ホワイトデー狂想曲
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【ホワイトデー狂想曲】
教団の朝は、だいたい静かだ。
――だいたいは。
「……おい」
低い声が廊下に落ちた。
「そこ、退け」
「いやいやいや、退くのはそっちさ」
軽い調子の声が返る。
「レディーファーストって知ってる?俺の番だって」
「……ラビはいつから女性になったんですか」
と、さらにもう一人。
穏やかな声。
だがその声の奥には、妙な圧があった。
「順番という概念をご存知でしょうか」
その三人の視線が、同時に一点へ向く。
廊下の真ん中。
ミナミは、固まっていた。
(……なんで朝からこうなるの)
目の前に並ぶ三人。
神田ユウ。
ラビ。
アレン・ウォーカー。
全員、なぜか真剣な顔で何かを抱えている。
そして――
明らかに、互いに牽制し合っている。
空気がピリピリしていた。
「……ミナミ」
神田が一歩前に出る。
その手には、箱。
和紙で包まれた、やたら立派な箱だった。
「これ」
差し出す。
「ホワイトデーだ」
短いセリフだが、妙な殺気が漂っている。
「……え?」
ミナミが瞬きをする。
「え、神田さん、これ……」
「和菓子」
「和菓子?」
「作った」
沈黙。
ラビが吹き出した。
「いやいやいや待って」
肩を震わせながら言う。
「ユウが和菓子!?マジ!?想像つかないんだけど!!」
神田の眉間に青筋が浮かぶ。
「……斬られてぇのか?」
「落ち着いてください」
アレンが一歩前へ出た。
彼の手にも箱がある。
白い箱。
リボン付き。
しかし、幼稚園児が結んだかのような歪な箱。
「ミナミさん」
にこりと微笑む。
「これは僕からです」
「わあ、アレン君ありがとう!」
ミナミが受け取ろうとした、その瞬間。
「ちょっと待て」
ラビが割り込んだ。
「俺からもあるから」
両手いっぱいの袋を掲げる。
色とりどり。
カラフル。
明らかに大量。
「世界のお菓子コレクション!」
どや顔。
「しかも!」
袋の中をガサガサする。
「一個ずつ食レポ付き!」
「食レポ?」
ミナミが一つ取り出す。
クッキーらしき箱に付箋が貼ってある。
びっしり文字。
ミナミは読んだ。
『ラビ的評価:サクサク度★★★★★
甘さ★★★☆☆
ただし後味にほんのりシナモン。
このシナモンが旅人の孤独を思い出させ――』
「ええー…すごい」
ミナミが即座にそう言った。
ラビが笑う。
「いやー夜中に書いたら止まんなくてさ」
「馬鹿か」
神田が吐き捨てる。
その横で、ミナミはアレンの箱を見ていた。
「……あれ?」
首を傾げる。
「アレン君」
「はい?」
「これ」
箱の隙間から見える中身になぜか、モザイクがかかっている。
「……?」
ミナミは固まった。
「え?」
ラビも覗く。
「え?」
神田も覗く。
「……」
三人、沈黙。
アレンだけが爽やかに笑っている。
「えっと」
ミナミが恐る恐る聞く。
「これ……何?」
アレンは胸を張った。
「手作りクッキーです」
「え」
「手作りです」
「え」
「頑張りました」
沈黙。
ラビが小声で言う。
「……なんでモザイク?」
神田が低く呟く。
「……食えるのか、それ」
アレンはにこりと笑った。
「もちろんです。味見はしました!」
その笑顔が、なぜか一番怖かった。
ミナミは思った。
(……逃げよう)
そして、そっと一歩下がった。
だが――三人が同時に言った。
「「「どこ行くんだ」」」
ミナミは、静かに悟った。
(今日は……長い)
その時だった。
廊下の向こうから、コロコロと車輪の音が近づいてくる。
全員の視線がそちらへ向いた。
現れたのは――
銀のワゴン。
そして、その後ろに立つ三つ編みの男。
「ミナミさん。こんな所にいましたか。探しましたよ」
ハワード・リンクだった。
ワゴンの上には、春の陽光を閉じ込めたようなシルクの光沢をしたウエディングケーキ。
純白のクリーム。
繊細な砂糖細工の薔薇。
三段重ねの豪華な装飾。
そして一番上には――
砂糖で作られた小さな人形。
タキシード姿のリンクと、花嫁姿のミナミ。
廊下の空気が、一瞬止まった。
神田、ラビ、アレン。
三人の視線が同時にリンクへ向く。
3人が三白眼でリンクを睨む。
完全に殺気を帯びている。
しかし当の本人は気づく様子もない。
リンクは優雅に一礼した。
「ミナミさんへ。ホワイトデーの贈り物です」
そう言って、深く息を吐く。
徹夜の疲れが滲む表情。
達成感に満ちた、満足げな溜め息だった。
ミナミの目が、ぱあっと輝く。
「リンクさん!すごい、なにこれ!」
「徹夜で作成しました」
「ええっ!?すごい!」
ミナミはケーキの前で、きらきらと目を輝かせた。
「すごい!綺麗!」
その様子を見て、神田、ラビ、アレンの三人が、同時にリンクへ嫉妬の視線を向ける。
リンクは穏やかに微笑んだ。
「本番の時の予行練習ですよ」
「本番?予行練習?」
「ええ」
「本番の時も私が作りますから」
そしてさらりと付け加える。
「あなたと私との――結婚式のです」
沈黙の後……。
アレンが、電光石火の速さで動いた。
砂糖菓子のリンクを掴み取り、そのまま口の中へ。
「ボリボリバリボリ」
「……」
リンクの顔が凍る。
「ああ!アレン・ウォーカー!!何をするんです!?」
アレンは口いっぱいに砂糖を詰めながら答える。
「ホウハハヘマヘンヨ……ガリボリ」
(そうはさせませんよ)
その隙に、3人が動き、三者三様それぞれの物をリンク人形の跡地に同時に突き刺した。
まず、神田は手元の箱を開き、中から取り出したのは、自作の和菓子。
その一つ、練り切りを指で素早く整形する。
職人のような手際で、ほんの数秒でチビ神田が完成した。
そしてそれを、リンク人形が立っていた場所に無言で置いた。
ラビはポケットからボールペンを取り出し、
「よっと」
チビ神田の横に突き刺す。
アレンはまだ口の中をモゴモゴさせながら、
懐から紙を取り出した。
そして、ケーキの上へクロス元帥の請求書を突き刺した。
ケーキの頂上は、一瞬でカオスになった。
リンクが絶叫する。
「ああーーー!!なんてことを!!」
三人は同時に言った。
「「「ふん」」」
この時だけ、三人の呼吸が完全に合っていた。
「今日という今日は許しません!」
リンクが三人を追い回し始める。
「待ちなさい!!」
「逃げろ!」
廊下が完全に修羅場になっていた。
その騒ぎの外側。
小さな老人が、のそのそと歩いてくる。
ブックマンだった。
「ほう…今日は騒がしいのう」
ミナミに気づく。
「おや、嬢ちゃん、探したわい」
「ブックマン!」
ブックマンは懐から小さな包みを取り出した。
渋い和紙に包まれている。
「ほれ、わしからのホワイトデーじゃ」
「えっ!ありがとうございます!」
包みの中身は老舗のかりんとう。
「わしはこういうのが好きでな」
ブックマンは笑う。
そして一言。
「安心せいわしはまだ夜の方は現役じゃよ」
その瞬間。
遠くからラビの声が響いた。
「ジジイ!!抜け駆けすんなーー!!」
ブックマンは肩をすくめる。
「若いのう。ほれじゃあ、また後でのぅ」
「はい、ありがとうございました」
(でも、夜の現役ってなんの事だろう?)
