SEE YOU — 星の下のキス
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『SEE YOU — 星の下のキス』
街の外れ、夜の風が静かに揺れていた。
任務を終えてたどり着いた古い石橋を渡ると、
そこだけ空がひらけて、
星が息をのむほど近くに見えた。
ミナミはアレンの横顔を見つめる。
星の光を反射して、
その横顔はどこか遠くの世界の人のように綺麗だった。
(……行かないで、って言えたらいいのに)
言えない理由はわかっている。
互いに“エクソシスト”という重い十字架を背負っている。
特にアレンは……
立場も、運命も、抱えているものも、違う。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、
心だけは簡単には触れられない。
風が吹くたび、
アレンの白髪がふわりと揺れた。
アレンは笑った。
その笑顔は優しくて、残酷だった。
「……こんな夜に星が見えるなんて、珍しいですね」
ミナミは頷くだけで、言葉を返せなかった。
喉がつまる。
胸がきゅっと痛む。
声を出したら、泣きそうだった。
アレンはふと足を止め、
夜空を見上げたまま言った。
「君と任務に行くの、僕……嫌いじゃないよ」
“好き”とは言わない。
でも“嫌いじゃない”に、
どれほどの想いが込められているか、ミナミは知っていた。
それが余計に苦しかった。
「……アレンさん、あの……」
言わなきゃと思うのに、
言いたくない言葉ばかり喉に上ってくる。
アレンはゆっくり振り返り、
真っ直ぐミナミを見る。
その瞳が、星よりも優しかった。
「僕は、行かなくちゃいけない」
ミナミはハッと息を呑んだ。
(……わかってた。わかってたのに……)
アレンは続ける。
「君を巻き込みたくないんだ。
……僕のことなんか、忘れて欲しい」
忘れられるわけがない。
忘れたいと思ったことなんて一度もない。
でも言えない。
言ったら、きっとアレンが苦しむ。
ミナミは笑った。
一番いけない“優しい笑顔”で。
「……大丈夫です。
アレンさんなら、どこへ行っても大丈夫です」
心とは逆の言葉。
胸が痛くて、息が苦しくて、涙が出そうだった。
アレンは気づいていた。
ミナミの声が震えていることに。
でも、気づかないふりをした。
(ここで触れたら……僕が壊れる)
アレンはそう思っていたから。
静かな夜が二人の間を流れる。
街の灯りは遠くて、
石畳の道が月光で銀色に染まっていた。
アレンがそっと近づいた。
触れたら終わる距離。
触れたら、もう離れられなくなる距離。
その距離でアレンは小さく囁いた。
「……ミナミ。
君は、強いよね。
僕より、ずっと。」
違う。
アレンより強いわけがない。
でも、否定したらアレンが立ち止まる。
だからミナミはまた笑った。
「ふふ……そんなことないですよ。
だって今、泣きそうなんですから」
アレンの目が揺れた。
(……言わないでよ。
そんなふうに優しく言わないで)
その揺れが限界の合図だった。
アレンはゆっくり手を伸ばし、
ミナミの頬に触れた。
初めて触れたのに、
いつも触れていたみたいに自然で、
悲しいほど優しい手だった。
「……泣かないで」
ミナミは、もう涙を堪えられなかった。
「アレンさん……!」
アレンはそっと額を寄せた。
星の下で、影と影が重なる。
息が触れる距離。
胸が触れ合うほどの距離。
アレンは震える声で囁いた。
「……ごめん。
君のこと、守りたいのに……
一緒にはいられない」
ミナミの涙がアレンの指に落ちる。
アレンは限界を悟った。
「……キスしても、いい?」
その声は、
「さよなら」と同じ意味だった。
ミナミは震えながら頷いた。
アレンはゆっくり顔を寄せ、
泣き笑いのミナミにそっと唇を重ねた。
星の光がふたりの影を長く伸ばす。
触れた瞬間、
ミナミの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
(……ずっと、好きだったのに)
アレンの手も震えていた。
(……こんなふうにしか、触れられないのが悔しいな)
唇が離れた瞬間、
アレンは微笑んだ。
優しくて、切なくて、
一度見たら忘れられない綺麗な微笑み。
「……ありがとう」
それは“またね”ではなく、
“さよなら”の温度だった。
アレンは振り返らず歩き始める。
ミナミが名前を呼ぶことも、
