恋も使命も勇者であれば
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『恋も使命も勇者であれば』
「ヒュー!見てよミナミちゃん、このキラキラ!君の瞳の輝きとどっちが上か、俺、判定に困っちゃうさ!」
エントランスを抜けた瞬間、頭上から降り注ぐ七色の光に、ラビは子供のように声を弾ませた。
今日は、ずっと前から二人で約束していたガラス美術館でのデート。
教団の重苦しい空気も、終わりの見えない戦争も、今日だけは門の向こうに置いてきた。
「ねぇねぇ、ミナミちゃん。もし俺がこのガラスみたいに繊細なハートを壊しちゃったら、君が責任取って愛の勇者になってくれる?」
「……え。せ、せん、繊細?誰が?」
呆れ顔で応えながらも、私の口元には自然と笑みがこぼれる。
ラビは隙あらば私の肩に腕を回そうとしたり、至近距離で顔を覗き込んできたりと、入館してから早くも十回目のナンパを絶賛継続中だ。
「だってさ、こんな綺麗な場所に大好きな女の子と二人きりなんて、記録より記憶に残したいって思うのが男のさがでしょ?」
ラビはふざけたように目を瞑る。
そして、展示室の中央、スポットライトを浴びてそびえ立つのは、精緻なガラス細工の騎士像だった。
何千ものカットが施されたその像は、周囲の光を複雑に跳ね返し、見る角度によって全く違う色彩を放っている。
ラビはその像の前に立ち止まり、吸い込まれるように見入っていた。
けれど、その瞬間に見えた緑の目は、ただ「綺麗だ」と楽しんでいる人のそれじゃない。
ガラスを透過する光の道筋を、一筋残らず追いかけて、脳内の棚に分類して放り込んでいくような――冷徹なまでの記録者の目。
「……恋も使命も、全部守り抜く勇者かぁ。この騎士様みたいにさ」
ラビは像を見つめたまま、ぽつりと零した。
「俺にその資格があるなら、今すぐ君をさらって、この光の中に閉じ込めちゃいたい気分さ。……外の世界の汚れなんて、何ひとつ見せないで済むように」
冗談めかした口調なのに、一瞬だけ、その声に逃げ場のない熱が混ざる。
「·····それじゃあ、眩しくて寝られないよ·····」
「ハハハーじゃあ俺がこうしててあげる」
そう言ってラビが後ろから私の両目を両手で塞いだ。
「ええー!?それじゃあラビが見えなくなっちゃう」
ラビはハッとして、手を私の両目から退かした。
「それじゃ困るね」
そう言って、いつものいたずらっぽい笑みで、私の手を握った。
「 ほら、次はあっちの『万華鏡の間』に行ってみよう。今日のミナミちゃんが何千人にも増えるなんて、俺にとっては天国以外の何物でもないからね!」
冗談めかして言った言葉の裏に、一瞬だけ、本気のような熱が混ざる。
「ええー!?じゃあラビも何千人ってこと!?」
握りしめた彼の手のひらは温かくて、力強い。
そして私たちは一面の鏡に囲まれた『万華鏡の間』へやってきた。
「うわぁ、綺麗……!」
私が声を弾ませて隣を振り返った時、ラビは立ち止まったまま、少しだけ眉間にシワを寄せていた。
「……あー、……ちょっとこれ、情報量多すぎだ。……たくさんのミナミちゃんを見れて幸せなんだけど、流石に脳みそがパンクしそうっていうか……」
(あ、いつものやつだ!)