ミナミがその意味を考えていると、廊下の向こうからコムイが大手を振りながらやってきた。
「ミナミちゃーーーん!!」
目を輝かせて全力疾走してきたのは、コムイ・リーである。
手に握られているのは、見るからに毒々しいオーラを放つ茶色の瓶。
「コムイさん?」
「ミナミちゃんのために作ったよ! 特製・ラブドリンク!!」
渾身のどや顔。
しかし、その瓶からは「飲むな、危険」という無言のプレッシャーが漏れ出している。ミナミは眉をひそめ、一歩後ずさった。
「あの……それ、飲んだら気を失ったりしません?」
「大丈夫大丈夫! リーバーくんで試したから!」
満面の笑みで言い放つコムイの言葉に、ミナミは心の中でそっとリーバー班長に手を合わせた。
(……南無)
コムイは逃がすまいと距離を詰め、甘い声で選択肢を提示する。
「ね、ね、早く飲んでよ。……これを飲むか、それとも、今夜僕の部屋に来るか」
その迫力に、ミナミは数秒間、本気で死んだ魚のような目で思考を巡らせた。
そして導き出した結論は極めてドライだった。
「……飲むくらいなら、コムイさんの部屋かなあ」
その瞬間だった。廊下に鋭い風切り音が響く。
視界が揺れるほどの速度で、神田ユウがミナミとコムイの間に割り込んでいた。
「そうはさせねえよ!」
神田は、ミナミの手から強引に瓶をひったくると、男らしく一気に飲み干した。
空になった瓶がカランと虚しい音を立てて床に転がる。
神田は濡れた唇を袖で乱暴に拭い、氷のような瞳でコムイを射抜いた。
「ミナミにこんなもん飲ませられるわけねぇだろ」
直後、コムイの顔から血の気が引いた。
神田の瞳が、獲物を狙う獣のように妖しく明滅し始めたからだ。
神田が獲物――コムイの頬を力任せに鷲掴みにした。
「……え?」
抵抗する間もなく、神田の顔がコムイに迫る。
――ぶっちゅーーー。
廊下に、あまりに不似合いなキスの音が響き渡った。
数秒の沈黙の後、コムイの顔が茹で蛸のように真っ赤に爆発する。
神田は無表情のまま、掴んでいた手を離すと一言だけ吐き捨てた。
「……まずい」
その様子を遠巻きに見ていたラビの悲痛な叫びが廊下にこだまする。
「ひっ!ユウ!どうしたんさ!」
アレンがリンクにヘッドロックをされながら神田とコムイの接吻を見て、青ざめた。
コムイが震える指先で眼鏡を押し上げ、青ざめた唇を震わせる。
「コムイ!何飲ませたんさ!」
「ラブドリンクの効能は……。飲むと、……キス魔になるんだ……ッ!」
その言葉が意味する絶望を、教団の男たちは即座に理解した。
神田ユウ――教団最強のキス魔兵器が誕生した瞬間である。
次の標的を求めてギロリとこちらを向いた神田と目が合った瞬間、男たちは一斉に背筋を凍らせた。
「「「逃げろーーー!!」」」
静寂は去り、教団の廊下は再び、愛と恐怖とカオスに塗りつぶされた。
ラビやアレンが廊下の角を曲がって消えていく。教団の強者たちが背中を見せて逃げ出すなんて、なんという光景だ。
ミナミも慌てて踵を返し、走り出そうとした。
(……私も早く逃げなきゃ!)
