おばちゃんエクソシストの成長
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第9話
室長室には、神田、アレン、そしてトシコの三人が呼び出されていた。
コムイは机の上に一枚の報告書を広げ、真面目な表情で口を開く。
「今回の任務先は、山岳地帯にある小さな村だ」
部屋の空気が引き締まる。
「ここ数週間、子どもたちが夜になると次々に姿を消している。村では"神隠し"と噂になっているが、おそらくAKUMAの仕業だろう」
神田が腕を組んだまま鼻を鳴らす。
「AKUMAの仕業なら体も残ってねぇだろうな」
「そんな…身も蓋もないことを…」
コムイは地図の一点を指差した。
「子どもたちがどこへ連れ去られているのかを突き止め、全員を無事に救出すること。それが今回の最優先事項だ」
アレンは静かに頷いた。
「分かりました」
「もう死んでんだろ」
アレンがキッと神田を睨む。
「本来なら、この任務は神田君とアレン君、二人に任せる予定だったんだけどね」
その言葉に、二人は同時に顔をしかめる。
「……チッ」
「……嫌ですね」
見事なくらい息が合っていた。
コムイは苦笑いを浮かべる。
「君たち、そこだけは本当に仲がいいね」
「よくありません」
「良くねぇ」
また綺麗に重なる。
「だから変更した」
コムイはにっこり笑った。
「ストッパー兼、移動中の生活サポート役として、トシコ。君も同行してくれ」
「……わたし?」
突然名前を呼ばれたトシコが、自分を指差した。
「そう。神田君とアレン君を二人きりで山へ送り込むと、AKUMAと戦う前に、お互いで殺し合いを始めかねないからね」
「始めねぇ」
「始めません」
「即答するところが怪しいんだよ」
コムイがさらりと言う。
「それに、山での野営になる可能性が高い。君は野外活動にも慣れているし、生活面でも二人を支えてあげてほしい」
トシコは腕を組み、うーんと唸った。
「なるほどねぇ……つまり、おばちゃんは引率の先生ってわけかい」
「そんなところかな」
「子守りは得意だよ!」
「誰がガキだ」
神田が即座に睨む。
「あんた達だよ」
「……あ?」
「アンタとアレンちゃんは精神年齢が小学生だからね」
「誰がだ!」
「違うんかい?」
「違います!」
アレンまで反論する。
「僕はちゃんと大人です!」
「でも神田の兄ちゃんを見ると、すぐムキになるじゃないか」
「それは神田が悪いんです!」
「モヤシが突っかかってくるからだろ」
「どっちもどっちだよ!」
トシコがぴしゃりと言うと、二人は揃って口を閉じた。
コムイは満足そうに頷く。
「うん。その調子」
「?」
「ほら、もう止められてる」
室内が一瞬静まり返る。
神田とアレンは顔を見合わせ――
同時に顔を逸らした。
「……チッ」
「……ふん」
「はい決まり」
コムイがぱんっと手を叩く。
「今回の任務は、この三人で行ってもらう」
「チッ……なんでババアとモヤシと組まなきゃならねぇんだ」
神田が露骨に嫌そうな顔をする。
するとアレンも負けじと眉をひそめた。
「僕だって神田と行くのは嫌ですよ。でも、トシコさんが一緒なら心強いです」
「おやまあ♡」
トシコは照れくさそうに鼻の頭をかいた。
「そんな頼られると、おばちゃん張り切っちゃうじゃないか」
そう言って、二人の肩へぽんぽんと手を置く。
「よし。任務も喧嘩も、おばちゃんがまとめて面倒見てやるよ」
「喧嘩する前提か」
「するだろう?」
「……」
神田とアレンは何も言い返せなかった。
その沈黙こそが、何よりの答えだった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
山あいにひっそりと佇む小さな集落。
藁葺き屋根の家々。
畑仕事をしていた老人。
井戸端で話をしていた女たち。
子どもの姿だけが、不自然なほど見当たらない。
重たい空気が、村全体を覆っていた。
「……ここか」
神田が低く呟く。
黒の団服を翻しながら、一歩、また一歩と村へ踏み込む。
鋭い眼光。
近寄り難い空気。
腰には六幻。
まるで物騒という言葉が、そのまま人の形になったようだった。
村人たちは一瞬で顔色を変える。
「あっ……!」
「よそ者だ……!」
「家へ!」
ガラガラッ!
