桜舞う頃 【完結】
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「深月…深月〜!」
『ちょ…千紗苦しい…』
事件も解決したため無事復学をすると深月は千紗にギューッと力強く抱きしめられた。
「うわーん、寂しかったぁ!」
『たかが1ヶ月でしょ。』
「だってだって本当はクリスマスだって一緒にパーティーしたかったしお正月だって祝いたかったんだもん!」
『あぁまぁ時期的にね。』
深月が復学したのは冬休み明けだったため千紗の言う様なイベントは共に楽しむ事は出来なかった。
千紗は深月から離れるとスマートフォンを取り出して予定表を深月に見せてきた。
「どっかで一緒に遊びたい。」
『それよりノート貸して欲しい。』
「えー遊んでよー!」
『じゃあ1回遊ぶからノート貸して。』
「よっしゃ!ノートなんていくらでも貸してあげる!いつ何するー?」
『えーと…』
深月も予定を確認するためにスマートフォンを出すと千紗は目ざとくも今まではついていなかったストラップを見つけた。
「あ、トロッピーのストラップ!それランド内のゲームコーナー限定のやつだよね!え?どうしたのそれ?」
『え?あぁこれは…』
降谷さんにもらって…と言いそうになって深月は口を噤んだ。そもそも降谷と言っても通じないし休学中にトロピカルランドに行った等と言ったら間違えなく誰と行ったのかと千紗に詰め寄られるのはわかっていた。
『知り合いからお土産にもらったの。』
「いーなー!可愛いよね、トロッピー!あのゲームの最高得点取るとぬいぐるみがもらえるんだよ〜」
『うん。そうだね。』
「え?知ってるの?」
『あ、うん。それも知り合いからもらって…』
「そうなの?その人って男?」
『なんで?』
千紗の質問に深月は内心ドキリとしたが冷静を装って首を傾げた。
「だってそんなのお土産にくれるとか…その人絶対深月に気があるって!」
『はは、そうかな?』
ーそれはそうなんだけど…でも、そっか。降谷さん、私が欲しそうにしてたからゲームやってくれたんだよな
深月はストラップを見つめ降谷と過ごした2日間の事を思い出した。
思えばたった2日間で大事な初恋の人の話をしたり、初めての遊園地に行ったり誘拐されたり…怒ったり泣いたり笑ったり本当に目まぐるしかった。
あれから降谷と会う機会はなく深月は正月を過ぎると実家から一人暮らしのマンションに戻った。親の干渉がない分ストレスが減ったが、ひとりでいる時間が増えた分ふとした瞬間に降谷を思い出す自分がいて深月は戸惑い困惑していた。
深月がハァとため息をつくと千紗はニマニマと笑いながら声をかけた。
「何そのため息、やっぱり男?なになに?ため息でちゃうような何かあったの?」
『別に何もないよ。それよりいつ予定空いてるの?今週の土曜なら私空いてるけど?』
「え、ちょっと待って。今週は…夜からバイトだから朝から遊びに行こうよ!」
『いいよ。何したいか考えといて。私この後授業あるから後でね。』
「OK!任せといて!」
深月は講義を受けるため千紗と別れた。久しぶりの授業は独学とはいえ教科書を追っていたため、それなりについて行けたので深月はひとまず安心した。複数の授業を終えて内容に関してはあまり問題はなかったが、急な休学そして復学のせいで妙に目立ってしまったのか例の誕生日パーティー以来声をかけてきていた人達にまた声をかけられてそれだけが深月は煩わしかった。その度に適当に誤魔化して深月は逃げる様にその場を後にした。
「あ、深月!今日の授業終わったんなら一緒に帰ろー!」
『千紗。』
深月は千紗に会えて安堵した。1人でいるよりはやたらと声はかけられないし、かけられても千紗が助け舟を出してくれる事もあった。
千紗は駅に向かいながら、そうだ!と思い出した様に深月に話しかけた。
「ポアロ行こうよ!そこでノート貸してあげる。」
『え…ポアロ?別に近場のファミレスとかでも良くない?』
「それがさ!今日からポアロで新作のケーキ出るの!クリスマスのケーキも美味しかったからさぁ今月のケーキも楽しみでさ!ね、ね、ポアロにしよ?深月だって久しぶりでしょ?」
『まぁ…そうだね。』
「じゃ決まり!ふふっ安室さんの新作ケーキ楽しみだなぁ!」
嬉しそうにする千紗を止めるのは忍びなく深月はあまり気は進まないが大人しく一緒にポアロに向かう事にした。