しかし、その足は一歩も前へは進まなかった。
――ガシィッ。
背後から、熱を帯びた力強い腕がミナミの腰に回り、強引に引き寄せられる。そのまま廊下の壁へと押し付けられ、逃げ場は完全に封鎖された。
「……捕まえたぞ」
耳元で、低く掠れた声が響く。
振り向く間もなく、顎を指先でクイと持ち上げられた。
目の前にいたのは、いつもの冷静な神田じゃない。ラブドリンクのせいと、元々彼の中にあった欲が混ざり合い、黒い瞳が獣のようにギラついている。
「神田、さ……っ」
名前を呼ぶ隙すら与えられない。
彼がミナミの唇を塞いだのは、思考が追いつくよりも早いタイミングだった。
ちゅっ、なんて可愛い音じゃない。
唇を強く噛むような、貪るようなキス。彼の中にある熱が、口移しでミナミの中に流れ込んでくるみたいだ。
腰を支える彼の指先が、服の上からでもわかるほど熱い。
「んっ……ぁ……」
あまりの濃厚さに酸素が奪われて、ミナミの意識が白く染まる。
神田はその反応を楽しむように、わざと少しだけ唇を離した。そこには、糸を引くような熱っぽい吐息と、彼自身の高い体温が混ざり合っている。
「……逃がさねぇって言っただろ」←いつ?w
潤んだ瞳でそう言い捨てると、彼は再びミナミの唇に吸い付いた。
今度は先ほどよりも深く、舌を絡めるほどに執拗に。
逃げ場のない神田の腕の中で、ミナミ自身の呼吸すら彼に支配されていく。
頭がくらくらする。
(……これ、ホワイトデーっていうより、ブラックデーだ)
結局、ミナミが抗う力なんて最初からなくて、神田の腕の中で彼女はただ、されるがままに溺れていくしかないのかと諦めかけた時、すぐ近くで「ドガァァァん!」と音がした。
廊下を揺るがす轟音とともに、神田の頭部が大きくのけぞる。視界の端に映ったのは、神田を一斗缶でフルスイングしたリナリーの立ち姿だった。
「神田!ミナミに何してるの!?」
神田が怯んだ隙に、リナリーはミナミの手を掴んで全力疾走する。
「こっち!」
迷いなく連れ込まれたのは、教団の奥深くに隠された個室だった。
ピンクや紫の艶やかなライトに照らされた空間には、ひときわ目を引く大きな寝台が一つ。
リナリーは背後の扉を閉めると、カチャリと静かに鍵をかけた。
「はあ……助かったよ、リナちゃん……」
ミナミが心底安堵して息を吐くと、リナリーは聖女のような微笑みを浮かべたまま、じりじりと彼女に近づいてくる。
「ねえミナミ。私のホワイトデーの贈り物、受け取ってくれる?」
「なにかな?」
「ミナミを癒してあげようと思って、最上級のオイルを取り寄せたの」
彼女は寝台の下から、いかにも高級そうなオイルボトルを取り出した。
とろりとした琥珀色の液体は、甘い香りを放ちながら妖しく光っている。
「これなんだけど」
「へえー、すごい香り……」
珍しいものを見るミナミの表情を見て、リナリーは満足げに目を細めた。
「だから、脱いで?」
「へ?」
「いいから脱いで? 今すぐ」
満面の笑み。けれど、その瞳には拒絶を許さない強い光が宿っている。
「脱いで、ここに、うつ伏せで寝てくれる?」
「ええっ!?ここで?」
「いいから、早く。私が極上のマッサージをしてあげるから……ね?」
逆らえるはずがない。ミナミは赤面しながらも、言われるがままに服を脱いでいく。
「こっち見ないでね……」
「はいはい。ほら、脱いだらこれを着て」
渡されたのは、布面積という言葉がどこかへ消えたような、極小のビキニとTバックだった。
(ひえぇ……恥ずかしいな、これ……っ)
布に身を包み、言われるがまま寝台へとうつ伏せに横たわる。
背後にリナリーの気配を感じた瞬間、冷えた肌に温かなオイルが滴り落ちた。
「っ……!」
リナリーの指先が、ミナミの背骨をゆっくりと、執拗になぞり始める。
彼女の手つきは、ただの癒やしとは程遠い。
肌を滑る指先は、まるでミナミの身体の反応を確かめるかのように、際どいラインを容赦なく責め立てていく。
「ミナミちゃんの身体、本当にキレイ……。みんなが欲しがる理由がわかるわ」
耳元で囁かれ、首筋に彼女の吐息がかかる。
背中の窪みから腰回りへ。
リナリーの指先がオイルを塗り広げながら、ミナミの肌を擦り上げるたびに、ゾクリとした熱が全身を駆け巡った。
癒やしという名目で始まった、甘くて、少しだけ残酷なリナリーの施術。
教団の裏側で、二人の秘密の時間が、濃密に幕を開けた。
「はぁっ……リナ……ちゃん……もう……これ以上はっ」
あられもない声を上げて、ミナミが寝台の上で身をよじらせる。
リナリーの指先は容赦なくミナミの弱点ばかりを正確に狙い撃ちしていた。
オイルでぬらりと光る肌を、彼女が何度も、執拗に。
「あら、そんなに敏感になって……。ダメよ、まだ始まったばかりなんだから」
リナリーの不敵な笑みが視界を揺らす。
まさにイク寸前、ミナミの脳内が真っ白に染まりかけた、その時だった。
「リナリー! 独り占めはいけませんよ!!」
轟音とともに扉が吹き飛ぶ。
アレンだ。
続いて、焦燥感に駆られた顔のラビがなだれ込んでくる。
「ミナミーー! 大丈夫かーー!?」
ちなみに、例のキス魔と化した神田ユウは、あまりの暴れっぷりに呆れ果てたアレン達の手によって、今は教団の廊下の柱に頑丈なロープでぐるぐる巻きにされている。…(-人-)。
「ん……だ、だいじょうぶ……」
ミナミは力なく、ふらりと寝台から起き上がる。
その瞬間。
室内の空気が、凍りついた。
「「…………っ!!」」
アレンとラビが、文字通り言葉を失い、次の瞬間には揃って鼻血を噴き出した。
それも無理はない。
今のミナミは、リナリーの際どいマッサージでイかされかけて、とろりと潤んだ瞳をしている。
おまけに、身に纏っているのは面積などという概念が存在しない、食い込み気味の極小ビキニとTバックだけだった。
「……あ」
事の重大さに気づいて、ミナミは慌てて自分の身体を隠そうとする。
でも、その仕草すらも、彼らにとってはとどめを刺すような破壊力だった。
「あ、アレン、おまえ……鼻血……!」
「ラビこそ、すごい勢いで出てるよ……ッ!」
二人は血を流しながら、獣のような目でミナミを見つめている。
……さっきまでの神田よりタチが悪いかもしれない。
「……二人とも、ごめんなさい。ちょっと洗ってくるね!」
ミナミは限界まで赤くなった顔を両手で覆い、寝台のシーツを剥ぎ取って身体に纏い、全速力でその部屋を飛び出した。
背後で「俺が洗う!」「いや僕が!!」という醜い争いが聞こえるのを完全に無視し、ミナミは浴室へと駆け込む。
(も、もうやだあ、恥ずかしすぎて死にたいっ)
オイルを洗い流し、きちんと服を着直して食堂へ向かう。
そこにはまだ、怒れる男たちと、ミナミの愛に飢えたノアたちが待ち構えていることを知らずに。
食堂の扉に手をかけた瞬間、ミナミの肌を突き刺すような殺気が駆け抜けた。
「だーかーらー、俺たちは闘いに来たんじゃないんだってば」
「そうよ。ホワイトデーだから、ミナミにお菓子を渡しに来ただけなのに」
呆れたようにティキが帽子を持ち上げ、ロードがフワフワと宙に浮いている。
対するエクソシストたちは、イノセンスを臨戦態勢で構え、いつでも一触即発の構えだ。
教団の結界をぶち破って現れたノアの侵入に、食堂の警報音すら鳴り響く暇がない。
「ティキ……、ロード?」
ミナミが恐る恐る声をかけると、ロードの表情がパッと輝いた。
「あっ!ミナミ♡」
ロードは瞬時に空間を跳躍し、ミナミにギュッと抱きつく。
ティキもまた、苦笑しながら二人のそばへ歩み寄った。
その様子を見て、アレンがクラウン・クローをさらにギラつかせる。
「……ミナミから離れろ、ロード」
「やだねー。今日は平和な『お菓子の日』でしょ?」
「いや…お菓子の日ではないと思うんだけど…」
というミナミのツッコミはロードに華麗にスルーされる。
ティキが懐から取り出したのは、高級宝石店顔負けの豪華な箱。
「ほら、お返し。……俺ら全員から、やるよ」
場の緊張はMAXだ。
いまにも食堂が跡形もなく吹き飛びそうな空気。
ミナミは、このままだと教団が物理的に消滅してしまうと直感した。
(ダメだ、このままだとみんな怪我しちゃう!)