バタン!
戸が閉まる。
窓が閉まる。
洗濯物を取り込む音まで聞こえた。
ものの十秒で、さっきまで人のいた村は、まるで無人になってしまった。
「…………」
神田は眉をひそめる。
「何だ」
「何だじゃありませんよ」
アレンが苦笑しながら肩を落とした。
「神田、その殺気を少ししまってください。」
「出してねぇ」
「出てます。」
「出してねぇ」
「出てます。」
きっぱり言い切るアレンに、神田は露骨に舌打ちした。
「チッ……」
「少し下がっていてください。ここは僕が話します」
そう言ってアレンは一歩前へ出る。
肩の力を抜き、柔らかく微笑む。
「突然お邪魔して申し訳ありません。僕たちは黒の教団の者です。」
声は穏やかで、よく通る。
相手を安心させる、不思議な響きがあった。
「子どもたちが行方不明になっていると聞いて、お力になれればと思い来ました。」
閉まっていた戸が、そっと数センチだけ開く。
「……本当かい?」
「はい」
アレンは優しく頷いた。
「どうか、お話だけでも聞かせてください。」
その笑顔に、村人たちの表情が少しずつ和らいでいく。
「兄ちゃん……いい人そうだな。」
「中へお入り」
「話を聞いてもらおう。」
神田は腕を組んだまま、その様子を横目で見ていた。
「……営業か」
「世渡り上手いでしょ?」
アレンはさらりと答える。
その頃。
神田たちの少し後ろでは。
ガサ。
ゴソ。
ガサゴソ。
巨大なリュックを背負ったトシコが、何やら一心不乱に荷物を漁っていた。
「どこいったかねぇ……」
ガサゴソ。
「あった!」
数十秒後。
ひょこっ、と現れたトシコの姿に、神田の眉間へ深い皺が刻まれる。
「……」
頭には手ぬぐいで作ったほっかむり。
紺色のもんぺ。
腰には前掛け。
どこからどう見ても、村のおばちゃんだった。
「どうだい!」
トシコは得意げに胸を張る。
「旅のお供、変装グッズ一式!」
「……チッ」
神田が盛大に舌打ちした。
「おい、ババア」
「なんだい?」
「その格好は何だ」
「変装だよ!」
トシコは自慢げにくるりと一回転した。
「旅の基本だろ!」
「基本じゃねぇ」
神田は即答した。
「そうかい?」
「そうだ」
「旅番組じゃ、みんな現地のおばちゃんみたいな格好してるじゃないか。」
「お前は何を見て学んだ」
「知恵だよ!」
「間違った知恵だ。」
神田は深くため息をついた。
そして、トシコのほっかむりを指差す。
「脱げ」
「嫌だよ」
「脱げ」
「嫌だって」
「俺たちは黒の教団のエクソシストだ」
神田の声が低く響く。
「この団服は、その証だ」
六幻へ添えられた手に、自然と力が入る。
「命が惜しいからといって脱ぐような真似はするな」
その言葉には、誇りがあった。
何度血に濡れようと。
何人仲間を失おうと。
黒の団服を背負って戦ってきた者だけが持つ覚悟だった。
しかし、トシコは一歩も引かなかった。
「命が惜しいからじゃないよ」
きっぱりと言い返す。
「情報を集めるためだよ」
ほっかむりを指でちょんと叩く。
「見な。こういう格好してると、村のおばちゃん同士ってだけで話しやすいんだよ」
「必要ねぇ」
「必要ある!」
トシコは神田の胸を指差した。
「ほら見な!」
神田が眉をひそめる。
「その怖い顔!」
「……あ?」
「村の人、全員逃げちゃったじゃないか!」
「……」
「聞き込みは第一印象が命なんだよ!」
「俺たちは営業じゃねぇ」
「でも聞かなきゃ始まらないだろう!」
二人の視線が真っ向からぶつかる。
バチッ。
火花が散るような空気だった。
