マーダーミステリーD~断罪のリゾートホテル
【断罪のリゾートホテル。1日目】
ハワード・リンクは数年ぶりの休暇を、珊瑚の美しい島で過ごしていた。
しかし、今夜の島は荒れ狂っていた。
リンクはシャンパングラスを片手に、激しく窓を叩きつける雨を眺める。
雷鳴が轟くたび、暗黒の海が獣のように低く唸る。
本土を繋ぐ船はすでに欠航し、通信も不安定。
ここは今、外界から切り離された完全な密室だった。
だが。
ホテルの大広間だけは、暴力的なまでの光に満ちていた。
シャンデリアの輝き。
クリスタルグラスの触れ合う音。
嵐など存在しないかのような、騙りに満ちた祝祭。
18時30分開始予定の式典は、19時を過ぎても始まらない。
リンクが懐中時計の蓋を弾き、溜息をついたその時――。
マイクが耳障りなハウリングを起こし、一人の男が舞台へ躍り出た。
司会のコムイ・リー。
仕立ての良いスーツを纏い、営業用の完璧な微笑みを貼り付けている。
「長らくお待たせ致しました。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
よく通る声。
だが、どこか一歩引いた仕事人の響き。
「本来であれば、オーナーであるシェリル・キャメロット様ご本人よりご挨拶を窺いたいところですが――姿が見えないようでして……」
言いかけて、コムイが額の汗を拭う。
ほんの一瞬。
空気が、奇妙に引っかかった。
「……ですので」
微笑みを深める。
「先に皆様にご覧いただきたいものがございます。どうぞ!」
現れたのは、白い給仕服を着た少年、アレン・ウォーカー。
整った所作。
だが、その表情は鉛のように硬い。
彼が押す台車の車輪が、床を擦り、不吉な高音を響かせる。
――ギィ……
「こちらは、当ホテル3周年を記念して制作された――オーナー、シェリル・キャメロット様の胸像でございます」
期待が、静かに膨らむ。
「それでは――除幕を」
会場が静まり返る。
アレンが布の端に手をかけた、その瞬間だった。
――バチッ。
照明が一斉に落ちた。
暗闇。
ほんの一拍。
すぐに光が戻る。
――バサッ。
布が剥がれ、音が死んだ。
「……っ」
誰も、声を出せなかった。
そこにあったのは、冷たい石像ではない。
シェリル・キャメロット。
その顔が――“本物の生首”として、台座に据えられていた。
乾ききらない血。
不自然な切断面。
虚ろに開いた、死の空洞。
「キャッ」
宿泊客の[#dn=1#]が、両手で口元を押さえる。
その隣で、彼女の腰を抱く同じく宿泊客の神田ユウの表情も固まっていた。
このふたりは新婚旅行でこの島に訪れた。
驚きはある。
だが、崩れない。
獲物を仕留める獣のような目で、じっとその「首」を観察している。
宿泊客・ラビが小さく口笛を吹く。
だが、目は笑っていない。
彼は記録者であり、旅商人だ。
宿泊客・リナリー(モデル)は血の気を失い、そして司会のコムイは――「……え?」と、完全に凍りついていた。
壁に寄りかかって事の顛末を見ていた、宿泊客・ティキ・ミック(被害者の弟)は寄りかかるのをやめ、驚愕な眼差しで生首を見る。
悲鳴が爆発し、逃げ場のない狂気が会場を埋め尽くす。
その時。
人混みを割り、一人の男が前に出た。
ハワード・リンクだ。
バカンスを楽しんでいたはずの男の目は、既に警部のそれに変わっていた。
リンクは眉間に深い皺を刻み、台座の前に立つ。
ゆっくりと手を伸ばし、その皮膚に触れた。
残る湿り気。不自然な温度。
(はあ…数年ぶりの休暇だと言うのに…)
一拍。
そして、低く、断罪するように言い切る。
「…残念ながら…本物です」
空気が凍り、時間が止まる。
「皆さん、動かないでください!」
鋭い声。
その瞬間。この場にいる全員が――「容疑者」という名の檻に閉じ込められた。
ハワード・リンクが、懐から警察手帳を取り出そうとした、その時だった。
『――ピンポンパンポーン。皆様、注目してクダサイ』
ノイズ混じりの、無機質な機械音声。
それが館内スピーカーから、叩きつける雨音を切り裂いて響き渡った。
リンクの手が止まる。
神田ユウは[#dn=1#]の肩を抱き寄せ、天井のスピーカーを鋭く睨みつけた。
『私は犯人を知っていマス。……そして、犯人は今、その部屋の中にいマス』
静まり返る会場。
声は淡々と、殺害されたオーナー・シェリルの罪を列挙し始めた。
私欲のために使い込まれた多額の資金。
裏で行われていた非道な取引。殺人。
『……故に、彼は殺されて当然ナノデス。……報いを受けたに過ぎマセン』
ざわめきが広がる中、声は冷酷に告げた。
『私は犯人が誰かを知っていマスが、教えマセン。……デスノデ、今から皆様と「ゲーム」を始めたいと思いマス』
『今から10分間だけ、ホテル内の全客室を解錠いたしマス。どこかに殺害のヒントがあるかもしれマセン。それを見つけ出し、10分後に食堂へ来てクダサイ。着席の後、皆様で話し合い、30分以内に犯人を特定してクダサイ』
「ふざけるな! 出せ、ここから出せ!」
コムイ・リーが半狂乱で叫び、大広間の重厚な扉に飛びついた。
ガチャン、ガチャン、と虚しい金属音が響く。
「……開かない! クソッ、なぜ開かないんだ!」
他の客たちも我先にと別の出口へ駆け寄るが、結果は同じだった。
「本当だわ、どこも開かない!」
絶望が会場を支配しようとした瞬間、スピーカーから再び声が落ちる。
『焦らないでクダサイ。……最後まで話を聞いてクダサイ』
会場が、凍りついたような静寂に包まれる。
『話し合いにより正解の犯人を指名できれば、犯人は断罪の矢によって処刑され、皆様は解放されマス。……シカシ』
機械の声が、わずかに愉悦を孕んだように歪んだ。
『もし、外した場合。その時は、犯人ではない誰かをランダムに処刑いたしマス。……時間内に誰を処刑するか決められなかった場合も同様デス』
「……ランダム、だと?」
リンクの顔が険しく歪む。
『 このゲームは最長3日続きマース。それまでに犯人を見つけられれば君たちの勝ち。見つけられなければ犯人の勝ちデス』
[#dn=1#]は神田の腕をぎゅっと掴んだ。
自分たちが犯人に仕立て上げられれば、どちらかが殺される。
あるいは、正体を知られれば警察に。
……どちらにせよ、このふたりに出口はゼロに近い。
『それでは、スタート』
ガチャンッ――。
一斉に、館内のロックが外れる音が重なり、不気味に共鳴した。
「おい! キミ!」
リンクの鋭い怒号が、台座の前で硬直していたアレンを貫いた。
「……ハッ!?」
アレンが弾かれたように我に返る。
その肩を、リンクが強く掴み、至近距離で睨みつけた。
「今の放送は、どこから流している!?」
「え、えっと……事務室です! 管理システムはすべてあそこに!」
「案内しろ、急げ!」
リンクは躊躇なく、腰が抜けかけたアレンを伴って会場を飛び出した。