アレンが振り向くこともなかった。
夜空だけが、
静かにふたりを照らしていた。
足音が消えていく。
その歩幅はいつもよりゆっくりで、
名を呼べばきっと止まってしまいそうだった。
(……呼ばない)
呼んだらきっとアレンは笑って振り返る。
そしてきっと、また優しい嘘をつく。
「大丈夫だよ」
「また会えるよ」
「君は強い」
その全部がミナミの足元をすくうから、
呼べなかった。
足音が完全に消えるまで、
ミナミは星空を見たまま立ち尽くした。
夜が静かすぎて、
胸の奥の痛みがよく聞こえた。
(……アレンさん……行っちゃった)
風が頬を撫でるたび、
さっき触れたアレンの指の跡が、
思い出になって残る。
ミナミはふっと笑う。
「泣かないでって言ったあなたが……
一番泣きそうな顔してたんだよ……」
アレンの手の温度。
額が触れた柔らかな距離。
星空の下のキス。
(……優しかった)
触れた瞬間、
アレンが震えたことにミナミは気づいていた。
微笑んでいたのに、
その影がどこか泣きそうで。
(行きたい場所がある人の顔じゃなかった。それでも、行かなきゃいけない人の顔だった)
アレンの言葉が胸に残る。
「……君は強いよね。
僕より、ずっと。」
違うよ、と何度も心で返した。
(強いフリをしてただけだよ……
本当は、行かないでって言いたかった)
言えなかった。
言えないままキスを受け取って、
それだけを胸の奥の宝物にして、
立ち尽くしていた。
風が止んだ。
見上げると、
さっきまでアレンと見たのと同じ星が、
変わらずそこにあった。
(……たぶん、アレンさんも今どこかで見てる)
そう思うだけで、胸がまた締め付けられた。
帰り道、ひとりで歩いていると、
街の灯りが遠くで瞬いた。
その瞬間、
ミナミははっと気づく。
(あ……そっか……)
アレンは言わなかったけれど、
その背中が言っていた。
“僕たちがたどり着く場所は同じだよ” と。
たとえ違う道を歩いても。
遠回りしても。
もう一度出会えるかもしれない未来が、
薄い光となって胸に灯っていた。
ミナミは涙をぬぐい、
ひとり星空に呟く。
「……ありがとう。
またね、アレンさん」
それは別れの言葉じゃない。
ミナミが未来に向けて放った、
小さな祈りだった。
星空は静かにそれを抱きしめ、
夜の街へと溶かしていった。
おわり
街の外れ、夜の風が静かに揺れていた。
任務を終えてたどり着いた古い石橋を渡ると、
そこだけ空がひらけて、
星が息をのむほど近くに見えた。
ミナミはアレンの横顔を見つめる。
星の光を反射して、
その横顔はどこか遠くの世界の人のように綺麗だった。
(……行かないで、って言えたらいいのに)
言えない理由はわかっている。
互いに“エクソシスト”という重い十字架を背負っている。
特にアレンは……
立場も、運命も、抱えているものも、違う。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、
心だけは簡単には触れられない。
風が吹くたび、
アレンの白髪がふわりと揺れた。
アレンは笑った。
その笑顔は優しくて、残酷だった。
「……こんな夜に星が見えるなんて、珍しいですね」
ミナミは頷くだけで、言葉を返せなかった。
喉がつまる。
胸がきゅっと痛む。
声を出したら、泣きそうだった。
アレンはふと足を止め、
夜空を見上げたまま言った。
「君と任務に行くの、僕……嫌いじゃないよ」
“好き”とは言わない。
でも“嫌いじゃない”に、
どれほどの想いが込められているか、ミナミは知っていた。
それが余計に苦しかった。
「……アレンさん、あの……」
言わなきゃと思うのに、
言いたくない言葉ばかり喉に上ってくる。
アレンはゆっくり振り返り、
真っ直ぐミナミを見る。
その瞳が、星よりも優しかった。
「僕は、行かなくちゃいけない」
ミナミはハッと息を呑んだ。
(……わかってた。わかってたのに……)
アレンは続ける。
「君を巻き込みたくないんだ。
……僕のことなんか、忘れて欲しい」
忘れられるわけがない。
忘れたいと思ったことなんて一度もない。
でも言えない。
言ったら、きっとアレンが苦しむ。
ミナミは笑った。
一番いけない“優しい笑顔”で。
「……大丈夫です。
アレンさんなら、どこへ行っても大丈夫です」
心とは逆の言葉。
胸が痛くて、息が苦しくて、涙が出そうだった。
アレンは気づいていた。
ミナミの声が震えていることに。