私は瞬時に察した。このままここにいたら、彼は情報の海に溺れて本格的なダウンに入ってしまう。
「ラビ、出よっか」
私は迷わずラビの大きな手を掴むと、出口に向かってグイッと力任せに引っ張った。
「わわっ!? ちょっと待って、やださー!!」
「ジタバタしないの! 行くわよ!」
「やだー! もっとたくさんのミナミちゃん見るんだーー! 記録するんだーーーっ!!」
大型犬のように踏ん張って抵抗するラビだったけれど、私はお構いなし。
「うるさい、薬飲むよ!」
と一喝し、ズルズルと彼を引きずって、光の渦巻く『万華鏡の間』から次の静かなコーナーへと強制連行した。
情報の嵐が届かない次のステージへと連れ出す。
のその前に。
「ごめん、ミナミちゃん。ちょっとだけ、タイム……」
「わかってる。あっちにベンチがあるから、そこで薬飲んで休もうか」
私の迷いのない足取りに、ラビは目を白黒させながらも、引かれる手に身を任せた。
薄暗い休憩スペースのベンチにラビを座らせると、私は彼のポケットから手慣れた手つきでピルケースを取り出した。
「はい、お薬とお水」
「サンキュ……。あー、助かったさ。ミナミちゃん、介護スキル上がりすぎてない?」
ラビは苦笑いしながら薬を飲み込み、そのまま私の肩にコテリ、と頭を預けてきた。
薬が効き始めるまでの、静かな時間。
さっきまでの光の洪水が嘘のように、ここは穏やかな影が落ちている。
「……ふぅ。……こればっかりは、何回経験しても慣れないんだよね。ブックマンの脳みそってのは、便利だけど不便さ」
目を閉じたラビが、自嘲気味に呟く。
彼が背負う記録者としての宿命、その代償として刻まれる脳への負荷。それは彼にとって、消えない聖痕のようなものだ。
「……でもさ。こうやってミナミちゃんに介抱してもらえるなら、たまにはパンクするのも悪くないかな、なんて」
甘えるような声。
「……いくらでも甘えて大丈夫だよ。ほら、こっちおいで?」
「……え?」
ラビが驚いたように薄く目を開ける。私は構わず、彼の体を誘導して、自分の膝の上にその頭を乗せた。
「ミナミちゃん……これって、巷で噂のヒザマクラってやつ……?」
「そうだよ。薬が効くまで、こうしてれば少しは楽になるよ」
私は、彼のオレンジ色の髪にそっと指を通した。
少し硬くて、でもどこか温かい彼の髪。
ラビは一瞬だけ体を強張らせたけれど、すぐにふにゃりと力を抜いて、私の膝に顔を埋めた。
「……参ったさ。頭の痛みなんて、一瞬でどっか行っちゃいそう……」
「それはいいね」
彼は私の腰に腕を回して、ぎゅっと抱きついてくる。
さっきまで何万もの情報を処理していた鋭いブックマンの瞳は、今は私の体温だけを感じようと、幸せそうに閉じられていた。
「ねぇ、ミナミちゃん。……俺、本当は記録者なんて辞めて、ただのラビとして、ずっとこうして君に甘えてたいって思っちゃう時があるんだ……」
膝の上で零された、本音。
歴史の闇を歩き続ける彼にとって、この柔らかい温もりこそが、唯一見つけた本当の光なのかもしれない。
私は何も言わず、ただ彼が楽になるように、ゆっくりとその頭を撫で続けた。
十分ほど経っただろうか。
ラビの呼吸が穏やかになり、顔色が赤みを帯びてきたのを見て、私はわざと明るい声で耳元に囁いた。
「……ラビ? もう大丈夫? そろそろ行かないと、閉館しちゃうよ」
「ん……あと五分……いや、あと五十年……このままミナミちゃんの匂いに包まれてたいさ……」
甘えたふりをして、私の太ももにぐりぐりと顔を押し付けてくるラビ。
「·····だってさ、この数センチ先に·····ミナミちゃんの·····俺にとっては未知の世界があるんだぜ?ちょっとハアハアしてきた·····」
そのあまりの変態っぷりに、私は周囲の気配を感じて、思わず彼の頬を軽くつねった。
「……ちょっと、ラビ。……通る人がみんな見てるよ」
「え?」とラビが顔を上げると、そこには展示を回るお客さんたちの「あらあら……」「お熱いわね……」という生暖かい視線や、子供の目を塞ぐお母さんの姿が。
「あだだだ! 分かった、分かったさ! 起きる、今すぐ起きるから!」
情けない声を上げて跳ね起きたラビは、真っ赤な顔で後頭部を掻きながら、私の隣に座り直した。
