おばちゃんエクソシスト誕生
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第8話。
【教団敷地内・屋外特訓場】
キリリと肌を刺す冷たい空気の中。
そこに展開されていたのは、およそ訓練とは呼び難い、異様な光景だった。
トシコは今――極太のロープで、神田の腰と固く繋がれていた。
それはまるで、甲子園を目指す野球部員が重いタイヤを引いて走る、あの過酷な基礎練の構図。
ただし、タイヤの代わりに括り付けられているのは、自称グラマラスな実質は重量級のおばちゃんである。
「……いくぞ」
神田が地を蹴り、走り出す。
ぐいっ!。
ピンと張ったロープが、容赦なくトシコの肉体を前方へと拉致した。
「ぎゃあああああああ!!」
ずるずるずるずる。
もはや「走る」という概念は霧散し、トシコは物理法則に従って地面を滑走し始めた。
「ババア!ちゃんと走れ!」
足は一応バタつかせてはいるものの、推進力への寄与はほぼゼロ。
魂の半分はすでに口からこぼれ落ち、焦点の合わない目は虚空を彷徨っている。
(あ、あたし今度は……地面と、親友になってるよぉ……)
その横を、リナリーが羽根のような軽やかさで並走していた。
献身的なマネージャーそのものの動きで、トシコに寄り添う。
「トシコ、水!」
淀みのない動作で水筒が差し出され、トシコの半開きになった口内へ強引に聖水が流し込まれた。
「ぶふぉっ!? げほっ、ごほぉ!!鼻にはいった!!」
「はい、次はタオル!」
間髪入れずに額の汗(と、もはや涙か涎か判別不能な液体)が拭われる。
「頑張って! トシコならできるわ!」
「がんばっ……てるよぉ……もう……十分……お釣りがくるよぉ……」
一方、牽引車である神田。
背後に人間一人分の重量を引きずっているというのに、息ひとつ乱れていない。
表情も鉄仮面のごとく変わらず、ただ淡々と、メトロノームのように正確なピッチで一定の速度を刻み続ける。
容赦、ゼロ。
慈悲、皆無。
トシコは摩擦熱で熱を帯びた(気がする)顔を、死に物狂いで上げた。
白目を半分剥き、現世への最期の未練を声にする。
「……兄ちゃん……」
掠れた声。
「……アンタの体力……」
肺に残った最後の空気を絞り出す。
「……バケモンかね……」
そのまま。
ぱたっ。
トシコは完全に脱力し、意識のスイッチを自ら切った。
「トシコーーー!!」
リナリーの悲鳴のような呼声が響く。
神田は、背後で荷物と化したおばちゃんを、止まることなく肩越しに一瞥した。
「……これぐれぇで死ぬわけねぇ……起きろ!立て!」
そのまま速度を落とすことなく、神田は走り続ける。
ずるずるずるずる。
夕焼けに染まる教団の敷地。
長い影を引きずりながら進む黒い剣士と、その後ろで完全に地面の凸凹を全身で受け止めながら運ばれていくおばちゃん。
――それが、後に「教団のマザー」と呼ばれる(かもしれない)彼女の、記念すべき初訓練の終着点であった。
(-∧-)合掌。
ちなみに窓からそれをラビがニタニタと眺めていた·····。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
外の訓練場からの帰り道、トシコの足はもはや肉体としての機能を失っていた。
膝は笑い、腰は砕け、一歩踏み出すごとに全身が小刻みに震える。
松葉杖に縋るように体重を預けても、視界がぐらぐらと揺れて定まらない。
そんな満身創痍のトシコを置き去りにして、神田ユウは「俺が居なくても毎日やれよ」という無慈悲な呪文を残し、一度も振り返ることなく去っていった。
「……もう一生分……運動したよぅ……」
枯れた声は、まるで魂の抜け殻が漏らした吐息のようだった。
その横で、リナリーが折れそうなほど細い肩で、力強く支えてくれる。
「トシコ、大丈夫?」
「大丈夫じゃないねぇ……生きてるのが不思議なくらいだよ……」
ふらり、と重心が崩れる。
リナリーが慌ててその腕を抱きとめた。
「一旦、着替えましょう。お部屋まで案内するわ。そのあと、大浴場へ行きましょう?」
「風呂……いいねぇ……生き返る気がするよ……」
一段上がるごとに、拷問のような激痛が走る階段。
リナリーに導かれ、ようやく辿り着いたのは、質素な木製の扉の前だった。
「……ここが、あたしの部屋かい」
鍵を回し、がちゃりと開いた先。そこには、ベッドと机と椅子、それだけが置かれた静かな空間が広がっていた。
「……ほー……ずいぶん、さっぱりしてるねぇ」
「寝に帰るだけだからね」
リナリーの言葉に、トシコはふっと息を吐いた。