でも、気づかないふりをした。
(ここで触れたら……僕が壊れる)
アレンはそう思っていたから。
静かな夜が二人の間を流れる。
街の灯りは遠くて、
石畳の道が月光で銀色に染まっていた。
アレンがそっと近づいた。
触れたら終わる距離。
触れたら、もう離れられなくなる距離。
その距離でアレンは小さく囁いた。
「……ミナミ。
君は、強いよね。
僕より、ずっと。」
違う。
アレンより強いわけがない。
でも、否定したらアレンが立ち止まる。
だからミナミはまた笑った。
「ふふ……そんなことないですよ。
だって今、泣きそうなんですから」
アレンの目が揺れた。
(……言わないでよ。
そんなふうに優しく言わないで)
その揺れが限界の合図だった。
アレンはゆっくり手を伸ばし、
ミナミの頬に触れた。
初めて触れたのに、
いつも触れていたみたいに自然で、
悲しいほど優しい手だった。
「……泣かないで」
ミナミは、もう涙を堪えられなかった。
「アレンさん……!」
アレンはそっと額を寄せた。
星の下で、影と影が重なる。
息が触れる距離。
胸が触れ合うほどの距離。
アレンは震える声で囁いた。
「……ごめん。
君のこと、守りたいのに……
一緒にはいられない」
ミナミの涙がアレンの指に落ちる。
アレンは限界を悟った。
「……キスしても、いい?」
その声は、
「さよなら」と同じ意味だった。
ミナミは震えながら頷いた。
アレンはゆっくり顔を寄せ、
泣き笑いのミナミにそっと唇を重ねた。
星の光がふたりの影を長く伸ばす。
触れた瞬間、
ミナミの胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
(……ずっと、好きだったのに)
アレンの手も震えていた。
(……こんなふうにしか、触れられないのが悔しいな)
唇が離れた瞬間、
アレンは微笑んだ。
優しくて、切なくて、
一度見たら忘れられない綺麗な微笑み。
「……ありがとう」
それは“またね”ではなく、
“さよなら”の温度だった。
アレンは振り返らず歩き始める。
ミナミが名前を呼ぶことも、
アレンが振り向くこともなかった。
夜空だけが、
静かにふたりを照らしていた。
足音が消えていく。
その歩幅はいつもよりゆっくりで、
名を呼べばきっと止まってしまいそうだった。
(……呼ばない)
呼んだらきっとアレンは笑って振り返る。
そしてきっと、また優しい嘘をつく。
「大丈夫だよ」
「また会えるよ」
「君は強い」
その全部がミナミの足元をすくうから、
呼べなかった。
足音が完全に消えるまで、
ミナミは星空を見たまま立ち尽くした。
夜が静かすぎて、
胸の奥の痛みがよく聞こえた。
(……アレンさん……行っちゃった)
風が頬を撫でるたび、
さっき触れたアレンの指の跡が、
思い出になって残る。
ミナミはふっと笑う。
「泣かないでって言ったあなたが……
一番泣きそうな顔してたんだよ……」
アレンの手の温度。
額が触れた柔らかな距離。
星空の下のキス。
(……優しかった)
触れた瞬間、
アレンが震えたことにミナミは気づいていた。
微笑んでいたのに、
その影がどこか泣きそうで。
(行きたい場所がある人の顔じゃなかった。それでも、行かなきゃいけない人の顔だった)
アレンの言葉が胸に残る。
「……君は強いよね。
僕より、ずっと。」
違うよ、と何度も心で返した。
(強いフリをしてただけだよ……
本当は、行かないでって言いたかった)
言えなかった。
言えないままキスを受け取って、
それだけを胸の奥の宝物にして、
立ち尽くしていた。
風が止んだ。
見上げると、
さっきまでアレンと見たのと同じ星が、
変わらずそこにあった。
(……たぶん、アレンさんも今どこかで見てる)
そう思うだけで、胸がまた締め付けられた。
帰り道、ひとりで歩いていると、
街の灯りが遠くで瞬いた。
その瞬間、
ミナミははっと気づく。
(あ……そっか……)
アレンは言わなかったけれど、
その背中が言っていた。
“僕たちがたどり着く場所は同じだよ” と。
たとえ違う道を歩いても。
遠回りしても。
もう一度出会えるかもしれない未来が、
薄い光となって胸に灯っていた。
ミナミは涙をぬぐい、
ひとり星空に呟く。
「……ありがとう。
またね、アレンさん」
それは別れの言葉じゃない。
ミナミが未来に向けて放った、
小さな祈りだった。
星空は静かにそれを抱きしめ、
夜の街へと溶かしていった。
おわり