ーお仕事の邪魔しないって言ったの私なのに…ポアロに行ってもいいのかなぁ…
深月が悶々と考えている内にポアロまで着いてしまい何も知らない千紗はフンフンと鼻歌交じりのその扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あ、千紗さんに深月さん。お久しぶりです。」
「安室さん、お久しぶりです。新作ケーキ、今日からですよね?まだあります?」
「えぇまだありますよ。そこのテーブル席どうぞ。」
安室に促され2人は奥のテーブル席に向かい、深月は気まずさから安室を直視出来ずに入店してから一言も話さないまま上着を脱ぐと席に着いた。
「深月はいつもの?」
『なんか常連みたいな言い方しないで。』
「え?私達常連じゃないの?」
言われてみれば週1回以上のペースで来店していた頃を思い出すとそうかもしれないと深月も考え直した。
「私はホットコーヒーにしよっと。」
「じゃあホットコーヒーと今月のケーキとカフェオレでいいですか?」
『お願いします。』
お冷を持ってきてくれた梓が注文を取ると深月は少しホッとした。
梓がカウンター内に戻ると深月は千紗から授業のノートを数冊受け取りお礼を言った。
「残りはまた今度ね。でも今日の授業わかった?」
『なんとかね。』
「えー天才かよ。」
『違うよ。一応自分で勉強してたから。』
「そうなの?偉いねぇ。」
ポンポンと千紗が頭を撫でてくるので深月はその手をペチリとはたき落とした。
『やめて。』
「えーいーじゃん。いい子いい子なんてこの歳になったらされないじゃん。」
『そりゃ…』
そうでしょ。と言おうとしたところで深月は止まった。トロピカルランドでダーツが的の真ん中に当たった時に降谷に頭を撫でられた事を思い出したのだ。深月は顔に熱が集まってくるのがわかるとパタパタと顔を手で扇いだ。
「どうしたの?店内暑い?」
『そうだね。カーディガン脱いどく。』
深月はそう誤魔化すとカーディガンを脱いで膝の上に置いた。
「少しエアコンの温度を下げましょうか?」
注文した品を運んできた安室にそう声をかけられると、深月はさっきまでカウンター内にいたと思っていたのにいつの間にか自分達の席の近くにいた安室に驚きビクッと肩を震わせた。
『いえ、大丈夫です。』
「わぁ今回のケーキも美味しそうですね!安室さん!」
千紗は安室が持ってきたお盆の上に乗るケーキを見ると黄色い声を上げた。
安室がケーキと飲み物をテーブルに並べ終えると千紗はさっそくフォークを手にした。
「アップルパイ好きなんですよ!」
「どうぞ、良かったら感想を教えてください。」
ニコッと笑って安室が言うと千紗はケーキをひと口食べて目を輝かせた。
「美味しい〜!パイもサックサクだしカスタードの甘さとリンゴの甘酸っぱさがマッチしてて最高です!」
「なら良かった。千紗さんはケーキに詳しいのでそう言ってもらえると嬉しいです。」
「安室さんの作るケーキはそこらのケーキより美味しいですから自信持った方がいいですよ!」
ありがとうございます。とお礼を言って安室がカウンターへと戻ると深月はホッと一息ついてカフェオレを口にした。以前と変わらないそれに深月は安心すると千紗のノートをパラパラとめくって眺めた。
「ところで深月。」
『ん?』
「授業どうだった?」
『だからなんとかわかったって。』
「そうじゃなくてぇ」
『?』
ニマニマと笑う千紗を深月は訝しげに見つめた。
「男子に声かけられたでしょ?」
『なんかしたの?』
「別に私は何もしてないよ。ただあのパーティーで深月の可愛さに気付いたのが何人かいてね。それでその後休学しちゃったじゃん?結構気になるみたいでさ、私も何度か話聞かれたんだよね。」
『迷惑な。』
「そう言わないのー!まぁ確かにね、深月の言いたい事もわかるよ。可愛いドレス姿見たからって言い寄ってくるなって事でしょ?」
千紗は腕を組み、うんうん。と頷くがビシッと人差し指を立てると力説し始めた。
「でも今回さ、深月が休学してそれを興味本位じゃなくて心配して私に話聞きにきた奴は悪くないと思うんだよね!」
『はぁ。』
「だから土曜日誘っていい?」
『は?』
突拍子もない千紗の発言に深月は飲んでいたカフェオレをこぼしそうになった。
「深月もさ、たまには男子とも遊んだ方がいいって。別に今すぐに恋人になろうってわけじゃなくてさ、友達になったっていいじゃん。」