バカンス客という仮面を脱ぎ捨てた男の背中には、冷徹なまでの執念が宿っていた。
一方で、混乱に乗じてモデルのリナリーが動く。
彼女は明日からこの海でCM撮影の仕事が入っていた。スタッフよりも先に前乗りしたのだがスタッフたちはこの嵐で到着は明日以降になりそうだ。
彼女の向かった先は、旅の記録者・ラビの客室。
チェックインする時に、ナンパしてきたこの男が胡散臭かったからだ。
「死んで溜まるもんですか!」
ドレスの裾を翻し、無人の廊下を駆け抜ける彼女の瞳には、先ほどまでの怯えはない。
ただ一点を見据え、吸い込まれるように闇の中へと消えていった。
対照的に、ラビ自身は大広間に残っていた。
彼は逃げ惑う客たちに目もくれず、台座の上に鎮座するシェリルの遺体へと歩み寄る。
「……わお。思ったより綺麗な切り口だねぇ」
不謹慎な独り言を漏らしながら、ラビは記録者としての手つきで傷口を検分し始めた。
(……この断面、単なる刃物じゃないな。相当な業物か、あるいは……)
彼は、この惨劇の凶器の正体を読み解くため、死者の肉体と対話を始める。
「ユウ……」
[#dn=1#]は、震える指先で神田の腕をぎゅっと掴み、彼にしか聞こえない微かな声で囁いた。
その蒼白な手に、神田の無骨な掌が重ねられる。
「……大丈夫だ。俺のそばを離れるな」
二人が向かったのは、自分たちの客室。
[#dn=1#]が見張りにつき、神田は音もなく天井の裏へと「何か」を滑り込ませ、封印した。
その後、二人はすぐさま隣室のリナリーの部屋へと潜入した。
「あの女、俺たちと同じ匂いがした」
だが、期待に反して、その部屋には不自然なほど何もなかった。
旅行カバンが一つだけ。
中は服と化粧品だけだ。
あまりにも潔白すぎる、生活感のない部屋。
それが逆に、ふたりの胸に得体の知れない違和感を残した。
オーナーの執務室。
そこへ音もなく入り込んだのは、ティキ・ミックだった。
「さて、シェリル。あんたの秘密を、誰が盗んだのかな……?」
荒らされたデスクの奥、彼が見つけたのは――赤黒い血の付着した重厚なレンチ。
「……おやおや。こんな分かりやすいものを、誰が残していったんだか」
ティキはニチャアと口角を上げ、その証拠を、まるですでに価値のないガラクタを見るような目で見つめた。
「ん?待てよ…。レンチで殴った後に首をちょんぎったもあるか?」
アレンの私室。
「……なにか。なにかないか……」
コムイの必死な手つきが、アレンの荷物を乱雑に暴いていく。
彼が探しているのは、シェリルの死を解き明かす鍵か。
それとも、他者の過去を掘り起こすための致命的な弱点か。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
「ここです、事務室は……!」
アレンに導かれ、リンクが事務室へ踏み込む。
だが、そこには人影などひとかけらもなかった。
静まり返った室内で、ジジジ……という不快な走行音だけが、放送ブースのコンソールから漏れている。
「カセットテープか……」
リンクが鋭い目で機材を睨みつけ、停止ボタンに指をかける。
だが、どれほど力を込めても、ボタンは岩のように固着して動かない。
「どうなってる!? 物理的に固定されているのか?」
「貸してください!」
アレンも必死にボタンを叩くが、結果は同じだった。
「電源ボタンはどこだ!? コンセントを引き抜け!」
「あれ……? ハワードさん、これ、コンセントが抜けてます!」
アレンの指差す先、パイロットランプは暗く沈んだままだ。
「なら、どうやって動かしているんだ!」
「知りません! 僕に聞かないでください!」
電力が供給されていないはずの機械が、回り続けている。
そのありえない現実を振り切るように、リンクは事務室を飛び出した。
「あんな殺され方だ。首を断つには、返り血を流せる場所が必要なはずだ……」
二人が辿り着いたのは大浴場だった。
重いドアを蹴るように開けると、むせ返るような湿気と、それ以上に濃厚な鉄の匂いが鼻腔を突く。
「ひぃっ!!」
アレンが短い悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。
湯船に浮かんでいたのは、首を失い、両手両足が縛られたシェリルだった。
豪華だったであろうタイルは赤黒く汚れ、溢れ出した湯が床を血の色に染めていく。
リンクは顔を顰めながらも、迷わず水際へ歩み寄った。
「ここ、ヒビ割れている」
床のタイルの一部が激しく損傷していた。
「そんな!僕が掃除した時にはこんなの無かった!」
「掃除はいつ?」
「午前中です」
次にぷかぷかと浮く、水を吸って重くなった死体を見た。
その手首にある、特徴的な位置のホクロ。
(……間違いない。このホクロは、確かに支配人シェリルのものだ)
リンクが死体から目を離そうとした、その瞬間だった。
浴室の天井にある防水スピーカーが、再びジジッ……と震えた。
『ピンポンパンポーン――10分経過シマシタ。皆様、食堂へお集まりクダサイ』
あの機械的な声が、血の海に響き渡る。
『ヒントは見つかりマシタカ? 犯人は見つかりマシタカ?』
「……くっ」
リンクの低い呟きが、浴室の壁に反響する。
アレンは震えながら、リンクの背中を掴んで立ち上がった。
「……行かなきゃ。あそこに戻らないと、僕たち、本当に処刑されるかもしれない……!」
『皆様、大至急食堂へお集まりクダサイ』
スピーカーの声が、終わりの始まりを告げる。
戻ってきた面々の顔には、それぞれ何かを掴んだという確信と、それ以上に深い他者への疑いが刻み込まれていた。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
リンクとアレンが食堂の重厚な扉を押し開けた瞬間、二人は絶句した。
視界に飛び込んできたのは、あまりにも異様な光景だった。
「な、なんだこれは……!」
広大な食堂の中央、豪奢な長テーブルを囲む宿泊客たち。だが、彼らはただ座っているのではない。
一人一人の首と手首が、椅子の背もたれと肘置きに備え付けられた、冷たい金属製のベルトで完全に固定されているのだ。
さらに、テーブルの中央には巨大なボーガンが据えられていた。
それは、参加者たちの頭に矢先を向けて、ギィ……ギィ……と不気味な音を立ててゆっくりと水平に回転している。
「いいから、早く座れよ」
ラビが、拘束されたまま目だけを動かして、投げやりに言った。
他の面々は、蛇に睨まれた蛙のように、ただ固唾を飲んで回転する矢先を見つめている。
リンクの直感が警鐘を鳴らした。
(この椅子に座ったら……最後だ。二度と立ち上がることはできないかもしれない)
だが、恐怖に支配された集団心理には抗えないアレンは、震える足で自分の名札が置かれた席へと歩を進めた。
彼が腰を下ろした瞬間。
――ガチャン、ガチャンッ!
