おばちゃんエクソシストの成長
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第14話。
匍匐(ほふく)前進で這い進んだ狭い道の先。
横穴の出口が急激に広がり、アレンが這い出そうとしたその瞬間――。
「……っ!?」
あまりの眩しさに、三人は一斉に目を顰めた。
百年以上放置された炭鉱の、あのじっとりとした漆黒に慣れていた瞳に、暴力的とも言える鮮烈な光が容赦なく突き刺さる。
ゆっくりと、涙の滲む目を開けた三人は、己の目を疑った。
そこには、炭鉱の続きなど存在しなかった。
広がっていたのは、淡いピンクやミントグリーンのパステルカラーに染まった、どこまでも広い奇妙な空。
足元には冷たい泥ではなく、巨大な積み木ブロックやぬいぐるみ、そして場違いにぽつんと置かれたピアノなど、子供が好きそうなおもちゃが床一面に転がっている。
非現実的で、悪趣味なほどメルヘンな、巨大なおもちゃ箱の異空間。
「……な、なんだいここは……。炭鉱の奥に、おもちゃ屋の化け物でも棲みついてるのかい……!?」
トシコが泥だらけの顔を強張らせ、狼狽した声を上げる。
だが、神田の反応は違った。六幻の柄に手を添えたまま、凶刃のような眼光で周囲を射抜く。
「チッ……気色の悪い空間だ。炭鉱の中にこんな広さがあるわけねェ」
そして――アレンの左腕が、かつてないほど激しく脈打ち、異様なまでの拒絶反応を起こしていた。
(なんだ……この、胸が吐き気を催すような悍ましい気配は……。AKUMAじゃない。もっと、根源的な……!)
見上げれば、このパステルカラーの空間のド真ん中、巨大なオルゴールが虚空にぽっかりと浮遊していた。
その音色は――炭鉱の闇で三人の耳を苛んでいた、あの悍ましい「ギギギ……」という軋みではない。
遮るもののない広大な空間に響き渡るのは、頭が狂いそうになるほど透き通った、どこまでも美しく、綺麗な、完璧なオルゴールのメロディ。
現実世界の隙間から歪んで漏れていた音が、敵の庭に入った瞬間にその真実の旋律を奏で始めたのだ。
あまりの美しさと、そこで行われている光景の異様さに、トシコは息を呑んで立ち尽くす。
その綺麗なオルゴールの上に、一人の少女が腰掛けている。
トゲトゲの黒髪に、どこかあどけなさを残した容姿。
彼女は宙ぶらりんにした細い足をぶらぶらと楽しげに揺らしながら、大きなうずまきキャンディをペロペロと舐めていた。
そして、その浮遊するオルゴールの真下。
床のタイルの上に、一人の男が澄ました顔でスッと立っていた。
仕立ての良いタキシードに、シルクハット。
浅黒い肌に涙ボクロのある、どこか気だるげで端正な顔立ちをしたその男は、暗黒の炭鉱にはあまりにも不釣り合いなほど優雅に佇んでいる。
だが、その男の足元で行われている光景は、優雅さとは程遠い地獄そのものだった。
男の足元から、肉厚で悍ましい触手のような管が、まるで生き物のようにうねりながら伸びている。
その管は、先ほど炭鉱内へ入っていったばかりの、あの村の兄妹の身体にギリギリと巻き付いていた。
生気を吸い上げられているのか、兄妹の肌は見る見るうちに土気色に変色していく。
「子どもたち……っ!」
アレンの目が、さらにその上を見て見開かれた。
兄妹と、宙に浮くオルゴールの間――空間を埋め尽くすようにうねる管の群れに、村から消えた子供たちが鈴なりに囚われていた。
全員、ピクリとも動かず意識は無い。
一目でわかる、残酷なグラデーションだった。
下の方にいる子供たちは、まだ肉体的な原型を保っている。
今すぐ助ければ、まだ間に合うかもしれない。
だが、管を伝って上へ行くほど――オルゴールの核に近くなるほど、子供たちは干からび、完全に「骨と皮」だけの無惨な姿と化していた。
生死すら不明な、絶望の砂時計。
「あはっ♪」
オルゴールの上の少女が、口からキャンディを離し、パッと花が咲くような笑みを浮かべた。
初めて見る侵入者たちを、まるで新しい玩具でも見つけたかのような、無邪気で残酷な瞳で見下ろしてくる。
「やっと来たぁ! 待ちくたびれちゃったよ、黒の教団のエクソシスト。」
少女――ロード・キャメロットの歓声に、下に立つタキシードの男、ティキ・ミックが、やれやれと肩をすくめた。
懐からおもむろに煙草を取り出し、澄ました顔のまま火をつける。
「おいおい、ロード。あんまり熱烈に歓迎してやるなよ。せっかく遠路はるばる泥んこ遊びをして来てくれたんだ、少年たちが怯えちまう」
ティキの紫煙が、パステルカラーの空に、ゆらりと黒く溶けていく。
極彩色の悪夢の中で、初めて対峙する「白」と「黒」。
「……神田、トシコさん」
アレンが泥に塗れた顔を上げ、激しく脈打つ左腕を、目の前の敵へと真っ直ぐに向けた。
その瞳には、子供たちを傷つけられた激しい怒りの炎が宿っている。