『待ってよ。なんでそんな急に…』
「いや、実は言うと今回誘おうと思ってる奴は前々から深月に紹介しようと思ってたんだよね。」
『なんで?』
「私とサークルでよくダブルス組んでる奴…わかる?遠藤なんだけど。」
『あ、遠藤くん?それはわかるけど…え?だからなんで?』
「そりゃ遠藤が深月に気があるからでしょーよ。」
『は?』
さらっと答えてくる千紗に深月は耳を疑った。千紗の言う遠藤とは同じ学科の同級生である遠藤 一樹 の事で、千紗と同じテニスサークルに入っていてミックスダブルスの相棒だったため深月は何度か挨拶をした事がある。しかし深月からはその程度の認識で特別何かあった覚えはないので千紗の言葉が信じられなかった。
『ごめん。全然信じられない。』
「深月は覚えてない?春の交流試合の打ち上げの帰りに深月と会った時あったじゃん?」
『あー…そうだね。あった。』
「あの時、私、記憶はあるんだけど結構飲んでてフラフラでそれを深月は心配してくれてわざわざ家まで送ってくれたじゃん。その時一緒に送ってくれたのが遠藤。」
『……あれ遠藤くんだったっけ?』
「友達の事本気で心配してそれを注意して世話までやける深月にキュンときたらしいよ。」
『ちょっと待って、それが事実だとしてそれを私にベラベラ話していいの?』
「別に秘密にしてって言われてないもん。こっちは深月と遊ばせてあげようってんだからそんな事で文句言われたくないし。」
千紗の言い草に深月は苦笑するしかなかった。正直遠藤が少々気の毒に思えた。
「ま、とにかくさ。土曜日は3人で遊びに行こうよ!遠藤って結構いい奴だからさ、楽しいと思うよ。」
『…いろいろと前置きを言われてなかった方が楽しかったんじゃないかな。』
「えーそれじゃダメだよ。深月にはそういう認識で遊びに来てもらわなきゃ。そういう目線で見てみると結構違って見てるよ、人って。」
『友達になるつもりでいいって言った人の発言には思えない。』
「あ、バレた?」
千紗がペロッと舌を出しておどけると深月はハァとため息をついてリュックから自分のノートを取り出した。
『まぁいいよ。遠藤くんは全く知らない人でもないし…悪い印象は確かにないしね。』
「だよねー!よかった!私としては結構おすすめなんだよ!うんうん。上手くいくといいね!遠藤にメールしよっと。」
『いや、私はそういうつもりじゃないからね。変な風に伝えないでよ。』
「わかってる。わかってる。」
二つ返事をする千紗に少し不安を覚えつつ深月は千紗から借りたノートを自分のノートに写し始めた。
暫くそうしてノートを写しているとポアロの入口から黄色い声が上がり深月と千紗はそちらに視線を向けた。そこには4人組の女子高生のグループがいて、噂通りのイケメンウェイターの安室を見て騒いでいた。安室はニコニコと人当たりのいい笑顔で女子高生達を席に案内すると談笑しながら注文を取っていた。
「相変わらず安室さん目当ての女子高生って多いんだね。ま、あんだけイケメンで愛想も良くてケーキも上手なんて…確かに憧れちゃうよねぇ。」
『ふーん。別にどうでもいいけど。』
冷たくそう言ってノートへと視線を戻した深月に千紗は首を傾げた。
「深月、何か怒ってる?」
『は?なんで私が?』
「えーもしかして遠藤誘うの嫌で機嫌悪い?」
『それはいいよ。というか別に怒ってないから。』
「そう?」
ー怒ってる?いやいやないない。降谷さんが女子高生にデレデレしてるからって私には関係ないし…
深月は千紗に指摘されて心の中でも否定した。
千紗は相変わらず首を傾げてこっちをみてきたが深月は無視してノートを写した。そうすれば千紗もケーキを食べ始め特別追求してこなくなった。
深月はひと教科写し終えてひと息つくために顔を上げるとカウンター内で作業する安室と梓が目に入った。そこから何を話しているのかは上手く聞き取れないが、楽しそうに談笑する姿はよく見えた。深月はカフェオレをグイッと呷るとシャーペンをギュッと強く握って次のノートを写し始めた。
「ねぇ深月…それ数学じゃなくて倫理のノートだよ。」
『え?』
深月はノートを確認すると数学のノートに倫理の内容を写していてピタリと手を止めた。
「どうしたの?体調悪かったりする?熱とかある?」
『だ、大丈夫だって。ちょっと…間違えただけ。』
