バレンタイン2026ラビ
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ラビとミナミは恋人同士。
毛布の中、ふたりで包まると暖かった。
「……さむい」
ミナミが小さく言うと、ラビは待ってましたと言わんばかりに腕を回す。
「だから言ったじゃん。冬は人間、くっついて生きるもんだって」
「それ、ただのラビ理論でしょ」
「正しいから理論になるんさ」
ぎゅ。
背中に回った腕が、もう少しだけ力を込める。
ミナミの肩がふるっと震えた。
「……近いよ」
「寒さ対策」
「言い訳が雑すぎる~」
ミナミが笑った瞬間、ラビはその頬を指でつついた。
「笑った。かわいい」
「やめて」
「やめない」
「やめ――っ」
ミナミがラビの脇腹をちょい、と擽った。
「ひゃっ!!?」
ラビが跳ねた。
「な、なに今の!?」
「くすぐったかった?」
ミナミが無邪気に首を傾げる。
ラビの目がギラッと光った。
「……やったな」
「え?」
「ミナミvs俺だよ」
「ちょ、ラビ待っ――」
ラビの指がミナミの脇腹を擽る。
「わっ、やめっ、あははは!!」
「降参する?」
「しない!しないってば!」
「じゃあ続行!」
くすぐり地獄。
毛布が暴れる。
ベッドが軋む。
ミナミが笑いすぎて涙目になった。
「まって、ほんと無理、息できない!」
「息しろ!」
「息できない原因がラビ!」
「俺のせいか!」
ふたりでぐちゃぐちゃになって、
最終的にミナミがラビの胸を押して止めようとした、その瞬間。
顔が近かった。
息がかかった。
笑いが止まらないまま、ふっと静かになる。
ラビが、瞬きする。
ミナミも、瞬きする。
そして。
「……」
「……」
ラビがぼそっと言った。
「……キスしていい?」
「ダメって言ったら?」
「え?するけど?」
あまりに堂々と言うから、ミナミの顔が赤くなる。
「ちょ、なにそれ……聞いた意味!」
ラビは肩をすくめて、ぼそっと続けた。
「だって今、もう……したいし」
ミナミは頬を赤くして、毛布をぎゅっと掴む。
「……だ、だめじゃないけど……」
その言い方が可愛すぎて、ラビはもう限界だった。
「だめじゃないなら、する」
「ちょ――」
ちゅ。
ほんの軽い、子どもみたいなキス。
ミナミが固まる。
ラビは得意げに笑う。
「はい、あったかくなった」
「暖房の代わりにするものじゃないよ!」
「でも効いた」
「効いてない!」
「顔赤い」
「うるさい!」
ミナミが毛布の中でラビを叩く。
ラビは笑いながら受け止めて、もう一度ちゅっと頬に落とした。
「ちょ、やめ――っ」
「やめない。冬だから」
「冬関係ない!」
「あるさ」
「ない!」
ふたりの声が重なって、ベッドの中だけが、世界から切り離されたみたいに幸せだった。
ラビはそのまま、ミナミの髪に鼻先を埋めてぼそっと言う。
「……でさ」
「なに……」
「もうすぐアレじゃん」
「アレ?」
「愛の日」
ラビが顔を上げて、ちょっと照れたまま続けた。
「今年、何する?」
「……何しよっか?」
ふたり一緒に「うーん」と頭を捻る。
「オシャレなレストランでディナーは?」
ミナミが目を輝かせて言う。
ラビは一拍置いて、真顔。
「……教団の食堂でか?」
「違うよ!?ちゃんと外の!」
「無理だろ!?俺らにそんな自由ねーっての」
「じゃあ……夜景を見るとか!」
「AKUMAの打ち上げショーなら見れそうだな」
「やめてよ最悪の夜景じゃん!」
ミナミがラビの胸を拳でぽかぽか殴る。
ラビは笑いながら受け流して、肩をすくめた。
「ロマンチックなデート…何があるさね…」
「教団探検でもする?」