ミナミはロードに抱きつかれたまま、全員を見渡して叫んだ。
「もうっ、みんな落ち着いて!せっかくこんなにお菓子が集まったんだし……ねぇ、皆さんで外でティーパーティーにしませんか?」
その言葉に、食堂が一瞬で静まり返った。
自力でロープから脱出した効果が切れた神田が、ラビが、アレンが、リンクが、そしてティキが。
ついでにコムイも。
全員が顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、鼻で笑った。
「……フン。悪くない案だ。」
「あーあ、俺も賛成! ミナミとなら楽しいかもね!」
こうして、ホワイトデーのティーパーティーは、エクソシストとノアが入り乱れる前代未聞のガーデンパーティーへと切り替わった。
だが、新たな地獄の扉も開いた。
誰がミナミの隣に座るのか。
この究極の難問を前に、再び男たち+女性2名の瞳から理性という名の灯が消えていく。
夕暮れが迫る教団の庭で、傷だらけのアレンたちはミナミの隣を目指し、再び拳を握りしめた。
それはもはやティーパーティーではなく、愛という名の泥仕合の始まりだった。
「当然、ミナミの隣は俺だ」
神田が、ズンッと仁王立ちで椅子を指差す。その手には、なぜかどこからか持ってきた蕎麦湯呑み(特大)が握られている。
「何を言っているんですか神田! ミナミの隣は僕が座るに決まってます!」
アレンが拳を握りしめる。拳の下からかすかにイノセンスが光り始めていた。
「いやいやいや、ミナミは俺のレディーだよ!? ほら、こういう時は俺がエスコートするのがセオリーさ!」
ラビがヒラヒラと手を振りながら、隙あらばミナミの腕を掴もうとする。
「愚かですね……。ミナミさんの護衛は私の務め。最も安全な位置に、私がつくべきです」
リンクがカチャリとナイフとフォークを構え、なぜか戦闘態勢に入っている。
ロードは何も言わずキャンディをぺろぺろしている。
その隣でティキが優雅に笑う。
「まあ、公平に。紳士たるもの、席はスマートに譲り合うものじゃないか?……最終的に座るのは俺だが」
そう言いながら、ティキは手のひらで空間を歪め、ミナミの隣の椅子を自分の方へズルズルと引き寄せようとしていた。
「てめぇら、ふざけんな!!」
神田の怒号が庭に響き渡る。
もう止める術などなかった。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
コムイ室長が、なぜか拡声器を片手に走り込んできた。
「ここは公平に、僕が考案した『ミナミラブ度測定機(椅子型)』に座った奴が勝ちだ!!」
そんな怪しい装置があるわけもなく、ただの普通の椅子を掲げるコムイ。
それを皮切りに、男たちの理性は完全に吹き飛んだ。
「この野郎、隣は俺のだ!」とラビが神田に飛びかかり、神田は蕎麦湯呑み(特大)でラビの頭をボカァン!と殴る。
「痛ってぇ!!なんで湯呑みなんさ!!」
アレンはリンクの護衛術をイノセンスで弾き飛ばし、そのままティキの顔面へクラウン・クローを突き立てようとする。
「ちょっ、マジかよ少年!?」
ティキはひらりとかわすが、その隙にリナリーが「ミナミは私のー!」と叫びながらミナミに抱きつこうとし、それを怒った神田が「離れろ!」と突き飛ばす。
「やめて! みんな、ケンカはやめて!!」
ミナミが必死に止めに入るが、誰も聞き耳を持たない。
「私のために争わないでーー!」
ボカァン! ドガァァン! バキィッ!
