昼過ぎから頭痛と目眩が酷い。
原因は昼過ぎから崩れ出した天気。
早く帰って眠りたい。
街の喧騒も煌びやかなネオンも今は全てが痛みに変わって、黒く淀んだ空を睨む。

帰宅ラッシュの時間帯、やって来た電車は既に満員で降りる人と乗る人がごった返していた。
意を決して電車に身体をねじ込む。
混ざり合う様々な香水の香りと汗の匂いが吐き気を誘う。
何も考えないように目を瞑って、吊り革を握り締めた。
二駅も行くと満員だった車内も落ち着き少し呼吸がしやすくなる。
吊り革を握り締めていた掌は血の気が失せ白く冷たくなっていた。
「貴女、顔色が悪いわよ。大丈夫？」
あまりにも私の顔色が悪かったのか見兼ねた御婦人が席を譲ってくれた。
ご厚意を有り難く受け取ってソファーに項垂れる。
これはもう無理だと判断して彼にSOSのメッセージを送って画面を閉じる。
握り締めたスマートフォンがぶるりと震えて短いメッセージが表示される。
《左馬刻:どこに居る》
〈電車の中〉
《左馬刻:最寄りまで迎え行くから待ってろ》
〈ありがと〉
送ったメッセージに既読が付いたのを確認して私は目を閉じた。

最寄り駅に着くと人の波に揉まれながら電車から降りてふらふらと改札を抜けた。
エスカレーター下のロータリーには彼の車。
「さまとき、」
「死にそうな顔だな」
運転席で苦笑いを浮かべる彼。
助手席に座ってシートベルトを締める。
「ちょっと寝てろ」
「うん、ありがとう」
ゆっくりと車が発進する。

彼はあまり車を運転しない。
移動は専ら舎弟の人か入間さんの運転する車でしているらしい。
だから運転するのはデートの時に偶にくらいだ。
彼の運転はいつも少しだけ荒い。
でも、今日は私に気を遣ってくれているのかいつもよりもゆっくりとしたハンドルさばきなのに気付いた。
「左馬刻は優しいね」
「うっせー、寝とけ」
そう言った彼の耳が少しだけ赤くなっていたけれど、ツッコんだら怒られそうだからやめた。