深夜、インターフォンが鳴ってドアが乱暴に叩かれる。
「おい、開けろやぁ」
玄関から聞こえる彼の声に慌ててチェーンを外す。
「左馬刻さん！ご近所さんに迷惑ですよ！」
ドアを開けると肩にもたれかかってきた重みに耐え切れず後ろによろけてしまった。
彼の腕が転びそうになった私の腰を引き寄せて抱き締める。
「お酒臭いです…」
「おかえりって言えねェのかよ」
随分と酔っ払った彼からはお酒と煙草の濃い匂いがした。

「左馬刻さん、おかえりなさい」
「おう…」

「ベッド行きますよ、自分で歩いて下さい」
肩にもたれかかったままの彼を寝室へと誘導する。

「左馬刻さんッ、座って下さい」
ベッドにドカリと座った彼を確認して、冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて飲ませる。
お酒が強い彼がここまで酔っ払っているのは珍しい。
「お前は裏切るんじゃねぇぞ…」
私の膝を枕がわりに寝転んだ熱を孕む彼の紅い瞳がジッと私を見詰める。
「大丈夫です。裏切りませんよ」
「ん、」
白銀の髪を優しく撫でれば彼の瞼がすうっと閉じて浅い寝息が聞こえだす。

彼の周りには常に沢山の人が居る。
裏切ったり裏切られたり。
私には到底わかりはしない大人の世界の話だ。
「お前は知らなくて良いンだよ」
そう彼は言うけれど、時々眠りながら魘されて涙を流す彼を守ってあげられない。
守られているだけではダメなのだ。
私の本音を伝えたらきっと守られるなんてガラじゃねぇと彼は静かに怒るだろう。
彼は守ってくれる大人が居なかった子供で、上手な甘え方を知らない。

「左馬刻さん、こう言う時は裏切るなじゃなくて傍にいて欲しいって言えば良いんですよ」

そうすれば私はどこにも行かずに貴方の横に居るのに。
素直になれない彼の頰を流れる涙をそっと拭った。