まるでプロレスの試合中継のような効果音が庭中に響き渡る。
「おい!その膝カックンは反則だろ、もやし!」
「神田こそ、僕の背後を取って六幻を……って、それは冗談ですよね!?」
「ティキ、お前今、俺の菓子を食おうとしただろ!」
「え? いいじゃないか、減るもんじゃあるまいし」
誰が誰を攻撃しているのか、もはやミナミには判断できない。ただ、目の前で時分を愛する者たちが、自分を巡って泥だらけの乱闘を繰り広げている。
やがて夕日が西の空に傾き、庭がオレンジ色に染まる頃。
「あれ?ロードは?」
「そういえば…コムイも…」
ボロボロになったアレンたちが周囲を見渡すと、ロードとコムイがミナミの両隣に座って、先にお茶会を始めていた。
全員の顔には、青タンとたんこぶ。服は破れ、髪は乱れ、中には鼻血を垂らしている者までいる。
アレンたちが泥だらけで睨み合う中、
ミナミの両隣ではすでにティーパーティーが始まっていた。
――ホワイトデーの勝者は、
一番騒がなかった者たちだった。
おわり。
2026/03/15
˚𓆩✟𓆪˚˙┈あとがき┈┈
ホワイトデーを忘れていて、ノリと勢いだけで書きました。
書き始めた時は「甘いお返しのほのぼの回」の予定だったんですが、気が付いたら
神田はキス魔になるし、
リナリーは百合っ子になるし、
ティキたちがやってくるし、
最終的に庭で乱闘が始まりました。
どうしてこうなった。
でも、みんながミナミを巡って本気で争う姿は、書いていてとても楽しかったです。
次のホワイトデーは、もう少し平和になる……かもしれません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
神威がくこ
教団の朝は、だいたい静かだ。
――だいたいは。
「……おい」
低い声が廊下に落ちた。
「そこ、退け」
「いやいやいや、退くのはそっちさ」
軽い調子の声が返る。
「レディーファーストって知ってる?俺の番だって」
「……ラビはいつから女性になったんですか」
と、さらにもう一人。
穏やかな声。
だがその声の奥には、妙な圧があった。
「順番という概念をご存知でしょうか」
その三人の視線が、同時に一点へ向く。
廊下の真ん中。
ミナミは、固まっていた。
(……なんで朝からこうなるの)
目の前に並ぶ三人。
神田ユウ。
ラビ。
アレン・ウォーカー。
全員、なぜか真剣な顔で何かを抱えている。
そして――
明らかに、互いに牽制し合っている。
空気がピリピリしていた。
「……ミナミ」
神田が一歩前に出る。
その手には、箱。
和紙で包まれた、やたら立派な箱だった。
「これ」
差し出す。
「ホワイトデーだ」
短いセリフだが、妙な殺気が漂っている。
「……え?」
ミナミが瞬きをする。
「え、神田さん、これ……」
「和菓子」
「和菓子?」
「作った」
沈黙。
ラビが吹き出した。
「いやいやいや待って」
肩を震わせながら言う。
「ユウが和菓子!?マジ!?想像つかないんだけど!!」
神田の眉間に青筋が浮かぶ。
「……斬られてぇのか?」
「落ち着いてください」
アレンが一歩前へ出た。
彼の手にも箱がある。
白い箱。
リボン付き。
しかし、幼稚園児が結んだかのような歪な箱。
「ミナミさん」
にこりと微笑む。
「これは僕からです」
「わあ、アレン君ありがとう!」
ミナミが受け取ろうとした、その瞬間。
「ちょっと待て」
ラビが割り込んだ。
「俺からもあるから」
両手いっぱいの袋を掲げる。
色とりどり。
カラフル。
明らかに大量。
「世界のお菓子コレクション!」
どや顔。
「しかも!」
袋の中をガサガサする。
「一個ずつ食レポ付き!」
「食レポ?」
ミナミが一つ取り出す。
クッキーらしき箱に付箋が貼ってある。
びっしり文字。
ミナミは読んだ。
『ラビ的評価:サクサク度★★★★★
甘さ★★★☆☆
ただし後味にほんのりシナモン。
このシナモンが旅人の孤独を思い出させ――』
「ええー…すごい」
ミナミが即座にそう言った。
ラビが笑う。
「いやー夜中に書いたら止まんなくてさ」
「馬鹿か」
神田が吐き捨てる。
その横で、ミナミはアレンの箱を見ていた。
「……あれ?」
首を傾げる。
「アレン君」
「はい?」
「これ」
箱の隙間から見える中身になぜか、モザイクがかかっている。
「……?」
ミナミは固まった。
「え?」
ラビも覗く。
「え?」
神田も覗く。
「……」
三人、沈黙。
アレンだけが爽やかに笑っている。
「えっと」
ミナミが恐る恐る聞く。
「これ……何?」
アレンは胸を張った。
「手作りクッキーです」
「え」
「手作りです」
「え」
「頑張りました」
沈黙。
ラビが小声で言う。
「……なんでモザイク?」
神田が低く呟く。
「……食えるのか、それ」
アレンはにこりと笑った。
「もちろんです。味見はしました!」
その笑顔が、なぜか一番怖かった。
ミナミは思った。
(……逃げよう)
そして、そっと一歩下がった。
だが――三人が同時に言った。
「「「どこ行くんだ」」」
ミナミは、静かに悟った。
(今日は……長い)
その時だった。
廊下の向こうから、コロコロと車輪の音が近づいてくる。
全員の視線がそちらへ向いた。
現れたのは――
銀のワゴン。
そして、その後ろに立つ三つ編みの男。
「ミナミさん。こんな所にいましたか。探しましたよ」
ハワード・リンクだった。
ワゴンの上には、春の陽光を閉じ込めたようなシルクの光沢をしたウエディングケーキ。
純白のクリーム。
繊細な砂糖細工の薔薇。
三段重ねの豪華な装飾。
そして一番上には――
砂糖で作られた小さな人形。
タキシード姿のリンクと、花嫁姿のミナミ。
廊下の空気が、一瞬止まった。
神田、ラビ、アレン。
三人の視線が同時にリンクへ向く。
3人が三白眼でリンクを睨む。
完全に殺気を帯びている。
しかし当の本人は気づく様子もない。
リンクは優雅に一礼した。
「ミナミさんへ。ホワイトデーの贈り物です」
そう言って、深く息を吐く。
徹夜の疲れが滲む表情。
達成感に満ちた、満足げな溜め息だった。
ミナミの目が、ぱあっと輝く。
「リンクさん!すごい、なにこれ!」
「徹夜で作成しました」
「ええっ!?すごい!」
ミナミはケーキの前で、きらきらと目を輝かせた。
「すごい!綺麗!」
その様子を見て、神田、ラビ、アレンの三人が、同時にリンクへ嫉妬の視線を向ける。
リンクは穏やかに微笑んだ。
「本番の時の予行練習ですよ」
「本番?予行練習?」
「ええ」
「本番の時も私が作りますから」
そしてさらりと付け加える。
「あなたと私との――結婚式のです」
沈黙の後……。
アレンが、電光石火の速さで動いた。
砂糖菓子のリンクを掴み取り、そのまま口の中へ。
「ボリボリバリボリ」
「……」
リンクの顔が凍る。
「ああ!アレン・ウォーカー!!何をするんです!?」
アレンは口いっぱいに砂糖を詰めながら答える。
「ホウハハヘマヘンヨ……ガリボリ」
(そうはさせませんよ)
その隙に、3人が動き、三者三様それぞれの物をリンク人形の跡地に同時に突き刺した。
まず、神田は手元の箱を開き、中から取り出したのは、自作の和菓子。
その一つ、練り切りを指で素早く整形する。
職人のような手際で、ほんの数秒でチビ神田が完成した。
そしてそれを、リンク人形が立っていた場所に無言で置いた。
ラビはポケットからボールペンを取り出し、
「よっと」
チビ神田の横に突き刺す。
アレンはまだ口の中をモゴモゴさせながら、
懐から紙を取り出した。
そして、ケーキの上へクロス元帥の請求書を突き刺した。
ケーキの頂上は、一瞬でカオスになった。
リンクが絶叫する。
「ああーーー!!なんてことを!!」
三人は同時に言った。
「「「ふん」」」
この時だけ、三人の呼吸が完全に合っていた。
「今日という今日は許しません!」
リンクが三人を追い回し始める。
「待ちなさい!!」
「逃げろ!」
廊下が完全に修羅場になっていた。
その騒ぎの外側。
小さな老人が、のそのそと歩いてくる。
ブックマンだった。
「ほう…今日は騒がしいのう」
ミナミに気づく。
「おや、嬢ちゃん、探したわい」
「ブックマン!」
ブックマンは懐から小さな包みを取り出した。
渋い和紙に包まれている。
「ほれ、わしからのホワイトデーじゃ」
「えっ!ありがとうございます!」
包みの中身は老舗のかりんとう。
「わしはこういうのが好きでな」
ブックマンは笑う。
そして一言。
「安心せいわしはまだ夜の方は現役じゃよ」
その瞬間。
遠くからラビの声が響いた。
「ジジイ!!抜け駆けすんなーー!!」
ブックマンは肩をすくめる。
「若いのう。ほれじゃあ、また後でのぅ」
「はい、ありがとうございました」
(でも、夜の現役ってなんの事だろう?)
