土器土器体育祭

2



向かったのは、2年Aクラスのテントだ。

お?と走ってくる俺を見て不思議そうにするクラスメイト達。
ゴリラの岩田がドヤ顔で立ち上がって出てくる。
お前じゃねえよ。

最前に居た委員長が、俺がテントに着く前に「美形辞典の小森君はここにいないぞー!」と声を張り上げた。
小森、お前のこと皆よく分かってんな。
でも違う。小森のところに来たわけじゃない。

勢いそのままテントに突っ込む。
ぶつかるように最前列でポンポンを振っていた奴に両手を押し当てた。
日頃鍛えている筋肉と体幹のお陰か、ぶつかったのにも関わらずこいつは一歩後ろに足を下げたくらいだった。
驚いたように目を見開く瞳に俺が映る。切らしていた息を数回深呼吸して落ち着かせ、口を開いた。

「文句なしにお前はかっこいい!!」
「エッ、し、柴…?」
「上野!!」
「は、はい!」
「お前が、俺のベストアンサーだ!行くぞ!!!」
「柴…!!!」
見たことないくらい顔を赤くして照れだす上野。
勢いで大声出して息切れする俺。
上野が小森辞典に載るくらい顔が良いのは当然ではあったが、それを上回る打算が俺にはあった。

単純にリスクが少ない。

風紀や生徒会の面子が大人しくすぐに着いてきてくれるかといえばNOだろうし、そもそも普通に人前で役付きに関わりたくない。かといって知らないかっこいい生徒に声を掛けるのもチキンな俺はできない。ネタ系も目立つ。

で、引き算した結果、安牌が上野だった。

めちゃめちゃ嬉しそうな顔してるところ悪いが、そういうことだ。上野。お前の顔が良くて助かった。

騒ぐ周囲に早まった考えか…?と思ったが、大丈夫。
だ、大丈夫。
これが俺のベストアンサーだから…!!!
ゼェゼェ未だ息を切らす俺に、上野の隣で一連を見守っていた遠坂が「柴君、大丈夫…?」と心配そうに声をかけてきた。

「だ、大丈夫、まだ走れる」
「おぶろうか?」
上野が言ったのに首を振ったが、それに反応したのは囃し立てていた委員長だ。

「柴君がこれなら上野君が抱えて行った方が速いんじゃないか?いけるでしょ上野君」
いやいやいやいやいやいや。

残像が見えるくらいに首を横に振る。
緩んだ顔が見えたぞ。それ焼肉のためだけじゃないだろ。ふざけんな面白がってんだろ。委員長お前そういうとこある。

指で丸を作った上野が背中を向けてしゃがんだ。
「任せて!」
「上野くーん、違う違う」
委員長に続いて不気味な笑みを浮かべた陽キャが上野の肩を叩いた。
きょとんとする上野。
おい。
まさか、やめろ。
嫌な予感に顔が引き攣る。

「もっと走りやすい抱え方があるじゃん!」
陽キャが両手を前に出してポンポンを引き寄せて見せた。
すぐに連想されるそのポーズは、間違いなく、姫抱っこ。

ふざけんな馬鹿。
馬鹿がよ。

「お、落ち着いた、大丈夫。ハァ、一緒に走ろうか!」
「なるほど!確かに!」
聞け。
「分かった。お前が落ち着け、俺は、173cm、あんだぞ」
「190cmの先輩背負って鬼ごっこしたことあるから余裕だよ!」
部活で何してんだよ。

ふと周りを見ると、既視感。
筋肉共が囲っていた。
まさか、お前らのボス委員長か?

『"父性がくすぐられる人"を引いたナカくんがゴール!確かに彼可愛い!!』
「ほら、一着ゴール逃したし焼肉の為に腹決めて柴君!」と放送を聞いた委員長が急かしてくる。
両手を広げて片足を付いて俺を見上げる上野。筋肉の圧。

あ〜〜〜クッッッッソ!!

逃れることを諦め、下を見たまま上野の方に手をついて腰をゆっくり下ろす。
いつもより近い上野の声が耳元で聞こえる。
「ギュッてしっかりくっつけててね」
首まで熱いのを誤魔化すように、上野の首元に回した自身の腕で顔を隠して頷いた。

ゆっくり立ち上がった上野。
初めて抱き抱えられる不安があったが、ふらつきが一切ない上野に幾分か安心する。
一度俺を抱え直し、「じゃあ行ってくるね!次にゴールするから柴はまかせて!」とクラスメイトに言ってすぐに走り出した。

確かに、俺を抱えているとは思えないくらいに上野の走りは早く感じた。浮遊感はあるものの、しっかり身を寄せていると安定感がある。
筋肉の壁から抜けた俺達に観客からどよめきが聞こえて意識が羞恥へ戻る。