「まぁ大丈夫ならいいけどさ。普段そんな間違えしないじゃん。」
眉をひそめる千紗に深月はもう一度、大丈夫だから。と言って宥めた。
深月だってモヤモヤとする自分のどうしようもない感情に戸惑い焦っていた。こんな光景は今までずっと見てきたのに…作詞していた時にはむしろ微笑ましく感じて気分良くなっていたのに今ではそんな感情は微塵もなく澱んだ思いが胸に広がっていた。
深月がノートを一から写し直し倫理のノートも終え次の科目のノートを写していると千紗はコーヒーを飲み切って鞄から財布を取り出した。
「私、この後バイトあるからそろそろ行くね。これ私の分。」
『わかった。』
深月はお金を預かると千紗に手を振って見送り、キリのいい所までノートを写してしまおうと決めた。数学のノートだったため英数字の羅列のせいで深月を眠気が襲ってきた。
ーさすがに一気にノート写すのは疲れたな…でもここはあとちょっとだし…
深月はカフェオレをひと口飲んで眠気を紛らわすがそれにあまり効果はなかったのかノートを写そうと下を向くと瞼が重くなり深月は抗いきれずに瞼を閉じた。
深月はヒラヒラと桜の花びらが舞う中に立っていた。
ーあぁ、これ、夢だな。
深月はぼんやりとしどこだと特定出来ないその景色に自分が夢を見ているのだと気付いた。
たくさんの桜が舞う景色の先で見覚えのある姿を見つけると深月は走り出した。
『みっくん!』
深月が名前を呼ぶと諸伏は微笑んだ。夢とわかっていても深月は嬉しかった。思えばもうずっと夢に彼は出てきていなかった。
『みっくん、私ね…』
深月は諸伏に何かを話しかけようとするが言葉が出てこず自分で首を傾げた。
ーあれ?私、何を言おうとしたんだっけ?
「大丈夫。わかってるよ。」
諸伏は深月の肩にポンと手をかけると笑って言った。
「零 を頼むよ。」
『え?それってどういう…』
深月が聞き返そうとすると目の前を桜吹雪が舞い目をギュッと閉じて開いた時には諸伏はいなくなっていた。
『みっくん…』
深月は自分に舞い降りる桜を見上げて小さく彼の名前を呟いた。
深月は自分の肩に何かが触れる感触に目を覚ました。ゆっくりと目を開くと青い瞳と視線がぶつかり深月の心臓がドキッと高鳴った。
「すみません。冷えると良くないのでブランケットをかけようと思ったのですが、起こしてしまいましたね。」
『あ…』
深月は自分がノートを写す途中でうたた寝してしまったのだと認識し恥ずかしくなって俯いて謝った。
『すみません。』
「カフェオレ、温かいのに淹れなおしますね。」
そう言って安室がカップを持ってカウンターに戻ると深月はフーッと息を吐いて夢の事を思い返した。
ー私はみっくんに何を伝えようとしたんだろう?みっくんはわかってるって言ってくれたけど…
深月がぼんやりとしていると新しいカフェオレを持って安室が戻ってきた。
「温かい内にどうぞ。」
『ありがとうございます。』
深月はカップを両手で包むとその温かさに目を細めひと口カフェオレを飲んだ。
「ところで土曜日はどこへ行くんですか?」
突然の質問に深月は口に含んだカフェオレをこぼしそうになり、なんとか口に止めたせいで気管に入って咽せた。
『ゴホッゴホッ…』
「大丈夫ですか?」
しれっと背中をさすってくる安室を深月は涙目で睨んだ。
『誰のせいだとっ…』
「僕のせいですか?」
小首を傾げてくる安室に深月は怒りを覚えるがここはポアロだと思い出しひとまず深呼吸して気持ちを抑える事にした。
しかしふと周りを見渡すと他に客もなく、いたはずの梓もいなかった。
ーあれ?これももしかして夢かな?
深月は自分の頬をムニッと軽くつねると鈍くも感じる痛みに現実である事を確認出来た。
「頬なんてつねってどうしました?」
『…誰もいないから夢かなぁと。』
「それはもうポアロが閉店だからですよ。」
『えっ⁉︎』
深月は安室の言葉に慌ててスマートフォンの画面を見るとすでに20時を回っていて驚いた。
『ごめんなさい。すぐに帰ります!』
慌てて深月は立ちあがろうとするが、その肩を安室にトンッと押され席に戻るかたちになった。深月はその状況が理解出来ず目をしばたかせた。
『え、と…?』
「せっかくカフェオレを淹れなおしたんですから最後までどうぞ。」
『でも閉店時間なんじゃ…?』
「あぁそれなら大丈夫ですよ。closeの看板は出ているので他の方は来ません。」
ーそれは何が大丈夫なの?