「それただの見回りさ!」
上げたものはどれも地味に想像できてしまって、ふたり同時に、はぁ……とため息が重なる。
沈黙。
ぴったり同じタイミングで息を吐いたのが可笑しくて、ミナミがくすっと笑う。
「俺ら、青春全っ然出来ないね」
「うん……出来てない……」
ラビが寝返りを打って、顔を近づける。
「でもさ」
「ん?」
「こうやって一緒にベッドの中でぐだぐだしてるのは、結構青春じゃない?」
ミナミの頬がじわっと赤くなる。
「……今。ラビにキュンてした」
「おっ?」
ラビはニヤッと笑って、指で彼女の頬をつついた。
その瞬間。
「あ!」
ミナミがぱっと起き上がる。
「閃いた!」
「こわ、急に元気だな」
「じゃあ一緒にお菓子でも作ろうか!」
ラビの目がきらっと光る。
「いいね!初めての共同作業」
「絶対失敗する未来が見えるけど!」
「ハハハ!ミナミ、作ったことないの?」
「ないよ!」
「俺も~」
ふたりで顔を見合わせて、また同時に笑った。
「まあ、レシピはココに入ってるからなんとかなるさあ」
ラビが、自分のこめかみ辺りを指差し、目を細めて笑う。
「じゃあ決まりだね。何作る?」
「チョコはまあ、定番だけど……クッキーとか?」
「焼き菓子、いいね」
「じゃあさ」
ラビは枕に顔を埋めて、ぼそっと言う。
「買い物から始めないか?」
「買い物?」
「材料、教団にもあるけどさ」
ラビが片目を出して覗き込む。
「せっかくなら、二人で選びたいじゃん」
「外出……許可、貰えるかな?特にラビ」
じーっとラビをジト目で見つめるミナミ。
「……いや、じじいにはちゃんと言うし」
ミナミがふっと笑う。
「じゃあ。その日、朝早く買い物に行って、それからクッキー作りね?」
その瞬間――
ラビが毛布の中でゴロゴロと転がった。
「うわぁぁぁぁぁ!!無理!!かわいいさ!!」
「ちょ、どうしたの!?」
「今のミナミ、なに!?」
ミナミが笑いながらラビの肩を叩く。
その空気が、あまりにも幸せすぎた。
――そのとき。
コンコン。と扉を叩く音。
ふたりの動きが止まる。
次に聞こえたのは、しわがれた、落ち着いた声だった。
「……ミナミ嬢。そちらにラビがお邪魔しておらんかの」
空気が凍った。
ラビの顔が、すっと青くなる。
「……え」
ミナミが囁く。
「言って来てないの……?」
ラビは口をぱくぱくさせてから、ゆっくり毛布を頭から被った。
「…俺、居ない。居ないって言ってさ!」
「え?」
「ほら!早く!」
扉の向こうで、もう一度。
「ラビ。そこにおることは分かっとるんじゃ」
ラビは震える手でミナミの肩を掴む。
「俺居ない!」
「ラビ…」
「ミナミ嬢。ラビがおるなら突き出してくれんかの」
「は、はい!少し待っててください!」
ベッドからミナミがすっと降りる。
ラビが慌てて手首を掴んだ。
「……待っ」
そして、人差し指を口元に当てて、
「しーっ」のポーズ。
でもミナミは頬を膨らませて、小さく呟く。
「もうっ」
ぱし、と手を振りほどくと、そのままドアへ向かった。
ガチャ。
「こんばんは、ブックマン」
扉の向こうに立っていた老人に、にこやかに頭を下げる。
「ラビなら……あそこです」
そう言って指さしたのは――
毛布を頭から被って、こんもり盛り上がっているベッドの上。
その中で、ラビが小刻みに震えていた。
(頼む、気づくな…気づくな…!!)
ブックマンは目を細める。
「……失礼する」
ゆっくりと部屋へ入り。
そして。
ばさっ。
毛布を容赦なく剥いだ。
「ぎゃああああ!!」
ラビの顔が露わになる。
「ミナミの裏切り者ーーーー!!」
と叫んだ瞬間。
ゴンッ!!