「死ぬ…。」
「落とさないよ?!」

ボソッともらした声を拾った上野が突っ込んだが、違うそうじゃない。

『おっと?!お姫様抱っこで走り出したのは…イケメンだ!!誰だ?!はやい、早すぎる…!抱えられているのは、残る生徒からして…シバくんだー!!お題は"見惚れるほどかっこいい人"!!これは間違いなく見惚れる…。俺もお姫様抱っこしてくれ〜!!』
ふざけつつ盛り上げる放送で視線が集まっていることが分かり、1ミリも顔を見せたく無くて上野の首元に顔を押し付ける。

クラスメイトの陽キャ共と放送部覚えてろよ…。
晴らしようの無い恨みを抱いていると、上野がスピードを緩めるのが分かった。
その答えは放送部のテンションの高い声で分かった。

『勢いそのまま柴くんもとい、お題の彼がゴール!!残るは2人!!イケメンに続くのは誰だー!?』

宣言通りに上野は2着でゴールしたようだ。
流石に息を切らしている上野がゆっくりしゃがみ、足が地につく。
少しの間だけだったが恋しかったぞ地面。

見渡すとゴールのアーチを過ぎ、人が少ない開けた場所だった。
「…重かっただろ」
「言ったでしょー?余裕だよ」
回していた腕を離して立ち上がった俺に、上野はピースして見せた。

「あいつらが悪いけど、…その、ありがとう」
熱を持つ首を擦りながら上野を見上げたら照れ臭そうに笑っていた。の、すぐ近く。

どこかで見覚えのある小柄な生徒が数人両手を合わせて俺達を見ていたのが視界に入った。
振り返って周囲を確認する。

うん、俺達だろう。
なんだアレは。

上野の影に隠れるように近くまで寄って念のため聞いてみる。
「向こうの不審な奴らお前知ってる?見覚えはあるんだが」
振り向いて、あ。と一言声を出した。
知ってんのか。
「おれの親衛隊の人だ」
え。
あ。
あーーー。
上野の親衛隊。思い出した。

去年の最初の方に突っかかってきて、何度か嫌がらせをしてきたが、ある時を境にぱったりとそれは無くなり、親衛隊総出で謝ってきた奴らだ。
その中の何人かは勉強会に参加したりして今も交流があったりしたが、全員は知らない。
あの人らも居たような居なかったような。

「…それがなんでこっちに合掌してんの?」
「なんでだろうねぇ…?」
上野と顔を見合わせて首を傾げた。
コミュ力のある上野が疑問を解決しようと原因に向かおうとする。止めようとする前に声を掛けに行くので、諦めて上野に続いた。

「お疲れ様っす。何してるんすか?」
先輩らしかった。
上野の後ろから体を傾けて小さい奴らを覗く。

「良かった…転入生についに目を奪われることも無く、ようやく上野様は柴とくっついたんですね…!!かっこよかったです!!」
爆弾発言。
突然のことに俺と上野が固まる。

「僕らがお2人の噂を流しまくっていた甲斐があったってことですね…!!」
「えっ?」
「は?!」
お前らか!!!

クラスメイトや宗が勘違いしていた原因がついに判明した。
いや、何してんだよ上野の親衛隊だろ。
振り向いて視線を俺の顔と親衛隊とを行ったり来たりさせる上野。

「付き合ってはないっすけど、なんでそんなこと…?」
上野の疑問を皮切りに、親衛隊が口々と力説していくのを圧倒される俺達。
簡潔にまとめると、次々と転入生の毛玉に堕とされていくことに不安を覚えていた。柴なら人柄知ってるし勉強教えてくれるし、くっつけちゃえ(星)。

くっつけちゃえ(星)すんな。
なんつー人迷惑な。

「君には後輩がお世話になってるからね、上野様の相手に申し分ないさ!」
どの立場で言ってんだよ。
上司?父親か?
さ!じゃねえよ。
見かねて流石に口を挟んだ。

「そういうことしなくても転入生と上野が関わることないでしょうし、少し迷惑なので今後やめて…いただけると……。」
言葉が尻すぼみになったのは、振り向いて俺を見下ろす上野の表情だった。しょぼん。

「柴、迷惑…?」
「いや、その、迷惑っていうか、上野も困るだろ?」
慌てて何故かフォローする羽目になる俺。
それを微笑ましげに見ながら後ずさっていく上野親衛隊。
おい。
ちょっと。
フェードアウトしていくな原因共。

「あとはお2人で…。」
おい。
若いお2人で、じゃねえんだよ。だからお前らは上野のなんなんだよ!!
親衛隊だわ!!!

いや親衛隊だろうが!!?

スススス…と人混みに消えていく小さな奴ら。
無言で見送った俺達。



「……戻るか」
「そうだね」
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