッと肩を揺らした。
ーな、なんでそんな怒ってるの?
深月は安室に近くなるとその腕を引かれて車の助手席に押し込まれた。安室はもう一度沖矢を睨んでから運転席に着くと車を発進させた。
安室の隠そうともしない苛立ちが車内に広がり深月は安室が激怒している理由がわからず助手席で小さくなって俯いていた。
「あの男とはいつから知り合いなんだ?」
『え?』
「沖矢昴だ。」
『あ、昴さん?』
深月が沖矢の名前を口にするとキキィッと音を立てて車が急に停まり深月は身構えた。
『ちょ…降谷さん⁉︎危ないですよ?車通りが少ない道ですから良かったですけど…』
「なんで名前で呼んでるんだ?」
『あー…今日知り合ったばかりなのに少し失礼だと思ったんですけど子供達がみんなそう呼ぶのでつられてしまって…』
「は?そんな理由で?」
降谷は不機嫌さを思い切り言葉に乗せて言った。今日知り合ったのにすでに名前呼びというワードが降谷の怒りの炎にさらに油を注ぐかたちになった。しかし深月はそもそもなぜ降谷がそんなにも怒っているのか理解出来ず、なぜ自分がその怒りをぶつけられているのかとだんだんと腹が立ってきた。
『…えぇそんな理由ですみませんね。降谷さんには関係ありませんよ。』
「あの男とは大学であったんだな。」
『そうですよ。学部も違うしD2だと言っていたので今までは会いませんでしたけど。だからなんだっていうんですか?』
「もうあの男には近付くな。」
『は?』
一方的にそんな事を言われても深月は納得出来なかった。
『なんなんですか、降谷さん。昴さんと何かあったんですか?』
「…君は知らなくていい。」
脳裏に諸伏が自決した時の光景が浮かぶと降谷は低い声で深月にそう告げた。
『もう意味わかりません。降谷さんが昴さんと何があったか知りませんけど、それは私には関係ありません。私の交友関係に口出ししないでもらえますか?』
「とにかく、君のためにもあの男とは関わらない方がいい。絶対に近付くな。」
『……』
降谷に鋭く睨まれるが深月はプイッと視線を逸らして返事をしなかった。
ー隠し事しておいて一方的にそんな事言ってくるってなんなの!絶対に頷いてやんない!
黙る深月に降谷はもう一度低い声で忠告した。
「とにかく近付くな。わかったな?」
それでも深月が黙っていると降谷はシートベルトを外し助手席に左手をつくと右手で深月の顎を捉えて自分の方へ向かせた。
「返事は?」
青い瞳に灯る怒りが深月にもよく伝わった。けれどだからといって素直に頷く事は出来なかった。
「深月」
それでも黙ったままでいると、不意に降谷から呼び捨てにされ深月の心臓がドキリと跳ね上がり、瞳が揺れた。
ーずるい…
深月は降谷とのこの近さと呼び捨てにされた事が相まって鼓動がどんどん早くなり恥ずかしさから涙が瞳に溜まった。それを見ると今度は降谷の方が動揺し深月に触れていた手がピクリと揺れた。
降谷は深月から離れ運転席に戻るとハンドルにもたれかかる様にして俯いてフーッと息を吐き出した。
「悪い…確かに僕とあの男との確執は君には関係ない。でも本当に君のためにも関わらない方がいい。」