ブックマンの拳骨が、ラビの頭に落ちた。
「痛ぇ!!!」
「こんな時間に、年頃の異性の部屋に行くなと言ったはずじゃ」
「でも!でも俺ら!ただバレンタインの計画を!!」
「言い訳は部屋で聞く」
ブックマンはラビの耳をぐいっと掴む。
「いだだだだだ!!」
そのまま引きずられていくラビ。
「離してって!耳ちぎれる!!」
廊下に響く情けない声。
最後にラビが振り返る。
「ミナミーーー!!」
ミナミは苦笑いを浮かべて、小さく手を振った。
「……今度はちゃんと許可取って来てね」
「それが一番難しいんだってばぁぁぁ!!」
声は遠ざかっていった。
部屋に残ったのは、毛布の乱れと、少しだけ甘い空気。
ミナミはその残り香に包まれて夜を過ごした。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
数日後。
バレンタイン当日。
ラビとブックマンは任務で居なかった。
ミナミはラビの部屋の前で立ち止まり、拗ねたようにドアを蹴った。
蹴飛ばすほどの力はない。
ただ、つま先で軽く当てるだけ。
……それでも、胸の奥は痛かった。
「ばか……」
呟きは小さく落ちて、廊下に吸い込まれる。
ふと視線を上げると、向こう側。
廊下の角に神田がいた。
その手に、花。
ピンク色の花を、持ってる。
(え?待って????)
脳内が一瞬で騒然とする。
(あの神田だよ?あの!!!「愛の日?くだらねぇ」って鼻で笑いながらAKUMA斬ってそうな神田だよ??
バレンタインを“菓子押し付け記念日”扱いする神田だよ???
甘いもん嫌いで!!口も悪い神田だよ?)
その神田が。花を。カノジョに。プレゼントしてる。←別世界線のミナミ。
「……おら」
とか言って。
ぶっきらぼうに差し出して。
相手が笑った瞬間。
神田が――
ほんの一瞬、目を細めて。
(いや、今の顔なに???????
優しさ出した??え?????????)
そして次の瞬間。
口付け。
短いのに、確かに甘い口付け。
ミナミの額に青筋が浮かぶ。
(……は?はァァァァァ?あの神田が???
愛の日に???花???キス???
出来るんか????????????
え?????????
神田ですら、愛の日に、恋人といるのに!
神田ですら!!!!!!!
神田ですら!!!!!!!!!!!!)
奥歯がギリギリと鳴る。
(……あの神田が、1人前に……花なんか持って……なにそれ、世界終わるの?教団、明日滅ぶの?)
ミナミは悔しすぎて顔を歪めた。
(ラビは居ない。なのに神田は居る)
廊下の空気が腹立つほど甘い。
ミナミはドスドスと神田たちとは逆へと、歩き出した。
「……ばか」
誰に言ったのか分からない。
神田にか。
ラビにか。
それとも、自分にか。
(お菓子……ひとりで作ろうかな。ジェリーさんに教えてもらおう……)
甘い日なのに。
自分の心臓だけ、苦いままだった。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
厨房の中は、昼間よりは静かだった。
鍋の煮える音と、遠くの団員の足音が、かすかに混じるくらい。
ミナミはエプロンを借りて、作業台の前に立っていた。
目の前には料理長のジェリー。
「ふふ、顔が戦場ねぇ」
「……私にとっては戦争です」
即答すると、ジェリーさんが笑った。
(お菓子作りなんて初めて)
「初心者なら、生チョコかトリュフが向いてるわよ。
焼かないし、失敗も少ないの」
「生チョコ……」
ミナミは小さく呟いて、頷いた。
「じゃあ、それにします」
「決まりね❤」
ジェリーさんの手際は完璧だった。
湯煎にかけたチョコが、とろりと溶けていく。
甘い香りが、胸の奥をくすぐった。
「焦らないで、ゆっくり混ぜるの」
「はい……」
ミナミは真剣すぎる顔で混ぜながら、ぽつりと呟く。
「……ラビ、帰ってくるかな」
ジェリーさんがふっと優しく目を細めた。
「きっと甘い匂いに釣られて帰ってくるわよ」
「……そうだといいな」
言葉は小さいのに、願いは大きかった。
冷蔵庫に入れて、固まるまでの時間。
