おばちゃんエクソシスト誕生
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第2話。
坂道は思ったより長かった。
港を出た瞬間は威勢よく歩き出したトシコだったが、十歩も進まないうちに気づく。
(……これ、あの教会に向かってるのかい!?)
高台の教会へと続く道。
トシコは毎週日曜日のミサに参加していたが、この坂道に慣れることはなかった。
(なんだって昔の人はこんなところに建てたのさ…)
石畳の坂は容赦なく上へ伸びている。しかも急だ。若い神田は何も言わず、一定の速度でずんずん登っていく。
「ねえ兄ちゃん」
返事はない。
「教団ってのはどこにあるんだい?」
沈黙。
「給料は出るのかい?危険手当とかさ」
無視。
「食事は?三食つくのかい?あたしゃ朝はちゃんと食べないと機嫌悪くなるよ」
神田の背中が、ほんのわずかにぴくりとした。
だが歩みは止まらない。
数分後。
トシコの足取りは露骨に重くなっていた。
「……ちょ、ちょっと待ちな……」
神田との距離がみるみる開く。
坂は終わる気配を見せない。肺が焼ける。太ももが悲鳴を上げている。
「おい!」
神田は振り返らない。
「ババアを置いてくなー!」
ぴたり、と神田の足が止まった。
ゆっくり振り返る。盛大な舌打ち。
「……チッ」
視線の先では、トシコが坂の途中で前屈みになり、肩で息をしていた。
「ゼー……ハー……兄ちゃん……若いんだから……後ろから押しな……」
当然の権利みたいに言う。
神田の眉間に深い皺が刻まれた。
「ふざけてんのか」
「なんだい!口聞けたのかい!あたしゃてっきりアンタは美人と口が聞けないんだと思ってたよ!」
数秒の沈黙。
神田はもう一度ため息をつくと、面倒くさそうに坂を降りてきた。
そして無言で六幻に視線を落とす。
「え、ちょ、何すんだい」
鞘に収めたままの六幻の柄で、ぽす、とトシコの腰を押す。
絶妙な角度だった。
「あーー……そこそこ」
思わず声が漏れる。
「そこ……気持ちいいわあ…」
神田の顔がさらに険しくなる。
「もっとグリグリ……って違うわい!」
はっと我に返る。
「ちゃんと押しな!」
神田は無言で六幻を引っ込め、今度は本当に両手で背中を押した。
ぐい、と前へ進む。
「おお、進む進む」
「……黙って歩け」
「兄ちゃんいい子じゃないかー」
神田のこめかみに青筋が浮いたが、何も言わない。
押されながら、トシコはまた喋り出す。
「で?教団ってのは何人ぐらいいるんだい」
「……多い」
「雑だねえ!兄ちゃん説明が雑だよ!」
そんなやり取りを続けているうちに、坂の終わりが見えた。
高台の上に、小さな石造りの教会が建っている。
朝日に照らされて、白い壁がぼんやり光っていた。
「着いたぞ」
神田が手を離す。
「兄ちゃんありがとう」
重い扉がきい、と音を立てて開く。
中から神父が顔を出した。
「お待ちしておりました」
穏やかな声が、静かな朝の空気に溶ける。
トシコは神田をちらりと見てから、小さく息を吐いた。
(……ほんとに、始まるんだねえ)
それでも口から出たのは、まるで別の言葉だった。
「兄ちゃん」
「……」
「これからも登り坂では押しておくれよ?」
神田は無言で教会の中へ入っていった。
神父は一歩下がり、祭壇の奥を示した。石床の中央に、見慣れない紋様が刻まれている。
薄く白い光が脈打っていた。
トシコは目を細める。
「なんだいあれは。床が光ってるよ」
「入れば分かる」
神田はさっさとその上に立つ。
トシコは半信半疑で隣に並んだ。
足元から、ひやりとした感覚が這い上がる。
次の瞬間――
世界がぐにゃりと歪んだ。
胃が持ち上がる。景色が白く伸びる。
「うおおおお!?」
思わず神田の腕にしがみつく。
ほんの数十秒だった。
視界が戻ったとき、そこはもう教会ではなかった。
見知らぬ広間。高い天井。遠くで誰かの足音が響く。
トシコはふらつきながら辺りを見回した。
「……今の何だい」
「教団製の転送門だ。方舟ほど便利じゃねぇ。気持ち悪くなるもんもいるしな」⚠原作にはそんな装置はありません。
神田は何事もなかったように言う。
「方舟?」
トシコは眉をひそめる。
「なんじゃいそりゃ。旧約聖書に出てくるアレかい?」
神田が一瞬だけ言葉に詰まった。
「……似たようなもんだ」
「似たようなもんって何さ。兄ちゃんホントに雑だねえ説明が!」
トシコは胸を押さえて大きく息を吐く。
「うっ……気持ち悪……」
「吐くな」
「無理ぽ!」
神田は露骨に顔をしかめたが、助けもしなかった。
広間の奥から、白衣の職員たちがこちらを見てざわめいている。