『…警察の方なんですか?』
「ハッ…僕らの仲間ではないさ。」
含みのある言い方に深月は気になるもそれ以上聞く事はやめた。降谷は体を起こしまだ瞳に涙が残る深月を見つめた。
「怖がらせて悪かった。」
『…別に怖くはなかったです。』
「またそうやって君は強がるのか。ゲームの話の時は素直に怖かったと言っただろ。」
『あれは…怖かったんです。』
「だから今回も怖かったんだろ。あまり素直じゃないと可愛くないぞ。」
降谷が苦笑してそう言うと深月は素直に話しているのに全然信じてもらえない事に腹が立った。
『本当に今回は怖かったんじゃありません!別に降谷さんが怒ったからって怖くありません!』
ーあの時は…
『あの時怖かったのは降谷さんに嫌われたんじゃないかって…おも…ったから…』
深月は苛立ちの勢いのままそう言ってしまうが途中ではたと気付いた。自分の言っている事はほぼ告白なんではないかと。深月はカァと頬を赤く染めると慌てて車から降りようとドアの取っ手に手をかけるがその手の上から降谷の手が重なり止められた。降谷のドアを止める手とは反対の腕が深月の体を捉えてギュッと抱きしめると深月の心臓は跳ね上がった。
「深月」
降谷が耳元で随分と甘い声で名前を呼ぶものだから深月の心臓は素直にドクンと跳ねて反応した。ドキドキと早くなる鼓動に深月はどうする事も出来ずにただ黙った。
「耳まで真っ赤だぞ。」
そう囁かれ深月はビクッと肩を揺らした。恥ずかしさから瞳はもう涙を堪えきれずに頬を濡らした。
『っ…も、許して…』
深月がそう言って降谷を振り返ると、真っ赤な顔で泣きながらそんな事を言われた降谷の心臓がドクンと跳ねた。降谷は堪えきれなくなり深月に口付けた。深月は目を見開き、降谷は一度離れると再び深月の口に口を重ねた。
『ん…降谷さ…んんっ…』
何度も離れては重なる唇に深月は降谷の名前を呼ぶがちっともやめてはくれなかった。
『…も、や…』
深月が弱々しく降谷の胸元を押すと降谷は一度唇を離して言った。
「嫌ならもっと強く抵抗しろ。」
そう言って次には深月は口を塞がれてしまった。さっきまでの触れるだけのキスとは違って降谷の舌が口内に入ってくると深月はビクッと肩を揺らして腰が引けた。なのにその腰はしっかりと降谷の腕に掴まれてしまって深月に逃げ場などなかった。
『んん…ふぁ…ん…』
深月は感じた事もない快感に戸惑いギュッと降谷の胸元を掴んだ。別に甘くなどないはずなのに触れ合う舌が甘く、体が疼くような感覚が深月は怖かった。深月の瞳からポロポロと涙がこぼれ、少し離れた口からしゃっくりが出ると降谷はさすがにキスをやめた。
『…ひっく…』
「ごめん。急すぎたな。」
『ふ、降谷さんのバカ…ひっく…』
降谷は深月が落ち着くまでその背中をポンポンと優しく叩いた。深月はしゃっくりが止まるとぼんやりとしていた頭がはっきりとして動き出した。
ー本当になんでこの人はこんなにグイグイくるの…私まだ好きとも言ってないのに…そりゃ告白も同然だったけど…こんなキスするのはダメじゃない⁉︎ダメだよね!