機械的な音と共に、厚い革と金属のベルトが勝手に跳ね、アレンの自由を奪った。
「ひっ……!」
『 早くお座り下さい。デナイト死にマスヨ?』
スピーカーの声が、リンクの背中を押す。
中央のボーガンが、ギリギリと音を立てて弦を限界まで引き絞った。
その矢の切っ先が、ピタリとラビの前で止まる。
「ぎゃー! やめてさ! やめてさ! 死にたくない!」
ラビが情けない声を上げるが、その瞳の奥には依然として冷めた光が宿っている。
リンクは観念し、自らも空いた席へと深く腰を沈めた。
即座に、冷たい感触が彼の自由を奪う。
『 それでは今から30分、話し合ってクダサイ。』
カチリ、と食堂の壁に設置された巨大なタイマーが動き出した。
命を賭けた犯人捜しが、今、幕を開ける。
「……まず、私が見てきたものを報告させてもらう」
リンクが低い声で切り出した。首を固定されているため、視線だけをテーブルの面々に走らせる。その眼光は、バカンス客のそれではない。
「私とこちらのボーイのアレン・ウォーカーは、放送の出所を突き止めるべく事務室へ向かった。だが、そこには誰もいなかった。それどころか、放送を流していたカセットデッキには、電源すら入っていなかったんだ」
「えっ……? 電源が入ってないのに、声が……?」
リナリーが青ざめた顔で小さく呟く。
「そうだ。物理的にボタンが固定され、停止させることすらできなかった。このホテルのシステムそのものが、何者かに完全に掌握されている」
リンクの言葉に、隣でガタガタと震えていたアレンが、必死に言葉を繋いだ。
「そ、それに……大浴場です! 僕たち、見たんです。湯船の中に……」
アレンが言葉を詰まらせると、リンクが代わって非情な事実を突きつけた。
「シェリル公爵の、首から下の遺体だ。両手両足を縛られ……血の海に浮いていた。左手首にあるホクロから、本人であることに間違いはないだろう。そこで断首したのかタイルがひび割れた箇所があった。返り血を洗い流せる事も出来て、風呂場が最も適していたのだろう」
次に、向かい側に座る男が、低く滑らかな声で口を開いた。
ティキ・ミックだ。
彼は首を固定されながらも、どこか不敵な余裕を崩していない。
「俺は、支配人の執務室へ行ったよ」
全員の視線がティキに集まる。
「あそこなら何か掴めるんじゃないかと思ってね。だが、期待外れだった。部屋はひどく荒らされていたが、それだけだ。何が盗まれたのか、あるいは何を探していたのか……。支配人本人ではない俺には、何も分からなかったよ」
ティキは淡々と語る。
その懐には、彼が執務室で見つけた血の付いたレンチの記憶が仕舞い込まれている。
だが、彼はそれを口にしない。あえて何もなかったと嘘をつくことで、誰がそのレンチを発見と称して持ち出してくるかを見定めようとしているのだ。
「……荒らされていた? なら、犯人の目的はシェリル公爵の殺害だけじゃなく、何か『物』だったということですか?」
リンクが問うが、ティキは肩をすくめることさえできず、ただ薄く笑った。
「さあね。時間が足りなくてそこまでは分からない。ただ、あの部屋の荒れ方は尋常じゃなかった。まるで見られたくない過去を、根こそぎ剥ぎ取ろうとしたみたいにね」
その言葉に、神田の隣で俯いていた[#dn=1#]の肩が、微かに跳ねた。
「過去」という言葉の響きが、逃亡者である彼女の鼓膜を不快に叩く。
ティキ・ミックが執務室の様子を語り終えた直後、リナリーが涼しい顔で、しかし決定的な一撃を放った。
「私は……ラビの部屋に潜入したわ」
リナリーは、まるで他愛のない話をするかのように、淡々と続ける。
「そこで、血の付いた斧を発見したの。ベッドの下に隠してあったわ」
その瞬間、皆の視線が一点に集中する。
中央で回転していたボーガンが、カチリと止まった。
その冷徹な矢先が、ラビの眉間を正確に捉えている。
「そんなもんねぇよ! なんだよそれ、濡れ衣だ!」
ラビが拘束具をガタガタと揺らして叫ぶが、リナリーは表情一つ変えない。
「いいえ、ありました。嘘をつく必要なんてないわ。……あなた、ホテルに来た時、トランク2個に大きな風呂敷包みを背負っていたわよね? そこに凶器を隠し持っていたんじゃないの?」
「お、斧なんざ持ってねぇよ! 旅の荷物だぞ!」
「じゃあ、あの大荷物の中身は何? 殺人の道具以外に、そんなに重いものが入っているの?」
「教えられるかよ! ……チッ、俺が犯人なら、あの生首なんか眺めてられっか! 確かに傷口を見た。あれは斧のような刃物で殺されている。だが、俺じゃねえ!」
ラビの叫びが虚しく響く。
だが、食堂の面々の視線は、彼をただ冷ややかに見下ろすだけだった。
リンクでさえ、呆れと疑念が混ざった溜息をつく。
「……今の発言は墓穴を掘ったみたいに聞こえるな」
「は?」
「生首を眺めていたと自分から言ったな。そして斧で殺されていると断定した。……死体を見ただけで凶器の種類を断定できるのは、犯人か、あるいは凶器そのものを知っている人間だけだ」
「ち、違う! 俺はただ『記録者』として……!」
『 ――処刑まで、残り五分』
機械の声が、容赦なく刻限を告げる。
もはや、誰の弁明も耳に届かない。
集団心理は、既に「ラビ=犯人」という結論に収束していた。
神田ユウが、冷え切った目でラビを見据える。
ラビの叫びも虚しく、中央のボーガンがキィィィィィという金属音を立てて、さらに深く弦を引いた。
ラビの瞳に、初めて死への恐怖が宿る。
「……待ってくれ。おかしくないか?」
断罪の矢が放たれる寸前、コムイ・リーが低く、制止の声を上げた。
全員の視線が、脂汗を浮かべた司会者へと移る。
「その人が犯人なら、真っ先に自分の部屋に戻って斧を処分するはずだ。証拠を隠しもせずベッドの下に放置するなど、あまりに杜撰すぎる」
「……確かに」
[#dn=1#]がポツリと零した。
その一言が、リナリーが作り上げた“ ラビ犯人説”の完璧な壁に亀裂を入れる。
「ほら! それそれ、それが言いたかったんさ!」
ラビが必死に叫ぶ。だが、コムイの救いの手には、別の毒が塗り込まれていた。
「ちなみに、私はアレンくんの部屋を見てきたよ」
「えっ……!?」
アレンの顔から、一気に血の気が引いた。
コムイは冷酷な微笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「とんでもないものが出てきたね。……その少年には、莫大な借金があるんだよ」
会場にどよめきが走る。
アレンは力なく俯き、唇を噛み締めた。
「私が執務室へ挨拶に行った時、君は支配人に怒鳴られていたね。あれは給料の前借りを断られたからじゃないのかい? 金に困り、強欲な支配人を殺めた……。動機としては十分だ」
沈黙が食堂を支配した。だが、次の瞬間。
「……フフフ」
俯いていたアレンが、乾いた笑い声を漏らした。
ゆっくりと顔を上げたその瞳には、絶望ではなく、剥き出しの敵意が宿っている。
「そうです、怒られましたよ。それが何か? 切羽詰まってるんで、なりふり構わずお願いしましたよ。それが何か?」
開き直ったアレンの言葉に、場がしんと静まり返る。
「だけどね、人を殺すほど僕は落ちぶれていませんよ。そもそも、支配人が死んで困るのは僕です! 今月の給料、誰が払ってくれるんですか!?」
「……確かに……」
[#dn=1#]が、再び相槌を打つ。議論の天秤が激しく左右に揺れる。
「僕なんかより、あっちの男の方がよっぽど怪しいですよ!」
アレンが指し示したのは、沈黙を貫いていた神田ユウだった。
「僕が手荷物を預かろうとした時、見たんです。彼の手を! あれは、長年剣を振るい続けてきた 剣士の手だ。背中に背負っていたあの細長い包み……あれ、刀ですよね? その刀で、支配人の首を撥ねたんじゃないですか!?」
