‪夏真っ盛り。‬
週末は至る所で夏祭りや花火大会が催されている。
今日は最寄駅で夏祭りが行われていた。すっかり忘れていて、行き交う浴衣の人々の間を謝りながら抜けて行く。
「最悪だ…」
上司に押し付けられた仕事の為に休日出勤をして帰って来たらこの有様だ。
人混みを掻き分けた所為で髪もワイシャツも汗ばんだ身体に張り付く。
早く帰ってシャワーを浴びて、キンキンに冷えたビールが飲みたい。

「ただいま…」
玄関のドアを開けると、リビングから出てきたのは同居人ではなく浴衣姿の彼女で、
パタパタと足音を立てながら可愛らしい笑顔でこちらへと向かってくる。
「おかえり、お仕事お疲れ様でした」
「え、一二三は？え、浴衣…？」
状況を理解できないまま玄関に立ち尽くしている俺に眩しい笑顔を向けている。
「うん、夏祭りだから！」
一二三くんはクラブの人達と盆踊りに参加しています！と彼女が付け足す。
夏祭り。そうか、駅前の祭りか。
これからあの人混みの中に行くのか？
いや、彼女が浴衣は滅茶苦茶可愛い。でも、この暑さで外に出るのは…なんて脳内で考えていると、彼女が少し慌てて喋り出す。
「あ、お祭りには行かないよ！？暑いし独歩くん疲れてるでしょ？」
「え？でも、」
きょとんとする俺の顔を見てくすりと笑う彼女。
「お家でお祭り気分になれたらなーって思って！でも、とりあえず独歩くんは水分補給してお風呂に入って来てください！」
持っていた通勤鞄を奪われて代わりによく冷えた麦茶を手渡される。
半ば強引に風呂場に押し込まれネクタイを外される。
「おいっ、自分で脱ぐから！大丈夫だって！」
ワイシャツのボタンに手を掛ける彼女の手を遮って廊下へ追い出す。
「はぁい、逆上せないようにね〜」
少ししょんぼりした彼女の声がリビングへと消えて行く。
「はぁ、慌ただしい…」

風呂に浸かっている時に着替え置いておくね〜とやってきた彼女が置いて行ったのは男物の浴衣で、ご丁寧に着付けの説明書もつけられていた。
説明書を読みながらなんとか帯を締めてリビングへ向かう。
「おい、お前なぁ…」
「きゃー！独歩くん似合う！！やっぱり一二三くんに選んでもらって正解だった！」
かっこいい、かっこいいと興奮気味に俺の周りをぐるぐる回る彼女。俺に内緒で一二三とメッセージのやり取りをして俺に似合う浴衣をチョイスしたらしい。
「独歩くん、かっこいいよ」
ふわりと笑う彼女にどぎまぎする。
いつになってもこの笑顔には慣れそうにない。
「見てみて！」
彼女の指差す先には沢山の料理。
焼きそばやたこ焼き、ポテト、焼きとうもろこしに瓶ラムネ。
どれも屋台で売っているものばかりだ。
「どうしたんだよこれ、」
「お祭りっぽいもの作ってみたんだ〜」
ビールにかき氷もあるよ！悪戯っぽく笑う彼女に手を引かれて食卓にかける。
「折角夏だし独歩くんとお祭り行きたかったんだけど、毎日忙しいでしょ？それに暑い中出掛けるのも大変だし。クーラーの効いたお部屋でお祭り気分なんて最高じゃない？」
ビールをこちらに手渡す彼女が照れ臭そうに笑った。一緒に祭りに行こうじゃなくて祭り気分を味わおうと言うのがなんとも気遣いな彼女らしい。
「あ、でも一二三くんが帰って来たら先生も呼んでみんなで花火するからね！！」
飲み過ぎちゃだめだよとたこ焼きを頬張った彼女が言う。
「ありがとな…」
何となく恥ずかしくて目を逸らしてしまった。よく冷えたビールを一気煽る。
「独歩くん、」
視線を上げた瞬間、口に放り込まれるたこ焼き。
「あっつ！？」
「こちらこそ、ありがとう！」
悪戯っ子みたいな顔をした彼女がニィッと嬉しそうに笑った。