少し離れた場所で村人と話していたアレンが、その気配に振り返る。
「また始まった……」
小さく肩を落とす。
村人も苦笑した。
「あの二人……仲が悪いのかい?」
アレンは困ったように笑う。
「ええ、とても」
村人は、もんぺ姿で神田へ食ってかかるトシコを見て、小さく吹き出した。
「でも、おばちゃんは、あの怖そうな兄ちゃんにも全然負けてないねぇ」
「そうなんです」
アレンも思わず笑う。
「そこが、トシコさんのすごいところなんですよ」
神田とトシコが団服ともんぺ姿をめぐって火花を散らしている頃。
アレンは、その家の子どもたちから聞き込みを行った。
「本当に怖かったんだ」
一人の少年が、震える声で話し始める。
「友達のケンがね、山の方から『助けて』って声がしたって言って、一人で走って行っちゃったんだ」
「それで?」
アレンが静かに尋ねる。
「追いかけたんだけど……途中で急に霧が出てきて……」
少年は唇を震わせた。
「霧が晴れた時には、もういなかった」
「足跡も?」
「うん。途中で、ぷつんって消えちゃった」
その妹も、小さく頷く。
「夜になると、お山が光るの」
「光る?」
「青白く……ふわぁって」
「お父さんが見に行こうとしたら、お母さんが泣いて止めた」
「村長さんも、『絶対に山へ近付くな』って」
アレンは一つ一つ丁寧に手帳へ書き留めていく。
さらに話を聞くと、大人たちからも気になる証言が集まった。
「政府から来た警官さんたちも山へ入った」
「十人近くいた」
「でも、一人も戻らなかった」
「銃まで持っていたのに……」
アレンは表情を引き締める。
(AKUMAだけじゃない……?何か別の要因もある?)
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
一方のトシコは――。
井戸端には、洗濯をする女たちが集まっていた。
だが、その場に笑顔はない。
桶の中で衣服を洗う手だけが、黙々と動いている。
目の下には濃い隈。
何日も眠れていないのだろう。
子どもを失った村の空気は、重く沈んでいた。
そんな中へ、ほっかむりにもんぺ姿のトシコが、洗濯籠を抱えてずかずかと割って入る。
「いやぁ〜、聞いておくれよぉ!」
突然の大声に、女たちが一斉に顔を上げた。
「うちの上のバカ息子が反抗期でねぇ!」
遠くに立つ神田を親指でびしっと指差す。
「口を開けば『チッ』だよ! 『チッ』!」
まるで見計らったようなタイミングで、
「……チッ」
神田本人の舌打ちが村中に響いた。
数秒の静寂のあと――。
「……ふっ」
年配の女性が思わず吹き出した。
「本当に言ったねぇ」
その一言をきっかけに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。
トシコはすかさず畳み掛けた。
「そうなんだよ! 何が気に入らないんだか、朝から晩まで『チッ』『チッ』ってねぇ! おばちゃん、舌が擦り切れないか心配でしょうがないよ!」
何人かの女性が、くすっと笑った。
「下の子はいい子なんだけどねぇ」
今度はアレンが居る方向を指差す。
「礼儀正しいし、素直だし、だぁけど、この子、ご飯は山ほど食べるから食費がねえ」
「トシコさん……」
アレンが苦笑する。
家の中にいるアレンに聞こえるほどトシコの声はデカかった。
「この子、この前なんかチャーハン何杯食べたと思う? おばちゃん途中で数えるの諦めたよ!」
「あらまぁ」
「食べる子は元気でいいねぇ」
年配の女性が小さく笑う。