深月は頭の中で警報が鳴っているのにどうにも回避出来そうにないこの状況に冷や汗が出た。
つづく
『ちょ…千紗苦しい…』
事件も解決したため無事復学をすると深月は千紗にギューッと力強く抱きしめられた。
「うわーん、寂しかったぁ!」
『たかが1ヶ月でしょ。』
「だってだって本当はクリスマスだって一緒にパーティーしたかったしお正月だって祝いたかったんだもん!」
『あぁまぁ時期的にね。』
深月が復学したのは冬休み明けだったため千紗の言う様なイベントは共に楽しむ事は出来なかった。
千紗は深月から離れるとスマートフォンを取り出して予定表を深月に見せてきた。
「どっかで一緒に遊びたい。」
『それよりノート貸して欲しい。』
「えー遊んでよー!」
『じゃあ1回遊ぶからノート貸して。』
「よっしゃ!ノートなんていくらでも貸してあげる!いつ何するー?」
『えーと…』
深月も予定を確認するためにスマートフォンを出すと千紗は目ざとくも今まではついていなかったストラップを見つけた。
「あ、トロッピーのストラップ!それランド内のゲームコーナー限定のやつだよね!え?どうしたのそれ?」
『え?あぁこれは…』
降谷さんにもらって…と言いそうになって深月は口を噤んだ。そもそも降谷と言っても通じないし休学中にトロピカルランドに行った等と言ったら間違えなく誰と行ったのかと千紗に詰め寄られるのはわかっていた。
『知り合いからお土産にもらったの。』
「いーなー!可愛いよね、トロッピー!あのゲームの最高得点取るとぬいぐるみがもらえるんだよ〜」
『うん。そうだね。』
「え?知ってるの?」
『あ、うん。それも知り合いからもらって…』
「そうなの?その人って男?」
『なんで?』
千紗の質問に深月は内心ドキリとしたが冷静を装って首を傾げた。
「だってそんなのお土産にくれるとか…その人絶対深月に気があるって!」
『はは、そうかな?』
ーそれはそうなんだけど…でも、そっか。降谷さん、私が欲しそうにしてたからゲームやってくれたんだよな
深月はストラップを見つめ降谷と過ごした2日間の事を思い出した。
思えばたった2日間で大事な初恋の人の話をしたり、初めての遊園地に行ったり誘拐されたり…怒ったり泣いたり笑ったり本当に目まぐるしかった。
あれから降谷と会う機会はなく深月は正月を過ぎると実家から一人暮らしのマンションに戻った。親の干渉がない分ストレスが減ったが、ひとりでいる時間が増えた分ふとした瞬間に降谷を思い出す自分がいて深月は戸惑い困惑していた。
深月がハァとため息をつくと千紗はニマニマと笑いながら声をかけた。
「何そのため息、やっぱり男?なになに?ため息でちゃうような何かあったの?」
『別に何もないよ。それよりいつ予定空いてるの?今週の土曜なら私空いてるけど?』
「え、ちょっと待って。今週は…夜からバイトだから朝から遊びに行こうよ!」
『いいよ。何したいか考えといて。私この後授業あるから後でね。』
「OK!任せといて!」
深月は講義を受けるため千紗と別れた。久しぶりの授業は独学とはいえ教科書を追っていたため、それなりについて行けたので深月はひとまず安心した。複数の授業を終えて内容に関してはあまり問題はなかったが、急な休学そして復学のせいで妙に目立ってしまったのか例の誕生日パーティー以来声をかけてきていた人達にまた声をかけられてそれだけが深月は煩わしかった。その度に適当に誤魔化して深月は逃げる様にその場を後にした。
「あ、深月!今日の授業終わったんなら一緒に帰ろー!」
『千紗。』
深月は千紗に会えて安堵した。1人でいるよりはやたらと声はかけられないし、かけられても千紗が助け舟を出してくれる事もあった。
千紗は駅に向かいながら、そうだ!と思い出した様に深月に話しかけた。
「ポアロ行こうよ!そこでノート貸してあげる。」
『え…ポアロ?別に近場のファミレスとかでも良くない?』
「それがさ!今日からポアロで新作のケーキ出るの!クリスマスのケーキも美味しかったからさぁ今月のケーキも楽しみでさ!ね、ね、ポアロにしよ?深月だって久しぶりでしょ?」
『まぁ…そうだね。』
「じゃ決まり!ふふっ安室さんの新作ケーキ楽しみだなぁ!」
嬉しそうにする千紗を止めるのは忍びなく深月はあまり気は進まないが大人しく一緒にポアロに向かう事にした。