トシコはその様子を見て、小さく呟いた。
(……ほんとに、来ちまったんだねえ)
それでも口から出たのは、やっぱり軽口だった。
「兄ちゃん」
「……」
「次使うときは、酔い止め用意しとくれよ」
神田は無言で背の高い男の方へ歩き出した。
室長のコムイ・リーである。
「おおおお!新しい適合者だね!?ようこそ黒の教団へ!」
勢いよく両手を広げた。
「僕はコムイ・リー。本部室長を務めているよ!」
「はあ」
トシコはぽかんと口を開ける。
「室長?えらい人かい?」
「えらいよ!」
横から誰かが即答した。
振り向くと、白衣の職員たちがずらりと並んでいる。
「めちゃくちゃえらいです」 「本部のトップです」 「この人がいないと給料出ません」
「給料出るのかい!」
トシコの目が輝いた。
コムイは満足そうに頷く。
「もちろん!危険手当も出るよ!」
「いい職場じゃないか!」
さっきまでの酔いが一瞬で吹き飛ぶ。
神田が小さく舌打ちした。
コムイが風呂敷包みに目を向けた。
「それはこっちで部屋に運んでおくよ」
「おや、助かるねぇ」
コムイは笑いながらトシコの風呂敷包みを受け取り、傍に居た団員に手渡した。
「ではまず登録だ。ヘブラスカの間へ案内しよう」
「なんだいそのネブラスカってやつは」
「へブラスカ。ね」
コムイが即座に訂正する。
「同じようなもんだろうが」
「全然違うよ!」
トシコはむうっと口を尖らせたあと、何気ない顔で神田の腕をぎゅっと掴んだ。
「怖いよ……兄ちゃん着いてきてくれよ」
「は?」
神田が露骨に顔をしかめる。
「一人で行け」
「嫌だよ!変な所に連れてかれて、変な実験でもされたらどうすんだい!」
「されねぇよ」
「保証できるのかい!ティエドールさんにもよろしく言われたじゃろ??」
“ね?ね?”とおばちゃんの必死な顔。
ぐい、とさらに強く引っ張る。
神田のこめかみに青筋が浮いた。
「……チッ」
この場からさっさと離れるつもりだった神田は、結果的に半ば引きずられる形で一緒に向かうことになった。
「離せ」 「やだよ。逃げたらどうすんだい」 「逃げねぇよ」 「信用ならないねえ」
職員たちがひそひそと囁く。
「神田が捕まってる……」 「珍しい光景だ……」
神田は無言で睨みつけた。
一瞬で静かになる。
こうして、腕をがっちり掴まれたまま――
ヘブラスカの間へ降りていった。
地下へ続く階段は長く、空気はひんやりしていた。
石壁に灯るランプの火が揺れる。
「なんだいここ。墓場みたいだね」
「似たようなもんだ」
神田がぼそりと言う。
「縁起でもないこと言うんじゃないよ!」
(どっちが先に言ったんだよ…)
と神田は心の中で呟いた。
階段の先に、大きな扉が現れた。
コムイがゆっくり押し開ける。
中は広かった。
暗い空間の中央に――
それは“座っていた”。
巨大な、白い何か。
肉とも石ともつかない質感の塊が、静かに呼吸している。
無数の触手のようなものがゆるやかにうごめき、部屋いっぱいに広がっていた。
トシコは一歩後ずさる。
「……なんだいあれ」
コムイが静かに言う。
「ヘブラスカ。イノセンスの守護者だ」
空気が震えた。
直接頭の中に声が響く。
『……新しい子……』
「うわっ喋った!」
トシコは神田の後ろに隠れる。
「“子”……」
神田は無表情のままだけど、笑いそうになる。
『恐れるな……調べるだけ……』
白い触手が、ゆっくり伸びてくる。
「ちょ、ちょっと待ちな!心の準備が――」
触手がするりと体に巻きついた。
「ぎゃああああ!」
持ち上げられる。
「兄ちゃん助けな!」
「無理だ」
「薄情者!」
次の瞬間、体が白い光に包まれた。
痛みはない。
ただ、不思議な温かさが全身を満たす。
掌の十字が、淡く光った。
『……適合……確認……適合率46………。
イノセンス…《Pietà(ピエタ)》嘆きの聖母
傷を癒す…寄生型支援イノセンス
この者は……死にたがる世界を、
何度でも引き戻す』
空気がぴん、と張り詰めた。
ヘブラスカの声は続く。
『 だが……最後に問われるだろう
誰がお前を引き戻すのか、と』
触手がほどける。
床にそっと降ろされた。
トシコはふらふらしながら立つ。
「……なんだい今の」
コムイが満足そうに頷いた。
「正式登録完了だ。今日から君はエクソシストだよ」
沈黙。
トシコは自分の掌を見る。
十字の痕が、確かにそこにあった。
ゆっくり顔を上げる。
「……お腹が空いたよ…朝から何も食べてないんだよ…」
神田が深いため息をついた。
コムイは苦笑しながら眼鏡を押し上げる。
だがヘブラスカの言葉だけが、静かにその場に残っていた。
つづく、2026/02/06