おばちゃんエクソシストの成長
❤安心のお名前設定❤
楽しく読むためにおばちゃんの名前を変えることが出来ます。
好きな名前に変換して読んでみましょう。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第6話
鍛練場の空気が、ぴんと張り詰めた。
普段着のトシコは、ブックマンと向かい合っていた。
さっきまで「第二形態だよ」だの「お布施していきな」だのと騒いでいた口は、今はきゅっと結ばれている。
足裏で床を掴む。
膝の力を抜く。
肩に余計な力を入れない。
息を浅くしない。
任務の合間、ブックマンに叩き込まれた言葉を、トシコは頭の中で一つずつなぞっていた。
ブックマンは静かに立っている。
老人らしい丸まった背。
細い腕。
縁どりのせいかの眠たそうな目。
だが、その正面に立つトシコには分かる。
あれは、ただの年寄りではない。
少しでも油断した瞬間、床と親密な関係になるやつだ。
「行くぞ」
ブックマンが短く告げた。
「来な!」
トシコが構えた瞬間、ブックマンの足がすっと動いた。
速い。
だが、見えないほどではない。
トシコは反射的に半歩引いた。
ブックマンの手刀が、さっきまで彼女の肩があった場所を空振る。
「おっ……!」
鍛練場の誰かが、小さく声を漏らした。
続けて、ブックマンの二撃目。
今度は脇腹を狙う低い掌底。
トシコは体を横へずらし、紙一重でそれを避ける。
湿った髪がふわりと揺れた。
「おおっ!」
今度は、はっきりとしたどよめきが起きた。
「今の避けたぞ」
「トシコさん、見えてるのか?」
「前と全然違う……!」
ラビも目を丸くしていた。
「へぇ……やるじゃん、おばちゃん」
遠目に腕を組んで見ていた神田も、わずかに目を細める。
「……ふん」
声には出さない。
だが、その視線は先ほどまでより少しだけ鋭く、そして真剣になっていた。
ブックマンは表情を変えないまま、三撃目を放つ。
今度は真正面からではない。
軽く踏み込んだと見せかけて、体の向きだけを変え、死角から手首を取る動き。
だが、トシコはそれにも反応した。
ブックマンの指が届く直前、肘を引き、足を逃がす。
完全ではない。
体勢は少し崩れた。
それでも、捕まらなかった。
「はっ……!」
トシコは息を吐きながら距離を取る。
額に汗が滲む。
風呂上がりの火照りとは違う。
戦う者の汗だった。
ラビが思わず口笛を吹く。
「すげぇな。マジで動けてるさ」
モブの団員たちも、さっきまでの色気だ何だというざわめきを忘れて、真剣に見入っていた。
「本当に成長してる」
「だるま時代の面影、もうほとんどないな」
「口はそのままだけど」
「そこがトシコさんだろ」
トシコは呼吸を整えながら、ブックマンを睨んだ。
「どうだい、ジジイ。おばちゃんだって少しはやるだろう?」
ブックマンは、ほんのわずかに目を細めた。
「ほう」
それは、いつもの皮肉でも呆れでもない。
ほんの少しだけ、認めるような声だった。
「やるな」
トシコの口元が、にやりと上がる。
「だろう? もっと褒めてもいいんだよ。お布施も受け付けて――」
「では、少し上げるか」
「……え?」
その瞬間。
空気が変わった。
さっきまで、ブックマンの動きにはまだ“教えている”気配があった。
見せる。
待つ。
反応を確認する。
逃げ道を残す。
だが今、目の前にいる老人から、その余白が消えた。
ブックマンの足音が消える。
「っ!?」
トシコが目を見開いた時には、もう遅かった。
視界の端に影が走る。
反応しようとした肩を、先に押さえられる。
「え、ちょ――」
次の瞬間、世界が回った。
ドシャアッ!!
トシコの体が、見事に床へ叩きつけられる。
「ぐえっ!!」
おばちゃんらしからぬ声が鍛練場に響いた。
だが、受け身は取っていた。
背中を丸め、腕で衝撃を逃がし、頭は守っている。
今までの訓練が、確かに体に残っていた。
ただしそれは、反撃できるという意味ではなかった。
「起きい」
「ちょ、待ちな、今、内臓が点呼取って――」
言い終わる前に、ブックマンが動く。
トシコは慌てて転がり、追撃を避けようとする。
だが、避けたと思った先に、すでにブックマンの足があった。
「うそだろ!?」
手首を取られる。
重心を崩される。
また視界が回る。
ドンッ!!