ーお仕事の邪魔しないって言ったの私なのに…ポアロに行ってもいいのかなぁ…
深月が悶々と考えている内にポアロまで着いてしまい何も知らない千紗はフンフンと鼻歌交じりのその扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あ、千紗さんに深月さん。お久しぶりです。」
「安室さん、お久しぶりです。新作ケーキ、今日からですよね?まだあります?」
「えぇまだありますよ。そこのテーブル席どうぞ。」
安室に促され2人は奥のテーブル席に向かい、深月は気まずさから安室を直視出来ずに入店してから一言も話さないまま上着を脱ぐと席に着いた。
「深月はいつもの?」
『なんか常連みたいな言い方しないで。』
「え?私達常連じゃないの?」
言われてみれば週1回以上のペースで来店していた頃を思い出すとそうかもしれないと深月も考え直した。
「私はホットコーヒーにしよっと。」
「じゃあホットコーヒーと今月のケーキとカフェオレでいいですか?」
『お願いします。』
お冷を持ってきてくれた梓が注文を取ると深月は少しホッとした。
梓がカウンター内に戻ると深月は千紗から授業のノートを数冊受け取りお礼を言った。
「残りはまた今度ね。でも今日の授業わかった?」
『なんとかね。』
「えー天才かよ。」
『違うよ。一応自分で勉強してたから。』
「そうなの?偉いねぇ。」
ポンポンと千紗が頭を撫でてくるので深月はその手をペチリとはたき落とした。
『やめて。』
「えーいーじゃん。いい子いい子なんてこの歳になったらされないじゃん。」
『そりゃ…』
そうでしょ。と言おうとしたところで深月は止まった。トロピカルランドでダーツが的の真ん中に当たった時に降谷に頭を撫でられた事を思い出したのだ。深月は顔に熱が集まってくるのがわかるとパタパタと顔を手で扇いだ。
「どうしたの?店内暑い?」
『そうだね。カーディガン脱いどく。』
深月はそう誤魔化すとカーディガンを脱いで膝の上に置いた。
「少しエアコンの温度を下げましょうか?」
注文した品を運んできた安室にそう声をかけられると、深月はさっきまでカウンター内にいたと思っていたのにいつの間にか自分達の席の近くにいた安室に驚きビクッと肩を震わせた。
『いえ、大丈夫です。』
「わぁ今回のケーキも美味しそうですね!安室さん!」
千紗は安室が持ってきたお盆の上に乗るケーキを見ると黄色い声を上げた。
安室がケーキと飲み物をテーブルに並べ終えると千紗はさっそくフォークを手にした。
「アップルパイ好きなんですよ!」
「どうぞ、良かったら感想を教えてください。」
ニコッと笑って安室が言うと千紗はケーキをひと口食べて目を輝かせた。
「美味しい〜!パイもサックサクだしカスタードの甘さとリンゴの甘酸っぱさがマッチしてて最高です!」
「なら良かった。千紗さんはケーキに詳しいのでそう言ってもらえると嬉しいです。」
「安室さんの作るケーキはそこらのケーキより美味しいですから自信持った方がいいですよ!」
ありがとうございます。とお礼を言って安室がカウンターへと戻ると深月はホッと一息ついてカフェオレを口にした。以前と変わらないそれに深月は安心すると千紗のノートをパラパラとめくって眺めた。
「ところで深月。」
『ん?』
「授業どうだった?」
『だからなんとかわかったって。』
「そうじゃなくてぇ」
『?』
ニマニマと笑う千紗を深月は訝しげに見つめた。
「男子に声かけられたでしょ?」
『なんかしたの?』
「別に私は何もしてないよ。ただあのパーティーで深月の可愛さに気付いたのが何人かいてね。それでその後休学しちゃったじゃん?結構気になるみたいでさ、私も何度か話聞かれたんだよね。」
『迷惑な。』
「そう言わないのー!まぁ確かにね、深月の言いたい事もわかるよ。可愛いドレス姿見たからって言い寄ってくるなって事でしょ?」
千紗は腕を組み、うんうん。と頷くがビシッと人差し指を立てると力説し始めた。
「でも今回さ、深月が休学してそれを興味本位じゃなくて心配して私に話聞きにきた奴は悪くないと思うんだよね!」
『はぁ。』
「だから土曜日誘っていい?」
『は?』
突拍子もない千紗の発言に深月は飲んでいたカフェオレをこぼしそうになった。