食堂の空気が、これ以上ないほど尖り、張り詰めた。
[#dn=1#]の指先が、拘束具の下で白くなるほど握りしめられる。
「剣士」という正体。そして「刀」という凶器。
新婚夫婦の心臓に、アレンの言葉が鋭い切っ先となって突き立てられた。
「今は背負ってないようですけど、どこに置いてきたんです?」
神田は首を固定されたまま、視線だけでアレンを圧殺せんばかりに睨みつけた。
「……部屋だ」
低く、地を這うような拒絶の声。だが、アレンは引き下がらない。
「調べれば、その刀にルミノール反応でも出るんじゃないですか? 隠したって無駄ですよ!」
その瞬間、[#dn=1#]が悲鳴に近い声を上げた。
「あれは刀ではないわ! ただの釣竿よ!」
「……釣竿。ですか?」
リンクの眉が跳ねる。
[#dn=1#]は必死に、新婚旅行という盾を掲げた。
「ええ! 彼の趣味なの。せっかくの新婚旅行ですもの、この島の美しい海で大物を釣るんだって、ずっと楽しみにしていたのよ。刀なんて物騒なもの、持ってくるはずがないわ!」
「新婚旅行の荷物が、あんな細長い包み一つなのですか?」
リンクの追及に、[#dn=1#]は拘束された指先を白くなるまで握りしめる。
「……ええ。代わりに彼の荷物も私のボストンバッグに入ってるわよ。……ねぇ、ユウ?」
神田は忌々しげに顔を背け、短く「……ああ」と頷いた。
その不器用すぎる肯定が、かえって「尻に敷かれた新婚夫」のような奇妙な説得力を一瞬だけ生み出す。
だが、時間は残酷だった。
『――30分、経過シマシタ』
無機質な機械音声が、熱を帯びた議論を冷酷に断ち切った。
ギリギリ、と音を立てて中央のボーガンの弦がさらに引き絞られる。
食堂の壁に設置されたタイマーが「00:00」を刻み、赤いランプが激しく点滅を始めた。
『サア、審判ノ時間デス。……犯人は、誰デスカ?』
全員の首筋に、死の冷気が走る。
結論は出ていない。
神田への疑い、アレンの借金、ラビの部屋の斧、荒らされた支配人・シェリル公爵の執務室……。
しかし、システムは結論を要求している。
「待て! まだ結論は出ていない!」
リンクが叫ぶが、スピーカーは無情にも次のフェーズを宣告した。
『指名ガナケレバ、規則通リランダムニ執行イタシマス。……5、4、3……』
「ユウ……!」
[#dn=1#]が、隣に座る神田の名を呼ぶ。
もしここで神田が選ばれたら。
もし、この新婚旅行がここで終わるなら。
神田は拘束具を引きちぎらんばかりに腕に力を込めた。
『……2、1。――ターゲット、確定』
ガチリ、と重厚な金属音が響く。
回転を続けていたボーガンの切っ先が、一人の男の正面でピタリと止まった。
その先にいたのは――ラビだった。
「……え? ……ちょ、ちょっと待ってさ……!」
ラビの瞳に、初めて真実の死への恐怖が宿る。
彼が最期に見たのは、自分の部屋に斧があると言ったリナリーの冷ややかな瞳か、それとも、自分への疑いを逸らそうとしたコムイの脂汗か。
『――執行』
――シュッ!!
空気を切り裂く鋭い音と共に、断罪の矢が放たれた。
「…………っ」
静寂。
ドスッ、という鈍い音の直後、ラビの体が、椅子に深々とめり込む。
矢は、ラビの眉間の正中央を、一寸の狂いもなく貫いていた。
「あ……」
リナリーが短い悲鳴を上げた。
ラビの瞳は虚空を見開いたまま、その奥にある記録の全てが、一本の矢によって物理的に断ち切られた。
眉間から滲み出した鮮血が、彼の特徴的なバンダナを赤黒く染めた。
「……本当に…死んだの?」
[#dn=1#]が、絞り出すような声でそう言うが、反応はない。
屠殺場と化した食堂。
そこに、再び無機質な機械音声が響き渡った。
『旅商人(記録者)――ラビ。マタノ名ヲ、ブックマンジュニア』
朗々と読み上げられるその名に、リンクの眉が跳ねる。
『彼ノ本当ノ姿ハ、世界ヲ股ニ掛ケル大泥棒デース。コレマデノ被害額ハ、ナント国家予算並ミ! 取り敢えず、死ンデモイイヨネ? 犯罪者ダシ』
ケタケタと、バグのような笑い声がスピーカーから漏れる。
その瞬間。
「……っ」
[#dn=1#]は、ヒュッと喉の奥を鳴らした。
指先が氷のように冷たくなり、心臓の鼓動が耳の奥で早鐘を打つ。
(犯罪者……?)
機械の声は言った。「死んでもいい」と。
もし、このデスゲームのランダムの基準が、その者の隠し持つ罪の重さにあるのだとしたら。
[#dn=1#]は、隣で彫像のように固まっている神田へ視線を投げた。
自分たちは、新婚旅行中の幸せな夫婦のはずだった。
だが、その仮面の裏側にあるのは、血塗られた逃亡の足跡。
刀を隠し、身分を偽り、追っ手を振り切りながら旅を続ける、紛れもない法理の外の存在。
(次は……私たちが選ばれる?)
『――審判ハ完了シマシタ。……犯人ハ、見ツカリマセンデシタネ』
ラビの遺体を嘲笑うかのように。
『サア、皆様、拘束ハ解除イタシマス。……明日ノ「ゲーム」マデ、各自お部屋デ、ごゆっくりお休みクダサイ』
ガチャン、ガチャンッ――!
一斉に、全員の首と手首の拘束が外れる音が重なり、不気味に共鳴した。
だが、誰も椅子からすぐには立ち上がろうとはしなかった。
ラビの眉間を射抜いたボーガンが不気味な音を立ててテーブルの中へしまわれていく。
「……国家予算並みの、大泥棒……?」
リナリーが震える声で繰り返した。彼女の指先は、自分の部屋で血の付いた斧を見たと言い張った時の冷徹さを失い、激しく波打っている。
リンク警部は無言のまま立ち上がり、ラビの遺体へと歩み寄った。
彼は迷いのない手つきでラビの首筋に指を添え、脈を確認する。
数秒の後、リンクは静かに首を振った。
「ウォーカーくん。どこか、遺体を安置できる涼しい場所はありますか?」
「えっ……あ、それならワインセラーはどうでしょうか。地下にあって温度管理もされています」
「担架のような物は?」
「それは無いですが……客室の余ったシーツならあります! 代用できますよね? すぐに取ってきます!」
アレンが食堂を飛び出していく間、リンクは血に濡れたラビの瞼を、静かに指先で閉じてあげた。
変わり果てた旅商人の顔を見つめながら、リンクの脳内では冷徹な推理が加速する。
(……“犯罪者”なら死んでもいい、か。犯人を当てられなかった場合の予備の生贄として、あらかじめ罪人を集めていたというのか?)
リンクの視線が、ゆっくりと座ったままの面々を舐めるように動く。
震えるモデルのリナリー、脂汗を拭う司会者のコムイ、兄を殺されたティキ、そして――。
「……行くぞ、[#dn=1#]」
神田が低く、押し殺した声で言った。
彼は解放された手首の跡を忌々しげに一瞥すると、[#dn=1#]の肩を抱き寄せ、強引に立ち上がらせた。
その手の熱が、恐怖で凍りついていた[#dn=1#]の肌に伝わる。
「あ、待ってください!」
リンクが制止の声を上げるが、神田は振り返りもしない。
「……俺たちの邪魔をするなら、容赦しねぇ。」
[#dn=1#]は神田の胸に顔を埋めるようにして、食堂を後にした。
その背中に突き刺さるリンクの視線。
(剣士の手、正体不明の荷物……。そして、あの女の必死な嘘。……あの二人は、一体何を隠している?)
そこへ、アレンが真っ白なシーツを抱えて戻ってきた。
リンクは手際よくラビの遺体をシーツで包み込む。
大泥棒として世界を騒がせた男の亡骸は、思っていたより軽かった。
リンクとアレンは二人でシーツの両端を抱え、冷たくなっていくラビを地下のワインセラーへと運んでいく。
一段、一段、階段を下りるたびに、食堂の喧騒が遠ざかり、代わりに冷気と沈黙が二人を包み込んでいった。
まさかの!つづく!!
神田と[#dn=1#]は何をして逃げているのか…?
犯人は誰なのか……!?
そして、生き残るのは誰なのか……!?