「ここ、広いですよね…」
だから、暴れられる。
「フン……言われなくても、そのつもりだ」
神田が低く笑う。
その刹那、彼から立ち上る力が、狭い炭鉱内で抑え込まれていた反動で一気に爆発した。
青白い光が、パステルカラーの空間を威嚇するように抜刀した。
六幻の刀身が、待ち兼ねたと言わんばかりに鋭く鳴いた。
大技を封じられた泥まみれの地獄は、もう終わりだ。
どこまでも広いロードの悪夢の中で、三人は、人類の敵であるノアの一族をブチ破るべく、その全能力を解き放とうとしていた。
「子供たちを、返せ……っ!!」
アレンの咆哮が、美しく響くオルゴールの音色を切り裂いた。
その怒りに呼応するように、アレンの左腕が激しい光を放ちながら変形していく。
肉体から展開されたのは、彼の身体を覆うように巨大な質量を持って具現化した『退魔の剣』だ。
ズシン、と剣の切っ先が床のタイルに据えられる。
その圧倒的な重量感に、ロードはキャンディを舐める手を止め、興奮したように目を輝かせた。
「子供たちを使って、お前たちは何を企んでいるんだ……!」
激昂するアレンの背後で、トシコの身体が強張る。
管に囚われ、上へ行くほど干からびていく子供たちの無惨な姿。
それを前にして、他者の苦痛を放っておけない彼女の衝動が、胸の奥で激しく暴れ狂っていた。
「……あの子たち、一人残らず、私が連れて帰るよ……ッ!!」
トシコは我を忘れて、生気を吸い上げられている兄妹の方へと駆け出そうと、一歩前に足を踏み出す。
「おい、ババア!!」
その襟首を、神田の冷徹な声と、抜刀された六幻の鞘が強引に引き戻した。
「下がってろ。死にてェのか」
「な、何さ! あそこにまだ助かる子供がいるんだよ! あの管なんて全部引っ剥がしてやる!」
「黙れっつってんだ!!」
神田の容赦ない怒号が、空間に爆発した。
その目は、本気でトシコを睨みつけている。
「テメエのイノセンスがどういう能力か、忘れたわけじゃねェだろ。これだけの数の管から生気を分け与えてたら、中和しきる前にテメエの肉体が消えてなくなるぞ。足手まといになるな、そこにへばりついてろ!」
神田は、トシコの能力が『自分を削って他者を救う』という、最も無茶な救済であることを誰よりも深く理解していた。
だからこそ、ここで彼女に命を捨てさせるわけにはいかないという、神田なりの優しさだった。
アレンは背後の二人のやり取りを横目に、当然のように大剣を構え直す。
彼は戦いの場に意識を集中させ、宙に浮くロードと、すました顔で煙草をくゆらせるティキへと鋭い視線を戻した。
それを見たロードは、くすくすと不気味に笑う。
「あはは、おもしろーい! 仲間割れ? それとも愛のナントカってやつ? ねぇ、ティキ、どっちだと思う?」
「さあな……。だが、あの白い少年、なかなか物騒な大剣を振り回すじゃないか。そんな大きな玩具、怪我する前に置いておきな」
ティキがシルクハットの庇を指先でくいと上げ、冷酷な黄金の瞳を妖しく光らせた。
敵の圧倒的な圧力が空間を満たす中、トシコは神田の鞘を睨みつけ、それから大剣を構えるアレンの背中へと、低く、だが鋭い声を投げかける。
「じゃあ。どうするってんだい。どうやってあの子たちを救うんだい」
感情で動けば全員死ぬ。それをエクソシストとして理解したからこその、冷徹な問い。
アレンは視線をティキから外さないまま、恐ろしいほどの冷静さで即座に答えを紡ぎ出した。
「僕が囮になります。その隙に神田があの奇妙な管を斬ってください。斬ったらトシコさんは子供たちを救出。神田はあの女の子を!」
一瞬の沈黙。
アレンの作戦は完璧だった。
最も頑丈で守りの堅いアレンが敵の初撃を引きつけ、最大の破壊力を持つ神田が管を断ち切り、そのまま上空のロードへ突撃する。
そして、救い出された子供たちのケアは、戦場で最も慈愛に満ちた能力を持つトシコが引き受ける。
神田はチッと短く舌打ちをし、六幻の切っ先をわずかに下げた。
「お前に指図されんのはイラつくが、やってやるよ」
不快感を隠そうともしない声音。
だがその言葉は、アレンの戦術眼と、己の剣への絶対的な信頼を受け入れた証だった。
「あはっ、なんかヒソヒソお話してるー!」
オルゴールの上のロードが、無邪気にケラケラと笑い声を上げる。
「いいよ、何したって無駄だもん。ティキ、あの白い子、面白そうだから遊んであげて?」
「やれやれ……。お嬢様のワガママには勝てねぇな」
ティキが指先で煙草を弾く。
それが、戦いの合図だった。
「――行きます!!」
アレンの咆哮とともに、巨大な退魔の剣がパステルカラーのタイルを激しく蹴った。白い影が弾丸となってティキ・ミックへと突っ込んでいく。
同時に、神田の身体から立ち上る青白い力が限界突破の暴風となり、空間を引き裂きながら、管の群れへと最凶の一歩を踏み出した。
つづく、2026/07/09