ミナミがその意味を考えていると、廊下の向こうからコムイが大手を振りながらやってきた。
「ミナミちゃーーーん!!」
目を輝かせて全力疾走してきたのは、コムイ・リーである。
手に握られているのは、見るからに毒々しいオーラを放つ茶色の瓶。
「コムイさん?」
「ミナミちゃんのために作ったよ! 特製・ラブドリンク!!」
渾身のどや顔。
しかし、その瓶からは「飲むな、危険」という無言のプレッシャーが漏れ出している。ミナミは眉をひそめ、一歩後ずさった。
「あの……それ、飲んだら気を失ったりしません?」
「大丈夫大丈夫! リーバーくんで試したから!」
満面の笑みで言い放つコムイの言葉に、ミナミは心の中でそっとリーバー班長に手を合わせた。
(……南無)
コムイは逃がすまいと距離を詰め、甘い声で選択肢を提示する。
「ね、ね、早く飲んでよ。……これを飲むか、それとも、今夜僕の部屋に来るか」
その迫力に、ミナミは数秒間、本気で死んだ魚のような目で思考を巡らせた。
そして導き出した結論は極めてドライだった。
「……飲むくらいなら、コムイさんの部屋かなあ」
その瞬間だった。廊下に鋭い風切り音が響く。
視界が揺れるほどの速度で、神田ユウがミナミとコムイの間に割り込んでいた。
「そうはさせねえよ!」
神田は、ミナミの手から強引に瓶をひったくると、男らしく一気に飲み干した。
空になった瓶がカランと虚しい音を立てて床に転がる。
神田は濡れた唇を袖で乱暴に拭い、氷のような瞳でコムイを射抜いた。
「ミナミにこんなもん飲ませられるわけねぇだろ」
直後、コムイの顔から血の気が引いた。
神田の瞳が、獲物を狙う獣のように妖しく明滅し始めたからだ。
神田が獲物――コムイの頬を力任せに鷲掴みにした。
「……え?」
抵抗する間もなく、神田の顔がコムイに迫る。
――ぶっちゅーーー。
廊下に、あまりに不似合いなキスの音が響き渡った。
数秒の沈黙の後、コムイの顔が茹で蛸のように真っ赤に爆発する。
神田は無表情のまま、掴んでいた手を離すと一言だけ吐き捨てた。
「……まずい」
その様子を遠巻きに見ていたラビの悲痛な叫びが廊下にこだまする。
「ひっ!ユウ!どうしたんさ!」
アレンがリンクにヘッドロックをされながら神田とコムイの接吻を見て、青ざめた。
コムイが震える指先で眼鏡を押し上げ、青ざめた唇を震わせる。
「コムイ!何飲ませたんさ!」
「ラブドリンクの効能は……。飲むと、……キス魔になるんだ……ッ!」
その言葉が意味する絶望を、教団の男たちは即座に理解した。
神田ユウ――教団最強のキス魔兵器が誕生した瞬間である。
次の標的を求めてギロリとこちらを向いた神田と目が合った瞬間、男たちは一斉に背筋を凍らせた。
「「「逃げろーーー!!」」」
静寂は去り、教団の廊下は再び、愛と恐怖とカオスに塗りつぶされた。
ラビやアレンが廊下の角を曲がって消えていく。教団の強者たちが背中を見せて逃げ出すなんて、なんという光景だ。
ミナミも慌てて踵を返し、走り出そうとした。
(……私も早く逃げなきゃ!)