皆さん推理をしてみてください。
てか、私、これ。回収できるのかな…不安。
ミステリーは難しいね。
2026/04/03
ハワード・リンクは数年ぶりの休暇を、珊瑚の美しい島で過ごしていた。
しかし、今夜の島は荒れ狂っていた。
リンクはシャンパングラスを片手に、激しく窓を叩きつける雨を眺める。
雷鳴が轟くたび、暗黒の海が獣のように低く唸る。
本土を繋ぐ船はすでに欠航し、通信も不安定。
ここは今、外界から切り離された完全な密室だった。
だが。
ホテルの大広間だけは、暴力的なまでの光に満ちていた。
シャンデリアの輝き。
クリスタルグラスの触れ合う音。
嵐など存在しないかのような、騙りに満ちた祝祭。
18時30分開始予定の式典は、19時を過ぎても始まらない。
リンクが懐中時計の蓋を弾き、溜息をついたその時――。
マイクが耳障りなハウリングを起こし、一人の男が舞台へ躍り出た。
司会のコムイ・リー。
仕立ての良いスーツを纏い、営業用の完璧な微笑みを貼り付けている。
「長らくお待たせ致しました。本日はお集まりいただき、ありがとうございます」
よく通る声。
だが、どこか一歩引いた仕事人の響き。
「本来であれば、オーナーであるシェリル・キャメロット様ご本人よりご挨拶を窺いたいところですが――姿が見えないようでして……」
言いかけて、コムイが額の汗を拭う。
ほんの一瞬。
空気が、奇妙に引っかかった。
「……ですので」
微笑みを深める。
「先に皆様にご覧いただきたいものがございます。どうぞ!」
現れたのは、白い給仕服を着た少年、アレン・ウォーカー。
整った所作。
だが、その表情は鉛のように硬い。
彼が押す台車の車輪が、床を擦り、不吉な高音を響かせる。
――ギィ……
「こちらは、当ホテル3周年を記念して制作された――オーナー、シェリル・キャメロット様の胸像でございます」
期待が、静かに膨らむ。
「それでは――除幕を」
会場が静まり返る。
アレンが布の端に手をかけた、その瞬間だった。
――バチッ。
照明が一斉に落ちた。
暗闇。
ほんの一拍。
すぐに光が戻る。
――バサッ。
布が剥がれ、音が死んだ。
「……っ」
誰も、声を出せなかった。
そこにあったのは、冷たい石像ではない。
シェリル・キャメロット。
その顔が――“本物の生首”として、台座に据えられていた。
乾ききらない血。
不自然な切断面。
虚ろに開いた、死の空洞。
「キャッ」
宿泊客の[#dn=1#]が、両手で口元を押さえる。
その隣で、彼女の腰を抱く同じく宿泊客の神田ユウの表情も固まっていた。
このふたりは新婚旅行でこの島に訪れた。
驚きはある。
だが、崩れない。
獲物を仕留める獣のような目で、じっとその「首」を観察している。
宿泊客・ラビが小さく口笛を吹く。
だが、目は笑っていない。
彼は記録者であり、旅商人だ。
宿泊客・リナリー(モデル)は血の気を失い、そして司会のコムイは――「……え?」と、完全に凍りついていた。
壁に寄りかかって事の顛末を見ていた、宿泊客・ティキ・ミック(被害者の弟)は寄りかかるのをやめ、驚愕な眼差しで生首を見る。
悲鳴が爆発し、逃げ場のない狂気が会場を埋め尽くす。
その時。
人混みを割り、一人の男が前に出た。
ハワード・リンクだ。
バカンスを楽しんでいたはずの男の目は、既に警部のそれに変わっていた。
リンクは眉間に深い皺を刻み、台座の前に立つ。
ゆっくりと手を伸ばし、その皮膚に触れた。
残る湿り気。不自然な温度。
(はあ…数年ぶりの休暇だと言うのに…)
一拍。
そして、低く、断罪するように言い切る。
「…残念ながら…本物です」
空気が凍り、時間が止まる。
「皆さん、動かないでください!」
鋭い声。
その瞬間。この場にいる全員が――「容疑者」という名の檻に閉じ込められた。
ハワード・リンクが、懐から警察手帳を取り出そうとした、その時だった。
『――ピンポンパンポーン。皆様、注目してクダサイ』
ノイズ混じりの、無機質な機械音声。
それが館内スピーカーから、叩きつける雨音を切り裂いて響き渡った。
リンクの手が止まる。
神田ユウは[#dn=1#]の肩を抱き寄せ、天井のスピーカーを鋭く睨みつけた。
『私は犯人を知っていマス。……そして、犯人は今、その部屋の中にいマス』
静まり返る会場。
声は淡々と、殺害されたオーナー・シェリルの罪を列挙し始めた。
私欲のために使い込まれた多額の資金。
裏で行われていた非道な取引。殺人。
『……故に、彼は殺されて当然ナノデス。……報いを受けたに過ぎマセン』
ざわめきが広がる中、声は冷酷に告げた。
『私は犯人が誰かを知っていマスが、教えマセン。……デスノデ、今から皆様と「ゲーム」を始めたいと思いマス』
『今から10分間だけ、ホテル内の全客室を解錠いたしマス。どこかに殺害のヒントがあるかもしれマセン。それを見つけ出し、10分後に食堂へ来てクダサイ。着席の後、皆様で話し合い、30分以内に犯人を特定してクダサイ』
「ふざけるな! 出せ、ここから出せ!」
コムイ・リーが半狂乱で叫び、大広間の重厚な扉に飛びついた。
ガチャン、ガチャン、と虚しい金属音が響く。
「……開かない! クソッ、なぜ開かないんだ!」
他の客たちも我先にと別の出口へ駆け寄るが、結果は同じだった。
「本当だわ、どこも開かない!」
絶望が会場を支配しようとした瞬間、スピーカーから再び声が落ちる。
『焦らないでクダサイ。……最後まで話を聞いてクダサイ』
会場が、凍りついたような静寂に包まれる。
『話し合いにより正解の犯人を指名できれば、犯人は断罪の矢によって処刑され、皆様は解放されマス。……シカシ』
機械の声が、わずかに愉悦を孕んだように歪んだ。
『もし、外した場合。その時は、犯人ではない誰かをランダムに処刑いたしマス。……時間内に誰を処刑するか決められなかった場合も同様デス』
「……ランダム、だと?」
リンクの顔が険しく歪む。
『 このゲームは最長3日続きマース。それまでに犯人を見つけられれば君たちの勝ち。見つけられなければ犯人の勝ちデス』
[#dn=1#]は神田の腕をぎゅっと掴んだ。
自分たちが犯人に仕立て上げられれば、どちらかが殺される。
あるいは、正体を知られれば警察に。
……どちらにせよ、このふたりに出口はゼロに近い。
『それでは、スタート』
ガチャンッ――。
一斉に、館内のロックが外れる音が重なり、不気味に共鳴した。
「おい! キミ!」
リンクの鋭い怒号が、台座の前で硬直していたアレンを貫いた。
「……ハッ!?」
アレンが弾かれたように我に返る。
その肩を、リンクが強く掴み、至近距離で睨みつけた。
「今の放送は、どこから流している!?」
「え、えっと……事務室です! 管理システムはすべてあそこに!」
「案内しろ、急げ!」
リンクは躊躇なく、腰が抜けかけたアレンを伴って会場を飛び出した。