深月は涙を拭うとシートベルトを外した。
『帰ります。』
「ちょ、ちょっと待て。」
そう言って出て行こうとする深月の腕を降谷は慌てて掴んだ。深月はそんな降谷を冷たく見つめた。
『いいえ。待ちません。よくわかりました。ここが一番危険です。』
「っ…悪かった!本当に悪かったから…頼む。」
苦しそうに切なそうに降谷が言うものだから深月は自分がとても悪い事をしている様な気になってしまった。深月はひとまず体を助手席に戻すと降谷を睨んだ。
『私は悪くないのになんか私が悪者みたいです。』
「そんなつもりはないが…」
『降谷さん。これって立派な刑事事件だと思いませんか?今の事、自信持って無罪を主張できます?』
「だが君も明確に抵抗はしてこなかったと思うが…」
ーしっかり腰押さえてたくせに…
深月はグッと強く腰に回された降谷の腕の感覚を思い出すとカァと頬が染まった。
『抵抗させてくれなかったくせに…』
「なら、嫌だった?」
『……嫌、じゃなかった、ですけど…』
「そうか。じゃあ無罪を主張しても?」
フッと降谷が優しい目をして微笑むので深月の心臓がドキンッと高鳴った。
ーずるい…そんな目で見ないでよ…
深月は降谷から顔を逸らして不満そうに呟く様に言った。
『…いいですよ。』
「ありがとう。」
降谷は顔を逸らしてしまった深月の髪を愛おしそうに撫でた。降谷の表情なんて見えないのにその優しい手つきに深月の鼓動が早くなった。
「深月」
甘く囁く様に名前を呼ばれ深月は体の奥がジンと熱くなって震える様な感覚に戸惑った。感じた事もない感覚に深月はギュッと手を握りしめた。そんな深月の気持ちを見透かす様に降谷がその手に手を重ね、深月はビクッと肩を揺らして降谷を振り返った。優しい青い瞳と目が合うと深月は早かった鼓動がさらに早くなって降谷の触れる手から伝わるんじゃないかと不安になった。
『あ、ふる…』
降谷さん。と深月が名前を呼ぼうとするがそれは降谷のスマートフォンの着信音にかき消された。降谷は小さくため息をついてから深月から手を離して電話に出た。その電話の受け答えを聞いて相手が風見だとわかると深月は車のドアを開けるがそれに気付いた降谷が深月の手首を掴んだ。
「とりあえずそのように進めておいてくれ…深月、どこに行くんだ。」
電話を切って降谷が深月に尋ねると深月は降谷のスマートフォンを指差した。
『仕事でしょう?私は自分で帰れますから。』
「だが…」
『降谷さん。』
深月が手首を掴む降谷の手にそっと触れてまるで駄々をこねる子供を諭す様な声音で名前を呼ぶので降谷は黙った。
『私は降谷さんの大事な仕事の邪魔はしたくないです。私の我儘だと思って車から降ろしてもらえませんか?』
「……わかった。だが大通りまでは送るから。」
妥協点を見つけ深月もそれに頷いた。深月が車のドアを閉めると降谷はシートベルトをして車を出し、約束通り大通りまで来ると路肩に停めた。
『急いでる所すみません。ありがとうございました。』
深月は降谷にお礼を伝えるとすぐにドアを開けようとするが降谷に腕を掴まれ降谷を振り返った。振り返り越しに降谷にチュッとキスをされると深月はカァと頬を赤く染めた。
『ふ、降谷さん⁉︎』
「送るって言ったのに悪い。暗い道はないと思うが気をつけて。」
『…はい。降谷さんも。』
深月は急にキスをされ怒ろうと思ったのに、降谷の真剣な顔付きを見るとそれも出来ず返事だけにして車を降りた。
降りるとすぐに離れていく降谷の車を深月は眺めて小さくため息をついた。
ーやっぱり忙しそう。まぁお父さんやお母さんもそうだったもんな…結局いろんな事が中途半端になっちゃった…
沖矢昴の件もそうだし、降谷にきちんと好きだとも告げていない状況に深月は苦笑した。
ー昴さんと何があったのかな?気になるけど教えてくれる気なさそうだったし…でもそれで関わるなと言われるのはやっぱちょっと癪だよね。
深月はフーッともう一度ため息をつくと駅に向けて歩き出した。
「あ、深月さん!」
『蘭ちゃんに園子ちゃん。久しぶり。』
ポアロに向かう道すがら深月は蘭に声をかけられそちらを振り返った。蘭と園子も学校帰りにポアロに向かう途中だった様で3人は一緒にポアロへと向かい、店に入ると梓に出迎えられた。