「深月もさ、たまには男子とも遊んだ方がいいって。別に今すぐに恋人になろうってわけじゃなくてさ、友達になったっていいじゃん。」
『待ってよ。なんでそんな急に…』
「いや、実は言うと今回誘おうと思ってる奴は前々から深月に紹介しようと思ってたんだよね。」
『なんで?』
「私とサークルでよくダブルス組んでる奴…わかる?遠藤なんだけど。」
『あ、遠藤くん?それはわかるけど…え?だからなんで?』
「そりゃ遠藤が深月に気があるからでしょーよ。」
『は?』
さらっと答えてくる千紗に深月は耳を疑った。千紗の言う遠藤とは同じ学科の同級生である
『ごめん。全然信じられない。』
「深月は覚えてない?春の交流試合の打ち上げの帰りに深月と会った時あったじゃん?」
『あー…そうだね。あった。』
「あの時、私、記憶はあるんだけど結構飲んでてフラフラでそれを深月は心配してくれてわざわざ家まで送ってくれたじゃん。その時一緒に送ってくれたのが遠藤。」
『……あれ遠藤くんだったっけ?』
「友達の事本気で心配してそれを注意して世話までやける深月にキュンときたらしいよ。」
『ちょっと待って、それが事実だとしてそれを私にベラベラ話していいの?』
「別に秘密にしてって言われてないもん。こっちは深月と遊ばせてあげようってんだからそんな事で文句言われたくないし。」
千紗の言い草に深月は苦笑するしかなかった。正直遠藤が少々気の毒に思えた。
「ま、とにかくさ。土曜日は3人で遊びに行こうよ!遠藤って結構いい奴だからさ、楽しいと思うよ。」
『…いろいろと前置きを言われてなかった方が楽しかったんじゃないかな。』
「えーそれじゃダメだよ。深月にはそういう認識で遊びに来てもらわなきゃ。そういう目線で見てみると結構違って見てるよ、人って。」
『友達になるつもりでいいって言った人の発言には思えない。』
「あ、バレた?」
千紗がペロッと舌を出しておどけると深月はハァとため息をついてリュックから自分のノートを取り出した。
『まぁいいよ。遠藤くんは全く知らない人でもないし…悪い印象は確かにないしね。』
「だよねー!よかった!私としては結構おすすめなんだよ!うんうん。上手くいくといいね!遠藤にメールしよっと。」
『いや、私はそういうつもりじゃないからね。変な風に伝えないでよ。』
「わかってる。わかってる。」
二つ返事をする千紗に少し不安を覚えつつ深月は千紗から借りたノートを自分のノートに写し始めた。
暫くそうしてノートを写しているとポアロの入口から黄色い声が上がり深月と千紗はそちらに視線を向けた。そこには4人組の女子高生のグループがいて、噂通りのイケメンウェイターの安室を見て騒いでいた。安室はニコニコと人当たりのいい笑顔で女子高生達を席に案内すると談笑しながら注文を取っていた。
「相変わらず安室さん目当ての女子高生って多いんだね。ま、あんだけイケメンで愛想も良くてケーキも上手なんて…確かに憧れちゃうよねぇ。」
『ふーん。別にどうでもいいけど。』
冷たくそう言ってノートへと視線を戻した深月に千紗は首を傾げた。
「深月、何か怒ってる?」
『は?なんで私が?』
「えーもしかして遠藤誘うの嫌で機嫌悪い?」
『それはいいよ。というか別に怒ってないから。』
「そう?」
ー怒ってる?いやいやないない。降谷さんが女子高生にデレデレしてるからって私には関係ないし…
深月は千紗に指摘されて心の中でも否定した。
千紗は相変わらず首を傾げてこっちをみてきたが深月は無視してノートを写した。そうすれば千紗もケーキを食べ始め特別追求してこなくなった。
深月はひと教科写し終えてひと息つくために顔を上げるとカウンター内で作業する安室と梓が目に入った。そこから何を話しているのかは上手く聞き取れないが、楽しそうに談笑する姿はよく見えた。深月はカフェオレをグイッと呷るとシャーペンをギュッと強く握って次のノートを写し始めた。
「ねぇ深月…それ数学じゃなくて倫理のノートだよ。」
『え?』
深月はノートを確認すると数学のノートに倫理の内容を写していてピタリと手を止めた。
「どうしたの?体調悪かったりする?熱とかある?」
『だ、大丈夫だって。ちょっと…間違えただけ。』
「まぁ大丈夫ならいいけどさ。普段そんな間違えしないじゃん。」
眉をひそめる千紗に深月はもう一度、大丈夫だから。と言って宥めた。