バカンス客という仮面を脱ぎ捨てた男の背中には、冷徹なまでの執念が宿っていた。
一方で、混乱に乗じてモデルのリナリーが動く。
彼女は明日からこの海でCM撮影の仕事が入っていた。スタッフよりも先に前乗りしたのだがスタッフたちはこの嵐で到着は明日以降になりそうだ。
彼女の向かった先は、旅の記録者・ラビの客室。
チェックインする時に、ナンパしてきたこの男が胡散臭かったからだ。
「死んで溜まるもんですか!」
ドレスの裾を翻し、無人の廊下を駆け抜ける彼女の瞳には、先ほどまでの怯えはない。
ただ一点を見据え、吸い込まれるように闇の中へと消えていった。
対照的に、ラビ自身は大広間に残っていた。
彼は逃げ惑う客たちに目もくれず、台座の上に鎮座するシェリルの遺体へと歩み寄る。
「……わお。思ったより綺麗な切り口だねぇ」
不謹慎な独り言を漏らしながら、ラビは記録者としての手つきで傷口を検分し始めた。
(……この断面、単なる刃物じゃないな。相当な業物か、あるいは……)
彼は、この惨劇の凶器の正体を読み解くため、死者の肉体と対話を始める。
「ユウ……」
[#dn=1#]は、震える指先で神田の腕をぎゅっと掴み、彼にしか聞こえない微かな声で囁いた。
その蒼白な手に、神田の無骨な掌が重ねられる。
「……大丈夫だ。俺のそばを離れるな」
二人が向かったのは、自分たちの客室。
[#dn=1#]が見張りにつき、神田は音もなく天井の裏へと「何か」を滑り込ませ、封印した。
その後、二人はすぐさま隣室のリナリーの部屋へと潜入した。
「あの女、俺たちと同じ匂いがした」
だが、期待に反して、その部屋には不自然なほど何もなかった。
旅行カバンが一つだけ。
中は服と化粧品だけだ。
あまりにも潔白すぎる、生活感のない部屋。
それが逆に、ふたりの胸に得体の知れない違和感を残した。
オーナーの執務室。
そこへ音もなく入り込んだのは、ティキ・ミックだった。
「さて、シェリル。あんたの秘密を、誰が盗んだのかな……?」
荒らされたデスクの奥、彼が見つけたのは――赤黒い血の付着した重厚なレンチ。
「……おやおや。こんな分かりやすいものを、誰が残していったんだか」
ティキはニチャアと口角を上げ、その証拠を、まるですでに価値のないガラクタを見るような目で見つめた。
「ん?待てよ…。レンチで殴った後に首をちょんぎったもあるか?」
アレンの私室。
「……なにか。なにかないか……」
コムイの必死な手つきが、アレンの荷物を乱雑に暴いていく。
彼が探しているのは、シェリルの死を解き明かす鍵か。
それとも、他者の過去を掘り起こすための致命的な弱点か。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
「ここです、事務室は……!」
アレンに導かれ、リンクが事務室へ踏み込む。
だが、そこには人影などひとかけらもなかった。
静まり返った室内で、ジジジ……という不快な走行音だけが、放送ブースのコンソールから漏れている。
「カセットテープか……」
リンクが鋭い目で機材を睨みつけ、停止ボタンに指をかける。
だが、どれほど力を込めても、ボタンは岩のように固着して動かない。
「どうなってる!? 物理的に固定されているのか?」
「貸してください!」
アレンも必死にボタンを叩くが、結果は同じだった。
「電源ボタンはどこだ!? コンセントを引き抜け!」
「あれ……? ハワードさん、これ、コンセントが抜けてます!」
アレンの指差す先、パイロットランプは暗く沈んだままだ。
「なら、どうやって動かしているんだ!」
「知りません! 僕に聞かないでください!」
電力が供給されていないはずの機械が、回り続けている。
そのありえない現実を振り切るように、リンクは事務室を飛び出した。
「あんな殺され方だ。首を断つには、返り血を流せる場所が必要なはずだ……」
二人が辿り着いたのは大浴場だった。
重いドアを蹴るように開けると、むせ返るような湿気と、それ以上に濃厚な鉄の匂いが鼻腔を突く。
「ひぃっ!!」
アレンが短い悲鳴を上げ、その場に尻もちをついた。
湯船に浮かんでいたのは、首を失い、両手両足が縛られたシェリルだった。
豪華だったであろうタイルは赤黒く汚れ、溢れ出した湯が床を血の色に染めていく。
リンクは顔を顰めながらも、迷わず水際へ歩み寄った。
「ここ、ヒビ割れている」
床のタイルの一部が激しく損傷していた。
「そんな!僕が掃除した時にはこんなの無かった!」
「掃除はいつ?」
「午前中です」
次にぷかぷかと浮く、水を吸って重くなった死体を見た。
その手首にある、特徴的な位置のホクロ。
(……間違いない。このホクロは、確かに支配人シェリルのものだ)
リンクが死体から目を離そうとした、その瞬間だった。
浴室の天井にある防水スピーカーが、再びジジッ……と震えた。
『ピンポンパンポーン――10分経過シマシタ。皆様、食堂へお集まりクダサイ』
あの機械的な声が、血の海に響き渡る。
『ヒントは見つかりマシタカ? 犯人は見つかりマシタカ?』
「……くっ」
リンクの低い呟きが、浴室の壁に反響する。
アレンは震えながら、リンクの背中を掴んで立ち上がった。
「……行かなきゃ。あそこに戻らないと、僕たち、本当に処刑されるかもしれない……!」
『皆様、大至急食堂へお集まりクダサイ』
スピーカーの声が、終わりの始まりを告げる。
戻ってきた面々の顔には、それぞれ何かを掴んだという確信と、それ以上に深い他者への疑いが刻み込まれていた。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
リンクとアレンが食堂の重厚な扉を押し開けた瞬間、二人は絶句した。
視界に飛び込んできたのは、あまりにも異様な光景だった。
「な、なんだこれは……!」
広大な食堂の中央、豪奢な長テーブルを囲む宿泊客たち。だが、彼らはただ座っているのではない。
一人一人の首と手首が、椅子の背もたれと肘置きに備え付けられた、冷たい金属製のベルトで完全に固定されているのだ。
さらに、テーブルの中央には巨大なボーガンが据えられていた。
それは、参加者たちの頭に矢先を向けて、ギィ……ギィ……と不気味な音を立ててゆっくりと水平に回転している。
「いいから、早く座れよ」
ラビが、拘束されたまま目だけを動かして、投げやりに言った。
他の面々は、蛇に睨まれた蛙のように、ただ固唾を飲んで回転する矢先を見つめている。
リンクの直感が警鐘を鳴らした。
(この椅子に座ったら……最後だ。二度と立ち上がることはできないかもしれない)
だが、恐怖に支配された集団心理には抗えないアレンは、震える足で自分の名札が置かれた席へと歩を進めた。
彼が腰を下ろした瞬間。
――ガチャン、ガチャンッ!