しかし、その笑みは長く続かなかった。
「……うちの孫も」
その声に、トシコは静かに耳を傾ける。
「よく食べる子だった」
女性の手が止まる。
濡れた手ぬぐいを握り締めたまま、俯いた。
「『おばあちゃん、おかわり』って、毎日言ってくれてねぇ……」
声が震える。
「今は……どこにいるのかも分からない」
井戸端が再び静まり返る。
誰も慰めようとはしない。
慰めの言葉では足りないことを、ここにいる全員が知っていた。
トシコも、軽口を挟まなかった。
代わりに女性の隣へ腰を下ろし、黙って洗濯物を一枚手に取る。
じゃぶ。
じゃぶ。
一緒に洗い始めた。
しばらく、水音だけが流れる。
やがて別の女性が、小さく口を開いた。
「夜になるとね……」
「うん」
「山が光るんだよ」
トシコは顔を上げる。
「青白い光が、霧の中で揺れてる」
「昔から、あの山は近付くなって言われてた。」
「炭鉱があったからねぇ」
別のおばあさんも話し始める。
「閉山して何十年も経つけど、坑道だけは残ってる」
「失踪した子たちは……みんな、あの山へ向かって行った。」
さらに別の女性が続ける。
「政府から派遣された警官さんたちも、十人近く山へ入った」
「帰ってきた人は、一人もいない」
その場にいた全員が俯いた。
「もう……誰にも山へ行ってほしくない」
ぽつりと漏れたその言葉には、諦めと祈りが滲んでいた。
トシコは洗い終えた手ぬぐいを丁寧に絞り、静かに立ち上がる。
「ありがとう」
深く頭を下げた。
「十分だよ」
その笑顔は、さっきまでの賑やかな世話焼きおばちゃんの笑顔ではなく、誰かを安心させる、大人の笑顔だった。
「今度は、おばちゃんたちの番だ。」
その言葉に、村の女たちは静かに頷いた。
ようやく、自分たちの願いを託せる相手が現れた――そんな、小さな希望を胸に抱きながら。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
それから十分後。
村の広場でアレンは手帳を閉じた。
「聞けました」
ちょうどその時、トシコも戻ってくる。
「おーい!」
「どうでした?」
アレンが尋ねる。
トシコは得意げに指を一本立てた。
「山」
「!」
「昔の炭鉱」
アレンも目を見開く。
「僕も同じ情報を聞きました」
「夜になると青白い光」
「足跡が途中で消える」
「警官隊も帰ってこない」
「失踪した子どもたちは全員、山へ向かってる」
二人は顔を見合わせた。
「一致しましたね。」
「一致したねぇ。」
神田が腕を組んだまま近付いてくる。
「場所は分かったか。」
アレンは頷いた。
「はい」
トシコは、ゆっくり神田の前まで歩いていく。
そして腕を組み――
これ以上ないほどの、特大のドヤ顔を決めた。
「ほらごらん」
神田は無言。
「『臨機応変』だよ、神田ちゃん」
胸を張る。
「団服だけじゃ情報は集まらないこともあるんだよ」
神田はしばらく黙っていた。
「……チッ」
悔しそうに舌打ちすると、刀の柄をカチリ、と鳴らす。
それ以上、反論はしなかった。
その様子を見たアレンが、小さく笑う。
「今回は、トシコさんの勝ちですね。」
「だろう?」
トシコはさらに胸を張る。
「人生はねぇ、場面によっては、ほっかむりともんぺも武器になるんだよ。」
神田は顔を背けたまま、ぼそりと吐き捨てた。
「……弱そうな武器だ」
「いいんだよ」
トシコは満面の笑みで言い返す。
そして三人は、失踪事件の鍵を握るという、山奥の古い炭鉱跡へ向けて静かに歩き始めた。
つづく、2026/06/26