「……ひえー、今の膝枕、俺の人生の重要記録事項として永久保存版に決定だけど……ちょっと公開しすぎちゃったかな?」
いつもの軽快な調子が戻りつつも、ラビは少し照れたように私の肩を抱き寄せた。
けれど、その瞳はさっきの万華鏡よりもずっと綺麗。
「……ありがとね。おかげで、脳みその中に最高の幸せが上書きされたさ」
ラビは私の耳元に顔を寄せると、甘く、けれど誰にも譲らないという強い意志を込めて囁いた。
「何万もの歴史を覚えるより、俺を膝で休ませてくれた君の温もりを覚えてる方が、ずっと、ずっと価値がある。……ねぇ、ミナミちゃん。……次は、俺が君を幸せにする番さ」
私は少し照れながらも、差し出された大きな手のひらに、自分の指をぎゅっと絡めた。
情報の海を彷徨うラビが、いつでも帰ってこられる場所は、ここにある。
「……もう。次はもっと、人気のないところで甘えてね」
「おっ、それって二人きりの部屋ってこと? 期待しちゃうよ、ミナミちゃん!」
「ち。違う!!」
私たちは夕暮れの光が差し込む外へと、ゆっくりと歩き出した。
𝑶𝑾𝑨𝑹𝑰____2026/03/23
「ヒュー!見てよミナミちゃん、このキラキラ!君の瞳の輝きとどっちが上か、俺、判定に困っちゃうさ!」
エントランスを抜けた瞬間、頭上から降り注ぐ七色の光に、ラビは子供のように声を弾ませた。
今日は、ずっと前から二人で約束していたガラス美術館でのデート。
教団の重苦しい空気も、終わりの見えない戦争も、今日だけは門の向こうに置いてきた。
「ねぇねぇ、ミナミちゃん。もし俺がこのガラスみたいに繊細なハートを壊しちゃったら、君が責任取って愛の勇者になってくれる?」
「……え。せ、せん、繊細?誰が?」
呆れ顔で応えながらも、私の口元には自然と笑みがこぼれる。
ラビは隙あらば私の肩に腕を回そうとしたり、至近距離で顔を覗き込んできたりと、入館してから早くも十回目のナンパを絶賛継続中だ。
「だってさ、こんな綺麗な場所に大好きな女の子と二人きりなんて、記録より記憶に残したいって思うのが男のさがでしょ?」
ラビはふざけたように目を瞑る。
そして、展示室の中央、スポットライトを浴びてそびえ立つのは、精緻なガラス細工の騎士像だった。
何千ものカットが施されたその像は、周囲の光を複雑に跳ね返し、見る角度によって全く違う色彩を放っている。
ラビはその像の前に立ち止まり、吸い込まれるように見入っていた。
けれど、その瞬間に見えた緑の目は、ただ「綺麗だ」と楽しんでいる人のそれじゃない。
ガラスを透過する光の道筋を、一筋残らず追いかけて、脳内の棚に分類して放り込んでいくような――冷徹なまでの記録者の目。
「……恋も使命も、全部守り抜く勇者かぁ。この騎士様みたいにさ」
ラビは像を見つめたまま、ぽつりと零した。
「俺にその資格があるなら、今すぐ君をさらって、この光の中に閉じ込めちゃいたい気分さ。……外の世界の汚れなんて、何ひとつ見せないで済むように」
冗談めかした口調なのに、一瞬だけ、その声に逃げ場のない熱が混ざる。
「·····それじゃあ、眩しくて寝られないよ·····」
「ハハハーじゃあ俺がこうしててあげる」
そう言ってラビが後ろから私の両目を両手で塞いだ。
「ええー!?それじゃあラビが見えなくなっちゃう」
ラビはハッとして、手を私の両目から退かした。
「それじゃ困るね」
そう言って、いつものいたずらっぽい笑みで、私の手を握った。
「 ほら、次はあっちの『万華鏡の間』に行ってみよう。今日のミナミちゃんが何千人にも増えるなんて、俺にとっては天国以外の何物でもないからね!」
冗談めかして言った言葉の裏に、一瞬だけ、本気のような熱が混ざる。
「ええー!?じゃあラビも何千人ってこと!?」
握りしめた彼の手のひらは温かくて、力強い。
そして私たちは一面の鏡に囲まれた『万華鏡の間』へやってきた。
「うわぁ、綺麗……!」
私が声を弾ませて隣を振り返った時、ラビは立ち止まったまま、少しだけ眉間にシワを寄せていた。
「……あー、……ちょっとこれ、情報量多すぎだ。……たくさんのミナミちゃんを見れて幸せなんだけど、流石に脳みそがパンクしそうっていうか……」
(あ、いつものやつだ!)