機械的な音と共に、厚い革と金属のベルトが勝手に跳ね、アレンの自由を奪った。
「ひっ……!」
『 早くお座り下さい。デナイト死にマスヨ?』
スピーカーの声が、リンクの背中を押す。
中央のボーガンが、ギリギリと音を立てて弦を限界まで引き絞った。
その矢の切っ先が、ピタリとラビの前で止まる。
「ぎゃー! やめてさ! やめてさ! 死にたくない!」
ラビが情けない声を上げるが、その瞳の奥には依然として冷めた光が宿っている。
リンクは観念し、自らも空いた席へと深く腰を沈めた。
即座に、冷たい感触が彼の自由を奪う。
『 それでは今から30分、話し合ってクダサイ。』
カチリ、と食堂の壁に設置された巨大なタイマーが動き出した。
命を賭けた犯人捜しが、今、幕を開ける。
「……まず、私が見てきたものを報告させてもらう」
リンクが低い声で切り出した。首を固定されているため、視線だけをテーブルの面々に走らせる。その眼光は、バカンス客のそれではない。
「私とこちらのボーイのアレン・ウォーカーは、放送の出所を突き止めるべく事務室へ向かった。だが、そこには誰もいなかった。それどころか、放送を流していたカセットデッキには、電源すら入っていなかったんだ」
「えっ……? 電源が入ってないのに、声が……?」
リナリーが青ざめた顔で小さく呟く。
「そうだ。物理的にボタンが固定され、停止させることすらできなかった。このホテルのシステムそのものが、何者かに完全に掌握されている」
リンクの言葉に、隣でガタガタと震えていたアレンが、必死に言葉を繋いだ。
「そ、それに……大浴場です! 僕たち、見たんです。湯船の中に……」
アレンが言葉を詰まらせると、リンクが代わって非情な事実を突きつけた。
「シェリル公爵の、首から下の遺体だ。両手両足を縛られ……血の海に浮いていた。左手首にあるホクロから、本人であることに間違いはないだろう。そこで断首したのかタイルがひび割れた箇所があった。返り血を洗い流せる事も出来て、風呂場が最も適していたのだろう」
次に、向かい側に座る男が、低く滑らかな声で口を開いた。
ティキ・ミックだ。
彼は首を固定されながらも、どこか不敵な余裕を崩していない。
「俺は、支配人の執務室へ行ったよ」
全員の視線がティキに集まる。
「あそこなら何か掴めるんじゃないかと思ってね。だが、期待外れだった。部屋はひどく荒らされていたが、それだけだ。何が盗まれたのか、あるいは何を探していたのか……。支配人本人ではない俺には、何も分からなかったよ」
ティキは淡々と語る。
その懐には、彼が執務室で見つけた血の付いたレンチの記憶が仕舞い込まれている。
だが、彼はそれを口にしない。あえて何もなかったと嘘をつくことで、誰がそのレンチを発見と称して持ち出してくるかを見定めようとしているのだ。
「……荒らされていた? なら、犯人の目的はシェリル公爵の殺害だけじゃなく、何か『物』だったということですか?」
リンクが問うが、ティキは肩をすくめることさえできず、ただ薄く笑った。
「さあね。時間が足りなくてそこまでは分からない。ただ、あの部屋の荒れ方は尋常じゃなかった。まるで見られたくない過去を、根こそぎ剥ぎ取ろうとしたみたいにね」
その言葉に、神田の隣で俯いていた[#dn=1#]の肩が、微かに跳ねた。
「過去」という言葉の響きが、逃亡者である彼女の鼓膜を不快に叩く。
ティキ・ミックが執務室の様子を語り終えた直後、リナリーが涼しい顔で、しかし決定的な一撃を放った。
「私は……ラビの部屋に潜入したわ」
リナリーは、まるで他愛のない話をするかのように、淡々と続ける。
「そこで、血の付いた斧を発見したの。ベッドの下に隠してあったわ」
その瞬間、皆の視線が一点に集中する。
中央で回転していたボーガンが、カチリと止まった。
その冷徹な矢先が、ラビの眉間を正確に捉えている。
「そんなもんねぇよ! なんだよそれ、濡れ衣だ!」
ラビが拘束具をガタガタと揺らして叫ぶが、リナリーは表情一つ変えない。
「いいえ、ありました。嘘をつく必要なんてないわ。……あなた、ホテルに来た時、トランク2個に大きな風呂敷包みを背負っていたわよね? そこに凶器を隠し持っていたんじゃないの?」
「お、斧なんざ持ってねぇよ! 旅の荷物だぞ!」
「じゃあ、あの大荷物の中身は何? 殺人の道具以外に、そんなに重いものが入っているの?」
「教えられるかよ! ……チッ、俺が犯人なら、あの生首なんか眺めてられっか! 確かに傷口を見た。あれは斧のような刃物で殺されている。だが、俺じゃねえ!」
ラビの叫びが虚しく響く。
だが、食堂の面々の視線は、彼をただ冷ややかに見下ろすだけだった。
リンクでさえ、呆れと疑念が混ざった溜息をつく。
「……今の発言は墓穴を掘ったみたいに聞こえるな」
「は?」
「生首を眺めていたと自分から言ったな。そして斧で殺されていると断定した。……死体を見ただけで凶器の種類を断定できるのは、犯人か、あるいは凶器そのものを知っている人間だけだ」
「ち、違う! 俺はただ『記録者』として……!」
『 ――処刑まで、残り五分』
機械の声が、容赦なく刻限を告げる。
もはや、誰の弁明も耳に届かない。
集団心理は、既に「ラビ=犯人」という結論に収束していた。
神田ユウが、冷え切った目でラビを見据える。
ラビの叫びも虚しく、中央のボーガンがキィィィィィという金属音を立てて、さらに深く弦を引いた。
ラビの瞳に、初めて死への恐怖が宿る。
「……待ってくれ。おかしくないか?」
断罪の矢が放たれる寸前、コムイ・リーが低く、制止の声を上げた。
全員の視線が、脂汗を浮かべた司会者へと移る。
「その人が犯人なら、真っ先に自分の部屋に戻って斧を処分するはずだ。証拠を隠しもせずベッドの下に放置するなど、あまりに杜撰すぎる」
「……確かに」
[#dn=1#]がポツリと零した。
その一言が、リナリーが作り上げた“ ラビ犯人説”の完璧な壁に亀裂を入れる。
「ほら! それそれ、それが言いたかったんさ!」
ラビが必死に叫ぶ。だが、コムイの救いの手には、別の毒が塗り込まれていた。
「ちなみに、私はアレンくんの部屋を見てきたよ」
「えっ……!?」
アレンの顔から、一気に血の気が引いた。
コムイは冷酷な微笑みを浮かべ、言葉を継ぐ。
「とんでもないものが出てきたね。……その少年には、莫大な借金があるんだよ」
会場にどよめきが走る。
アレンは力なく俯き、唇を噛み締めた。
「私が執務室へ挨拶に行った時、君は支配人に怒鳴られていたね。あれは給料の前借りを断られたからじゃないのかい? 金に困り、強欲な支配人を殺めた……。動機としては十分だ」
沈黙が食堂を支配した。だが、次の瞬間。
「……フフフ」
俯いていたアレンが、乾いた笑い声を漏らした。
ゆっくりと顔を上げたその瞳には、絶望ではなく、剥き出しの敵意が宿っている。
「そうです、怒られましたよ。それが何か? 切羽詰まってるんで、なりふり構わずお願いしましたよ。それが何か?」
開き直ったアレンの言葉に、場がしんと静まり返る。
「だけどね、人を殺すほど僕は落ちぶれていませんよ。そもそも、支配人が死んで困るのは僕です! 今月の給料、誰が払ってくれるんですか!?」
「……確かに……」
[#dn=1#]が、再び相槌を打つ。議論の天秤が激しく左右に揺れる。
「僕なんかより、あっちの男の方がよっぽど怪しいですよ!」
アレンが指し示したのは、沈黙を貫いていた神田ユウだった。
「僕が手荷物を預かろうとした時、見たんです。彼の手を! あれは、長年剣を振るい続けてきた 剣士の手だ。背中に背負っていたあの細長い包み……あれ、刀ですよね? その刀で、支配人の首を撥ねたんじゃないですか!?」
食堂の空気が、これ以上ないほど尖り、張り詰めた。
[#dn=1#]の指先が、拘束具の下で白くなるほど握りしめられる。
「剣士」という正体。そして「刀」という凶器。