「いらっしゃいませー、3名様でよろしいですか?」
『あ、えと…』
「はい、よろしいです!」
深月が戸惑っていると園子が元気に返事をして3人は同じテーブルにつく事になった。注文を終えると蘭は深月に謝った。
「深月さん、勝手にすみません。園子、私達テスト勉強に来たのに…」
「だからよ!深月さん、東都大って言ってたよね⁉︎私達に数学教えてよ!」
『え?』
「ちょっと園子!」
突然の申し出に深月が目を丸くすると蘭は慌てて園子を止めるが園子は蘭を遮って続けた。
「月に1回数学の小テストがあるんだけど、これが結構成績に響くんだよね。東都大なら高校の数学くらいちゃちゃっと解けるでしょ?」
『ちゃちゃっと解けるかはわかんないけど…わかる範囲でよければ教えるよ。』
「やった!」
「すみません。」
蘭が申し訳なさそうに謝ると深月は首を横に振った。
『気にしないで。私も千紗と待ち合わせてるだけで特に予定ないし。』
「ありがとうございます。」
「よぉし、これで今回の小テストはばっちりね。」
『あんまり期待しないでよ。』
園子の自信満々の様子に深月は結構責任重大なのでは?と少し不安になった。
蘭と園子が小テストに出る範囲だと言うプリントを出すと深月はそれを借りて目を通した。
『…うん。これなら大丈夫。』
「良かったー!ここがわかんなくてさ。」
深月が園子に聞かれた問題を解きながら解説をしていると、注文した品を持ってきた安室が3人に声をかけた。
「皆さんお勉強ですか?」
「あ、安室さん!」
「お待たせしました。」
安室が注文品をテーブルに置くと深月はドキドキと勝手に高鳴る胸の鼓動を誤魔化す様にカフェオレに口を付けた。
「今度小テストがあるんですよ。」
「それで…偉いですね。」
安室がニコリと笑うと深月は自分に向けられたものじゃないのに恥ずかしくなって視線を逸らした。逸らした先の扉がカランカランと音を立てて開くと待ち合わせ相手の千紗が店に入ってきた。
「ごめん、お待たせ!蘭ちゃん、園子ちゃんもいるんだ!」
「こんにちは、千紗さん。」
千紗は空いていた席に座るとテーブルの上を見て首を傾げた。
「何?数学?」
「蘭さん達、今度数学の小テストがあるそうです。」
安室がそう説明すると千紗は、へぇと納得しながらその内容を詳しく見た。
「うわぁ懐かしい…」
「深月さんに教えてもらってるんです。」
「え、そうなの?深月先生ちゃんとわかる?」
千紗が冗談めかしてからかうと深月はハァとため息をついた。
『この問題解けないならうちの大学には裏口入学だと思うけど。なんなら千紗が一問くらい解く?』
「私が数学苦手なの知っててそれ言う⁉︎」
『知ってるから言ってんでしょ。まぁ千紗に解けない問題ではないと思うけど…え?大丈夫だよね?』
深月が真剣に言うと不安になってきたのか千紗は問題から目を背けた。
「いやっ!もう見ない!数学は爆ぜたらいいの!」
『はいはい。解けるよ。さすがにそこまで心配してないから。』
いつの間にか立場が逆転していた事に千紗は気付くと側にいた安室に泣きついた。
「もう酷くないですか、この子!」
「そうですね…最初にからかったのは千紗さんですから。」
「そうですけどぉ!」
安室が困った様に答えると千紗は嘆くが、安室は、でも…と続けた。
「深月さんもあまり千紗さんをからかっては可哀想ですよ。」
『…わかってます。』
深月がふいっと視線を逸らしてそう答えると千紗はじぃっとその様子を目を見開いて見つめた。そんな千紗の視線に気付いて深月は眉をひそめた。
『何?』
「いや…いつもの深月なら、"そうですね"って適当に同意する所なのに…安室さんと仲良くなった?」
千紗の鋭い指摘に深月は目を見開いたがすぐに半眼になると千紗を睨んだ。
『どっかの誰かのせいで機嫌が悪いだけ。もう勉強の邪魔するなら帰って。』
深月がしっしっと手で払うと千紗は、いやーん、追い出さないで!と泣きついた。
そんな様子を蘭と園子は可笑しそうに見ていて、深月はなんとか誤魔化せた事にホッと息をついた。
つづく