深月だってモヤモヤとする自分のどうしようもない感情に戸惑い焦っていた。こんな光景は今までずっと見てきたのに…作詞していた時にはむしろ微笑ましく感じて気分良くなっていたのに今ではそんな感情は微塵もなく澱んだ思いが胸に広がっていた。
深月がノートを一から写し直し倫理のノートも終え次の科目のノートを写していると千紗はコーヒーを飲み切って鞄から財布を取り出した。
「私、この後バイトあるからそろそろ行くね。これ私の分。」
『わかった。』
深月はお金を預かると千紗に手を振って見送り、キリのいい所までノートを写してしまおうと決めた。数学のノートだったため英数字の羅列のせいで深月を眠気が襲ってきた。
ーさすがに一気にノート写すのは疲れたな…でもここはあとちょっとだし…
深月はカフェオレをひと口飲んで眠気を紛らわすがそれにあまり効果はなかったのかノートを写そうと下を向くと瞼が重くなり深月は抗いきれずに瞼を閉じた。
深月はヒラヒラと桜の花びらが舞う中に立っていた。
ーあぁ、これ、夢だな。
深月はぼんやりとしどこだと特定出来ないその景色に自分が夢を見ているのだと気付いた。
たくさんの桜が舞う景色の先で見覚えのある姿を見つけると深月は走り出した。
『みっくん!』
深月が名前を呼ぶと諸伏は微笑んだ。夢とわかっていても深月は嬉しかった。思えばもうずっと夢に彼は出てきていなかった。
『みっくん、私ね…』
深月は諸伏に何かを話しかけようとするが言葉が出てこず自分で首を傾げた。
ーあれ?私、何を言おうとしたんだっけ?
「大丈夫。わかってるよ。」
諸伏は深月の肩にポンと手をかけると笑って言った。
「
『え?それってどういう…』
深月が聞き返そうとすると目の前を桜吹雪が舞い目をギュッと閉じて開いた時には諸伏はいなくなっていた。
『みっくん…』
深月は自分に舞い降りる桜を見上げて小さく彼の名前を呟いた。
深月は自分の肩に何かが触れる感触に目を覚ました。ゆっくりと目を開くと青い瞳と視線がぶつかり深月の心臓がドキッと高鳴った。
「すみません。冷えると良くないのでブランケットをかけようと思ったのですが、起こしてしまいましたね。」
『あ…』
深月は自分がノートを写す途中でうたた寝してしまったのだと認識し恥ずかしくなって俯いて謝った。
『すみません。』
「カフェオレ、温かいのに淹れなおしますね。」
そう言って安室がカップを持ってカウンターに戻ると深月はフーッと息を吐いて夢の事を思い返した。
ー私はみっくんに何を伝えようとしたんだろう?みっくんはわかってるって言ってくれたけど…
深月がぼんやりとしていると新しいカフェオレを持って安室が戻ってきた。
「温かい内にどうぞ。」
『ありがとうございます。』
深月はカップを両手で包むとその温かさに目を細めひと口カフェオレを飲んだ。
「ところで土曜日はどこへ行くんですか?」
突然の質問に深月は口に含んだカフェオレをこぼしそうになり、なんとか口に止めたせいで気管に入って咽せた。
『ゴホッゴホッ…』
「大丈夫ですか?」
しれっと背中をさすってくる安室を深月は涙目で睨んだ。
『誰のせいだとっ…』
「僕のせいですか?」
小首を傾げてくる安室に深月は怒りを覚えるがここはポアロだと思い出しひとまず深呼吸して気持ちを抑える事にした。
しかしふと周りを見渡すと他に客もなく、いたはずの梓もいなかった。
ーあれ?これももしかして夢かな?
深月は自分の頬をムニッと軽くつねると鈍くも感じる痛みに現実である事を確認出来た。
「頬なんてつねってどうしました?」
『…誰もいないから夢かなぁと。』
「それはもうポアロが閉店だからですよ。」
『えっ⁉︎』
深月は安室の言葉に慌ててスマートフォンの画面を見るとすでに20時を回っていて驚いた。
『ごめんなさい。すぐに帰ります!』
慌てて深月は立ちあがろうとするが、その肩を安室にトンッと押され席に戻るかたちになった。深月はその状況が理解出来ず目をしばたかせた。
『え、と…?』
「せっかくカフェオレを淹れなおしたんですから最後までどうぞ。」
『でも閉店時間なんじゃ…?』
「あぁそれなら大丈夫ですよ。closeの看板は出ているので他の方は来ません。」
ーそれは何が大丈夫なの?
深月は頭の中で警報が鳴っているのにどうにも回避出来そうにないこの状況に冷や汗が出た。
つづく