新婚夫婦の心臓に、アレンの言葉が鋭い切っ先となって突き立てられた。
「今は背負ってないようですけど、どこに置いてきたんです?」
神田は首を固定されたまま、視線だけでアレンを圧殺せんばかりに睨みつけた。
「……部屋だ」
低く、地を這うような拒絶の声。だが、アレンは引き下がらない。
「調べれば、その刀にルミノール反応でも出るんじゃないですか? 隠したって無駄ですよ!」
その瞬間、[#dn=1#]が悲鳴に近い声を上げた。
「あれは刀ではないわ! ただの釣竿よ!」
「……釣竿。ですか?」
リンクの眉が跳ねる。
[#dn=1#]は必死に、新婚旅行という盾を掲げた。
「ええ! 彼の趣味なの。せっかくの新婚旅行ですもの、この島の美しい海で大物を釣るんだって、ずっと楽しみにしていたのよ。刀なんて物騒なもの、持ってくるはずがないわ!」
「新婚旅行の荷物が、あんな細長い包み一つなのですか?」
リンクの追及に、[#dn=1#]は拘束された指先を白くなるまで握りしめる。
「……ええ。代わりに彼の荷物も私のボストンバッグに入ってるわよ。……ねぇ、ユウ?」
神田は忌々しげに顔を背け、短く「……ああ」と頷いた。
その不器用すぎる肯定が、かえって「尻に敷かれた新婚夫」のような奇妙な説得力を一瞬だけ生み出す。
だが、時間は残酷だった。
『――30分、経過シマシタ』
無機質な機械音声が、熱を帯びた議論を冷酷に断ち切った。
ギリギリ、と音を立てて中央のボーガンの弦がさらに引き絞られる。
食堂の壁に設置されたタイマーが「00:00」を刻み、赤いランプが激しく点滅を始めた。
『サア、審判ノ時間デス。……犯人は、誰デスカ?』
全員の首筋に、死の冷気が走る。
結論は出ていない。
神田への疑い、アレンの借金、ラビの部屋の斧、荒らされた支配人・シェリル公爵の執務室……。
しかし、システムは結論を要求している。
「待て! まだ結論は出ていない!」
リンクが叫ぶが、スピーカーは無情にも次のフェーズを宣告した。
『指名ガナケレバ、規則通リランダムニ執行イタシマス。……5、4、3……』
「ユウ……!」
[#dn=1#]が、隣に座る神田の名を呼ぶ。
もしここで神田が選ばれたら。
もし、この新婚旅行がここで終わるなら。
神田は拘束具を引きちぎらんばかりに腕に力を込めた。
『……2、1。――ターゲット、確定』
ガチリ、と重厚な金属音が響く。
回転を続けていたボーガンの切っ先が、一人の男の正面でピタリと止まった。
その先にいたのは――ラビだった。
「……え? ……ちょ、ちょっと待ってさ……!」
ラビの瞳に、初めて真実の死への恐怖が宿る。
彼が最期に見たのは、自分の部屋に斧があると言ったリナリーの冷ややかな瞳か、それとも、自分への疑いを逸らそうとしたコムイの脂汗か。
『――執行』
――シュッ!!
空気を切り裂く鋭い音と共に、断罪の矢が放たれた。
「…………っ」
静寂。
ドスッ、という鈍い音の直後、ラビの体が、椅子に深々とめり込む。
矢は、ラビの眉間の正中央を、一寸の狂いもなく貫いていた。
「あ……」
リナリーが短い悲鳴を上げた。
ラビの瞳は虚空を見開いたまま、その奥にある記録の全てが、一本の矢によって物理的に断ち切られた。
眉間から滲み出した鮮血が、彼の特徴的なバンダナを赤黒く染めた。
「……本当に…死んだの?」
[#dn=1#]が、絞り出すような声でそう言うが、反応はない。
屠殺場と化した食堂。
そこに、再び無機質な機械音声が響き渡った。
『旅商人(記録者)――ラビ。マタノ名ヲ、ブックマンジュニア』
朗々と読み上げられるその名に、リンクの眉が跳ねる。
『彼ノ本当ノ姿ハ、世界ヲ股ニ掛ケル大泥棒デース。コレマデノ被害額ハ、ナント国家予算並ミ! 取り敢えず、死ンデモイイヨネ? 犯罪者ダシ』
ケタケタと、バグのような笑い声がスピーカーから漏れる。
その瞬間。
「……っ」
[#dn=1#]は、ヒュッと喉の奥を鳴らした。
指先が氷のように冷たくなり、心臓の鼓動が耳の奥で早鐘を打つ。
(犯罪者……?)
機械の声は言った。「死んでもいい」と。
もし、このデスゲームのランダムの基準が、その者の隠し持つ罪の重さにあるのだとしたら。
[#dn=1#]は、隣で彫像のように固まっている神田へ視線を投げた。
自分たちは、新婚旅行中の幸せな夫婦のはずだった。
だが、その仮面の裏側にあるのは、血塗られた逃亡の足跡。
刀を隠し、身分を偽り、追っ手を振り切りながら旅を続ける、紛れもない法理の外の存在。
(次は……私たちが選ばれる?)
『――審判ハ完了シマシタ。……犯人ハ、見ツカリマセンデシタネ』
ラビの遺体を嘲笑うかのように。
『サア、皆様、拘束ハ解除イタシマス。……明日ノ「ゲーム」マデ、各自お部屋デ、ごゆっくりお休みクダサイ』
ガチャン、ガチャンッ――!
一斉に、全員の首と手首の拘束が外れる音が重なり、不気味に共鳴した。
だが、誰も椅子からすぐには立ち上がろうとはしなかった。
ラビの眉間を射抜いたボーガンが不気味な音を立ててテーブルの中へしまわれていく。
「……国家予算並みの、大泥棒……?」
リナリーが震える声で繰り返した。彼女の指先は、自分の部屋で血の付いた斧を見たと言い張った時の冷徹さを失い、激しく波打っている。
リンク警部は無言のまま立ち上がり、ラビの遺体へと歩み寄った。
彼は迷いのない手つきでラビの首筋に指を添え、脈を確認する。
数秒の後、リンクは静かに首を振った。
「ウォーカーくん。どこか、遺体を安置できる涼しい場所はありますか?」
「えっ……あ、それならワインセラーはどうでしょうか。地下にあって温度管理もされています」
「担架のような物は?」
「それは無いですが……客室の余ったシーツならあります! 代用できますよね? すぐに取ってきます!」
アレンが食堂を飛び出していく間、リンクは血に濡れたラビの瞼を、静かに指先で閉じてあげた。
変わり果てた旅商人の顔を見つめながら、リンクの脳内では冷徹な推理が加速する。
(……“犯罪者”なら死んでもいい、か。犯人を当てられなかった場合の予備の生贄として、あらかじめ罪人を集めていたというのか?)
リンクの視線が、ゆっくりと座ったままの面々を舐めるように動く。
震えるモデルのリナリー、脂汗を拭う司会者のコムイ、兄を殺されたティキ、そして――。
「……行くぞ、[#dn=1#]」
神田が低く、押し殺した声で言った。
彼は解放された手首の跡を忌々しげに一瞥すると、[#dn=1#]の肩を抱き寄せ、強引に立ち上がらせた。
その手の熱が、恐怖で凍りついていた[#dn=1#]の肌に伝わる。
「あ、待ってください!」
リンクが制止の声を上げるが、神田は振り返りもしない。
「……俺たちの邪魔をするなら、容赦しねぇ。」
[#dn=1#]は神田の胸に顔を埋めるようにして、食堂を後にした。
その背中に突き刺さるリンクの視線。
(剣士の手、正体不明の荷物……。そして、あの女の必死な嘘。……あの二人は、一体何を隠している?)
そこへ、アレンが真っ白なシーツを抱えて戻ってきた。
リンクは手際よくラビの遺体をシーツで包み込む。
大泥棒として世界を騒がせた男の亡骸は、思っていたより軽かった。
リンクとアレンは二人でシーツの両端を抱え、冷たくなっていくラビを地下のワインセラーへと運んでいく。
一段、一段、階段を下りるたびに、食堂の喧騒が遠ざかり、代わりに冷気と沈黙が二人を包み込んでいった。
まさかの!つづく!!
神田と[#dn=1#]は何をして逃げているのか…?
犯人は誰なのか……!?
そして、生き残るのは誰なのか……!?
皆さん推理をしてみてください。
てか、私、これ。回収できるのかな…不安。
ミステリーは難しいね。
2026/04/03
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