楊太
ひどいと思った。
でもひどく彼らしいとも思った。
多分彼はもう僕のもとには戻ってこない。
この海のように長く茫洋とした、永遠に尽きることのない命のなかで、あなたは僕をひとり、この場所に置いてきてしまったのだ。
、と思っていたのに。
「楊ゼンのやつ、まだあの寝間着で寝ておるのう・・・」
どこかへ消えていたはずの太公望が楊ゼンの下へ戻ってきたのはつい先ほどのことであった。
夜明け前のひんやりとした夜の空気のなか、太公望は窓の格子に手をかけ、深く呼吸を繰り返す楊ゼンを眺めている。
「なにしろいきなりだったのだ・・・あいつも困惑するやもしれぬ。いや、絶対するな。」
一人妄想にふけりながら口に手を当てて音もなく笑う太公望。
「わしもまだまだよのう・・・楊ゼン恋しさに舞い戻ってきてしまうなんてな」
「ま、すぐ帰るつもりだし、そんなに支障はないであろうな」
小さく上下を繰り返す抜けるように青い髪を眺めているうち、だんだんと朝日が山の端から顔を出し始めていた。
きらきらと輝く陽光がひどくまぶしい。
思わず目を細めると、眼下から懐かしい声が響いてきた。
「すー、す・・・?」
「!」
「師叔!?あなたは師叔なのですか!?」
「そう、わしだよ楊ゼン」
「師叔!!!」
そう叫ぶと、楊ゼンは寝台に程近い裏口の扉を勢いよく開け、格子越しの太公望めがけて駆け寄ってきた。
あっという間に太公望は楊ゼンの腕の中に捕まえられてしまい、愛しい恋人の香りが鼻孔を惑わせる。
「楊ゼン、久しぶりだのう」
「ああ、師叔・・・!これは、これは夢なんでしょうか」
「いや、わしはここにおる。夢ではないよ」
「本当に、本当にお久しぶりです師叔・・・僕はこの時をどれだけ待ち望んでいたか・・・」
「よく頑張ったよおぬしは。わしが成し遂げられなかったことをしっかりやってくれている」
「いいえ、僕なんて師叔の足元にも及びません」
楊ゼンの頬から涙が伝い落ちる。小さく嗚咽をこぼしながら、楊ゼンは太公望の肩で喘ぐように泣いた。
暖かい涙だった。
「ねえ、師叔、何で今更僕のもとへ戻ってきてくれたんです?こんないきなり現れなくたって、お便りのひとつくらい寄越してくれても良かったのに。」
「そ、それは、ひみつというものだッ」
(そんな、おぬしが恋しくて戻ってきたなんて口が裂けても言えるかッ)
かっ、と太公望は顔に熱が集まるのを感じた。
「そうですか・・・ふふっ」
急に笑い声頭上で聞こえたかと思うとふいに視界が青で覆われてしまった。
なすがままに体を固めていると、唇に暖かい感触が伝わった。
「ん・・・」
角度を変えてもう一度。柔らかく軽いキスを何度も贈られる。
楊ゼンの吐息を感じ、まだ一緒に仙人界で戦っていた頃を思い出した。
あの頃はまだお互いにがむしゃらで、いろいろなことを引き起こしたりしてきたわけだが、結果太公望は仙人界、周の国をすくい、楊ゼンはこうして生き残った仙道らをまとめている。
「いろいろなことがあったのう・・・楊ゼンよ」
「そう、ですね・・・いろいろなことがありすぎました」
もう一度軽く口づけされる。
「でも僕は嬉しいんですよ。こうして師叔に出会って、たくさんの時間を共有して・・・。」
「そうか・・・。」
昇りきった朝日がまぶしく二人を映し出す。
こんなに心地いいのはいつぶりだろうか。
「師叔・・・きっとあなたはまた遠いところへ旅立ってしまう。そうでしょう」
「ああ、そのつもりでおるよ。でも、このままずっとおぬしと抱き合っていたい。」
「僕もです・・・師叔」
「のう、楊ゼン。今日はふたりで昔話でもどうかな」
「ええ、ずっと、ふたりきりで」
夜明けのまどろみのなか、太公望と抱擁しあいながら楊ゼンはこう強く思っていた。
___この永すぎる時の中で、師叔はまだたくさんのことにであってゆくだろう・・・。でも、僕は、僕達と戦ったあの仙人界でのことは、決して忘れないでいて欲しい・・・。
でもひどく彼らしいとも思った。