私は瞬時に察した。このままここにいたら、彼は情報の海に溺れて本格的なダウンに入ってしまう。
「ラビ、出よっか」
私は迷わずラビの大きな手を掴むと、出口に向かってグイッと力任せに引っ張った。
「わわっ!? ちょっと待って、やださー!!」
「ジタバタしないの! 行くわよ!」
「やだー! もっとたくさんのミナミちゃん見るんだーー! 記録するんだーーーっ!!」
大型犬のように踏ん張って抵抗するラビだったけれど、私はお構いなし。
「うるさい、薬飲むよ!」
と一喝し、ズルズルと彼を引きずって、光の渦巻く『万華鏡の間』から次の静かなコーナーへと強制連行した。
情報の嵐が届かない次のステージへと連れ出す。
のその前に。
「ごめん、ミナミちゃん。ちょっとだけ、タイム……」
「わかってる。あっちにベンチがあるから、そこで薬飲んで休もうか」
私の迷いのない足取りに、ラビは目を白黒させながらも、引かれる手に身を任せた。
薄暗い休憩スペースのベンチにラビを座らせると、私は彼のポケットから手慣れた手つきでピルケースを取り出した。
「はい、お薬とお水」
「サンキュ……。あー、助かったさ。ミナミちゃん、介護スキル上がりすぎてない?」
ラビは苦笑いしながら薬を飲み込み、そのまま私の肩にコテリ、と頭を預けてきた。
薬が効き始めるまでの、静かな時間。
さっきまでの光の洪水が嘘のように、ここは穏やかな影が落ちている。
「……ふぅ。……こればっかりは、何回経験しても慣れないんだよね。ブックマンの脳みそってのは、便利だけど不便さ」
目を閉じたラビが、自嘲気味に呟く。
彼が背負う記録者としての宿命、その代償として刻まれる脳への負荷。それは彼にとって、消えない聖痕のようなものだ。
「……でもさ。こうやってミナミちゃんに介抱してもらえるなら、たまにはパンクするのも悪くないかな、なんて」
甘えるような声。
「……いくらでも甘えて大丈夫だよ。ほら、こっちおいで?」
「……え?」
ラビが驚いたように薄く目を開ける。私は構わず、彼の体を誘導して、自分の膝の上にその頭を乗せた。
「ミナミちゃん……これって、巷で噂のヒザマクラってやつ……?」
「そうだよ。薬が効くまで、こうしてれば少しは楽になるよ」
私は、彼のオレンジ色の髪にそっと指を通した。
少し硬くて、でもどこか温かい彼の髪。
ラビは一瞬だけ体を強張らせたけれど、すぐにふにゃりと力を抜いて、私の膝に顔を埋めた。
「……参ったさ。頭の痛みなんて、一瞬でどっか行っちゃいそう……」
「それはいいね」
彼は私の腰に腕を回して、ぎゅっと抱きついてくる。
さっきまで何万もの情報を処理していた鋭いブックマンの瞳は、今は私の体温だけを感じようと、幸せそうに閉じられていた。
「ねぇ、ミナミちゃん。……俺、本当は記録者なんて辞めて、ただのラビとして、ずっとこうして君に甘えてたいって思っちゃう時があるんだ……」
膝の上で零された、本音。
歴史の闇を歩き続ける彼にとって、この柔らかい温もりこそが、唯一見つけた本当の光なのかもしれない。
私は何も言わず、ただ彼が楽になるように、ゆっくりとその頭を撫で続けた。
十分ほど経っただろうか。
ラビの呼吸が穏やかになり、顔色が赤みを帯びてきたのを見て、私はわざと明るい声で耳元に囁いた。
「……ラビ? もう大丈夫? そろそろ行かないと、閉館しちゃうよ」
「ん……あと五分……いや、あと五十年……このままミナミちゃんの匂いに包まれてたいさ……」
甘えたふりをして、私の太ももにぐりぐりと顔を押し付けてくるラビ。
「·····だってさ、この数センチ先に·····ミナミちゃんの·····俺にとっては未知の世界があるんだぜ?ちょっとハアハアしてきた·····」
そのあまりの変態っぷりに、私は周囲の気配を感じて、思わず彼の頬を軽くつねった。
「……ちょっと、ラビ。……通る人がみんな見てるよ」
「え?」とラビが顔を上げると、そこには展示を回るお客さんたちの「あらあら……」「お熱いわね……」という生暖かい視線や、子供の目を塞ぐお母さんの姿が。
「あだだだ! 分かった、分かったさ! 起きる、今すぐ起きるから!」
情けない声を上げて跳ね起きたラビは、真っ赤な顔で後頭部を掻きながら、私の隣に座り直した。
「……ひえー、今の膝枕、俺の人生の重要記録事項として永久保存版に決定だけど……ちょっと公開しすぎちゃったかな?」
いつもの軽快な調子が戻りつつも、ラビは少し照れたように私の肩を抱き寄せた。
けれど、その瞳はさっきの万華鏡よりもずっと綺麗。
「……ありがとね。おかげで、脳みその中に最高の幸せが上書きされたさ」
ラビは私の耳元に顔を寄せると、甘く、けれど誰にも譲らないという強い意志を込めて囁いた。
「何万もの歴史を覚えるより、俺を膝で休ませてくれた君の温もりを覚えてる方が、ずっと、ずっと価値がある。……ねぇ、ミナミちゃん。……次は、俺が君を幸せにする番さ」
私は少し照れながらも、差し出された大きな手のひらに、自分の指をぎゅっと絡めた。
情報の海を彷徨うラビが、いつでも帰ってこられる場所は、ここにある。
「……もう。次はもっと、人気のないところで甘えてね」
「おっ、それって二人きりの部屋ってこと? 期待しちゃうよ、ミナミちゃん!」
「ち。違う!!」
私たちは夕暮れの光が差し込む外へと、ゆっくりと歩き出した。
𝑶𝑾𝑨𝑹𝑰____2026/03/23