今度は横向きに床へ転がされた。
「ふぎゃっ!」
「受け身が遅い」
「今ので遅いのかい!?」
「遅い」
「基準がおかしいよ!」
トシコが叫んだ瞬間、ブックマンの手が伸びる。
反射的に腕を上げて防ぐ。
だが、その腕ごと崩された。
バシッ。
ドンッ。
ゴロゴロゴロッ。
トシコは床を転がり、なんとか膝をつく。
息が乱れる。
肩が上下する。
さっきまで数発避けられていたのが嘘のようだった。
見えない。
いや、見えてはいる。
だが、体が間に合わない。
ブックマンの動きは神田のように派手ではない。
大振りでもない。
力任せでもない。
ただ、トシコが動こうとする場所に、先にいる。
逃げようとする方向を、先に潰される。
守ろうとする場所を、守る前に崩される。
「な、なんだいこれ……!」
トシコは歯を食いしばった。
「さっきと全然違うじゃないか!」
ブックマンは静かに言う。
「先ほどまでは、お主が見える速さで動いとった」
「今は!?」
「見えん速さじゃ」
「くっそー!」
ラビはそれを見て、いつものように茶化す言葉も、軽口も出てこない。
ブックマンが本当に一段階上げた時の怖さを、誰よりも知っているからだ。
その動きに食らいつこうとしているトシコが、どれほど必死なのかも分かる。
ラビは握る手に、知らず力を込めた。
トシコは確かに叩きつけられている。
転がされている。
バチボコにされている。
だが、そのたびに受け身だけは取っていた。
致命的な倒れ方をしていない。
頭を打っていない。
手足を変な方向へ折っていない。
吹き飛ばされながらも、きちんと体を丸め、衝撃を逃がし、次に備えている。
「……じじい」
ラビはぽつりと呟いた。
「やっぱ、おばちゃん、ちゃんと身についてるさ」
ブックマンの耳には届いているだろう。
だが、彼は何も答えない。
代わりに、また一歩踏み込んだ。
トシコは歯を食いしばって立ち上がる。
足が震える。
腕も痛い。
普段着はすでに埃まみれ。
風呂上がりの大人の色気など、今や床と激しく交流した結果、半分ほどどこかへ旅立っていた。
それでも、彼女の目だけは死んでいない。
「……来な」
トシコは肩で息をしながら、もう一度構えた。
「おばちゃんはねぇ、転がされるのには慣れてるんだよ……!」
「ほう」
ブックマンがわずかに笑った。
「なら、もう少し転がしてやろう」
「そういう意味じゃないんだよ!!」
叫びと同時に、ブックマンが動いた。
今度も避けられない。
トシコの体が、また宙を舞う。
ドッシャアァァン!!
鍛練場に、豪快な音が響いた。
団員たちが一斉に顔をしかめる。
「痛そう……」
「いや、痛いだろ、あれ」
「でも受け身取ってるぞ」
「すげぇ根性だな……」
遠目で見ていた神田は、黙ったままその様子を見ていた。
口元は不機嫌に結ばれている。
だが、その目は、先ほどよりも明らかに真剣だった。
床に転がされながらも、トシコは逃げない。
痛みに顔を歪めながらも、立ち上がる。
怖いと口にしていたくせに、構えを解かない。
「……」
神田は小さく息を吐いた。
「しぶてぇな」
それは、呆れか。
それとも、ほんのわずかな感心か。
どちらにせよ、トシコには聞こえていない。
「うおおおおお! もう一回だよ、ジジイ!」
「威勢だけは一人前じゃな」
「威勢も根性も、おばちゃんの取り柄だよ!」
「なら、根性で受けい」
「やっぱり受ける前提なんだね!?」
その直後、トシコはまた投げられた。
鍛練場に、笑いとも悲鳴ともつかない声が響く。
前半、確かに見せた成長。
後半、容赦なく叩き込まれる現実。
トシコは、強くなっていた。
だが、ブックマンの本気には、まだ遠い。
それでも彼女は、床に転がるたびに、埃まみれの顔で笑って立ち上がる。
ふやけた昆布でも、煮崩れしない。
それが、トシコというおばちゃんの、一番厄介な強さだった。
つづく、2026/06/05