二人は片付けをしながら、ぽつぽつと話す。
「愛の日って、周囲がなーんか忙しいわよねぇ」
「そうなんですね…。私も忙しいの味わってみたかったな……」
ジェリーさんが手を止める。
「ジュニアが居なくて寂しい?」
ミナミは一瞬だけ黙って、それから笑った。
「……だって、あの神田ですら花を渡してたんですよ」
「それは驚いたわねぇ」
「驚きました」
ジェリーさんが肩を揺らして笑った。
「でもね、ミナミちゃん。
待ってる人がいるだけで、十分すごいことよ」
その言葉が、胸に残った。
しばらくして。
型に流した生チョコは、ちゃんと固まっていた。
切り分けると、綺麗な四角。
「……できた」
ココアパウダーを鼻に付けたミナミが呟くと、ジェリーが大きく頷く。
「上出来よ❤」
親指を立ててOKサイン。
ミナミの顔が少しだけ明るくなる。
「ありがとうございます……!」
空き箱に詰めて、リボンを結ぶ。
自分で作ったのに、箱の中身が妙に眩しい。
「じゃあ、渡せることを祈っているわ」
ジェリーさんの声が背中を押す。
「はい……!」
ミナミは深く頭を下げて、厨房を出た。
廊下には誰もいなかった。
教団の石壁は冷たくて、足音だけが響く。
ミナミは立ち止まって、手の中の小さな箱を見つめた。
ピンクのリボン。
小さな生チョコ。
胸がきゅっと苦しくなる。
「……ラビ帰ってくるかな」
誰に言うでもなく、呟いた。
ラビは任務。
会える保証なんてない。
それでも。
箱の中には、確かに気持ちが入っている。
ミナミは唇を噛んで、もう一度だけ箱を握り直した。
そして、小さく息を吐いて歩き出した。
❄︎ ❅ *. ❅ ✥ ✣ ✤
方舟のある部屋の前を、ミナミは行ったり来たりしていた。
廊下は冷たくて、足音だけがやけに響く。
手の中には、小さな箱。
ピンクのリボン。
抱きしめるように持っているのに、指先が少しずつ冷えていく。
(戻ったらすぐ渡せるように)
ただそれだけで、ここにいる理由は十分だった。
壁に寄りかかって、少しだけ目を閉じる。
(もし……戻ってこなかったら)
胸の奥がちくりと痛む。
(……自分で食べよう)
笑えない冗談を、心の中で呟いた。
一時間経過。
方舟の扉は開かない。
二時間経過。
通り過ぎる団員が不思議そうにこちらを見るが、ミナミは笑って誤魔化す。
三時間経過。
腰が痛い。
足が冷たい。
それでも動けなかった。
(寒い……冷えてきた……)
鼻の奥がつんとして、ミナミは小さく鼻をすする。
……情けない。
愛の日なのに。
チョコを渡すだけなのに。
なんでこんなに、心細いんだろう。
五時間後。
廊下の向こうから、ようやく足音がした。
重い、疲れた足音。
ウトウトしていたミナミの顔がぱっと上がる。
(ラビ……?)
心臓が跳ねた次の瞬間。
扉が開く。
現れたのはラビと、ブックマン。
……でもラビの頭には包帯。
左腕も、ぐるぐるに巻かれている。
白い布に滲む薄い赤。
ミナミの呼吸が止まった。
「……ラビ?」
声が震える。
ラビは一瞬驚いたように目を見開いて、すぐに苦笑した。
「……え、ミナミ?なんでここに……」
その言葉の途中で。
ミナミの手から、箱が落ちた。
ころん、と廊下に転がる。
ミナミは駆け寄った。
「どうしたの!?なにこれ!?怪我……!」
両手がラビの包帯に触れそうになって、でも怖くて触れない。
目が揺れる。
「痛いの?大丈夫なの?血……!」
ラビは困ったように笑った。
「だ、大丈夫だって。ちょっと派手にやっただけさ」
「派手にやっただけって……!」
ミナミの声が裏返る。
ブックマンが静かに言った。
「任務で少々無茶をした。命に別状はない」
ミナミの目が潤む。
怒ってるのか、泣きそうなのか、自分でも分からない。
ラビはその顔を見て、少しだけ目を細めた。
「もしかして……待ってた?」
ミナミは答えられなかった。
答えたら、多分泣く。
ミナミは唇を噛んで、ただ首を小さく振った。
そのときだった。
廊下の奥から、わらわらと団員たちが駆け寄ってくる。
「帰ってきたぞ!」 「医療班は!?」 「担架はいるか!?」
方舟の前は一気に騒がしくなった。