しかし、その足は一歩も前へは進まなかった。
――ガシィッ。
背後から、熱を帯びた力強い腕がミナミの腰に回り、強引に引き寄せられる。そのまま廊下の壁へと押し付けられ、逃げ場は完全に封鎖された。
「……捕まえたぞ」
耳元で、低く掠れた声が響く。
振り向く間もなく、顎を指先でクイと持ち上げられた。
目の前にいたのは、いつもの冷静な神田じゃない。ラブドリンクのせいと、元々彼の中にあった欲が混ざり合い、黒い瞳が獣のようにギラついている。
「神田、さ……っ」
名前を呼ぶ隙すら与えられない。
彼がミナミの唇を塞いだのは、思考が追いつくよりも早いタイミングだった。
ちゅっ、なんて可愛い音じゃない。
唇を強く噛むような、貪るようなキス。彼の中にある熱が、口移しでミナミの中に流れ込んでくるみたいだ。
腰を支える彼の指先が、服の上からでもわかるほど熱い。
「んっ……ぁ……」
あまりの濃厚さに酸素が奪われて、ミナミの意識が白く染まる。
神田はその反応を楽しむように、わざと少しだけ唇を離した。そこには、糸を引くような熱っぽい吐息と、彼自身の高い体温が混ざり合っている。
「……逃がさねぇって言っただろ」←いつ?w
潤んだ瞳でそう言い捨てると、彼は再びミナミの唇に吸い付いた。
今度は先ほどよりも深く、舌を絡めるほどに執拗に。
逃げ場のない神田の腕の中で、ミナミ自身の呼吸すら彼に支配されていく。
頭がくらくらする。
(……これ、ホワイトデーっていうより、ブラックデーだ)
結局、ミナミが抗う力なんて最初からなくて、神田の腕の中で彼女はただ、されるがままに溺れていくしかないのかと諦めかけた時、すぐ近くで「ドガァァァん!」と音がした。
廊下を揺るがす轟音とともに、神田の頭部が大きくのけぞる。視界の端に映ったのは、神田を一斗缶でフルスイングしたリナリーの立ち姿だった。
「神田!ミナミに何してるの!?」
神田が怯んだ隙に、リナリーはミナミの手を掴んで全力疾走する。
「こっち!」
迷いなく連れ込まれたのは、教団の奥深くに隠された個室だった。
ピンクや紫の艶やかなライトに照らされた空間には、ひときわ目を引く大きな寝台が一つ。
リナリーは背後の扉を閉めると、カチャリと静かに鍵をかけた。
「はあ……助かったよ、リナちゃん……」
ミナミが心底安堵して息を吐くと、リナリーは聖女のような微笑みを浮かべたまま、じりじりと彼女に近づいてくる。
「ねえミナミ。私のホワイトデーの贈り物、受け取ってくれる?」
「なにかな?」
「ミナミを癒してあげようと思って、最上級のオイルを取り寄せたの」
彼女は寝台の下から、いかにも高級そうなオイルボトルを取り出した。
とろりとした琥珀色の液体は、甘い香りを放ちながら妖しく光っている。
「これなんだけど」
「へえー、すごい香り……」
珍しいものを見るミナミの表情を見て、リナリーは満足げに目を細めた。
「だから、脱いで?」
「へ?」
「いいから脱いで? 今すぐ」
満面の笑み。けれど、その瞳には拒絶を許さない強い光が宿っている。
「脱いで、ここに、うつ伏せで寝てくれる?」
「ええっ!?ここで?」
「いいから、早く。私が極上のマッサージをしてあげるから……ね?」
逆らえるはずがない。ミナミは赤面しながらも、言われるがままに服を脱いでいく。
「こっち見ないでね……」
「はいはい。ほら、脱いだらこれを着て」
渡されたのは、布面積という言葉がどこかへ消えたような、極小のビキニとTバックだった。
(ひえぇ……恥ずかしいな、これ……っ)
布に身を包み、言われるがまま寝台へとうつ伏せに横たわる。
背後にリナリーの気配を感じた瞬間、冷えた肌に温かなオイルが滴り落ちた。
「っ……!」
リナリーの指先が、ミナミの背骨をゆっくりと、執拗になぞり始める。
彼女の手つきは、ただの癒やしとは程遠い。
肌を滑る指先は、まるでミナミの身体の反応を確かめるかのように、際どいラインを容赦なく責め立てていく。
「ミナミちゃんの身体、本当にキレイ……。みんなが欲しがる理由がわかるわ」
耳元で囁かれ、首筋に彼女の吐息がかかる。
背中の窪みから腰回りへ。
リナリーの指先がオイルを塗り広げながら、ミナミの肌を擦り上げるたびに、ゾクリとした熱が全身を駆け巡った。
癒やしという名目で始まった、甘くて、少しだけ残酷なリナリーの施術。
教団の裏側で、二人の秘密の時間が、濃密に幕を開けた。
「はぁっ……リナ……ちゃん……もう……これ以上はっ」
あられもない声を上げて、ミナミが寝台の上で身をよじらせる。
リナリーの指先は容赦なくミナミの弱点ばかりを正確に狙い撃ちしていた。
オイルでぬらりと光る肌を、彼女が何度も、執拗に。
「あら、そんなに敏感になって……。ダメよ、まだ始まったばかりなんだから」
リナリーの不敵な笑みが視界を揺らす。
まさにイク寸前、ミナミの脳内が真っ白に染まりかけた、その時だった。
「リナリー! 独り占めはいけませんよ!!」
轟音とともに扉が吹き飛ぶ。
アレンだ。
続いて、焦燥感に駆られた顔のラビがなだれ込んでくる。
「ミナミーー! 大丈夫かーー!?」
ちなみに、例のキス魔と化した神田ユウは、あまりの暴れっぷりに呆れ果てたアレン達の手によって、今は教団の廊下の柱に頑丈なロープでぐるぐる巻きにされている。…(-人-)。
「ん……だ、だいじょうぶ……」
ミナミは力なく、ふらりと寝台から起き上がる。
その瞬間。
室内の空気が、凍りついた。
「「…………っ!!」」
アレンとラビが、文字通り言葉を失い、次の瞬間には揃って鼻血を噴き出した。
それも無理はない。
今のミナミは、リナリーの際どいマッサージでイかされかけて、とろりと潤んだ瞳をしている。
おまけに、身に纏っているのは面積などという概念が存在しない、食い込み気味の極小ビキニとTバックだけだった。
「……あ」
事の重大さに気づいて、ミナミは慌てて自分の身体を隠そうとする。
でも、その仕草すらも、彼らにとってはとどめを刺すような破壊力だった。
「あ、アレン、おまえ……鼻血……!」
「ラビこそ、すごい勢いで出てるよ……ッ!」
二人は血を流しながら、獣のような目でミナミを見つめている。
……さっきまでの神田よりタチが悪いかもしれない。
「……二人とも、ごめんなさい。ちょっと洗ってくるね!」
ミナミは限界まで赤くなった顔を両手で覆い、寝台のシーツを剥ぎ取って身体に纏い、全速力でその部屋を飛び出した。
背後で「俺が洗う!」「いや僕が!!」という醜い争いが聞こえるのを完全に無視し、ミナミは浴室へと駆け込む。
(も、もうやだあ、恥ずかしすぎて死にたいっ)
オイルを洗い流し、きちんと服を着直して食堂へ向かう。
そこにはまだ、怒れる男たちと、ミナミの愛に飢えたノアたちが待ち構えていることを知らずに。
食堂の扉に手をかけた瞬間、ミナミの肌を突き刺すような殺気が駆け抜けた。
「だーかーらー、俺たちは闘いに来たんじゃないんだってば」
「そうよ。ホワイトデーだから、ミナミにお菓子を渡しに来ただけなのに」
呆れたようにティキが帽子を持ち上げ、ロードがフワフワと宙に浮いている。
対するエクソシストたちは、イノセンスを臨戦態勢で構え、いつでも一触即発の構えだ。
教団の結界をぶち破って現れたノアの侵入に、食堂の警報音すら鳴り響く暇がない。
「ティキ……、ロード?」
ミナミが恐る恐る声をかけると、ロードの表情がパッと輝いた。
「あっ!ミナミ♡」
ロードは瞬時に空間を跳躍し、ミナミにギュッと抱きつく。
ティキもまた、苦笑しながら二人のそばへ歩み寄った。
その様子を見て、アレンがクラウン・クローをさらにギラつかせる。
「……ミナミから離れろ、ロード」
「やだねー。今日は平和な『お菓子の日』でしょ?」
「いや…お菓子の日ではないと思うんだけど…」
というミナミのツッコミはロードに華麗にスルーされる。
ティキが懐から取り出したのは、高級宝石店顔負けの豪華な箱。
「ほら、お返し。……俺ら全員から、やるよ」
場の緊張はMAXだ。
いまにも食堂が跡形もなく吹き飛びそうな空気。
ミナミは、このままだと教団が物理的に消滅してしまうと直感した。
(ダメだ、このままだとみんな怪我しちゃう!)
