ふわりと身体を包み込む柔らかな感覚。
懐かしいこの感覚はなんだったろうか。

（母さん…？）

まだ子供の頃、父が暫く帰ってこない日々が続いた。それは俺たちにとっては束の間の平穏で、いつも泣いていた妹も母もあの日は良く笑っていた。
久々の自由な時間を過ごし遊び疲れて妹と昼寝をしている時、ふわふわとした意識の中で母の優しい声が聞こえる。

『あらあら、二人とも寝ちゃって…』

暖かな感覚に包まれて意識はまた微睡みに落ちて、目が覚めた時掛けられているブランケットの柔らかさが幸せだった。


嗚呼、そうだ。これは愛情だ。


「ン…」

目が覚めて、見えたのは見慣れた自宅の天井だった。
内容なんか覚えちゃいないが何か懐かしい夢を見ていた気がする。掛けられたブランケットを見てそう思った。

キッチンから何か食材を切る音と出汁の良い香り。キッチンを覗くとエプロン姿の彼女が包丁を握っていた。
背後に立つ俺に気付いた彼女の顔がぱあっと明るくなる。

「あ、左馬刻さん。目覚めましたか？」
「おぉ」
「今日は肉じゃがにしてみました」

もう少しで出来ますよ、そう言って笑う彼女がとても愛おしく思えて、彼女の薄い腹に腕を回す。

「どうしたんですか？危ないですよ」

握っていた包丁を置いた彼女の頸に額を寄せた。

「夢、」
「夢？」
「昔の夢を見た」
「悪い夢ですか？」
「覚えてねぇけど、多分いい夢」


朧げな記憶を辿ってぽつぽつと話す俺の髪を彼女の手が撫でる。

「そうですか、それなら良かったです」

彼女の笑顔と鍋からのぼる湯気が何処か懐かしく、とても優しいものに思えた。






＊ ＊ ＊
うたた寝してる時に誰かが毛布を掛けてくれて部屋の電気を消したり、テレビの音量を下げてくれるって普段見えない「優しさ」が具現化されたみたいですごく幸せなんだよなぁ…って話。
🐴にも安心して眠れる幸せな記憶があったらいいなぁ。