「それで十分だよ」
視線を巡らせると、無機質なベッドの上に、見覚えのある風呂敷包みが置かれていた。
その横には、白と黒を基調とした、清潔な香りのする衣服が丁寧に畳まれている。
「あら。私の荷物、運んでくれたんだねぇ……ありがとねぇ……」
愛おしそうに風呂敷に触れる。
「あと、隣のは教団からの支給品よ。部屋着にするといいわ」
「へえー……嬢ちゃんたちが着てる物の、おばちゃん版かねぇ」
少しだけ、弾んだ声。
トシコは風呂敷を解き、中から大切に包まれた古びた写真立てを取り出した。
それを、何よりも優先して机の真ん中へと据える。
「今日からここが、我が家だよ」
その声は、驚くほど優しく、慈愛に満ちていた。
リナリーが、そっと傍らに寄って写真を覗き込む。
「……これが、トシコの家族?」
「ああ、そうさ」
トシコは目を細め、遠い記憶をなぞるように微笑んだ。
「生きてりゃ、息子は嬢ちゃんぐらいの歳だよ」
一瞬、部屋の時間が止まったような錯覚。
リナリーの瞳が、わずかに揺れる。
「先の戦争でねぇ……村ごと、無くなっちまってね。その時、あたしゃ――病気の父の見舞いで、村にいなかったんだよ」
淡々と語られる言葉の裏に、どれほどの後悔と孤独が横たわっているのか。
静まり返った部屋に、沈黙が重く降り積もる。
けれど、トシコは自らその重力を振り払うように、ぱっと顔を上げた。
「やめやめ! こんな湿っぽい話は、あたしに似合わないねぇ!」
手をひらひらと振って笑い飛ばす。その時、リナリーの細い肘に滲む、淡い紅色の擦り傷が目に入った。
「あら? 嬢ちゃん、ここ……」
「あ、本当……いつの間に……」
「貸してごらん」
トシコは迷いのない動作で、リナリーの腕をそっと包み込んだ。
触れた瞬間。
掌の十字から、ひだまりのような白い光が、じわりと滲み出す。
あの医務室の時のような、心臓を叩く激痛はない。
ただ、春の風のような温かさが二人の間を巡る。
光が引いたとき、リナリーの白い肌には、傷跡ひとつ残っていなかった。
「……すごい」
リナリーが感嘆の声を漏らし、パッと顔を輝かせる。
「これが、あなたのイノセンスなのね」
トシコは、少し照れくさそうに肩をすくめて笑った。
「ああ、そうらしいよ。……だから、怪我したらすぐあたしに言いな。……治してあげるからね」
「うん」
リナリーの返事は、弾むように響いた。
リナリーの笑顔が、ぱっと花が咲いたみたいに明るくなる。
その顔を見た瞬間。
トシコの胸の奥が、じんわりと温かくなった。
(……ああ、可愛いねぇ、この子は)
思わず、目尻が下がる。
守ってやりたくなるような。
撫でてやりたくなるような。
そんな感覚が、ふっと湧き上がる。
「いい顔するじゃないかい」
ぽつりと呟く。
リナリーがきょとんとする。
「え?」
「いや、なんでもないよ」
トシコは、にやっと笑った。
――そして。
「そうだ」
何かを思い出したように、風呂敷の中をもう一度ごそごそと探る。
「嬢ちゃん、これも見とくれ」
取り出したのは、もうひとつの写真立て。
それを、リナリーの前に差し出す。
「これ、あたし」
リナリーが覗き込む。
――そして。
止まった。
「……え」
沈黙。
完全に、思考が追いついていない顔。
写真の中にいたのは――
すらりとした体。
整った顔立ち。
凛とした雰囲気。
目を引く、美しさ。
まるで別人。
トシコは、少し遠い目をした。
「学校一のモテ女でねぇ……」
懐かしむように笑う。
「男どもが列作ってたもんさ」
リナリー、まだ固まっている。
写真と、今のトシコを何度も見比べる。
「……これ、本当にトシコ?」
トシコ、即答。
「アタシだよ!」
どん、と自分の胸を叩く。
その勢いで肉が揺れる。
説得力は――
ない。
リナリー、さらに混乱。
「え、でも……え……?」
トシコは満足げに頷く。
「若い頃はねぇ、そりゃあもう……」
くいっと顎を上げる。
「自分で言うのもなんだけど、美人だったよ」
リナリーは、もう一度写真を見る。
それから、トシコを見る。
そして――
ふっと笑った。
「……今も、素敵よ」
その言葉は、まっすぐだった。
トシコ、一瞬だけきょとんとする。
次の瞬間。
腹を揺らして笑った。
「ははははは!いいこと言うねぇ、嬢ちゃん!」
ぽん、とリナリーの肩を叩く。
「気に入ったよ!」
リナリーも、つられて笑う。
部屋の空気が、少しだけ柔らかくなる。
写真立ての中の“過去”と。
今ここにいる“トシコ”。
その両方が、同じ場所に並んでいた。
つづく、2026/03/22