ミナミはロードに抱きつかれたまま、全員を見渡して叫んだ。
「もうっ、みんな落ち着いて!せっかくこんなにお菓子が集まったんだし……ねぇ、皆さんで外でティーパーティーにしませんか?」
その言葉に、食堂が一瞬で静まり返った。
自力でロープから脱出した効果が切れた神田が、ラビが、アレンが、リンクが、そしてティキが。
ついでにコムイも。
全員が顔を見合わせ、数秒の沈黙の後、鼻で笑った。
「……フン。悪くない案だ。」
「あーあ、俺も賛成! ミナミとなら楽しいかもね!」
こうして、ホワイトデーのティーパーティーは、エクソシストとノアが入り乱れる前代未聞のガーデンパーティーへと切り替わった。
だが、新たな地獄の扉も開いた。
誰がミナミの隣に座るのか。
この究極の難問を前に、再び男たち+女性2名の瞳から理性という名の灯が消えていく。
夕暮れが迫る教団の庭で、傷だらけのアレンたちはミナミの隣を目指し、再び拳を握りしめた。
それはもはやティーパーティーではなく、愛という名の泥仕合の始まりだった。
「当然、ミナミの隣は俺だ」
神田が、ズンッと仁王立ちで椅子を指差す。その手には、なぜかどこからか持ってきた蕎麦湯呑み(特大)が握られている。
「何を言っているんですか神田! ミナミの隣は僕が座るに決まってます!」
アレンが拳を握りしめる。拳の下からかすかにイノセンスが光り始めていた。
「いやいやいや、ミナミは俺のレディーだよ!? ほら、こういう時は俺がエスコートするのがセオリーさ!」
ラビがヒラヒラと手を振りながら、隙あらばミナミの腕を掴もうとする。
「愚かですね……。ミナミさんの護衛は私の務め。最も安全な位置に、私がつくべきです」
リンクがカチャリとナイフとフォークを構え、なぜか戦闘態勢に入っている。
ロードは何も言わずキャンディをぺろぺろしている。
その隣でティキが優雅に笑う。
「まあ、公平に。紳士たるもの、席はスマートに譲り合うものじゃないか?……最終的に座るのは俺だが」
そう言いながら、ティキは手のひらで空間を歪め、ミナミの隣の椅子を自分の方へズルズルと引き寄せようとしていた。
「てめぇら、ふざけんな!!」
神田の怒号が庭に響き渡る。
もう止める術などなかった。
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
コムイ室長が、なぜか拡声器を片手に走り込んできた。
「ここは公平に、僕が考案した『ミナミラブ度測定機(椅子型)』に座った奴が勝ちだ!!」
そんな怪しい装置があるわけもなく、ただの普通の椅子を掲げるコムイ。
それを皮切りに、男たちの理性は完全に吹き飛んだ。
「この野郎、隣は俺のだ!」とラビが神田に飛びかかり、神田は蕎麦湯呑み(特大)でラビの頭をボカァン!と殴る。
「痛ってぇ!!なんで湯呑みなんさ!!」
アレンはリンクの護衛術をイノセンスで弾き飛ばし、そのままティキの顔面へクラウン・クローを突き立てようとする。
「ちょっ、マジかよ少年!?」
ティキはひらりとかわすが、その隙にリナリーが「ミナミは私のー!」と叫びながらミナミに抱きつこうとし、それを怒った神田が「離れろ!」と突き飛ばす。
「やめて! みんな、ケンカはやめて!!」
ミナミが必死に止めに入るが、誰も聞き耳を持たない。
「私のために争わないでーー!」
ボカァン! ドガァァン! バキィッ!
まるでプロレスの試合中継のような効果音が庭中に響き渡る。
「おい!その膝カックンは反則だろ、もやし!」
「神田こそ、僕の背後を取って六幻を……って、それは冗談ですよね!?」
「ティキ、お前今、俺の菓子を食おうとしただろ!」
「え? いいじゃないか、減るもんじゃあるまいし」
誰が誰を攻撃しているのか、もはやミナミには判断できない。ただ、目の前で時分を愛する者たちが、自分を巡って泥だらけの乱闘を繰り広げている。
やがて夕日が西の空に傾き、庭がオレンジ色に染まる頃。
「あれ?ロードは?」
「そういえば…コムイも…」
ボロボロになったアレンたちが周囲を見渡すと、ロードとコムイがミナミの両隣に座って、先にお茶会を始めていた。
全員の顔には、青タンとたんこぶ。服は破れ、髪は乱れ、中には鼻血を垂らしている者までいる。
アレンたちが泥だらけで睨み合う中、
ミナミの両隣ではすでにティーパーティーが始まっていた。
――ホワイトデーの勝者は、
一番騒がなかった者たちだった。
おわり。
2026/03/15
˚𓆩✟𓆪˚˙┈あとがき┈┈
ホワイトデーを忘れていて、ノリと勢いだけで書きました。
書き始めた時は「甘いお返しのほのぼの回」の予定だったんですが、気が付いたら
神田はキス魔になるし、
リナリーは百合っ子になるし、
ティキたちがやってくるし、
最終的に庭で乱闘が始まりました。
どうしてこうなった。
でも、みんながミナミを巡って本気で争う姿は、書いていてとても楽しかったです。
次のホワイトデーは、もう少し平和になる……かもしれません。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
神威がくこ