足音が重なり、 声が跳ねて、 空気が慌ただしく揺れる。
ミナミはラビから目を離せないまま、 無意識に一歩下がった。
薄暗い廊下に“ ころん‘’と転がったままの小さな箱。
誰も気づかない。
誰も見ていない。
次の瞬間。
ぐしゃ。
誰かの靴底が、箱の角を踏んだ。
紙が潰れる音が、やけに大きく響いた。
ミナミの心臓が止まる。
「……っ」
息が詰まった。
もう一歩。
別の靴が、今度は蓋の部分を押し潰す。
箱は歪む。 リボンが汚れる。
「……」
ミナミは動けない。
止めたいのに、 叫びたいのに、 箱より目の前のラビの怪我が怖くて。
団員たちは行き交い、 廊下の床に落ちた“想い”を 何度も踏んでいく。
箱はもう元の形じゃない。
ミナミの喉が震える。
医療班に囲まれるラビがふと視線を落とした。
潰れた箱。
汚れたリボン。
そして、固まったミナミの顔。
「ミナミ……それ……」
ミナミは反射で首を振った。
「ち、違っ……ただの……」
言えない。
渡すつもりだったことを。
こんな形の物を渡せるわけが無い。
ラビは一瞬だけ黙った。
ミナミの鼻に付いたチョコのようなもの。
彼女からする甘いお菓子の匂い。
ミナミがひとりで作ったんだとひと目でわかる。
ラビは医療班に連れていかれそうになるのを手で制して、それから包帯のない右手で、 そっとミナミの頭を撫でた。
ぽん、と。
「……ありがと」
声が優しすぎて、 ミナミの目が潤む。
廊下の床には、 ぐしゃぐしゃになった箱だけが残る。
ラビは屈んで、潰れた箱を拾う。
「ら、ラビ……だめっ」
ラビが小さく笑った。
「駄目じゃねぇよ」
ミナミの頬が真っ赤になる。
ブックマンが咳払いをした。
「……わしは先に行く。
若い者の時間を邪魔する趣味はない」
そう言って背を向ける。
ラビがちょい焦る。
「ちょ、じじい!」
「耳は引っ張らん。今日はな」
そう言い残して去っていった。
ミナミは唇を震わせて、小さく言った。
「……作り直すから返して」
ラビの表情が、一瞬だけ柔らかくなる。
「……やだね。開けてさ」
ラビはミナミにぐちゃぐちゃになった箱を開けるようにと、差し出した。
「や、やだよ…。そんなの絶対潰れてるもん」
「じゃあ」と言ったあと、近くに居た団員の方に潰れた箱を開けてくれと頼むラビ。
「!?」
そして、無惨にも開けられる。
「や!やめ…」
両手で顔を覆うミナミ。
でも指の間から見た箱の中は、綺麗だった生チョコはぐちゃぐちゃに潰れて、ひとつの泥の塊のようだった。
言い換えれば潰れた動物の糞…。
箱を開けた団員の手から、それを摘み、ラビが口に入れた。
「だ!だめ!吐き出して!おなか壊しちゃう!」
もぐもぐ…ごっくん。
「……」
ミナミは目を見開いたまま固まる。
ラビは舌で少しだけ味を確かめるみたいにしてから、にかっと笑った。
「ミナミ、これ、美味しいさ!」
「え……」
「ぐちゃぐちゃでも、ちゃんと美味しい」
その言い方が、妙に真剣で。
ミナミの胸が、きゅっと痛んだ。
「これ、一緒に作ろうぜ」
まるで、それが世界でいちばん大事な予定みたいに、ラビはそう言って、今度は自分のポケットをゴソゴソ探り始めた。
「あと……これ。クッキーなんだけど…」
ぶら下げるみたいに差し出されたのは、小さなクッキーの袋。
「あ…」
クッキーは袋の中で、木っ端微塵になっていた。
完全に粉。
ラビは少しだけ眉を寄せて、
「……ミナミ…?これ…パウダーになっちまったけど……」
袋を揺らす。
しゃら…しゃら…
「ふりかけにでもする?」
ミナミは一秒止まって、ぷるぷると唇を震わせて、笑ってしまった。
「……っ、なにそれ……!」
泣きそうな声なのに、笑っている。
ラビもつられて笑う。
粉クッキーと泥チョコ。
最悪みたいで、でも。
こんなに可笑しくて、
こんなにあったかいバレンタインを、
ミナミはきっと忘れない。
ラビがぼそっと言った。
「来年は……箱、踏まれない場所で渡すさ」
「……うん」
「……あと、怪我しないで帰る」
その言葉に、ミナミの目がまた揺れる。
「約束だよ」
「約束さ」
終わり。2026/02/04