多分彼はもう僕のもとには戻ってこない。
この海のように長く茫洋とした、永遠に尽きることのない命のなかで、あなたは僕をひとり、この場所に置いてきてしまったのだ。
、と思っていたのに。
「楊ゼンのやつ、まだあの寝間着で寝ておるのう・・・」
どこかへ消えていたはずの太公望が楊ゼンの下へ戻ってきたのはつい先ほどのことであった。
夜明け前のひんやりとした夜の空気のなか、太公望は窓の格子に手をかけ、深く呼吸を繰り返す楊ゼンを眺めている。
「なにしろいきなりだったのだ・・・あいつも困惑するやもしれぬ。いや、絶対するな。」
一人妄想にふけりながら口に手を当てて音もなく笑う太公望。
「わしもまだまだよのう・・・楊ゼン恋しさに舞い戻ってきてしまうなんてな」
「ま、すぐ帰るつもりだし、そんなに支障はないであろうな」
小さく上下を繰り返す抜けるように青い髪を眺めているうち、だんだんと朝日が山の端から顔を出し始めていた。
きらきらと輝く陽光がひどくまぶしい。
思わず目を細めると、眼下から懐かしい声が響いてきた。
「すー、す・・・?」
「!」
「師叔!?あなたは師叔なのですか!?」
「そう、わしだよ楊ゼン」
「師叔!!!」
そう叫ぶと、楊ゼンは寝台に程近い裏口の扉を勢いよく開け、格子越しの太公望めがけて駆け寄ってきた。
あっという間に太公望は楊ゼンの腕の中に捕まえられてしまい、愛しい恋人の香りが鼻孔を惑わせる。
「楊ゼン、久しぶりだのう」
「ああ、師叔・・・!これは、これは夢なんでしょうか」
「いや、わしはここにおる。夢ではないよ」
「本当に、本当にお久しぶりです師叔・・・僕はこの時をどれだけ待ち望んでいたか・・・」
「よく頑張ったよおぬしは。わしが成し遂げられなかったことをしっかりやってくれている」
「いいえ、僕なんて師叔の足元にも及びません」
楊ゼンの頬から涙が伝い落ちる。小さく嗚咽をこぼしながら、楊ゼンは太公望の肩で喘ぐように泣いた。
暖かい涙だった。
「ねえ、師叔、何で今更僕のもとへ戻ってきてくれたんです?こんないきなり現れなくたって、お便りのひとつくらい寄越してくれても良かったのに。」
「そ、それは、ひみつというものだッ」
(そんな、おぬしが恋しくて戻ってきたなんて口が裂けても言えるかッ)
かっ、と太公望は顔に熱が集まるのを感じた。
「そうですか・・・ふふっ」
急に笑い声頭上で聞こえたかと思うとふいに視界が青で覆われてしまった。
なすがままに体を固めていると、唇に暖かい感触が伝わった。
「ん・・・」
角度を変えてもう一度。柔らかく軽いキスを何度も贈られる。
楊ゼンの吐息を感じ、まだ一緒に仙人界で戦っていた頃を思い出した。
あの頃はまだお互いにがむしゃらで、いろいろなことを引き起こしたりしてきたわけだが、結果太公望は仙人界、周の国をすくい、楊ゼンはこうして生き残った仙道らをまとめている。
「いろいろなことがあったのう・・・楊ゼンよ」
「そう、ですね・・・いろいろなことがありすぎました」
もう一度軽く口づけされる。
「でも僕は嬉しいんですよ。こうして師叔に出会って、たくさんの時間を共有して・・・。」
「そうか・・・。」
昇りきった朝日がまぶしく二人を映し出す。
こんなに心地いいのはいつぶりだろうか。
「師叔・・・きっとあなたはまた遠いところへ旅立ってしまう。そうでしょう」
「ああ、そのつもりでおるよ。でも、このままずっとおぬしと抱き合っていたい。」
「僕もです・・・師叔」
「のう、楊ゼン。今日はふたりで昔話でもどうかな」
「ええ、ずっと、ふたりきりで」
夜明けのまどろみのなか、太公望と抱擁しあいながら楊ゼンはこう強く思っていた。
___この永すぎる時の中で、師叔はまだたくさんのことにであってゆくだろう・・・。でも、僕は、僕達と戦ったあの仙人界でのことは、決して忘れないでいて欲しい・・・。
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